僕にできるわけがない!【完結】   作:ちひろん

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『僕にできるわけがない』と。

 クローンたちからの、アインハルトへの砲撃に一歩遅れて、空からなのはの砲撃が放たれた。

 クローンたちは、その砲撃を避けるために、飛び引く。

 

 すかさず、フェイトがアインハルトとクローンの間に割り込み、構えた。続いて、なのはもフェイトの横に降り立つ。

 

 くらげは、倒れ込んだアインハルトへ近づいた。

 硬いされたコンクリートの上に倒れたアインハルトは、ピクリともしていない。バリアジャケットもあちこちが破けており、傷が覗いている。恐らくは隠れている箇所も、酷い状況であることは予想がついた。

 

 「アインハルト…さん…」

 

 なのはの砲撃は一歩遅れていた。

 劣化したアインハルトが、なのはやフェイトのクローンの砲撃を受け止められるわけはない。

 

 くらげはアインハルトの口に、耳を寄せる。息はある。それに少し胸を撫で下ろしたが、しかし、アインハルトが劣化している事実は変えられない。

 

 「なんで…、僕なんか…」

 

 くらげはそう言ってうずくまる。情けなさと、申し訳無さで、体が震える

 

 なのはとフェイトも、アインハルトにチラリと、視線を移す。

 

 「ありがとう、アインハルトちゃん」

 「守りきってみせるから」

 

 そして、そう言うと、クローンへ視線を戻し、デバイスをギュっと握りしめた。

 

 オリジナルとクローンが向かい合う。

 

 すると、なのはのクローンが上空へ飛んだ。恐らくは上空からの砲撃へ切り替えたと思われた。なのはも、それを追いかける。

 

 そして、フェイトは、自分のクローンと相対する。

 

 最初に仕掛けたのはフェイトだ。

 二本のライオットブレードに戻し、機動力でクローンに攻撃を仕掛ける。その連撃に、クローンはどうにか耐える。

 

 双方、同じ実力ではあるが、実際はクローンの方が分が悪い。そこにはデバイスの差がある。フェイトのリミットブレイクフォームを、クローンは使えない。合わせて、使い慣れないデバイスのため、どうしても結果に差が出る。

 

 だが、それも、せいぜい『二人目』までだった。

 

 ヴィヴィオ、ノーヴェが抑えていた一組、そしてその後の二組、合わせて三組のうちのフェイトのクローン三体が加わり、状況は一変した。

 

 どうにかフェイトが三人を相手している間に、残り二人に砲撃を放たれる。いくらフェイトでもそれを無傷で避けることはできない。

 当たる。その腕に、足に、腹に、次第にそれは致命傷に近づく。フェイトのリミットブレイクフォームは、機動力を上げた引き換えに、防御が薄い。掠っただけでも、そのダメージは大きい。加えて、相手はフェイトのクローンである。そんなことは、当然知っている。

 

 フェイトが一旦飛び引く。

 

 その体は傷だらけだ。呼吸は荒くデバイスを持つ手も、弱い。

 フェイトは、もう一度、デバイスを力強く握りしめる。

 

 くらげは、フェイトに叫ぶ。

 

 「もういい! もう、二人で逃げて!」

 

 フェイトは、振り返らずに返す。息が、荒い。

 

 「くらげ君を、置いて、逃げられないよ。それに、逃げたら、アインハルトに、なんて言えば、いいの?」

 

 その時、五人のフェイトのクローンが、フェイトを囲んで砲撃を放った。

 不可避。今のフェイトでは、そこから逃げることはできない。

 

 だからフェイトは、『逃げることをやめた』。

 

 鎖で繋がった二つのライオットブレードの一方の刃を握りしめ、その反対側の刃へ全ての魔力を込める。そうして、そのまま、砲撃を避けることなく、魔力を込めた刃を『振り回した』。

 

 「あ、あああ、ああああああ!!!」

 

 フェイトは、そう叫び、砲撃をその身に受けながらも、取り囲んだ五人のフェイトのクローンを斬りつける。それら全てが淡い光に変わった時に、フェイトもその場に力なく倒れ込んだ。

 

 何か、音がしたような気がした。

 

 「あ、ああ…」

 

 くらげは這いずるように、フェイトに近寄る。

 そして、わかった。

 くらげのスキル、『最悪で絶望的な答え』《クローズミーイヤー》のせいで分かってしまった。

 

 その終わりが。

 

 くらげの顔が絶望に染まる。

 

 「ああ、フェイト…」

 

 フェイトは、体を横に崩すと、力なく顔をあげる。その顔は、苦痛に耐えながらも、微かに笑みを浮かべていた。

 

 「やっと、名前、呼んでくれたね…」

 

 傷だらけの手を、くらげの震える手に乗せる。そして、顔を下げていたくらげの口に、自分の口を合わせた。

 その感触を確かめるように、ほんの少し、唇を動かす。その間、フェイトは劣化していく。髪が白く、肌が枯れていく。

 

 そうして、劣化しきった後、フェイトは口を離すと、

 

 「くらげ君も…、初めてだったら、うれしい、な…」 

 

 そう言って、微かに笑うと、静かに目を閉じた。

 

 くらげの口に、薄っすらと赤い口紅が残る。

 

 もう、くらげのスキルは、反応しない。

 

 「あ…」

 

 くらげの体から力が抜ける。

 硬いコンクリートに、膝から墜ちる。

 痛みは、感じない。

 

 その次の瞬間、くらげの隣に何かが『落ちた』。

 

 激しい衝撃音。

 

 そこには、くらげのよく知る、彼女が、なのはが、硬いコンクリートにめり込んでいた。コンクリートには、なのはを中心に、ひびが放射線状に広がっている。

 

 空では、五人のクローンが、こちらへ砲撃をしようと構えている。そのデバイスの先端が光っていることが見てとれた。

 

 なのはは、仰向けのまま、デバイスを空に向ける。

 

 「ブラスター…、3…っ!」

 

 激しい魔力が溢れ出す。それは、まるで、自分から全てを絞り出すかのようだ。

 

 「ディバインっ、…バスター!!!」

 

 それは、砲撃というよりも、巨大な竜巻のようだった。なのはを中心に、それはクローンへ襲いかかる。しばらくして、ようやくその光がおさまった時、クローンの姿は影も形も無かった。

 

 なのはの体から、力が抜ける。

 プツリ、と、くらげの耳に、糸が切れたような、最悪な、絶望の音が届いた。

 

 くらげは思わず、両手で耳を塞ぎ、目を閉じた。

 聞きたくない、知りたくないと、駄々をこねるように。

 

 と、くらげは口に感じる柔らかな感触に、目を開けた。

 目の前に、目を閉じたなのはがいた。甘い香りが、した。

 

 なのはの髪が白く、肌が枯れてから、なのはは口を離す。

 くらげの口に、桃色の口紅が残る

 

 イタズラが成功した子供のように笑うと、震える手で支えていた体が、崩れ落ちる。どうにか横たわるが、もう体は動かせそうにない。そのか細い息も、次第に弱くなっていく。

 

 なのはの視線が、フェイトに向く。

 込み上げる涙が、一筋、頬を流れる。

 

 なのはは、ちからなく、くらげに手を伸ばすと、口に残る赤い口紅に触れて、含み笑いをした。

 

 「フェイト、ちゃんに、先、越されちゃった」

 

 そうして、くらげの目を見つめた。

 

 「くらげ君…、『逃げて』」

 

 くらげの目が見開く。

 

 「い、嫌だ。もういい、もう…。ここで、僕も二人と一緒に…、そ、それに、どうせあのスキルは思い出せない、じゃないか!」

 「くらげ君、分かってる、でしょ?」

 

 くらげはビクリと、体を震わせる。

 

 「そんなの、ちょっとだけ、『無かったこと』にしちゃえば、いいじゃない」

 

 それに、くらげは気づいていた。

 『ただの戯言』《プチフィクション》は、くらげがもっとも使用してきたスキルである。気づかないわけがない。けれど、それを、なのはとフェイトと一緒に居れる理由にしたかった。

 

 「だから、せめて、別の世界で『幸せ』になって」

 「無理だよ。そんなこと、僕に」

 「『だからこそ』だよ、くらげ君。私たちだって、ずっと幸せだったんだから」

 

 その言葉に嘘はなかった。

 待っているときも、もう一度会えてからも、そして今、消え行くときですら。

 

 「けど、僕のせいで、僕が居なければ…」

 

 なのははくらげの口に人差し指をあてた。

 その指は、震えていた。

 そして、少し微笑むと、絞り出すよう言った。

 

 「居てくれて、あり…、が…」

 

 なのはの指が、くらげの口から離れる。

 腕が、地面に落ち、体も、まるで人形のようだ。

 もう、何も、動かない。

 

 「な、のは…」

 

 絶望。

 失意。

 自棄。

 喪失。

 空虚。

 

 くらげの体はだらりとたれさがり、俯き気味に、その黒く染まった目で、遠くを見ていた。

 

 「おや、まさか、全てやられたのか。相打ちとは言え、恐ろしいな」

 

 スカリエッティの、場違いな声がした。

 

 「まあ、しかし、こちらは『複製』なのでね。幾らでも替えはきく」

 

 そして、そう言うと、周りに先程と同様の五組のクローンを造った。

 

「では、『正義の味方』を執行しようか」

 

 十のデバイスが、淡く光り始める。

 

 くらげは、ぼんやりとそれを見て、ようやく全てが終わると思った。

 二人と一緒に、二人の手でなら、それ以上の最後はない。

 

 だが、なのはの言葉が頭をよぎった。

 

 『別の世界で『幸せ』になって』

 

 幸せ。

 そんなもの、求めてはいけない。

 くらげにとってそれは、求めても、手が届かない、幻のようなものだ。

 

 くらげは、ぼそり、と言う。

 

 「幸せになるなんて…」

 

 他の世界へ逃げたところで、何かが変わるとは思えなかった。

 いくら劣化スキルがあったところで、何かを変えられるとは思えなかった。

 そもそも、『子供の宝箱』《ガラクタコレクション》も、くらげのスキルではない。

 

 では、本当の『くらげのスキル』とは、何なのか。

 

 『スキルは持ち主の本質に関係する』

 

 くらげの本質。

 定めるものであり、世界の一部であり、触れたものを劣化させて、その力を自分の取り込む。

 であれば、くらげのスキルもそうあるべきだ。そして、定めるものとして、世界の一部として、その影響は『全て』に及ぶべきだ。

 

 そのスキルは、いつ発動してもおかしくなかった。

 くらげが成長し、力を得れば。

 

 「そんなこと…」

 

 劣等感の塊、そんなくらげのスキルの名など、始めから決まっている。

 それは今まで、幾度となく繰り返した言葉だ。

 

 だから、くらげは、いつものように言うのだ。

 

 「『僕にできるわけがない』《オールコンプレックス》」

 

 きっと、その『終わり』も、始めから決まっていた。

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