耳が痛くなるほどの静けさ。
廃墟からは、音が消え去っていた。
いや、音だけではない。そこにいたはずの、スカリエッティも、クローンたちも、アインハルトも、なのはも、フェイトも、全てが消えていた。
くらげは、何が起きているのか、よく分からない。
けれど、どうでも良かった。
もう、どうでもよかった。
それからどれほどの時間がたったか。
数分か、数十分か、数時間か、それも、くらげにはどうでもよかった。
と、唐突に、くらげの前の空間がゆがんだ。
グニャリと歪んだ空間に無理やり何かがねじ込まれる。それは、透き通るほど滑らかな足であった。
そして、ただの人外、安心院なじみは現れた。
ゆっくりとくらげに近づき、立ち止まる。
「やあ、くらげ君」
気安く声をかけるが、くらげは反応しない。
「こんなことになるとは、夢にも思わなかったよ。まさか、『全てが消えてしまう』なんてね」
くらげの目は、安心院なじみを見ていない。焦点の合わない目で、どこか遠くを見ていた。
「けれど、あんまりに唐突過ぎないかな? これじゃあ、読んでくれている人たちは、何がなんだか分からないかもね」
安心院なじみはそう言うと、キョロキョロと周りを見渡した。
「うーん、カメラはどっちかな?」
そして左を向いてポーズを決め、
「こっちかな?」
右を向いてポーズを決め、
「こっちかな?」
そして、正面を向いて、
「こっちと見た!」
指をピースサインにして顎にあて、数度首を傾けて、少し見上げるように、あざとく笑い、しばらくそうした後、そのポーズをやめた。
「さてと、小悪魔ポーズも決めたし、説明タイムに入ろうか」
そして、椅子代わりにちょうど良さそうな瓦礫の上に座ると、話し始めた。
「少年誌、なわけないよね。こんな話。多分、インターネットのどこかのサイトの二次創作なんじゃない? 随分酷い終わり方だし。この世界は、漫画だと思っていたけれど、僕がいる『ここ』は、もしかしたら『小説』かも知れないね」
「では、分かっている人も居るだろうけど、説明していこうか」
「ここには、僕とくらげ君しかいないわけだけど、実はこれで『全部』なんだ。ここ以外、世界のどこを探しても、もう『誰も居ない』」
「くらげ君のスキルは、レミリアちゃんが言ったように、発動したら最後の『爆弾』だったわけ。まあ、僕もこうなってから、スキルで調べたんだけど」
「くらげ君のスキル、『僕にできるわけがない』《オールコンプレックス》。くらげ君に『できるわけがない』もの、『最弱』であるくらげ君にとって、それは全てだ。つまり全ての『定義』を自分の定義にする、そういうスキルなんだけど、あんまりにチート過ぎなるよね? いや、もう、僕たちが言うスキルなんて枠に収まっているとは思えないけど」
「そして、力を得たくらげ君は、本来の『定めるもの』としての力を発動できるようになってしまった。つまり、誰よりも強くなったくらげ君が『基準』となったのさ。そして、それに満たないものは、『存在できなくなった』」
「そして、『全て消え去った』」
「結構、愛着湧いてきたところだったんだけど…、君を送り出した僕の責任とも言えるから、くらげ君に文句を言える立場じゃないよね」
「『英霊』すら消え去ったことから推測できるけど、くらげ君は『知的存在』の定義として機能した、のかな? 因みに、動物や微生物は残っているよ、安心するといい」
「僕が残ったのは、くらげ君のバランスを取るためだね。僕のバランスを取るために生まれた君を、今度は僕でバランスを取っているのさ」
「くらげ君は、定義を取り込むけれど、それは生物としての定義だから、『成長する』って定義も同時に取り込む。だから、くらげ君は誰かを劣化させて、次元移動するたびに、成長した。昔、軟禁されていたときに成長しなかったのは、それが生きるために使われたからだね。あんなの、君じゃなければ死んでいたよ」
「色々な定義を取り込んで、成長してきたくらげ君だけど、最後に、なのはちゃんや、フェイトちゃん、主人公級の定義を取り込んだのが、致命的だったね。あれがなければ、くらげ君はスキルを発動するだけの力はなかった」
「しかも、全てを取り込みきって、中途半端だった『子供の宝箱』《ガラクタコレクション》は、本来のスキル、『完成』《ジエンド》に変化した。もう、君は誰よりも弱くならない」
「くらげ君は、全てを取り込んだ、『最強』の存在と言える。まあでも、いくら『最強』でも、残念ながら、僕には届かない。だから」
「やっぱり君は、最後まで『最弱』のままだったね」
安心院なじみは、そこまで話し終えると、立ち上がり、後ろで軽く手を組み、くらげの目の前まで、歩いてきた。
「君が主人公になれるとは思っていなかったけど、もうこの世界には、僕と君しかいない。僕は主人公じゃないから、消去法にはなるんだけど…」
そしてくらげの耳元に、顔を近づけ、
「なれたじゃないか、『主人公』に」
そう言った。
くらげの反応がないことを確認して、顔を戻す。
「ところで、くらげ君。今も君が世界の『異物』であることには違いない。これからも『世界』は、あらゆる手で、君を消しにくるだろう。だから、提案があるんだ」
安心院なじみは、少し俯いたくらげに、数歩近づき、しゃがみ込むと、くらげを見上げた。
「僕と一緒に、新しい世界の、『アダムとイヴ』になる気はないかな?」
そんな、唐突の発言にも、くらげは反応しない。
「『世界』が君を消そうとするのは、世界を定める『定義』が、その世界に存在しているからだ。それじゃあバランスがとれない。理に反する。それなら、『そういう世界』にしちゃえばいいのさ」
安心院なじみは、立ち上がり、手を広げ、
「くらげ君、僕と子供を作ろう」
そんな突拍子もないことを言った。
「問題は君のような『異常』が、一人だけ、ってことなんだ。『異常』が増えれば増えるほど、この世界は君を許容する。皆が『世界』と繋がり、皆が『世界』を定義できる、そんな世界にすればいい。誰もが君と『同じ』なら、もう誰かを『劣化』させることはない」
そして、一息ついて、
「君も、普通になれる」
そう、言った。
くらげが、ピクリと、反応した。
目の焦点が、少しだけ、安心院なじみに合わされる。
「そうそう、『劣化』のことは心配することはない。僕のスキルを駆使すれば、触れることなく、君との子供を作ることだって可能さ。『人外』な僕と、『世界』の一部の君。一体どんな子供になるのか、想像もつかないよ」
その言葉は、くらげの耳には届いていない。
くらげのあたまの中は、別のことで埋め尽くされていた。
『普通』になれる。
もう、誰も『劣化』させない。
ああ、そうなればどんなに…。
けれど、
そんな幸せを、手にする資格が、僕にある…?
昔、あの地下室にいた頃、沢山の人を『劣化』させて『奪った』僕が…
プレシアさんを、アリシアさんを、魔理沙を、琥珀さんを、アインハルトさんを、『劣化』させて『奪った』僕が…
なのはと、フェイトは…
僕が居なければ…
二人が居ない、世界、なんて…
くらげは、少し顔を上げて、安心院なじみを見た。
力なく開いた目、その目には、何も映っていない。
くらげは、首を横に何度か動かし、口を開いた。
安心院なじみは、それを見て、小さくため息をついて、
「多分君は、それを選ぶと思ったよ」
そう言って、残念そうに微笑んだ。
『子供の宝箱』《ガラクタコレクション》は、本来のスキル、『完成』《ジエンド》に変化した。ならば、『ただ戯言』《プチフィクション》も、同じように変化する。
以前、くらげが一度だけ見た、あのスキルに。
くらげは、
「『大嘘憑き』《オールフィクション》」
『あの日』から、今までの『全て』《現実》を、『なかったこと』《虚構》にした。
次回、本編、最終回です。