インディゴの血   作:ベトナム帽子

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Zwölf:エピローグ

 最終的にインディゴ作戦は成功裏に終わった。

 深海棲艦を生きたまま捕獲することは達成できたし、作戦の実行にあたったアトランティスやコルモラン、各Sボートにもさしたる被害はなかった。

 一方で作戦中に起こった友軍同士での戦闘や諸処の問題はあるものの、政府や軍の高官が頭を下げたりしただけで、現場の兵や艦娘に特段何かがあったわけではない。強いて言うなら、事細かく詳細な記述を求められるドイツ軍の戦闘詳報や報告書が少し厚くなるくらいだった。

 

 カタカタというキーボードを叩く音がアトランティスの部屋に響いている。アトランティスは目下、インディゴ作戦の戦闘詳報の作成中だった。

 ゴーストライターでもいれば良いのに、アトランティスはそう思うが、司令部はできるだけ本人が記述した物の提出を求める。軍事機密や軍事情報の漏れという心配からだろうが、無駄に艦娘の休息時間を浪費させているだけのようにも思う。イギリス海軍では戦闘詳報は艦娘の侍従兵の仕事と聞いたときは、うらやましく思ったものである。

 アトランティスはワ級を確保したところまでを書いて、ワードプロセッサのキーボードから手を離し、椅子の背もたれに思いっきりもたれた。

 ふと、窓に視線を移す。窓の外は朱い。日が沈もうとしていた。

「あーあ」

 アトランティスはため息をつく。昼から書き始めていたというのに、まだ終わっていないのだ。それに書くのが一番面倒くさいイタリア海軍との戦闘部分はまだ一切、入っていない。

 アトランティスは再び、ワードプロセッサの画面に視線を戻してみる。ピリオドの隣でカーソルが点滅するだけ。このワードプロセッサが思考を読み取って自動で書いてくれないかな、とアトランティスは思い、頭のどこかに力を入れてみる。しかし、自動書記など起こらない。

「何考えてるんだろ、私」

 アトランティスはうなだれる。

 このワードプロセッサはアトランティスがある任務で日本に訪れたときに百貨店で購入したものである。1文字1文字を打つ度、紙に印字されるタイプライターと違って、ワードプロセッサは画面上ですべて編集して、最後に印刷する。途中で打ち間違いをしても、文字を白いインクで打ち直す必要はない。アトランティスは他の艦娘がタイプライターで戦闘詳報などを書いているのを見て、可哀想に思う。

 しかし、他の艦娘に比べて楽だからといって、戦闘詳報を書くのが大変なことには変わりない。

 カーソルは無機的に点滅している。

 アトランティスは立ち上がった。そして手を頭の上に持っていって伸びをする。体がミシミシと鳴っている感覚がある。大西洋の荒波が船体外板を叩くのと似た感覚だ。

 夕食時だし、気分転換に喫茶店Duft(ドフツ)にでも行こう。そう思って、アトランティスはワードプロセッサの電源を落とし、部屋を出た。

 

 Duft(ドフツ)でエスプレッソと軽食のサンドイッチを注文してから、アトランティスは棚に置かれていた大手の新聞を取った。

 紙面には分厚い防弾ガラスごしに撮られたワ級の写真が掲載されている。見出しには大きな文字で「深海棲艦、生きたまま捕獲」などと書かれている。一昨日くらいまではヘラクレス作戦の戦果一辺倒な紙面だったのに、昨日の晩辺りから夕刊を見ても、テレビを見ても、捕まえた深海棲艦ワ級の話で持ちきりである。

 『この深海棲艦はヘラクレス作戦で展開せいていたドイツ海軍によって捕獲されたものであり、本日未明、イタリアの空軍基地から航空機でドイツ海軍のエッカーンフェルデ基地の深海棲艦研究所に輸送された。エルケ・ヘルター海軍総司令官は「今回の捕獲した深海棲艦により、深海棲艦の研究は一段と飛躍することだろう。捕獲に関わった兵には大変な栄誉を与えられることになるだろう」とコメントしている―――――――』

 さらには深海棲艦について研究している学者からのコメントもあり、

 『今までの研究は深海棲艦の死骸やその一部によって行われていました。死骸やその一部であったとしても生きている組織は僅かながら存在しますから、研究は可能です。しかし、生きた状態とでは比較なりません。今回捕獲した個体によって人類は深海棲艦殲滅へのステップを1つ上がることができるでしょう』

 などと書いてある。

 確かに、死んだ個体から生きている組織を採取し、実験・研究は可能だが、範囲としては限定的になる。例えば、化学兵器などだが、その採取した組織にある化学兵器の有毒物質を投与して効果があったとしても、その化学兵器が本当に深海棲艦に有効かどうかは分からないのだ。せいぜい弱らせる程度かもしれない。実際に深海棲艦に対して実験しなければ、分からない研究はたくさんある。

 また、深海棲艦が体内で砲弾や航空機を製造できる原理、障壁を発生させる原理が解明できるかもしれない。これを工業に反映させることができれば、新しい加工法やシステムが開発され、あらゆる産業の生産量が劇的に増加するかもしれない。第2の産業革命が起こるかもしれないのだ。

 深海棲艦は人類の敵で、新聞に書いてあるように殲滅すべき存在であるのだが、同時に宝箱でもあるのだ。これに気付いている資本家は多く、研究所に出資する人数は昨日から急増している。ドイツ人のみならず、イギリス人やフランス人もだ。

 世界の注目をドイツに戻す、というインディゴ作戦の目的の1つはおおむね成功と言っても良いだろう。アトランティスはサンドイッチよりも先に出されたエスプレッソに口を付けながら、思った。

 きっと、これからインディゴ作戦についての情報公開が少しずつされていって、WmK C/14といった艦娘支援の兵器やステルスマントとか、S-320型Sボートなどが輸出兵器の目録に入っていくに違いない。

「新聞じゃ、良いことばっかり書いてあるけど、逃げ出したりしたら怖いね」

 カイゼル髭を蓄えた初老の男性―――――――Duftのマスターが目を細めて言った。

「大丈夫ですよ。エッカーンフェルデ基地にはドイツ海軍精鋭の海兵大隊がいますから」

 確かに捕獲した深海戦艦が暴れて、逃げ出したりしたら大変なことだ。大きい図体に加えて、強力な火力。まさに日本の特撮映画でいうカイジュウ。下手な部隊なら、遠距離で仕留めきれなかった時点で潰走してしまうかもしれない。でもエッカーンフェルデ基地に配備されている第一海兵大隊は戦車や装甲車、ルイサイト、サリン、ソマンといった化学兵器まで装備している部隊である。逃げ出した深海棲艦にやられるにしても、増援部隊が到着するまでの時間を稼げるはずである。

「まあ、海兵大隊がやられても自分が出て行ってやっつけますよ。安心してください」

 アトランティスはにっこりと笑って、マスターを安心させる。

 ちりりん、と店の入り口の扉が開き、鈴が軽快に鳴った。

 

  ―――終―――




 時間はかかりましたが、「インディゴの血」完結しました。
 割と迷走した感じがします。特に二章から。確固たるテーマを持って書けたのは3話までのような気がします。
 ドイツ仮装巡洋艦を主人公にこの作品を書き始めたきっかけは、「なぜビスマルクのようなドイツ海軍の主力戦艦を日本に送ってくるのだ?」という所から始まりました。
「日本に送ってくるのは、戦闘ノウハウを日本海軍で学ぶためだ」→「なぜ、送るのか?」→「ドイツ海軍は英仏に比べて、艦娘技術で遅れているのだ」→「ドイツって兵器輸出は昔からの家業みたいなものよね。艦娘のせいで不振なんじゃない?」→「生きた深海棲艦捕まえれば、注目浴びられるのでは?」→「捕まえるには化けないとね」→「仮装巡洋艦」という流れで、「インディゴの血」になりました。ドイツは唯一の海上航空戦力のグラーフ・ツェッペリンまで日本に送るから、わけわかめ。
 そしてイベントの戦闘海域を見る限り、日本海軍も戦線伸ばしすぎ、各方面で攻勢起こしすぎ。わけわかめ。

 次作品として構想を練っているのは「神風と陸軍兵卒の恋愛話」と「日本空軍の基地航空隊」を考えています。その前に「雪の駆逐隊」の方は済ませます。

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