ハイド伯爵帝都城館の家臣たちが行うささやかな内輪の祝宴に集まったのは、ジント、ラフィール、サムソン、ミルフィーユ、パーヴェリア、セールナイ、そして、ミカエル達の7名の全部で、13人の祝宴だった。
前日の500人を超えて、帝国の名だたる貴賓が出席したものに比べると、本当に小さくてささやかなものであった。だが、ジントは、この祝宴は、この家臣たちに、自分の…ハイド伯爵家をまかせるには最高の人達であり、安心できると確信を心から抱いていた。
そして、隣に座っているラフィールをちらりと見て、僕の人生も捨てたもんじゃないと感じていた。
広い饗宴用の食堂で、サムソンは、麦酒に満たされた硝子杯を掲げて、楽しそうに言った。
「まぁ、堅苦しい話はなしにしますぜ。ハイド伯爵家のよりよい発展と…王女殿下とわが君に…乾杯!」サムソンは杯に満たした一気に麦酒を飲み干した。
「乾杯!」
ラフィールやジント、その他も硝子杯の酒精に喉を潤した。
ジントとラフィールは、隣に座っていたが、お互い頬をほんのり赤くしながら、ちらちらと見ているだけであった。
「(どうしよう…告白しようと思うけど、どうやって、話かければいいのか…・)」さっきから、そのことで頭がいっぱいのジント
「(どうのようなきっかけで、話しかければよいであろか。難しい。この手の方法など今まで、知らないからな。)」こっちも困り果てるラフィール
そこへ、困って、沈黙続けている若い二人を見かねたサムソンは、二人の目の前に硝子杯を持ちながら座った。
「わが君、王女殿下、どうしました。もっと、この祝宴を楽しんでください。一応、無礼講ということですぜ。」そういいながら、二人の杯に酒精をサムソンは注いだ。
「うん、わかった。サムソン監督、それにしても、そなた、本当に楽しそうだな。」
「王女殿下、それは、楽しいでしょう。こんな美女や美少女に囲まれている宴会なんて滅多にないですから、まぁ、アーヴの宴会では常識なんだろうけど。」
いつもの軽口を叩くサムソン
「サムソンさんは、アーヴの宴会には参加したことはないのですか?」ふと疑問に思うジント
「いくら、一時、翔士になったからといっても、それは、したことないですぜ。それに、ほろ酔いしかしないんじゃ。あまり、ハメをはずせそうもないですしね。まぁ、一緒に酒を交わすアーヴは、ソバーシュ先任翔士しかいませんですぜ。」
「あら、今後は、私と一緒に酒を飲んでくれないの。サムソン家宰。それは、寂しいわ」
その話を耳にしながらミルフィーユがそこへ参加した。
「子供と酒を飲んでもな。奇妙な気分になるだけだから。」わざとらしく言うサムソン
「あら、そんな見た目で判断するのはよくないわ。じゃぁ、飲み比べしてみる?」挑むように言うミルフィーユ
「おおっと、それは、しませんぜ。遺伝的に酔わない連中に勝負しては負けるのは目に見えていますからな。まぁ、気分を変えるためにも子供と飲むのもいいかもしれませんね。」
「そなた、あいかわらずの口の悪さだな。それは、間接的に我らを侮辱しているように聞こえるぞ。」少し眉をひそめるラフィール
「とんでもないですぜ。それに、私はアブリアルである姫君に話しかけているのではなく、そこのお嬢ちゃんに話しているのです。決して王女殿下を侮辱しているわけではありません。アブリアルの怒りを受けるほど、私は無謀ではないですぜ」
サムソンは大げさに肩をすくめた。
「まったく、いつになったらその言いまわしを変えてくれるのかしらサムソン家宰。まぁ、いいわ。ところで、わが君と王女殿下にききたいのですが、二人のなりそめってどんな風だったのですか?私は、何しろ5年以上もハイド伯国にいたのですから、噂ですら聞いてないのです。一応、家臣としては知りたいのです。」
好奇心に満ち溢れたかわいらしい表情をするミルフィーユ
「そうですな。それもいいと思いますぜ。二人の立場から聞きたいですぜ。まぁ、無礼講なんだから、包み隠さず話して欲しいですな」
「サムソンさん、アクリアさん、わかりました。」
「そうだな。まぁ、そなたたちは、ハイド伯爵家の家臣だし、宴の席だから、話してもよいであろ」
「えーっと、まずは、ラフィールの第1印象なんだけど…(さすがに黙っていると偉そう、しゃべるともっと、偉そうとはいえないな)」少し言葉を濁すジント
「どうした、ジント、はやく、はなすがよい」
すると、サムソンが思い出したように言った。
「あ、それなら、知っていますぜ。以前、マーティンに降りたときにティル首相に坊やが見せた記録映像で言っていたな。確か『黙っているとえらそう。しゃべるともっと、えらそう』だった」
「ジント、それは、本当か」目が細くなり、明らかに機嫌を悪くするラフィール
「えーっと…サムソンさん。それは本人の前でいっては、だめですよ」困り果てるジント
「そうですか?正直な意見だと思いますぜ。偉そうに見えたのは俺もそうでしたから。皇族なんだから威厳があって、当然でしょう。王女殿下、坊やは威厳をそういう風に解釈しただけです。」面白そうに言いながらフォローするサムソン
「サムソンさんの言うとおりだよ。君の威厳を表現するのにちょっと、言葉の選択を間違っただけさ。」頬をかきながらいうジント
「ふーん、そうなのか。まぁ、よい。初めての印象なんてそんなものだろうな。私は、まぁ、驚いたけどな。名前を聞かれたのは、初めてだった。あのときは、本当に嬉しかったのに…。あ、そういえば、思い出した。どうして、あのとき、私が敬礼をしたときに、後ろにとびずさったのだ。結局、満足のいく説明はうけなかったぞ。」
「えーっと、それは、今でも説明するのは、難しいな。」この後に及んでまだ、誤魔化すジント
「まるで、殴られるのを防ぐような感じだったぞ」不信の目を向けるラフィール
「王女殿下、そのとおりですわ。わが君は、たぶん、殿下が殴ろうとしているのを本能的に防ごうとしたのです。偉そうな翔士修技生が名前をつげずに、腕を持ち上げた。アーヴに一度も会ったことがないわが君は、そう思ったのでしょうね。」
さすがに元『青の牙』らしく、ジントの考えをあっさり、見ぬくミルフィーユ
「ばか。ジント、そなた。無礼だぞ。だいたい、いきなり殴りつけるアーヴがどこにいる。いくらそのとき、無知とはいえ、ものには限度があるぞ。しかも、私がそんな行動をしそうに思うとは本当に腹が立つ。」完全に怒りモードに入るラフィール
「ごめんよ。ラフィール。それも僕の無知のせいなんだ。確かにそう思ったことは認めるよ。でも、その無知のせいで、君とこうして対等に名前を呼べる関係になったんだ。それも含めて、許してくれるとありがたいよ。」なだめにかかるジント
「うん、わかった。許す。まぁ、そなたの鈍さや非常識は今に始まったことではないからな。それより、短艇に乗ってからの話をするか。そういえば、ジントは、50人用の短艇を…ゴースロスと間違えたな。あのときも、そなたの常識の無さにあきれたぞ…・」
今度はラフィールが当時の様子を語り出した。
こうして、ジントとラフィールは、デルクトゥーの宇宙港で会ったはじめての出会いからゴースロス、そして、フェブダーシュ男爵領、クラスビュールでの話をした。二人とも当時を懐かしがりながらも、あるときは、楽しそうにあるときは、悲しそうに話していた。
ただ、互いに話しているうちに、お互いが側にいることが当たり前であり、そして…幸せなんだということをあらためて実感していた。
「さてと、二人のなりそめもわかったし、私はそろそろ、他の話し相手を探してきます。わが君、王女殿下、それでは。」
ぺこりと小さな頭を下げて、ミルフィーユは、その場を去った。
「そうだな。これ以上、二人の間にいるのも野暮ってものだな。じゃぁ、坊や。殿下、俺も新しい家臣達と親睦を深めてきます。これは、家臣の長たる家宰の役目ですから。」
そういって、サムソンは、去ろうとしたが、何かを思いついた風にジントの耳元でそっとつぶやいた。
「坊や、ここより、もっと雰囲気を盛り上げたいなら、『星空庭園』にいくべきだな。」
そのあと、ジントに片目をウィンクして、楽しげにその席を離れた。
「ラフィール、そういえば、さっきは、中断してしまったけど、ハイド伯爵帝都城館で案内していないところがあるんだ。そこへ、行こう」
ジントは、無意識の内にラフィールの手を思わず握り締めて引っ張った。
「あ…うん。わかった。」少し頬を赤く染めながらラフィールはジントの後へついていった。
『星空庭園』というのは、ジントがハイド伯爵帝都城館から見える、宇宙の風景、つまり、星空を一番、綺麗に観賞できる場所として作ったものであった。そして、宇宙船や他の軌道施設から見るのと、ここで見るのとでは、大きく違っていた。星が地上世界から見るように瞬きしていた。これも、地上世界出身のジントならではの演出だった。
そこへ、二人が入ると再び、瞬く星を眺めながら、互いにこの瞬間を大切にかみしめるように沈黙をつづけていた。
唐突にジントがつぶやいた。
星たちよ 汝の命短き眷属の望みを聞くがよい
我らの望み それは
汝の本降ちゆく末を看取ること
「それは…どういう…」
ジントが星を見ながら真剣にその一節をいったあと、ラフィールは彼の目を見つめた。
「ラフィール、これが僕の望みさ。君という星をできれば、死ぬまで、そばで見守りつづけたい。でも、僕はもっと、欲張りなんだ。最近、実感したよ。君と一緒にいるだけでなく、君を愛したい。そして、君からも愛されたい。アブリアル・ネイ=ドゥブレスク・パリューニュ子爵・ラフィール、君の遺伝子がほしい…。」
ジントは恥ずかしさと不安が入り混じった面持ちでラフィールの瞳を見つめ、永遠ともいえる瞬間のような感じでラフィールの答えを待った。
…ラフィールは、ジントのその言葉を聞いた瞬間、驚いた表情になった。そして、その言葉を心の奥にかみ締めると少しずつ頬を桜色に染めて、ジントの視線からはずして、下の方へうつむきながら、彼女にしては珍しく、かすかな声でつぶやいた。
「そなたはずるい。…その言葉、私から、伝えようと思っていたのに…・」
そう言った後、ラフィールはそっとジントの手をとり握り締めた。
「え…ということは、ラフィール」
このときのジントの鼓動は経験したことがないくらい波打っていた。でも、ラフィールいったことを理解すると、喜びが少しずつだが確実に彼の心を広がり始めた。
「そうだ。私もそなたの遺伝子が欲しい。だから、言わせてもらうぞ。リン・スーニュ=ハイド伯爵・ジント。私の…想人になるがよい」
これまで、見たことないくらいの顔を赤くしてラフィールはつぶやいた。
「わかったよ。ラフィール。いや、ぼくのかわいい殿下」
ジントは、そっと少女腕の中に抱きしめた。彼にとって、ずっと、夢を見つづけ、憧れつづけていた想いが今、やっとかなったのである。
「ばか」
ラフィールも、ジントに抱きしめられたとき、一瞬、体を硬直させたが、ジントの温もりを感じるとそっと背中に両手をまわした。ラフィールも至福の想いだった。
二人は、顔を近づけ、みつめあった。
「ジント…黙って目をつぶるがよい」顔を真っ赤にしながらラフィールは言った。
「え…うん、わかった。」ラフィールの意図を冷凍野菜並みの洞察力をフル動員させて、気づくジント
ジントが目を瞑ったことを確認すると、ラフィールは静かに唇を重ねた。
その感触があった後、ジントは目を開いた。予想通りとはいえ、ラフィールが自分にキスをしていることを実感すると彼の心臓はもはや爆発寸前の状態であった。
ジントが眼前に広がる銀河でも有数の麗しい美少女の顔だちを見ていると、ラフィールも目を開けて、ジントを見つめた。それから、さっき以上に顔を赤くして、そっと唇をラフィールは離した。
「ばか。ジント、そなた、目をつぶっているがよいといったであろ。」
「ごめん。でも、見つめたかったんだ。ラフィールを。」
「そうか、でも、礼儀をわきまえて欲しいものだ。今後そういうことをするなら、ニ度しないぞ」少しすねたような表情をするラフィール
「ごめんよ。ラフィール、今度は気をつけるから。でも、ラフィールだって、目を途中で開けたよ。君ならいいのかい。」なだめにかかるジント
「私は…ジントの顔を見つめたかったんだ。」
「僕も一緒の気持ちさ。ラフィール」
「ジント…わかった。許す。そうだ。ジント…この後、『薔薇の居室』へ来ないか。ささやかな祝宴をあげようと思う。」
顔を紅潮さえながらも何か期待の込めた視線でラフィールは言った。
「うん、わかったよ。でも…何の祝宴なのかい?」鈍いジント
「ジント、鈍いな。そなたと私が想人になった祝宴だ。どうやら、そなたは、乙女の気持ちを理解するのは、難しそうだ。今後は回りくどい言いまわしは、無理だと見える。」ちょっと、不満そうな表情のラフィール
「わかったよ。今後は気をつけるよ。じゃぁ、早速、行こうか。」と移動壇へ向かおうとするジント
「ちょっと、待つがよい。少し準備が要る。後で連絡するから、それから来るがよい」
「……わかったよ。ラフィール。じゃぁ、僕は自室へ戻るよ」
「うん、じゃぁ、『薔薇の居室』で待っている」
ジントとラフィールは自室へ戻っていった。
ジントは自室で、告白したときの情景を浮かべながら、幸せをかみ締めていた。
「ラフィール、僕は君の半分しか生きられない。それでも、君と一緒に生きていきたい。君の側にいたい。さらに愛し合うことが出きるなんて嬉しいよ。」
だが、次の瞬間、ジントの心にいつもの不安がでてきた。
「でも、僕は年老いる。君の半分しか生きられない。これによって、君の気持ちが離れていくかもしれない……。今、考えてもしかたないことか。そのときになって、考えよう。今はラフィールと共に生きる。それだけを考えよう。」
ラフィールは、『薔薇の居室』へ戻った後にすぐに湯浴みをした。
液体石鹸いりの湯船につかり、ジントについて、想いをはせていた。
「ふー、まさか、あのものから先に告白されるとは思わなかった。…短き眷属の願いか…。やはり、ジントは年老いることを気にしているのだな。我らの寿命の半分しか生きられないことを。確かに、それは、私も不安であるが、今考えてもしかたないであろ。今は、ジントと共に生きたい。その想いで胸がいっぱいのだから。」
細い指ですくった石鹸で泡だつ湯を見つめながらつぶやいた。
湯殿から抜け出すとその部屋にある全身を映すことができる鏡の前でラフィールは、立ち止まった。彼女にしては珍しく自分の均整のとれた肢体ときめこまやかな肌を持つ、銀河でも類まれなる造形物を見つめた。
「(ジントは、この体を好いてくれるだろうか…わからぬ。でも、ジントから先に想いを告白したのであれば、こちらから先に誘わなければなるまい。これは、プラキア卿から言われていた。礼儀だからな。…・)」
そう考えながらもラフィールは、これから行う行為にたいして、恥ずかしさと不安と期待が入り混じった複雑な心境になっていた。
10分後、ラフィールが準備の用意ができたとジントのクリューノに伝えられて、ジントは『薔薇の居室』へ期待と不安を胸に抱きながら入った。
「やぁ、ラフィール。」
「うん、ジント。すでに、酒精は用意した。ぶどう酒であるが、大丈夫であろ。」
てぎわよく、硝子杯に酒精をラフィールは注いて、手に持った。そして、ラフィールは寝台の上に座り、ジントもその横へ座った。
「ラフィールと僕が想人になったことに…」
「それと、いつまでもそなたに一緒にいれるように…」
「乾杯」
祝杯をあげると、ラフィールはジントの隣にすわり、そっとジントの右肩に頭をよせた。彼女の黝い髪から、ほのかに石鹸の香りをかいだとき、ジントの鼓動を速くなり、顔を赤くしていた。
「ジント…。実は言うと、内輪の祝宴の前にダリシュに会ってな。ロブナスのことについて、いわれた。」少し切なそうな表情を浮かべるラフィール
「え…、ダリシュが。ラフィール、彼のいいたいこともわかるけど、気にしなくて良いよ。現に僕は大丈夫だったから。」黝い髪を優しくさするジント
「だが…。あのものによって、気づかされた。私の行為は明らかな判断ミスだったと。でなければ、そなたがあのような姿にならなくても…今にも消えて無くなりそうな………あんな思いはもうしたくない。」
その当時の様子を思い出したラフィールは、瞳に少しずつ涙を浮かべていた。
「ラフィール…僕は、こうして、今もここにいるし、これからもずっと、そばにいる。だから、大丈夫だ」ラフィールの頬に手を当て、安心させるように言うジント
「うん、わかった。だから、ジント、もう2度と私を置いて地上世界を降りることをするではない。もし、どうしても、行きたい時は、必ず一緒にいくからな。」決意した風に言うラフィール
「ラフィール、わかったよ。誓うよ。」
「でも、そなたは嘘つきだからな。しっかりと、見張っておくべきであろ。」頬に触れるジントの手をしっかりと握りしめるラフィール
「相変わらず信用が無いな。どうやったら、信用してくれるんだい?」
「ならば…抱くがよい…」恥ずかしさのあまり、下をうつむき声にならないほど小さくつぶやくラフィール
「え…ラフィール、それは?」ラフィール言ったことは、理解したが、信じられずもう1回聞くジント
「ジント、私を抱くがよい。もう2度といわぬ」頬を桜色に染めて、上目遣いで瞳を潤ませながらも気持ちをこめて、さっき以上に声をだして言うラフィール
「……わかったよ。…僕のかわいい殿下。」そういって、ジントはラフィールを抱きしめて、そっと寝台へ押し倒した。
「ばか」
顔を耳まで真っ赤にしながらも期待を込めた瞳でジントをラフィールは見つめた。
ジントの下になったラフィールの視線の片隅には、『薔薇の居室』飾られている巨大な絵の一輪の薔薇を加えているレズワンの絵が入ってきたのであった。