リーアのアトリエ アーランドの錬金術士   作:珊瑚

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二章

 それから10分ほど待機して、ようやくギゼラさんとピアニャさんがやって来ました。

 ギゼラさんはいつもと変わらない風貌で、ピアニャさんは短めの杖を持って歩いてきます。

 冒険が余程嬉しいのか、それともあの方との再会が嬉しかったのか、ピアニャさんは満面の笑みを浮かべており、とても機嫌が良さそう。足取りも軽やかで、今にもスキップでもしそうです。

 意外にもギゼラさんはそんな彼女を気にかけるように、目を離さず見ていました。流石は二児の母。そこらへんはしっかりしています。

 ギゼラさんは広場のベンチに座っている私に近づくと、笑顔を浮かべました。

 

「よ。待たせてすまないね。懐かしい顔に会って時間食っちゃったよ」

 

「仕方ないですよ。ヴィントさんに会ったんですよね?」

 

 さらっと言う私。

 ギゼラさんとピアニャさんは驚いたように目を見張りました。

 

「おや、知ってたのかい」

 

「リーア、魔法が使えたの?」

 

「いえ。偶然道を訊かれただけですよ」

 

 店を出たら声をかけられたのだと説明します。

 ギゼラさんが面白そうに笑いました。

 

「やっぱりこの村は狭いねぇ。ま、それがいいんだけど」

 

「そうですね。それで、どうでしたか? 懐かしい方に会えて」

 

「泣かれたね。死んだかと思ってたって。いやぁ、困ったよ」

 

 まぁ……ですよね。

 恩人のトトリさんに会いに来たら、死んだと思っていたギゼラさんがいた。さぞかし驚くことでしょう。すっかりギゼラさんのことを忘れてましたね、私。もし覚えていたら、気の利いた伏線めいたことくらいは言えたのですが。

 やはりヴィントさんはあの村からやって来た人なのですね。二人とも知っているみたいですし、ギゼラさんと会って、死んだかと思ったなんて言うのはあの村の住人くらいでしょう。

 

「ピアニャ、ヴィントの泣いてるところ初めて見た」

 

「それほど嬉しかったんですよ、きっと」

 

 好き勝手暴れるギゼラさんも、少しはいいところはありますしね。人に慕われるのも分かります。むかつくことが多いですが、そこは認めましょう。

 それにギゼラさんは村のために命を懸けた恩人。彼女が泣きたくなる気持ちも理解できなくはありません。同じ立場なら私だって……。

 

「今度村に行かないとですね、ギゼラさん」

 

「そのうちね。今はリーアの冒険が優先さ」

 

 本当はさっさと行ってもらいたいものですが、彼女がいないと私が困るかもしれないのもまた事実。頼りない返答をするギゼラさんへ、私は苦笑しました。

 

「ではパパッと用事を済ませることにしましょうか」

 

「そうだね。初心者二人だしそれほど早くなくてもいいとは思うけど」

 

 珍しく謙虚なお言葉がギゼラさんの口から出ます。

 ピアニャさんがいるからでしょうか。私と接するときの暴虐さは影を潜め、気持ち悪いくらいの優しさが前面に出ています。言葉にも表情にも。

 

「なんでそこで嫌そうな顔をするんだい。ほら、行くよ」

 

「リーア、早く早く」

 

 優しいギゼラさんに一つ二つ抗議してやろうとも考えますが、ピアニャさんに手を引かれ、その機会は失われます。

 文句は後に回しておくとしましょう。

 先頭をギゼラさん、その後ろを私とピアニャさんが並んで歩きます。

 こうしていると、傍目からは親子に見えていたりするのでしょうか。

 ふと浮かんできた考えに苦笑。ギゼラさんの後姿を見やる。

 彼女の背中は頼もしく、それでいて今はどこか優しさを感じさせました。それがとてつもなく変に感じるのですが、不思議と嫌ではありません。

 むしろ何故今まで私にその優しさを向けてこなかったのかと憤るくらいです。

 

 私が海に落ちたのは9歳のとき。

 その時点でギゼラさんと会っているのですが……全然優しくされた記憶が見当たりません。

 やれ治療だ、料理だ、掃除だ、筋トレだ……等々、気を遣われず、こき使われたものです。

 筋トレに至ってはさせる意味が分かりませんでしたし。

 まぁ、ギゼラさんが私に優しくない理由は分かります。

 皆さんお分かりの通り、わたくしはゲームが好きで、可愛いものが好きな若干変態とも言えるレベルの人間。

 そんな人格が無人島で形成されるわけもなく、私は無人島に来る前からおかしい子供だったのです。

 ピアニャさんのような純粋無垢な子供と、変態のエリートである私は正反対の位置にいると言っても差し支えないでしょう。

 なので対応がピアニャさんと真逆になっても、おかしくはありません。

 しかし……苛立ちます。

 多分ギゼラさんだからです。私は彼女を天敵として認識していますからね。

 ちょっとのことでもケチつけたくなるのでしょう。優しくされても「馬鹿にされてるのでは?」などと思うだけなのに、難儀なものです。

 

「目的地はニューズの林です。いいですか?」

 

 村を出た辺りで思い出し、目的地を告げます。ギゼラさんはすぐ頷きました。

 

「いいと思うよ。あそこなら、ピアニャの心配もいらないし」

 

 ふむ。またピアニャさんですか。

 ギゼラさんから発せられた言葉に、今度は怒りではなく落胆する私。

 自分でもよく分かりませんが、すごくもやもやしますね。

 ……よし。少し、試しに言ってみましょうか。

 原因不明の症状を解消すべく、私はギゼラさんへ近づき、肩を軽く叩きました。

 

「私への心配も不要ですしねっ。ねっ?」

 

「なに言ってるのさ?」

 

 冷静に返されましたよ。

 心なしかいつもと立場が逆な気がします。私はふてくされたように口を尖らせました。なんか面白くない。我ながら不思議で複雑な感情です。これが乙女心というものでしょうか。などと考えていると、ギゼラさんの顔がこちらを向きました。

 

「あ、リーア。まさか焼きもち?」

 

「は、はぁ!?」

 

 にやにやしながら言われた台詞に、私は普段のキャラを忘れて絶叫しました。焼きもち。私がピアニャさんに? 有り得ないです。

 

「なんて恐ろしいことを言うんですか。そんなこと有り得ません。むしろピアニャさんと仲良さげなギゼラさんに嫉妬してると思います」

 

「あはは、その趣味は相変わらずだね」

 

 できるだけ視線を合わせぬよう顔を逸らし、早口で言うとギゼラさんは笑いました。彼女は私の趣味嗜好を理解している数少ない人物です。

 可愛い女の子好き、お肉好き、等々。私のことは大抵知っているでしょう。

 

「けど、本当にあれだね。あんたたち二人が並んでると……」

 

 私達の方を向き、バックで進みながらギゼラさんは私とピアニャさんを見てきます。

 

「並んでると、なんです?」

 

「姉妹――いや親子にも見えてくる」

 

「ブン殴りますよ?」

 

 笑顔で首を傾げます。たった一歳差なのに親子呼ばわりとは、大人っぽいとかそういうレベルじゃありません。ピアニャさんが見た目キュートな子供なのは理解できますが。

 

「せめて綺麗でセクシーなお姉さんレベルに収めてください」

 

「自分で言うんだ……」

 

 ギゼラさんが呆れた顔をします。勿論冗談なのですが、結構真面目にとられてますね。トトリさんに会った時のウインクも引かれてしまいましたし、どうしてこう私の冗談は真正面から受け止められてしまうのでしょうか。リアリティがあるんですかね。爆弾が『俺爆発するかも』とか言ったら笑えませんしね。

 

「せくしーって?」

 

 あ、いけない。真っ白な女の子がすぐ近くにいることを忘れていました。

 

「ええと、女性らしいってことですかね。私の人のようなことを言って、ギゼラさんのような人はスレンダーと言います」

 

 またギゼラさんから呆れられたような目を向けられますが、事実といえば事実なので躊躇することなく解説します。この説明なら健全な筈ですし、ピアニャさんに害はないはず。

 

「そうなんだ。リーアはセクシーなんだね」

 

「え、ええ。まぁ、はい」

 

 自分で言ったことですが、ピアニャさんに言われると途端に恥ずかしくなるから不思議です。顔が熱くなるのを感じながら、首を縦に振ります。

 

「ぷくく。一四歳でセクシー……」

 

「うっさいですよ、スレンダーさん」

 

 いつもの調子でからかい合う私達。互いに爽やかな笑顔を浮かべているのですが、攻撃を忘れることはしません。ある意味で仲がいいのかもしれませんね、私達は。

 

 

 

 ○

 

 

 

 昼食をとり、休憩を挟みながら歩くこと約五時間。私はふと空を見上げました。

 もう夕方が通りすぎ、辺りは薄暗くなっております。空はオレンジ色から黒へと徐々に色を変えていき、そろそろ夜の帳が下りてきそうな時刻です。外は歩いているだけでモンスターと遭遇する危険地帯。よって夜中に移動するのはあまり得策であるとは言えません。ピアニャさんの疲労も気になりますし、私はそろそろ野宿の開始を提案しようと考えました。

 ――が、ここであの方々が現れます。

 

「おお、モンスターだね」

 

 恒例のぷにさん方です。青と緑のぷにが数体草陰から飛び出してきます。スライムはやはりこの世界でも雑魚の代名詞なんでしょうか。ものすごい出現頻度です。

 ギゼラさんはそれらを特に驚くこともなく確認し、後ろに下がりました。

 

「戦わないんですか?」

 

「あんなのと戦っても退屈なだけさね。二人で頑張って。ほらっ」

 

 まぁ、そうですよね。ギゼラさんが戦ってたら私達はレベルアップできそうにありません。ギゼラさんに背中を押され、私とピアニャさんはぷにさんの前に出ます。

 

「ピアニャさん、大丈夫ですか?」

 

「うんっ。頑張ろう、リーア」

 

 短い杖を胸に抱くように持ちながら、力強く頷いて返すピアニャさん。言葉は頼もしいのですが、その表情からはとてつもない緊張が見て取れます。実感はないでしょうが、これから命のやりとりをするのです。仕方ないことだと言えました。私は彼女の手を握ります。

 

「私は強いですから。すぐ終わっちゃうかもしれませんね」

 

 何言ってんだと思われたかもしれませんが、私なりの激励です。だから安心して、ということです。我ながら不器用というか、なんていうか。

 ピアニャさんは一瞬意味を理解できていなかったようで首を傾げましたが、すぐ笑顔を浮かべました。

 

「頼りにするね、リーア」

 

「ええ。今日は回復アイテムも持ってますから後ろの方にいますね、私」

 

 何事も経験。外を出歩きたいならば、モンスターと抵抗なく戦うことも重要な技術となるでしょう。今回はピアニャさんを前衛に、私はサポートを試みます。

 対峙するピアニャさんとぷに。私は彼女の少し後ろで構えているのですが、気が気ではありません。可憐な少女がモンスターに……なんてものは私の性癖からは大きく外れますし――って違います。

 我が子が初めて自転車に乗るのを見守る親の心境でしょうか。プロテクターやヘルメット、それら安全を保証する要素があっても安心することができません。

 親は我が子が傷つくのは嫌ですが、それ以前に転ぶこと自体が嫌なのです。となれば、プロテクターとヘルメット――ギゼラさんと私という保険がいても、やはり安心することは叶わず。しかしそれは流石に過保護だと、私はおっかなびっくりそれを見守るしかない。

 私にできることは最悪の事態が起こる前に止めることだけです。私は杖を握り直し、苦笑します。親になったこともない人間が妄想で語るなんて、私も緊張しているのでしょう。

 まず動いたのは青ぷにでした。私のときは見せなかった隠れた紳士性を発揮させ、一匹だけがピアニャさんへと近づいていきます。相変わらずの無表情な笑顔。ピアニャさんは彼の動きにびくっと身体を跳ねさせて反応します。そしてぷにの動きに反射するように走り出しました。

 

「やあぁ!」

 

 ちょいと気の抜ける声ですが、ピアニャさんは勇んで叫びながらぷにへと接近。慌てた様子で震えるぷにへと杖を叩き下ろします。ふむ、中々いい感じの振り方です。手にかかる負担とかは分かりませんが、頭の上から両手で持った杖を振り下ろすそのフォームは、杖の重量を利用した、一つの完成された攻撃方法と言えるでしょう。威力もあるはずです。

 などと感心しましたけど、ピアニャさんの腕力は弱いでしょうし、杖もそれほど強そうには見えません。なのでそれほど攻撃力はなかったのでしょう。若干のダメージを受けたであろうぷには身体を揺らし、何事もなかったかのように突進をしかけました。

 ピアニャさんにそれを避ける術はありません。腹部の辺りに体当たりを受けた彼女は、小さく呻きながら後ろに下がりました。攻防が一度ずつ展開されるそれは、ターン制RPGを彷彿とさせます。

 さて。

 私はポーチからあのヒーリングサルヴを取り出して準備をしておきます。ここが使いどきでしょう。三回くらいは使えるはずですし、ここは出し惜しみせず豪快に使って――

 

「お、アイテムを使うのかい?」

 

 横からかかる声。のほほんとした様子のギゼラさんがいつの間にか私の隣におり、笑いかけていました。

 

「そうですけど、なんですか?」

 

「あれやらないの? アイテムの節約になるんじゃない?」

 

 あれ? と考えて、私は思い出します。

 『万事複製』。私の得意とするスキルです。その効果はアイテムを対象に使うときの効果を複製し、それらをバラバラな時間に振り分ける、というもの。その説明だけ聞くと大層なものにも思えますが、アストリッドさん曰く才能があれば原理を理解しなくとも使えるものなのだとか。

 特にデメリットもコストもなく使用できますが、私はアイテムを使用すると疲労してしまうのでそれほどほいほいと使えるようなものでもありません。今後のために温存するべきではないでしょうか。と思ったのですが、スキルを使用せず普通に使ってしまえば、三回でヒーリングサルヴがなくなってしまいます。そうなれば回復の手段は皆無。ジリ貧です。ギゼラさんやピアニャさんが回復の準備をしているとは思えませんし、慎重に使用するべきでしょう。

 ここはギゼラさんの言う通りに万事複製を使用した方がいいかもしれません。私は集中を始めます。こうして悩んでいる間にもピアニャさんは戦っているのです。素早く行動しなくては手遅れになってしまいます。

 

「ピアニャさんっ」

 

 集中を終え、戦っている彼女へと駆け寄る。ヒーリングサルヴは塗り薬。近寄らなければ使用することはできません。ピアニャさんに近づき、私は目についた傷にヒーリングサルヴを塗ります。その間何故かこれまで動いていなかったぷにさん方が、親の仇が如く体当たりの集中砲火を浴びせてきましたが、なんとかなりました。

 

「これで大丈夫ですね……けほっ」

 

 集中した後にアイテムを使用する。ただそれだけで万事複製は完了です。再び後ろに下がった私は、咳き込みながらアイテムをしまいました。脇腹と鳩尾を的確に狙ってきますよ、あの雑魚キャラ……。私を殴ったくせに、今はもうピアニャさんから離れてぴょんぴょん跳ねてるだけですし。無性に腹が立ちます。

 

「あんたぷにに何かしたのかい?」

 

 ギゼラさんが呆れ顔で声をかけます。何かされた記憶しかないんですけど、何故か私に容赦ないんですよね、ぷにさん。そりゃまぁ、虐殺しましたけど、ギゼラさんの方が殺害数が多いでしょうし、そこは関係ない筈です。

 

「気に食わない容姿してるんじゃないでしょうか? 私の美しさに嫉妬、とか」

 

「ないね」

 

 即答しなくてもいいじゃないですか。決め顔を作っていた私がものすごく馬鹿みたいじゃないですか。馬鹿ですけど。

 

「まぁ、あんたの人気は置いといて……中々戦えてるじゃないか、ピアニャ」

 

 ギゼラさんの目線を追い、私もぷにとピアニャさんへと視線を向けます。

 紳士的にタイマンをしてくれるぷにさんのせいもあるのでしょうが、ピアニャさんはそれなりに戦えていました。アイテムの効果があるとはいえ、あの短い杖と小さな体でよく頑張れるものです。筋は中々よさそう。

 

「そうですね。これなら、冒険に出ても大丈夫そうです。錬金術も使えるみたいですし」

 

 私はこくこくと頷きました。武器を使った戦闘はまだまだぎこちなさがあるものの、これにアイテムをプラスすればそれなりに戦えるようになるでしょう。私は先輩のような心境で考えました。

 まだまだ私には及ばない。そんなことすらも考えておりました。このときまでの愚かな私は。

 

「そうだ。ピアニャ、道具持ってたんだ」

 

 ぷにさんをようやく一体倒し、ピアニャさんはのほほんとした様子で手をポンと叩きます。それから服のポケットをがさごそとやり、可愛らしい仕草で何かを出しました。赤い棒状のそれは先に糸のようなものがついており……なんだかダイナマイトのように見えます。なんでしょうか、あれは。首を傾げる私の前、ピアニャさんは導火線を軽く手で擦って点火。飛び跳ねるぷにの群れの中へと放り投げました。

 緩やかな放物線を描いて落下していく赤い棒。ぷにさん方は何が起きるのか理解しているのかしていないのか、近くに落ちたそれを見つめていました。その後の一瞬、空気がとても静かになった気がします。

 刹那、赤いそれが爆発を起こしました。範囲は爆弾にしては小さいものの、腰を抜かすかと思うほど大きな音です。威力も計り知れません。

 思わず目を閉じた私が、次に見たのは消失したぷにさん方。哀れ彼らは地面に広がる液体となっていました。なんとも言えない物淋しさを感じさせます。

 

「ぴ、ピアニャさん? なにしたんですか? 今の」

 

 私の目で見た限り、ピアニャさんがにこやかに爆弾を取り出してぷにの群れを爆発四散させたように見えたんですけど……あり得ないですよね。ぷにさん方が勝手に爆発したんですよね。

 私はそんな希望を込めて問いかけるのですが、杖を持った彼女は服のポケットから、またあの赤い棒を取り出します。そして眩しい笑顔で、

 

「フラムだよ。ピアニャの自作!」

 

 こ、これがフラム……ピアニャさんが作れると言っていたものですか。錬金術はこんなものを作ることもできるんですか。それもピアニャさんみたいな人が。

 ……何故でしょう。喜ぶべきなのに、少し怖くなってきましたよ。

 

「それがフラムかい。トトリが言ってたけど、まだまだ初歩みたいだね」

 

「初歩なんですか!? あの威力で!?」

 

 ギゼラさんから告げられた衝撃の事実に私は驚愕します。

 ——しかし、なんとなく分かっていました。私が作ろうとしていたクラフトというアイテムも、種が飛び出ると書いてありましたが、よくよく考えると怖い品です。種が鉄の玉だったら……うふふ、考えたくもありません。

 

「練金術士ってすごいんですね……」

 

「あのトトリが戦えるようになるくらいだからねぇ。本人の努力もあるだろうけど」

 

 ですよね。か弱い女の子が悪魔を倒せるほどになった技術です。取り扱いに気をつけなくては。私は決心を新たにします。自爆なんてしたら大変なことになりそうです。荷物は間違いなく吹き飛ぶでしょうし、下手したら自分が吹っ飛びかねないです。そんなエンド誰が望むものか。

 

「ピアニャさん、取り扱いには十分気をつけてくださいね。すごく心配です」

 

「大丈夫だよ、リーア。ちゃんと整備してあるから」

 

 目を瞑りたくなるほどの笑顔で頷くピアニャさん。整備なんて難しい言葉をお使いになって……まぁ、見た目の割にはしっかりしている彼女のことです。言った通り整備してあるのでしょう。私はフラムのことをよく知りませんし、そこは自己責任ということで。ただレシピを手に入れたら私が本格的にチェックしようかと思います。今は知識なし。触れることすら怖いです。

 

「じゃあキャンプの準備でもしよっか。リーア、用意手伝って。ピアニャはリーアと一緒にいて勉強しといて」

 

 歴戦の冒険者らしくてきぱきと指示を出し、ギゼラさんは野宿の準備を始めます。こういうところは頼もしい人です。メルヴィアさんより二倍ほど頼れる感があるでしょうか。この人を中心に火山が噴火しても、近くにいれば生き残れそうな、そんな理不尽ながら安全を感じさせる何かがあります。――なんかこう語っていると、ギゼラさんからギャグ補整が働いているようにも思えるから不思議です。強すぎて存在がギャグ……ふむ、言い得て妙です。

 私は一人真面目な顔をして頷き、ギゼラさんギャグ世界の住人説を頭の中で唱えます。とりあえずこの下らない思考はここで捨てておきましょう。視線を下げ、私はピアニャさんを見る。冒険者の先輩として尊敬されるよう指導しなくては。

 

「ではピアニャさん、始めましょうか。まずは……」

 

 先日メルヴィアさんから教わった技術を活かされるときが、すぐやってきましたね。冒険者歴二週間にも満たない私のある意味卓越したスキルをご覧に入れましょう……っ!

 

 

 

 ○

 

 

 

 案の定、慣れない手つきでひどい熟練度のスキルを披露することになりました。ゲーム的な数値で表現するならば1でしょう、多分。スキルを使えるようになった手ほどきを受けた程度です。そんなレベルで人に手本を示せるわけはありません。人生の厳しいところです。

 

「さて、できたね」

 

 あわやテント破壊というところでギゼラさんのストップが入り、ピアニャさんとギゼラさんが二人で頑張ること数分、なんとか野宿の支度が整いました。『なんとか』が文章表現に入った原因が私にあるのは言うまでもありません。私がいなければスムーズに終わったことでしょう。

 

「すみません。なんだか邪魔してしまって」

 

「気にしなくていいさ。あたしなんかあれ以上のことを何回もしてきたから」

 

 ギゼラさんが珍しくお優しい言葉を私にかけます。正直嬉しいのですが、私がギゼラさんサイドに入れられている気がしてなりません。健康な乙女はテントの一つや二つ容易く破壊するものだと思います。とすれば、私はまだ一般人であると言えるでしょう。言いたい。

 

「じゃあご飯を食べて……寝ようか。明日には着くはずだから」

 

 我らが頼れるリーダーの合図で、食事の用意をはじめることに。携帯食料のみの簡素な食事でしたが、それでもお腹が膨れるだけで割かし活力が出るものです。人間の良い意味での単純さですね。気分がいいときは大体そんな感じです。

 

「ふぅ、中々美味しかったねぇ。家の料理とまではいかないけども」

 

「ごちそうさまっ」

 

 食事を終え、手を合わせる二人の表情は幸せそうなものでした。ピアニャさんはあれだけ叩かれていたにも関わらずダメージの色がそれほど見えません。可憐な見た目に反してタフです。

 

「……そういえば、あそこに何をしに行くんだい?」

 

 私がごみを片づけていると、ふとギゼラさんが口を開きました。そういえば目的地を伝えただけで、目的は伝えていませんでしたね。

 

「討伐の依頼と、調合の素材を手に入れようかと思いまして」

 

「討伐ねぇ、どうせ雑魚なんでしょ?」

 

「まぁ雑魚ですけど、それは承知していることですよね?」

 

 圧倒的なレベル差はもう一目で分かりますし。私とピアニャさんはギリギリ同等ですが、ギゼラさんはオーラが違います。その辺のぷになら、もう殺気だけで蒸発するのではと思うくらいです。

 

「承知してるけどね。すごく退屈なんだよね、あたし」

 

 露骨につまらなそうな顔をするギゼラさん。草でも食ってろと言いたい。

 

「なら名ばかりのベテラン冒険者としてピアニャさんにアドバイスしてはいかがでしょうか」

 

「えー? 名ばかりってあんた」

 

「わー、ピアニャ、ギゼラのお話聞いてみたい」

 

 先程と同じように面倒そうな顔をする彼女でしたが、ピアニャさんのような可愛らしい子にお願いされては無視することはできません。しばし唸った後に渋々首を縦に振り了承いたしました。

 

「……」

 

 が、ものの数秒もしないうちに沈黙。腕を組み偉そうな姿勢をとったままかくんと首が曲がります。俯いて顔が見えませんけど……まさか寝たとかいうオチじゃないですよね。

 

「ギゼラ?」

 

 ピアニャさんがきょとんとした顔で彼女の名を呼びます。呆れる私に反してピアニャさんは本気で心配している様子。私は俯いたギゼラさんの頭をぺしんと叩いてやりました。

 

「なにしてるんですか? まさか記憶がないとか言わないでくださいよ」

 

「いや、そうじゃないんだけどね」

 

 意外にも反応はすぐ返ってきました。ギゼラさんは私へ耳打ちします。

 

「ピアニャの教育にいいものかと」

 

「あー……って、自分で言うんですか」

 

 納得しかけましたが、なにかがおかしな気がします。自分が教育に悪い存在だと自覚しているという点でもう既に違和感バリバリなのですが。自覚しているならば普段の傍若無人さも少しはマシになっている筈なのですが。

 

「敵を何匹倒しただの、誰に勝っただの、物騒じゃないかい?」

 

 そっちですか。てっきり何か破壊しただの、街で暴れただのそんなことを言おうとしていたのかと。これは全然自覚してませんね。

 

「大丈夫ですよ、そんなの。普段のギゼラさんの方がよっぽど教育に悪いです」

 

「まーたリーアはそんなこと言って。あたしのどこが教育に悪いのさ。健全な冒険者そのものじゃないか」

 

 胸を張り、やはり自覚ゼロで堂々とそんなことを言います。ギゼラさんが健全な冒険者ならば世界は一日もせずとも滅んでいると思います。

 

「健全かは置いといて……話していいんじゃないですか? 子供というものはドラゴンとか好きですし、そこらへんをセレクトしてみては」

 

「あんたも子供でしょうが。けどま、あんたがそう言うならそうしようかね」

 

 耳打ちでの会話を終えて、ピアニャさんに向き直るギゼラさん。さて……なにを話すのでしょうか。私は不安が半分、期待が半分の少しわくわくした気持ちで見守ります。彼女の冒険譚には私も少なからず興味があるのです。

 

「あんたの町の近くの塔の中に――」

 

「あかーん!! です!」

 

 堂々とトラウマ話であろう話題をチョイスしたギゼラさんを私は即座に止めました。

 

 


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