リーアのアトリエ アーランドの錬金術士   作:珊瑚

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三章

 翌朝です。私はいつものように自然と目を覚ましました。

 目を開けばテントの天井が視界に映ります。そして横からは二人分の寝息が。

 大胆にも見張りもなしで三人熟睡……という自殺めいたことをしたのですが、幸運にも夜は無事過ぎたようです。やはりギゼラさんのオーラがあるのでしょうか。神的なものに感謝をしながら身体を起こします。私の隣にはギゼラさん、その奥にはピアニャさん。二人ともぐっすり眠っており起きる気配はありませんでした。

 私は二人を見つめ……溜息を吐きます。

 ギゼラさんに私の性癖がばれていなければ、ピアニャさんと寝られたかもしれないのに。惜しいことをしました。

 

「さてと」

 

 反省はほどほどに少し跳ねた髪を手で整え、枕元に置いていた帽子を手に私はテントから出ます。今日もアーランドはいい天気です。海から少し離れたからでしょうか、木や土の香りがいつもより強く感じられ、素朴ながら不思議と気持ちが落ち着きます。

 アランヤ村を出て一日。しばらくは海と草原しか見えなかったですが、今は木も点々と生えており目的地が近付いてきたことが見てとれます。確か目的地はあと一日くらいで到着するはず。一番近場という割には結構遠めです。地球では考えられない移動時間ですね。

 地球では……ですか。

 

「……いけないいけない」

 

 つい暗い気分になってしまいました。地球の話題はいかんせん良い思い出がなくいやがおうにもテンションが下がってしまいます。私は地球で、私ができることを何もしなかった。その後悔の念は五年近い年月の経った今でも、時折私を押しつぶします。

 帽子をかぶり、私は頬を軽く叩きます。

 後悔することも反省することもいい。しかしそれだけでは進みません。私はここで、私のできることをするのです。そして地球に帰る手段を見つける。それから地球で償いを――

 

「私は何ができるんでしょうか」

 

 長く考えた結果、私はその結論に至りました。地球に戻るためにできること、私のすべきことできること、償い……その全てが不透明で曖昧です。それはかつて自分の存在価値を探したときの結論と似ていました。誰にも分からない。でもこうだと自分で決めることもできる。しかしそれはきっと自己満足で、傍から見れば下らないものなのでしょう。

 ぐるぐると目まぐるしく頭の中に過去の思い出と、私の想いが浮かんでは消えます。

 

「どうしたの?」

 

 声に驚いて隣を見やれば、そこにはピアニャさんがおりました。

 頭を抱えて唸っている私のことが心配になったのでしょう。眉をハの字にさせて私を見上げています。それは奇しくも上目遣いであり……私の脳内は一気にピアニャさんのことで一杯になりました。

 

「なんでもないですよっ。おはようございます、ピアニャさん」

 

 満面の笑みで挨拶をします。小難しい話やっぱりよりも可愛い子ですよね、うふふ。

 

「でもさっきすごい声を出してなかった?」

 

「ちょっとした哲学ですから、気にすることはありませんよ。それよりギゼラさんはまだ寝てますか?」

 

 まだ爆睡していることは容易に想像できるのですが、話題を変えるためにも尋ねます。

 

「うん、ぐっすりだよ」

 

「そうですか。なら少し周りを散歩しませんか? 何か拾えるかもしれませんし」

 

「え? うんっ、いいよ」

 

 よし。夜の添い寝イベントは逃しましたが、朝のデートイベントは勝ち取りました。小さくガッツポーズをしつつ私はテントから杖を出し適当な場所へと歩き出します。その隣をピアニャさんはとことことついてきます。

 

「朝日が気持ちいいですねぇ」

 

「ちょっと眠いけど、そうだね」

 

 なにやら元気のない声が返ってきます。疑問を感じた私が隣を見れば、いつも元気そうな顔をしているピアニャさんが暗い顔をしていました。な、なにか悪いことをしてしまったでしょうか……私と出歩くのが嫌だとか? まさかピアニャさんを心の中で愛でていることがバレたんですか!? いや、でもそれなら通報されてもおかしくないレベルですし……。

 

「ねぇ、リーア。さっきはなに考えてたの?」

 

 自首を決意する辺りで、ピアニャさんが口を開きました。私のことをまだ心配してくれていたみたいです。良かった。ムショに入らなくてもいいんですね。

 

「さっきですか? ええと、だから哲学をですね」

 

「ピアニャに話せないこと?」

 

 ピアニャさんの純粋な目が私に向けられます。ああっ、さっきまで手を繋いで抱擁――なんて想像してた私には眩し過ぎますっ。消えてなくなりたくなります。

 

「少し……昔のことを思い返しまして」

 

 彼女に心配させた挙句、その気遣いを無下にするなんてことはできません。私はさきほど考えていたことを語りはじめました。

 

「私が別の世界から来たことは知っていますか?」

 

「ちきゅうだよね? ギゼラから聞いたよ」

 

「そこにいた頃のことを思い返しておりました」

 

 前方に視線を向け、言葉を続けます。

 

「私には何ができるのか。何のために生まれてきたのか。私はそんなことばかりをあそこで考えてきました」

 

 口は自然と言葉を紡いでいました。それが私の本心かどうか、それは自分にも分かりません。

 

「そうしないと、お母さんが何のために命を捨てたか……」

 

 ほぼ無意識で口から出ていた台詞はそこで止まりました。

 

 ――ここで彼女に話してどうなる?

 

 頭の中に冷静な自分の声が響きます。そう。ここでピアニャさんに話しても、それは過ぎたこと。何の得にもならないのです。他人を傷つけるためだけに話をすることはない。私は首を横に振りました。

 

「いえ、お母さんのために、他人のために貢献することはできるか考える……それはとても難しく、結論は出ませんでした」

 

「リーア、すごく難しいこと考えてたんだね」

 

 かなり厳しい誤魔化し方でしたが、なんとか成功したようです。ピアニャさんは感心した様子で言い、笑顔を浮かべました。良かった。やっぱり誰も得をしない話はしないべきですよね。この問題は地球、理亞のものです。他人を巻き込むわけにはいきますまい。

 安心して私は彼女から、道へ視線を戻す。そのとき、ぼそりと小さな声で何かが聞こえてきました。

 

「何のために……」

 

 ピアニャさんが発したであろう声は、ぞっとするほど似ておりました。かつての私、松原 理亞に。私は思わずそちらへ振り向こうとします。――が、視線の先、黒い何かが空から遠くから飛んでくるのを見かけ、その機会は失われます。

 

「あれは……?」

 

 遠くからでも分かる圧倒的な違和感。それは私の視線を謎の飛行物体へと引きつけます。距離はどれくらいか分かりませんが、とにかく大きいことは分かりました。そして、速い。砲弾のようにも見えたそれはぐんぐんと進み、徐々にその姿を確認できるようになってきました。

 ドラゴンです。まさにファンタジー、創作の産物とも言える赤い生物が真っ直ぐと空を飛んでいます。アニメや漫画が好きな人なら、彼に少なからず憧れを持つことでしょう。しかし実際目の当たりにすると恐怖くらいしか感じませんでした。血の気も引くとはこのことです。

 ――どうする。

 焦っていたところに、予想だにしない強敵の来襲。私の頭はかつてないほど混乱していました。こういったときはなにをするべきなのか。考えるだけで私の身体は動きません。ドラゴンの速度を見たからでしょう。逃げても追いつかれると思い込んで、何もしないという最悪の選択を知らず知らずの内に選んでしまったのです。

 

「リーア、逃げよう!」

 

 ドラゴンの姿を目視できるようになって、しばらくしてから声をかけられます。ピアニャさんも突然のことに驚いている様子でした。

 年下の彼女の方がしっかりしている。その事実に一気に頭が覚めました。本来は私が守るべき立場。人生、冒険者としても先輩なのにふがいない。

 

「は、はい! とりあえずギゼラさんのところに」

 

 居眠りをしていたところを起こされたようにハッとし、私は踵を返そうとします。が、遅い。ドラゴンは道を遮るように私達の前へ着地しました。信じられない速度です。冗談みたいな地響きが起こり、私は尻餅をつきそうになります。

 これで、ギゼラさんのところに向かえなくなりました。私は深呼吸し、ドラゴンを観察します。

 炎のように赤い鱗に包まれた大きな身体。人間など容易く切り裂きそうな爪。翼、尻尾、角……全てが巨大で、我々人類とはスケールが違います。彼は私達へ今にも襲いかかりそうな殺気を放ち、じっとこちらを見ています。その威圧感は凄まじく、言葉こそ口にしないものの何をしようとしているかは理解することができました。

 私達は間違いなく敵としてみなされています。もしかしたらドラゴンというもの自体がそういった種族なのかもしれません。ドラゴン自体が初見な私にそれは窺い知れません。……が、不思議と殺気以外の何かが感じ取れました。焦り、でしょうか。何故か私には彼が追い詰められているように思えました。どう見ても逆なのに。

 

「ピアニャさん、せーので逃げましょう。場所は目的地です。ここからまっすぐ後ろで着くはず」

 

 なんであれ、ドラゴンは様子を見ています。ここは逃げの一手のみ。目的地に向かえばギゼラさんも……まぁ、いつか来てくれるでしょう。全てにおいて運で左右される作戦ですが、今はこれくらいしか選択肢がありませんでした。戦うなんてもっての他です。

 ピアニャさんもそれに文句はないようで、ドラゴンを見ながらこくこくと頷きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




執筆中です。一ヶ月、二ヶ月頻度で期待せず読むのがおすすめです

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