東方心奪録   作:Agies

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第二十三話

 青髪の少女ーーーにとりと出会い、突然起こった事が多すぎて、今も若干混乱気味な咲雅は彗の屋敷に来ていた。

 

「彗さん、さっきのなんだったんだ?」

 

「いろいろ、あったんですよ。この山にも」

 

 彗のたった三文節の発言は、屋敷の気温が一度下がったのではないかと咲雅が錯覚するくらい重いものだった。

 

「何があったか、聞いてもいいか?」

 

「私は咲雅くんに軽蔑されたくないです―――」

 

 彗は相も変わらず笑っている。だが、その笑みは咲雅にはひどく疲れたように見える

 

「話してくれないか……」

 

「すいません。桜を見ようって言ってたのに、こんなことになってしまって―――」

 

「いや、気にしないでください。桜は見れましたしね」

 

 すいませんと謝る彗の顔は笑ってはいるが、今にも泣きそうで、儚げで―――

 

「助けなきゃ、だな」

 

 咲雅がそう思ってしまうのも当たり前に思えるくらいひどい顔をしていた。

 

「それじゃ、彗さんまた来ますね」

 

 今日のところは帰るとしよう。助けようと思ってても今は何をすればいいかわからない。一度家に帰って、風呂に入ってそれから考えたって時間はある。

 彗さんが話してくれない以上、ここにいたって何も始まらないのだ。

 彗さんの部屋を出て、長い廊下を歩き、玄関に置いてある靴を履き、広い庭へと出る。

 

「――あれ?」

 

「こんにちは」

 

 彗さんの屋敷から出るとそこには青い髪が綺麗な少女が佇んでいた。

 

「にとり……さん」

 

「先ほどはすみませんでした―――お礼がしたいので、ついてきて下さい」

 

 さっき出会った時にはあれほどまでに拒絶の色を目に浮かべていたのに、今ではシュンとしているだけの少女を見ると、さっきまでの心配は杞憂だったのではないかと思えてくる。

 

 

 

 

 

~~

 

 

 

 

 前を歩く少女にトコトコとついて行くと、山の中にぽっかりと口を開けた穴を見つける。

 穴は直径凡そ、四メートル程。深さも暗くなっていてわからない。

 

「ん? なんだこれ?」

 

 咲雅は身を乗り出し、穴の奥を覗く。

 ふむ、穴の奥も暗くてよくわからないし、落ちたら一瞬で御陀仏だろうな。これが本当のお先真っ暗ってヤツだ。お?今、割りと面白いこと言ったんじゃないか?――――ドン――――急に背中を押される。

 突然のことに理解が追い付いていない。今、何をされた?背中を押された?誰に?後ろの少女しかいない。先程までのシュンとしていた表情は、騙すための演技だったのか?なぜ、背中を押した?俺を殺すため?なぜ、俺を殺す必要が?

 次々と疑問が浮かんでは消え、浮かんでは消える。

背中を押され、バランスを崩した咲雅は当然穴の中に落ちて行く。

 

 落ちて行く中で見えた青髪の少女の顔はひどく歪んでいた。

 

「甘いのよ、ニンゲン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 咲雅は今落ちている。大事なことだからもう一度言おう。妖怪の山の中腹にある大穴に吸い込まれるように落ちているのだ。

 よく考えてみればこの幻想郷に来たときも八雲紫のスキマに落とされていた。落ちることになかなか縁のある男だなと思う。

 なぜ、こんなにも冷静でいられるのかは自分でも謎だ。恐らく、空を飛べるからだろうが。

 

「さて、いっちょ飛びますか」

 

 俺が穴から飛び出してきたら、あの青髪の少女はどんな顔をするだろう。驚いて、可愛い悲鳴を聞かせてくれたなら、今回のことは水に流そうじゃないか。

 そんなことを思いつつ、空を飛ぶ。

 

 重力という鎖を解くようにゆっくりと霊力を開放する。

 そして、咲雅の体は重力という枷から逃れ―――ない。

 

「―――あ、――れ?――」

 

 おかしい、霊力がうまく扱えない。というか、体全体に力が入らない。まるで、インフルエンザで寝込んでいるときのような倦怠感。

 

 こうして重力に身を任せ、宙に体を踊らせるのもいつかは終わりがくる。その終わりは自由落下の終わりだけではないだろう。咲雅の人生の終わりも同時にやってくる。それを理解したとたんに恐怖が襲ってくる。

 

 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないしにたくないしにたくないしにたくないしにたくないこわいこわいこわいこわい

 

 そして、だんだん意識が遠退いていく。ぷつりと意識が途切れ、咲雅の心は体とともに深い深い闇の中へと沈んでゆく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

~~

 

 

 

 

 

 

 

 

 青髪の少女―――もとい、にとりは穴の前で一人佇んでいた。

 

「霊力を抑える装置をあいつの背中につけてて良かったわ。空を飛べるなんて聞いてないよ―――」

 

 にとりは彼が落ちていった穴を見つめ、呟く。

 

「にとり………」

 

 にとりが踵を返し家に帰ろうとしたそのとき、黒い翼の烏天狗が隣に降り立った。

 

「にとり………」

 

 ただにとりの名を呟く烏天狗の少女は、いつもの明るさなどどこへやら、真剣な表情を浮かべその双眸でにとりを射抜く。

 

「烏天狗様がわざわざなんのようだい?」

 

「………なんで」

 

「……」

 

「なんで!なんで咲雅くんを!あの子は関係ないじゃない!」

 

「………」

 

 彼女の赤い双眸は鋭さを増し、にとりを貫く。

 

「そんなにあの子の事が気になるなら、追えばいいじゃない」

 

「っ!――――」

 

 わかっている。そんなことはわかっている。あの少年を助けたいなら自分もあの穴に飛び込むべきなのだ。

 だが、あの穴は『地底』につながる穴だ。それに飛び込むということは『地底』と地上(こちら側)に結ばれた不可侵条約を破るのと同義。下手をしたら、いやしなくとも幻想の賢者(八雲紫)が動く。

 幻想の賢者とやり合うつもりはない。だからといってあの少年を助けなくていいのだろうか?

 

 答えは否だ。文は少なくともあの少年のことを気に入ってはいた。だからこそ見捨てたくない。

 まぁ、幻想の賢者とやり合うような事があらばあのバカ()になんとかしてもらおう。そんな軽い気持ちで、黒い翼をはためかせ、吸い込まれるように穴へ飛ぶ。

 

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