遊戯王ARC-V Undead Duelist 仮面を添えて。   作:羽吹

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■■■■■、■■。

 

 少女の世界は否定だけで塗りつぶされていた。

 

 始まりは暖かい。

 未だにぎこちなさの残る手つきで少女を抱き締めて、女性は暖かい笑みで赤子をあやしている。その隣には優しそうな男性がその光景を嬉しそうに見ている。

 その間に囲まれて、思いやりと優しさに包まれて、愛されながら少女は生まれてきた。

 

 愛されて、いたはずだったのだ。

 

 ごく一般的な家庭のごく普通の風景。少女はその中で、当たり前のように生を受けた。

 だけど少女は異常だった。頭の中に知らない筈の知識が居座っていたのだ。

 誰の知識かは分からない。性別も、性格も、年齢も、常識も分からない。細かく見れば間違っているのかも知れないが、意味記憶だけが残っている状態だった。

 

 少女は生まれながらに自分一人では構成されていなかったのだ。誰かの跡に自分がいるのか、誰かの意思でこの場所にいるのか。少女には分からない。問いかける人もいなければ、帰ってくる答えもない。

 なのに、

 生まれて始めての恐怖を少女の体を駆け抜けた。始めてだ。始めてなのに、記憶がそれを恐怖だと断定する。自分の存在を脅かされた根元的な恐怖だと理解させられる。

 

 悲鳴をあげた。それを悲鳴だと認識させられる。不快感が込み上げてくる。それは嘔吐感だと告げられる。

 自分が自分で()()()恐怖に、客観と主観が分かたれながら共存する違和感に、彼女は静かに、そして理性的に狂っていった。

 

   ☆☆☆

 

 

 少女の世界は、否定だけが広がっていた。

 

「貴女なんて、■■■■■■■■■のに」

 

 ヒステリックな声が鼓膜を叩いて、痛みが頬に走って消えていく。俯いてじっとしていれば、十秒もしない内に痛みは完全になくなった。

 踞る少女の目の前に、若い女性が立っている。自分の手のひらを見つめて、震え出した。掠れた声を発し、少女にしがみついて、何度も何度も謝り出した。

 

 しばらくして泣き止んだ彼女は、力のない笑みを湛えて台所へと向かっていく。暗い居間に一人で残された少女は、泣くことも笑うこともしなかった。

 

 そして、

 

 酔った男女の声が扉の向こうで聞こえてきた。怒鳴り声だ。震えていた声が、しだいに泣き声に近くなって、ボリュームが上がっていく。

 口論だった。売り言葉に買い言葉で、それはやがて罵り合いへと姿を変えていく。

 

「あの子なんて、■■■■■良かったんだ」

 

 疲れたような二人の呟く声。いつも決まってその言葉が最後を飾る。恒例行事の儀式だった。

 

 少女は良くできた子供だった。良くできすぎた子だった。泣かない喚かない笑わない、静かすぎる子供だった。

 そのまま育てば、反抗期もなくお転婆でもおしゃまでも内気でも外向的でもない人間になっただろう。

 

 少女はいったいどこにいるのか。何を望んでいて、何がしたいのか。両親にはさっぱり分からなかったのだ。

 両親は次第に自信を無くしていき、そこから生活の基盤が崩れて、今まで大した失敗もなく歩いてきた両親にはそれを立て直すことができず、少女の世界は簡単に崩壊した。

 

 全部全部、少女が居たからだった。

 少なくとも、少女はそう思わざるを得ない。

 

「お前なんて、居なければ良かったのに」

 

 その言葉が呪いのように少女を蝕んでいたから。

 

   ☆☆☆

 

 

 少女は全てを否定して生きていた。

 

 5歳にもならない内から里子に出された少女は、既に悟ったような、何も映さない瞳で周りを拒絶して過ごしていた。

 少女は変わらない。捨てられたその時から、時間が止まったように言葉を発しなくなった。存在理由を失った少女は見知らぬ人に預けられて、そしてまた捨てられた。

 

 半年間の間、少女はたくさんの家をたらい回しにされたのだ。だが、ただの一つも歓迎されることはない。悪意の剣と無関心の盾を突きつけられた彼女には、最後まで自分の居場所が存在しなかった。

 新しい家に入って出ていく度に、少女の存在価値は、少しずつ少しずつ削られて磨耗していく。

 

 どうして少女は生きているのか。どうして少女はここにいていいのか。自身の意味と価値を無くした少女には分からない。

 その答えを求めて、少女は知識に問いかけた。だけど始めから持っていた知識は答えない。答えてくれない。その答えは少女のなかには存在しなかったのだ。

 

 行き場が無くなった少女は孤児院に預けられる。大きな孤児院だった。宗教系の孤児院で、沢山の身寄りのない子供たちが居た。

 その家でも少女は馴染まなかった。決められた行動にはまともに取り合わず、院の大人たちを避けて過ごし、子供たちとは会話をしない。

 始めは大人たちも、警戒しているのか、緊張しているのか、そのどちらかだろうと考えていたが、それが何ヵ月も続くと異常を感じ始めた。

 

 死なないために味のない食事を食べて、太らないために運動して寝る。大人とも子供とも関わらない独りぼっちのルーチンワーク。

 そんな少女の日々は死んでいないだけ(アンデット)の日常だ。淡々と、粛々と、少女は時だけを重ねていた。

 

 そんな生活に転機が訪れたのは、奇しくも半年後のことだ。大人たちがこの院に居るよりも他の場所に移る方が良いと判断を下して、少女は小さな孤児院へと移ることになる。

 

   ★★★

 

 

 真っ暗な世界が続いていた。

 

 どこまでもどこまでも続く世界。終わりなんてない暗闇のベクトルが全方向に際限なく広がっている。

 前には何もなくて、後ろは伽藍堂。横には誰も居なくて、上には星も月もない。下で支えてくれているものもなくて、遊歌は自分が落ちているのか浮かんでいるのかすら分からない。

 

 ここには何もない。何もなかった。

 

「ここは、私の心の部屋じゃない。どうして私はこんな所にいるの? 確か放課後に路地裏で辻斬りをしていたはずなんだけど……」

 

 疑問点を口に出すと、ちゃんと空気は震えてくれた。鼓膜に振動が伝わって音が脳内で構成される。

 突然の異常事態に冷静になろうと、遊歌は思考を整理する。

 

(そもそも、あのエジプト以来、私は心の部屋に入れたことなんて一度もない。闇のアイテムを使って他人の心の部屋を見ようとしたことはあるけど、結局はできなかった。

 この闇のアイテムは千年錠とは違って心の部屋に入ることも、意のままに操ることもできない。精々干渉する位が関の山……。見た目だけなら千年タウクに似てるけど、未来を見ることも当然の如くできない)

 

 現状に闇のアイテムが少なからず関わっていることを肯定して、次にどうしてこんな状態になったのかの理由を検討付ける。

 

「闇のアイテムの暴走? 私はこのアイテムに対して警戒も理解も足りなかったと言うことなの……?」

 

 そもそも、闇のアイテムは尋常のアイテムではない。それを便利アイテムとして利用し続ける行為は自殺行為に近しくてもおかしくなどは決してない。

 手に入れる時ですら、このアイテムは自分に滅びをもたらすものなのだとあれほど念を押されている。

 

(どうして暴走したの? ここ最近の調子が悪かったのは分かるけど、こんな致命的な事態を引き起こすほどの兆候なんて……)

 

 無かった、と遊歌の思考が完結しそうになって。

 

 ──()()()()()。闇のアイテムに兆候があるんじゃない。自分自身がこの結果を引き起こしたんだ──

 

「……ぇ?」

 

 思考が質された。左目が熱い。あつい。

 間違いを許容しないかのように、真実だけを直接体に焼き入れられた感覚。

 

 強烈なまでの違和感に、遊歌は自分が自分を騙していたことに気づく。気付かされる。

 

「違う、兆候はあったんだ。()()()()。闇のアイテムは持ち主を選ぶといっても、アイテム(道具)に違いはない。管理している持ち主に問題があれば、それはそのまま現れるんだ……」

 

 つまり、今の現状は遊歌自身が引き起こした現象なのだ。闇のアイテムが能動的に遊歌を招いたのではない。闇のアイテムは受動的に遊歌を心の部屋に招いたのだ。

 

「それはつまり、私はこのアイテムを全く理解していなかったと言うことじゃない……!」

 

 わけの分からないものを、わけの分からないまま使役する。それがどういう結果を産むのかが分からない遊歌ではない。

 わずかに顔を青くして、しかし取り返しのつかない一歩は既に踏み出してしまっている現実に舌を噛む。

 

(笑えない。まったく笑えない。あれほど自分は停滞していると理解し自覚して納得までしているつもりだったのに、蓋を開けてみるとただただ自爆しているだけじゃない!)

 

 周りを見渡す。何もない。希望も絶望も無くして、ついには未来を諦めた自分を象徴する黒い虚無が嘲笑っているだけだ。

 

(いや、これも運命かな……。これまで私は色々とやってきすぎた。化け物だった私はたくさんの人を喰らって、殺して、奪ってきた。

 まともな最後なんて迎えられると思ってなかったけど……。そっか、こういう最後。力に溺れた私には相応しい末路ね……)

 

 力なく笑って、下を向く。どこが下なのかさえ分からない中空を朧気に見つめて、

 

『下らない。自分の世界だけで完結するなんて、そんなのは真のデュエリストのあるべき姿じゃないわね』

 

 何もない世界から声が聞こえた。体の芯から凍りつきそうな程に熱のこもった声が遊歌を揺らす。

 

『真実を知らないのね。この世界にはたくさんの人がいるのに。たくさんの痛みがあるのに。たくさんの苦しみがあるのに。それを見ないで、痛い苦しい助けてって叫んでも、誰も見てくれない。当たり前じゃない! だって何も見ていないもの!』

 

 あはははっ、と笑う声。遊歌の目の前に忽然とナニカが現れた。汚泥を楕円形に丸めて固めたような塊。目も、鼻も、口もないのに女性だと分かる彼女が目と鼻の先にいる。緊急テレポートである。エンドフェイズに除外されそう。

 

「だ、れ……?」

 

 黒いカタマリに遊歌が当然の疑問を投げ掛ける。

 すると、

 

『私ね、顔がないの』

 

 目の前の黒いカタマリが蠢いた。

 肌の色と同じ黒い髪の毛が後ろに流れて、ぼこっ、と耳ができる。塊が微かに波打ち、恐らくは口があるべき場所に小さな穴が開く。湯煎されたチョコレートのようにカタマリがぐずぐずと揺れて、

 

『だから、』

 

 黒いナニカが遊歌に纏わりつく。

 

『貴女のカオ、ちょうだい……?』

 

「…………ぇ?」

 

 遊歌の喉がつまって悲鳴が嗚咽に変わる。

 悲鳴をあげようとして、声がでない。声帯が震えない。手足を動かそうとしたが、黒い塊に拘束されて叶わない。胴体を捩ろうとして体温のない腕に抱きつかれた。

 

「っ、ぅ、たすけっ……!」

『て、くれない。誰も、だれも』

 

 カタマリがひび割れる。中からもぞもぞとナニカがせり出してくる。

 

 目だ。

 

 眼が浮かび上がる。

 

 左眼。どろどろに濁った瞳の奥にもう一つの眼がある。妖しい光を湛えた薄い青色の眼。上瞼の上に二重の瞼が存在し、下瞼に足のような紋様が描かれたホルスの左眼。

 

 通称──ウジャト眼。

 

『なーんて、冗談だよ?』

 

 真実を象徴する眼が遊歌から離れる。同時に遊歌に纏わりついていた黒いナニカも離れた。

 自由になった遊歌は、だけど足元のない世界では座り込むこともできず、相対する何かを睨み付ける。

 

「冗談、って……」

『ごめんね。ついからかいたくなっちゃったの』

 

 いたずらっぽく笑う彼女の姿が変化する。黒いカタマリが肌色に色褪せていき、朧気だった姿形が人のものへ移り変わっていく。

 

『ね、許してくれる……?』

「貴女……! 何が、冗談なの……!」

 

 その姿は、遊歌の姿だった。

 鏡に写ったかのような容姿。肌の色も、髪の毛も、服も、身長も、慎ましやかな胸も、何もかもが同じ存在が遊歌の目の前で形成される。

 

『少しだけ胸は盛っても……』

「ダメです」

 

 むぅ、と遊歌の形をしたナニカが口を膨らませる。その仕草すらオリジナルのそれとまったく同じで、遊歌はドッペルゲンガーに出会ったかのように眉を歪ませた。

 

「貴女、いったい何なの……?」

『貴女、いったい何なの……?』

 

 二つの言葉が一つに重なる。

 遊歌の声と同じ声が同時に空気を揺らして、目の前の遊歌はくつくつといたずらっぽく笑っている。

 

『私はね、貴女の真実だよ』

 

 微笑む顔から一転して、感情の無い顔へ変わる。遊歌の二面性が再現されたように、唐突に笑顔が凍りついていく。

 

『この部屋の真実。進む道も帰り道も横道も回り道も無い、感情を封殺した不感症の世界、その真実』

 

 呟くように淡々と。

 

『遊歌、貴女は矛盾している。常に全力でデュエルをすると言いながら、自分が敗けることを前提のデュエルを頻繁に行う。自分を化け物だと自称して裏デュエルで人を喰らっておきながら、人としての繋がりを捨てられずにしがみついている』

 

 その他にも、たくさんたくさん矛盾してる。そう、感情の無い声で遊歌の顔のナニかは続ける。

 

『ねぇ、遊歌。貴女はどうして仮面を付けるの?』

「私は、仮面デュエリストだから……」

『違う。貴女は全てのデュエルで仮面を付けている訳じゃない。仮面を付けずに素顔で戦うデュエルも存在する。それはどうして?』

 

 予想外の反論を受けて、思わず遊歌は口ごもってしまう。自分がどうして仮面を付けているのか。その理由は分かっている。

 

「仮面は、そう、私を別けているもの」

『……それは、何と何を別けているの?』

「内側と、外側。客観と、主観。本物と、偽物」

『…………そして、現在と、過去』

「えっ?」

『今と、昔だよ。貴女の見ている世界が違う。貴女が仮面を付けるのはね、貴女が今の世界を否定しているから。思い出の中にだけ自分を置いているから』

 

 自分で提唱した疑問に自分で回答する。有無を言わせぬ言葉が遊歌に襲いかかる。

 

『貴女は今を生きていない。歩いていない、戦っていない。ただただ死んでいないだけ。文字通り、貴女はアンデッド。生きた死体ね』

「……それは、リビングデッド」

『なら、"生ける屍"。自分で自分を誤魔化し続けて、それをずっとずっと繰り返したのが貴女。

 だけど、それも今日で終わり。私が貴女を殺してあげる。怖くて震えて、一歩を踏み出せなくなった、そんな貴女を』

 

 ──卒業させる。

 

 言葉と同時に、遊歌に向けられる殺気の濃度が跳ね上がる。息苦しいまでの殺気に、舌が痛いほどに乾く。意識的に口内を潤そうとして、遊歌の姿をしたナニかは続けて口を開いた。

 

『今を踏み越えて、踏みつけて、それを土台にして前に進む。それが人のあり方なの。それを否定する貴女は、間違いなく化け物。あってはならない存在。

 さあ、デュエルディスクを構えなさい!』

「デッキとは自分を映す鏡。デュエルは自身が生きる人生の縮図。だから──」

『そう、だから。』

「デュエルで自分の意思を通す!」

 

 

「『デュエル!』」

 

 同時に叫んで、お互いにバックステップ。その動きと共に精神力を使ってデュエルディスクとデッキをイメージして実体化させる。

 腕に装着されたディスクから無駄の無い動きでカードを5枚ドローして構える。0.2秒だけオリジナルの遊歌の方が速かった。

 

「私の先攻!」

 

 遊歌はドローしたカードを流し見て、逡巡もなしにディスクに数枚のカードを差し込む。

 

「カードを3枚伏せてターンエンド!」

 

 様子見だ。得体の知れないモノを相手にしている遊歌にとっては堅実な戦術。冷製さを失ってはいないのだ。

 

『私のターン、ドロー。手札から魔法カード《儀式の下準備》を発動。その効果で、デッキから儀式魔法《スカルライダーの復活》と儀式モンスター《スカルライダー》を手札に加える』

「速攻魔法《相乗り》発動! このカードの効果はこのターンの間、貴女がデッキ・墓地からドロー以外の方法でカードを手札に加える度に、私はカードを1枚ドローする!」

 

 遊歌は体を回しながら伏せカードを公開する。この心の部屋の中では重力すら存在しないのか、遊歌は無重力空間に浮くように逆さまに立っている。

 相対する遊歌のようなナニカは、物理法則に喧嘩を売っているのか、当然のように浮かび上がってデッキからカードを2枚引き抜いた。

 

『私は儀式魔法《高等儀式術》を発動。デッキから3枚の《マーダーサーカス・ゾンビ》を墓地に送って高等儀式を執り行う』

 

 3つの炎がフィールドに灯り、その3点が結ばれて三角形を作る。回転を始めたマークは光の柱を形成し、やがてそこからバイクのアイドリングが聞こえてきた。

 

『儀式召喚! 《スカルライダー》!』

 

 スカルライダーが上空からバイクで駆け降りる。すまし顔で睨み合う二人の横を過ぎ去って、遥か下までバイクは爆走していく。

 

『続いて《トライワイトゾーン》を発動。墓地から《マーダーサーカス・ゾンビ》3体を特殊召喚。

 更に永続魔法《冥界の宝札》を発動して、《マーダーサーカス・ゾンビ》2体を生け贄に捧げる。

 ──アドバンス召喚! 《冥帝エレボス》!』

 

 冥界の帝王がマーダーサーカスの舞台に君臨する。血塗れになって踊っていたマーダーサーカスゾンビが歓喜の声と共に消え、亡骸から闇の瘴気が白い霧として辺りに散る。

 

『ここは冥界になった。よって《冥界の宝札》の効果が発動して、私はカードを2枚ドローする。

 そしてデッキから『帝王』カード2枚を墓地に送り《冥帝エレボス》の効果を発動』

「それは想定内よ。罠発動《威嚇する咆哮》! 更にチェーン4に《積み上げる幸福》を発動する! この効果で私はカードを2枚ドローし、貴女はこのターン私の威嚇によって攻撃宣言ができない!」

 

 威嚇する咆哮から発される波動が相手を吹き飛ばし、積み上げる幸福の効果で遊歌のデッキトップのカードが光る。

 発光するカードを人差し指で引き寄せて中指で跳ね上げる。空中で一回転したカードはそのまま遊歌にキャッチされた。

 

『だけど《冥帝エレボス》の効果は止まらない。デッキから《帝王の凍気》と《真源の帝王》を墓地に送って、貴女の手札を1枚デッキに戻す。私は貴女ほど甘くない。手札を攻撃する事に躊躇いはしないの』

「…………」

 

 遊歌の手札1枚が黒く染まる。そのカードを遊歌はデッキトップに戻すと、ディスクのオートシャッフル機能を起動した。

 自動でカードが切られる、どこか心地いいBGMをバックに、遊歌の姿のナニカはカードを弄っている。

 

『最後に《馬の骨の対価》を発動。私のフィールドの効果モンスターではないモンスター《マーダーサーカス・ゾンビ》を墓地に送って、デッキからカードを2枚ドローする。

 カードを1枚伏せてターンエンド』

 

【遊歌】

 LP4000

 手札4枚

 モンスター

 Φ

 魔法・罠

 Φ

 

【?】

 LP4000

 手札4枚

 モンスター

 《冥帝エレボス》/ATK2800

 《スカルライダー》/DEF1850

 魔法・罠

 永続魔法《冥界の宝札》

 伏せカードが1枚

 

「私のターン。ドロー」

『この瞬間、罠カード《グリザイユの牢獄》発動』

「グリザイユ……! 確か沢渡君の……」

 

 遊歌がかつて沢渡とのデュエルで使用されたカード。その効果は遊歌の次ターンの終了時までシンクロ召喚とエクシーズ召喚を封じる、厄介なカード効果を持っている。

 

『そう、牢獄。ピッタリじゃない? いつまでもいつまでも過去に囚われてばっかりの貴女にはね!』

「っ、速攻魔法《魔力の泉》をチェーン発動! その効果で相手フィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけドローし、自分フィールドの表側表示の魔法・罠カードの数だけ手札を捨てる。

 私はカードを2枚ドローして1枚捨てる」

 

 遊歌のディスクに薄紫の亡霊が取り憑き、小さな嘆き声を発してディスクの機能の一部を封印する。

 だが既に手は打った、と遊歌は薄く笑う。

 

「私は墓地に捨てられた《ヴァンパイア・ソーサラー》をゲームから除外して効果を発動。その効果によって、このターンに1度だけ『ヴァンパイア』モンスターを召喚する時にモンスターをリリースする必要がなくなった。

 よって、私は手札から《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》をリリース無しで召喚する!」

 

 暗闇の中空に棺が現れる。掠れた音と共に内側から棺が開けられ、女性のヴァンパイアが眠そうに目を擦って起き上がった。

 

「このカードが召喚に成功した時、相手フィールドのこのカードより上の攻撃力を持つモンスター1体を選択し、このカードに装備できる。

 私は《冥帝エレボス》を装備して、《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》の攻撃力を2800ポイント上昇させる」

 

 ヴァンプ・オブ・ヴァンパイアがジト目で遊歌を見る。「寝起きにそんなことさせるの?」と、目で問いかけて、遊歌は苦笑しながら目を逸らした。

 溜め息を着いたヴァンプ・オブ・ヴァンパイアは仕方なく冥帝の前まで無防備に歩いて、伸びてきた腕に噛み付いて血を啜っていく。

 不意を突かれて血を啜られた腕は冥帝の意志を無視して動き、自らの首を締め付ける。逆の手で首から腕を引き剥がそうとするが、同時にヴァンパイアは目の前に忍び込んでいて、冥帝の胸板を艶かしく撫で上げ──

 

 ──指を突き刺した。引き抜かれた孔から暖かい血液が溢れだして冥帝の体を赤黒く染める。

 舌を伸ばして寝起きの渇きを癒したヴァンパイアは、鎖骨を噛み砕くように深く噛み付いて、でたらめに血を啜り尽くした。

 

『ふふっ、流石ね。すぐに対応されちゃった。でもね、そうやって現実に向き合わずにいじけたことばかりしていると、いずれ破綻するんだよ?』

「私はいじけてない! 《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》で《スカルライダー》を攻撃!」

 

 景気よく走っていたスカルライダーのバイク、そのホイールがロックした。ヴァンプ・オブ・ヴァンパイアが影からホイールに細工をしてロックさせたのだ。

 勢いよく車体が煙を上げた。だが伝説の爆走王は驚異的なバランス感覚でバイクを制御する。しかし彼は気付かなかったのだ。干からびた冥帝という名の障害物に。

 

 正面衝突したバイクは吹っ飛び、爆発して爆走王は暗闇の空に散っていった……。

 

『ううん、貴女は現実を見ていない』

 

 バイク炎上による白い煙が辺りを包み込む。遊歌ともう一人がお互いにお互いを見ることができない、白い濃霧の中。

 蒼く、そして黄色く光るウジャト眼だけが存在を証明する。

 

『どうでもいいのよ』

 

 声が、霧を少しだけ払い除けて、

 

『友達も、仲間も、本当は見ていない』

 

 濁った現実がウジャト眼に写し出される。

 

『貴女にとっての柚子は何? 榊君は? 瑠璃、黒咲、ユートは? 赤馬社長もそう』

 

 目を逸らすことを許されないその視線が、

 

『答えられないでしょう?』

 

 ()()()に突き刺さる。

 

『残酷だよね。目の前に居るのに貴女はそこに居ないなんて。友達だよ、ってそう言われても、それは貴女には届いていない』

 

 一向に晴れない白霧の中で、お互いに表情を見れずに声だけで会話を行う。

 

「違う! 私は、ちゃんと……。でも、今を生きたところで、私なんて何の意味も価値も……」

『だから過去に生きるの? 未来なんてないんだって、そうやって自分を閉ざして生きるんだ』

「…………カードを2枚伏せてターンエンド」

 

 遊歌の声が小さくなる。自分が今を生きていないこと、過去に縋って生きていること。それは遊歌自身が一番分かっていることなのだ。

 

『……私のターン、ドロー。……ねぇ、遊歌。過去にあるのはね、思い出だけなのよ。どんなに思っても縋っても、帰ってこないんだよ』

「…………」

『私は魔法カード《黙する死者》を発動する』

 

 かたん、と音が鳴る。扉の音だ。

 

 遊歌が振り返る。辺りを覆っていた白霧は既に消え去っていて、そこにあるのは遊歌にとって見慣れた町並み。

 近くに小さい公園があって、古びた商店街にぽつぽつと桜の樹が緑色の彩りを添えている。夕焼け時になると刹那の時間だけ賑わうような、懐かしい光景。

 

 目の前には家がある。一軒家よりは大きくて、でも決して豪邸ではない、小さな孤児院。日に焼けて、少しだけ焦げた白い壁。クレヨンで落書きされて消し忘れた跡が残っている。

 

 その扉が、かたん、と開いた。

 

「…………ぁ……」

 

 遊歌は、ゆっくりと扉に向けて歩きだす。幽鬼の如くふらふらと、足取りも覚束なく歩いていく。

 一歩、

 二歩、

 三歩、と歩いて。

 遂に遊歌は扉の前にたどり着く。

 震える手で扉を掴んで、静かに押し開ける。

 

『────』

 

 笑顔の少女が出迎えた。

 満面の笑顔を遊歌に向けて、おかえりなさい、と全身で表現するように腕を伸ばす。

 

『────』

 

 遊歌がその腕に触れようと腕を上げる。ただいま。遅くなってごめんね。寂しくなかった? そう口に出そうとして──

 

 言葉が出ない。喉が震えない。

 

 伸ばされた腕が遊歌に触れる。

 

 冷たい。固い。つめたい。

 石だ。

 これは石だ。

 人間じゃない。暖かみがない。

 顔を上げる。笑顔だ。

 表情が変わらない。

 表情が変わってくれない。

 違う。

 違う。ちがう。

 これは彼女じゃない。

 いつもは笑いながら、お帰りって──

 

『死者は、何も語らない』

 

 静かな世界に、言葉が聞こえる。

 

『"おかえり"も"待ってたんだよ"なんて言葉も、もう聞くことなんてできない。……できないの』

 

 遊歌の後ろから、ウジャト眼が迫ってくる。真実が、逃れようのない真実が迫ってくる。

 

『手札から速攻魔法《地獄の暴走召喚》を発動』

 

 今度は男の子が現れる。仏頂面をして不機嫌そうに遊歌を見ていた。

 その後ろに、おどおどしながら小さな男の子がいる。気の弱そうなその子が、だけどもう一人の男の子にはなついている風だった。

 

「…………ぁ、みん、な……」

『みんなは、もういない』

 

 罪を突きつけるように、彼女は静かに告げる。

 

『みんな死んだ。焼け焦げて死んだ。遊歌、貴女が居たからだよ。全部貴女の責任なんだ』

「……………………ちがぅ」

『違わない。貴女は現実だけじゃなくて、この真実からも目を逸らすの?』

 

 遊歌がうつむいた。表情を隠すように伏いて、静かにデッキから1枚のカードを取り出した。

 

「私は《地獄の暴走召喚》の効果で、デッキからもう1枚の《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》を特殊召喚する」

『守備表示。消極的なのね。なら《マーダーサーカス・ゾンビ》2体を生け贄に捧げて、手札より《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》を召喚する!』

 

 フィールドに3体目のヴァンプ・オブ・ヴァンパイアが出現する。女3人寄れば姦しい、とは正反対にお互いに睨みあっている。あのことわざは人間にのみ適用されるらしい。

 

「《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》……。私と同じカード。貴女、いったい何なの?」

『その質問は二回目よ? あの答えで満足できないのなら、自分で正解を探してみなさい』

 

 クイズよ、と冥界の宝札でカードを2枚ドローしながら、彼女はおかしそうに笑う。

 

『そして《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》が召喚に成功した時、貴女のフィールドの《冥帝エレボス》を装備した《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》を私のモンスターに装備する』

「っ、《冥帝エレボス》が墓地に……!」

『バトル! 《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》で《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》を攻撃!』

 

 文字で起こすとゲシュタルト崩壊しそうな状況。ヴァンプ・オブ・ヴァンパイアがやられてしまうっ!

 

「罠発動《墓地墓地の恨み》! 貴女のフィールドの全モンスターの攻撃力を0にする!

 死者は何も語らなくても、想いは……!」

『甘い。速攻魔法《帝王の轟毅》を発動。通常召喚した《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》を生け贄に捧げて《墓地墓地の恨み》を無効にし、その後カードを1枚ドローする』

 

 遊歌の背後から亡霊が立ち込める。宙に浮いた遊歌は万華鏡の中心で、様相を常に変える亡霊が相手に襲いかかり──

 ──その亡霊は雷に打たれた。青白い閃光が半透明の幽体を撃ち抜いて、その衝撃が遊歌にも伝わる。

 

「づぁああぁああああっ! ああっ!」

『まだよ。装備カードを持ったこのカードが墓地へ送られた場合、このカードは墓地から復活する。蘇れ《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》!』

 

 血塗れになりながらヴァンプ・オブ・ヴァンパイアがフィールドに舞い戻ってくる。青白い肌が更に青白くなっていて、渇きを埋めるためか近くにいたマーダーサーカス・ゾンビの血を啜っていた。

 

『バトルは終了。次に、私は墓地に存在する《帝王の剛毅》を除外して《真源の帝王》を特殊召喚。更に魔法カード《置換融合》でフィールドの通常モンスター2体を束ねる。

 ──融合召喚! 《始祖竜ワイアーム》!』

 

 召喚者の体に巻き付くようにして始祖竜ワイアームが召喚される。何故かヴァンパイアがワイアームの頭に乗っている。座り心地は悪そうである(偏見)。

 

『私はカードを1枚伏せてターンエンド』

 

【遊歌】

 LP4000

 手札2枚

 モンスター

 《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》/DEF2000

 魔法・罠

 伏せカードが1枚

 

【?】

 LP4000

 手札2枚

 モンスター

 《始祖竜ワイアーム》/ATK2700

 《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》/DEF2000

 魔法・罠

 永続魔法《冥界の宝札》

 伏せカードが1枚

 

「私のターン。ドロー、罠発動《ヴァンパイア・シフト》!」

(……《始祖竜ワイアーム》。モンスター効果を受けないモンスター。《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》封じのつもり? 甘いわね。その程度なら越えられる)

「罠カード《ヴァンパイア・シフト》は、自分フィールドにアンデット族モンスターのみが存在する時に発動できる。デッキから《ヴァンパイア帝国(エンパイア)》を発動し、墓地から闇属性の『ヴァンパイア』モンスターである《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》を蘇生させる」

 

 フィールドが物理的に入れ替わる。下から建物が突き立ち、上から時計塔が降って来て逆さまに突き刺さる。横から噴水の水が噴き出して、斜めに樹木が生え、紅い月が楕円形の形で地面に浮かんでいる。

 パースどころか存在そのものが狂った帝国に二人のヴァンプ・オブ・ヴァンパイアがたゆたう。

 

『だけど、エクシーズ召喚はできない』

「っ!」

『ほら、現実が追い付いてきた。背後からゆっくり、ゆっくり、貴女を掴まえにやってくる』

 

 遊歌が自身のディスクを流し見る。薄ぼんやりと亡霊が取り憑いているのが分かる。グリザイユの亡霊だ。

 この亡霊がいる間、つまりこのターンの終了時まで、遊歌はシンクロ召喚もエクシーズ召喚も行えないのだ。

 

「手札より魔法カード《七星の宝刀》を発動。フィールドの《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》を除外してカードを2枚ドローする。更にもう1体の《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》をリリースして《シャドウ・ヴァンパイア》をアドバンス召喚!

 《シャドウ・ヴァンパイア》が召喚された時、手札・デッキから《ヴァンパイア・デューク》を特殊召喚できる。そして《ヴァンパイア・デューク》が特殊召喚された時、モンスター・魔法・罠のいずれかを宣言し、その種類のカードを相手のデッキから墓地に送る」

 

 そこまで言葉を発して、遊歌は一瞬止まる。

 

(相手は恐らく《冥帝エレボス》を主軸に据えたデッキ。ならば当然《汎神の帝王》も投入されていると見るべき。始めのターンは《相乗り》を考慮したのか墓地に送らなかったけど、この状況なら躊躇う必要はない)

「なら、私は『罠カード』を宣言する!」

『いいでしょう。私は2枚目の《真源の帝王》をデッキから墓地に送る』

「この瞬間、フィールド魔法《ヴァンパイア帝国》の効果が発動! 相手のデッキからカードが墓地に送られた場合、デッキから闇属性の『ヴァンパイア』モンスター、今回は《ヴァンパイア・ドラゴン》を墓地に送り、フィールドのカード1枚を破壊する」

 

 狂った帝国が動き出す。紅い霧が時計塔から散布され、噴水が、樹木が、建物が紅く染まる。

 

「ここはヴァンパイアの狩り場。血の溜まり場。例え始祖竜であろうと、その血牙からは逃れられない!」

 

 優雅に宙を舞う始祖竜に帝国の至るところから血でできた赤い腕が伸びてくる。数千本に届くかのように空を埋め尽くす赤い腕が始祖竜に喰らい付き、その翼をもぐ。角を折る。尻尾を引きちぎり、体皮を剥いで、牙を擂り潰す。

 最後の悲鳴すらあげられずに空中で分解された始祖竜は、だけどその一片たりとも譲るものかと血腕が奪い去っていった。

 

『ぅっ、づぅ、ぁあ、ぅあぁぁあああ!』

 

 生きたまま体を引き裂かれる体感。例え体自体に影響はなくても、常人ならば精神が崩壊しても不思議はない。

 だが遊歌の姿をしたナニかは心もとの無い足取りで、しかし毅然と立ってデュエル続行の意志を示す。

 

『はぁ、はぁ……、貴女は《冥界の宝札》を選択することもできたはずよ。だけど、貴女は《始祖竜ワイアーム》を選択した。いいの? 私の墓地には《冥帝エレボス》がいるのよ?』

「……挑発には、乗らない」

 

 遊歌は静かに告げる。

 先程までの黙する死者や地獄の暴走召喚などの事例を華麗にスルーして宣言を行ったのだ。

 

「その伏せカード、どうせ《冥界の宝札》を守る為のカードでしょう。貴女がそのカードをみすみす破壊させるとは考えにくいのよ」

『ふふっ、それはどうかしらね』

 

 両者がお互いに見つめ合う。その瞳の奥でウジャト眼が光る。物理的に目を光らせながら、

 

「バトル。《ヴァンパイア・デューク》で《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》に攻撃! ダメージステップに《ヴァンパイア帝国》の効果が適用されて攻撃力が500ポイントアップする」

『っ、っふふ、でも追撃はできないよね? 《シャドウ・ヴァンパイア》の効果を使ったターン、その効果で特殊召喚されたモンスター以外は攻撃できないもの。

 さあ遊歌、ようやく現実が追い付いたよ……!』

 

 レベル5のモンスターが2体。だけどエクシーズ召喚はできず、折角出したモンスターも攻撃できない。

 その現実から目を背け、見て見ぬふりを続けていた遊歌に、ついに支障を来し始めた。

 

「この程度は問題じゃない! 私はカードを1枚伏せてターンエンド!」

『私のターン、ドロー。墓地に存在する《置換融合》の効果を発動。このカードを除外し、《始祖竜ワイアーム》をデッキに戻してカードを1枚ドローする』

 

 ディスクから排出された融合モンスターをエクストラデッキに収納して、彼女はカードを1枚ドローする。

 薙いだ腕を引き戻してドローしたカードを確認、口許に軽く当てて、そしてディスクのセメタリーへ。

 

『墓地に存在する《冥帝エレボス》の効果を発動。手札の《帝王の深怨》を墓地に送って、墓地から《冥帝エレボス》を手札に加える。

 更に墓地に送った《帝王の深怨》を除外して、墓地から《真源の帝王》を特殊召喚する』

 

 流れるようにカードを操って、必要な状況を作り出す。

 

『手札から速攻魔法《帝王の烈旋》を発動。墓地に送られた《帝王の烈旋》と《帝王の凍気》を除外して、貴女の伏せカードを破壊する』

「この瞬間、カウンター罠《リ・バウンド》の効果が発動される。このカードが破壊され墓地に送られた時、私はカードを1枚ドローする」

 

 帝王の凍気に対するカウンターだ。墓地に帝王の凍気が送られたことは遊歌とて分かっている。ならばその対策もまた当然なのだ。

 この程度のカウンターは分かりきっていたのか、相対する相手は動揺の一つも見せはしない。

 

『だけど、《帝王の烈旋》は止まっていない。私は《シャドウ・ヴァンパイア》と《真源の帝王》を生け贄に捧げ、《冥帝エレボス》をアドバンス召喚する!』

 

 再びフィールドに瘴気が立ち込める。死臭だ。ヴァンパイア帝国では立ち込めないほどの濃厚な死臭が辺りに撒き散らされる。

 

『……成る程。この為の《ヴァンパイア帝国》なんだね。こんなやり方で《冥帝エレボス》を止めるなんて、なかなかできないと思うよ。

 《冥帝エレボス》の効果。私は《帝王の凍気》と《汎神の帝王》をデッキから墓地に送って、フィールド魔法《ヴァンパイア帝国》をデッキに戻す』

 

 捻れて狂ったヴァンパイア帝国が消滅する。赤い残滓を残しながら独りでにカードが動いて、遊歌のデッキに収まってシャッフルされた。

 その様を静かに見つめる遊歌の姿をしたナニカの表情は少し苦い。この状況は仕組まれたものだからだ。

 

 ヴァンパイア帝国の効果は相手ターンでも発動する。相手のデッキからカードが墓地に送られれば、それで条件は満たすのだ。

 それは冥帝エレボスの効果のコストで条件を満たすと言うことだ。このフィールド魔法は始祖竜ワイアームを破壊するだけではなく、相手の冥帝エレボスの効果封じでもあったのだ。

 

『でも攻撃は止められないよね! 《冥帝エレボス》で《ヴァンパイア・デューク》に攻撃!』

 

 冥帝の視線がヴァンパイア・デュークを捉える。瞬間、その足下から瘴気が彼を包み込んで、叫び声をあげながら地下へと、冥界へと引きずり込まれていった。

 

『さて、第一幕はこれで終了。次からはもっと高速のデュエルになる。だから、その為の準備をしようかな。

 手札から《儀式の準備》を発動。デッキから《スカルライダー》を手札に加え、墓地から《高等儀式術》をサルベージする。続いて《闇の量産工場》で《マーダーサーカス・ゾンビ》を量産する。この世が地獄になるね。

 だから抹殺しなくちゃ。手札から魔法カード《手札抹殺》を発動するよ。このカードの効果でお互いの手札を全て捨て、捨てた枚数分ドローする。私は5枚捨てて5枚ドロー』

 

 手札を増強して手札抹殺で入れ換える。通常モンスター軸だからこそできる手札の増強だ。

 

「私は手札を3枚捨てて3枚ドローする」

『私はカードを2枚伏せてターンエンド』

 

 静かにターンが流れる。だが、それは嵐の前の静けさ。間違いなく次のターンからはデュエルが動く。

 そして、遊歌はカードをドローしながら静かに、

 

「貴女の正体、分かったわよ」

 

 そう、宣った。

 

   ☆☆☆

 

 

 鏡を見ている。

 

 少女が抱いた第一印象は、驚愕に彩られていた。

 小さい孤児院の一面に、色紙で折られた歪な星や船、花が散っていて、輪っかで結ばれた段幕が赤茶けた壁を飾っている。

 

 ──おかえり。

 

 そう書かれた段幕は、始めて迎える人に対して間違っている。間違っているはずなのに、それは間違ってなんていなくて、少女にとって始めての歓迎の言葉だったのだ。

 

 古ぼけた家。一軒家よりは大きくて、でも決して豪邸ではない、小さな孤児院。日に焼けて、少しだけ焦げた白い壁。クレヨンで落書きされて消し忘れた跡が残っている。

 

 その扉が、かたん、と開いた。

 

『おかえりっ!』

 

 笑顔の少女が出迎えた。

 満面の笑顔を遊歌に向けて、おかえりなさい、と全身で表現するように腕を伸ばす。

 

『待ってたんだよっ!』

 

 扉の先には数人の子供たちがいる。

 笑顔で腕を伸ばしている少女、不機嫌そうに仏頂面の男の子と、その後ろに隠れながらちょこんと顔を出している男の子。

 

 それは鏡だった。自分を映さない鏡だ。

 

 笑顔の子の表情は変わらない。変えられない。仏頂面の裏側には親しさへの恐れが見えていて、怯えた表情は理不尽への消極的な反抗なのだ。

 この子たちにどんな痛みがあったのだろう。それは分からない。なのに、少女にはその痛みが自分のものと同じに思えたのだ。

 

 その日から少女の世界は変化する。

 

 空っぽで何も話さない少女が言葉を発するようになったのだ。始めは一言。次いで二言。挨拶を交わすようになって、会話ができるようになるまでに時間はかからなかった。

 少女は沢山の事を知った。嬉しいという感情を、悲しいという感情を、暖かいという感情を、優しさを。

 同時に少女のあり方も変わっていった。少しだけ笑うようになって、不機嫌になるようにもなって、おどけてからかうことも覚えた。

 

 少女は彼らと家族になったのだ。血の繋がりはなくても、少女にとって、彼女たちは家族だった。

 

 かつて自分が壊した、大切な、大切な家族に。

 

 そして幸せな生活が始まる。貧しくても暖かい世界が続いていく。誰かの誕生日には皆で祝って、飾り付けて、笑い声がある優しい世界が。

 少女にとってのファンタジーが、現実に変わったのだ。

 

   ☆☆☆

 

 

 誕生日の事を、覚えていますか。

 

『ハッピーバースデー! お姉ちゃん!』

 

 扉を開けて、クラッカーが鳴る。

 

『どしたの? ボーっとしちゃって? 誕生日だよ、お姉ちゃん。今日でここに来てから、ちょうど一年だよっ!

 だからね、お誕生日会! 皆で飾り付けとかしたんだよ! ほらっ、早く!』

 

 笑顔の女の子が少女の腕を引いて、

 

『どうしたんだよ。今日ぐらい笑えよな。いっつも院長先生とお金がー、とか食費がーとか言って難しいしてるんだからさ』

 

 仏頂面が出迎える。顔を斜めに向けたその子の後ろから、ちょこん、と顔が飛び出してきて、

 

『その、お姉ちゃん。お姉ちゃんはいつも僕たちを優先してくれてるよね……。皆知ってるんだよ。自分の分を少な目に入れたりとかしてるって。だからね、その……。皆でちょっとずつお小遣いを……』

 

 そこまで言って、仏頂面に連れていかれる。部屋の隅っこでなにやら言い合いを始めた。

 それを見て、少女は気付く。きっとこの企画を言い出したのは、本当は誰よりも面倒見の良い彼なのだと。

 

 机の上を見ると、沢山の料理が並べられている。こんな出費は聞いていない。少し離れて微笑んでいる院長先生も、きっとグルだったのだ。

 

『ね、お姉ちゃん、こっちっ!』

 

 女の子に手を引かれて、真ん中の席に座らされる。その周りに皆が集まって、

 

『じゃーん! さーらぷーいずっ!』

 

 盛大に間違えた。

 

 怯えた男の子から指摘が入るが、言い切った女の子はそれを完全に無視する。

 

『プレゼントだよ、お姉ちゃんっ!』

『……とても珍しいものだって、店員さんは言ってたんだけど、使い方が分からないって……』

『ま、お前なら大丈夫だろ。何かすげーカードに詳しいし。そのせいで、俺はお前に勝ったことないし。……大切にしろよなっ』

 

 矢継ぎ早に台詞が紡がれていく。照れ隠しなのか、一人一人の言葉はどこか早口で。だけど──

 

「…………」

 

 少女は、言葉すら、紡げなかった。

 

『ふふ、そんなに唇を噛んだら血が出ちゃうわ。自分が泣いちゃったら皆に迷惑がかかるって思ったのかしら。それとも、こんなことは始めてでどうしていいのか分からないのかしら。

 大丈夫よ。泣いて良いの。皆始めはそうなの。ここは一杯痛い思いをした子ばっかりだから。だから、大丈夫。皆ちゃんと受け入れてくれる。だってここは貴女の家で、皆は家族だもの。ね?』

 

 少女の視界が徐々に揺らいで、滲んでいく。

 

『えへへ。受け取って! 《冥界竜 ドラゴネクロ》と《龍の鏡》! 誕生日プレゼントだよっ!』

 

   ☆☆☆

 

 

「《冥界竜 ドラゴネクロ》の攻撃!」

『っ、ぐわぁああぁああああああああああああ!』

 

 男が吹き飛ぶ。小綺麗なスーツが土を擦りながら地面をゴロゴロと転がり、向かいの壁に激突してその壁を突き抜ける。

 

『あ、兄貴ぃいいいいいいいい!』

『そ、そんなっ! 兄貴がデュエルで負けるなんて……! あ、ありえないぃいいい……』

 

 取り巻きたちが上を見上げた。

 そこには少女がいる。孤児院の屋根の上で、無表情に大人たちを見下ろしている。

 

「私はここにいる。ここにいる限り、この場所を壊させはしない。さあ、次は誰……? 誰でもいいよ……? 誰が相手でも、何度だって叩き潰してあげる」

 

 デュエルディスクを構え、風に吹かれて髪が靡く。後ろに控える冥界竜の威嚇する咆哮が、大きく、大きく、響き渡る。

 

『っ、覚えてやがれっ!』

『こんなことを続けて、ただで済むと思うなよ!』

 

 大人たちが、そんな捨て台詞を残してどこかに去っていく。小さくなる背中が完全に消え去った後、少女はようやく肩の力を抜いた。

 

 この襲撃は既に何度も繰り返されている。目的は単純、この家から私たちを追い出したいのだ。その為なら、力付くで孤児院を破壊しに来てもおかしくはない。

 ……いや、それは少し違う。彼らは既に力付くで追い出しにかかっている。それを少女が必死に追い返しているだけ。彼らのあの遠吠えは、決して脅しではないのだ。

 

「…………なんとか、しなきゃ……」

 

 その現実を認識して、だけど諦められないと少女は自分に言い聞かせた。

 

 もともとは少額の借金だったのだという。

 それがどんなルートを巡り巡ったのかは分からないが、いつの間にか多額なものに変わっていた。

 

 返しきれる額ではない。なのに破産宣告もできない。それをすればこの家は残らない。少女たちはバラバラにどこかに引き取られていくだろう。

 そして恐らく、相手はそんな事情は考慮しない。この土地さえ手に入れば、それでいいのだ。

 

「そうだ、お金。お金があれば……」

 

 全部、上手くいく。笑顔の少女に仏頂面の男の子、怯えている男の子()、一緒にいられる。

 この場所で、再び彼らは幸せに生きていくことができる。

 

「今すぐに、お金があれば──」

 

 例え、そこに少女の姿が無くなったとしても。

 

「──裏、デュエル…………」

 

 少女以外が幸せになれるなら、それでいい。

 

   ★★★

 

 

【遊歌】

 LP3200

 手札3枚

 モンスター

 Φ

 魔法・罠

 Φ

 

【?】

 LP4000

 手札3枚

 モンスター

 《冥帝エレボス》/ATK2800

 魔法・罠

 永続魔法《冥界の宝札》

 伏せカードが3枚

 

   ーーー

 

 

「貴女の正体の見当がついたわ」

 

 妖しく光るウジャト眼を睨み付けて、自分のターンのドローをしながら遊歌は口を開いた。

 

『へぇ。でも、それにしては浮かない顔ね』

「……ええ。私は自分で出した結論に納得がいかない。ううん、信じたくないが正しいのかな」

 

 遊歌が何かを振り払うように頭を振って、だけど表情は先程と変わらずに浮かないままだ。

 

「……分かってたんだ。分かってたんだよ。進まなくちゃいけないって、止まり続けることはできないんだって。でも、私は、わたしは……」

『自分の未来を、信じられない?』

「……………………私には価値なんてない。意味なんてない。私のせいなんだ。私がいたから、皆、みんな……」

 

 その先に言葉は続かない。数秒間遊歌は黙り込んで、対する遊歌の姿をしたナニかも黙して何も言わなかった。

 

「私は魔法カード《名推理》を発動する」

『……運に未来を任せるつもり? 無駄だよ。無理だよ。私には分かるもの。貴女が出した結論が正しいんだって。

 それを証明してあげる。レベル4よ』

 

 名推理。この魔法カードを発動した場合、発動されたプレイヤーがレベルを一つ宣言する。

 発動したプレイヤーは召喚可能なモンスターが出るまでデッキを捲り続け、公開されたモンスターが宣言されたレベルなら墓地へ。違うならば特殊召喚するカードだ。

 

「《シャッフル・リボーン》、《生者の書 -禁断の呪術-》、《置換融合》、《光の護封霊剣》、《ヴァンパイア帝国》、《モンスター・ゲート》、…………《馬頭鬼》」

 

 以上の6枚の魔法・罠カードが墓地に送られ、最後に馬頭鬼が捲られた。

 

『《馬頭鬼》はレベル4のモンスター。だから言ったでしょう。無理だと。こんなことで答えは変わらないの。

 それじゃあ、クイズの答え合わせをしようよ。今度は貴女の"名推理"が聞きたいなっ』

 

 捲られた馬頭鬼を墓地に送りながら、遊歌は静かに、そして落ち着いた口調で語り始める。

 

「貴女は、私なんだ」

 

 呟くような独白が、

 

「私は過去に生きていた。家族()が居なくなったあの日から、私の時間は止まったまま。誰と会っても、何があっても私は変わらなかった。

 ……嫌なこと、ばっかりだったよ。人の優しさなんて信じられなくなって、昔みたいに心を閉ざしていた時間も長かった。始めの頃は、狂ったように裏デュエルをしていたこともあったと思う」

 

 その声に血を吐くような想いが乗って。

 

「時間が経って環境も変わって、ちょっとましになれたけど、それでも私の本質は何も変わらない──」

 

「『──化け物だよ』」

 

『居なければ良かった。周りの世界を壊してばっかりで、自分に価値も意味もないくせに、それなのに寂しいのは嫌だって言うんだ』

「普段は大人しく生きながら、デュエルになれば人を噛み殺す。私はいったいどれだけの人を殺して、どれだけの未来を奪ったんだろう……」

『それでも私は価値が欲しかった。意味が欲しかった。空っぽで何もない自分を埋めたくて裏デュエルに、引いては闇のデュエルに手を出した』

「殺し合いだった。自分も相手も存在の全てを賭けてデュエルをするんだ。おかしいよね、私に賭けるものなんてないのに」

『でも、得られるものはあったんだ。それは刹那的な充実感。自分には殺して貰える価値があるんだって、相手を殺すという意味があるんだって、そうやって自分を慰められた』

「それを繰り返して、何度も何度も繰り返して、振り返ってみて気付いたんだ。私が歩いてきた道は、何も楽しくなんてなかったんだって」

『そうして私は気付くんだ。私は未来に何の希望も持っていなかったんだって。私の望みは過去にあったんだって』

「心が擦りきれて、摩り減って、おかしくなって、それでも過去への、家族への思いだけはなくならない」

『だけど──』

「だから──」

 

『未来に進まなくちゃならない』

「過去に殉じなくちゃならない」

 

『希望なんてない。ヒーローなんていない。私の未来は破滅でしょうね。その上、これから先も私は一人で歩いていかなくちゃならない』

「嫌だよ、そんなのは嫌だよ。どうせ破滅するのなら過去のなかで私は終わりたい。私にとって全てだった家族に寄り添っていたい」

『ダメだよ、それでも私は生きてるの。生きるってことは、戦うってことなんだ。このデュエルにサレンダーは許されない』

「破壊するよ。破滅させるよ。同じことは繰り返すんだ。大切に思えるものなんてもう無いけど、もしできても私はそれを壊しちゃう……」

『どうしてもいや?』

「どうしてもいや」

『そっか』

「うん」

 

『だったら、デュエルをしなきゃ』

 

 もう一人の遊歌がそう結論付けた。

 

『遊歌。貴女は正しいよ。私はね、貴女の闇なんだ。貴女が思う本音、希望、痛み、懺悔、嫉妬、恐怖、etc……。それらが纏まって一つの塊になったものが、闇のアイテムを通して意志を持った存在。それが私。闇遊歌と呼ぶべき存在なの』

 

 遊歌の発言、クイズの答え合わせをしながら、

 

『私に顔が無かったのは不安定だったから。その問題も貴女という形を得て解消された。

 貴女は私の存在の帰着について、何の言及もしなかったけど、それは必要がなかったから』

「私がいつか心の奥で思ったこと、こうでなければならないと押し付けたこと。それらを煮詰めたものだ、なんて、そんなこと私が一番良く分かってた」

 

 あはは、と闇遊歌が渇いたように笑って。

 

『私のこと、嫌い?』

「うん、嫌い。だからデュエルで自分の意見を通すの。……私は、前に進まないから」

『それは駄目。私は私を前に進ませる。今までの自分を卒業させてあげる。このデュエルは、そう──』

 

『卒業デュエルよ』

 

「……私は魔法カード《悪夢再び》を発動する」

 

 黒い瘴気が遊歌の周りに立ち込める。

 

 渦巻く霧が遊歌を取り巻いて、その後ろに人の影法師が浮かび上がった。小さい影。子供の影。

 だけどその影は何も言わない。遊歌に触れもしない。そこに居ながらそこに居ないように、薄くうすく消えていく。

 

「私は《ヴァンパイア・ドラゴン》と《ユニゾンビ》を手札に加えて、魔法カード《闇の誘惑》を発動」

 

 だけど、遊歌はその闇を放さない。離さずに、霧を掴むように手を伸ばす。その指から、すぅ、と霧がすり抜けていく。

 掴めない。

 つかめないのに。

 

「私はっ、《幻夢郷(ドリームランド)》を発動する!」

 

 フィールド魔法"幻夢郷"。それは名の通り夢の世界。叶わない想いの、行き着いた果てだ。

 

「私は《闇の誘惑》で《ヴァンパイア・ドラゴン》を除外して、手札から《ユニゾンビ》を召喚する」

 

 儚い美しさを持ったフィールドはキラキラと残滓を残して、黒い世界の一部分で煌めいている。

 それはきっと遊歌にとって心の拠り所で。だからこそ、壊さなければならないのだ。

 

「墓地から《馬頭鬼》の効果を発動。このカードをゲームから除外して、墓地から《ファラオの化身》を特殊召喚する。

 レベル3《ファラオの化身》にレベル3の《ユニゾンビ》をチューニング!

 ──シンクロ召喚! 《瑚之龍(コーラル・ドラゴン)》!

 そしてシンクロ素材として墓地に送られた《ファラオの化身》の効果が発動し、墓地から《ファラオの化身》を特殊召喚する。

 レベル3《ファラオの化身》にレベル6《瑚之龍》をチューニング!

 ──シンクロ召喚、《幻竜星-チョウホウ》!」

 

 連続シンクロ。途中の瑚之龍の効果は使用せずに、ファラオの化身を使って一足飛びにモンスターのレベルを上げていく。

 

「墓地に送られた《瑚之龍》とシンクロ素材として墓地に送られた《ファラオの化身》の効果を発動。カードを1枚ドローして、墓地から《ユニゾンビ》を特殊召喚する!

 この瞬間、フィールド魔法《幻夢郷》の効果が起動する。シンクロモンスターが存在する時にモンスターが召喚・特殊召喚された場合、そのモンスターのレベルを1つ上げることができる。私は《ユニゾンビ》のレベルを4に上昇させる」

 

 遊歌は更にモンスターのレベルを上げて、

 

「まだよ。手札から魔法カード《融合》を発動。手札の《魂を削る死霊》と《ナイトメア・ホース》を融合させる。

 ──融合召喚! 《ナイトメアを駆る死霊》!

 この瞬間、私は《幻夢郷》の更なる効果を発動できる。1ターンに1度、融合モンスターが存在する時に手札・フィールドからモンスターが墓地に送られた場合、私はカードを1枚ドローする!」

 

 融合の魔法カード。遊歌が安売りされていたこのカードを買ったのは既に一年以上昔の事だ。

 時が流れて、物は変わっている。変わっていないと、過去にいると述懐した遊歌ですら、気付かない所では変わっていたのかも知れない。

 

「《ユニゾンビ》の効果を発動。デッキから《馬頭鬼》を墓地に送って、《ユニゾンビ》自身のレベルを1つ上昇させる。

 続けて墓地に送られた《馬頭鬼》を除外し、墓地から《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》を特殊召喚。再び《幻夢郷》の効果を発動して、《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》のレベルを1つ上昇させる。

 更に《ユニゾンビ》のもう1つの効果を発動。手札を1枚捨てて《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》のレベルをもう1つ上げるわ」

 

 遊歌のフィールドにモンスターが4体並んでいる。そしてそのモンスターは遊歌によって綺麗に調整されている。

 そのことに気付いていた闇遊歌は、苦笑しながらも感心したような短い感嘆を溢した。

 

「これで、このターンの用意は整った。私はレベル9《幻竜星-チョウホウ》とレベル9になっている《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》でオーバーレイネットワークを構築!

 ──エクシーズ召喚! 《幻子力空母エンタープラズニル》!

 更にレベル5《ナイトメアを駆る死霊》とレベル5となっている《ユニゾンビ》でオーバーレイネットワークを構築する!

 その者は緋色に染まり、その物は赤色に染まる!

 ──エクシーズ召喚《紅貴士(エーデルリッター)ーヴァンパイア・ブラム》!》」

 

 久しぶりのヴァンパイア・ブラムさん。ヴァンプさんは出番多いけどブラムさんは出す意味薄……ブラムさんは裏表の無い素敵な人です。

 

「《幻子力空母エンタープラズニル》の効果を発動。ORUを1つ取り除き、《冥帝エレボス》を除外する!

 バトル! 《紅貴士ーヴァンパイア・ブラム》で私自身にダイレクトアタック!」

 

 紅貴士が地を這うように疾走する。軽いフットワークで右へ左へと機敏に動き、闇遊歌の直前で大きく右へと円運動。同時に突剣で斜め下から抉る。

 

「殺ったっ!?」

『……それはどうかな?』

 

 脇腹を貫かれた闇遊歌が不敵に笑って消える。闇のデュエル特有の白い煙が体全体を覆って、

 

『私は罠カード《カウンター・ゲート》を発動していた。このカードは相手のダイレクトアタック宣言時に発動でき、その攻撃を無効にする。そしてカードを1枚ドローし、そのカードが通常召喚可能なモンスターだった場合、攻撃表示で通常召喚できる』

 

 白い煙を吹き飛ばすように自身のデッキからカードを1枚上空に放り投げる。そのカードが闇に呑まれ、

 

『私がドローしたカードは《スケープ・ゴースト》。レベル1の通常召喚可能なモンスターよ。

 よって《スケープ・ゴースト》を通常召喚する』

 

 描かれていた羊の幽霊が実体化する。

 スケープ・ゴーストの攻撃力は0。だが、ユニゾンビの効果を使用したこのターンは、アンデット族のモンスター以外は攻撃を行うことができない。

 

「《紅貴士ーヴァンパイア・ブラム》の効果を発動。ORUを1つ取り除き、相手の墓地からモンスターを1体、自分のフィールドに特殊召喚する。私は《マーダーサーカス・ゾンビ》を特殊召喚。

 墓地から罠カード《妖怪のいたずら》を発動。墓地のこのカードを除外することで、《マーダーサーカス・ゾンビ》のレベルを1つ下げる。

 更に墓地から《置換融合》の効果を発動。このカードをゲームから除外して、墓地の《ナイトメアを駆る死霊》をデッキに戻し、カードを1枚ドローする。

 うんっ、魔法カード《一時休戦》を発動。互いのプレイヤーはカードを1枚ドローし、次ターンのエンドフェイズ時までお互いにダメージを受けない」

 

 遊歌はカード1枚ドロー。引いたカードを横目で確認して、それをデュエルディスクに差し込んだ。

 

「私は手札から《エクシーズ・ギフト》の魔法カードを発動する。自分のフィールドにエクシーズモンスターが2体以上存在する時、自分のフィールドからORUを2つ取り除いて、カードを2枚ドローする!」

 

 追加ドロー。このターンにおける7、8枚目のドローを確認して、遊歌は闇遊歌を見つめた。

 

「私はカードを2枚伏せる。これで私のターンは終了するわ。さあ、次は貴女のターン。私を否定するのなら、そのデュエルで語ってみなさい」

『……貴女のエンドフェイズに、フィールド魔法《幻夢郷》の効果が発動される。エクシーズモンスターが存在する場合、フィールドの一番レベルの高いモンスターを全て破壊する』

 

 キン、と微かに高い音を立て、マーダーサーカス・ゾンビとスケープ・ゴーストが膨らむ。

 瞬間、

 爆発する。フィールドに莫大な熱量と爆風を残して、お互いのフィールドが衝撃に包まれた。

 

『私は、貴女の想いを否定しない』

 

 顔を俯かせて闇遊歌は告げる。

 

『私は貴女の気持ちが分かる。痛いくらいに分かる。私だって未来に進みたくなんてない。これ以上苦しみたくない。悲しみたくない。幸せがある、なんてそんな希望は持てない』

 

 その表情は爆発の余波で巻き起こった煙で分からない。

 

『だけど……、それでも……、』

 

 声に震えが乗る。掠れて、それでも。

 

『目を逸らしちゃいけないこともあるのっ! 私のターン! ドロー! まずはその甘えた世界を破壊する! 速攻魔法《サイクロン》発動!』

 

 幻夢郷が消える。キラキラと光る世界が、唯一の光が途絶えて消えていく。

 

「…………」

『罠カード《リビングデッドの呼び声》を発動。私は墓地から《スケープ・ゴースト》を特殊召喚する』

 

 消えていく世界を見上げている遊歌を見つめて、闇遊歌は永続罠を発動してモンスターを蘇生する。

 いや、蘇生はしていない。スケープ・ゴーストはアンデットなのだ、死んではいなかった。

 そんな遊歌の呟きが聞こえて、

 

『魔法カード《黙する死者》を発動して、墓地から《マーダーサーカス・ゾンビ》を特殊召喚。

 レベル2《マーダーサーカス・ゾンビ》にレベル1《スケープ・ゴースト》をチューニング!

 ──シンクロ召喚! 《たつのこ》!』

 

 だがアンデットは何も語らないのだ、と闇遊歌は言う。遊歌に語る。

 

『シンクロ召喚した《たつのこ》は手札のモンスターをシンクロ素材にできる。私は手札のモンスター、レベル3《ファラオの化身》にレベル3の《たつのこ》をチューニング!

 ──シンクロ召喚! 《瑚之龍》!』

 

 どこかで見たことのある流れ。具体的には前のターンと同じ動きである。

 

『シンクロ素材として墓地に送られた《ファラオの化身》の効果を発動。墓地から《スケープ・ゴースト》を特殊召喚する。

 そして魔法カード《マジック・プランター》を発動し、永続罠《リビングデッドの呼び声》を墓地に送って2枚ドローする。

 ……魔法カード《融合》発動! 私はフィールドの《瑚之龍》と手札の《真紅眼の不死竜》を融合!

 ──融合召喚! 《流星竜 メテオ・ブラック・ドラゴン》!』

 

 竜が嘶く。咆哮と共に現れた流星竜は闇遊歌のデュエルディスクに噛みつき、薄くなったデッキから1枚のカードが飛び出してくる。

 

『《流星竜 メテオ・ブラック・ドラゴン》が融合召喚に成功した場合、手札・デッキから『真紅眼』モンスター1体を墓地に送って、そのモンスターの元々の攻撃力の半分のダメージを相手に与える。私はもう1枚の《真紅眼の不死竜》を墓地に送る』

「《一時休戦》中なんだけどね……」

『それは言わないの。私は墓地に送られた《瑚之龍》の効果で1枚ドロー。そして墓地から《真源の帝王》を除外して、もう1枚の《真源の帝王》を特殊召喚する。

 レベル5《真源の帝王》にレベル1《スケープ・ゴースト》をチューニング!

 ──シンクロ召喚《大地の騎士ガイアナイト》。

 そして魔法カード《馬の骨の対価》を発動。《大地の騎士ガイアナイト》を墓地に送って2枚ドローする』

 

 出てきてすぐコストにされるガイアナイトさん。ガイアナイトさんは犠牲になったのだ。

 

『そして魔法カード《ミラクルシンクロフュージョン》を発動する』

 

 犠牲の、犠牲にな。

 

『私は墓地の《瑚之龍》と《大地の騎士ガイアナイト》で融合召喚を執り行う!

 ──融合召喚! 《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》!

 続けて魔法カード《貪欲な壺》を発動し、墓地の《たつのこ》《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》《スカルライダー》《ファラオの化身》《真紅眼の不死竜》をデッキに戻して、カードを2枚ドローする。

 ドローした《融合回収》と《闇の量産工場》を発動! 墓地から《融合》《真紅眼の不死竜》《マーダーサーカス・ゾンビ》2枚を手札に加え、《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》の効果を発動する。貴女の墓地から《瑚之龍》を除外してその効果を得る。

 《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》の効果を使う。手札を1枚捨て、その伏せカードを破壊!』

 

 二連続融合召喚からの相手フィールドのカード破壊。恐ろしく癖のあるデッキを手足のように扱って、闇遊歌は自分自身を追い詰めて行く。

 

「っ、破壊された《ミラクルシンクロフュージョン》の効果を発動! セットされたこのカードが相手の効果で破壊された場合、カードを1枚ドローする!」

『まだだよ? 墓地から《帝王の凍気》と《汎神の帝王》を除外してもう1枚の伏せカードも破壊する』

「っ、ぅあっ……!」

『《パワーフレーム》……。成る程ね。私が大型のモンスターを出してきたときの対処法だったんだ。でも残念。それは無意味に終わってしまったわ。

 バトルよ! 《流星竜 メテオ・ブラック・ドラゴン》で《幻子力空母エンタープラズニル》を撃ち落とす!』

 

 流星が空母に降り注ぐ。上空を制するエンタープラズニルだったが、更に上空から降り注ぐ流星には為す術がない。

 抵抗すらできずに機体に致命的なダメージを受け、そのまま墜落した。

 

『更に《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》で《紅貴士ーヴァンパイア・ブラム》を突き殺す!

 最後っ! 私は魔法カード《融合》を発動して手札の《マーダーサーカス・ゾンビ》2体で融合召喚を執り行う。おいで《始祖竜ワイアーム》!

 これで私はターンエンド。さあ、一時の休戦は終わって、貴女のフィールドは焼け野原になった。何も残っていない。これ以上失うものなんて何もない。このまま立ち止まっていたら、ずっと空っぽのままよ』

 

【遊歌】

 LP3200

 手札1枚

 モンスター

 Φ

 魔法・罠

 Φ

 

【闇遊歌】

 LP4000

 手札0枚

 モンスター

 《始祖竜ワイアーム》

 《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》

 《流星竜 メテオ・ブラック・ドラゴン》

 魔法・罠

 永続魔法《冥界の宝札》

 伏せカードが1枚

 

「……私の、ターン。ドロー。スタンバイフェイズに墓地の《紅貴士ーヴァンパイア・ブラム》の効果を発動。フィールドのこのカードが相手によって破壊された場合、次のスタンバイフェイズにこのカードを表側守備表示で特殊召喚する」

 

 壊滅した世界。何も残されていない遊歌の元に、ヴァンパイアが舞い戻ってくる。遊歌はヴァンパイア・ブラムを俯きがちに見つめて、一度目を閉じた。

 しばらくして眼を開けた遊歌は先程の闇遊歌の問いかけを完全に無視して、自分の世界を歩き続ける。

 

「墓地の《シャッフル・リボーン》の効果を発動。私は《紅貴士ーヴァンパイア・ブラム》をエクストラデッキに戻し、カード1枚ドローする。……ごめんね《ヴァンパイア・ブラム》。

 私は手札から《生者の書ー禁断の呪術ー》を発動して、墓地から《ピラミッド・タートル》を特殊召喚。貴女の墓地から《マーダーサーカス・ゾンビ》を除外する。そして《ゾンビキャリア》を通常召喚。

 レベル4《ピラミッド・タートル》にレベル2《ゾンビキャリア》をチューニング!

 ──シンクロ召喚《デスカイザー・ドラゴン》!」

 

 死者の竜が遊歌の後ろで叫び声を上げた。

 蒼い炎が暗闇を照らし、陰り、薄れて。フィールドが死者の世界と繋がる。

 

「特殊召喚された《デスカイザー・ドラゴン》の効果を発動。このカードが特殊召喚された時、相手の墓地のアンデット族モンスター1体を自分フィールドに特殊召喚する。

 私は《スカルライダー》を特殊召喚し、レベル6《デスカイザー・ドラゴン》と《スカルライダー》でオーバーレイネットワークを構築。

 ──エクシーズ召喚! 《巡死神(ピルグリム)リーパー》!」

 

 そして死神がやってくる。体格と不釣り合いな鎌を振りかざして、白黒の死神が忍び寄ってきた。

 

『……だけど、そのモンスターじゃ、私のどのモンスターも越えられない』

「ええ。このカードの攻撃力はお互いの墓地にいる闇属性モンスター数×200ポイント。だから、今の《巡死神リーパー》の攻撃力は1800しかない。効果を使って10枚のカードを墓地に落としても、その中から8枚以上落ちなければ《流星竜 メテオ・ブラック・ドラゴン》には届かない。それは現実的に不可能よ」

『……それでも、貴女はそのモンスターを出した。自分の運命を死神に預けたとでも言うのかしら』

 

 闇遊歌が遊歌を見据えて。

 遊歌は闇遊歌を見つめた。

 

「いいえ。私はもう一つの可能性に賭けたの」

『もう、一つ……?』

「それは、私のデッキよ。デュエリストにとって、デッキとは自分自身の鏡。だから、私は私のデッキと心中する。速攻魔法《黒白の波動》を発動!」

 

 静かに目を閉じて、遊歌は最後の手札をゆっくりとデュエルディスクに差し込む。

 

『《黒白の波動》? そのカードはシンクロモンスターをORUに持つエクシーズモンスターが存在する時のみ発動できる速攻魔法。その効果はフィールド上のカードを1枚除外し、カードを1枚ドローすると言うもの。

 それでどうしようというの? まさか追加ドローで残り2枚の《黒白の波動》を引き当てる、なんて馬鹿なことは言わないわよね?』

「……私は《流星竜 メテオ・ブラック・ドラゴン》を除外して、カードを1枚ドローする。

 っ、来たっ! 速攻魔法《黒白の波動》を発動! 《波動竜騎士 ドラゴエクィテス》を除外して、更にもう1枚ドローっ!

 ……引いた。速攻魔法《黒白の波動》を発動! 《始祖竜ワイアーム》を除外して、カードを1枚ドローする!」

 

 黒白の波動、三連打。

 自分自身であると言うのに、闇遊歌が絶句する程の運命力を持って、遊歌は強引にこの布陣を抉じ開ける。

 

『…………まさか、本当に3枚引き当てるとは……。そこまで自分のデッキを信じられて、どうして……』

「……私は自分のデッキと心中するつもりだっただけ。《巡死神リーパー》の効果を発動して、カードを1枚伏せてターンを終了する」

 

 疑問を口にしようとした闇遊歌は、だけどその問の答えを察して、静かに眼を閉じた。

 

【遊歌】

 LP3200

 手札0枚

 モンスター

 《巡死神リーパー》/DEF2000 ORU・1

 魔法・罠

 伏せカードが1枚

 

【闇遊歌】

 LP4000

 手札0枚

 モンスター

 Φ

 魔法・罠

 永続魔法《冥界の宝札》

 伏せカードが1枚

 

『……私のターン。ドロー。っ、これは……!』

 

 ドローカードを見つめて、そのままの格好で闇遊歌は固まる。しばらくして、そのカードをディスクに差し込みながら遊歌に告げる。

 

『遊歌、このターンは、きっと運命のターンになる。……私は速攻魔法《黒白の波動》を発動』

「黒、白……っ!」

『貴女のフィールドに存在する《巡死神リーパー》を除外して、カードを1枚ドローする!』

 

 差し込んだその手の勢いのまま、自分のデッキに指を掛けて、音もなくカードを引いて、ドローカードを確認する。

 

『やっぱり、このカードが来ちゃた……。こうなるだろうなって、思ってはいたんだけど』

 

 そのまま、闇遊歌は沈黙する。

 カードを手に持ったまま、静かに、黙祷を捧げるように目を閉じて動かず、しばらく経ってから口を開いた。

 

『……ね、遊歌。孤児院の皆が全員焼け死んじゃった理由って知ってる?』

 

 後悔を吐き出すように、だけど、どうしようもない気持ちを噛み殺しながら、闇遊歌は遊歌に問いかける。

 顔は伏せられている。照明の無い暗闇の世界で、彼女の表情を読むことなどできはしない。

 できはしないのに。

 

『私は貴女だから、当然知っているよね。なのに、貴女は知らないって嘯くんだ。知っていて見ない振りをしてるんだ。聞かなかった振りをしてるんだ』

 

 泣いているのだと分かってしまう。

 

『鏡を始めて見たのは、いつだったかな』

 

 ぽつぽつと、言葉が漏れて、

 

『もう覚えてないよね。だけどね、私を映さない鏡を見たのは、あの時が始めてだった。』

『酷い顔だった。生気なんて無くて、表情も無かったよね。なのにね、その鏡は笑ったんだよ。大丈夫? って、抱き締めてくれて、暖かくて。あんなの、始めてだった。』

『人って暖かいんだ、って始めて知ったのその時だよね。……その暖かさに触れて、私たちは救われた。いっぱい優しさを貰ったんだ。』

『大切だった。本当に大切だった。だからこそ、私は耐えられなかった。耐えられずに、壊れてしまった』

 

『その真実を、私は見よう』

 

 左眼のウジャト眼が、光る。

 

『魔法カード《龍の鏡(ドラゴンズ・ミラー)》、発動』

 

   ☆☆☆

 

 

 そこには何もない。何もなかった。

 

 keep outのテープで囲まれた小さな長方形。その中には焼け焦げた木材と、煤けた石材、黒い灰が積乱している。

 

 そんな廃墟に、たった一人の少女が歩いていた。

 

「どぅ……して…………?」

 

 おぼつかない足取りで、フラフラと立ち入り禁止のテープの内側へと歩いていく。

 

「私が、居なかったから……?」

 

 崩れ落ちる。服が汚れることを気にもせずに、膝をついて呆然と眼前の真実を見つめる。

 その手から札束が滑り落ち、風に乗って舞い散っていく。自分を犠牲にしてまで手に入れたお金が掌から滑り落ちていく。

 なのに、少女は舞い上がるお金を見ることすらしない。もう必要の無いものになっていたのだ。

 

 守りたかったものが、

 どうしても護りたかったものは、

 

 

 ──すでに、亡くなっていた。

 

 

「あ、あぁ、ああ──あぁああぁあああぁあああああああああっ! ああああっ! ああ、ああぁっ……あ、あっ、あ……あぁ…………ぁ……」

 

 

『真実から、目を逸らすな……!』

 

 泣き崩れた少女の後ろに、闇遊歌が姿を表す。

 

「……ぁ…………ぁ……ぁぁ…………」

『見なきゃならないものも、あるんだ』

 

 ウジャト眼が、光る──

 

『──万物を見通す眼(Eye of Wadjet)

 

   < ◎ >

 

 

『お姉ちゃんが居ないのっ!』

 

 普段の笑顔を歪ませて、女の子は必死に訴える。目の前の男性はその言葉を聞いて、だけど悔しそうに首を振る。

 

『そんなっ! あの子はまだにあの中に……!?』

 

 その言葉を聞いた女性が悲鳴を上げる。取り乱したように顔に手を当て、膝を付く。

 だが、完全に燃え上がっている建物の中に入ることはもうできない。そして、ここまで脱出できなかった人物はもう生きてはいない。

 

 必死な顔でホースを持って消火にかかる人物が低い声でそう女性に告げる。

 その裏で、

 

『探したんだけど、やっぱりお姉ちゃんいないよ』

『じゃあ、まだ中にいるの……? でもでも、あんなに燃えてるんだよっ!』

『だったら助けにいけばいいだろっ! 嫌だ、いやだよ……! もう誰も居なくなって欲しくない……』

 

 ヒソヒソと子供たちが話し合う。

 仏頂面の男の子が普段の不機嫌な顔を引きつらせ、

 

『みんなで、助けにいくんだ……っ!』

『…………で、でも、危ないんじゃ……』

『……うん、いこうっ!』

 

 子供染みた悪巧みが、始まった。

 

『今度は他の子たちもいない! ああ、どうして! どうしてこんなことにっ! 私たちは、ただ静かに……』

 

 その数分後に悲鳴が上がる。ヒステリックな叫び声が、だけど喧騒に飲まれてその声は誰にも届かない。

 

『さっき子供たちが中に入っていったって言ってる人が……』

『っ、何で止めなかったんだよ! 危ないって──、』

『お、俺じゃねえよっ! それにその人だって止めようとはしたんだ! だけど──』

 

 話声が聞こえる。人の声と水の音、炎の音が入り交じる喧騒。叫びすら掻き消される音の奔流の中で、その言い合いだけが嫌に耳に残る。

 

『ああ、みんなを連れ戻さないと……』

 

 自分に言い聞かせるように女性は呟いて、

 

 ──そして、誰も戻って来なかった。

 

   < ◎ >

 

 

『私のせいだ』

 

『私が居たからだ』

 

『私が居なかったから皆が死んだんじゃない! 私が居たから皆が死んだんじゃないかっ!』

 

 叫び声。もはや悲鳴に近い甲高い声が響く。

 

『いつもいつもそうだ! 大切なものは何も残らない! 無くして壊して居なくなって、もう私には何も残ってない!」

 

 悔いるように、自分を責めて、

 

「私はっ! 私なんてっ……! 私が居たから…………もう、もう嫌、やだ、ぃやだよぉ……」

 

 堪えきれない嗚咽を漏らして、

 

「……なんで、どうして……、みんなぁっ……」

 

 ──少女は、泣き崩れた。

 

 

『分かっていた筈だよ。貴女はこの真実を知っていた筈なんだよ。ウジャト眼なんてなくても、あの時、あの場所であったことなんていくらでも調べられた。その権力も情報処理の能力も貴女には存在するんだから』

 

 それでも、見ない振りをしてきたんだ。

 

『ダメだよ。そんな欺瞞は許されない』

「…………」

『この世界は因果応報だよ。どんな行動もその後に繋がって、それは未来へと続いていく。だからこそ、今を真摯に生きて、自分に向き合うことは尊いの。未来に、繋がるから』

「……貴女は、自分が居なければ良かったことを受け入れるの? 自分の価値の否定を肯定しろと言うの? そんなの、それこそ自己欺瞞じゃない!」

『甘ったれた事を抜かすな! 自分に意味が無いと言うのなら、自分に意味を作り出せばいい! 自分の力不足を嘆く前に、克服しようとは思わないの!? 下を向いていて得られるものなんて何もない。前を向いて、進んで始めて何かを得られるの。

 例えそれがどうしようもなく間違っていたとしても、進まないなんて選択よりは遥かに良い筈なの』

 

 打ちのめされて塞ぎ込んだ少女に、闇遊歌は優しい言葉を掛けはしない。むしろ現実を突きつけ、理解しろと迫る。

 

『《龍の鏡》の効果。墓地の《マーダーサーカス・ゾンビ》2体を除外して、融合召喚を執り行う』

 

 両手をゆっくりと広げて、闇遊歌は虚空を見つめる。そこには遊歌の世界を標榜する暗闇が広がっている。代わり映えのしない不連続の世界に大きな鏡が召喚された。

 マーダーサーカス・ゾンビが虚空に浮かぶ鏡に吸い込まれていき、その表面が波打つ。ゆらり、ゆらりと波打つ鏡映がモンスターから少女に移り変わり、少年に変わって、女性に変化して、そしてまた死者に戻る。

 

『──融合、召喚。《冥界竜 ドラゴネクロ》』

「……ぁ、どらごねくろ……」

『《冥界竜 ドラゴネクロ》の攻撃。貴女を護る《光の護封霊剣》を噛み砕いてしまえ』

 

 闇遊歌の攻撃命令と共にドラゴネクロは遊歌に襲いかかる。拘束するように腕を振るって、光の結界に護られる。自身の攻撃を遮る防壁を認識した彼は、その腕で結界を掴み、牙を立てて噛み砕いていった。

 

「っ、ぅ……!」

『私はこれでターンを終了する』

「罠カード、《裁きの天秤》を発動する! 私のフィールド・手札のカードの枚数より貴女のフィールドのカードの枚数が多い時、その差の数だけカードをドローする」

『ふふっ、《裁きの天秤》。一体裁かれるべきなのは私と貴女のどちらなのかしらね』

「私と貴女は、違う存在でも同じものじゃない」

 

 下らないと遊歌は吐き捨てて、デッキからカードを2枚ドローする。

 

「私のターン。ドロー。私は《融合回収》を発動して、墓地から《融合》と《魂を削る死霊》を手札に加える。そして《融合》の魔法カードで《魂を削る死霊》と《ネクロフェイス》で融合召喚を執り行う。

 私の全てを。私の全霊を!

 ──融合召喚! 《冥界竜 ドラゴネクロ》!」

(といっても、ここで攻撃はできない。ドラゴネクロで3000の戦闘ダメージを与えられたとしても、次のターンにはモンスターを1体でも引き当てられたら私は負ける。だから──)

「カードを1枚伏せてターンエンド!」

 

 闇遊歌と同様にドラゴネクロ(自身の切り札)を立てて、遊歌はターンを終了する。ドラゴネクロの持つ変則的な効果が遊歌の攻撃を抑えている。

 しかし、お互いのフィールドにドラゴネクロが立った今、それは闇遊歌もまた同様なのだ。

 

『私のターン、ドローカード! っ、このままターンを終了する!』

「私のターン、カードドロー! 魔法カード《命削りの宝札》を発動して、デッキから3枚ドロー! カードを3枚伏せて私はターンエンド!」

 

 お互いに睨み合う膠着状態のデュエル。ドローゴーと命を削ってカードを補充した遊歌たちは、次の展開の為に高速で頭を回転させている。

 

『私のターン、カードドロー! 魔法カード《闇の誘惑》を発動し、カードを2枚ドローして《茫漠の死者》を除外する。そして永続魔法《王家の神殿》を発動し、カードを1枚伏せる。

 さあ、卒業証書を受けとる時間よ! 《冥界竜 ドラゴネクロ》で《冥界竜 ドラゴネクロ》を攻撃! 私自身の痛みを! 絶望を! 噛み砕けドラゴネクロっ! ソウル・クランチ!』

「永続罠、発動っ! 《ディメンション・ミラージュ》! 更に《和睦の使者》を発動することで、このターンの戦闘ダメージを無効にする!」

(これで、終わりっ! 《ディメンション・ミラージュ》はモンスターが戦闘破壊されなかった時、墓地のモンスターを除外することでもう1度強制的にバトルさせる。そして私の墓地には《ネクロフェイス》がいる。これでカードを5枚除外すれば、闇遊歌のデッキは無くなり、私のデッキだけが残る。これで、私の──)

 

『罠カード、《破壊輪》、発動』

 

「……………………えっ?」

 

 遊歌が思わず呆けた声を呟く。爆薬を大量に詰め込まれた爆破装置が宙を舞って、遊歌のフィールドのドラゴネクロに装着される。

 

『遊歌、最後にもう一度言うよ。思い出はね、過去なんだ。もう戻らないんだよ。それを心の支えにするのはいい。それは素晴らしいことだよ。でもね、それに引き摺られちゃいけない。私は今を生きていて、未来に歩くんだから。

 だから、貴女の過去を、その象徴を、破壊する』

「っ、過去を踏み越えることは、決して過去を踏みつけることじゃない! 速攻魔法《我が身を盾に》を発動! 1500のライフと引き換えに、カードを破壊する効果を無効にして破壊する!」

 

 その破壊輪から、遊歌は身を呈してドラゴネクロを護ろうとする。それは、いつかの遊歌のままで。

 

『《我が身を盾に》。それで一体何が護れたの? 何を手に入れたの? 連綿と続く後悔の日々だけじゃない。そんなものは……! カウンター罠、《王家の呪い》を発動! 魔法・罠1枚を破壊する効果を持つ魔法・罠を無効にして破壊する!』

「……ぁ、どらご、ねくろ…………」

『これで《破壊輪》は有効。私は! ……わたしはっ、っぅ、ぅ、《冥界竜 ドラゴネクロ》を破壊するっ!』

 

「あ、あぁ、ぁあぁぁああああああああああああああっ! ああっ、あっ! ぁ……ぁあ…………」

 

【遊歌】

 LP3200→LP1700→LP0

【闇遊歌】

 LP4000→LP1000

 

   ★☆★

 

 

『私の勝ちだよ。遊歌』

「…………ぁ……ごめん、なさい、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……」

『聞こえていないか。それでも、この闇のデュエルの罰ゲームは受けてもらう……これは?』

 

 ライフポイントと共に崩れ落ちた遊歌は目の焦点すら定まっておらず、過去のショックがフラッシュバックしたのか、小さく謝り続けている。

 その遊歌のデュエルディスクから残った最後のリバースカードが滑り落ちて闇遊歌の目に止まる。

 

『……《デーモンとの駆け引き》……。それじゃあ』

 

 そのカードを確認して、驚いたように闇遊歌は遊歌に駆け寄り、デッキのカードを確認して息を飲む。

 

『…………《バーサーク・デッド・ドラゴン》。やっぱりデッキの中で眠ってる……。

 ねぇ、遊歌。貴女は私のリバースカードをカードを破壊する効果へのカウンターだって、読んでいたよね……?』

 

 それでも、遊歌は《我が身を盾に》を選択した。《デーモンとの駆け引き》と《バーサーク・デッド・ドラゴン》ではなく、だ。

 

『……このデュエル、正しかったのかな。ウジャト眼を持っていていてもね、正直なところ、私にも分からないんだ。何が正しいとか、間違ってるとか。そんなの結果論でしか語れないのにね。ただ、()()()()()()()()では無いことを、私は祈っているよ』

 

 遊歌は未だに謝り続けている。それは家族に対してのものなのか、裏デュエルの被害者たちに向けるものなのか、それはわからないけれど。

 

『……敗者への罰ゲームだよ。遊歌。ううん、もう一人の私。君への罰ゲームはたった一つだけ』

 

 お願い。

 

『もう一度だけでいい。自分の人生を──』

「…………ぁ……」

 

 お願いだから。

 

『──諦めないで』

 

   ☆★☆

 

 

「ここ、は……?」

 

 真っ暗な世界。だけど、遊歌の心の部屋ちは違って、何もない世界ではない。上には月があって、横には雲がある。下には高層ビルが──

 

「って、ここ上空じゃない。お願い、《真紅眼の不死竜》!」

 

 異常事態に慣れているのか、落ち着いた様子で遊歌は対処する。光っているデッキトップのカードを引き抜いて、そのカードをディスクに叩きつけて召喚。現れた不死竜に跨がって、地上ギリギリを滑空しながら地面に降り立つ。

 

「ここは、いったい……」

 

 そして冒頭の疑問に戻る。思わず呟いた台詞に、何故か自分の内側から返事が返ってくる。

 

『スタンダード次元じゃ、ないよね』

「そんな事分かるわけが……ぇ?」

 

 分かる。自分の左目から映る景色がスタンダードのものでは無いと、ここは別の場所だと告げている。

 

「…………えっ? ナニコレ……?」

『ウジャト眼だよ。おめでとう、遊歌。貴女は闇のアイテムに正式に所持者だと認められたんだよ! これでもう人間じゃなくなったよ! マトモな死に方はできないと思っていてねっ!』

「……………………ゑ? 嘘でしょ?」

『ホント』

 

 当たり前のように自分の内側にいる闇遊歌と会話をして、当たり前のように遊歌は人間の枠組みを逸脱する。

 

『もう、戻れないよ』

「…………」

 

 遊歌は無言で手鏡を取り出して左目がどうなっているかを確認する。いつもと変わらない見た目だ。ただ、良く見なければ分からないほどに薄く、瞳の奥にウジャト眼の紋様が浮かび上がっている。

 

「これが、闇のアイテムの代償……」

「きゃあぁあああああああっ!」

「っ、悲鳴っ!?」

 

 茫然と自分の現状を受け入れられずに呆けていると、突然悲鳴が聞こえてきて、遊歌は現実に引き戻される。

 

「取り敢えず、今は自分のことは後っ!」

 

 口に出して、無理矢理に暴走する思考に区切りをつけて、仮面を取り出して着けながら、悲鳴の聞こえた方向に走り出す。

 そして、

 

『避けろっ!』

「分かってるよっ! 《真紅眼の不死竜》、アンデット・メガフレア!」

 

 路地裏の角を曲がった瞬間に、膨大な熱量のナニカが飛来する。それをウジャト眼で事前に察知していた遊歌は、不死竜にアンデット・メガフレアを指示し、その熱量を持って相殺する。

 

「……へぇ。僕の奇襲を避けるなんて、君、なかなか面白いんじゃないかな?」

「……榊君……!? ……いや、違う。貴方は一体、」

 

 薄暗くて良くは分からないが、紫キャベツのような頭をした遊矢に良く似た人物と、柚子に良く似た人物がいる。

 柚子に良く似た女の子はディスクが既に炎上していて、地面に尻餅をついて後ずさっている。

 その子が、突然現れた遊歌に叫ぶ。

 

「来ないでっ! ここは危険なの! 逃げて!」

「っ、柚子、じゃない。名前の知らない人。悪いけど既に手遅れみたいよ」

「当然だね。ここからは、誰一人として無事に帰してなんて、あ・げ・な・い」

 

 煽るように少年が不敵な笑顔で答えて、

 

「お・こ・と・わ・り・よ」

 

 それを遊歌は似た言葉で返す。売り言葉に買い言葉。これでデュエル(喧嘩)の売買は成立したのである。

 

「行けっ、《スターヴ・ヴェノム》! あのふざけた仮面を打ち砕いてしまえっ!」

「あはははっ。迎え撃ちなさい《真紅眼の不死竜》! アンデット・バイトで噛み砕いちゃえ!」

 




1章の最終回でした。この小説で一番のシリアス回です。よってギャグ成分ゼロ。なのでオマケを書きました。私はギャグを書きたいんだ!
因みに闇遊歌は全編通してのラスボス予定でした。
が、本編のプロット変更と共に中ボス化する羽目に。なので、色々と遊歌とは対照的な作りになっているキャラなのです。


どうでもいい物語第1話

『恋泥棒見参!』


 そこは裏デュエル界。
 その頂上で、金と権力と実力で手に入れたクイーンのチェアに腰かけて、仮面を付けた美少女(ここ重要)が高笑いした。

「私がクイーンだっ! ふ、ふふふふっ……ふははははっ……ふぁっはっはっはっはっ!」
「それはどうかしら?」
「何奴っ!?」

 背後から爆発音が響き、ドアが木っ端微塵に吹き飛んだ。クイーンが空中で三回転半捻りを繰り出しながら背後に振り返ると、そこには少女がいた。

「初めまして、貧乳クイーン・仮面デュエリスト・ユーカさん。わたくしの名前は悪夜城(あくやじょう)紅麗(くれい)と申します」
「お腹を凹ませたら、Bはあるもん!」

 反射的に答えながら、仮面デュエリスト・ユーカは突如乱入してきた少女を見る。
 育ちの良さを感じさせる優雅な仕草でお辞儀をした彼女は、輝く金色の長髪に燃えるような紅蓮の瞳を持ち、平均的な身長に少しだけ大きめの胸部をしている。その脇には気絶しているご主人様が抱えられていて、

「今日は貴女に宣戦布告をしに来たのです。今日から貴女のご主人様はわたくしのご主人様になってもらいます!」
「何を、言っている……?」
「あら、分かりませんか? わたくしはこう言っているのです──

 ──年貢の納め時ですわ、この貧乳泥棒猫!」

 紅い眼が怒りに燃える。泥棒猫を倒せと轟き叫ぶっ!

「出番ですわ! カイ! ケイ!」

 一方的に言葉を暴投して、紅麗は左手を翳す。
 すると、

「はいっ! お姉ちゃん!」
「うんっ! お姉ちゃん!」

 瓜二つの男の子たちが現れる。
 ピリッと糊の利いた執事服を着こなした彼らは、遊歌が飛び出すのを防ぐように、紅麗の前に躍り出る。

「それでは、後は任せましたわ!」
「はい、任せてください!」
「うん、任せちゃってよ!」

 二人を一瞥した紅麗は、躊躇せずに後ろに飛ぶ。

「なっ!? ここは30階よ! 落ちたら……」
「ユーカさん、心配は必用ありません」
「お姉ちゃん、心配は要らないんだよ」

 仮面ごしに分かる程度に眼を開いて、仮面デュエリスト・ユーカは紅麗を止めようとする。
 だがその言葉は虚しく響き、紅麗は地上100メートルの世界にロングスカートで投げ出される。
 ユーカの視界から彼女が消える瞬間、背中に仕込まれていた装置が作動してパラグライダーが羽を拡げた。

「さあ、ここを通りたいですか、ユーカさん!」
「僕たちにデュエルに勝つまでは通さないよ!」

 窓までの空間を支配する双子の男の子が矢継ぎ早に台詞を重ねる。完全にシンクロした動きで左右に腕を伸ばした彼らは、踊るように腕にデュエルディスクを装着する。
 右のカイ君は右利きで、左のケイ君は左利き。ディスクは利き腕には装着しないので、二人のディスクは中央に鎮座している。
 カイ君とケイ君が同時に外側の腕をユーカに向けてピンと伸ばす。ダンスに誘うように丁寧にお辞儀をして、ディスクが起動音を発した。

(別に彼らのいる場所を通った所で紅麗の元にはたどり着けないし、そもそもこの二人を相手にしなきゃならない義務なんてどこにもないんだけど、挑まれたデュエルを無視して背中は見せられない!)
「いいでしょう! デュエル!」

「私のターン。カードを1枚伏せてターン終了」
「僕のターン、ドロー。僕たち兄弟の絆を見せて上げます! 魔法カード《天声の服従》を発動!」

 双子の兄弟、比較的大人びたカイ君のターンが始まる。彼は丁寧に初期手札を1枚づつ5枚ドローし、最後のドローカードを公開する。

「…………その、カードは……っ!」
「ユーカさんはクイーンです。まともに戦えば僕たちに勝ち目はありません。ですから、この位のハンデは貰いますよ。僕が宣言するのは《イビリチュア・ジールギガス》です」
「当然、僕のデッキに《イビリチュア・ジールギガス》は入ってるよっ! このモンスターをカイのフィールドに特殊召喚させるね!」

 ウォーター・ハザード。そこそこ広いマンションの一部屋が水の濁流に飲み込まれていく。
 リアルソリッドビジョンによって家具が押し流され、ユーカの元にもテレビが降ってくる。だが、ユーカはカイ君とケイ君から視線を外さずにバックステップ、次いで降ってきたテレビの上に乗って双子を見下ろす。クイーン流威嚇ポーズである。がおーっ!

「っ、動じてませんか。なら《ジールギガス》の効果を発動。デッキからカードを1枚ドローし、公開します。僕が引いたのは《ガスタ・グリフ》! そして《ワン・フォー・ワン》を《グリフ》を墓地に送って発動、《ガスタ・イグル》を特殊召喚。更に《グリフ》の効果で《ガスタの疾風 リーズ》を特殊召喚して《ダイガスタ・スフィアード》をシンクロ召喚!
 《スフィアード》の効果で《イグル》を手札に加え、《イグル》を捨てて《チューナーズ・ハイ》を発動。デッキから《ガスタ・ファルコ》を特殊召喚して、速攻魔法《緊急テレポート》を発動! 《ガスタの神裔 ピリカ》を特殊召喚し、効果で《イグル》を特殊召喚。《スフィアード》と《イグル》で《ダイガスタ・イグルス》をシンクロ召喚して、《ピリカ》と《ファルコ》で《ダイガスタ・ガルドス》をシンクロ召喚!
 続けて魔法カード《死者蘇生》を発動して《ファルコ》を特殊召喚、そして《ガスタの希望 カムイ》を通常召喚して《ダイガスタ・ファルコス》をシンクロ召喚します!
 エンドフェイズに《イグルス》の効果でその伏せカードを破壊して、僕はターンエンドです」
「……破壊された《ミラクルシンクロフュージョン》の効果で私はカードを1枚ドローする」

 ガスタ流ソリティア。一気に4体のモンスターを並べてカイ君はターンを終了する。
 次は、

「僕のターン! ドロー! 僕も魔法カード《天声の服従》を発動するね! 宣言するカード名は《古聖戴サウラヴィス》だよ!」
「当然、僕のデッキに《サウラヴィス》は存在しています。それでは、このモンスターを特殊召喚して貰いましょう」

 双子の片割れ、ケイ君のターンだ。
 ケイ君もカイ君と同様に天声の服従を発動し、カイ君のデッキからモンスターを特殊召喚する。

「さんきゅー、お兄ちゃん! じゃあ行くよ! 手札の《シャドウ・リチュア》を捨てる。デッキから《リチュアの儀水鏡》を手札に加えて、そのまま発動っ! 《ヴィジョン・リチュア》をリリースして、手札から《イビリチュア・ジールギガス》を儀式召喚!
 魔法カード《サルベージ》を発動。墓地から《シャドウ・リチュア》と《ヴィジョン・リチュア》を手札に加えて、《リチュア・アバンス》を通常召喚。効果でデッキトップを《イビリチュア・ガストクラーケ》にして、《ジールギガス》の効果を発動! カードを1枚ドロー! 更に、ドローしたカードが『リチュア』と名の着いたカードなので、《リチュア・アバンス》をデッキに戻すよ!
 もう一度《シャドウ・リチュア》の効果を発動! デッキから《リチュアの儀水鏡》を手札に加えて発動するよ。《ヴィジョン・リチュア》をリリースして、《イビリチュア・ガストクラーケ》を儀式召喚! 《ガストクラーケ》の効果でお姉ちゃんの手札を2枚まで確認して、その中から1枚をデッキに戻すよっ!」

 ガストクラーケの触手が水中から飛び出してくる。アッパーぎみの一撃を、ユーカは背中を反らせて避けるが、触手は手札のカードに絡み付いた。
 三枚までは死守したものの、残り二枚は触手は奪われ、それは公開されて双子の目の前に晒される。

 ユニゾンビと冥界騎士トリスタン。この二人が双子によって羞恥プレイを受けて辱しめられた。
 その羞恥心からか顔を蒼くなったり緑になったりしていたユニゾンビがデッキ(お家)へと帰っていく。

「これで僕のターンは終了するよ!」
「私のターン! ドロー! 手札から永続魔法《闇の護封剣》を発動。強制的に貴方たちのモンスターを裏側守備表示に変更する」
「っ《ファルコス》の効果が……!」
「そんな《サウラヴィス》が……!」

 水中から闇の護封剣が飛び出してくる。不意を突かれたモンスターが剣に突き刺され、貫かれた傷から闇が吹き出して体を覆い、モンスターは裏側守備表示へと変更された。

「私は《冥界騎士トリスタン》を通常召喚し、更に手札から《冥界の麗人イゾルデ》を特殊召喚。続けて装備魔法《ビッグバン・シュート》を《イゾルデ》に装備する。
 兄弟の絆に勝るものを教えてあげましょう! それは、そう、愛よっ! バトル! 《イゾルデ》で《イビリチュア・ジールギガス》に攻撃!」
「いえ、トリスタンとイゾルデは最後は非恋で──っうわぁあああああああああああっ!」
「そして《トリスタン》で《イビリチュア・ガストクラーケ》に攻撃! この瞬間、速攻魔法《移り気な仕立屋》を発動して《ビッグバン・シュート》を《トリスタン》に装備させる!」
「最後にはもう一人のイゾルデと結婚すことに──っうわぁあああああああああああっ!」

 カイ君とケイ君の二人が、何かを叫びながら吹き飛ばされて部屋の壁に体をぶつけて止まる。
 そして、

「完・全・勝・利っ!」

 部屋にはたった一人、クイーンだけが残された。


《終 ~第2話に続く……?~》
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