遊戯王ARC-V Undead Duelist 仮面を添えて。   作:羽吹

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Sugar / Bitter song(vsユーゴ)

 

 轟音を立ててD・ホイールが走り抜ける。

 

 ヘルメットから覗いた世界は御世辞にも美しいとは言えず、襤褸を纏って座り込み、貧困であえぐ人たちが散見された。

 子供の練習用であろうD・ホイール。だが、それは本格的な作りであり、明らかに普通のバイクと比べても遜色のない馬力を披露している。

 

「このD・ホイール。いいの? 盗んだ気がするけど」

 

 盗んだバイクで走り出す。青春の表現なのかも知れないが、当たり前のように犯罪である。

 遊歌は二人乗りの後ろでしがみついているリンに疑問を投げ掛ける。リンは困ったような声で、

 

「仕方ないの。あそこからマーサハウスまで遠いんだもん。徒歩なんて無理だし、昼間からモンスターに乗るわけにもいかないでしょ?」

「そうだけど……。これの持ち主は」

「困らないよ。こんなD・ホイールを持ってるのはトップスだもの。それに、今回は特別。早くユーゴの所に行かなきゃいけないの。ちゃんと用が済んだら返しに行くから」

「…………そう」

 

 リンが言うには、この次元──シンクロ次元には、トップスとコモンズの二つの階級があるらしい。

 トップスは支配階級。即ち勝ち組。このシティの富のほぼ全てを独占しているらしく、貧困に喘ぐ人たちを嘲笑うように贅沢な暮らしをしている。

 コモンズは被支配階級じみていて、即ち負け組。リンもそうだが、物心ついたときから親が居ない人たちも多く、皆で肩を寄せあって生きている。

 だが、コモンズにはトップスに反旗を翻す人たちもいて、その中から革命派と言った過激派の連中もいるそうだ。

 

 そんな社会だ。当然トップスとコモンズの間には埋まらない溝があり、軋轢がある。

 この問題は根深い。ちょっとやそっとで解決する問題ではない。──遊歌はそう思うし、別次元の人間である自分が積極的に関わって良いことでもない。

 

「うん。遊歌にどうにかして欲しいとか、助けて欲しいとか、そんなことは私たちは思ってない、と思う。私たちの問題は、私たち自身で解決するべきだから」

 

 遊歌の言葉に対してリンはそう答えた。

 その言葉の裏にリンの、リンたちのどんな覚悟が込められているのかは分からないが、彼女たちには彼女たちの痛みと想いがあるのだろう。

 

「遊歌。あそこを左に曲がって。後2キロ程度でマーサハウスに着くと思う」

「おーけー」

 

 リンが指を指した先には、比較的舗装された道がある。使い古されたサーキットの一部だったのか、ガードレールが着いている平坦な道だ。

 だから、

 

 遊歌はD・ホイールを傾けた。

 

「ちょ、ちょっと遊歌? 二人乗りっ。今私後ろに乗ってるのよ。だから無茶な運転はやめて──」

「黙って。舌を噛むよ」

 

 久しぶりのD・ホイールだ。実は黒咲とのタッグデュエルの前にカットされた日常回が存在して、そこではライディングデュエルをしていたなんてことがあったとしても、本編では十話近くD・ホイールに乗っていないのだ。

 欲望が抑えられなかった。後に遊歌はそう語る。

 

 そして、

 アクセルを、踏み込んだ。

 

 轟音が白い煙と共に排気口から吹き出して、カーブ手前でD・ホイールが加速する。傾いた車体を更に傾けて、ギリギリで生きていたいReal faceの如く限界に挑戦する。

 ほとんど減速無しでカーブに突っ込んでいるのだ。もはやチキンレースである。一枚ドローできそうだがライフポイントを1000払わなければならない現状にリンは顔を青くしており、薄く笑う遊歌を恨めしそうにしながら必死にしがみつく。

 

 コーナリングだ。遊歌はインサイドにD・ホイールの先端を向ける。力業だ。だが子供用のD・ホイールは小型で、子供でも起こせるようにと軽くできている。だからこそ間に合った。そして車体が外にぶれる。後輪が音と火花を立ててアスファルトを擦る。堪えきれないリンの悲鳴と共に遊歌は訝しげな声を上げた。

 

 リンの体重。それが遊歌には想定外だったのだ。重たいとか軽いとかの問題ではなく、後部に人一人分の体重が加わっているのだ。想定よりもブレ幅は酷くなり、限界まで傾けていたバランスが更に傾いていく。

 

「あっ。やばっ」

「…………ゑ?」

 

 遊歌が発した言葉の通り、D・ホイールの傾きが直らない。と言うか更に傾いている。一人では直しきれない傾斜。もはや派手に転倒するまで秒読みである。

 だが、このD・ホイールには二人乗っていた。

 

 現状に気付いたリンがD・ホイールの傾きとは逆方向に体重を乗せ、傾きを修正する。同時に遊歌はバランスを取るためにアクセルを小さく踏み込んで徐々に加速する。

 子供用のD・ホイールの車体が低音で悲鳴を上げるが、遊歌とリンはなんとかバランスを取り戻して、カーブを曲がり終えるのだった。

 

「ゆ・う・か……?」

「ひっ」

 

 後ろから冷淡な声が遊歌を捉える。

 明らかに怒っているのに怒気を感じないその声は、もはや恐怖すら感じさせる。顔を青ざめながらD・ホイールを安全運転させる遊歌(無免許)の後ろで、リンは終始にこやかに遊歌を責め立てるのだった。

 

 ーーー

 

 

「ここが、マーサハウス?」

(私が知ってるものとは、ちょっと違う? でも5Dsで見ただけの建物だから、違っていてもおかしくはないのだけど……)

 

 建物をゆっくりと見上げる遊歌とは対照的に、リンは手早くヘルメットを脱ぎ捨てながら答える。

 

「そう。私たちは昔ここに居たの。色々あって今はバラバラだけど、何かあったらいつもここなの」

「なんだお前らはっ! D・ホイールなんて乗ってきても、ここはトップスの来る場所じゃ……ってリン!?」

「シンジ!」

 

 D・ホイールの走行音に反応したのか、マーサハウスの扉が乱暴に開けられて中から青年が顔を出した。

 コモンズはD・ホイールを所有している人物は少ない。そのこともあってか、青年は顔を出した当初、遊歌たちをトップスだと認識していた。だが、リンがヘルメットを脱ぎ捨てると、知り合いなのか一気に態度が軟化する。

 

「シンジ。ユーゴは? 生きてるの?」

「大丈夫だ。何とか峠は越えた。今はゆっくり寝ているさ。早くユーゴのとこに行ってやれ」

「うんっ!」

 

 リンの切羽詰まった声。今までは我慢していたのであろうが、マーサハウスに着いて安心したのだろう。その声は今にも泣き出しそうで。シンジと呼ばれた青年はマーサハウスの扉を開けて、手早くリンを中へ招き入れる。

 残った遊歌はリンには倣わず、マーサハウスの前で立ち尽くすシンジと正面から対峙した。

 

「で、だ。お前が遊歌だな。リンが言ってた奴だ。そのD・ホイールはどうした? トップスのモンだろ」

「緊急時だったから、(無許可で)貸して貰ったのよ。主犯はリン。彼女に聞けば分かるわ」

「そうか。じゃあお前はトップスじゃねえんだな」

 

 シンジは目を瞑る。遊歌が本当に信頼できるのかどうか考えているのだろう。しばらくそうしていた彼は、突然目を開けて遊歌に向き直る。

 何かを言おうとした彼に、遊歌は、

 

「私は、トップスでもコモンズでもない」

 

 機先を制するように、言葉を投げ掛ける。

 

「……どういうことだ?」

「この街の住人じゃないって言ってるの。リンから聞かなかった? アカデミアとかそういうの」

 

 シンジが考え込む。遊歌はリンにある程度の事情は説明してあり、先方にはリンから説明しておいて欲しいと言っておいたのだ。

 だから、シンジもある程度の情報は持っているはずである。一から説明するのは面倒くさい(本音)。

 

「……ああ。聞いてるぜ。アカデミアとか言うのがこのシティにやって来て、ユーゴをヤリやがったんだろう? で、お前がアカデミアなのか?」

「違う」

「だろうな。リンが助けられたっ言ってたからな。あいつは昔から嘘をつけねえタイプだ」

 

 そうは言いながらも、完全に遊歌を信頼したわけではないのか、シンジの言葉がどこかぎこちない。

 

「なら、どこの出身だ」

 

 お前どこ中だ? と言いたげなクラゲの姿を遊歌は幻視して、ウジャト眼が『それは幻覚だよー』と遊歌に伝える。

 だろうな、と遊歌は思いながら、

 

「スタンダード次元。アカデミアは所謂融合次元と言ってね。まあ、簡単に言えば第三勢力」

「……複雑になってきたな……。簡単にいこう。お前は俺たちの敵か? それとも味方か?」

「どちらでもない。強いて言えばアカデミアの敵よ」

「そうか。ならいい。敵の敵は味方だ」

 

 まあ入れよ、とシンジはマーサハウスの扉を開けて遊歌を招き入れる。

 

「俺はシンジ・ウェーバー。コモンズのデュエリストだ。よろしく頼むぜ」

「ええ。私は(つむぎ)遊歌(ゆうか)。苗字は嫌いだから遊歌と呼んでね」

 

 そうして遊歌がマーサハウスに入ると、そこにはマーサが仁王立ちしていた。

 

「シンジっ! 折角来てくれたお客様を玄関先で引き留めて長話なんて失礼なことを。私はそんな風に育てた覚えはないよっ。ユーゴが大変な時だって言うのにあんたときたら……」

「待ってくれマーサっ! これには事情が!」

 

 そして、遊歌の目の前で親子喧嘩? を始めた。

 遊歌は言い争っている二人を無視して先に進む。奥に一部屋だけ灯りの着いている部屋があるのだ。恐らくはあそこにリンとユーゴが居るのだろう。

 

 かたん、と扉を開ける音が鳴る。音が鳴らないように気を付けて開いたつもりだったが、相当に古いこの建物では無意味だったのだろう。

 遊歌は仕方なくこっそりと入ることを諦めて、普通に部屋に侵入する。

 

 扉を開けた遊歌が見たものは、包帯を腹部に巻かれてベッドに横たわる少年とリンだった。

 微かに寝息を立てる少年を起こさないように静かに、遊歌はリンに話しかける。

 

「リン。彼の容態を聞いてもいい?」

「うん。お医者様によると、もう問題は無いだろうって。十日ほどゆっくりしていれば元通りだって、そう言ってた。ユーゴのバカ。やっぱり大怪我してたんじゃん」

 

 言いながらも視線はユーゴから離さず、リンはベッドの近くの椅子に腰かけて涙ぐんでいた。

 

 遊歌は容態を聞いた後、リンとユーゴを残して病室から出る。遊歌はクールに去るのだ。

 だが部屋を出ると仁王立ちのマーサとため息を着くシンジに見つかり、ダイニングに案内されるだった。

 

 ーーー

 

 

「ふーん、ふんふふーん」

 

 遊歌は鼻唄を歌いながら薄暗い廊下を歩く。

 お風呂だ。シャワーだ。バスタイムなのだ。遊歌は久しぶりに機嫌が良いのだった。

 

 病室から出て、マーサとシンジにダイニングに案内された遊歌は、暫くはここに止まることを提案された。

 リンたちが居た孤児院は全壊とは言わないが人が住める状態ではないらしく、加えて遊歌とリンには宿がない。それを分かった上での提案だった。

 遊歌は当然受けた。リンたちが昔居た場所、と言うこともあって信頼できる場所だったことも大きい。リンが襲撃を忌憚して嫌がっても遊歌は説き伏せるつもりだった。

 

 続けて現状確認だ。遊歌の立場は先んじてシンジには伝えてあるので詳しくは話さず、主にシンジたちの現状の説明になった。

 

「昨日のことだ。俺とクロウ──ダチの名前だ。俺たちは波打ち際のツーリングで満足していた。

 そこにリンからの緊急の連絡が入り、ユーゴとリンの居る孤児院が襲撃されたことを知った」

 

 話が始まるのと同時にマーサが席を外す。隠れて聞いていたマーサハウスの子供たちと共に食堂に消えていき、やがて調理の音が聞こえ始める。マーサが気をきかせてくれたのだろう。

 

「俺たちはすぐに動いた。まずはクロウが近くのねぐらに走って、俺たちが預かってるチビたちが無事かを確かめ、リンが連れているチビたちを迎えにいった。

 俺は孤児院の担当だ。リンとユーゴが居た孤児院に急行し、ユーゴの援護に入る予定だった」

 

 家庭的なBGMを聞きながらシンジは話を続ける。暗い話と明るいBGMがミスマッチな雰囲気を作り出して、

 

「……クロウ、ね」

「ああ。知り合いか?」

「いいえ。赤の他人」

 

 遊歌は相槌を打つ。同時にちょっとした疑問を口に出してしまうが、それは無理からぬ事だろう。

 

 クロウだ。

 クロウ・ホーガンである。

 

 遊戯王5Dsの主要メンバーであると言ってもいい人物なのだ。そのクロウがいる。いや、ここは5Dsの世界では無さそうなので、クロウに良く似た同姓同名の別人だが。

 そう言えばマーサハウスに行く途中でジャックの看板を見たな、と遊歌は思い返す。あれは見間違いでは無かったのだろう、と心の中で感嘆する。

 

「だが、俺は遅かった。既に戦闘は終わっていた。ユーゴが血の海に沈んでいたからな。

 あいつには傷は一つしかなかった。腹に木片が深く刺さっていたんだ。恐らく、チビたちを庇った時にできた傷だろう。暫くは動けたかも知れないが、血を失いすぎて倒れていたんだ」

 

 あれではまともに戦えた筈がない、そうシンジは付け加えて。

 

「焦ったぜ。俺はすぐにマーサに連絡をして、バイクでユーゴをここまで運んできた。うつ伏せでな」

「なんでうつ伏せ……」

「まあ、それからは知っての通りだ。今朝になってからようやくリンが連絡を寄越したんだよ」

 

 そこまで説明して、シンジは冷めたお茶に手を着ける。落ち着いた風に一息着く彼に、遊歌はありがとう、と声をかける。

 

「それで、子供たちはどうしてるの?」

「クロウが預かってるさ。ちゃんと安全な場所に連れていったはずだ。あいつなら命懸けでチビたちを護る。そう言う奴なんだよ」

 

 シンジはそこで言葉を切る。持っていたお茶を机に置いて、遊歌を正面から見据える。

 そして、

 

「ありがとう。遊歌。ユーゴとリンは俺たちの家族みたいなもんだ。助けてくれて、感謝してる」

 

 だが、だ。とシンジは続けて。

 

「感謝は、してるんだが……。その、悪いな。まだ完全に信頼できるわけじゃねぇ。だから2、3日は見張らせてもらうぜ」

 

 もっとも、部屋はリンと同室だ。とシンジが言いにくそうに言葉を絞めて、会話は終了する。

 

 そういう訳で、遊歌はお風呂場に向かっているのだ。着替えはマーサに用意してもらった。服はお下がりだが下着は新品だ。文句は無かった。

 埃は払ったものの、未だにベタつく髪の毛や体を洗いたくて、脱衣所に着くや否や遊歌は手早く服を脱いでいく。

 

「ぅん? この気配は……」

 

 途中、遊歌は気配を感じてウジャト眼でその原因を探る。当然だけど、覗きではなかった。

 シンジだ。シンジが脱衣所の前の扉にもたれ掛かっているのだ。

 

「何してるの? 覗き?」

「違う。お前の体には興味はない。十年経ってから出直してこい」

 

 覗きではないことぐらいは分かっていたが、あまりにも酷いシンジの言葉に遊歌は──

 

「っぅおっ! しゃ、シャンプーを投げるなっ! 中身がっ。あっ、ふ、服にかかった……」

「良い気味ね。変態」

 

 わざと少しだけ口を開けてシャンプーを投げつけるのだった。

 

「まったく……。マーサハウスのチビたちが覗かないようにする為でもあるんだぞ……」

 

 グチグチと不満を漏らしながらも、シンジは服についた謎の白い液体を拭き取ることを諦める。

 同時にシャワーの音が聞こえてきて、遊歌が浴槽に入った事が分かる。しばらく無言でいたシンジだが、唐突に口を開くと遊歌に質問を投げ掛けた。

 

「なあ、遊歌。アカデミアってのは、本当に存在してるのか?」

「私を、信用できない?」

「……いや。愚問だったか。実際にユーゴやリンが襲撃されたんだ。アカデミアは居るのだろう。

 だが、お前の存在は都合が良すぎてな。まだ、信じられない部分があるんだ」

 

 どこか申し訳なさそうな声で、シンジが言う。

 信じたいが信じられないものがある。その疑問を解決するためにも、シンジは遊歌を見張っているのだ。

 

『いや、それだけじゃない。もっと何か、自分の中で悩んでいることがあるね。その問題に遊歌の言葉が欲しいんだよ。甘えたがりなのかな?』

「……闇遊歌。誰でも不安にはなるよ。自分に疑問を持つこともある。そんな時に他者から肯定して欲しい、とそう思うことは、弱い行為でも、甘えた行為でもないよ」

『それ、貴女が言うんだ』

「うん」

 

 遊歌がシンジの様子について考えていると、闇遊歌が横槍を入れる。だが、それは横槍と言うよりはウジャト眼による真実で。

 

『…………偽善だね』

「知ってる」

 

 どうしようもなく正しいからこそ、遊歌自身も傷ついてしまうのだった。

 遊歌が自分の脳内で会話しているを他所に、シンジは遊歌へと声をかける。

 

「お前は確か、スタンダード次元ってとこから来たんだよな。そこのこと、聞いてもいいか?」

 

 無言。注釈のない無言は肯定だ。

 

「ここに来るまでの間でも分かっただろうが、この街はな、最悪だ。格差が骨の髄まで染み込んでやがる。勝ち組と負け組に絶対的な格差があって、それを生まれたときから運命付けられる。どう頑張っても、変えることなんてできない。できなかった。分かってるだろうが、俺たちは全員、コモンズだ」

 

 お前が居た街は、この街みたく、格差があったのか? シンジは遊歌に、そう投げかけたのだ。

 

「私の居た所にも、格差はあったよ。生まれたときから決められた運命も、後天的に決まってしまう運命もある。貧富の差も、環境も違う」

 

 だから、格差の無い世界なんて無い。

 

「それでも、ここまで露骨じゃなかった。少なくとも、普通に生きていれば飢えることはないもの」

 

 私は飢えたことがあるんだけど、と遊歌は続けない。そんな身の上話をする気はないし、する必要もないのだ。

 

「……そうか。そういう世界も、あるのか……」

「……ねえ。貴方は、この街をどうしたいの?」

 

 今度は遊歌からの質問。散々質問責めにされたのだ。一つぐらい質問を返しても構わないだろう。

 

「平等だ。俺は平等を望んでいる。トップスもコモンズも平等に扱われる街にしたい。しなきゃならないんだ。なのに、俺は……」

 

 最後で、尻切れトンボのように言葉が消えていく。遊歌は興味がなさそうに言葉を返して、

 

「まあ、何でも良いけどね。ああそうだ。シンジ、ジャックって名前に聞き覚えは……」

「悪い。キングの話はしないでくれ」

 

 続けた質問をシンジは途中で切り捨てる。無言になったシンジは何も話さないまま時だけが過ぎて。

 

「シンジ。お風呂から上がりたいからどっか行って」

「あ、ああ。悪い」

 

 最終的には遊歌に追い払われるのだった。

 

   ☆★☆

 

 

 俺たちは、生まれながらにコモンズだ。

 

 親の顔は知らない。知り合いすら居ない天涯孤独だ。物心着いたときから、俺はずっと独りだった。

 惨めだった。

 公園で、親や友達と一緒に遊んでる奴らを見て、俺には何もないことを思い知らされた。

 

 だがデュエルモンスターズは違った。

 こんな俺でも受け入れてくれた。偶然拾ったカード1枚が、友達の一人を呼び寄せて。そこから人の輪が広がっていって、俺は独りではなくなった。

 

 仲間ができたんだ。

 

 ジャック、クロウ。ユーゴ、リン。

 

 他にも、たくさんたくさん、仲間ができた。俺はマーサハウスに引き取られて、家族って言うものを知って、優しさを知った。

 

 だが、俺たちはコモンズの集まりだった。

 

 理不尽な扱いを受けた。悲しい思いばっかりしてきた。大事にしてきたカードをトップスの奴らに奪い取られた。

 リンが病気になったときも、コモンズだからって腕の良い医者には見てもらえず、一晩中病院をたらい回しにされた。

 

 悔しさに、惨めさに、叫びたくなった。

 嘲笑う奴らを殴ってやろうとも思った。

 

 だが、振り上げた俺の拳を止めた奴がいた。

 

 仲間だ。

 

 ジャックが歯を食い縛って俺の腕を掴み、クロウが震えながら俺を後ろから羽交い締めにし、ユーゴが俺の前に立ってトップスの代わりに拳を受けたのだ。

 

 俺たちには、仲間が居たんだ。

 

 それから、俺たちはこの社会を変えようと必死に努力してきた。様々な弱いカードをかき集めて、皆で考えてコンボを産み出したんだ。

 俺やリンが相手の動きを読みきって、ユーゴとクロウでカードを繋ぎ、ジャックが完成させる。

 

 それが、俺たちの絆だった。

 

 なのに、

 なのにっ!

 

「どうしてだ……! ジャック……!」

 

 ーーー

 

 

「どうしてだ……! ジャック……!」

「おいおい。そんなに勢い良く壁を殴ったら、壁が崩れちまうぜ? ただでさえボロいんだから」

 

 シンジが木製の壁を殴り付けて、その衝撃で古くなった木が折れて、壁に大きな穴が開く。

 思わず叫んでしまったシンジの一言に、後ろからからかうような陽気な声が掛けられる。

 

「……ユーゴ。寝てないで大丈夫なのか?」

「あれから何日経ったと思ってんだよ。一週間だぜ、一週間。寝てばっかじゃ、体が鈍っちまう」

 

 腹に患部があるはずなのに、肩を回して自分の健康をアピールするユーゴにシンジは苦笑する。

 

「なあ、ユーゴ。今、ジャックはキングだ。あいつはもう俺達コモンズの事なんて覚えちゃいねぇのかな」

「あぁ? そんな訳ないだろ。ジャックは今でも俺達の大切な仲間さ」

 

 シンジの弱気な一言に、ユーゴは即答で否定する。

 朗らかに笑うユーゴを見て、堪えきれなくなったシンジは大声で、

 

「なんでそんなことが言える! 確かに、あいつは俺達の仲間だった。だが、今はどうだ! キングとして名声を欲しいままにし、富を自分に集めて贅沢放題だ!」

「シンジ。あいつが、富だの名声だの、それだけの為にキングになったとでも言うつもりか?」

「初めは違ったとして、今はどうなんだよ! トップスに飼い慣らされた可愛らしいチワワのように尻尾を振ってやがる。

 俺の、俺達の絆は、どこに行ったってんだ!」

 

 叫び声。血を吐くような声が響く。

 

 ジャックがキングになってから、シンジとクロウ、ユーゴとリンに別れてマーサハウスを脱出し、それ以来彼らは連絡を取っていなかった。

 だが、ユーゴたちが襲われたと聞いて、シンジとクロウは躊躇いもなくユーゴとリンを助けに行った。彼らは仲間だったからだ。

 

 その事によって、ずっと封印していたジャックへの想いが溢れ出す。更に遊歌の質問によって引きずり出され、一週間の時間を経て、膿となって口から飛び出たのだ。

 

「絆は、無くならない。ちゃんと、ここにある」

 

 言葉と共に、ユーゴは自分の心臓を、トン、と叩く。それは、かつてジャックが言っていた魔法・罠・モンスターを繋げ、勝利するために必要なものがある場所。

 

「俺たちはずっとそうだった。カップラーメンのおしるこ味を取り合ったときもそうだ。

 ジャックがしれっと食べようとしたのをクロウが阻止して、怒ったジャックを俺が取り押さえて、お前がジャックからカップラーメンを取り上げてリンに渡す。最後にリンが全員分均等に分けてくれた。そんな関係は、変わらねぇさ、絶対にな」

「なら、どうして、ジャックは……!」

「どうして、じゃねぇ。俺たちがジャックに言わなきゃならねぇのは、そんな言葉じゃねぇよ」

 

 ユーゴが語気を強める。シンジが今までに見たこともないくらいに真剣な表情で、

 

「俺は、ジャックを倒す」

 

 そう、宣言した。

 

「……ユーゴ?」

「倒さなきゃならねぇんだ」

 

 ユーゴが言葉を続ける。

 そして、なぁ、シンジ、どうしてだろうな──と、ユーゴが呟くようにシンジに問いかけた。

 

「何であいつは独りで戦ってんだろうな」

「…………なに?」

「ジャックは、どうして俺たちに何も言わずにキングになったのか、考えたことはあるのかって、言ってんだよ」

「そんなこと、分かるわけが……」

 

 答える術がなく、そもそもの答えすらないユーゴの問いかけに、シンジは言葉を濁すことしかできない。

 そんなシンジに、ユーゴは自論を語る。

 

「そうだな。分からねぇ。でもな、一つだけ確かな事があるぜ。──それは、俺たちがあいつに、ジャックに、戦力にならないって思われたことだ!」

 

 激昂するように、ユーゴが叫ぶ。

 

「俺たちが弱かったから、ジャックに置いていかれたんじゃねぇのかよ……! だから、あいつは独りで、シティっていう怪物相手に戦ってんじゃねぇのかよ!?

 言わなきゃならねぇんだよっ。ジャックに! 俺たちは仲間なんだって! もう独りで戦わなくて良いんだって!

 俺は、その為にFSCに……! ぐぅ!」

「ユーゴ!? まさか、傷口が開いたのか……? 待ってろ、今すぐ医者を呼んでくる!」

 

 途中でお腹を押さえて踞ったユーゴに、シンジは驚きながらも冷静に判断を下す。

 傷口が開いた可能性がある。その結論にシンジは瞬時に到達し、万が一の為に医者を呼ぶ必要があると判断した。

 その前にユーゴをベッドに寝かせる為に人を呼ぼうとして、入り口に隠れるように佇む遊歌とリンの姿を発見してしまう。

 

「っ、お前らは……」

「ぁ、ごめん。聞くつもりはなかったんだけど……」

「いや、構わねぇよ。それよりもユーゴだ。お前はリンと一緒にユーゴを休ませてくれ。俺は今から医者を呼んでくる!」

 

 血相を変えてシンジは出ていき、その後すぐにD・ホイールのアイドリング音が聞こえてくる。

 そして、

 

「大丈夫ですよ。ちょっとした貧血です」

 

 医者がユーゴを触診して、機器からの情報も加えて判断した結果、別にユーゴには何もなかった。

 

「だから言っただろ。大袈裟だって」

「馬鹿を言え。あんな倒れかたをしたんだ。心配するなって方が無理だ」

 

 過保護なシンジに、ユーゴはため息を着いて。

 診察の終わった医師が微笑ましいやり取りに笑う。お大事に、とユーゴに言って帰っていった。

 

「良かったじゃない、ユーゴ」

「……まぁ、な」

 

 ベッドに倒れ込んだユーゴにリンが声をかける。その後に勝手に病室を抜け出したお説教が始まることを悟った遊歌とシンジが、呆れ顔で退室しようとする。

 だが、その後ろ姿に待ったをかけるようにユーゴの声が上がった。

 

「シンジ。お前に一つ言いたいことがあったんだ」

「……何だ?」

「お前のデュエルについてだよ」

 

 簡潔な一言。それがシンジに降りかかる。

 

「昨日、お前のデュエルを見せてもらった。遊歌に完敗してやがったな。それで思ったんだけど、お前のデュエル、過激になってないか?」

「過激? そう、か……?」

「ああ。昔からそうだったけど、お前のデュエルは楽しむって言うよりは、なんつーか、道具とまでは言わねぇけど、そんな冷たい感じがするんだよな」

 

 語彙力の足りていない漠然とした理論。だがどこか鋭いその観察眼に遊歌はへぇ、と小さく声をあげる。遊歌も同じことを思っていたのだ。

 

「それを否定するわけじゃねぇんだけど、ちょっと行きすぎてるって言うかな。そう感じたんだ。

 そこで、だ。これからライディング・デュエルをリンとやるから、それを見ていけよ。デュエルへのワクワクってのを思い出して欲しいんだ」

「それは良いんだが、今日は無理だろうな」

 

 シンジがユーゴの後ろで髪の毛を逆立てる存在に気づいて、呆れた声でユーゴに返事をする。

 

「ぁん? 別に俺は大丈夫……」

「な、ワケないでしょ!」

 

 そうして、雷が落ちた。

 

 ーーー

 

 

「さあ、ライディング・デュエルの時間だな!」

「ええ。久しぶりのライディング・デュエル。私も楽しみにしていたの。今日は良いデュエルにしましょう」

「ああ。当然だぜ! って、相手は遊歌なのか?」

 

 リンは? と首を傾げるユーゴに、遊歌が昨日にリンとデュエルの相手を入れ換えて貰った、と説明する。

 

「貴方とはデュエルしたことがなかったから、私がリンに無理を言って変わって貰ったの。ダメ?」

「いや、別に良いぜ。シンジの弔い合戦だ」

 

 まだ生きていて、客席でリンと一緒に観戦しているシンジの弔い合戦をどうやって行うのだろうか。疑問は尽きないのだが遊歌はそれらを完全に無視して、自身のD・ホイールを確認する。

 

「あ。あの時の盗ひ……借りたD・ホイール」

 

 まだ返してなかったんだ。などと遊歌は呟きながらも、D・ホイールのチューニングを確認する。

 

「うん。問題ない。それじゃ始めよっか」

「ああ。いくぜ──」

 

 3、2、1……Go!

 

「ライディング・デュエル」

「アクセラレーション!」

 

 機械による開始音と共に遊歌とユーゴが順番に叫んで、同時にD・ホイールを発進させる。

 

「っ、速い……!」

「馬力が違うぜ、馬力がなっ!」

 

 遊歌が騎乗するD・ホイール、その馬力が低いわけではない。だが子供用に設計されていることもあり、最高速度や加速力ではユーゴのD・ホイールには敵わない。

 

「くっ、私のD・ホイールなら……」

 

 珍しく遊歌が負け惜しみを吐く。実際に遊歌個人が所有するD・ホイールならば、ユーゴのバイクに火力負けすることはない。だが、遊歌のD・ホイールはスタンダード次元に置き去りである。ここにはない。

 

 それでも遊歌は諦めない。最初のコーナリングで遊歌は距離を詰めるために無理矢理インを走る。

 いつかと同じように限界まで車体を傾けて、D・ホイールの先端を力業で制してコースを制御。後ろに膨らむ後部を遊歌は歯を食い縛って抑え込む。

 

 そうして無理なコース取りをしながら、遊歌はユーゴに追い縋っていく。最初は余裕の表情を崩さないユーゴだったが、コース終盤では焦りも見え始めていた。

 だが、神は遊歌に味方しない。このコースはユーゴにとって走り慣れた道だったのだ。その事もあって、最後のコーナリングをユーゴは無理矢理イン気味に走行する。

 

「っ、これじゃ抜けない……! でも、貴方は減速せざるを得ない。このままじゃ貴方はコースの内側に──」

「それはどうかな? ここは俺の庭みたいなモンなんだぜ。ここの内側は、最後に、膨らむ」

 

 道幅が広がるのだ。

 整備されたコースやレースでは絶対に起こらないこと。だが遊歌の常識は彼らの常識ではない。

 それによって、インコースに余裕ができ、無理な走行のはずのユーゴのコース取りは最適なコース取りへと変化する。

 

「っ、そんな……」

「ここは正規のレース場じゃねぇ!」

 

 絶句する遊歌に、ユーゴから勝利宣言が入る。

 そしてこの不公平さを遊歌がユーゴに抗議する権利はない。何故なら、元々この道をよく知っているはずのリンがライディング・デュエルの相手だったのであり、遊歌はリンに無理を言って変わって貰っただけだからだ。よって、この不公平は遊歌が呑むべき条件である。

 

「先行は最初のコーナーを制したものに与えられる」

 

 よって、と、ユーゴは一旦言葉を切って、勢い良く自身のデッキからカードを五枚引いて宣言する。

 

「俺の先行だ! 俺は手札から《SR三目のダイス》を召喚。更に手札から《SRタケトンボーグ》を特殊召喚する。このカードは俺のフィールドに風属性モンスターが存在する時、手札から特殊召喚できる。

 そして、俺はレベル3《タケトンボーグ》にレベル3《三目のダイス》をチューニング!

 ──シンクロ召喚! 《HSR魔剣ダーマ》!」

 

 《HSR魔剣ダーマ》

 /☆6 ATK2200 DEF1600

 

 剣玉をモチーフにしたモンスター。魔剣ダーマがユーゴのD・ホイールに追従して飛行する。

 それはスリップ・ストリームでユーゴのD・ホイールに着いていっている遊歌の邪魔になると言うことでもある。先を走るD・ホイーラーはモンスターを自分フィールドから切らさないことも戦術の一つなのだ。

 

「まだだっ。《魔剣ダーマ》の効果を発動! 俺の墓地から機械族モンスター、今回は《タケトンボーグ》を除外して、相手に500のダメージを与える!」

「っ、軽い挨拶ね……!」

 

【遊歌】 LP4000→LP3500

 

 ライディング・デュエルにおける盤外戦術はそれだけではない。バーン効果や効果のエフェクトなどにも意味があるのだ。ソリッドビジョンが発する光などが相手の走行において邪魔になるからだ。

 だが、遊歌はその程度の妨害には屈しない。今まで幾度となく命を賭けてライディング・デュエルを繰り返してきた彼女はその程度の妨害では集中力を乱すことはない。

 一切動じない遊歌の様子を見たユーゴは、しかし焦ることもなく、逆に闘志を高めていくのだった。

 

「これで俺のターンは終了する!」

「私のターンっ。ドロー! 永続魔法《ミイラの呼び声》を発動。このカードは1ターンに1度、自分のフィールドにモンスター居ない時、手札からアンデット族モンスター1体を特殊召喚できる。

 私は《ゴブリンゾンビ》を特殊召喚してリリース、《ヴァンパイア・ドラゴン》をアドバンス召喚!」

 

 《ヴァンパイア・ドラゴン》

 /☆5 ATK2400 DEF0

 

 遊歌はミイラの呼び声でヴァンパイア・ドラゴンを直接特殊召喚はしない。ヴァンパイア・ドラゴンにはアドバンス召喚した場合にのみ発動できる効果があるからである。

 

「《ゴブリンゾンビ》がフィールドから墓地に送られた事で、私はデッキから《茫漠の死者》を手札に加える。そしてバトルフェイズっ。《ヴァンパイア・ドラゴン》で《HSR魔剣ダーマ》を攻撃!」

「ぐっ、だが、俺がダメージを受けたこの瞬間、手札から《SR-OMKガム》を特殊召喚できる!」

 

【ユーゴ】 LP4000→LP3800

 

 先を走るユーゴは自分のフィールドにモンスターを切らさない。だが遊歌は気にした様子もなく、そのままデュエルを続行する。

 

「私はカードを1枚伏せてターンエンド」

「俺のターンだ。ドロー! 手札から《SRパチンゴーカート》を召喚。効果で手札の《SRメンコート》を墓地に送り、《ヴァンパイア・ドラゴン》を破壊する」

「アドバンス召喚した《ヴァンパイア・ドラゴン》が墓地に送られた時、デッキからレベル4のモンスターを手札に加えられる。私は《馬頭鬼》を選択して手札に加える」

 

 サーチ能力。その対象は万能だが、タイミングを逃す上にアドバンス召喚をしなければならない制約が厳しすぎる。少し癖の強いカードと言えるだろう。

 

「だが、がら空きだぜ。俺はレベル4《パチンゴーカート》にレベル1《OMKガム》をチューニング!

 ──シンクロ召喚《HSRチャンバライダー》!」

 

 《HSRチャンバライダー》

 /☆5 ATK2000 DEF1000

 

 シンクロ召喚。シンクロ次元のデュエリストであることを証明するようにユーゴは毎ターンのシンクロ召喚で遊歌を追い詰めていく。

 

「そして、シンクロ素材として墓地に送られた《OMKガム》の効果を発動。デッキトップのカードを墓地に送り、そのカードが『スピードロイド』モンスターならば、シンクロ召喚したモンスターの攻撃力を1000アップさせる。

 よしっ。俺が墓地に送ったのは《SRシェイブー・メラン》。よって《チャンバライダー》の攻撃力は3000ポイントまで上昇する」

 

 《HSRチャンバライダー》/ATK2000→3000

 

 ふふん、と得意気な顔を作って、ユーゴは並走するチャンバライダーを誇らしげに見上げる。

 その後に表情の変わらない遊歌をD・ホイールで走行しながら振り返り、大袈裟な手振りで攻撃を宣言する。

 

「バトルだ! 《チャンバライダー》で遊歌に直接攻撃。ここで《チャンバライダー》の効果が発動し、自身の攻撃力が更に200アップする。

 やれっ、《チャンバライダー》! シンジの仇とか恨みとかを晴らすんだ! 悪・即・斬!」

「何かもう滅茶苦茶ねっ!」

 

 《HSRチャンバライダー》/ATK3000→3200

 

 ライディング・デュエル。それは闇のデュエル程ではないが、一歩間違えればリスクの大きいデュエルスタイルだ。だが、デュエルとは本来楽しいもので、ライディング・デュエルもまたその枠組みからは外れていない。

 故に、遊歌も、ユーゴも笑っている。ふざけながら攻撃宣言をするユーゴは全身でデュエルを楽しんでいて、対峙する遊歌もまた、口角を上げながら迎え撃っている。

 

 刹那の後、チャンバライダーの攻撃が遊歌のD・ホイールに直撃し、白煙で遊歌の姿が覆い隠された。

 

「やったかっ?」

「残念。私は罠カード《カウンター・ゲート》を発動していた。このカードは相手の直接攻撃を無効にしてカードを1枚ドローし、それが通常召喚可能なモンスターならば、攻撃表示で通常召喚できる」

 

 白煙から無傷で飛び出して、何事もなく車体を傾かせてコーナーリングする遊歌のフィールドには、見慣れないモンスターが存在する。

 

「私は《カウンター・ゲート》の効果で《ヴァンパイア・ソーサラー》を通常召喚した。これで貴方のバトルフェイズは──」

「──当然、まだ終わらないぜ! 《チャンバライダー》には1回のバトルフェイズに2回攻撃ができる。チャンバラでは燕返しなんて日常茶飯事なのさっ。行け《チャンバラライダー》。《ヴァンパイア・ソーサラー》を切り刻んじまえっ!」

 

 《HSRチャンバライダー》/ATK3200→3400

 

【遊歌】 LP3500→LP1600

 

「ぐっ、けどっ、アンデットは死にはしない! 《ヴァンパイア・ソーサラー》が相手によって墓地に送られた場合、デッキから《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》を手札に加える」

「やられてもただでは起きないってか。死なないってのは、思った以上に厄介だな。だが、この状況をひっくり返せなきゃ意味は無いぜ?」

「だったら意味があるところを見せてあげましょう。私のターンっ、ドロー。私は墓地の《ヴァンパイア・ソーサラー》を除外して、このターンに1度だけ、『ヴァンパイア』モンスターのアドバンス召喚に必要なリリースを無くすことができる。よって、《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》を通常召喚!」

 

 《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》

 /☆7 ATK2000 DEF2000

 

 長い直線コース。お互いの差が埋まる場所ではなく、寧ろ馬力の差によっては大きく差が着いてしまう場所だ。それはこのデュエルでもそれは例外ではない。しかし、小さなD・ホイールと遊歌のライディングテクニックによって、カーブで差を縮め、直線で差が広がる一進一退のレースに仕上がっている。

 性質上遊歌の方がライディングに掛かる負担は大きいのだが、それでも遊歌のライディングテクニックに乱れが生じることは一切なく、ユーゴもまたその事を考慮してか無理なライディングは行わず、手堅い走行を心がけていた。

 

「《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》の効果を発動。このカードが通常召喚に成功した時、相手フィールドのこのモンスターよりも攻撃力の高いモンスター1体を選択して装備する。そして、装備したモンスターの攻撃力分、このモンスターの攻撃力を上げる。よって《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》の攻撃力は4000にまで上昇した」

 

 《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》

 /ATK2000→4000

 

 初期ライフ4000を丁度削りきる数値。ユーゴにとっての断頭台の刃を遊歌は愉しそうに弄り回し、息の根を止めようと降り下ろす。

 

「《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》でユーゴに直接攻撃っ。ヴァンプ・サック!」

「悪いが、その十三階段は上らねぇぜ。俺は墓地から《SR三目のダイス》の効果を発動。このカードを除外し、相手の攻撃を無効にする!」

 

 だが、その刃はユーゴの首には届かない。直前にダイスが刃を横から叩き、刃の軌跡を逸らせたのだ。その代償として三目のダイスは中央から割れて真っ二つになってしまい、三つの目はそれぞれ世の不条理に涙を流していた。

 

「躱された……。でも、徐々に追い付いてきたわよ。私はカードを1枚伏せてターンを終了する」

「だったら引き離すまでだっ。俺のターン、ドロー。俺は墓地の《HSR魔剣ダーマ》の隠された効果を使用するぜ!」

 

 会話をしながらのコーナリング。遊歌のD・ホイールがユーゴのD・ホイールよりも内側を走り、ユーゴとの距離を詰める。

 だが、コーナリングが終われば次は直線。そこでは馬力で勝るユーゴが遊歌を引き離して行くのだ。

 

「俺のフィールドにモンスターが居ない時、通常召喚権を放棄することで《魔剣ダーマ》を墓地から特殊召喚できる。そして、魔法カード《スピードリバース》を発動。墓地から《SRシェイブー・メラン》を特殊召喚。そして効果を発動。《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》を守備表示にして、攻撃力を800ダウンさせる!」

 

 《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》

 /ATK→DEF ATK4000→3200

 

「っ、《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》は自身の効果で守備力を上げることはできない……」

「気付いてたぜ。攻撃力しか上がらない《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》の弱点にはな。

 そして、弱点は全力で攻める。兵法にもそう書いてある。多分だけどっ。魔法カード《ハイ・スピード・リレベル》発動。このカードは自分フィールドのシンクロモンスターを対象として発動し、墓地の『スピードロイド』を1体除外する。シンクロモンスターを除外したモンスターと同じレベルにして、そのレベル×500の攻撃力を上昇させる」

 

 《HSR魔剣ダーマ》

 /☆4 ATK2200→4200

 

 ぐんぐんと魔剣ダーマが巨大化する。通常の二倍ほどの大きさに膨れ上がった剣玉のレイピアがヴァンプ・オブ・ヴァンパイアの顎をつぃ、と持ち上げる。

 そして、

 

「終わりだ! 《魔剣ダーマ》で《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》を攻撃っ。滅四星!」

「罠発動っ、《ダメージ・ダイエット》!」

 

【遊歌】 LP1600→LP500

 

 イリアステルの通り名を攻撃名にしながらヴァンプ・オブ・ヴァンパイアを串刺しにした。

 

「くっ、この衝撃……。やっぱりそのモンスター、貫通効果持ちだったのね」

「いい判断だぜ。良く気付いた。でも、俺のモンスターはまだ残っている。次の攻撃はどう凌ぐ?」

「あら、私のモンスターもまだ残ってるけど?」

「何だと……?」

 

 その言葉の通り、遊歌のD・ホイールの後部座席にはヴァンプ・オブ・ヴァンパイアが座っている。

 一度破壊された恨みなのか、主人である遊歌を恨めしそうに眺めて、時おり運転の邪魔をするように、遊歌の頬をぷにぷにとつついては払われている。

 

「残念だけど、《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》にも隠された効果が存在するの。このカードが自身の効果で装備カードを装備している状態で墓地に送られた場合、このカードは墓地から復活する」

「嘘だろ……。この攻撃を凌ぎきるなんて。流石はアンデット使い。本当に死なねぇ……。

 だが、俺はここでスピードは落とさないぜ。墓地に送られた《HSRチャンバライダー》の効果を発動。このカードが墓地に送られた場合、除外されている『スピードロイド』モンスターを手札に加える。俺は《SRタケトンボーグ》を手札に加えて、そのまま特殊召喚。そしてこのカードをリリースすることで、デッキから《SR電々大公》を特殊召喚する」

 

 手札を全て放出したと言うのに、ユーゴの展開速度は滞るどころか加速していく。レベル4のモンスターとレベル3のチューナーモンスターがフィールドに並んで、ユーゴのエクストラデッキから甲高い竜の叫び声が発された。

 その声に、遊歌で遊んでいたヴァンプ・オブ・ヴァンパイアの表情が驚きに変わり、次いで真剣な表情に変化していく。自身のモンスターのイタズラが止んだことで、遊歌も表情を引き締める。

 

「行くぜ。俺はレベル4《SRシェイブー・メラン》にレベル3《SR電々大公》をチューニング!

 その美しくも雄々しき翼翻し、光の速さで敵を討て! ──シンクロ召喚っ。《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》!」

 

 《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》

 /☆7 ATK2500 DEF2000

 

 光の奔流が爆発するように視界を広がっていき、その美しさが世界を一瞬止めてしまう。そして上空へと翼を翻し、太陽の光を乱反射して、その翼から閃光を全方向に見境無く撒き散らした。

 

「最後に《魔剣ダーマ》の効果を発動する。俺の墓地の機械族モンスター1体を除外して、遊歌に500のダメージを与えるぜ」

「《ダメージ・ダイエット》の効果でダメージは半減され、私へのダメージは250まで軽減される」

 

【遊歌】 LP500→LP250

 

「私のターン、ドロー! 魔法カード《七星の宝刀》を発動。《ヴァンプ・オブ・ヴァンパイア》を除外して2枚ドロー。そしてフィールド魔法《アンデットワールド》を発動する」

 

 ライディングのコースに瘴気が立ち込め、コース外にはしゃれこうべや背骨、肋骨、腕の骨など、様々な部署の残骸や腐った肉が更に腐敗し発酵したヘドロが辺りを暗く染め、クリアウィングの光を吸収しては跳ね返さない。

 

「このフィールド魔法によって、お互いのフィールド・墓地のカードは全てアンデット族となる」

「《HSR魔剣ダーマ》のバーンを封じられた?」

「更に永続魔法《ミイラの呼び声》の効果で手札から《馬頭鬼》を特殊召喚してリリース。《砂塵の悪霊》をアドバンス召喚。このカードが召喚に成功した時、フィールドの表側表示のモンスターを全て破壊する!」

 

 《砂塵の悪霊》

 /☆6 ATK2200 DEF1800

 

 瘴気の立ち込めるフィールドに今度は砂が立ち上る。小さな砂利が悪霊の声に呼応するように地面から吸い上がり、霧の如く周囲に拡散する。やがてそれらに絡み付かれたモンスターは砂に引きずられて地中に埋葬されてしまう──

 

「この瞬間、《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》の効果を発動! 1ターンに1度、レベル5以上のモンスターの効果が発動した場合、その効果を無効にして破壊する。ダイクロイック・ミラー!」

 

 ──はずだった。

 砂と瘴気の吹き荒れる地獄地帯をクリアウィングが優雅に飛び回り、その後には砂も瘴気も消え去る。

 瘴気は周りから絶えずに供給されるが、砂塵の悪霊によって供給されている砂はそうもいかない。消えた分の砂をもう一度供給するために無理をしていた悪霊は、最後はクリアウィングに喰い殺されて居なくなった。

 

「そして、破壊したモンスターの攻撃力分、《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》の攻撃力を上げる」

 

 《クリアウィング・シンクロ・ドラゴン》

 /ATK2500→4700

 

「……何て効果……。でも、その効果は1ターンに1度、それもレベル5以上のモンスターが対象。なら、私は手札から《茫漠の死者》を特殊召喚。このカードは私のライフが2000以下の時、手札から特殊召喚できる。更に墓地の《馬頭鬼》を除外して《ヴァンパイア・ドラゴン》を特殊召喚する。

 レベル5《茫漠の死者》と《ヴァンパイア・ドラゴン》の2体でオーバーレイネットワークを構築。

 ──エクシーズ召喚《紅貴士(エーデルリッター)ーヴァンパイア・ブラム》!」

 

 エクシーズ召喚。シンクロ次元には本来存在しない召喚法だが、私がここに来てからの一週間ほどで何回もエクシーズ召喚や融合召喚を行ってる。

 なので、ユーゴも当然エクシーズ召喚について知っていて、遊歌が使用することも認めているのだ。

 

「来たか……! エクシーズ召喚!」

「私は《紅貴士ーヴァンパイア・ブラム》の効果を発動。ORUを1つ使って、貴方の墓地からモンスター1体を私のフィールドに特殊召喚する。

 おいで、《HSRチャンバライダー》!」

「俺のモンスターを奪い取っただと……! だが、そのモンスターでは俺のどのモンスターも破壊できないぜ!」

「破壊する必要はどこにあるの? 私は魔法カード《威圧する魔眼》を発動。このカードは私のフィールドの攻撃力2000以下のアンデット族モンスター1体をこのターン直接攻撃できるようにする」

 

 殴り合い全否定。思わずユーゴの顔が引き攣る。

 そもそも、強大な攻撃力に対抗する方法は主に二つだ。その攻撃力を利用したカウンターか、完全に無視するか、だ。ユートが相手の時に取った真正面からぶつかる等と言う戦法は取らない。──遊歌の中ではそれが当たり前だ。強大な攻撃力に強大な攻撃力をぶつけることにあまり意味を感じないのだ。

 

 それ故に、今回の戦法は遊歌の中では正攻法なのだった。

 

「これが終幕! 《HSRチャンバライダー》でユーゴに直接攻撃っ。2連打ぁ!」

 

【ユーゴ】 LP3800→LP1600→LP0

 

 

「私の勝利。ぶいっ」

 

 日に焼けたアスファルト。錆の目立つ歪んだガードレールが所々に伸びる人気のない道。コモンズのライディング・デュエリストが練習用に使用している非公式のコースの一つだ。

 並走していたチャンバライダーが白い煙を上げて消えていく。ソリッドビジョンが徐々に溶けていき、やがて完全に消えて、遊歌のD・ホイールからデュエルのディスプレイが消灯する。

 

 リンとシンジが観戦している近くまでD・ホイールを走らせた遊歌は、ガードレール付近で停止させ、サイドスタンドを立てる。最初から最後まで先を走っていたユーゴも、コースを一周回ってから遊歌の隣にD・ホイールを停止させた。

 背伸びをしながらD・ホイールを降りた彼は、ヘルメットを外して腕に抱え込みながら遊歌の元に歩いてくる。

 

「いや、最後のは効いたぜ。あれは対策できないって……」

「強いモンスターには相応のリスクが付き物ってこと。正攻法だけがデュエルじゃないのよ」

「まあ、何が起こるか分からねぇってのもデュエルの醍醐味か。楽しいデュエルだったぜ」

 

 ユーゴの自己申告通り、最後の遊歌の戦法はユーゴは予測していなかった。その証拠に三ターン目に手札誘発モンスターであるメンコートを墓地に送っている。

 だが、それも次のターンにスピードリバースによって回収する予定だったからだ。実際にあのターンに直接攻撃する以外に遊歌に残された勝ち筋は少なかったのである。

 

「まあ、残念だったな。ユーゴ」

「シンジ。どうだった。面白かっただろ?」

 

 リンと共に少し離れた客席からシンジが歩み寄って、ユーゴに慰めの言葉をかける。

 このライディング・デュエルの本当の目的は、遊歌がユーゴとデュエルをすることでもなく、ユーゴのリハビリの一環である訳でもない。

 

 シンジの為なのだ。

 

 彼のデュエルは下級モンスターを活かし、バーンを戦術に組み込んだテクニカルなものだ。だが、遊歌が感じたシンジのデュエルはテクニカルと言うには暴力的で、一つ一つのカードの組み合わせが単調に見えた。

 ──恐らく、彼は自分のあり方を見失っているのだ。このシティという格差社会の街で自分がどうありたいのか、どうあるべきなのかを悩んでいたのだと遊歌は思う。

 

「ああ。久しぶりに、昔の、カードを拾っては必死になって戦略を考えてた頃を思い出したよ。

 そうだよな。デュエルって本来、楽しいはずのものなんだよな。だから、それを切っ掛けに人が集まって、仲間ができていくんだ……」

 

 そして、シンジのそんな悩みに対して、ユーゴは一つのあり方を提示したのだろう。それがどんなものなのかは遊歌には分からないが、シンジにとってデュエルを見つめ直す切っ掛けになるものだったのだと思う。

 吹っ切れたように晴れやかな笑みを浮かべるシンジはユーゴと軽口を言い合っていて、彼は自分の生きていく指標を見つけられたのだと分かる。

 

「……遊歌?」

「……どうしたの? リン?」

「え? ……ううん、様子がおかしい……気がしたんだけど、私の気のせいだったみたい」

 

   ☆★☆

 

 

「そう言えば、遊歌って仮面着けないよね?」

「? 仮面? いきなりどうしたの、リン」

 

 ユーゴとのライディング・デュエルを行った日の夜。同室のリンが思い付いた声で遊歌に訊ねる。

 

「ほら。遊歌と始めてあった時に、仮面つけてたでしょ? でも、あれから着けてないから……」

「ああ、そう言えば……。でもね、理由は簡単。今、私仮面持ってないのよ。手持ち全部割れちゃって」

 

 仮面とは消耗品だ。特に闇のデュエルに使用する限りに置いて。実際に黒咲とのタッグ・デュエルの時とユーリ戦の両方で仮面は割れているのである。もう少し仮面は丁寧に扱わないといけない。

 

「じゃあね、明日買い物に行かない? 服とかも買いたいし、仮面は、あるか分からないけど」

 

 十日ほど前に自分が襲撃され、仲間の元に行くことすら躊躇ったリンは何処に行ってしまったのだろうか。喉元を過ぎれば熱さを忘れる、とも言うが、ユーゴやシンジたちの事もあって、恐怖が薄れてきているのかもしれない。

 それが良いことなのか悪いことなのかは遊歌には分からないけれど、常に怯えて生きるよりは良いのかもしれないとも思うのだった。

 だから、

 

「うん。行こうか」

 

 そう、遊歌は頷いたのだった。

 

 そして。

 

「ヒカリナキセカイヘー」

「ひかりなきせかいへー」

「ダーク☆シンクロー」

「だぁく☆しんくろー」

「うん、これで君も立派な生け贄に……」

「……何してるの、遊歌……?」

 

 ショッピングモール。と、言えるほどに立派な建物ではないが、食品から衣服、本や玩具なども取り揃えられた合同商店。その一角にいるのが、黒いローブを纏い腕を天に掲げて、小さな子供相手に意味☆不明な勧誘文を教え込んでいる少女(13歳)。

 周囲の大人たちが目を合わさないように避けて通っていくなか、知り合いらしい少女が控えめに声をかけて、恥ずかしそうに腕を引っ張っていく。

 

「子供相手だからって、何をやってるのよ……」

「良いと思ったんだけどなぁ……」

 

 もうっ、とリンは頬を膨らませて、遊歌はごめん、と謝ってダークシグナーの件は解決された。

 

「でも、仮面は売ってなかったね」

「あっ、そうだ。さっきね、雑貨屋さんに仮面が置いてあるの発見したんだっ。こっち来て!」

 

 遊歌の返事を待たず、リンは有無を言わさずに掴んでいた腕を更に引っ張って遊歌を誘導していく。

 着いた先は薄暗く怪しげな雰囲気を醸し出すオカルティックな雑貨屋、ではなく、色んな種類のものを雑食に取り扱っているアンティークな雰囲気の普通の雑貨屋。

 

「ほら、これっ!」

「これは……狐面じゃ……」

 

 狐面。能楽などで使われる、狐を模した仮面だ。遊歌が仮面を着ける理由を考慮すれば、普段着けている仮面と蝶形の仮面や狐面に違いは無いので、これでもいいことは否定しない。

 

「可愛いよね!」

「うん、まあ、嫌いじゃないけど……」

「それに、丈夫だから壊れない! どんな激しいデュエルでもこれで安心ね。この狐面、今ならなんと980DPでお買い求め出来ます!」

「リン……。まさか、この店の回し者なんじゃ」

 

 ビクッ、と肩を震わせるリン。昔ここでアルバイトでもしていたことでもあるのかもしれない。

 ため息を着く遊歌。リンは始めからここに連れてくる気だった可能性に思い至ったからだ。狐面を手に取り、会計所で微笑む女性に仮面を渡す。お買い上げである。

 

「お買い上げ、ありがとうございまーす!」

 

 といってリンにウインクをする店員。遊歌はまんまとリンの手のひらの上で踊らされたのだった。

 

 自分の物になった狐面を弄りながら建物から移動し、遊歌とリンはD・ホイールを駐車した場所までたどり着く。十日近く乗り回されたD・ホイールはかつての美しさを衰えさせてはいたが、代わりに歴戦を感じさせる傷がたくさん付いている。

 

「十日でこの傷は普通ならあり得ないわよ。遊歌の運転が荒いからこうなるのよ」

「ライディング・デュエルで安全運転とかあり得ないから。あれは相手を叩き潰すものよ」

「違うと思うけど。ねぇ、帰りは安全運転で帰ってね。この前みたいな運転するなら、私は乗らないから」

「……考えておくね」

 

 もう、このD・ホイール、返しに行けないわね。などと後部座席でリンは呟く。確かに、借りたときは新品同様だったD・ホイールを傷だらけにして返したら怒られるどころではすまないだろう。

 遊歌はその事実に冷や汗をかきながらも気付いていないことにして、せめてもの罪悪感からこれ以上傷を付けないように安全運転でマーサハウスまで帰るのだった。

 

 ーーー

 

 雨の降った日の翌日。

 遊歌はマーサハウスの軒先に出て、すっかり強くなってきた日差しに手を翳して光を遮る。

 

 もう一月経つ。

 

 一月も経つのだ。エクシーズ次元で過ごした日々よりは少し短いが、決して短い期間ではない。

 そして、今日にでも遊歌はスタンダード次元に帰る予定だった。遊歌はスタンダード次元の六月の上旬に、闇遊歌によって一月前のシンクロ次元に飛ばされた。

 タイムパラドックスを起こさない為か次元移動ができなくなっていた遊歌だったが、既に一月経った今ならば移動することは可能になったはずだ。

 

 だから、帰るのだ。

 

 そう、リンやユーゴ、シンジやマーサにも伝えてある。そのこともあったのか、昨日の夕食はささやかながらも御馳走だった。暖かい場所である。

 エクシーズ次元同様、未練がないと言えば嘘になる。だが、遊歌は既に人間ではなく、来たいと思えばシンクロ次元まで移動することは可能だ。この前みたいに事故を起こしてしまうと、今度こそ死ぬかも知れないが。

 

「それで、これは何事……?」

「さあな。だが、良いことじゃなさそうだな」

 

 遊歌の隣にユーゴが並んで、デュエルディスクを構えて毒付く。その表情は険しさに満ちており、この状況を作り上げた人たちを睨み付ける。

 

「何で、セキュリティがここに居やがる」

……まさか、D・ホイールの件がばれた……?

「ん? 何か言ったか?」

「何も」

 

 マーサハウスから少し離れた場所。その周囲一体に取り囲むようにセキュリティが陣取っている。隠れているつもりなのだろうが、練度が甘い。ウジャト眼で見なくても分かるほどに杜撰に隠れている。

 

「どうするの?」

「打って出る、と言いてぇが、ここにはマーサもチビどもも居る。無茶はできねぇな。まずはあいつらをここから引き離せねぇと」

「困ったわね。相手の目的も分からないのに。いっそ、マーサハウスに立て込もってマーサや子供だけ逃がすのは?」

「そっちの方がいいな。地下にはガキの時に掘った抜け道が隠してある。それを使えば……っ!」

 

 轟音。

 

 言いながら振り返ったユーゴの視界に、紫色の竜が映る。口胞を膨らませたその竜は一瞬の静寂の後、膨大な質量を建物に叩きつける。

 

 再びの轟音。そして、爆発。

 

 一部崩壊したマーサハウスを踏み潰すスターヴ・ヴェノム・フュージョン・ドラゴンの頭上から、

 

「やあ、遊歌。会いに来たよ……?」

 

 楽しそうな声が、降ってきた。

 




甘くて苦い日常です。

タイトルがもはや意味☆不明ですが、これは伝わらないことが前提の遊び心なのでこれで良いのです。
一応は有名なのを選んでいるつもりですが。

そして、
シンクロ次元編、八割方終わりました。クロウ? ジャック? 誰それ? 俺☆ベクター。

メタ的に言うとこのままでは終わらないので巻きに入りました。以上です。
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