紅蓮の炎をたゆさせながら、マルドゥークは自身の前足の下を高温にすることによって溶岩の様に大地を熱していた。
元々飛礫を飛ばしたり、接近した場面ではその溶岩を攻撃に使用する。これがマルドゥークが行う一連の行動だった。
幾ら変異種で知能が高いとは言っても、周囲には岩壁しか無く、まだそれ以外の遮蔽物が何もない。そうなれば幾ら巨大な火炎飛礫を作ったととしても、態々当たる必要性は何処にも無かった。
広大な場所を活かすかの様に巨大なそれをヒラリと躱す。既に何度目なのかすら分からない状況にマルドゥークは徐々に苛立ち始めていた。
「北斗。時間的にはリンドウさんもソーマも間に合う。ここで最後のデータ採集の為に一度咆哮させようかと思うんだ」
「そうですね。実際にはあらかたデータの採取も終わったみたいですから、間に合うなら最後のデータも絞り尽くした方が良いですね」
エイジと北斗の視界に入るマルドゥークは既に幾つもの斬り傷が出来ているからなのか、純白の毛皮は所々赤く染まっていた。
実際にアラガミの生体は完全に解明された訳では無い。大よその研究はされてはいたが、未だ決定打とも言える発表は一度たりともされていなかった。
オラクル細胞学の事実上の権威とも言える榊でさえも、進化の速度が速いオラクル細胞には常に後手後手に回る。仮に何かしらの対処が可能であれば、当の前に感応種の対策がされているからだった。
オラクル細胞は色々な意味で進化しすぎていた。一番の要因は限りなく生物に近づく為に、尋常ではない回復でさえ間に合わなくなった場合、生物と同じ様な現象が起こる。
回復する必要はあるが、戦闘中が故に回復に専念する事は出来ない。ましてや戦闘にも多大なリソースを必要とするのはゴッドイーターだけでなくアラガミもまた同じだった。
その結果、これまで自身がため込んだオラクルリソースを完全に使い切る。
そうなれば当然ダメージは一切回復しない。その結果として血を撒き散らすかの様にしながらファンブルしていた。
只でさえ厳しい戦いを強いられる相手にとっては悪夢でしかない。情報を絞り尽くすのは、この咆哮の有効範囲を確認する必要があったからだった。
周囲に何も無いのであれば、有効半径を確認すのは困難だが、これ程までに他のアラガミが闊歩するのであれば、レーダーでアラガミの動きを捕捉すれば、確実に判明する。
早々に討伐しなければならない部分とデータを採取する事によって出てくる損失。その両方を取る事を理解した結果だった。
元々アラガミに対し慈悲の心は持ち合わせていない。だとすれば、効率が良い方を重視するだけだった。
「じゃあ、一気にやろうか」
エイジはそう言うと同時に銃口をマルドゥークの鼻面へと向ける。既に片目にしか視力が無いからなのか、マルドゥークはここから変化すべき部分が見当たらなかった。
これまでの攻撃の中でアラガミの限界値を探りながら攻撃した為に、この銃撃で命を奪う可能性は少ない。だとすれば、現時点で一番苛立つ部分へ攻撃すれば良いだけの話だった。
何時もと変わらない口調で引鉄を引く。アサルトの軽い銃弾がマルドゥークの鼻面にそのまま直撃した瞬間だった。
「来るよ」
「はい」
予測した様に限界を超えたマルドゥークが周囲に響くかの様に咆哮を上空へと放つ。
事前に確認したとはいえ、アナグラのレーダーも絶対ではない。元々そう考えてたからなのか、2人は改めて神機を構え、襲撃に備えていた。
《先程まで感知できなかった場所からアラガミの群れが来ます。大丈夫だとは思いますが、気を付けて下さい。リンドウさんとソーマさんの到着まであと30秒です》
咆哮が終わると同時にフランの声が耳朶に響く。周囲を伝播したマルドゥークの咆哮によって、この地は改めてアラガミを大量に屠りさる場所となっていた。
エイジだけでなく北斗の神機の刃が鈍く光る。マルドゥークの咆哮が何をもたらすのかを理解しているからなのか、2人の視線が弱くなる事は一切無かった。
徐々に聞こえる足音を作る原因は、この後の辿るべき運命を何一つ知らない。マルドゥークもまた自身がこのまま屠られる未来を予測出来ないでいた。
「ナナさん!無茶はしないで下さい!」
「今の所は大丈夫!」
第一陣でアナグラを防衛し、第二陣でもまた討伐を繰り返す中で、一部の戦場では厳しい戦いが強いられていた。
一陣には無く、二陣に有るのは感応種の存在。幾らブラッドと言えど、他のゴッドイーターが共闘しても、北斗が居ない為に恩恵を受ける事は無かった。
その結果、感応種の討伐はこの二陣ではブラッドだけで行っている。現時点では半分に分けている為に3人の変則チームで戦っていた。
「お前達、来るぞ!」
ギルの声にナナとシエルが注目していた。
当初はそれほど問題になる事はなかったが、これまでに見た事が無いアラガミが出現した途端、状況は大きく変わっていた。
これまでの中で飛翔型のアラガミは数種が確認されていたが、3人の前に居るそれは明らかにこれまでに見た事が無い物だった。
空中を漂う事によって攻撃を受ける可能性を少なくする。ここまでが誰もが想像してた内容だった。
空中に浮遊するのであれば銃撃で撃ち落とし、その後は一気に片を付ける。この一連の流れに誰もが異を唱える事は無かった。しかし、このアラガミに関してはその期待を大きく裏切る。
「え、嘘!何これ!」
「ナナさん!」
ナナの渾身の一撃はそのアラガミを素通りするかの様にすり抜けていた。渾身の一撃が不発に終わった事によって態勢を大きく崩す。その瞬間、ナナだけでなく、シエルとギルもまた驚きを隠す事は出来なかった。
撃ち落とした際には手応えは確実に感じ取っている。にも拘わらず、肝心の直接攻撃は受け付けない。これが夢か幻であれば良かったが、残念なことに現実だった。
直接攻撃が不可能である以上は銃撃に頼らざるを得ない。このメンバーの中で、唯一ナナだけが射程距離が短い為に苦戦を強いられていた。
「防御位はしっかりやるよ」
ギルの声にナナとシエルが同時に盾を展開する。与えたダメージが想定よりも少なかったからなのか、そのアラガミは直ぐに復帰していた。
頭上にはまるで遊んでいるかの様に幾つものエネルギー反応が起こっている。
ギルの指示の瞬間、そのエネルギーは生命を与えられたかの様に尾を引きながら3人に襲い掛かっていた。
見た目以上の威力に盾を持つ手に衝撃が走る。これが通常のアラガミであれば物量で押し込む事が可能だったが、感応種である以上、誰もが安易に戦闘に参加できなかった。
時間だけが悪戯に経過する。少なくともこの二陣で観測された感応種の数は少なくとも二体。その内の一体がここであれば、残りがどこに居るのかは考えるまでも無かった。
「しかし、あれはかなり厄介ですね。銃撃だけとなれば確実に火力は落ちます」
「だが、そうも言ってられないだろ。今出来る事をとにかくやるだけだ」
「そりゃ、シエルちゃんやギルは良いけど、私なんてショットガンなんだよ。どうやって至近距離に近づけば良いの」
新種の感応種との戦闘は予想以上に時間を消耗していた。
銃撃だけの攻撃となった場合、このメンバーの中で一番の火力を誇るのはシエル。ナナの火力もそれなりに期待は出来るが、その射程距離の短さを考えれば、事実上の戦力外だった。
至近距離まで近づいた所で、何らかの攻撃はナナに直撃する可能性を秘めている。至近距離での銃撃は完全に諸刃の剣だった。
完全に攻撃方法を解析していない状況での接近戦は綱渡りと同じだった。仮に広範囲にわたる攻撃をされた場合、回避は出来ない。しかも銃形態であれば自分の態勢が崩れれば直撃する未来しかなかった。
それと同時に3人は無意識の内に焦りを生んでいる。これが未観測での単独交戦であれば時間をかければそのうち討伐は可能となるが、問題なのは、ここが周囲のアラガミから近い点だった。
宙を浮くアラガミは現時点ではアラガミを呼び呼び寄せる様な能力は持っていない様だが、戦闘音だけは隠す事が出来ない。
実際に銃撃だけとなれば音は周囲にも響き渡る。これだけ密接した様な地域では呼ばなくとも来る可能性があった。
事実、これまでにもこのアラガミと戦闘しているだけで、幾つかのサリエルやヤクシャとも強制的に交戦を強いられている。今の所は分担した事によって最悪の状態だけは避ける事が出来ていた。
《付近に居たヤクシャが戦闘音を察知しました。移動方向から推測するにシエルさん達の方に向っています。十分に気を付けて下さい》
「了解しました。周囲の警戒を強めておきます」
「ナナ。こんな時に変な前振りはするなよ」
「私、何もしてないよ!」
フランからの通信にシエルだけでなくギルとナナもまた同じ事を考えていた。
実際に混戦に近い状況下で戦う以上は仕方ない部分の方が圧倒的に多い。フランからの通信もまたそんな感情が前提になっていた。
実際にヤクシャであれば最悪はナナが単独で交戦するしかない。時折ギルのフォローが入れば恐らくは問題が無いはずだった。
「思ったよりも厄介だな」
「でも、やるしかないよ。私達よりもシエルちゃんの方が大変なんだし」
フランからの通信に、3人は接敵するであろうアラガミにも意識を向けていた。
現時点では新種のアラガミと対峙しているのはシエルだけ。ギルのリボルスターはアサルトだけあって連射性に富んではいるも、実際には牽制程度の威力したなかった。
実際にアラガミと対峙した際には連射性を活かし、態勢を崩した所を一気に攻め込む。これがギルの戦闘スタイルだった。その結果、火力を重視せず、連射性を高めている。
そうなれば、現時点で銃撃しか受け付けないアラガミは自然とシエルだけが対峙する事になっていた。
如何に第3世代型神機と言えどオラクルが無限に発生する訳では無い。シエルの援護の為にはどうしても接敵するアラガミから積極的にアラガミバレットを生成する必要があった。
足音が徐々に聞こえて来る。事前情報通り、一体のヤクシャがその姿を見せていた。
「とにかく、倒すだけじゃなくてアラガミバレットも活用するんだ」
「了解!じゃんじゃんやっちゃうよ!」
不意討ちではなく、事前に状況を把握している為に、2人は既に臨戦態勢に入っている。既にその意識はヤクシャへと向けられていた。
「ジュリウス!油断するな!」
目の前に前のめりで倒れたアアラガミは最後の抵抗なのか、その巨体をジュリウスに向けて倒していた。
既に事切れている為にアラガミには何の意識も存在しない。そんな殺気の無い行動だったからなのか、ロミオの叫びにジュリウスは僅かに反応が遅れていた。
既にアラガミの巨躯はジュリウスの眼前にまで迫っている。ここから回避するにはその体躯はあまりにも大きすぎていた。
これが通常の戦闘であれば仮にダメージを受けた所で然程苦にならないが、今は混戦にに次ぐ混戦。些細な怪我が今後の命の分水嶺になり兼ねない状況だった。
スローモーションの様にも見える光景。命の危険性は無いかもしれないが、少なくともリタイアは確実だった。
今から刃を向けても距離が近すぎる。ジュリウスだけでなく、声を張り上げ、叫んだロミオをもまた同じ事を考えていた。
「間に合え!」
ジュリウスの眼前に捉えたのは赤と黒にカラーリングされた一つの湾曲した刃。
こちらに倒れそうになった体躯は、まるでその刃にひっかけられたかの様にその場で一瞬だけ停止していた。一方の刃もまた、手ごたえを感じたからなのか、そのまま一気に移動方向が変更されていた。
気が付けばリヴィが肩で息をしている。咬刃展開した事によって、事切れたアラガミは改めてその体躯を違う場所へと放り出されていた。
「済まない。助けられた様だな」
「いや。あれは仕方ない。誰がやっても同じだ」
ブラッドを二分割にしてからの攻防は激しさを増していた。
詳しい事は分からないが、周囲のアラガミはどこか通常よりも力が増している様にも感じる。
先程のジュリウスの方に向って倒れたアラガミでもあるクアトリガもまたその中の一体だった。
既に戦闘が開始されてからかなりの時間が経過している。本来であれば、どこかで休息を入れた方が良い事は理解しているが、相手でもあるアラガミにそんな理屈が通用するはずがなかった。
これまでに通信で第一陣は既に事実上の壊滅にまで追い込んでいる。後、残す数もそれ程ではないからなのか、時間の問題となっていた。
しかし、その第一陣が仮に全てのアラガミを討伐したとしても、ここに援軍として来る可能性は極めて低かった。
一番の原因は感応種による神機不全はブラッド以外のゴッドイーターの天敵でしかない事。
仮に動かないままに来られても、最悪はブラッドがそのフォローをする必要があった。
当然ながらギリギリの戦いをしている最中でのお荷物は、だたの餌でしなかい。ここでアラガミが強固になる位であれば、そのまま待機せざるを得なかった。
陣形を上手く活かせは、第二陣もまた磨り潰す事が可能となる。しかし、そうなればアナグラの援護は必須だった。しかし、現時点では感応種もまた新種の為にカウンターでもあるリンクサポートシステムも使用出来ない。当然ながら全ての負担をブラッドの双肩にかけるより無かった。
如何に精鋭と言えど、連戦に次ぐ連戦は思考能力を歪ませ、行動に制限をかける。ジュリウスもまた、その例に漏れなかった。
「そう言えばナナ達の所は感応種の新種が出たんだよな?」
「ああ。しかも銃撃しか受け付けないらしい」
「マジか。俺、苦手なんだよな」
「アラガミ相手にも同じ事が言えるか?」
「あー無理。絶対に無理だって。ほら、いざとなったらブラッドアーツでさ」
3人は漸くここに来てアラガミの波が収まったからなのか、少しだけ休憩を入れる事にしていた。
既に3人の服もまたボロボロになっている。実際には攻撃を直接受けてはいなかったが、やはり攻撃の際に時折ギリギリの局面があった為に、あちらこちらが切り傷の様になっていた。
「ロミオ。今回の件が終わったら少しは銃撃の事も訓練した方が良いだろう」
「そりゃそうだけど、今はまだ剣の部分でさえ今一つなんだぜ。両方を一遍になんて無理だって」
「そうか……だとすれば今よりも訓練時間を延ばすより無いな」
「なぁリヴィ。それって俺に死ねって言ってる様にも聞こえるんだけど」
「その件なら問題無い。人間はギリギリまで追い込んでからの方がより伸びるらしいからな。私も少し位なら協力しよう」
「うへぇ。このミッションが終わって欲しくないんだけど」
リヴィの言葉にロミオは項垂れるよりなかった。
少なくとも今のロミオの訓練時間は一時期に比べて格段に増えていた。屋敷での鍛錬が一時的に終わった頃はまだそれ程気にならなかったが、問題なのは周囲だった。
教導教官のナオヤからすれば、あの程度の業で屋敷を卒業したと名乗られるのは面白く無い。それはエイジもまた同じだった。
必然的に事実上の弟弟子の様な立場の人間を上の人間が逃す程甘くは無い。修羅の世界に一度でも足を踏み入れた以上は後戻りは赦されなかった。
ロミオが気が付かない程度に教導のレベルをゆっくりと上げていく。剣の
当然ながら時間は誰の下にも平等でしかない。居間でさえギリギリにも関わらず、ここに来ての銃撃の訓練となればあとは寝る時間か休憩時間を削るよりなかった。
「リヴィ。その位にしておけ。少なくとも今のロミオは重要な戦力だ。その予定はこれが終わってから一旦考える事にしよう」
「そうだな。下手に士気を落としても碌な事にならないしな」
「ジュリウス。話が分かって嬉しいよ」
ジュリウスの言葉にロミオは少しだけ感謝の念を送っていた。
苛烈な教導が更に苛烈になった所で、ロミオの処遇が変わる訳では無い。しかも、ジュリウスは一旦考えると言っただけで、止めた訳では無い。
純粋に問題を先送りしただけだった。しかし、ロミオはその事実にはまだ気が付いていない。
処遇が変わらない事実に気が付く事無く、ロミオは休息の為にポーチからアンプルを取り出し、口にしていた。
「ジュリウス。気が付いているとは思うが、アラガミの強さが少し変じゃないか?」
「リヴィもそう感じたか。俺も実は同じ事を考えていたんだ。事前に聞かされた情報と違う様にも感じる。今の所はまだアナグラからのアナウンスは無いが、やはり気になるな」
顎に手を当て、ジュリウスは先程まで戦ったアラガミの事を思い出していた。
幾らそれ程の強さしかないとは言え、数が多ければある種の暴力でしかなくなる。当然ながらそれは幾ら精鋭とよばれたブラッドからしても同じ結果をもたらす可能性が高かった。
事実、先程の危機はその最たる物。そんな状況であっても、違和感しかわかない討伐は疑念を深めるには十分過ぎていた。
「2人とも何を話してるんだ?今度は何時休憩出来るか分からなんだから、さっさと休んだら?」
「そうだな。このまま疲弊した状況が続くのは良くない」
ロミオの言葉にリヴィもまた同じく賛同する。疑問を持った所で、現状が好転する訳では無い。ロミオの言葉にジュリウスもまた、周囲を見ながらも地面に腰を下ろしていた。