大画面に映るのはアラガミを示す光点。時間の経過と共にその光点はまるでアメーバの様子にその形を常に変えながらゆっくりとその姿を小さくしていた。
既に当初の様な勢いを感じないからなのか、然程時間が経過していないにも拘わらず、誰が見ても明らかにその数を減らしているのが顕著になっていた。
「思ったよりもアラガミの討伐速度は早く済みそうですね」
「そうね。やっぱり、ツバキ教官の経験は私にとっては大きすぎるのかもね」
「でも、サクヤさんもちゃんとやってますよ」
「有難うヒバリ。でも、事実は事実としてちゃんと受け止めないとね」
2人はちょっとした感想を言える程度にまで落ち着きを見せ始めていた。
ツバキが来た事はアナグラにとっても大きな影響をもたらしていた。一番の要因は指揮系統を分断する事によって、戦術に対する確認と立案を容易に出来た事だった。
元々サクヤも実戦感覚はあるが、ブラッドの様に特殊な内容に関してはそれなりに時間が必要だった。
感応種とのアドバンテージは確かに大きいが、それ以外の事になればブラッドもまた他のチームと何も変わらない。
戦場で相対する側では見えない事も、客観的に見れば見える事は幾らでもある。そうなればクレイドルの様に実戦経験が豊富なチームへの指示は遅れていた。
勿論それだけではない。防衛班への指示やアナグラ周辺のチームの指揮も必然的に含まれる。決して戦場勘が鈍く無いサクヤでも、徐々に思考が回らなくなり出していた。
急なアラガミの乱入には対処できるが、問題なのはその度合い。更に連続してくるのと来ないのとでは、戦術が確実に異なってくる。サクヤと言えど2チームはおろか、出兵中の全チームを同時に見るのは困難だった。
ツバキが参入した事によってクライドルと防衛班への指示が出る。その結果としてサクヤもまたブラッドだけに専念する事が可能となっていた。
「お前達。まだ無駄口を叩くのは早いぞ。少なくとも今回の最大の原因を解明しない事には今後の討伐にも影響が出るだろう」
「そうですね。ですが、どうしてここまで簡単に討伐が可能なんでしょうか?」
ヒバリの質問に答える為の明確な回答はサクヤだけでなく、ツバキとて持ち合わせていなかった。
実際にここまで小さくなってのは偏に現場でのアラガミの処理が早い事。それと同時に、何故そうなのかが未だ原因は解明されていなかった。
これまでの実績を考えれば素直に賞賛したい気持ちは無い訳では無い。しかし、今回のそれは明らかに何らかの妨害が入った状態で討伐したに過ぎなかった。
原因を放置したままでの行動がどれ程危険なのかを理解しているからこそ、今回のこれで確認する必要があった。
「今の所は分からん。だが、これまでのコンバットログとアラガミの発する偏食場パルス。それとバイタルの確認をすれば何となくでも分かるかもしれないな。後は彼奴らが持ってくるであろう細胞の一部を解析するより無い」
ツバキの言葉にヒバリもまた同じ事を考えていた。
今回の様にこれ程レーダーに映るアラガミの反応が危うい事はこれまでに一度も無かった。
実際には故障などしていないはずの画面に、これまでに経験した事の無い反応も直に見ている。だからなのか、ツバキの言葉にヒバリだけでなくサクヤやフラン。ウララとテルオミもまた無言で話を聞くしか無かった。
「こっちはあらかた片付いたみたいだな」
「……そうだな。今の所は大きな問題にはならなそうだ」
一仕事終えたかの様にリンドウは自身の持っている刃を肩へと担ぎ、周囲の様子を確認していた。
先程までマルドゥークが呼び寄せたアラガミを一掃した事もあってか、目視で確認出来るアラガミの姿は無かった。
改めて考えると、やはり先程のアラガミもまた何となく脆弱な感触を持っていた。
明らかに手ごたえが無いからなのか、ほぼ全部のアラガミが一刀両断の如く斬り伏せられ、一瞬にして霧散していく。今回のアラガミに関してはこれまでに無い内容な為にサクヤからもデータの収集を依頼されていたが、余りの拍子抜けにそれどころでは無かった。
「何だか、どのアラガミも最初から瀕死の状態みたいでしたね」
「……確かに言われてみればそうだな。だが、ダメージを受けた形跡はどこにも無かったぞ」
「問題はそこなんですよね……」
リンドウとソーマの話にエイジもまた同じ違和感を持っていた。この場で正確な回答を出す事は出来ない。
事実、何らかの情報が分かれば即座に現場にも情報は共通される。しかし、これまでの戦闘の中でアナグラから新しい情報は何一つ流れてこなかった。
「今はまだ完全に終わった訳ではありませんから、少しでも多くのアラガミを討伐した方が良いんじゃないですか?」
「……そうだな。そう言えば、ブラッドの方には感応種の新種が出たらしいな」
「そうですね。何でも銃撃しか効かず、アラガミを回復する能力もあるらしいです」
北斗の言葉にソーマだけでなくリンドウもまた同じ様な表情を浮かべていた。
元々ソーマの神機は近接攻撃のみの第一世代。リンドウに関しては銃撃は出来るが、本人の意向があるからなのか、それ程得意ではなかった。
アサルトに近い性質を持っているが、リンドウが使うのは精々が牽制に近い使い方。当然ながら大半の攻撃は剣形態だった。
これに関してはサクヤからも、もう少し工夫するか銃の練習をしてほしいと言われたものの、リンドウとてこれまでの第一世代の近接型だった為に、自然と銃を使うケースが少なかった。
事実、極東に於いての誤射率はカノンが一番だが、リンドウもまた上位に名を連ねている。それを理解しているからこそ、ブラッドが交戦したアラガミの話を通信越しに聞いた際には完全に顔が顰まっていた。
「やっぱりサクヤさんの言う様にもう少し射撃練習もした方が……」
「まぁ、その辺りは追々とだな……それに銃で牽制をする位なら突っ込んだ方が早いだろ?北斗もそう思うよな」
「あの……俺は特に………」
リンドウから突然話を振られた事によって北斗は僅かに焦っていた。
北斗もまたリンドウに近い考えを持っているからなのか、ブラッド内でもシエルからは口うるさく言われている部分が多分にあった。
北斗としては牽制した所を一気に『颶風』で切り裂いた方が手っ取り早いと考えている。本来であればリンドウの意見に賛同したい所だが、生憎と北斗を取り巻く環境もまたリンドウに近い。
下手に何かを言おうものなら、確実にシエルからの特別な訓練が待っている為に、それ以上の事は何も言えなかった。
《リンドウ。近隣のアラガミ反応は確認出来たか?》
「いえ。特にはありません」
《そうか。だったら直ぐに他の場所に移動するんだ。現時点ではその周辺に大規模なアラガミ反応は確認出来ない。既にブラッド側には新種も確認されている以上、気を抜くな》
「了解であります」
《だったらすぐに動け。それとリンドウ、今回の作戦が終わったら一度射撃訓練を20時間程予定している。これ以上延ばされたくなかったら愚図愚図するな》
「え………姉上、本気ですか」
《お前に嘘を言う必要があると思うか?》
突然割り込んで来たツバキの言葉にリンドウの態度は一変した。
この時点でリンドウは知らなかったが、ツバキがアナグラに来たのは限りなく偶然に過ぎなかった。
少しだけ用事があった為に顔を出したまでは良かったが、問題なのはその後だった。
どんな作戦でもオペレーターと指揮官が居て初めて良質な作戦を行使する事が出来るが、生憎と書類上は指揮官は不在になったまま。その結果としてツバキが急遽指揮を執ったのは、それが偶然による産物だったからだった。
「あの、リンドウさん。どうかしたんですか?」
「……いや。特に問題は無い。このままここに居るのは得策じゃない。さっさと次に行くぞ」
どこか焦った様な様子はあったが、北斗の質問に対しても通常の様な返答だったからなのか、北斗は違和感はあったものの、それ以上の事に関しては何も聞かなかった。
ここで下手な事でも言おうものならば、待っているのは果てしない訓練。只でさえ苦手な訓練に、ツバキから指導が入るととなればリンドウからすれば拷問以外の何物でも無かった。
妻のサクヤ同様に姉のツバキもまた遠距離型の神機を使用している。今のリンドウにとっては、どちらに転んでも最悪の展開だけが待っている状況だった。
「で、実際にはどうなってるんだ?こっちの状況は何も分からんぞ」
《今、解析中よ。でも、こちらで分かる事は限定的なの。悪いけど、目視で何か分かる事は無い?》
「いや、今の所は何も………どうやらそうでも無さそうだな」
機械的な物ではなく、これまでの戦闘によって培われた感覚が意識させているのか、先程までの緩んだ雰囲気は徐々に無くなりつつあった。
アラガミが霧散した状況下で感じるそれは明らかにこれまでに感じた物ではない。
無意識の内にまだ見えぬ何かに視線が動く。これまでに感覚からすれば、考えられるのはこれまでに対峙した事が無いアラガミの可能性が極めて高かった。
「エイジ……」
「リンドウさんも感じますか?」
2人の言葉にソーマもまた視線が強くなると同時に、半ば身構えている。アナグラからの案内が無いのであれば、レーダーに感知しないか、新種の可能性が極めて高かった。
無意識の内に神機を握る力が増大する。北斗も含めた4人の視線は来るであろう場所から視線が動く事は無かった。
「今は判断するだけの材料が無い。一旦は合流した方が良さそうだ」
ジュリウスの言葉にロミオとリヴィもまた頷いていた。
周囲にアラガミの姿は見当たらない。ここで漸く落ち着く事が出来ていた。
交戦してからどれ程の時間が経過したのかを考えた事は一度もない。気付けば碌に食事もとる事が出来なかったからなのか、ポーチから簡易レーションを取り出すとジュリウスだけでなくロミオとリヴィもまたそのまま口にしていた。
「極東ではこんなケースは頻繁にあるのか?」
「いや。ここまでの規模は記憶には無いな。何時もなら、もっと余裕があるんだけどさ」
レーションを口にしながらもロミオはこれまでの状況を思い出していた。
これまでに極東支部では何度か大規模なミッションが発生した事はあった。しかしながら今回の様に事実上の全面戦争に近い様な交戦は記憶には無い。
以前とは違い、今の極東支部には守るべき物が多い。サテライト拠点が増えれば増える程に防衛する範囲は拡大し、その都度人員は必要とされている。その結果、アナグラのゴッドイーターの数は以前よりも少なくなっていたものの、それを補うかの様にベテランの数が増えていた。
「………そうか。だが、今回の様に感応種も頻繁に出ているとなれば、今後はかなり厄介になりそうだな」
「そうだな……少なくとも新種が出ればリンクサポートシステムは使えない。当然俺達の働きが重要になってくるだろうな」
「とにかく、今は少しでも体力を回復して次に備えようぜ」
ロミオが態と明るく言う事で、先程までの緊張した空気は僅かに弛緩していた。
常に気を張り過ぎるのは見えない部分での疲労を招くだけでなく、最悪は死に直結する。幾度となく戦ってきたブラッドも、極東で教えられた戦場の習いには従っていた。
大きく深呼吸し、改めて気分を変える。少なくともこれで終わるとは誰も思っていないからなのか、その表情には適度な緊張感が漂っていた。
「了解しました。こちらも予定の場所に向います」
通信が来たからなのか、シエルは何時もと変わらない表情のままに返事を返していた。
元々厳しい戦いになる事を想定していた為に、表情にこそ疲労感は無いが、それでも消耗している事実に変わりはなかった。
天にある太陽は既に地平へと向かい出しているからなのか、僅かに茜色に染まりつつある空間は少しだけ現実味を失わせてた。
恐らくジュリウス達と合流する事によって、作戦の事実上の終焉に近づきつつある。これまでに現れたアラガミの質と数を考えれば、シエルだけでなくギルやナナもまた疲弊しているのは間違いなかった。
「シエルちゃん。ジュリウスの方はどうだった?」
「既に討伐は完了したとの事です。我々も予定ポイントに向って移動を開始しましょう」
「……そっか。少し位は休憩できるかと思ったんだけどな」
「そうですね……移動中位は何とか出来るかもと言った所ですね」
ナナの自慢の髪型でもあるピンと立った耳の様な髪型が、まるで感情があるかの様に項垂れる。新種のアラガミの討伐はこれまでの種とは違い、一つ一つの行動を確認しながら交戦する必要があった。
常にデータを採取し、その対策を立てる。その中には弱点の属性や攻撃方法など、言い出せばキリが無い程にやる事が多々あった。
少なくとも銃撃だけでしか攻撃を受け付けないアラガミはある種の脅威。
実際には対策を立てようにも、現状はバレットの火力を上げるよりなかった。
仮にそれ以外となれば、精々が命中率の向上のみ。この任務が終わってからはブラッドでも一度射撃訓練を全員がやった方が良いだろうとシエルは一人考えていた。
「あの……シエルちゃん。何か考えてなかった?」
「いえ……どうかしましたか?」
「う~ん。何となくだけど、このミッションが終わってからの訓練が大変そうだなって……」
「気のせいですよ」
シエルの考えを読んだかの様に、ナナは言葉少なげに話していた。
あのアラガミの事を考えれば間違い無くシエルならば厳しい訓練を課すはず。これまでの経験則から来る言葉に、シエルは僅かに笑みを浮かべるに留めていた。
しなやかな肉体を持ってるからなのか、動きに澱みを感じる事は何一つなった。一か所に留まらず、常に動き続ける。まるで狙いを定めさせることを嫌うかの様に四本の脚が止まる事は無かった。
「ったく何時までもちょこまかと動きやがって。エイジ、狙いは大丈夫か?」
「全部は難しいです。少なくとも銃撃は牽制程度に考えた方が無難です」
「そうか……」
リンドウの言いたい事は理解しているが、エイジもまた目の前を動き続けるアラガミに狙いを定めるのは困難だった。
常に動き続けている為に先読みを使って予測を立てる。そう考えエイジが引鉄を引こうととした瞬間、まるで知っているかの様にアラガミは違う方向へと跳ねていた。
少なくとも自分達がこれまでに
散発的に放たれた銃弾にアラガミがダメージを受けた形跡は何処にも無い。少なくとも言葉通り、牽制する事によって少しでも多くの勝機を作り出す事を優先していた。
「おい……あれって……」
「ああ。思った通りのアラガミだろうな。だが、あれがどうして……」
小高い丘から現れたのは金色の狼だった。色こそ違うが、以前にガーランド・シックザールが作ったアラガミ。人工アラガミだったはずのそれが再度エイジ達の前に立ちふさがっていた。
「あの……エイジさん。あのアラガミって………」
「僕等の知りうる中ではある意味因縁の存在かもね」
北斗の言葉にエイジだけでなくリンドウとソーマもまた渋い表情を浮かべている、この中で北斗だけが分からなかったが、3人の表情を見る限り、自分達が極東に来る以前に何かあった事だけは予測出来ていた。
「何故とは考えない方が良い。あの時とは違う可能性も高い。それに、事実上の新種だ。挙動には注意した方が良いだろう」
「だな。しかし、よりによってこんな場面ってのもな」
「考証は何時でも出来ます。とにかく今は集中しましょう」
金色の狼はガルムやマルドゥークの様に前足に何かが付いている訳では無い。
どちらかと言えばキュウビに近い感じがあった。
ガントレットに代表される様に、身を護る様な物を身に付けていないのであれば、確実に何らかの能力を持っている事になる。以前に対峙したフェンリルとも違う様に感じたのは偏にこれまでに蓄積された戦闘経験から来る物だった。
小高い丘から音も立てず着地する。
衝撃を感じさせないそれがこのアラガミの力量を物語っていた。
お互いがにらみ合いとも取れる程に視線が交差する。半ば無意識の内に神機を構えた瞬間、何の前触れも無しに戦闘が始まっていた。
「散開して様子を見るんだ!無理はするな!」
エイジの叫ぶ声と同時に全員が躊躇なく散開する。先程まで固まっていたはずの箇所には金色の狼が全身を如何なく活かした事によって衝撃を発生させると同時に地面が僅かに沈んでいた。
「リンドウさん、あのアラガミって……」
「実際には俺も直接交戦した訳じゃないんだ。だが、コンバットログを見た感じでは最悪のアラガミだな」
「でも、当時は討伐したんですよね」
「ああ。その代わり多大な代償も払ったがな」
リンドウの言葉に北斗は改めてこのアラガミに対する認識を改めていた。少なくともクレイドルの中でも上位に入る人間の表情と言動からすれば、このアラガミがどれ程の物なのかは予測出来る。
決して同じ個体ではないにしても、感情が揺らぐ程であれば事実上同じかもしれない。北斗もまた人知れず緊張しながらも集中を高めていた。