神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第113話(幕外) 想定外の戦い

 まるで4人を嘲笑うかの様に金色の狼は動きを止める事はなかった。

 常に動き続ける事によって狙いを定まらない様に攪乱している。まるで最初から知っているかの様に動く事に、エイジだけでなく、ソーマもまた疑問を持ち始めていた。

 これまでに変異種の様な特殊個体であれば可能性があるが、このアラガミに関してはどこか野生の動物を彷彿とさせていた。

 

 アラガミの特性は極めて単純だった。捕喰欲求を満たす為に目の前にある物をひたすら捕喰する。これが自分よりも強大な物だとしても、死肉であれば当然の様にむさぼるのが常。しかし、このアラガミに関してはそんな可能性は皆無に等しかった。

 

 自分がどんな存在なのかを正しく理解しているからこそ、ゴッドイーターと言えど捕喰の対象となる。幾ら自分の命を脅かす存在だったとしても、気にならないのは、本能以外の何かが影響している可能性があった。

 アラガミ特有の進化を考えるのであれば、この金色の狼はキュウビを捕喰している可能性が高いと感じ始めていた。

 

 

「あれよりも厄介みたいだ」

 

「だからと言ってこちらがやる事は一つしかないがな」

 

「で、具体的にはどうするつもりだ?少なくとも、まともに交戦出来ないんじゃやり様が無いぞ」

 

 銃撃を回避し、時折命中はするが火力不足なのか、ダメージを受けた形跡は無かった。

 既に時間もかなり経過しはじめているからなのか、徐々に太陽の位置を確認する必要が出てくる。これが夏場であればまだ時間的には問題は無いが、この時期は日の入りが早い。

 純粋な時間ではなく、太陽の位置から考えればこのアラガミと対峙するだけの時間は残されていない。攻撃が当たらない為に苛立ちだけが先に募る。

 攻撃が互いに当たらない為に、千日手になりつつあった。

 

 

「このまま視界が悪くなればこちらの方が厳しい状況になるのは間違い無いでしょうしね」

 

 視線を動かす事無くエイジはリンドウの言葉に同意していた。完全に日没になってからでは確実にこちらの方が不利な状況になる。少なくとも自分達の視界が悪くなるまでには決着をつけたいと考えていた。

 無意識の内に腰に付けたポーチの中を探る。指先に触れたのはスタングレネードの先端だった。

 

 

「エイジさん。スタングレネードは?」

 

「手持ちは1個だけだね。北斗はどう?」

 

「すみません。全部使っていますので……」

 

 自分で立案はしたものの、これまでの戦いで北斗は手持ちのスタングレネードを使いきっていた。

 元々戦闘で使うケースが少ないだけでなく、普段から持ち合わせていない。普段のツケとも取れる結果に、内心は苦々しく感じていた。

 

 

「それも有効かもしれないが、やはり動き回る以上はそれを止めない事にはどうにもならないだろう。少なくとも足止めが必要だな」

 

「だが、それもどうするかだな……」

 

 疲れる概念が無いと言う程に動き回るからなのか、有効打はおろか目途すらも経たない。ただ時間だけが悪戯に過ぎようとしていた。

 

 

「リンドウさんはこれをお願いします」

 

「……エイジ。本当に大丈夫なのか?」

 

「このメンバーだと僕が一番適性が高いですから」

 

 エイジから渡されたスタングレネードが全てを物語っていた。

 エイジが使うのではなく、リンドウが使う意味は一つだけ。エイジ自身が囮になる事によって隙を強引に作る事。

 初めてキュウビと交戦した事を思い出したからなのか、リンドウの眉間には深い皺が入っていた。

 一方でエイジの言う事も理解できる。ギリギリの距離を見切って回避出来るのはこのメンバーの中では一人だけ。その事実を理解しているからなのか、ソーマからも異論は無かった。

 一方の北斗はそんな状況について行く事が出来ない。今はただ起こっている現実を見るだけだった。

 

 

「そうか……」

 

「大丈夫ですよ。その代わり、アリサには内緒でお願いします」

 

「それが可能なら苦労はしないぞ」

 

「まぁ、俺達が出来る範囲でならな」

 

 苦笑交じりに言う言葉にリンドウとソーマもまたつられた様に顔が綻ぶ。悲壮感が無いからなのか、先程までの空気は一変していた。

 作戦が決まれば後は淡々と作業の如く進めて行くだけ。それと同時に、北斗にもリンドウからの指示が飛んでいた。

 

 

「北斗、これからエイジが単独で交戦に入る。俺達は周囲に散ってから隙を見つけてこれを使う」

 

 リンドウの掌にあったのはスタングレネード。エイジが渡した物だった。単独交戦は事実上の囮でしかない。にも拘わらず3人の目には力が宿っていた。

 

 

 

 

 

 動き続けながらも金色の狼は4人を視界に捉えていた。

 知能が高い訳では無いが、本能から発する何かが警鐘を鳴らす。故に動きを止めれば待っているのは自身の死である事を認識していた。

 動き続けながらも攻め入る為の死角を探す。自身の躯体と人間の大きさを比べるのは間違いではあるが、あの4人から感じるそれは間違い無く捕喰される側ではなく、捕喰する側のそれと同じだった。

 

 アラガミと言えど無限の命がある訳では無い。周囲に散った事により、何らかの行動をしている事は間違い無かったが、狼からすればそれ以上の思考は出来なかった。

 1人の人間がこちらに向けて視線を飛ばす。事実上の挑発に、狼は当然だと言わんばかりに牙を剝いていた。

 

 互いの視線が交差したのは一瞬だった。

 お互いが相容れない存在である以上、どちらかが死ぬまで闘争が止む事は無い。それは一つの摂理の様だった。

 捕食者と非捕食者。互いの主張が交わる事は無かった。だからなのか、これまでは対峙しや隠元が常に警戒しながら集団を作っていた。しかし、今目の前に動こうとしているのは一人だけ。他の人間の様な殺気や気配すら感じにくいからなのか、狼は目標を決めていた。

 

 

 

 

 

「全員、視線を外すな!」

 

 リンドウの言葉にソーマと北斗もまたエイジと金色の狼の挙動から視線を外す事は無かった。

 互いがそれぞれの得意とする距離をとった瞬間、凍り付いたかの様に止まった時が動いていた。

 あの当時、際どい部分で対峙したあれが嫌が応にも思い出す。当時は『黒揚羽』の封印を解いた事によって討伐したが、今回はそれを完全に封印していた。

 

 一度ならず二度三度と使う事によってその動きと速度を脳ではなく、肉体が記憶していく。今のエイジは半ば無意識の内にあの時と同じ動きをトレースした事が可能だった。

 単独で飛び出す事を察知していたからなのか、金色の狼もまたエイジを捉えようと先程までの動きを取る事はなかった。

 

 獲物を捕喰する為にその動きを完全に視界の中に留める。今の狼にとってリンドウ達の事は記憶の片隅へと追いやっていた。

 疾走すると言うには余りにも早すぎていた。

 本来四つ足の生物は、短く跳躍する様に疾走する。狼もまた先程までの移動はまさにそれだった。

 しかし、エイジに対しては、やや長めに跳躍しているからなのか、まるで大地を滑るかの様だった。

 長いが故に急な方向変更は出来ないが、その分視界は安定する。これまでに動きを見切ったからなのか、狼はまるで意にも介さないとばかりに突進していた。

 

 

「エイジさん!」

 

 北斗の叫びはある意味では仕方なかった。これまでとは違う移動方法は少なからず動揺を誘う。これがブラッドであれば当然だった。しかし、これまで幾度となく同じ死線を潜り抜けた2人からすれば、ある意味では何時もの行動。アリサに言わない様に言ったのは、偏に無茶をした事がバレて説教を食らう可能性を示唆しただけだった。

 

 普段からお互いを尊重しているとは言え、アリサが心配するのはある意味では当然だった。

 これまでに厳しい戦いを潜り抜けた際には必ずと言って良い程に無茶をした高い代償を払い続けている。それが神機の特性であることは理解しているが、それでもやはり心情的には心配していた。

 場を和ませる為に言った言葉ではあったが、北斗からすればそうは捉える事が出来なかったが故だった。

 

 

「北斗、焦るな。まぁ、見てろ」

 

「ですが……」

 

 リンドウの言動は明らかに厳しい表情ではなかった。精神的な落ち着きを持っているからなのか、どこかゆとりが見える。だからなのか、リンドウの言葉に北斗も少しだけ落ち着いてみる事を決めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 金色の狼の突進はエイジの予想を超えた速度だった。

 先程までは十分だと感じた距離が一気に失っていく、互いに交差するだけでなく、その移動速度が全てを物語っていた。

 鍛えられた動体視力は狼の躯体だけでなく、恐らくは攻撃するであろう前足の部分を見ていた。

 互いの速度が乗った状態での攻撃は些細な物でさえも致命傷になり兼ねない。今のエイジの役目は3人の意識と完全に切り離す事だった。

 だからこそ、ギリギリで回避しながらカウンターで攻撃を当てる。その瞬間に飛んでくるのはリンドウの持つスタングレネードの予定だった。

 迫り来る躯体。エイジもまた漆黒の刃を当てようとした瞬間、首筋に嫌な予感が迸る。その意味が何なのかはコンマ数秒後だった。

 

 

(あれは……拙い!)

 

 刃を当てようとした瞬間に飛びこんで来たのは巨大な爪だった。

 鋭く大きなそれはある意味では神機と何ら違いが無い程。通常であればこれだけでも脅威のそれは、僅かにその形を歪めている様に見えていた。

 何時ものギリギリではなく、少しだけ距離を開けて大きく回避せざるを得ない。それ程までに何かがある様に感じていた。

 交差した瞬間、エイジはその直感を改めて理解する。金色の狼は爪に真空の刃の様な物を巻きつけていた。

 着地した瞬間に、風圧によって周囲の砂が飛ぶ。明らかにただの着地だけでは起こらない現象に、エイジもまた厳しい戦いになりそうだと理解していた。

 

 

 

 

 

 

《リンドウ。交戦中のアラガミは新種なのか?》

 

「そうみたいですね。俺はそうでもないですが、ソーマとエイジは少なくとも過去に見た記憶がありそうですけど」

 

《そうか。どんな謂れがあるかは分からんが、油断はするな》

 

「了解です」

 

 何時ものおどけた空気はそこには無かった。

 ツバキが戦闘中に開戦に割り込んでくるとなれば、アナグラでも観測しているはず。間違い無く難敵である事に間違いは無かった。

 詳しい事は分からないが、エイジが直前に取っていた行動に意味が無いはずがない。今必要なのは確実に足止め出来る手段が自身の手の中にある事だけ。幾ら表情は取り繕おうが、その態度だけは雄弁に物語っている様だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はい。了解しました。直ぐにこちらも開始します」

 

「コウタ、どうかしたんですか?」

 

「どうやらエイジ達の交戦相手が新種らしい。で、厄介なのは………」

 

 エイジの言葉は空しく、ツバキを経由してそのままコウタ率いる第一部隊にも連絡が入っていた。

 通信が切れると同時に珍しくコウタの表情が歪む。何となく嫌な予感を感じたからなのか、アリサはコウタに確認していた。

 

 

「ちょっとだけ、良いか?」

 

「ここじゃ拙いんですか?」

 

「拙くは無いんだけど………」

 

 言い淀むコウタにアリサは何となく何かを察していた。コウタが言い難いのであれば、それはまだクライドルが第一部隊時代に関係する事実。

 エリナやエミールはおろか、ハルオミでさえも聞かせていい話しではなかった。だからなのか、コウタとアリサだけが少しだけ場所を離れる。

 周囲の警戒を未だ解いていないからなのか、コウタが一言だけ告げた事によってエリナ達もまた、自分達の出来る事をやっていた為に聞かれる事は無かった。

 

 

 

 

「……で、何があったんです?」

 

「以前に、ガーランドが支部長やってた頃に、人工アラガミが居たろ?今回の新種はあれに近いらしいんだ」

 

 ガーランドの言葉にアリサもまた珍しく苦々しい表情を浮かべていた。

 当時の事情は今思い出しても良い物ではない。ましてや人工アラガミがもたらした事によってエイジに命の危機が訪れたのもまた事実。

 だからなのか、コウタが言い難い事の可能性が思い当たる。決してゼロではない。だからなのか、アリサの目尻が険しく吊り上がっていた。

 

 

「まさかとは思いますが……」

 

「まだ詳しい事は分かってないんだ。ただ、思ったよりも苦戦してるらしい」

 

「苦戦って……あそこにはソーマとリンドウさん、北斗さんも言ってますよね」

 

「動きがかなり早いらしく、牽制がしにくいらしい。それと、連戦が祟ってるから物資の数も厳しいみたいなんだ」

 

 第一陣が壊滅した事によってこれまで厳しい戦いを強いられてきた部隊は一時的に補給を行っていた。

 元々アナグラから近い事もあってか、補給そのものはスムーズに行われている。しかし、肝心の第二陣に関しては未だ激戦区の真っただ中の事もあり、その補給は未だなされないままだった。

 

 当然ながら回復の手段を失えば、後は回復弾による最低限しか行われない。消耗したままの戦闘は命にも影響を及ぼす。幾つかの中心から外れた部隊は可能だが、その中心を担うエイジ達とブラッドに於いては厳しい戦いを余儀なくされていた。

 

 

「だったら……」

 

「俺もそう思ってるんだけど、準備に手間取ってるらしい。で、完了後には直ぐに送り届ける手筈になってるんだ」

 

「サクヤさんがそう言ったんですか?」

 

「ああ。それとツバキ教官も同じ意見らしい」

 

 突然の名前にアリサは驚いていた。

 ツバキがアナグラに行く事は殆ど無い。月の内に数回は足を運ぶ事はあるらしいが、アリサも完全に知っている訳では無かった。

 今回の件は恐らくは偶然の結果。本来であれば色々と思う部分が無い訳では無いが、ここで幾ら考えた所で何かが変わる訳では無い。そんなツバキが指示を出している以上は何らかの考えがあっての事。

 だからなのか、アリサはそれ以上の詮索をする事はしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「思ったよりも厄介だな。ソーマ、お前達が討伐したあれも同じだったのか?」

 

「いや。見た目からそう判断したが、中身は別物だ。あれはただ破壊のみを優先していたが、これは違う。でなければエイジもあれ程苦戦する事は無いはずだからな」

 

 エイジが事実上の囮になったからと言って、他の人間が何もしていない訳では無かった。

 エイジを軸に集団ではなく、あくまでも個人として散開する事によって狼の影響を限りなく薄くしていた。

 

 この面子の中ではエイジが一番気配を絶つ事が上手い。ソーマやリンドウに関しては気配はおろか、その存在を消す事は不可能に近かった。

 足音が出るのであれば、それ以上は出ない様にするしかない。だからなのか、隠すのではなくなるべく狼が着地するであろう予測地点を素早く割り出し、着地と同時に攻撃をしかけていた。

 スタングレネードを使おうとしても、実際に行使は出来なかった。

 アラガミに対し、絶大な効果を発揮するとは言え、その範囲から外れればスタングレネードはただ発光するだけに終わってしまう。

 ギリギリで回避したエイジからもたらされた情報はソーマ達にとっても厳しい現実を突きつけられただけだった。

 

 鋭い爪以外に不可視の刃でもある風を上手く使っている。その結果、どれ程の範囲をカバーしているのかを感知しない限り攻撃は厳しい物だった。仮に今のメンバーの中でコウタやアリサが居れば話は変わったかもしれない。

 しかし、無い物を強請った所でどうしようも無かった。

 

 

「せめて遠距離型を中心とした人間が居れば多少は違うんだがな……」

 

「ならばお前がやれば良いだけの話じゃないのか?」

 

「馬鹿言うな。それが出来るなら当の前にやってるさ」

 

「だろうな。言ってみただけだ」

 

「ったくこんな時に冗談かよ」

              

「そうでも無ければやってられん」

 

 狼は当初とは違い、リンドウ達も視野に入れていた。

 リンドウが言う様に遠距離型が一人ないし二人いればこの戦局は確実にこちらに傾く。しかしながら誰もが得意としていないからなのか、時間をかけて追い詰めるよりなかった。

 時間だけが無駄に浪費する。時間にはまだ余裕がある。できることなら日没になる前に仕留めたかったが、今となってはどうしようもなかった。

  

 

《リンドウ。そちらの状況はどうだ?》

 

「まだ厳しいって所ですかね」

 

《一先ずは物資の補給を兼ねた援軍をそちらに送る。もうそれ程時間は残されていないんだ。直ぐにでも決着をつけるんだ》

 

「了解です。姉上」

 

《………まぁ良いだろう。とにかくこのまま時間だけが経過しても碌な結果を生まない。直ぐに動くんだな》

 

 ツバキからの通信にリンドウは苦笑しながらも返事を返していた。現状はまだ中盤に差し掛かった程度。未だ金色のままの狼は剥き出しの牙を見せながらこちらを睥睨していた。

 

 

「って事で、姉上からも厳しい話が出てる。そろそろ決着を付けない事にはこちらが不利になるのは宜しくないな」

 

 リンドウの言葉に全員が改めて認識する。

 このまま日が落ちた状態で戦闘を続ければ明らかにこちらが不利になるのは当然だった。アラガミが日没程度で攻撃を緩めるはずがない。だからなのか、残された時間を考えてもここからは一気に勝負に出る必要があった。

 

 

 

                          

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