神喰い達の後日譚   作:無為の極

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何とか間に合いました。





第119話 バレンタイン

 フェンリルに所属するゴッドイーターの中でも、極東支部は他の支部とは明確に位置付けが異なっていた。

 アラガミのレベルが極めて高く、またそれに見合うだけの能力が無ければ着任早々に命を落とす。その対策として様々な訓練が施されるも、その内容もまた苛烈を極める。生きながらに地獄に近い物を味わえる地域。それが戦場に於けるイメージだった。

 しかし、その反対に一般人の目からみれば、ある意味では他の地域以上の住環境に、誰もが一度は訪れてみたい。そんな正反対の性質を持っていた。

 当然支部がそれであれば、周辺の外部居住区もまた然り。

 極東支部や早期に建設されたサテライトは、圧倒的に周囲の環境が良くなっていた。環境が良くなれば人の流れも増えていく。厳しい世界を生き残ってでも、一度は訪れたいと思わせる場所だった。

 

 

「何だかここに来たのは久しぶりだよね」

 

「そうですね。以前に見た景色とは随分と様変わりしてるみたいです」

 

 普段であればミッション以外には聖域に行く事が多かったが、最近は少しだけ作物のサイクルの影響でブラッドも時間にゆとりが生じていた。

 特段何もする事が無いならばと、ナナはシエルと一緒に外部居住区へと足を運んでいた。

 

 

「あ、あんな所に新しい店がある。シエルちゃん、ちょっと寄ってかない?」

 

「私は構いませんが、また何か食べるつもりですか?」

 

「……折角来たんだし、偶には…ね。でも、シエルちゃんだって、さっきの店で生クリームが沢山のクレープ頼んでたよね」

 

「私はそれだけですし、ナナさん程ではありませんので」

 

 半目になったシエルの視線にナナは少しだけ顔を逸らしていた。

 外部居住区の一部の区域は最近になって様々飲食店が立ち並んでいた。従来のフェンリルからの配給品は殆ど無く、今はサテライトから運ばれる食物を優先的に居住区へと回していた。

 

 食事の質が向上すれば、人の営みもまた活発になる。ナナには言われたが、シエルもまた以前い北斗と一緒に食べたアイスクリームやクレープを思い出したからかのか、珍しく買っていた。

 一方のナナは既に回った店に入る度に何かを口にしている。ラウンジでも食べる事が出来る様な物が多いが、中にはここでしか口にできない物もあった。

 気が付けば既にそれなりの量を食べている。ナナの性格から考えればある意味では仕方のない事だとシエルは一人考えていた。

 

 

「あれ、ユノさんだよね」

 

「……あ、そうですね」

 

 

 これまでの流れを誤魔化すかの様にナナは露骨に話題を逸らしていた。

 突然聞こえた音源に2人は視線を向ける。そこに映っていたのは普段着の様なワンピースを着たユノの姿だった。

 

 

 

 

『融ける様な口づけを貴方に』

 

 

 画面に映っていたユノは少なくとも自分体が知ってるユノとは明らかに違っていた。

 少しだけ頬を染める様な表情と同時に、まるでキスを思わせる様な顔に一口大の小さな塊が近づいて行く。

 その正体がチョコレートだったからなのか、そのまま口へと運んでいた。

 瞬間的な広告だったからなのか、気が付けば他の映像に変わっていた。

 既にユノの姿はそこに無い。2人は画面が変わっても暫く呆然と見ていた。

 

 

「何だか知ってる人がああやって映ってるのは、少し複雑ですね」

 

「確かに。そう言えば先日あった時は、こんなのやるって言ってなかったんだけどね」

 

「恐らくは契約か何かだと思いますよ。ユノさんは以前に比べればこうやって見る機会も増えましたので」

 

「今度見たらさっきの事聞いてみようよ」

 

 終末捕喰以降、ユノが再び映像で露出する事になってからは何かとこうやって広告を見る機会が増えていた。

 詳しい事は分からないが、サツキが何をしている事に間違いは無い。その影響もあってか、ユノが極東に訪れたのは随分と久しぶりの事だった。

 

 

「でも、最近は結構チョコレート関係の広告を見るよね。今だってほら……」

 

 周囲を見れば、ちょっとした店頭にはこれまでに無い程にチョコレート商品が並んでいた。詳しい事は分からないが、大量に置かれているのはここだけではない。先程入った店にもまた、同様に大量のチョコレートが売られていた。

 

 

 

 

 

「あ、シエルさんとナナさんだ!」

 

「あれ、マルグリットちゃんと、ノゾミ……ちゃん?」

 

 2人に声を掛けたのはコウタの妹のノゾミだった。

 外部居住区に居る以上は会う可能性もある。しかし、隣にマルグリットが居るとなれば少しだけ珍しい組み合わせだった。

 

 

「2人は非番なんですか?」

 

「はい。聖域の仕事も落ち着きましたので、今日は久しぶりにここに来る事になりました。それよりも、マルグリットさんはどうしてここに?」

 

「実はちょっと……ね」

 

 笑みを浮かべたマルグリットの反応にシエルだけでなく、ナナもまた首を傾げていた。

 本来であればコウタもここに居るはずが、周囲にはその影も無い。非番であればマルグリットもコウタと居る事が多かったと記憶しているからなのか、それが更に疑問に拍車をかけていた。

 

 

「実は、もうすぐバレンタインだから、準備をするの」

 

「……バレンタイン?」

 

「えっと……ナナさんはバレンタインを知らないんですか?」

 

「……お恥ずかしながら」

 

 ノゾミとマルグリットから言われたものの、ナナだけでなくシエルもまた同じだった。

 極東に来てからまだそれ程時間が長い訳では無い。事実、つい先だっても節分を初体験したばかりだった。

 リンドウとハルオミが鬼の役目だったからなのか、女性陣のハルオミに対する豆の投げ方は撒くではなく、ぶつけるに近い物だった。

 鬼としては逃げるだけの為にその勢いは更に加速する。暫くの間、ラウンジとロビーは混沌としていた記憶があった。

 そんな矢先に新たな言葉。改めて周囲を見れば店頭のポスターにも同じ事が書かれていた。

 

 

 

 

「なるほど。チョコレートを渡して愛の告白ですか。極東は中々大胆ですね」

 

「実際にはそれだけじゃないんだけどね。最近は親しい人へのプレゼントみたいになってるケースもあるから」

 

 マルグリットとノゾミが合流した事によって、4人は近くにあったオープンカフェへと移動していた。この時期特有の寒さに、ストーブの周りにはかなりのお客が座っていた。

 

 

「それでマルグリットちゃんは、コウタさんの為に買うんですか?」

 

「私はもう材料は用意してあるから、後は作るだけかな」

 

「私もマルグリットさんに教えてもらうんだ」

 

 屈託のない笑顔にナナとシエルも笑みが浮かんでいた。内心ではコウタに渡すものだと思っていたが、実際にはノゾミの更なる言葉に笑顔は引き攣り出していた。

 

 

「あっくん、受け取ってくれるかな」

 

「大丈夫。ノゾミちゃんが渡すんだから受け取ってくれるよ」

 

「そっか。頑張って作ろうっと。今日は教えてね」

 

「あの、コウタさんにでは無いんですか?」

 

「お兄ちゃんには勿論渡すよ。その為に、ほら、こうやって買ったんだから」

 

 包みの中には、そこそこの大きさのそれが鎮座していた。恐らくはマルグリットから貰う事が前提だからなのか、それは思ったよりも小さい物。

 コウタの性格からすればノゾミから貰えればなんでも嬉しいのかもしれない。しかし、男の子に渡す物とは明らかに違うのはどうなんだろうか。

 ナナとシエルだけでなく、マルグリットも同じ事を聞いていたからなのか、気が付けば3人はアイコンタクトで情報を共通していた。

 

 この言葉をコウタに聞かせるには少し申し訳ない。それと同時にマルグリットもまたコウタに渡す物は、もう少しだけ豪華にしようと人知れず考えていた。

 

 

 

 

 

「じゃあ、私達はそろそろ準備がありますので」

 

「分かった。ノゾミちゃんも、またね」

 

「バイバイ」

 

手を振りながらもナナとシエルは2人を見送っていた。それと同時に、自分達も出来るならと考え出す。

 先程の話が正しければ、今日はラウンジを貸し切りにしているはず。だからなのか、2人もまたアナグラへと急いでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう始まってるみたいだよ」

 

「そうですね。私達も行ってみましょう」

 

 ラウンジの扉は予想通り締め切られていた。関係者以外立ち入り禁止。扉の向こうから聞こえるのは、何時ものメンバーの声だった。

 

 

「私達はオペレーターですから、出来るだけ全員に届く様にお願いします」

 

「私は、これ程の数を作った事が無いんですが……」

 

「簡単な物にすれば大丈夫です。それに足りない時は何とかなりますから」

 

 ヒバリの言葉に心配げな言葉を発したフランもまた僅かに安堵が広がっていた。

 これまでに簡単な料理やお菓子は作った事もある。しかし、大量となれば話は別だった。

 お菓子は料理の様に、ある程度の裁量で出来る物ではない。正確に分量を量り、時間も正しくする事が最も正確に作れる物。これまでに一度でも作った経験がフランにもあったからこその不安だった。

 しかし、今回のこれは今年が初めてではない。既に何度も経験しているからなのか、それ以上の言葉を告げる事は無かった。

 気が付けば、カノンがエプロンの紐を締めて準備を開始している。フランもまた、同じく持参したエプロンを片手にカウンターに並べられた材料を眺めていた。

 

 

「あれ、フランちゃんもやってるの?」

 

「ナナさん。今日は非番だったんじゃ」

 

 突然の言葉にフランだけでなく、その場に居たウララもまた声のあった場所に視線を動かしていた。そこに居たのは非番で外出しているはずのナナとシエル。2人の外出許可を出したからなのか、その存在に少しだけ驚いていた。

 

 

 

 

 

「なるほど。オペレーターのみんなは大変だね」

 

「ですが、これで現場の士気が上がるなら安い物です。それにこれに関しては弥生さんからも予算が出ていますので」

 

「え……そうなんだ」

 

 まさかの言葉にナナだけでなくシエルも驚いていた。

 ここに来るまでに聞いた話では、バレンタインのチョコレートは有志によるものだと聞いている。当然ながらその費用は自腹のはずだった。

 しかし予算が出ているとなれば、それは業務の一環になる。

 女性陣の比率の問題はあるものの、やはり、格差があれば多少なりとも是正した方が良いだろうとの判断がそこにあった。

 手慣れた手つきでチョコレートを湯煎で溶かす。そこにあるのは手作業で行う分担だった。

 

 

「だったら、私達も一緒にやって良い?」

 

「それは構いませんが、折角の非番ですが」

 

「それはそうなんだけど、折角なら一緒に参加した方が良いかと思ってね」

 

「そうです。私達もブラッドのみんなに配りたいですから」

 

「そうですか。でしたら止めはしません。それとチョコレートで汚れるかもしれませんので、あそこにあるエプロンの着用をお願いします」

 

 フランの示した場所には畳まれたエプロンが幾つか置かれていた。

 実際にラウンジを貸し切りにしたのは女性陣の作業効率を考えた結果だった。本来であれば男性陣からクレームが来る可能性もあったが、翌日が何なのかを知っている為に、それ以上は何もでない。

 ここで文句の一つも出れば、自分だけが何も貰えない事を分かっているからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バレンタインですか」

 

「そう。この時期はラウンジが立ち入り禁止になるんだよ」

 

「でも、それだと文句が出るんじゃ……」

 

「案外とそうでも無いよ。口では何も言わなくても期待してる人も多いみたいだから」

 

「そうそう。毎年の事だから、ある意味仕方ないんだよ」

 

 北斗は珍しくエイジとコウタの3人でのミッションとなっていた。

 当初は他のメンバーを入れる事も考えたものの、普段では一緒にならないからと北斗はそのままミッションを受注していた。

 改めて言われれば、カウンターにいはヒバリではなくテルオミがせわしなく動いていた事が思い出される。

 当時は疑問があったが、このコウタの言葉に漸くその意味が理解出来ていた。

 

 

「って事は、食事関係は………」

 

「まぁ、仕方ないと言うか、ラウンジだけじゃなくて食堂も全滅かな」

 

「俺、何も用意してないんですけど……」

 

「それなら大丈夫。エイジの部屋に行けば良いだけだから」

 

「でも、エイジさんの部屋は………」

 

 エイジの部屋に居るのはエイジだけではない。当然ながらそこにはアリサも居るはずだった。

 毎年の恒例であれば当然、アリサも準備をしているはず。幾ら誘われたとしても北斗としては遠慮したい部分があった。

 

 

「明日まではアリサは別任務が入ってるから、大丈夫だよ。それに食事だけならそれ程時間もかからないだろうけどね。多分、ソーマやリンドウさんとかも来るだろうから」

 

「そうですか……だったらお言葉に甘えさせていただきます」

 

 決してアリサの事を嫌っている訳では無い。純粋に無粋だと判断しただけだった。

 ラウンジと食堂が無ければ当然、食事の時間は自分で作るか外で済ますかになる。

 リンドウとソーマの名前も出たのであれば安心だと北斗は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《周囲にアラガミの気配は観測できません。帰投の準備をお願いします》

 

「了解。今日って緊急のミッションは?」

 

《一部のエリアでは感応種の確認が取れましたが、リンクサポートシステムによって討伐が確認されています。現時点での討伐予定任務は無し。このまま帰投後は非番になる予定です》

 

「了解」

 

 打てば響く様な言葉にロミオは少しだけ深く息を吐いていた。

 ここ最近は感応種の出没が多々あった事から、目の前で完了したミッションがあったとしても、次のミッションの事も視野に入れる必要があった。

 当然ながら物資は補給は出来るが、戦闘によって疲弊した精神力は早々回復しない。これまでに幾度となく対峙したとしても、ふとした油断をすれば自分の命が簡単に消し飛ぶのは当然だった。

 そんな見えないプレッシャーから解放されたからなのか、ロミオが深い深呼吸を終える頃、突如として届いた通信に更なる驚きを呼んでいた。

 

 

《お疲れのすみません。実は今日と明日の午前中はラウンジは全面利用禁止となっていますので、食事等は各自でお願いします》

 

「マジで?」

 

《はい。既にラウンジだけでなく、食堂の扉も閉ざされていますので》

 

 テルオミの言葉にロミオだけでなくジュリウスもまた驚きを見せていた。事前に知らされているアナウンスではなく、突如として決まった内容に何かを思い出そうとしている。

 一方のロミオは聞いた瞬間は驚きはしたが、何をを思い出したからなのか、なるほどと呟いていた。

                                           

 

 

 

 

「ロミオ、今日は何かあるのか?」

 

「まぁ、あると言えばあるんだけど」

 

「で、何があるんだ?」

 

 先程の通信が気になったからなのか、リヴィは恐らく何をしているのかを知っている様な素振りを見せたロミオに確認していた。

 未だジュリウスは記憶の糸を辿っている様にも見えるが、解決の方法は見せていない。

 それに対して、ロミオは何となく理解した雰囲気を見せたからなのか、リヴィもまたそのまま尋ねただけだった。

 

 

「明日はバレンタインデーだから、多分チョコレート関係だと思う」

 

「それがどう関係あるんだ?」

 

「……まさかとは思うけど、知らないのか?」

 

「だから聞いている」

 

 リヴィのストレートな言葉にロミオは少しだけ頭を掻きながら誰からとなく聞いた話をそのまま伝えていた。

 極東では旧時代にあったイベントの一環として、好きな男性にチョコレートを渡す習慣があり、今日と明日が貸し切りなのは全員が一斉に作っているから。当然ながらその奮闘している姿を見せるのは野暮だからと、ラウンジや食堂は事実上貸し切りになると言う内容だった。

 実際にはロミオもまたコウタから聞いただけの話なので、詳細までは知らない。

 大よそながらの答えではあったが、その内容にリヴィもまたどこか納得した様な雰囲気を出していた。

 

 

「……そうだったのか。私もこれから参加は可能なのか?」

 

「多分、大丈夫だと思うけど確認した方が良いかもしれない」

 

「そうだな。一先ずはアナグラに戻ってからだな」

 

 ロミオの話を聞いたからなのか、リヴィの表情は僅かに砕けていた。今回の件は恐らくナナやシエルもまた知っているはず。

 それがどんな結果をもたらすのかは、誰もが理解出来ないままとなっていた。

                                                                                   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「Happy valentine!」

 

 翌日のアナグラは朝から色々な意味でテンションが高かった。

 既にもらえる予定がある人間は勿論だが、予定が無い人間もまた期待する部分が多かった。

 この時代は色々な意味で実力に優れた人間程、人気がある。

 クレイドルやブラッドは既に周知に事実だが、それ以外の人間もまたサテライトの防衛などを経験しているからなのか、各方面からも声がかかる事が多かった。

 

 

「あ、有難う」

 

「いやぁ、嬉しいなありがとう」

 

 基本的にはオペレーターから出撃後にチョコレートが貰える事を事前に告知されているからか、そこそこの内容のミッションは過去に無い程の速度で完了していた。

 ヒバリだけでなくフランやウララから笑顔で渡されたそれを誰もが大事そうに持って行く。昨日は苦労した甲斐があった。そんな事を思える光景が広がっていた。

 

 

「今年も凄いね」

 

「でも、喜んでくれてますから」

 

「そうだね。それで結果が良いなら尚更だよね。因みにタツミさんは?」

 

「今日の夜には戻るので、その時ですね」

 

「楽しみにしてるんだろうね」

 

「昨日も連絡がありましたから」

 

「相変わらずだね」

 

「アリサさん達程じゃないですよ」

 

「確かに」

 

 アリサ達もだが、ヒバリの所もまた普段からお互いが一緒になる事が少ない為に、結婚当初からのテンションが変わる事は無かった。

 防衛班はサテライトの数が増えるにつれてその範囲が増えていく。人類救済の大義名分があるだけでなく、自分達が人類の守護者であると実感できるからなのか、士気は常に高くなっていた。

 

 当然ながらタツミにも負担は加速度的に増えていく。普段は中々ゆっくり出来ないが、こんな時は必ずと言って良い程に時間を確保していた。

 この光景を見たリッカもまた驚いた様な表情を浮かべ、休憩がてらカウンターに顔を出していた。

 ミッションが早く終われば、次に忙しくなるのは整備班。既に神機の整備もある程度目途が付いた為にここに来ていた。

 今日に限ってはチョコレートが大量に出ている為に、リッカも遠慮なく摘まんでいる。元々種類があったからなのか、その手が止まる事は無かった。 

 

 

 

 

 

「あの……良かったらこれ………」

 

「……ああ、有難う」

 

 普段とは違った一面を見たからなのか、北斗はシエルから貰ったチョコレートを手に硬直していた。

 今日がそうだとは認識していたが、まさか自分が貰えるとは思っていなかったからなのか、頬が赤いシエルに対し、気の利いた言葉一つ出なかった。

 お互いが初めての経験だからなのか、空気が固まる。

 周囲から見ればツッコミが入りそうではあったが、今日は仕方ないがないと言った空気が漂っていた。

 どれ程の時間が経過したのだろうか。何かを言い出すキッカケを作ったのは、この場に突如として入ってきたナナだった。

 

 

「はい、チョコレート。北斗、これ私が作ったんだ。シエルちゃんも一生懸命作ったから食べてね」

 

「あ、ああ。有難く頂くよ」

 

「うんうん。そうだよね。で、来月は宜しくね」

 

「来月?」

 

 突然のナナの言葉に北斗の思考が一向にまとまらない。バレンタインの言葉でさえ初めて聞いたからなのか、ナナの思惑に気が付かなかった。

 

 

「来月はホワイトデーなんだって。極東だと3倍返しなんだって。楽しみにしてるね!」

 

「ちょ……」

 

 言いたい事を言いきったからなのか、ナナはそのままギルの下へと移動している。お返しが前提だったからなのか、その足取りは軽かった。

 

 

「あの……私はそんな事考えていませんでしたので」

 

「いや。何か考えておくよ」

 

「では、お待ちしてますね」

 

 これ以上は耐えられないと悟ったからなのか、シエルはそのまま直ぐに退散していた。ナナの言葉通り、来月に何かあるのであれば返す物を考えるしかない。

 手に持った2つの箱を手に、北斗はそんな取り止めの無い事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう…間に合わない」

 

 アリサはこれまでに無い程に全力でアナグラへと帰還していた。

 元々予定では無かった任務ではあったが、アリサが行かない事には収拾がつかないままだった。

 サテライトの中でも比較的新しく入居した人間は何かにつけてトラブルになる事が多かった。

 当然ながら防衛班の人間も仲裁には入るが、全部を捌く事は出来ない。本来であればエイジも行く事が可能だったが、今回の騒動の大半は男性だった事からアリサに白羽の矢が立っていた。

 

 当然ながらアリサが顔を出した事によって騒動は一気に収束していく。本来であれば直ぐにも戻る予定だったが、折角だからと住人に引き止められていた。

 当然ながらアリサもまた前日には準備して今日に挑むはずだった。しかし、時間は既にかなり遅くなっている。

 エイジならともかく、今のアリサの腕前では作る事は時間的に不可能だった。となれば既製品に頼るしかない。しかし、目の端に見える時刻は既に外部居住区の店舗も閉店している時間だった。

 最近になって漸く時間にゆとりが出来たから、エイジには期待してほしいとまで言ってのこの状態。アリサは内心泣きそうだった。

 エイジであれば気にする事は無いが、やはり今日の日に向けて予定していた事が出来ないのは色々な意味で残念でしかなかった。

 

 

「あら、アリサちゃん。遅かったのね」

 

「ええ。色々とありまして………」

 

「入植直後は何かと不安定になりやすいのは仕方ないわね」

 

「気持ちは分からないでもありませんので」

 

 サテライトは基本的には抽選による入植となっている。当然ながらそこには何度も漏れた人も居れば、簡単には入れた人も居る。温度差が異なる為に、価値観は大きく異なっていた。

 小さな事も積み重なれば、最後は大きな軋轢になる。今回はそれが爆発した結果だった。

 

 

「それと、今日はバレンタインだったわね。もう準備してあった?」

 

「それが…………」

 

「忙しかったのよね……そうだ、良かったらこれ渡したらどう?案外と喜ぶかもね」

 

「ですが、これは弥生さんのですよね?」

 

 小さな箱を渡されたまではよかったが、これが何なのかがアリサには分からなかった。

 バレンタインの言葉からすれば何かしらのチョコレートの様にも見えない事は無い。しかし、箱の大きさはそれ程ではなかった。

 今から買う事も作る事も出来ない。折角の弥生からの提供に、アリサは遠慮しながらも確認していた。

 

 

「私はあくまでも使う必要が無かったから良いのよ。それに、私よりアリサちゃんの方が余程良い使い方をしてくれると思うから」

 

「ありがとうございます」

 

「良かったら、後で教えてね」

 

 既に弥生の言葉がアリサに届く事はなかった。気が付けばアリサは既にエレベーターの中。余程慌てていたのか、弥生は少しだけ溜息が漏れていた。

 

 

 

 

 

「あの……これなんですけど」

 

「良いの?」

 

「今回は既製品ですみません。来年はちゃんと作りますから」

 

「いや。貰えるだけで嬉しいよ」

 

 食事を終えてからアリサは弥生から貰ったそれをそのままエイジに渡していた。

 中身は聞いていないが、今日貰えるのであればと確認すらしていない。迂闊だと気が付いたのはエイジが包み紙を開けている最中だった。

 パッケージを開けた瞬間、エイジが固まる。当然の出来事にアリサは少しだけ心配になっていた。

 

 

「どうかしたんですか?」

 

「これって自分で買った?」

 

「いえ。弥生さんから貰いました」

 

「……そう」

 

 エイジは中にあったと思われたメモをそのままアリサに渡している。綺麗な字で書かれていたのは、箱の中身の使い方だった。

 書かれた内容を左から右へと読んでいく。そこで漸く中身が何なのかを理解していた。

 

 

「あの、これ渡した物ですけど、使っても良いですか?」

 

「流石に僕は使えないからね」

 

 箱に入っていたのは桜色のリップの様な物だった。少しだけ甘く香るそれが何なのかは理解出来る。しかし、エイジにはそれを自分で使う概念は無かった。

 手に取ったリップをアリサは自分の唇に塗っていく。薄くついたそれをアリサはそのままエイジの唇に塗る様に押し当てていた。

 

 

 

 

 

「これって、チョコレートなんだね」

 

「はい。メモにはそう書いてありましたので」

 

 少しだけ離れた事で最低限の言葉だけを口に、アリサは再びそれを押し当てていた。

 食べる物ではあったが、まさかこんな形で渡す物だとは思わなかったからなのか、何時も以上に深く感じる。

 その日は何時もよりも部屋の証明が消える時間が早かった。

                         

 

 

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