神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第129話 女子力のすゝめ

 静寂な空間に漂うのは張り詰めた空気だった。

 元々ゴッドイーターとして生きる者からすれば、常に緊張感とは隣り合わせ。当然ながら張りつめた空気の中での当たり前の様に過ごせるはずだった。

 しかし、今回の件に関してはその限りではない。これまでに無い程の張りつめた空気はそのまま当人の緊張感を高めるだけになっていた。

 

 

「……どうした?遠慮はしなくても良いんだぞ」

 

「で、では…………」

 

 その声に何か覚悟を決めたのか、まだ少女と呼べる黒髪の女がゆっくりと出されたお椀を手にする。

 ここで粗相をする訳には行かない。今出来るのは、最低限の行動だけ。

 お椀に注がれた液体を飲み干すも、その味わいは全く分からない。緊張感が高いからこそ、その動きは更にぎこちなさを発揮していた。

 

 

「け、け、結構なお点前……で」

 

 三度お椀を回し、自分の口を付けた場所をずらす。以前にも経験はしたものの、ここまで緊張する物では無かった。

 だからと言って今更逃げる事は叶わない。自分から言い出した以上、完全に追わるまでは姿勢さえも緩める事は出来なかった。

 お椀を自分の手前に置くと同時に、薄く息を吐く。一息つける頃には、隣に居た銀髪の少女が先程の自分と同じ行動をしていた。

 

 

 

 

 

「だ~やっぱり緊張するよ。やるって言わなきゃ良かったよ」

 

「ですが、これも一つの作法だと聞きましたが」

 

「確かにそうなんだけどさ………もっとこう、ライトな感じの方が良かった」

 

 一通りの作法が終わったからなのか、女主人はそのまま部屋から退出していた。

 元々今回の言い出しっぺはナナ。シエルのツッコミは尤もではあるが、まさかこれ程だとは思わなかった。

 途中で出された生菓子の味など、記憶にすらない。女主人もまたそれを予測したからこそ、敢えて何も言わずに退出していた。

 

 

「だが、私も時折こうやって練習してる。マルグリットやアリサもそうらしいぞ」

 

「そりゃ……リヴィちゃん達は慣れてるからだよ。私は今日が初めてなんだし」

 

「誰もが最初は初心者だ。私だって当初はこんなつもりでは無かったんだが」

 

「そうですよ。誰だって最初から慣れている人は居ません。ですが、今回のこれはある意味では良い精神修養に通じるかと思いますよ」

 

「まぁ……そうなんだよね」

 

 長時間の慣れない正座にナナの脚は完全に痺れていた。

 今、何かの事情で直ぐに動けと言われても動く事は絶対に出来ない。

 慣れない行為に慣れない空間。自分が言い出した事とは言え、実際に行動に起こしたからなのか、その場でもじもじとするしか無かった。

 狭い空間に聞こえる音は風炉の音だけ。お湯が沸く僅かな音だけが背後の音を奏でていた。

 

 

「ナナ。無理に女子力とやらを高める必要は無いと思うんだが」

 

「いや。それはダメだって。折角やり始めたんだし、最後までやり切りたいんだよ」

 

 ナナの意気込みにリヴィは僅かに溜息を漏らし、シエルは笑顔を浮かべたまま。元々はこんな話ではなかったはず。

 ナナとしても最初はもう少し穏やかに出来る物だと思い込んでいた。

 別にキャッハウフフとしたい訳では無い。皆がやってるなら少しは出来た方が良い程度でしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日も疲れた~。こうやってシャワー浴びてたら漸く一日が終わったって感じがするよ」

 

「最近は特に厳しい日が続きましたからね。私も少し疲れました」

 

 ミッションが終わり、ナナ達は真っ先にシャワールームへと直行していた。

 本来であれば一旦はロビーで手続きをしてからが適切ではあるが、流石に汗の臭いを振り撒いたまま行くのはどうかと考えていた。

 実際に汗だけでなく、場合によっては泥や血に塗れるケースも少なくない。ましてやナナの様に薄着であればより顕著だった。

 しかし、ここ極東に関してはヒバリもまたそれぞれの考えを理解しているからなのか、特に厳しい事を言う事は無かった。

 ヒバリだけでなくサクヤもまた以前は同じだった為に口にする事は無い。その結果として、このやり方が綿々と引き継がれていた。

 

 

「そう言えば、リヴィちゃんはまだ出てこないね」

 

「時間的にはそろそろだと思いますよ」

 

 お互いが頭にタオルを巻き、髪の余剰水分をふき取っていた。

 躰にはまだ、バスタオルを巻いたまま。事前に用意した着替えをする事でロビーへと行く手筈だった。

 ナナが言う様に、気が付けばまだリヴィがブースから出てこない。純粋に洗うだけなのに、これ程時間がかかるとは思って無かったからなのか、何となくとりとめのない事を口にした直後だった。

 

 

「済まない。どうやら私が最後だったみたいだな」

 

「え……あ、うん。大丈夫だよ」

 

 ナナは珍しく言い淀んでいた。それもそのはず。リヴィもまた二人とは同じ状態ではあったが、何となく自分達とは違っていた。

 具体的に見た目が違う訳では無い。その存在感が明らかに違っていた。

 

 

「何だ?何か私に付いてるか?」

 

「う、ううん。違うんだけど、何だかちょっと………」

 

 言い淀むナナの態度にリヴィもまた疑問が湧いていた。リヴィそのものは何も変化がった訳では無い。

 事実、隣に居たシエルも疑問らしいものは感じていない。何が違うのかは分からないが、何となく雰囲気が違う事だけは間違いなかった。

 

 

「まぁ……気になる事が分かったら、教えてくれないか」

 

「辺に引き止めてゴメンね。さて……と。ヒバリさんの所に早く行かなきゃね」

 

 何が違うのかは分からない。何となくモヤモヤしたままシャワールームを後にしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、そんな事までやってるの?」

 

「私としてはそれ程だとは思っていないんだが、結果的にはそうなってる」

 

 ナナの不意に感じた違和感はリヴィの言葉によって解消されていた。

 リヴィは元々神機の使い方の技術向上の為にマルグリットに確認したのがキッカケだった。

 同じヴァリアントサイズを使う人間はかなり限定されている。扱い方が特殊であると同時に、刀剣類の様な直線的な動きでは無く曲線を描く動きは、周囲の状況やアラガミと自分の正確な位置を把握していない限り効果的に動けない。周囲を巻き込む様な攻撃は味方からも敬遠されるからだった。

 だからこそ最小限の動きで最大限の威力を叩きつける事がこの神機を扱う上での最上の使い方だった。

 

 曲線を描く為には円運動を体幹の動きを細やかにする必要がある。その為に舞踊を習った事だった。

 この経緯はブラッドのメンバー全員が知っている。しかし、単純に神機を扱う為だけのはずが、気が付けばそれ以上の事までやっているとは思わなかった。

 精々が修練の為に着付けをする程度。ナナの認識はその程度だった。

 

 

「でも、そんな事までやってたら時間なんて足りないよね?」

 

「一つ一つを極める程であれば、そうかもしれない。私も教わっているのは初歩の初歩に過ぎないからな」

 

 リヴィの言葉にナナだけでなく、その場にいたシエルもまた驚いていた。

 実際にそれが何の足しになるのかは分からない。しかし、無駄な事を教える様な場所で無い事は理解しているからなのか、疑問にこそ思うも、それ以上は何も無かった。

 記憶を辿れば以前の花見の際にも野立てをしている。当時はまだ何も分からないままにやっていたが、今となっては当時以上に洗練されていた。

 アナグラで雅じみた事は無いが、屋敷ではありえる話だった。

 

 

「そう言われれば、アリサさんやマルグリットさんも同じですね」

 

「………なるほど。だからなのかな………でも……」

 

「あの、ナナ……さん。どうかしました?」

 

 一人ブツブツと言ってる様なナナを心配したからなのか、シエルは様子を伺っていた。

 それと同時に何となく嫌な予感がする。これまでの記憶が正しければ、ナナがこうなれば高確率で何かをする事が予測出来ていた。

 先程とは違う意味でシエルに緊張感が漂う。決して自分の身に不利にならないものではあるが、それでもやはり、ここから予想される物が何なのかは分からないままだった。

 

 

「シエルちゃん!」

 

「は、はい。何でしょうか」

 

「さっきの違和感は、多分身に付けた女子力なんだよ」

 

「はい?」

 

「だから、リヴィちゃんの身に付けたそれは女子力を高める何かなんだって!」

 

 唐突に言われた事にシエルの理解が追い付かない。少なくともシエルの脳内の辞書に女子力と言う単語は存在していなかった。

 ナナの言わんとする事は何となく分からないでもない。しかし、それがどうしてそれに繋がったのかは分からずじまいだった。

 

 

「でも、誰に言えば良いんだろう?やっぱり弥生さんかな。リヴィちゃんは誰に言われたの?」

 

「私か?私はマルグリットさんからだな」

 

 ナナの言葉にリヴィは当時の事を思い出していた。

 経緯はともかく、結果的にはマルグリットからの口利きに近い物があった。

 事実、リヴィ自身も当時は戸惑いながら気が付けばそれなりの状況が確定していた。

 当時の事はともかく、今となっては懐かしい記憶。まだ時間的にはそれ程経過していないが、それでもやはりスコアの伸びを考えれば悪い思いは無かった。

 

 

「確か、第一部隊はまだミッション中だよね。帰投したら連絡貰えるように動かなきゃ!」

 

 有言実行。ナナは進むべき道が見えたからなのか、振り向く事なくそのまま目的の場所へと走っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それは構いませんが、何か問題があったんですか?」

 

「実は、ちょっと………」

 

 ヒバリの質問にナナは少しだけ照れた表情でこまでの経緯を話していた。実際に個人の突っ込んだ内容に関しては話の内容によっては色々と教えてくれる事もあった。しかし、今回の件に関してはヒバリの範疇を超えている。

 少なくともマルグリットやリヴィの様な状況となれば、頼る人間は自ずと決まっていた。

 

 

「でしたら、弥生さんに一度相談してみてはどうですか?」

 

「でも……」

 

「大丈夫ですよ。女は度胸ですよ」

 

 笑顔で言われればナナとしてもそれ以上の事は何も言えない。当然の事ながら弥生に話を持って行く時点で何となく予想は出来ていた。

 だからと言って自分が言い出した事を簡単に翻すのもまた癪だった。

 

 

「じゃあ、話をしてみるよ」

 

 やる事が決まったのであれば、後は実行に移すだけ。その為にナナは弥生の下へと歩き出していた。

 

 

 

 

 

 

「それは構わないんだけど、時間はどうするの?」

 

「ミッションとか色々と予定もあると思うので、出来れば半日か一日位で何とか………」

 

「そうね。それ位の時間だとやれる事はそれ程多く無いわね」

 

「実際に少しだけ体験したいってのが本当の事なので……」

 

 幸運にも弥生は直ぐに捕まっていた。

 普段であれば何かと動いている為に、ゆっくりと話をする機会はそう多く無い。

 向こうからであれば未だしも、支部長室以外で会おうと思うと案外と苦労する部分があった。

 だからこそ、このチャンスを活かすしかない。詳しい事は横に置いても、今はただ自分の事を優先していた。

 

 

「確かナナちゃんのスケジュールだと明日は非番のはずよね。だったら、今晩から早速やった方が良いかもね。じゃあ、屋敷に行こうっか」

 

「でも、何をやるんですか?」

 

「それは行ってからのお楽しみって事で。その方が楽しそうでしょ」

 

「あ、はい」

 

 既に決定すた以上、ナナはその言葉に従うしかない。リヴィやマルグリットが屋敷で何かをしている以上、自分もまた同じであるのは間違い無かった。

 

 

 

 

 

「まさか、このメンバーでここに来るとは思わなかったな」

 

「でも、何だか少し楽しそうだよね」

 

 ナナだけでなく、実際にはリヴィとシエルも同じ結果となっていた。

 元々リヴィはここで既にやっている為に、大よその事は予測している。しかし、ナナとシエルに関しては、案外とここに来る機会はそう多く無かった。

 実際に屋敷とアナグラの関係は無に等しい。エイジやアリサ、ナオヤなど割と身内の関係者であれば気後れする事も無いが、ブラッドからすればそうでも無かった。

 精々がロミオが厳しい鍛錬をする際に来る程度。そんな背景もあったからなのか、二人がここに来る際には常に目新しい物が多かった。

 

 

「お疲れ様でした。今日はこのままゆっくりとして頂ければ結構です。明日は少しだけ早い時間から動くと聞いていますので」

 

「私達の為に申し訳ありません」

 

「いえ。こんな時代ですから、何事も経験出来る時にされた方がこちらとしても嬉しいですから」

 

 女中の言葉にナナは少しだけ頬を掻きながら照れくさいと同時に申し訳ない感情が先に出ていた。

 事の発端は自分の思いつきでしかない。しかし、ここに来た際にはそんな雰囲気は微塵も無かった。

 当然ながら軽く終わる可能性は殆ど無い。これが長期になれば話は変わるが、長くても今日一日でしかない為に何とか踏ん張れるだけのゆとりがそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、ナナ達は見てないが、何か予定でもあったのか?」

 

「いや。特に何も無かったと思うけど……」

 

 朝のラウンジは少しだけ何時もとは空気が違っていた。

 何時もであれば何かを騒がしい元となるナナの存在が、今日に限ってはその鳴りを潜めている。普段はそれほど気にならないが、一度気になれば後は簡単だった。

 意識した目で改めて周囲を確認する。ジュリウスが言う様に、普段の騒がしい元が無い為に、珍しく朝の穏やかな時間が流れていた。

 

 

「そう言えば、昨晩から見てなかった様な気がする」

 

「そうか。元々今日は非番なんだ。やる事も色々とあるのかもしれんな」

 

 ジュリウスの自己完結にロミオとギルもまたそれ以上は何も言う事は無かった。

 最近になってようやく農作業のコツを掴んだからなのか、以前に比べでかなりスムーズになっていた。

 既に幾つもの野菜を栽培し、その殆どが当初の目的を果たす事が出来る程の品揃えとなっている。

 幾らブラッドと言えど、非番の時まで干渉する事は無い。

 ジュリウスもまた、自分の事で手一杯だからなのか、改めてこれまでまとめてきた農作業に関するレポートの作成に取り掛かっていた。

 

 

「あれ、珍しいな。今日はブラッドは非番なんだよな」

 

「リンドウさん。おはようございます」

 

 取り止めの無い空気を壊したのは早朝の哨戒任務についていたリンドウだった。

 早い時間帯での巡回は意外とアラガミとの交戦はそう多く無い。精々が遠目に見るだけの事が多く、リンドウもまた同じだった。

 当然の様にそのままカウンター席に座る。事前に連絡してあったからなのか、頼む事無くそのまま朝食が出されていた。

 

 

「そう言えば、屋敷にあの三人が泊まったって聞いたんだが、何か教導のメニューでもあったか?」

 

「いえ。まさか屋敷だなんて知りませんでした」

 

「そうか。ナナが音頭を取ったって聞いたから、また何かするのかと思ったんだが」

 

 リンドウの言葉に三人は何となく嫌な予感がしていた。決してナナが何か思い付きでやっているなんて思いはしないが、それでもリンドウが態々嘘を言う必要は無い。余程の事が無い限りは大丈夫だとは思っても、やはりこれまでの事を考えると、どこか重い気分が漂っていた。

 

 

「俺達は何も聞いてませんので。詳しい事はまた後日でにでも聞いてみます」

 

「そうか。まぁ、何だ。色々と経験する事は悪く無いからな」

 

 リンドウもまた何か思う所があったのか、そのまま食事を始めていた。

 非番である以上は緊急出動さえ問題無ければ、何をしようとも問題にはならない。ましてや場所が場所なだけに、改めて心配する様な人間は誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いきなりこれから始まるなんて………」

 

 ナナが手にしているのは一つの扇子。時間が無いが、女らしさを手っ取り早く身に付ける為にと弥生が提案した事を実践していた。

 これまでリヴィはやってきている為に苦にならないが、ナナとシエルに関してはその限りでは無い。本来であればもう少し厳しくやる事が多いが、今回に関してはまだ触り程度の為に最低限の指導のとどまっていた。

 

 

「ですが、これに関しては実は私も少しだけ興味がありましたので」

 

「え、そうなんだ」

 

 シエルの意外な言葉にナナは驚いていた。

 元々この舞踊に関しては体幹を鍛えると同時に、自分の躰の状態に向き合う事が前提となっていた。

 ゆっくり動く事により、より微細な状態で躰を動かす事が要求される。しかも、ゆっくりと動く事によって嫌が応にも重心と言うものを理解させられていた。

 それだけではない。着物はどうしても動き一つとってもかなり制限される事が多い。

 その結果、少ない動きで最大限の効果を発揮するには持って来いだった。

 

 

「最小の足さばきで最大限の効果を発揮する事は乱戦になってからかなり有効かと思われます。それに、動きのロスが少ないとなればトータルで見た場合にスタミナ切れになる確率も減少しますので」

 

「なるほど……流石はシエルちゃんだね。私はそこまで考えてなかったよ」

 

「いえ。これもナナさんのお蔭ですから」

 

 幾ら興味があろうとも肝心の最初の第一歩はシエルにとってはあまりにも遠い物だった。

 幸か不幸か、その交渉はナナが全面的にやってくれている。ある意味ではシエルもまた今回の件には興味本位だけで臨んでいる訳では無かった。

 舞踊は足さばきだけを重視した事により、上半身の動きはそれほど大きい訳では無い。その為に思ったよりも消耗の度合いは少ない物となっていた。

 

 

 

 

 

「後はお茶だよね。確か三回回すんだよね」

 

「そうだな。だが、先程とは違って相手がある。適当とまではいかないが、細心の注意を払わないと後が大変だぞ」

 

 舞踊の内容が内容だったからなのか、ナナの中ではそれなりにリラックスし始めていた。

 話をこれまで聞いた際にはさぞ厳しい物だと思ったものの、実際にはそれ程でも無かった。

 今回に関しては大よそ半日程度で終わる予定。丸一日は難しいと判断した結果だった。

 以前に経験した野点を考えれば恐らくは何とかなるはず。ナナだけでなくシエルもまた同じ様な事を考えていた。

 その矢先に小さな音と共に襖が開く。今回の主人が誰のかが、ここで初めて知る事になっていた。

 

 

「待たせたようだな」

 

「あ、あの……ツバキ教官がやるんですか?」

 

「そうだ。今回は体験程度だと聞いている。だが、姿勢だけは崩すなよ」

 

 ツバキの言葉に屁や全体の空気が引き締まる。これまでが屋敷の人間だった為に、今回もまた同じだと勝手に判断していた。

 だからこそツバキが入室した事により、これまで弛緩し始めた空気が一気に引き締まる。ここで漸く本当の意味で始まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「漸く終わった………最後がツバキ教官だなんて想定外だよ」

 

「ですが、ある意味では締まった内容になって良かったんじゃないですか?」

 

「確かにそうだけど………」

 

 最後の茶道に関してはツバキもまた三人の状況を判断しながら進めていた。

 実際にツバキの手つきに澱みは無く、またその立ち振る舞いには隙が無い。戦場とは違う緊張感がそこに漂っていた。

 

 命の危険はないが、ある意味ではそれよりも高度な緊張感が要求される。最初にお椀を取る際には、完全に手が緊張感のあまり震えていた。

 一息も緩む事が無い空間。これ程の重圧はある意味では戦闘以上であった事は後になって実感していた。

 これまで来ていた着物を脱ぎ、普段着ている服へと着替える。そこにあったのは先程まで着物を着ていた感覚だった。

 歩く所作一つとっても気品がある。ナナだけでなくシエルもまた気が付いたのは、アナグラに戻って指摘されてからだった。

 

 

 

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