神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第132話 出る杭

 常に雑多な感じがするアナグラのロビーは常に人の出入りが多いからなのか、静寂な空間をこれまでに作った事は片手で足りる程しかなかった。

 記憶がある中では、まだ終末捕喰に対する計画が発令され、人影が一気に消えた頃。そして螺旋の樹の崩壊直前位しか無かった。

 ここはゴッドイーターだけでなく、一般の人々も訪れる為に、余程の事が無ければあり得ない。事実、ここに一番長く居るであろうヒバリもまた、この光景は実に珍しいとさえ考えていた。

 何故なら、何時もであればあり得ないと言える程に珍しい光景を見た。その言葉が一番しっくりと思われたからだった。

 

 

「あの、今日はどうかしたんですか?」

 

「私にもさっぱり。何となくであれば予想は出来ますけど」

 

 違和感しか無いロビーの静寂を破ったのはミッションから帰投したシエル。

 記憶が正しければ特段重要なミッションも無ければ、問題も発生していないはず。厳密に言えば静寂と言うよりも、怖いと言った表情を浮かべた男の姿が多い様にも見えていた。

 

 

「予想………ですか」

 

「ブラッドの皆さんにはあまり関係が無い話ですが、元々今日から少しだけ予定があったんですよ。で、時間的にはこれからだったので、恐らくはそうなんだろうと。ただ、ちょっとだけ状況的には厳しいかもしれませんね」

 

「はあ…………」

 

 ヒバリの何とも言いようが無い言葉に、シエルもまた何となく気の抜けた返事しか出来なかった。

 ブラッドに関係が無いのであれば当然、シエル達に情報は降りてこない。これがミッションに繋がる何かであれば情報は常に公開されている事を知っているからこそ、何か奥歯に挟まった言い方をしたヒバリにどうした物かと考えていた。

 

 

「私はまだ仕事中なので、あくまでも予想です。ですが、ラウンジに行けば何となく分かるかと思いますよ」

 

「なるほど。でしたら一度見てみます」

 

 お互いが話をしながらもヒバリの手は止まる事無く動き、目も画面から離れる事は無かった。

 人の機微には疎いとは言え、これ程の状況を作り出すのであれば何らかの理由があるはず。最近になってシエルもまた少しづつ、かなり緩やかにではあったがここの環境に毒されていた。

 シエル自身は気が付いていないが、レアが見れば驚くのかもしれない。報告と報酬の授受が終わったからなのか、少しだけラウンジに足を運ぼうと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから何度同じ事を言えば分かるんだ。その件に関してはそっちの話であって、こっちには関係ないはずだ!実証?既にレポートは送ってる。どうしてそんな単純な事が分からないんだ。本当に貴様は研究者なのか!」

 

「………当然だ。その為の計画書だろうが!」

 

 ラウンジの中は混沌としていた。普段であれば穏やか空間が作られるはずの場所。にも拘わらず、今はその空間はひんやりとしている様だった。

 その原因はソーマの怒声。まるで戦場だと言わんばかりに響く声に、誰もが僅かに恐怖を感じていたからだった。

 シエルが周囲を見渡せば誰もが恐れているからなのか、カウンター席の近くに寄りつこうとしない。

 普段であれば誰が扉を開けてもそれ程気にしないが、今回に限ってだけは誰もがその先に助けを求めるかの様にシエルに視線が集中していた。

 

 

「あの………どうかしたんですか?」

 

「詳しい事は俺も知らん。だが、さっきあった連絡で問題があったらしい」

 

 シエル自身に視線が集中した事に、珍しく内心では怯んでいた。それもそのはず。人の視線はそれそものにはそれ程問題は無いが、何らかの都合で一斉に視線が向けば、まるで質量を持ったかの様に感じる。

 幾度となく戦ってきたアラガミならばともかく、まさかアナグラのラウンジでこんな視線を浴びるとは思ってもみなかった。

 未だ完全にコミュニケーションが取れないシエルからすれば、まさに無言の暴力に等しい物。助けを求めるかの様に視界に入ったギルに話しかけたのは、ある意味では当然の事だった。

 

 

「連絡ですか?」

 

「俺も知らないんだ。ただ、さっきまで普通にしていたんだが、連絡が入ってからああなっている」

 

 シエルの問に、ギルもまた自分の知り得る範囲の中で答えるしか無かった。

 少なくともブラッドが持つソーマのイメージは、常に冷静でどこか寡黙な物。しかし、今目の前で怒声を飛ばしているのもまた同じ人物だった。

 改めて周囲を見れば、今居るのはクレイドルやブラッドとは縁遠い人間が殆ど。だからなのか、ソーマの今の姿に驚きと同時に恐怖を感じていた。

 歴戦の猛者が飛ばす怒気は尋常ではない。この状況を戦場で例えるなら、神融種や変異種と交戦しているクラス。耐性が無ければ卒倒するかと思える程だった。

 

 

「因みに、ツバキ教官は?」

 

「今日は見ていない。予定があったんじゃないか」

 

「だとすれば、このまま放置しておくのは些か拙いのでは?」

 

「それはそうだが…………シエルなら行けるか?」

 

「………無理ですね。私では止める事は不可能です。今のソーマ博士に何を言えば良いのかすら思い浮かびません」

 

「そうだな。あれだけ普段は冷静になれる人がああにまでなるんだ。俺も絶対に無理だ」

 

 周囲には聞こえない程の声量だったのか、二人の会話を盗み聞きする様な人間は居なかった。

 実際に何が原因なのかすら分からない。仮に自分が知っているメンバーの中で検索したが、この状況を収める事が出来る人間は不在だった。

 仮に出来る前提で考えれば、残念な事に該当人物は誰もが不在となっていた。第一部隊は未だミッションだからなのか、まだコウタやマルグリットを見ていない。そしてクレイドルもまだ不在だった。

 珍しくリンドウはサクヤと同じ予定だったからなのかここにはおらず、頼みの綱のエイジもまたアリサと外に出ている。

 ベテランもまた頼りにならない今、この嵐の様な時間が速やかに過ぎてほしいと考えていた。

 本来であれば直ぐにでもここから出ればいいのかもしれない。しかし、威圧に近い空気がそれを許さなかった。

 未だ死線を超える事が出来ない新人は身動き一つ取れない。この空気を何とかしてほしいと願う視線はこちらに向けれているが、だからと言ってギルとシエルもまた何も出来なかった。

 

 

 

 

 

「馬鹿が。此方に責任を押し付けるな」

 

 普段であればソーマとてこれ程までに怒りを覚える事は無かった。

 以前にも聞いていた論文の盗用。ソーマ自身も最初の頃はどこか他人事の様に無明や榊の言葉を聞き流していたが、まさかそれが自分に降りかかるとは思わなかった。

 

 元々今回の件に関してはその大元となるアラガミは極東支部エリアにしか出没していない。絶対は無いが、それでもフェンリル全体のデータを照らし合わせれば、それは当然だった。

 なぜなら今回の論文のテーマが変異種等におけるアラガミの進化に関する考察。

 当然ながらそこから発生するでろう可能性と、今後の神機に関する有用性も含まれている。

 そうなれば、ある程度の実践データが必要となる為に、他の地域では事実上不可能に近い物だった。当然ながら出す前に何度も確認をしている。本来であれば明日にもここを出発する予定だった。

 

 しかし、前日になった突如の似た様な内容での論文提出。これが普通に考えれば後に出している人間に盗用を疑うが、生憎とまだ駆け出しだからとソーマが疑われていた。

 寝耳に水の情報に激怒するのはある意味では当然の事。幾ら冷静になれと言われても平然となれるはずが無かった。

 端末の向こうの担当者もソーマの怒りが伝わっているからなのか、どこか声が震えている。そもそも現場を良く知る人間ではなく、机の上だけの理論で出された人間を法を優先するのであれば、何らかの介入があると考えるのは当然だった。

 ソーマ自身、態々発表する必要は無いと最初は考えていた。しかし、内容が内容なだけにこの内容に信憑性が出れば、最前線で動くゴッドイーターにも警鐘を促す事も出来る。そんな意思の表れを踏みにじられれば、今の現状になるのは当然だった。

 通信が切れたとは言え、その感情が直ぐに収まる事は無い。周囲が見えなかったからなのか、ここで漸く落ち着く事が可能となっていた。

 

 

「当然だ。今回の件はキャンセルする」

 

 それ以上の議論は無駄だと悟ったからなのか、それ以上の会話をソーマ自身するつもりが無かった。

 何も無かったかの様に通信端末の電源を落とす。気が付けば周囲の空気は完全に呑まれた様になっていた。

 

 

「ムツミ。怖がらせたみたいだな。すまん」

 

「い、いえ。私は……大丈夫………です」

 

 少しだけ冷静になったからなのか、ソーマは改めて周囲を見渡していた。

 人の数はそれ程ではないが、誰もが顔色が悪い。自分でも少しばかり熱くなった記憶はあるが、それ程だとは思っていなかった。

 少しだけバツが悪いと考えたからなのか、珍しく頭をガリガリと掻く。この空気が誰のせいかと言われれば、確実に自分であると判断出来る程だった。

 

 

「詫びって訳じゃないんだが、ここに居る連中の費用は俺に回してくれ」

 

「分かりました。そうします」

 

「すまんな」

 

 威圧する空気が解けはしたが、それでも尚、元に戻るには少々に時間を有していた。

 本能から来る恐怖は早々解けない。仮にここにツバキが居れば確実に叱咤する場面ではあったが、生憎とツバキはこの場には居ない。今出来る事は、お茶を濁すより無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「少しは丸くなったかと思ったんですけど、何も変わってませんね。もう少し大人になったらどうなんですか?」

 

「誰だってあの状況だと怒るのは当然だ。元々多少の妨害が入る可能性はあったが、まさかあそこまで仕掛けるとは思わなかっただけだ」

 

 昼間の一件はクレイドルの耳にも届いていた。実際にソーマに限った話では無いが、エイジやリンドウもまた感情を露わにすれば同じ事が出来る。これまでにここの支部を支えてきた経験と生き残った実力は、ある意味では完全に突き抜けていたからだった。

 本来の性格からすれば早々なる事は無い。だからこそ、今回の話を聞いたアリサやコウタもまた苦笑いするよりなかった。

 事実、苦情は出ないが、噂は出る。その結果がアリサの第一声だった。

 

 

「でも妨害って、そんな事あるのか?俺達には分からない世界なんだけどさ」

 

「元々今回の件に関しては、アラガミ進化論における補完の意味合いが大きい。勿論、()()の論文を使う事は少しだけ業腹ではあったが、内容そのものが悪い訳では無い。一研究者として考えた場合に、論理的な内容は助かるんだ」

 

 ソーマの()()の言葉にアリサだけでなく、コウタもまたそれ以上は何も言わなかった。

 あれは今では機密に当たる事件の首謀者が世間に出した内容。その可能性と実証性はフェンリルにとっても大きな波紋を立てる程だった。

 その理論を利用した結果はアリサやコウタもまだ記憶には新しい。だからなのか、何故ソーマがそれ程までに感情を露わにするのかを分かっていた。

 

 

「でもさ、研究者の世界って難しいよな。自分が憎いと思った相手でも尊重出来る物は重視するんだろ。それって大変なんじゃない?」

 

「コウタの言わんとする事は分かる。勿論、俺も最初はそう考えていた。だが、感情と理論は別物だ。お前の神機だって同じ事だろ」

 

「……まあ、そう言われればどうだけどさ」

 

 ソーマの言葉にコウタは言葉に詰まっていた。

 まだ配属された初期の頃、自分の扱う神機は元々はツバキが現役の際に使用していた物だと聞かされていた。

 当然ながら中古などと言った感情は無いが、前の持ち主から叱咤される度に何の感情も湧かなかった訳では無い。今では完全に消化された感情ではあるが、ソーマの的確な言葉に、コウタは何となく理解させられていた。

 

 

「それに論文は俺だけの問題ではない。人類に対する希望の光でもあるんだ。その程度の感情なら飲み込むだけだ」

 

 何時もであれば飲まないアルコールをソーマは口にしていた。

 元々明日からは本部に行く予定が入っていた為に、ぽっかりと穴が開いていた。

 何時もであれば他の仕事や研究を入れるのがこれまでではあったが、やはり一度ささくれた感情はそう簡単には落ち着かない。その結果としてソーマは屋敷に強引に逗留する事になっていた。

 

 

「コウタだって隊長なら分かるんじゃないですか?誰だってそんな時はありますから」

 

「そう言われればそうだけど………」

 

「結果的にどうなるのかは私には分かりませんが、万が一それが盗用されて、それが発表される事になっても問題があればそれまでの話ですよ」

 

「アリサは何でそんな事知ってるんだよ」

 

(たしな)みですよ。嗜み。コウタとは違いますから」

 

「へいへい。俺は何も知りませんよ」

 

 実際にアリサもまたクレイドルの内容に近い物に関しては幾つかの論文には目を通していた。

 実際に一般人をアラガミから護る為には何らかの力は確実に必要となる。それが何であれ、人類に対しての希望となるならばとの一心からだった。

 幸いにも難しい内容は聞けば教えてくれる人物が、ここには複数居る。だからこそアリサもまたソーマの心情を何となく理解していた。

 

 

「それよりも、ソーマの心を癒す仕事は私にはありませんから」

 

「それに関しては同意だな」

 

「みんな、ご飯できたよ」

 

 二人の会話が終わった事を見計らったかの様にシオの声が響いていた。

 お盆には簡単ではあるが、幾つかの料理が載せられている。元々荒れた気分を修正する為にソーマは事実上、弥生に放り込まれた形になっていた。

 コウタやアリサが来たのはそんなソーマを気遣う為。本当にその感情があるのかは分からないが、折角来たのだからと、そのまま食事までここに残る事になっていた。

 

 

「おお。待ってました。腹減ってたんだよね」

 

「あれ、マルグリットには言ってあるんですか?」

 

「今日は輪番。時間が合わないんだよ」

 

「そうですか。じゃあ、そう言っておきますよ」

 

「ちょっと待て。今度は何を言うつもりなんだよ」

 

「何でも良いじゃないですか。コウタだってそろそろ身を固める事を考えたらどうですか?」

 

「俺の事はどうでも良いんだよ」

 

「早くしないと冷めちゃうぞ」

 

「お前らも、そろそろいい加減にしろ」

 

 アリサとコウタの言葉にソーマもまた、ふと笑みが浮かんでいた。実際に何をどうした所で出来レースになるのは既に決定している。ソーマが怒ったのは、盗用疑惑よりも寧ろ適当な内容で公表される事だった。

 研究者としてここまで順調に来すぎているのは自覚している。だとすれば、そろそろこんな事もあるかとは予測していた。

 只でさえ、本部におけるシックザールの名前は良い物ではない。今回の件に関しては完全にその余波を受けた格好だった。

 気持ちを落ち着かせる為にここに来たのであれば、結果的には良かったのかもしれない。二人の様子を見ながらもそんな取り止めの無い事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、ソーマさんも怒ると迫力あるよな」

 

「そうですね。私も初めて見ました」

 

「やっぱり凄かったの?」

 

「はい。ラウンジの空気が震えてましたので」

 

 ブラッドもまた珍しく聖域のログハウスの中で今日の出来事を話していた。

 ここ最近になって新しい品種の野菜を植えるにあたって、ここに居る時間が徐々に多くなっていた。出動の際には直ぐに動ける態勢にはなっている為に、アナグラのシフトにもそれ程影響が出る事は無い。

 少しだけアナグラから離れていた為に、シエルとギルの話は誰もが興味津々だった。

 

 

「だが、苦労して築いた物が踏みにじられるのであれば当然だろう。俺だって同じ事をされれば同じ結果になったと思う」

 

「でもさ、詳しい事は分からないけど、どうして足を引っ張るのかな?」

 

「我々とは違い、研究者は一定の成果を上げて初めて評価されます。ゴッドイーターの様に討伐だけをして数字を出すのとは訳が違いますから」

 

「うん。私には絶対無理だね」

 

「大丈夫だって。誰もナナにその部分で期待はしてないからさ」

 

「ロミオ先輩それはちょっと酷いと思うよ。私だってこれまでに色々と貢献してきてるんだから」

 

 三人の会話に割り込む様にロミオが顔を出していた。ここでの食事の準備はジュリウスとロミオ、リヴィが担当している。遠目ではまだキッチンでリヴィが格闘している姿があった。

 実際にこの状態になるまでに、それなりに紆余曲折している。

 元々4人は野営で鍛えていたが、3人に関してはそれ程経験がある訳では無かった。

 今日のメニューに関しても、慣れない手つきで野菜の皮を剥いている。手を切らなかった事だけが唯一の収穫だった。

 ロミオは少しだけ手が空いたからここに来ただけに過ぎない。

 下拵えに時間がかかっているからなのか、食事にありつけるのはまだ先の話だった。

 

 

「ロミオ、自分の分だけが終わったから何をしても良い訳じゃないですよ。リヴィの作業を手伝ったらどうですか?」

 

「俺も最初はそう言ったんだけど、どうしてもって言うからさ………」

 

 シエルの指摘にロミオは視線を横に向けていた。

 手つきが怪しくなれば、その分出来上がりの時間は遅くなる。今はまだ時間がそれ程遅くは無いが、予定しているメニューからすれば、まだ始まったばかりと変わらない。

 だからと言って横から口を出すのは気が引けていた。だからこそ、ここに居る。そんなロミオの考えを察したからなのか、ギルとナナは沈黙していた。

 

 

 

 

 

「あのさ………」

 

「言わなくても言いたい事は分かってる。何事も最初から上手く出来るとは思っていない」

 

 ロミオの言葉を遮るかの様にリヴィは真っ先に言葉にしていた。

 苦労して作り上げたのは聖域の野菜を使ったコロッケ。しかし、ジャガイモの状態が良く無かったのか、それとも調理方法が不味かったのか、出されたどれもが破裂したり、粉々に近い状態になっていた。

 

 元々簡単な様に見えて、意外と作るのは難しい。元々のレシピを見たものの、その通りに出来たのかと言われれば言葉に詰まる。勿論、最初から上手く出来るはずも無く、誰もがそれ以上口にするつもりは無かった。

 そんな中、不意に先程の会話の一部分が蘇る。

 結果の為に苦労した物を簡単に貶すのは簡単な事。しかし、当事者は常に全力でその作業に当たっている。そう考えると、リヴィだけでなく、ジュリウスにも同じく何も言えなくなっていた。

 

 

「……だな。何事も最初から上手くは行かないからさ」

 

「そうだよ。誰だって最初は下手なんだから」

 

 形が崩れたとしても材料が同じである以上は毒物ではない。味さえ整っていれば悪い物ではない。

 そんな取り止めの無い事を考えながら誰もが食事を取っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しかし、本部は相変わらず出る杭は容赦なく叩くね」

 

「ですが、今回の件でソーマがある意味認められたとも考える事は出来ます」

 

「誰もが一度は通る道。これも経験だね」

 

 榊もまた、今回の顛末は本部経由で情報が届いていた。元々今回の論文は、本当の事を言えばかなり際どい部分が多分にあった。

 ガーランド・シックザールの存在を最初から無かった事にしたいとさえ考えていた勢力の一部が暴走した結果。

 当然ながら事実上の身内に近いソーマが発表すれば色々な問題が噴出するのは予測出来ていた。

 

 実際に榊の眼から見ても、ある程度の考察は的を得ており、その先にはレトロオラクル細胞の利用法やアラガミに関する考察に発展するはずの物。それは現場を良く知るからこその視点だった。

 しかし、現場を知らない学者からすれば忌々しい事に変わりはない。

 本来であれば本部の黒い思惑など気にせずにするのが一番ではあったが、どこかで洗礼を浴びるのであれば、この程度の事で良かったのかもしれない。

 弥生が出したお茶を飲みながら、榊はソーマの提出した論文を眺めていた。

 今はまだアラガミとの争いに勝っているとは思わない。しかし、次代の芽が育っている事もまた事実。そう判断したからなのか、榊の視線はどこか穏やかな物だった。

 

 

 

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