神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第143話 二人だけのクリスマス

 春から夏にかけて緑葉が眩しいここも、この時期は周囲と変わらない程にどこか寒々としていた。既に季節は冬に入ると同時に、外の人通りも少なくなる。これが例年のここの光景だった。

 そんな雰囲気をまるで最初から無かったかの様に色とりどりの電飾が周囲を照らす。旧時代のクリスマスを彷彿とさせる光景は、サテライトでもなければ極東支部でもない。

 女神の森(ネモス・ディアナ)。そう呼ばれたここでの光景だった。

 

 

 

「アナグラや外部居住区でも凄いと思いましたけど、ここの方が更に凄いかもしれないですね」

 

「やっぱりそう思った?俺も最初は驚いたんだんよな」

 

 以前とは違い、この女神の森でも右腕に赤い腕輪を付けた人間を見る機会は多くなってた。当時はまさかそうなるとは誰も思ってもいない。だが、極東支部から派遣されたゴッドイーター達による住人との交流によって、漸く当時の様な感情は無くなりつつあった。

 この拠点が出来た当時、まだクレイドルが正式に発足する前はフェンリルの証でもある腕輪の存在は住人からは蛇蝎の様に敵対されていた。だが、アリサやソーマ達の活躍によって九死に一生を得る。その後の派遣されたタツミ達防衛班は、そのクレイドルの活動を引き継ぎ、今に至っていた。既にあれから数年。当時の関係性は組織としてだけでなく、個人としても大きく変化していた。

 

 まだタツミが思いを寄せながらも、漠然とした未来を考えていた当時。恐らくは今の光景を先に見ればこの関係性すら無かったのかもしれない。それ程までに変わっていた。

 自分の隣を歩くのは長きに渡って思いを寄せた最愛の人。今では姓も竹田から大森に変わった事によって漸く自身の大願が成就していた。

 勿論、それが叶ったからと言って全てが上手く行く訳では無い。結果的にはタツミは自分に課せられた任務によって、以前とそれ程変わらない状態になっていた。

勿論、変な虫が付く可能性は皆無ではない。だが、これまでに幾度となくアプローチしてきたからこそ分かる。自分の最愛の人が簡単になびくはずが無かった。その結果、任務の隙間を縫うかの様に二人は自由時間を合わせる事に成功していた。

 

 二人が周囲に目が動くのはある意味では仕方ない部分があった。季節柄の光景はタツミだけでなく、ヒバリも同じだった。普段はアナグラでのチーフオペレーターとしての勤務の為に、外部に出る機会は早々無い。一方のタツミに関しては、所属こそ極東支部だが任務の内容は防衛班全体に及ぶ。その為に現場に出ながらも部隊の取り纏めをする立場の為に腰を据えた事は一度も無かった。

 お互いが時間を合せる事は難しい。だが、今回に関しては完全にお互いの任務が寄り添う結果になっていた。

 その結果、二人は久しぶりの逢瀬を女神の森で過ごす事になった。既にクリスマスシーズンの為に、街頭には大きなリースや電飾が飾られ、中央の公園には大きなツリーが設置されている。

 これが極東支部であれば区画が完全に区切られている為に情緒があまり感じられない。だが、ここは当初から自然に委ねる部分があった為に、公園に設置されたそれもまた、大きく存在感を示していた。

 ツリーの頂点から始まったデコレーションはアナグラでも早々目にかからない。ラウンジにも設置されているが、あれは室内用の為に、これ程大きくは無かった。

 これまで映像としての記憶はあるが、自分の目で見た記憶は一度も無い。互いのスケジュールがあったからこそ、ここに来る事が可能になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「了解しました。ですが、私よりもフランさんの方が適任じゃないですか?」

 

「最初はそんな意見もあったのよ。でも、運用となれば現地のゴッドイーターとオペレーターの相性もあるし、何よりもあそこはここよりも設備の面で少しだけ旧型のシステムを使ってるの。だからフランやウララよりもヒバリの方が何かと都合が良いのよ」

 

「そうでしたか……」

 

 休憩中の一コマ。実際にチーフと名目上の役職はついているが、実際にはこれまでに蓄積された経験と、実績からくる呼称だった。勿論、地位としては曹長クラスと同等。現場ではない為に呼び名が違う程度だった。そんなヒバリの元に来たのはサクヤからの話。本来であれば命令書を出せばそれで事足りるが、内容が内容なだけでに勝手に決めるのは少々抵抗があった。

 だが、本人が了承すれば話はそのままとんとん拍子に進んで行く。その事前の段階でサクヤから感触を確かめる為に話を持って行った結果だった。ヒバリとて伊達にここでの内容を把握してる訳では無い。何となく打診めいた話ではあったが、こちらに出された内容を見れば拒否できる部分は全く無かった。

 

 

────女神の森のシステム構築と、新規オペレーターの育成

 

 

 実際にアラガミを検知する様な高度なレーダーをサテライト拠点だけでなく、女神の森も所有していなかった。当然ながら今では広域レーダーに始まり、あらゆるデータが瞬時に蓄積され、そのデータを基に交戦する。ある意味ではこれが基準となる戦術の要だった。

 だが、このシステムに関しては決定的な瑕疵が存在している。最新が故に扱える人間が限定されている点だった。導入当初に比べれば今はまだ多少でもマシだと判断出来る。その前提が従来の業務に長きに携わった人間である事が前提だった。

 幾ら機械的に情報を表示した所で、そこから先の展開を考えるのはオペレーターの資質が全てだった。ハードではなくソフト。その結果、最新のシステムを十全に扱える支部は極東を除けば片手で足りる程度だった。そんな中での女神の森からの依頼。フェンリルとは関係は無いとは言え、極秘裏に極東支部から横流しされたそれを導入する為には熟達した人選が要求された結果だった。

 

 

「ヒバリの気持ちは分からないでもないんだけど、実際には知っての通り、十全に扱える人材は少ないのよ。ここだってヒバリ以外に扱える人がどれだけ居るかは知ってるでしょ?」

 

「まあ……確かにそう言われれば、そうですけど……」

 

 サクヤの言葉はある意味では事実だった。極東支部に限ってはヒバリ以外で及第点を出せるのはフランだけ。ウララやテルオミに関しては、まだ少しだけ時間が必要だった。ここでさえそんな状況であれば、初めて導入する女神の森は尚更。その結果として女神の森の代表でもある葦原総統からはヒバリの派遣を要求されていた。

 

 

「勿論、今回の件に関しては私だけじゃなくて、ツバキさんや榊支部長とも話し合った結果なの。それに、チーフオペレーターをそのまま護衛も無しで放置する事はしないわよ」

 

 サクヤの何気ない言葉にヒバリもまた何となくその後に続く言葉を察していた。サクヤからその言葉が出た以上、護衛が誰なのかは考えるまでも無い。そんなヒバリの心情を察したからなのか、サクヤもまた当然の様に口にしていた。

 

 

「取敢えず、防衛班の大隊長が護衛になるわ。期間と実施するタイミングはこちらで調整するから、近日中に命令書が出るわよ」

 

「分かりました。私に出来る事があれば全力でやらせて頂きます」

 

「そう。お願いね」

 

 既定路線とも言える言葉ではあったが、お互いに理解している為に、その件に関しては言葉少な目で終わっていた。程なくしてヒバリの元に一通の命令書が下る。そこに記された護衛者はヒバリの予想した通り、自分の最愛の人でもある大森タツミの名が記されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、この件に関してはその様に指示しておこう」

 

「その様にお願いします。今はまだシステム的には十全とは言えませんが、下手に全てを活用しようとすると、今度は扱う人間がパンクしますから」

 

「……やはり、以前からの提案をこちらでも一度考えておこう。議会の絡みもある為に今日、明日と言う訳には行かないが」

 

「こちらも何時でも対応ができる様に現場の意識を統一しておきますので」

 

 システムの構築は既に完了していたが、肝心の運用に関しては完全にヒバリからの返答待ちとなっていた。

 実際にアナグラの運用方法に慣れたゴッドイーター程、旧のシステムには着いていけない。一番の要因はアラガミの現状やバイタルデータだった。神機にその機能を付ければ困る事は無いが、基本的にオペレーターからの情報提供があるのであれば、その機能は必要とはいない。当然ながら神機に対しての機能付与には限度があった。仮に判断が僅かでも狂えば、それが生死を分ける可能性もある。それを理解するからこその結果だった。

 

 従来からのシステムに慣れているベテランであれば困惑する事も無い。だが、最近配属された人間はその限りでは無かった。

 アラガミの動向で状態を判断出来る訳では無い。当たり前の恩恵を受ける事が出来ないのであれば、自分の命が危うい為に、本当の意味でもパフォーマンスを発揮するのは困難だった。

 勿論、それがどう影響するのかを女神の森の議会の人間も知らない訳では無い。その為に、簡易的であっても運用が出来る様にヒバリにオファーをかけていた。

 

 

「まさか、ここに来て改めてフェンリルに頼る事になるとはな………」

 

「この件に関してだけではありませんが、我々にとってはここも大事な施設の一つですから。そう気にしなくても良いかと思いますが」

 

 自嘲気味に出た葦原総統の言葉。元々こことフェンリルとの関係性に関しては今に至るまでに色々とあった。当時の状況を完全に無かった事にする事は出来ない。今の関係を保つ事が出来たのは、偏にクレイドルと防衛班の根気強い対話の結果だった。ヒバリもまた当時の事を覚えている。だからなのか、その言葉に対して強く回答する事は無かった。

 

 

「我々にもこれまで培ってきた矜持がある。中々素直に頷ける道理が無いのだよ。あの方からであれば話は違ったのかもしれんがな」

 

「詳細までは分かりません。ですが、今の極東支部は私の目から見てもそれ程悪いとは思いません」

 

「済まない。つい、愚痴めいた言葉になった様だ。我々とて今の極東支部に関しては何か言う事は無い。事実、このシステムに関しても、未だ完全に配備されていない事位は理解しているのでな」

 

 総統の言葉に、ヒバリは内心驚いていた。実際に連絡を密に取っている訳では無い。だが、そんな状況下であっても他の支部の事を理解している点に驚いていた。

 人数が少ない支部であれば導入するだけのメリットは少なく、また、アラガミそのものがそれ程脅威ではない地域であれば危機感は少ないまま。そう考えれば、極東支部の周囲が異常としか言えなかった。

 当然ながらその中にはこの女神の森も入っている。少なくともこれまでの討伐スコアを見れば、脅威度がそれ程なのかは考えるまでも無かった。本当の事を言えばヒバリもまたこの拠点に対しての忌避感は持っていない。タツミからも話を聞いているだけに、どちらかと言えば親近感の方が強かった。

 

 

「システムはあくまでも手段です。それ以外であれば活かす為の運用方法が一番だと思います」

 

「そうだな……君の言う通りだ。少なくとも悪感情を持たない様にはしよう」

 

 総統の言葉にその場の空気は少しだけ軽くなっていた。最悪の状態から平常に戻すまでには多大な時間と感情を制御している。葛藤をいかに押し込む事によって自分達の受ける恩恵がどれ程なのかを腐心してきた。言い方こそ厳しいがそれも偏にここの住人の命を預かるが故。それを理解すれば悪感情を持つ事は何処にも無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結構大変そうだったみたいだね」

 

「まあ、来る前に色々と話は聞いていましたから」

 

 システムに関する説明と運用の際、タツミは護衛の任務から外れて防衛班の他の場所を色々と回っていた。極東支部から派遣されている人間の数はそう多くない。この女神の森はサテライトと同じ様にアラガミが近寄り難い場所に建設されているからだった。

 防衛班もまた近くで動けばアラガミを余計に刺激する事を予測している為に、距離はそれ程近くは無い。ましてや今回の内容は明らかにヒバリがメインであってタツミではない。そんな部分もそこにあった。

 この女神の森の任務で一番難しいのは議会との距離感。元々反フェンリルに近い思想を持っている為にタツミもまた赴任当初は苦労した記憶があった。自分でそれなら、ヒバリは尚更。そう思ったが故の言葉だった。

 

 

「今は慣れてもらうしか方法がありませんし、恐らくはここからも数人がアナグラに派遣されると思います」

 

「って事はまた忙しくなるな」

 

「仕方ないですよ」

 

 二人は既に女神の森の居住区画へと足を運んでいた。一度方針を決める際には議会での承認が必要となる。その時点でヒバリに出来る事は何も無かった。日程的にはあと数日はここに滞在する事になる。だからこそ、この機会を逃す事無く二人は短い休息時間を過ごしていた。

 

 

 

 

 

「あれ?タツミさん、何時こっちに来てたの?」

 

「今日だよ。ちょっと用事があってね」

 

 二人に声をかけたのはこの街の住人。普段からタツミとは何かと縁がある人物だった。クリスマスの関係なのか、両手にはかなりの荷物を持っている。とてもじゃないが一人で何かをする様な量では無かった。

 

 

「そっか……ってあれ?タツミさん。奥さんが居るのに、違う女性と歩くなんて……もう浮気?」

 

 声をかけた住人の視線はタツミではなく、ヒバリに向いていた。ヒバリの名前や姿はこれまでに幾度となく広報誌を飾っている為に、ここの住人も多少なりとも知っている。だが、今の姿は完全に何時もとは違っていた。普段であればフェンリルの制服を身に纏い、髪型も緩くではあるが、両端を縛っている。だが、今のヒバリはそんな雰囲気すら無かった。

 縛られた髪型ではなく、今は完全に下ろしたからなのか、髪の先の部分は緩くウェーブがかかっていた。メイクに関しても年齢に応じる程度のナチュラルメイク。服装に関しても総統との話の際には便宜上制服を着ていたが、タツミと合流する前には完全に着替えている。

 普段のヒバリを知る者であれば直ぐに気が付くが、ここはアナグラではなく女神の森。あまりの変貌にタツミの隣に居るのがヒバリだと誰もが分からなかった。

 

 

「馬っ鹿、違うよ。俺がヒバリ一筋だって知ってるだろ」

 

「それは…そうだけどさ………」

 

 普段とは違ったやり取りだからなのか、ヒバリはタツミのやりとりを声を出さずに笑顔で眺めていた。自分と一緒の時とミッションでは違う事は知っている。だが、それとは違うタツミの姿をヒバリは見たいと考えていた。少しだけ様子を伺っている事を察知したのか、タツミの視線は此方に向いている。本当の事を言えばいいのか、かき回せば良いのか。ここが間違い無くアナグラならそれでも良い。だが、ここは違う。だからなのか、ヒバリはタツミに助け船を出していた。

 

 

「あの……何時も主人がお世話になっています。妻のヒバリです」

 

 穏やかなな表情と物腰の柔らかさに、住人だけでなくタツミも驚いていた。実際にここまで丁寧なお辞儀をする機会は早々無い。これに関しては偶々弥生からそんな作法を習ったに過ぎなかった。今では完全に失われた、在りし日の大和撫子。まさにそんなイメージがピッタリだった。

 

 

「あ、あ、あの……俺、いや、僕はタツミさんとは…………」

 

「はいはい、そこまで。人の嫁に何を言うつもりだったんだよ。これは俺のだから」

 

 衆人の眼など気にしないと言わんばかりにタツミはヒバリの腰を抱き寄せていた。ここではタツミの姿を知る者は多く、今回のやりとりも何となく視線が向いていた。当然、このやりとりを見れば誰が誰を連れているのかは周知される。ある意味では態々公表する手間が省けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴメン。まさかあんな事になるなんてさ」

 

「構いませんよ。普段とは違ったタツミさんを見れましたから」

 

 騒いだお詫びにと、先程の住人からこの時期の絶景ポイントを聞きだしていた。ここに来た当初から気になっていたが、周囲は完全にクリスマス一色に染まっていた。

 実際にこれ程の規模は今年が初めての試み。メインは中央の広場にあるツリーだった。改めて見ればカップルと思われる人が一定の方向へと歩いている。恐らくはそれが目当てである事に間違いは無かった。手を繋ぎながら周囲と同じ様に二人が歩く。周囲もまた同じだったのか、二人に視線を映す事は無かった。

 

 

「そう言えば、食事どうしようか?」

 

「流石に今日はどの店も混んでるんじゃないですか?」

 

「まあ、そうだよな……」

 

「私は気にしませんから」

 

 ヒバリの言葉通り、クリスマス一色のここではちょっとした飲食店の殆どが事実上の満席になっていた。今回が大規模なイベントであるが故にどの店舗もここ一番の稼ぎ時。当然ながら殆どの店舗が予約で一杯だった。

 タツミの立場を前面に出せば、席の一つ程度であれば恐らくは簡単に取る事が出来るかもしれない。だが、これまでの実績を見ればそのやり方は完全に握手だった。当然ながらヒバリもまたその事を理解している。本当の事を言えば、タツミからすればヒバリさえ一緒であれば、店なんてどうでも良かった。

 忙しい中での僅かな時間の確保がどれ程困難なのかは互いに理解している。仮に屋台の食事であっても二人からすれば立派なディナーだった。

 

 

 

 

 

「ごめんな。本当なら事前に予約でもすればよかったんだけどさ」

 

「気にしないで下さい。それに、食事が全てじゃありませんから」

 

 タツミの困った様な表情をヒバリは否定していた。本当の事を言えば、多少なりとも雰囲気を望むのはある意味では理想だった。だが、ヒバリに関してはそんな感情は微塵も無かった。

 一番の要因はアリサとエイジを見ているから。自分の様に常にアナグラに居る訳では無く、あの二人に関しては常に戦場での戦いだけでなく、それ以外の部分でもお互いの事を想いあっている事をこれまでにも見ている。

 時には色々と愚痴の一つも出た事はあったが、ヒバリもまた似た様な立場になったからこそ分かる部分が多分にあった。自分はあの二人に比べればまだ恵まれているかもしれない。そんな考えがあるからこそ、ヒバリもまた平常心を保つ事が可能だった。

 お互いが想いあいながら共通の時間を過ごす。これもまた贅沢な時間だった。元から今日の予定は無かったのと同じ。にも拘わらず、こうして二人でクリスマスツリーを眺める事が出来るのは僥倖だった。

 

 

「そう言ってもらえると助かるよ」

 

「多少の雰囲気は必要かもしれませんが、私もタツミの仕事が理解してますから」

 

 多少の照れが入りながらもヒバリはタツミの手を握る。この時期特有の寒さではあったが、タツミの手は思いの外温かった。それと同時にゴツゴツとした手は紛れも無くこれまで人々の命を救うべく動いた証。データー上では理解しているが、実際の現場がどんな物なのかをヒバリは知らない。

 幾らタツミとて人の死に目に出会う機会は少なくない。そう考えれば、ゴッドイーターがどれ程過酷なのかは何となく理解していた。

 自分の適合する神機が未だ無い事は重々承知している。だが、いざ自分がゴッドイーターとして動く日が本当に来るのだろうか。そんな取り止めの無い事を考えていた。そんなヒバリの心情を察したかの様にタツミの指がヒバリの指に絡みこむ。まるで逃がす事は無いと言えるかの様な力強さにヒバリの思考は元に戻っていた。

 

 

「あのさ……上手くは言えないけど、ヒバリは気にせずに笑っていて欲しいんだ。その方が俺の励みにもなるから……」

 

 まさか自分の考えがタツミに知られたとは思わなかった。実際にオペレーターと言えど、戦場での感情を完全に殺す事は出来ない。事実だけを伝えるにしても、その結果現地ではどう捉えるのか迄は判断出来ない。自分達の出来る事は情報を提供するだけだった。

 総統との会話の中ではそんな考えを持ったのは、紛れも無い事実。確かに現場を預かるゴッドイーターの方が上かもしれない。しかし、冷静になる事もまた命を生き永らえる為の手段。縁の下の力持ち。それがオペレーターの共通した認識だった。

 そんな言葉にすらならない矜持をタツミは掬いあげる。だからこそヒバリもまた今以上のパフォーマンスを上げる事が出来ていた。

 

 

「はい」

 

 一言ではあったが、タツミの真意をヒバリも理解していた。実際にオペレーターの位置はアナグラの中心部とも言えるロビーになる。事実上の顔とも呼べる場所での表情はその支部の全てでもあった。

 厳しい戦場から帰還出来れば癒しとしての笑み。それがどんな意味を持つのかをタツミは理解していた。討伐専門となれば、アラガミとの戦いは厳しい物になる。だが、防衛班もある意味では同じだった。撤退が許されない状況下での戦いは劣勢になろうともその場から動けない。ましてやタツミはその防衛班のトップ。

 勿論、タツミだけではない。他のゴッドイーターもまた同じだった。精神的に寄り添える存在。ヒバリもまたその役割を十分に理解していた。

 そんな中、不意にどこからともなくお腹の音が聞こえる。まだ碌に食べていないからなのか、その存在感を示したのはタツミだった。先程までの雰囲気は既に霧散している。頬を掻きながらもまずは腹ごしらえが先決だと考えていた。

 

 

「ほら。折角だから屋台で温かい物でも食べようか」

 

「そうですね。私もお腹が空きましたから」

 

 巨大なツリーの周辺には物珍しい屋台が幾つも並んでいた。このツリーの主役が誰なのかを見定めたかの様に屋台のどれもが洒落ている。雰囲気を重視しながらもゆったりとした食事を取れる様なスペースが設置されていた。寒空ではあるが、そのクリスマスツリーは幻想的な灯りを出す事によって十分過ぎる程に存在感を示す。

 二人の視界に捉えながらも楽し気な時間を過ごしていた。何時もとは異なるシチュエーション。クリスマスのムードにこれまでの寂しさは一気に失せていた。

 

 

「偶にはこんな日があるのも悪く無い…か」

 

「そうですね。何となくですが、今ならアリサさんの気持ちが分かる気がします」

 

 ヒバリの脳裏にあるのはエイジが遠征に出ている間のアリサの姿。当時は何かと思う部分は確かにあったが、今なら当時の感情が分かる。自分の気持ちと現実の乖離。幾らお互いの気持ちが向き合っていても会えない時間は確実にその心を蝕んで行く。ヒバリもまた当時のアリサと似た様な部分は確かにあった。遠征とまでは行かなくとも、寂しさがあるのは間違いない。普段であればそんな感情を表に出す事さえ無かったが、今日に限ってはそんな感情が不意に出ていた。

 

 

「もう少しだけ時間の都合をつける様にするよ」

 

「いえ。これは私の我儘ですから」

 

 ヒバリが感じている気持ちをタツミに伝えれば、恐らくは何らかの措置を取るのは間違い無かった。だが、第一部隊と同様に防衛班もまた極東支部の要。ましてやタツミの立場を考えればヒバリの気持ちは我儘だと捉えるのは無理も無かった。勿論、お互いの時間を少しでも都合付ける事を惜しんだ事は一度も無い。だからこそヒバリもタツミの立場を考えていた。

 

 

「ヒバリ………」

 

 その瞬間、周囲の事など意識から完全に無くなっていた。本当の事を言えば感情の趣くままに言葉にしても大丈夫だった。だが、自分の知名度を考えればすべき事では無い。しかし、一度高まった感情は理性を完全に喪失させていた。お互いの感情が昂った空間。そこまで高まったそれを完全に封殺される事は無かった。

 ヒバリの目には明らかに寂しさが浮かんでいる。だからなのか、タツミもまた無意識の内にヒバリを抱き寄せ、唇に温もりを与える。お互いの影が一つになっていても、周囲もまた同じだからなのか、それに気が付く事は無かった。

 

 

 

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