既に聞き飽きたと思える程のヴァジュラの咆哮は、三人にとってはそれ程大きな影響を与える事は無かった。幾度となく討伐した事によって肌感覚で大よその強さが推測できる。
本来であればオペレーターからの指示によって初めて分かる状況も、膨大な経験によって見当が付いていた。大気を震わす咆哮も対峙した者にはそよ風に過ぎない。精々が神機の柄を握り直す程度でしかなった。
「まさか到着早々にこれとはな……帰ったらリンドウに後処理を任せるか」
呟く事によってヴァジュラとの間を図る。既に手慣れたと言っても慢心は無い。
純白の巨大な刃が紅く染まる未来はソーマの中では確定事項だった。完全に脱力した事によって威圧する程の雰囲気は完全に鳴りを潜めている。だが、自身の奥底に湧き上がる闘志は、ゆっくりと全身を駆け巡っていた。オラクルの本流を体内に感じる。傍から見るそれに闘争心を感じないのは、偏に自身の感情をコントロールしている証拠だった。
呟きを聞き終えたかの様に対峙したヴァジュラはその巨躯を活かさんと咆哮と同時に疾駆する。一歩一歩が大きいからなのか、その距離は一気に詰まっていた。
「ふっ!」
僅かに漏れる息は瞬時に消え去る。息を吐いた事によって力が籠った一撃は完全にヴァジュラの右足の爪を破壊していた。高高度からの攻撃によって既に背中からは赤が流れ、純白の体毛は真紅へと染まりつつある。そんな中での一撃はヴァジュラを怯ませるのは十分だった。
アラガミに神経があるのかは未だに研究の途中でしかない。だが、明らかに生物を模したからなのか、予想以上の動きは完全に致命的だった。ソーマとて、そんな隙をわざわざ見逃す程愚かではない。振り下ろした刃は再度その刃を赤く染め上げる為に三度攻撃の為にヴァジュラを狙っていた。
「誘導は成功かな」
ソーマが引き連れたかの様にヴァジュラはソーマを執拗に狙っていた。本能を全開に狙っているからなのか、周囲の状況を判断する事無く予定していた地点へと誘導をしている。そんな動きを横目に、エイジもまたヴァジュラの動きを気配だけで察知していた。
視線を切った状態は完全に油断している様にも見える。だが、エイジもまた全身を使って周囲の気配を察知していた。
大気の澱みとアラガミの呼吸音。それだけの材料があれば十分だった。幾ら強靭な肉体を持つヴァジュラと言えど、己の体躯から繰り出す攻撃は完全に限られている。
飛び道具とも言える雷球を出す為には相応の時間が必要だった。当然ながら、それだけの隙を作れば必然的に自らの命を天秤にかける事になる。誰に教えられた訳でも無く、ヴァジュラもまた本能でそれを理解していた。
目の前に居るのは捕喰対象ではなく、己の天敵。それ程までに濃密なオラクルの気配を本能で察知していた。
「悪いけど、本当なら一気に始末したいんだけど、それだとアリサが困るからね」
戦場に居ながらも余りの気軽い言葉。だからと言ってそれが油断や隙であるとは考えにくかった。
目の前のそれは自分達の餌ではなく自らの命を脅かす天敵。ヴァジュラは無意識の内にそう判断していた。これまでに数多の餌を捕喰してきた。だが、目の前のそれは明らかにこれまでの経験の中でも異質な存在だった。
何も感じなければ隙だらけの様にも見える佇まい。これが気配すら察知する能力が無いアラガミであれば、何の策も持たずに突進する程だった。
だが、対峙したヴァジュラはそんな低能ではない。幾度となくゴッドイーターを捕喰した事によって相応の知恵を身に着けていた。まるで景色に同化したかの様にその気配はうつろい易く、殺気が籠るはずの刃はそんな存在すら感じさせない。それ程までに希薄な雰囲気だった。
だからこそ無意識の内に警戒を高める。ここが極東であれば、エイジと対峙したヴァジュラは紛れも無く変異種としての指定を受ける程だった。だが、ここは極東支部ではない。幾らゴッドイーターを捕喰しようとも、元々の生存競争が高くないこの地域では、到底極東レベルでの変異種としての認定は受ける事が出来なかった。
極東地域での変異種は明らかに高度な知能と捕喰本能を融合させている。その為に中堅やベテランであっても厳しい結果になる可能性があった。
エイジもまたヴァジュラの存在を肌で感じている。決して油断する事が無いだけでなく、対峙したアラガミをこのままのざばらせるつもりが無い事を認識していた。
漆黒の刃を持つ神機に煌めきはどこにも無い。敢えて言うならば、アラガミの赤すらも染まる事が無い存在だった。
エイジが口にした『アリサが困る』。その言葉の真意をヴァジュラが知る必要は無い。人類の天敵とも言えるアラガミからすれば、人間の存在が等しく自分達の餌でしかない。そんな存在の中でゴッドイーターと呼ばれる人種だけは別だった。
人類がアラガミと対峙する様になってから、人間の持つ兵器はそのどれもがアラガミからすれば無力な物でしかない。多少の衝撃を受ける事はあっても命を脅かすまでには至らなかった。
そんなアラガミであっても、ゴッドイーターが持つ同族の雰囲気を持った武器には警戒を持っていた。この地域では自分以外の強者を見た事は一度も無い。それは本当の意味での事実を知らないだけなのか、それとも増長しているだけなのかは判断する事は出来なかった。
それ程までに、目の前に佇むそれは死の匂いを纏っている。ヴァジュラもまた、無意識の内に距離を取っていた。
巨躯のヴァジュラと人間との対比は考えるまでも無い程に圧倒的な差があった。事実、小型種であっても人間以上の体躯を持つ為に、戦う際には相応の技量が要求される。筋肉と言う概念が無かったとしても、それ程までに体躯の差はそのまま力の対比となっていた。
当然ながらヴァジュラは本能でそれを理解している。これまでの捕喰した数がそうさせているからなのか、これまでに見たアラガミの中でも頭一つ飛び抜けた能力を持っていた。だが、そんな能力ですら命の危機を察知させる。それ程までに対峙した漆黒の刃を持った人間は危険過ぎていた。
これまでに数多のゴッドイーターを捕喰したやり方が通用しない。初回早々に放った咆哮でさえも、涼風の様に受け流す。これが通常のアラガミであれば気にする事は無かったかもしれない。だが、多少なりとも身に着けた知能はそれを逃さなかった。
巨躯を活かした攻撃でさえも、簡単に躱されるかもしれない。本能とも呼べる危機察知能力は確実に警戒をしていた。
「大丈夫ですか!」
「ああ。救援部隊……なんだよな?」
「はい。私達は極東支部所属独立支援部隊クレイドルの者です。オープンチャンネルの救援信号をキャッチしましたので」
アリサの笑顔と共に出た言葉に、リーダーと呼ばれた男は先程までの厳しい表情が僅かに和らいでいた。クレイドルの実力がどれ程なのかは、この支部に限った話ではなく、大半の支部の人間が知っている。
事実、極東発のサテライト計画はこのクレイドルが発端となっていたからだった。勿論、支部としてはそれだけではない。それはエイジとリンドウが事実上、色々な支部を回った事による教導の内容だった。
────極東の鬼
誰が最初にそう言ったのかは知らないが、少なくとも曹長以上のクラスで、本部に顔を出した事がある人間の大半は、むしろそっちの方で理解していた。正規の教導教官ではないが、その技術と、積みあげてきた実績が完全にそれを肯定している。アリサに声を掛けられた男もまた、その一人だった。物陰から視界に入ったそれは、自分もまた苦い経験をした結果。だからこそ、その戦い方を見たいと考えいた。
本当の事を言えば、メンバーを置いてでも見てみたい。それ程までに無駄な隙は無かった。この支部でヴァジュラが確認されれば、事実上の全精力で対峙を余儀なくする相手。そんなレベルのアラガミと単独で戦おうとする概念さえもが無かった。
本来であれば仲間であれば確実に心配するはずの存在。にも拘わらず、アリサの表情にそんな感情が浮かぶ事は無かった。
そこあるのは圧倒的な存在感。そんなアリサの表情を見たからなのか、まだ新兵近い人間もまた安堵の表情を浮かべていた。
「こちら、アリサ。要救助者の確保が完了しました」
《了解。こちらでも確認した。出来るなら手持ちの回復錠を渡して欲しい。その分は後日至急する》
耳朶に届いた声もまた、どこか安堵を伺わせていた。現地では分からないが、支部のデータでは交戦中のヴァジュラがどんな存在なのかを理解している。『変異種』と呼ばれたその存在は、まさに最悪だった。そんなアラガミである為に、想像したくは無かったが、仮に救助の為に出動すればどれ程の被害を被るのかも想像出来ない。それ程までに厳しい内容だった。
そんな思惑を破壊したのはクレイドルがこの支部に居たから。指揮官の思惑を直ぐに察知したからなのか、派遣された中で年長者でもあるリンドウに直ぐに視線を動かした結果だった。
「了解です。周囲の状況はどうなってますか?」
《現時点ではアラガミは交戦中の二体だけだ。周辺にアラガミの反応は察知されていない》
「では、このまま救援から討伐に移行します」
《了解した。武運を祈る》
端的な通信ではあったが、この時点で、戦場の指揮はアリサの元へと移行されていた。そうなれば後は自分達の流儀で戦う事が出来る。内容を確保したからなのか、アリサは改めて保護したリーダーに話かけていた。
「ここからは私達が指揮を執らせてもらいますね」
「らしいな。済まないが、今の俺達だと足手まといになるだけだ」
何気無い言葉ではあったが、リーダーの言葉は事実だった。実際に厳しい戦況になった場合、実力差が離れた相手だとどうしても連携が上手くいくはずが無かった。
熟達した人間を動きを完全に理解する為には相応の時間を擁する。ましてや、今回の様に新兵を戦場に出している場合は当然だった。
足を引っ張れば、色々な問題が発生する。そうならない為の措置である事を十分に理解していた。
「まさか、この支部で変異種が出るとは……」
「こればっかりはどうしようも無いんじゃないですかね」
支部長室にあるディスプレイには、現在交戦中のデータが流れていた。画像では無い為に、詳細までは分からない。だが、アラガミの発するそれは明らかにこれまでの物は違っていた。これが何も知らないままであれば、新種だと判断したかもしれない。少なくとも支部長はそう判断していた。
実際に、これがヴァジュラの変異種であると見切ったのは、偏にこの支部に来たクレイドルの一人、リンドウがこの場に居た為にそう判断した結果だった。交戦した瞬間に届いた情報からはヴァジュラ以外の何物でもなく、またアリサだけでなく、エイジとソーマもまた交戦しているからだった。
「ここでは初めての出没になるが、極東ではどんな感じなんだ?」
「極東でも、そう多くは無い。って所ですかね。ただ、ヴァジュラじゃなくてディアウス・ピター当たりだと何かと面倒なんですけどね」
「あれも……なのか」
「まあ、何とか討伐はしてますよ」
リンドウは、敢えてそれ以上の事を言わなかった。本当の事を言えば、極東基準では変異種としての認定をしないレベル。だが、この支部に関しては完全に頭が一つ以上飛びぬけた存在だった。
下手に話を大きくしても意味がない。そこから起こる未来を完全に予想した結果だった。
リンドウの口から出た言葉は支部長の認識を大きく変えていた。ディアウス・ピターの名前はノルンでは見るが、実際に交戦した記録は全く無い。その為か、それがどれ程脅威なのかは漠然としたままだった。
接触禁忌種は伊達では無い。そんなアラガミの変異種ともなれば、最悪は支部の全滅すら視野に入る可能性があった。
だが、リンドウの泰然とした態度に、支部長もまた、それ以上恐れる事は無かった。
実際にクレイドルのメンバーを信頼していると言う訳では無く、これまでの討伐スコアの中で、幾つかの不可解な数値がそれを物語っていたからだった。全支部に討伐のスコアは公表されている。支部長クラスになれば、その詳細まで確認する事も可能だった。
不意討ちの様に来たのであれば確認するだけの時間は無かったかもしれない。だが、事前に連絡があった為に、支部長もまたその内容を確認していた。
細かいアラガミを数多く討伐した積みあげではなく、本当の意味での大物を討伐した数値。そんな人物の回答の為に、疑う余地は全く無かった。だからなのか、支部長もまた、改めて自身が座ってた椅子に改めて深く座り直していた。
「実際に、このクラスの討伐となれば、推奨される階級は曹長では難しいかね?」
「変異種に関しては何とも言えない…と言うのが本当の所ですかね。実際に変異種かどうかの見極めは戦場では難しいんで」
「成程。ここだとオラクル反応を確認出来るから、そうだと判断出来る訳か……」
コンバットログの文字が滝の様に流れていく。実際に内容を完全に把握している訳では無いが、少なくとも二体のヴァジュラとの交戦に於いてはダメージを受けた内容は確認されなかった。そこから分かるのはただ一つの事実。ヴァジュラ変種相手に被弾せず、一方的に攻撃するのは二人だと言う事だけだった。
「ただ、一度でも出たのであれば、今後もその可能性が高いのは間違い無いかと。後は個人の技量を高めるしかないですかね」
「言うは簡単だがね……」
リンドウの言葉を直ぐに想像したからなのか、支部長の表情は暗いままだった。
全滅する事やその責任をではなく、純粋に戦場に送り込むゴッドイーターに対して、最初から死ねと言わんばかりのミッションは心苦しい物があった。まだ淡々と任務だけを言い渡すのであれば問題無いかもしれない。しかし、それはただの空論だった。
《ソーマ。要救助者は既に回収が完了しています。このまま討伐任務に以降します》
「了解だ。これより討伐任務へと変更する」
耳朶に届いたアリサの言葉は、作戦当初の目的が完了した証だった。実際に今の時点でソーマはヴァジュラに対しては自分に意識を向ける程度の攻撃しかしてない。本当の事を言えば、最初から討伐任務に入っても良かったが自身の肉体を回復させる為に捕喰行動に出られない様にする面もあった。
捕喰欲求と自己を保とうとする本能。これは人間やアラガミと言った区分ではなく、間違い無く生命としての本能だった。そうなれば自分への意識を向ける事が困難になるだけでなく、その後の戦いのハードルが一気に高くなる可能性もあった。
そうなれば誘導策は格段に難易度が上がる。だからこそ、ソーマはヴァジュラとの距離を取りながら様子を伺う様な戦い方をしていた。
当然ながらヴァジュラはそんな事情を知るはずが無い。時間稼ぎの戦いである事を認識しなかったからなのか、無意識の内に侮っていた。
「さて、これからは今までの様にはならんぞ」
ソーマは誰に言うでも無く、呟く程度の言葉を口にしていた。
先程までとは明らかに違う雰囲気。既にソーマの双眸に見えるのは鮮血を彷彿とする赤いオラクルを体表に濡らしながら霧散するヴァジュラの未来予想だった。巨大な純白の刃からはソーマの気迫に呼応するかの様に鈍く煌めく。口元は僅かに口角が上がっていた。
これまで自らの餌としか見ていなかったヴァジュラはソーマが醸し出す雰囲気を感じながらもこれまでと同じ様に行動に出ていた。咆哮で怯ませた所を一気に詰める。戦いではなく捕喰するだけの食事とだけしか考えていなかった。
幾ら雰囲気が変わろうが、餌が餌である以外に何も無い。だからなのか、ヴァジュラもまた本能の趣くままに突進を開始してた。
疾駆するヴァジュラを確認しながらもソーマもまた、純白の刃を軽々と扱うかの様に構えを見せる。普段は荒々しい動きを見せるも、この戦いに於いてはその限りでは無かった。
変異種である事実は既に確認している。となれば、自身の中にある何かを変化させていた。
巨躯を活かした突進によって、お互いが接近するまでにはそれ程の時間はかからなかった。
一秒ごとに距離が目に分かる程に縮まる。ここから考える事が出来るのは、互いが事実上の一撃必殺である事だけ。その先に待つ未来が何なのかは感がるまでも無かった。
生存競争の先にあるそれ。どちらが捕食者であるのかは言うまでも無かった。
勢いそのままにヴァジュラは右足を横に薙ぐ。本来であればこの一撃によって勝敗は喫するはずだった。
「これまでの輩と同じだと思うな!」
圧力を持った右足からの横薙ぎを、ソーマは防ぐ事無くバックステップをする事によって、紙一重の間合いで回避していた。幾ら四つ足の生物であっても、前足が宙に浮けば、その分だけ踏ん張りは無くなる。ましてや攻撃の為に、意識の殆どがそこに集中すれば、必然的に視野狭窄に陥っていた。
その結果、回避した後のソーマの動きを予測出来ない。渾身の一撃は、完全に諸刃の刃だった。
回避に成功したソーマまもた、ヴァジュラと同じく渾身の一撃を叩き込む事だけに集中していた。当然ながら体躯の差の分だけソーマの分が悪い。これが真正面から衝突すればそうなるが、今は完全に違っていた。
事実上の死に体となった体躯はソーマの目からすれば只の置物と同じレベル。回避した事による風圧すら物ともせず、全身を発条の様に動かしていた。
これまでの様に、自分の膂力と腕力だけに頼った攻撃ではなく、全身の強靭な発条にして力を淀みなく使う。普段の攻撃よりも半歩だけ踏み込んだ先にあったのは、バスター型神機ではありえない速度だった。
狙いは胴体ではなく、軸足となった左前脚。そこを斬りつける事によって起こりうる未来は完全に予定調和となっていた。軸足の部分を斬られた事によってヴァジュラは大きく態勢を崩す。その時点で戦いの大半は決まったに等しかった。
勢いよく横たわるヴァジュラを見逃す程にソーマは優しくない。ましてやこれが変異種であれば驕る事すら考えられなかった。
横たわった事によって、苦も無く顔面に攻撃が可能となる。真っ先に行ったのは、視界を潰す事だった。幾ら変異種とは言え、視覚情報に頼る部分が多いのは今に始まった事では無い。嗅覚でも判別は出来るが、それでも資格情報に比べれば、格段に下だった。
前足を斬りつけた勢いそのままに純白の刃は獣の双眸へと向かう。死に体の状態からの回避は不可能だった。
襲い掛かる刃をヴァジュラは回避出来ない。その結果、視界は一気に失っていた。視界を失った獣の末路は考えるまでもない。その数分後には物言わぬ骸となった巨躯はそのまま霧散する運命を迎えていた。
「頼む!俺をあそこに連れてってくれないか」
「貴方は救助者です。そのまま連れて行く事は出来ません。それとも、他のメンバーをこの場で見殺しにするつもりですか?」
懇願するかの様に男が口にした言葉に、アリサは冷徹とも取れる回答を口にしていた。事実、リーダーの男の気持ちは分からないでもない。実際にエイジの戦闘を目にするだけでも、それなりに学べる事が多分にある事をアリサもまた理解していた。
自分の技術が向上すれば、それだけ生存率が格段に高くなる。その結果としてチームだけでなく、支部全体にもたらす結果は考えるまでも無かった。
本当の事を言えば、アリサとてリーダーの言い分は理解する。だが、この場には指揮官としての判断が要求されていた。要救助を隔離したからと言って、その場に絶対は無い。現時点ではアラガミの気配は検知されていないが、今の状況を安穏と見る訳には行かなかった。
毅然と動けるのはリーダーの男だけ。それ以外のメンバーは新兵に過ぎなかった。今回の襲撃は思った以上の心にダメージをもたらしている。そんな人間に対して、万が一の際には自らで乗り切れるはずが無かった。
「だが、君達は偶然ここに来たに過ぎない。だとしたら今後のここを護るのは俺達なんだ」
男の懇願とも取れる言葉に、アリサもまた少しだけ考える素振りを見せていた。ここが極東支部であれば考える必要は無かった。だが、ここは極東支部ではない。男もまた深く考えての言葉である事に間違いは無かった。
「……ですが、その言葉に頷く訳には行きません」
「階級がそうさせるのか?」
男はアリサに詰め寄りながらもクレイドルの事を思い出してた。実際に純白の制服を着ているのは尉官級の証。少なくとも男の階級もまた同じだった。数が少ないだけでなく、色々と教導をする立場でもある為に、自然とリーダークラスは尉官級になっている事が多かった。階級だけを見れば問題は無いはず。少なくとも男はそう考えていた。
「いえ。階級がではありません。私は確かに中尉であるのは事実です。ですが、この場に於いては
そんなアリサの言葉を裏付けるかの様に襟に付いた徽章は司令官の証だった。鈍く光る黄金のそれは、紛れも無くフェンリルが認めた証。少なくともこの場に於いては支部長と同等の権限を有していた。
幾ら規律が緩いとは言え、司令官に逆らう事は簡単ではない。これが口だけの事務方であればまだしも、この場に居るのはれっきとした猛者だった。階級が全てを物語る。今の男にアリサに抗弁するだけの気概は既に失われていた。