神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第155話 憩いの一時

 

 既に失われた文化のそれぞれは、今になって漸くゆっくりと復活し始めていた。

 キッカケは本当に些細な出来事。少なくとも、現時点ではそれがここに姿を現すはずが無い物。しかし、この場に居た誰もがそんな事を考える事なく、目の前に繰り広げられた光景に視線を奪われていた。刹那の中で起きる事象。

 自分達の手の中で起こる光と音は、厳しい現実を僅かに忘れさせる役割を果たしていた。

 

 

「やっぱり、実際にやるのと、映像は違うよね」

 

「そうですね。ささやかな雰囲気を出すこれは、ある意味思う所が色々とあります」

 

 ナナの何気ない言葉に返事をしたのはシエルだった。手に持つそれはささやかな光と音。効率だけを考えた現代に於いてはある意味贅沢な物だった。

 自らの手で掴む、一時の憩い。アラガミとの戦いで荒んで行く心を癒すかの様な時間は、誰の目にも穏やかに流れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどね。確かに難しい物では無いとは思うけど……」

 

「でしょ!スタングレネードタイプも悪くは無いんだけど、これもやっぱり良いとは思うんだよね!」

 

 ここはラウンジでもなければロビーでもない。普段であれば、ここに顔を出すゴッドイーターは限られていた。

 整備班の中にある一室。そんな場所に居たのは極東支部の精鋭部隊とも呼べるブラッドの一人だった。本来であれば、ここで話をする内容は間違い無く神機に関する事。しかし、今のこの状況でそんな事が話題に出る事はなかった。

 

 

「でもな……」

 

「やっぱり難しいのかな……」

 

「それは無いんだが、単純に今は時間が無いんだ。それに、ここ最近が色々と立て込んでたからな」

 

 青年の言葉に、話をもちかけていたナナは何も言う事が無くなっていた。事実、ここ最近の整備班がどれだけ激務なのかはナナも理解していた。

 当たり前の事だが、アラガミはこちらの都合など最初から考慮する必要性が無い。精々がミッションの中での序でに近い物が多く、その結果として神機の摩耗率は加速していた。

 幾ら超人的な力を発揮出来たとしても、神機がある事が大前提。そのしわ寄せがそのまま裏方でもある整備班へと直撃していた。

 

 

「もう少しだけすれば峠は越えるから、その後なら何とかなるから」

 

「リッカ。大丈夫なのか?」

 

「確かに厳しいのは事実だけど、一番の難所は既に超えつつあるからね。少なくとも私もナナのやりたい事には積極的に賛成したいかな」

 

 ナオヤの言葉にナナは少しだけ後ろ向きになっていた。実際に整備班は数こそいるが、一部の神機の整備に関しては事実上偏っていた。以前から整備をしていたリッカは勿論の事だが、ナオヤもまた同じレベルで数をこなしていた。

 教導教官をするだけでなく、本業でもある整備をもこなす。当然ながら時間は有限。その結果、かなりの皺寄せが来ていた。

 そんな状況を覆すかの様に出たリッカの言葉。整備に関しては全く分からないナナからすれば、リッカの言葉を信用するよりなかった。

 

 

「……まあ、リッカがそう言うなら俺としては何も言わん。だが、本当に良いのか?」

 

「平気だって。実際にクレイドルやブラッドの整備が終わってるから、後はそれ程じゃないから」

 

「そう言うなら、俺としては何も言う事は無いな。ナナ、一区切りつけば、手伝えるぞ」

 

「本当に良いの?」

 

「ああ。やる事が終わればな」

 

「やったぁあ!」

 

 何時もと違った空気が整備班に響く。普段であれば、作業室に声が響く事は余り無い。だからなのか、今日に限ってはやたらと響いていた。

 

 

 

 

 

「でも軽々しく言ったが、大丈夫か?」

 

「勿論。もうメドもたってるしね。それに、今回のナナの要望って以前に開発したスタングレネードとは違う種類の花火だよね。個人的にも関心はあるんだよね」

 

「成程な……」

 

「面倒だった?」

 

 何時もなら自分の感覚と感情だけで動くリッカも、今回の件に限っては少しだけ弱気だった。事実、神機の整備に関しては本当の事だが、花火の開発に関してリッカは完全に門外漢に近かった。

 少なくともスタングレネードの様にオラクルの技術を流用するそれとは違い、旧時代の花火は完全に失われつつある技術の一つ。勿論、ノルンにもそんな情報はあるかもしれない。しかし、ノルンの情報は基本的には過去のアーカイブを完全に流用出来る物ばかりではなかった。

 

 むしろ、今回の件に関しては完全に屋敷での開発が要求される。リッカが簡単に応諾したのはこの辺りの事情が関与していたからだった。

 当然ながらそれを形に出来るのは数える程の人間だけ。その中の一人がナオヤである事だけだった。リッカとしても、自分で何とか出来るとは最初から考えていない。ナオヤの協力を得る事が出来ると予測したからこその返事だった。

 

 

「いや。時期的には悪くはないだろう。それに、ここ最近の厳しい戦いも漸く落ち着いている。この辺りで気を抜くのは悪く無いと思うぞ」

 

「ありがとね」

 

「気にするな」

 

 何気ない会話だったが、リッカからすれば安心できる言葉だった。ナオヤの返事に嫌悪感は無い。言葉は少ないが、ナオヤの感情は何となく理解出来ていた。

 快諾を得た以上は前に進むだけ。後は完成まで待つだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「花火か。まあ、落ち着いてきたのは間違い無い。それに多少の気分転換も必要だろう……なんだ、その顔は?」

 

「いえ。特には」

 

「私とて気分転換が必要な事位は理解してるさ。それとも私が鬼かなんだと思ってるのか?」

 

「まさか。ちょっとだけ以外だと思っただけなので」

 

「……まあ、良い。だが、無理はするな」

 

 ツバキの快諾にナオヤは少しだけ驚いていた。実際に、連戦が続いた事が影響しているからなのか、現場のゴッドイーターだけでなく、裏方の整備班もまたギリギリまで動いたままだった。基本的に整備班で何をしようが、やる事をしっかりとやれば問題にはならない。しかし、現場を軽視する様な可能性だけは避けたい気持ちが勝っていた。

 

 本当の事を言えば、ツバキではなく、サクヤに聞けば良いだけの事。だが、ナオヤからすればサクヤよりもツバキの方が色々と楽だと判断した結果だった。極東支部としてはツバキが仕事をする際には雨宮姓を使っているが、対外的には紫藤を名乗っている。これはあくまでも外交に関する部分と、紫藤博士の妻としての名を利用する為の物だった。

 

 この事実を知る人間はかなり限られている。この事実を知るのは、関係者以外では片手で足りる程だった。新人からすれば鬼教官と呼ばれてもおかしくはない。だが、身内からすれば、完全に自分達の義理の姉だった。だからこそ、ナオヤとしてはサクヤよりもツバキに許可を取る。秘書としての裏方を捌く弥生もそうだが、ツバキの存在感を考えれば、ある意味では当然だった。

 

 

「……で、作るのはブラッドの分だけか?」

 

「折角なので、外部居住区の分と屋敷の分も作ろうかと」

 

「……そうか。時間に余裕があるなら、多少の物資を使っても構わん」

 

「分かりました。少なくとも相応の数が必要だと思いますから、後は何とかしますよ」

 

「色々とすまんな。多少でも安らぐ時間があるのは必要だからな」

 

 ツバキの言葉にナオヤは苦笑するしかなかった。厳しい対応から、サクヤに比べれば鬼と呼ばれるのは今に始まった事ではない。しかし、厳しいからこそ誰よりも色々と考えていた。

 ゴッドイーターは消耗品ではない。一人の人間にしか過ぎなかった。だからこそ、自ら泥を被ってでも支部を護る。ナオヤもまた、その事実を痛い程理解していた。

 一般人でありながら教導教官をこなす。力の勝負では勝てないそれをこれまでに培ってきた技術でこなしていた。本当の事を言えばありえない事実。だが、ナオヤの技量を正確に把握しているからこそ、ツバキもまた何も言わなかった。

 だからこそ、その部分に関しては黙認している。勿論、それだけでなない。屋敷での日常を知るからこそ、ツバキはナオヤに対して一定の信頼をしていた。

 ツバキとて、子供を持つ身。ナオヤの言葉の裏を正確に理解していた。

 

 

「俺達は裏方ですから」

 

「……お前の事だから大丈夫だと思うが、少しは未来の事も考えろ」

 

「その辺りは色々と考えていますから」

 

 ツバキの言葉に、ナオヤは当たり前の様に返事をしていた。事実、整備班でナオヤとリッカの関係を揶揄う人間は早々居ない。仮に口にすれば待っているのは制裁に近い行為。極東支部の中では、一般人にも拘わらずゴッドイーターの相手をするナオヤを知らない人間はいなかった。

 

 

「そうか。無明も色々と気にしてる様だ。エイジがああなったなんだ。少しは安心させてくれ……何だ、その表情は?」

 

「意外だと思ったんで」

 

「そうか?少なくとも屋敷の人間としては当然だと思うが。だが、リンドウの様にだけはしてくれるな。色々と面倒なんでな」

 

 まさかの言葉にナオヤは何も言う事が出来なかった。既にエイジ達の事に関しては何も口にする事は無い。時間が無くともお互いに絆が構築されている。少なくとも万が一よりも低い可能性が無い限り破綻する可能性は皆無だと判断していた。

 当然ながらナオヤもまたアリサに関して何も思う所は無い。既に屋敷の中でも存在感を示しているからなのか、それ以上の事を口にする事は無かった。

 だからこそ、ツバキの言葉にナオヤは驚きを示す。既にリッカもまた屋敷の中では色々と存在感を出し始めていた。子供達もリッカになついている。ナオヤもまた理解しているからこそ、それ以上の事は何もしなかった。

 

 

「それとこれは別なんで」

 

「そうだな。話は逸れたが、相応の数があれば特段何も言う事は無い。だが、幾ら時間にゆとりが出来たとは言え、大丈夫なのか?」

 

「ぞれに関してはある程度目途は経ってるんで」

 

「そうか……楽しみにしてるぞ」

 

「期待に応える事が出来る様にするだけなので」

 

 そこにあったのは、完全に部下と上司ではなく身内のそれだった。事実、屋敷の序列だけで言えば、ツバキの方が新参者に近い。結婚した事によって身内になったに過ぎない。だが、屋敷の中ではそんな事は一切考慮しない。ツバキの身分は完全に当主の奥方そのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「意外と簡単なんだね」

 

「スタングレネードのあれよりは単純だからな」

 

「でも、この数はどうかと思うよ」

 

 既に日常になった整備班には、何時もとは違った空気が漂っていた。何時もの様に神機と格闘するのではなく、目の前にあるのは手作りの花火。その目的が何なのかを知っているからなのか、どこか呆れた様な雰囲気を出しながらもリッカは驚いていた。

 本当の事を言えば、ナナがリッカと開発した打ちあげ式スタングレネードは既存の物を流用した物。

 少なくとも目の前で淡々と作業をして出来上がるそれとは明らかに違っていた。リッカもまた誰が使うのかをヒバリやアリサを通じて知っている。しかし、元からの作業もある為に製造に関してはナオヤが一人でこなしてた。

 

 

「案外と手持ち花火は数が必要なんだよ。打ちあげなら時間がかけられるけど、これは無理だしな」

 

「なるほどね……」

 

 リッカに視線を動かさないのは、偏に作業に集中しているから。こうなれば持ち前の能力を発揮するかの様に手の動きは滑らかだった。数をこなす事によって確実に動きが洗練されていく。そんな出来上がったそれをリッカは一つ手に取っていた。手にしたそれは、明らかに自分では難しい作業。手が器用だからこそ可能な品だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわ!こんなに沢山あるの!」

 

「全部をって訳にはいかないんだがな。今回のこれは幾つかに分けて使うんだ」

 

「ここに火を点けるんだよね?」

 

「ここでやるなよ。それと、付近には水を用意しないと面倒な事になるからな」

 

 キラキラと目を輝かせながらナナはナオヤが用意した花火を目の珍しそうに手にしていた。事実、手持ち花火がどんな物なのかを自分の目で見た事は一度も無い。今回のこれもノルンの映像が基になっていた。

 打ちあげ式の様な派手さは無いが、どこかこじんまりとした雰囲気を持つそれは、ある意味では情緒に溢れている。作る事に参加こそしていないが、その苦労がどれ程なのかはナナもまた、何となく理解していた。

 

 

「そうなの?」

 

「火薬の熱が中にまで残ると、後で燃えるかもしれないからな。アナグラの中でやるとは思わんが、外でやるなら回りを確認しろよ」

 

「安全確認だよね!それは当然だよ」

 

 これまでにも映像でしか見た事が無かった物を直接目にした事は幾度となくある。だが、それはあくまでも生活の中で必要な物か、最初からここにあった物。少なくとも自分が関与する事によって目にした物は初めてだった。自分ながらに無茶振りをした自覚はある。しかし、そんな事をおくびにも出さずに用意してくれた事が嬉しかった。だからこそ、今後の予定を素早く思いだす。少なくともここ数日の中では予定されたミッション以外には大きな戦場があった記憶はなかった。そうなれば、後は実行に移すだけ。必要な分を確保したからなのか、ナナは二人にお礼をしながらも、整備班の扉を開いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この場所が既に馴染んだからなのか、ここで作業をする人間は何も言う事は無かった。本当の事を言えば、正規のルートではありえない待遇。幾ら慣れたとは言え、現状を当然だと思う人間は皆無だった。それなりに用意されたそれが何なのかを理解している人間は限られている。既に失われた旧時代の文化が、改めてここで花開くとは誰もが思っていなかった。

 既に諦めたはずの光景。それ程までにアラガミが世界に出現してからの心労は、色々な限界を超えていた。

 しかし、そんな事すら無意味だと言わんばかりの光景が目の前に広がっている。誰もが口にはしないが、救われたと思う心情を改めて口にする様な人間はいなかった。

 

 

 

 

 

「良い。絶対に人に向けちゃダメなんだからね」

 

「分かってるって。それに、そんな事で火傷なんでしてもメリットは無いんだからさ」

 

「ほんとかな~」

 

「それ位は分かるって!」

 

「……じゃあ、火を点けるから!」

 

 ロミオの言葉を無視するかの様にナナの声は周囲に響いていた。既に失われた技術。未だ知る人間は居るが、その数はそれ程多い物では無かった。

 だからこそ、これから起こる事に期待をする。既に、誰も顔にも期待する何かが浮かんでいた。

 

 

「直ぐに離れて!」

 

 火薬独特の匂いと同時に、目の前に広がるそれを正しく理解した人間は皆無だった。旧時代の花火は既に技術的にも失われつつあるそれ。少なくともこんな時代に改めて表現されるとは思っていなかった。時間にして僅かなもの。だが、旧時代を知る人間からすれば、確実に懐かしい物だった。

 

 

 

 

 

「スタングレネードのそれとはまた違った趣だな」

 

「でしょ!ノルンで見た時にはこれだ!って思ったんだから」

 

「そうですね。これはこれで趣があると思います」

 

 ブラッドの面々は用意されたそれをそのまま聖域で使っていた。本当の事を言えば、外部居住区で使用するのが本当なのかもしれない。しかし、今回に限っては敢えて聖域での使用となっていた。

 数が少なければ色々と問題を抱えたのかもしれない。しかし、今回のそれはツバキからの提案だった。

 

 ここ数日の厳しいミッションが終わった事も加味し、慰労の意味を兼ねる。本当の事を言えば全部を終えてからが一番だった。だが、世界はそう甘くはない。根絶が不可能とも言える現状ではゴッドイーターがアラガミを討伐する対処療法が関の山。幾ら強靭な肉体を持つとは言え、精神までもが向上する事は無かった。

 

 積み重なる戦闘と、自らの命を危険に晒す。事実、ゴッドイーターの中でも新兵の数パーセントが最初の実戦で命を失い、仮に生き残れても精神を病む。ゴッドイーターの生き方は、まさに自らの命を燃やす蝋燭と同じだった。

 だからこそ、生き残れる可能性を掬いあげるかの様に厳しく鍛えると同時に、休暇を活かす事でメリハリを作っていた。そんな日常生活から僅かでも安穏と出来る時間は、色々な意味で貴重だった。

 

 打ちあげ式のそれとは違い、手持ち独特の光の奔流は今までに感じた事の無い懐かしさがあった。恐らくその光景を知っている人間は懐かしさに涙するかもしれない。だが、ブラッドの誰もがそんな事実を知らない。精々がノルンの映像で見た程度。今回のこれもまた、新しいスタングレネードのネタをナナが探した偶然の賜物。偶々技術的に再現が可能な人間が居ただけだった。

 

 

 

 

 

「随分と懐かしいのぉ」

 

「そうですね。まさか、生きてまた見れるとは思いませんでした」

 

「もう少しだけ長生きしようと思える」

 

「そうですね」

 

 ブラッドの光景を老夫婦は少しだけ距離をとって眺めていた。涙するとまではいかないが、既に失われた過去の再現。それがどんな意味を持つのかを何となく理解していた。

 アラガミが居ない空間。聖域と呼ばれた場所はまさに奇跡の場所。ブラッドが命がけで勝ち取った空間。農業と言う名の新たな試み。そのどれもが胸をうつかの様だった。

 

 

「折角だ。冷やしたスイカでも出すか」

 

「こんな時には良いですね。きっと皆も喜びますよ」

 

 手持ち花火が何時まで続くかは分からない。その後に何も無いのも勿体無いと感じたからなのか、この後の行動を予測していた。

 聖域では、既に幾つもの大玉が生っている。当初は色々と苦労したが、既に前例がある為に、栽培その物はそれ程苦労する事は無かった。

 まだ自分達が若かりし頃に見たそれ。その光景を思い出したからなのか、二人の表情には笑顔が浮かんでいた。

 

 今までにも何度か食べた事はあったが、やはり貴重な物に違いない。冷やしたそれをどんな顔で食べるのを考えたからなのか、老夫婦には笑顔が生まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、きれいだな」

 

「シオ、そんなに振り回すな。火傷するだろうが」

 

 浴衣姿の少女は初めて持ったそれに感動したのか、以前の様に好奇心満載で花火を手に持っていた。

 火薬が燃える事によって生まれた火花と匂い。戦闘時の爆発物ではなく、純粋に観賞する為のそれに、シオは意識を持っていかれていた。シュッと燃える音はかなり軽い。にも拘わず、手にしたそれの勢いは暫く続いていた。

 自分の動かす後には光の帯が続いている。まるで文字を書くかの様に動かしたからなのか、僅かに光の残像が残っていた。

 

 

「だいじょうぶ。使いかたはナオヤから聞いた。人に向けちゃダメだって事はしってる」

 

「だったら、大人しく見てろ」

 

 ソーマの言葉に、シオは改めてしゃがんでその光を目にしていた。屋敷特有の風景に花火の光が彩を与える。浴衣姿のそれが、ある意味では旧時代に懐かしき光景を作っていた。

 

 

「はーい。でも、ソーマはやらないのか?これ、楽しいぞ」

 

「俺の事は良い。シオが代わりにやってくれ」

 

 シオの気遣いを感じながらソーマは改めて周囲の光景を見ていた。

 屋敷である為に、部外者は早々居ない。寧ろ、この中で参加している人間を考えれば邪推する者は居ないと思えていた。

 極東を代表するクレイドルとブラッド。そのメンバーの誰もが戦闘に熟知し、万が一の際には命だけを確実に助ける。その結果として今に至るのは当然だった。

 精鋭部隊と言えど人間である。戦闘巧者であっても、精神がゆっくりと摩耗するのは必然。そんな中でも今回の催しは一時の癒しだった。

 厳しい世界とは無縁と思える世界。屋敷の庭は、旧時代のそれと然程変わりはなかった。そんな中での一コマ。シオとソーマのやりとりを茶化す者は誰も居なかった。

 

 

「おー。きれいだな。ソーマ、これ楽しいな」

 

「ああ」

 

 言葉少な目な返事ではあったが、シオにとっては何時もと同じだった。お互いの気持ちが通じ合うからこそ、言葉は必要ではなくなっていく。そんな光景をだれもが優しく見守っていいた。

 

 

 

 

 

「あら、珍しいわね。何時もなら絡む所じゃないの?」

 

「俺も、何時もそんな事はしないさ。それに偶にはこんな日もあってもいいんじゃないか?」

 

「……そうね。偶にはこんな日があっても良いわね」

 

 縁側ではリンドウとサクヤが二人の事を見ていた。失われた世界。旧時代の光景を再現したそれをリンドウは正確に分かりあえた訳では無い。ただ本能で感じただけだった。

 

 

「サクヤ。偶にはどうだ?」

 

「そうね。偶には良いかも」

 

 そう言いながらリンドウはサクヤに硝子のお猪口を差し出す。透明な液体はここで作られた日本酒だった。サクヤもまたリンドウの気持ちを察したからなのか、そのまま口へと運ぶ。普段は口にしないそれは、この場に於いては別格の味わいを見せていた。

 雰囲気がそうさせるからなのか、それとも何かを思う所があったからなのか。それを知るのは当人だけだった。今では完全に失われた過去。それを取り戻すかの様に二人の視界に入ったそれは、確実に旧時代を思い起こす物だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、火を点けるからな」

 

 コウタの言葉に、ノゾミの好奇心は限界に達しようとしていた。今回用意されたそれをそのまま外部居住区で行うには、あまりにもリスクが高すぎていた。

 実際に用意されたそれを三分割した為に、数こそあるが住人で割るには数が少なすぎていた。その結果、アナグラの敷地の中で行われたそれは事実上の関係者のみだった。

 只でさえ数が少ないそれを全住民に配布する事は不可能でしかない。その結果、限られた関係者だけに留まっていた。コウタの何気ない言葉に、ノゾミもまた興奮を抑えきれない。少なくとも失われた文化を自分の手で再現する事を理解している証拠でもあった。

 

 

「うわぁ……きれい」

 

「思ったよりすげぇ」

 

 元々多く無かったそれを、無理矢理分けた事によって手持ち花火の数はそれ程多くは無かった。本当の事を言えば全員に回れば一番良い。しかし、それが出来ない現実があるからこそ、コウタもまた子供を中心に配っていた。

 火を点けて一秒もすれば、激しい火花と火薬の音が周囲に響く。燃えている瞬間の独特の雰囲気はある意味幻想的でもあった。大人であっても、完全に記憶にあるかと言えばそうではない。ましてやこんな時代だからこそ、記憶と現実が曖昧になる程に遠い記憶だった。時間にして僅か数十秒のそれ。そんな刹那な光景に誰もが楽しみを覚えていた。

 

 

「でも、欲を言えばもう少し数があっても良かったんだけどな」

 

「流石に無理があると思うよ。ナオヤさんだって大変そうだったから」

 

「…だな。俺に同じ事をやれって言われても無理だし」

 

「時間もだけど、材料が足りないって言ってたから」

 

 当時の事を思い出したからなのか、コウタとマルグリットは当時の事を思い出していた。

 実際に業務の傍らでそんな物を作る時間は早々無い。恐らくは何かの時間を削った事だけは間違い無かった。一人で出来る事は知れている。だからこそ、今回のこれに関しても外部居住区の分まで回ってくるとは思っていなかった。手渡された当時を思い出す。コウタもまたそんな取り止めの無い事を思い出しながらも、妹のノゾミが持つ花火に魅了されていた。

 終わった物からバケツへと放り込む。幾らアラガミから護る防壁があっても、内部からの失火による火災は最悪の結果しか生まない。それを言い聞かせられたからこそ、事前に用意していた。

 

 

 

 

 

「折角だから、どう?」

 

「良いのか?」

 

「もちろん。みんなで食べるつもりで作ったんだから」

 

「じゃあ、いただくよ」

 

 花火の傍らでマルグリットは容易した重箱を広げていた。元々集まる数を想定していたからなのか、お弁当に近い量の軽食を用意していた。そんな重箱の中から一つのおにぎりをコウタに渡す。コウタもまた当然の様に、そのまま口にしていた。

 

 

「でもさ、俺達はここだけじゃなくて、他の場所でもこんな光景を見る為にやってるんだろうな」

 

「どうしたの?急に」

 

「ん。何となく……さ」

 

 用意された花火と少しだけ距離を置いた場所には座る為のベンチがそこにあった。

 周囲にも人が居るが、その誰もが花火に意識を向けている。そんな事があるからこそ、コウタの独白ともとれる呟きを聞いたのは隣で座ってたマルグリットだけが聞いていた。クレイドルの最終目標が何なのかを痛い程に理解している。第一部隊の隊長でもありながら、クレイドルの一員として動くコウタをマルグリットは労うかの様に寄り添っていた。

 

 花火の音と共に、お互いの心が近づく。気が付けば既に暑さが和らぐ時期になりつつある事を漸く実感していた。

 

 

 

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