神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第157話 切り裂く弾丸 (中篇)

 既に状況を確認したのはシエルだけでは無かった。元々、今回のミッションは最初から想定されていない。本当の事を言えば、シエルもまた同じ判断を下していたはずだった。だからこその最悪の状況。

 最大の要因はオペレーターが未熟だった点と、部隊長がまだ経験不足だった事。厳密に言えば、許可を出したサクヤとツバキの見通しが甘かったとも考えていた。だが、実際に送られたデータを見れば、明らかに後方要因でもあるオペレーターに難があった。

 様々な要素が絡む救出ミッションの難易度を考えれば、これはあり得ない。これがクレイドルやブラッドであれば強引に切り抜ける事が可能なレベルだった。

 そんな高難易度ミッションを、辛うじてクリア出来るメンバーで組んだのは、偏に人材の不足による弊害だった。

 

 

《現地到着まで300秒。周囲の状況は厳しい物になりつつあります。アラガミの反応は変わっていませんが、コンバットログから解析した結果、変異種である可能性が高いです。ですが、今回は討伐は二次的な物となり、救助が優先されています。大丈夫だとは思いますが、ご武運を》

 

 ヘリの中で響いた状況は、ある意味では最悪とも呼べる物。少なくとも今回のミッションに関しては最悪の環境である事に間違いは無かった。

 幾ら頑強な戦力を有しているとしても、救出が建前として優先であっても内容は殲滅。そうなれば、シエル個人だけでは完全に火力不足だった。

 卓越した狙撃能力を行使した所で、有効なのは初弾のみ。それ以降に関しては明らかに厳しい結果だけだった。殲滅の際に必要なのは火力と手段。少なくとも一人のゴッドイーターの力量だけでひっくり返る環境下では無いのは当然だった。だからと言って何もしない訳では無い。最小限度の労力で最大限の結果を求められていた。

 

 

(どうした物でしょうか……)

 

 シエルが逡巡するのは当然だった。現時点で戦力としてカウント出来る人間はいない。今出来るのは、ヘリからの狙撃だった。

 一発必中はおろか、一殺が要求される。こんなシチュエーションがこれまでに無い訳では無い。少なくとも今回のミッション意外では幾度かあった。

 だが、それはあくまでもブラッドとしてのミッション。今回の様にそれ以外のミッションでは一度も無かった。

 純粋に一発の弾丸で必殺を要求されるのは、ある意味では最悪だった。狙いすます先にあるのは味方の命。それを行使する為に要求するのは一つだけだった。

 完全に狙いすます先はアラガミのコア。それ以外に絶命を要求するのは不可能だった。

 確立としては不可能では無い。ただ、困難である事だけだった。これまでに感じた事が無い心臓の鼓動。無意識に唇を舐めたのは、緊張を誤魔化す行為でしか無かった。

 一発必殺。文字通り、一撃で絶命が要求される場面。ここでのしくじりがどれ程の影響をもたらすのかは考えるまでも無かった。僅かに呼吸する事によって肺から無駄な物を抹消する。幾度となく行った訓練の結果をただ示すだけだった。

 

 

(……今更ですね。私に課せられた事は一つだけ。後の事は任せた方が良いですね)

 

 言葉を口にする必要は既に無くなっていた。ヘリからの狙撃を成功させる事を最優先とするからなのか、それ以外の事を機械的に排除する。今のシエルは完全に神機と一心同体になっていた。幾度となく厳しい戦いを共に生き抜いたそれは、完全に昇華している。一体となったそこに感情の様な無駄な物は置き去りにしていた。

 

 

 

 

 

 何時もの訓練と変わらない光景はシエルの精神を完全に訓練と同じ様にしていた。

 狙撃には向かない状況下でも、安定して残す結果がもたらす未来が何なのかは言うまでも無い。

 だからこそ、誰もが厳しい環境での訓練に費やしていた。

 細く長く息を吐く事によって意図的に心臓の鼓動を遅くさせ、照準のブレを無くす。その先をもたらす未来が勘なのかは言うまでも無かった。普段からする日常の出来事の様に引鉄を引く。その先に起こる未来は完全に確定していた。

 

 

(狙い撃つ!)

 

 僅かに揺らぐ感情をコントロールし、シエルは機械的に引鉄に添えた人差し指を僅かに動かす。そこから先に待ち構えていたのは予測された未来だった。

 轟音と共に発射された弾丸は無慈悲にアラガミの脳天へと吸い込まれる。その結果を確認するまでに次弾を発射していた。

 

 

 ────二撃必殺

 

 

 誰かに襲わった技術ではなく、自らの経験に基づいた結論。本当の事を言えば、アラガミのコアそのものを撃ち抜くのが理想だった。だが、現実はそんな理想を容易く覆す。少なくとも変異種に関しては、これまでのアラガミの常識で判断する事は出来なかった。

 強靭な肉体を貫く銃弾や、ブラッドバレットが現時点では存在しない。となれば、必殺を要求する狙撃の技術は戦場では信頼されない物だった。

 当然ながら一撃必殺を信条とするスナイパー型神機を扱う神機使いの全否定は不可避。勿論、戦場に於ける現実を覆すには相応の結果が必要だった。

 そんな中でのシエルの狙撃術は、ある意味では当然の帰結でもあると同時に、革新的な物だった。

 幾らオラクル細胞の塊とは言え、ある程度脳に似た器官でアラガミも行動する。一秒が生死を分ける戦場では、そのタイムラグは正に生死の天秤にかかる事実でしかなかった。

 

 

 ───死神の一撃

 

 アラガミからすれば正にその言葉通り。だが、味方からすれば神の慈悲だった。

 死地から脱出できるその結末。だからこそ、それを当然の様に繰り出せるシエルは、ある意味ではその筋の第一人者だった。

 

 本当の事を言えば、自身の持つブラッドバレットを使う事が最善である。だが、今回のミッションに関しては利用するつもりは毛頭無かった。

 救出の事だけを鑑みれば、使用しないのは味方に対する冒とく。命の灯を消す要因にさえなりえる物。

 だが、今の極東支部を取り巻く環境から考えれば、ミクロ的な考えよりもマクロ的な考えを重視するのが効率的。だが、その前提はブラッドと言うイレギュラーが前提だった。

 

 現時点で未だP66偏食因子に適合する人間が発見されていない。となれば、それを使える人間がシエル一人では、戦術を考えるには難しすぎた。

 突出した能力を頼れば、今後はその技量が確実に衰退する。シエルもまた、その事実と可能性を理解していた。

 だとすれば、出来る事だけをする。その結果が今に至る狙撃術だった。

 スコープの先に見えるそれに慈悲をかける必要は無い。だからこそ、シエルの行動に澱みは無かった。

 僅かに動く人差し指。そこに籠る感情は皆無だった。人差し指が動いた僅かな距離。その先を示す未来は僅か一秒にも満たない時間だった。

 

 轟音と共に一発の弾丸がアラガミの脳髄を破壊する。着弾を確認した瞬間、頭部からは液体の様な物が弾け飛んでいた。

 その瞬間、アラガミの行動は停止する。時間にして一秒にも満たないそれ。次弾のそれは確実にアラガミのコアへと向かっていた。

 着弾した瞬間に周囲を巻き込むかの様に爆発が連鎖する。コアが完全に破壊された事によって、アラガミは霧散する未来へと進路を変更していた。

 

 

《ヤクシャの討伐が確認出来ました。周囲のアラガミの反応は現地から撤退しつつ有ります。現時点でにミッションは討伐ではなく救助。周辺の状況確認後、速やかに行動を開始して下さい》

 

「周辺にアラガミの反応は感知できません。救助対象の場所を教えて下さい」

 

《了解。周辺状況のデータを送信します。大丈夫だとは思いますが、油断はしないで下さい》

 

「了解」

 

 どこか当然の様な言葉に、シエルの心は落ち着き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「了解。直ぐに行動に移る」

 

 何時もとは違った言葉が耳朶に響く。少なくとも全滅の可能性が低くなった事だけは確実だった。

 安堵した感情が生まれたのはほんの一瞬。次に浮かんだのは、そのミッションの内容だった。

 実際に救助に関するミッションがどれ程困難なのかは言うまでも無かった。

 対象となった救助者の命が最優先されているが、その裏には殲滅の二文字が浮かんでいた。言葉の裏の真意が読めない時点で色々と問題を抱えている。少なくとも自分達の事では無い事だけが分かる程度だった。

 既に討伐対象の一つでもあったヤクシャは絶命している。本当の事を言えば、コアを抜き取るのが最善だった。

 事実、アラガミの骸からコアを抜かなかったからと言って、復活する様な事は無い。ただ、純粋に資源として考えれば勿体無いと考えるだけだった。これが討伐が主であれば放置する事は無い。今回のミッションの趣旨とは違ったが故の結果だった。

 既に骸となったアラガミから完全に意識を映す。今のシエルにとって、狙うアラガミの行動を察知する方が優先されていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《討伐が確認されました。現時点でのバイタル反応に変化はありません》

 

「そうか。少なくとも周囲の反応が無ければ、暫くはバイタルサインだけに注視しろ」

 

《了解。既に周囲のアラクル反応及び、アラガミの接近の可能性はありません》

 

 アナグラのロビーもまた、違った意味での緊張感が走っていた。実際に今回の緊急出動は、ある意味では完全に想定外だった。

 元々救助の為に付けたオペレーターは本部の肝煎りの人物。実際の実力を確認してからミッションに付けるはずの極東支部の中で、今回のオペレーターに関してはその限りではなかった。

 現状を判断する能力は確かにあったのかもしれない。だが、本当の意味で実力があったのかと言われれば、完全に疑問符だけが浮かんでいた。

 瞬間的な判断力は優れているかもしれない。だが、そこに現場で動く神機使いの心情は完全に含まれていなかった。

 機械的に数値だけを確認する事によって、最短での結果を導く。確かに推薦した側からすれば、ある意味では理想的な人物だった。

 だが、ここは極東支部。他の支部でのイレギュラーは、ここでは完全に日常だった。目先のアラガミの事をするだけならば、オペレーターの存在は不要でしかない。それを体験しているからこそ、表面上で繕う者への評価はしれていた。 

 

 

 

 

 

「で、何か申し開きがあるのか?」

 

「…………」

 

「無言では何も分からない。少なくとも現時点ではこちらの方針は一つだけだ。抗弁する機会が今後あるとは思わない事だな」

 

 

 ロビーではなく、会議室にはツバキの冷たい言葉だけが響いていた。実際に何が発端になったのかは言うまでもない。少なくとも知らせれるべき情報を口にしなかった時点で、どんな処分になるのかは考えるまでも無かった。

 実際に他の支部では無難にクリアしてきたはず。本音を言えば、この支部が異常だと口にしたい程だった。

 オペレーターに対する指導はそれ程多くは無い。事実、戦場に他のアラガミが乱入する事は完全に想定外の出来事。そんな感覚でオペレートした為に、他の事に関しては完全に放置していた。

 その結果が今に至る。明らかに瑕疵に対しての処分が何なのかが先にある為に、言葉の意味を完全に理解出来ないままだった。

 

 

「今回の件に関してだが、完全に査定の範疇に収まっている。少なくとも現場を蔑ろにした結果は公表せざるを得ない。それに関しての申し開きは有るか?」

 

「ですが……」

 

 ツバキの言葉にオペレーターは完全に言葉を失っていた。今回のミッションの内容を考えれば、完全に落ち度がどちらにあるのかは言うまでも無い。少なくとも今回の内容は明らかに最悪の一言だった。

 連戦が当たり前の極東と、他のではありえないシチュエーション。今回の様なイレギュラーが当然だと考えない人間からすれば、最悪の結果だった。決して現場を軽視した訳では無い。ただ運が悪かった。その言葉に尽きるとさえ考えていた。

 

 

「赴任先から聞かされていなかったと言いたいのか?ここは他の支部の様にぬるま湯に浸かれる職場ではない。アラガミと人類の戦いの最前線だ。お前が何も求めてここに来ているのかを知りたいとは思わない。だが、人命を軽視する様な人間をここに立たせる訳には行かないのでな」

 

 無慈悲な言葉に女はそれ以上何も言えなかった。事実、今は完全にオペレートから外れている。半ば強引とは言え、交代をさせたのは、偏に現場で命をかけているゴッドイーターに対しての冒涜だと判断した結果だった。これがゴッドイーターが何かしらやっているのであれば、鉄拳の一つも飛んだかもしれない。今回のこれはあくまでもお客さんとしての待遇をしているに過ぎなかった。

 

 

「念の為に言っておくが、貴様の親に頼る事だけは止めた方が良い。自身の軽挙妄動を猛省するのが建設的だ」

 

「………」

 

 冷たく放たれた言葉の裏が何なのかは女は知らない。だが、仮に抗弁すればどうなるのかは考えるまでもなかった。

 精々が潰されて終わる程度。少なくともフェンリルでの地位をここでは振りかざす人間は皆無だった。仮に行動に移せば、幾らフェンリルの上層部の覚えが良くても数週間で断絶する。極東支部に赴任する前に、嫌と言う程に聞かされた内容だった。だからこそ、オペレーターの女もまたその事実を理解していた。

 ここで権力を振りかざした瞬間、訪れる未来が確定する。僅かでも事実を知る者が居れば、ある意味死刑宣告と同じだった。その事実が表に出る事は無い。精々が憶測程度の現実でしかなかった。

 だが、フェンリルの関係者であれば、それだけで十分だった。その結果もたらす物が何のかは口にするまでもない。それ程までに厳しい未来だけが残されていた。

 

 

「言いたくはないが、既にアラガミが強化されているのはここだけではない。少なくとも本部や欧州周辺でも確認されている。それでもなお、現場を軽視するつもりか?」

 

「……いえ。そんな事はありません。私の認識が間違ってました」

 

 事実だけを述べられた事に、女はそれ以上の事を言うつもりは無かった。ここに赴任するまでに、極東支部がどれ程の内容なのかを聞かされている。少なくともフェンリルでの権力など無意味だった。

 それを叩きこまれたからこそ、抗弁出来ない。そもそもツバキの言葉はミッションの肝でもある。自分がどれ程甘い認識を持っているのかを漸く認識していた。

 それを察したからこそ、ツバキもまた秘匿すべき事実を口にする。少なくともここ最近になってからは、他の支部でもアラガミが強化されている事実が浮かび上がってた。

 一方的に強化されているとなれば人類はそれに追いつく必要が有る。もし出来なければ待っているのは漫然とした滅亡だった。本部だから安泰ではない。そんな事実を口にしたからこそ、女はそれ以上言う事を止めていた。

 

 

「そうか。今後は気を付ける事だ。少なくともここ以外の支部でも起り得る可能性は高い。慢心は命取りだと思え」

 

「……了解しました」

 

 ツバキの言葉はある意味では真理だった。少なくとも極東支部に所属する誰もが現場を軽視する事は無かった。

 刻一刻と変わる戦況。支部内で情報を伝えるオペレーターの役割を、本当の意味で理解していない者は自然と淘汰されいた。現場から信用されていない後方支援の人間は、確実に何らかの形で処分される。

 限りある人的資源。その中でも極東に所属する人間の価値を認めていない上層部は誰も居なかった。

 だからこそのツバキの言葉。先程までオペレートしていた女は項垂れるより無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《対象となったアラガミのオラクル反応が消滅しました。大丈夫だとは思いますが、念の為に警戒は解かない様にお願いします》

 

「了解。周囲にアラガミの反応は感知できません。周辺状況はどうなってますか?」

 

 シエルの言葉にオペレーターの言葉は端的に伝いていた。下手に言葉にすれば、それだけでリスクが上昇する。少なくとも今回の内容がどれ程厳しい物なのかは言うまでも無かった、。だからこそ、シエルの問いかけにもシンプルに伝える。それを理解しているからこそ、シエルもまた短い言葉で理解していた。

 

 

《現時点では大丈夫です。他のアラガミに関しては警戒だけをお願いします》

 

「了解。見つけ次第処分で構いませんか?」

 

《それに関しては問題ありません。ご武運を》

 

 通信が切れた事によってシエルは改めて周囲の確認をしていた。自身の血の力を使えば確実にその事実を察知出来る。驕る事なく高めた自身の力を信頼した結果だった。

 双眸に宿る光は、決してアラガミの存在を許す事は無い。これまでに培ってきたコンバットプルーフが示していた。感応種から始まり神融種までもを屠り去る。その事実があるからこそ、今に至っていた。

 

 

 

 

 

(私に出来る事は一つだけですから)

 

 まるで日常会話だとも思える程に出た思考は、ある意味では当然の帰結。狙撃をする者は己の精神を律するのは当然だったからだった。だからこそ次なる目標の為に淀む事無く手順を繰り返す。白銀の色をした宝石に映るそれは。完全に獲物を狩るそれだった。

 スコープ越しに見えるアラガミは、シエルからすれば完全に訓練時の的と同じだった。淡々と行うべき行動を実行する。そこにシエルの心情は加味されていない。精々が己が行った行為に関する結果だけだった。照準の先にある未来が何なのかは言うまでもない。

 死を司る美姫の一撃は、確実にアラガミを屠り去っていた。引鉄を引いた瞬間に起り得る未来。その結末に疑問を抱く者は皆無だった。

 引鉄を引く行為の結末によって手強い命を屠り去る。失われた灯はすぐさま情報として反映されていた。

 

 

《対象アラガミのオラクル反応は消滅しました。残すは後一体ですが、今回のミッションに関してはこれで終了となります》

 

「了解。作戦完了を確認。これから帰投します」

 

 オペレーターの言葉を正しく理解すれば、この時点でのミッションの完了はあり得なかった。一番の要因でもあるアラガミの討伐は完了していない。本来であればミッションの途中での帰投は有りないはずだった。だが、現時点で完了の言葉が出ている。シエルもまた、その意味を理解していたからこそ、疑問に思う事は何も無かった。

 

 

《お疲れ様でした。既に情報は現地の部隊にも伝えてあります。事前のミッションの書類だけはお願いします》

 

 荒々しいヘリのローター音は更に音階を上げていた。眼下に広がる戦場だったそれに、命のやり取りの雰囲気が霧散している。幾ら厳しいミッションとは言え、一体が討伐完了し、残り二体のうちの一体もまた、瀕死の状態だった。これならば新人に近い人間でもノーリスクで討伐が出来る。救助を組み合わせたとしても問題になる要素は皆無だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《対象アラガミのオラクル反応が消失。残り二体のうちの一体も反応が鈍くなっています。過信は禁物ですが、慎重になり過ぎないようにお願いします》

 

 耳朶に届いた情報を基に、隊長として動いていた少女は僅かに安堵していた。幾ら相応の実力があったとしても、乱戦に陥った戦場がどれ程過酷なのかは言うまでもない。場合によっては最悪の結末を迎える可能性もあった。

 しかし、今回の件に関してはその可能性は最初から考慮されていなかった。死を司る美姫に抗弁する者は居ない。それ程までに隔絶した結果だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《当該アラガミの一つ、ヤクシャは討伐が完了しました。無理にとは言いませんが、可能であればコアの回収をお願いします》

 

「了解。状況に応じて対処します」

 

 先程までの無機質なアナウンスとは一線を引いたからなのか、状況判断は随分と楽になっていた。今回のミッションの大元とも呼べる救出ミッション。何も知らない人間からすれば大事にすらならないこれは、明らかに常軌を逸していた。

 ベテランでも厳しい救出ミッション。それを新人に毛が生えた程度に任せるのは狂気の沙汰とは思えなかった。

 元々神機に適合出来る人間は、機会の部品ではなく、人的資源。簡単に消耗しても良い物ではなかった。

 だからこその内容。この好機を無駄にする要素はどこにも無かった。

 

 

「総員、ミッションの更新。防衛から殲滅。対象は発見次第討伐!」

 

 部隊長の言葉に誰もが頷くより無かった。通常であれば救助のミッションの中での依頼内容の変更は早々無い。今回の関しては完全に真逆とも言える内容だった。救助のミッションがどれ程困難なのかは言うまでもない。それを覆す内容の事実に、部隊のメンバーは何も言葉に出来なかった。

 だからこそいち早く部隊長の少女は行動を開始する。逡巡するだけの時間すら惜しいと思える程に戦況は変化していた。

 只でさえ音に敏感なアラガミの一体が今生から去っている。そうなれば自身の命の灯が更に萌香去るのは必然だった。既に失われた希望が再び燃え盛る。その先に見据える未来が何なのかは言うまでも無かった。ミッションと自分の命が同等であるはずがない。だからこその結末に異議が出る可能性は皆無だった。

 

 

 

 

 

(こうまで違うなんて!)

 

 未来を見透かしたかの様なオペレートに、部隊の誰もが同じ事を感じていた。実際にオペレーターの役割が何なのかを正確に理解するには、相応のミッションに出撃しない事には分からない。幾らゴッドイーターと言えども、見えない周囲の状況までもを理解しながらの戦闘は事実上不可能とも呼べる程だった。

 常に変化しつつ付ける戦場をコントロールするとなれば、自身の能力をも勘案する必要が出てくる。本能に赴くままに動くアラガミをコントロールするのは意外と難易度が高かった。幾らこちらに意識を寄せ続けていても、些細な事でその制御が困難になる。獣のの如き本能を操作するには、やはり同じレベルでアラガミに意識を叩きつけるより無かった。

 厳しい戦場では自然と視野が狭くなる。そうならない様に部隊長は常に視野を広く持ち続ける訓練を課していた。報酬だけではなく、部隊の人員の命すらも与る。その結果としての報酬は有る意味必然だった。

 

 超人的な能力をもって困難とするからこそ第三者としての役割に期待する。その結果が今のオペレーターによる指示だった。戦闘に集中する事によって、他の意識をも戦闘に向かわせる。遠方での情報を完全に頼った結果だった。

 当然ながら極東支部に於いても常に万全の体勢で出来る訳では無い。今回のミッションに関しては、完全にローテーションの谷間に嵌っていた。

 不慣れにも拘わらず自信だけが過ぎる後方支援。その事実を知らないままに新人よりも少しだけマシな部隊を投入していた。勿論、その実力を考慮した上でツバキやサクヤは投入する。お互いに認識のギャップが生んだ事によるアクシデントだった。

 

 だからこそ、速やかに該当者を排除し、ベテランを付ける。既にミッションに終わりを見せたからなのか、救出チームのオペレートはフランが担当していた。

 一歩先の未来までもを見透かすかの様に出る指示は、部隊の誰もが安心しきっていた。余計な面での心配がなくなれば、出来る事はただ一つ。己のミッションの完遂だった。既に小うるさいアラガミの一体でもあるヤクシャが討伐されている。残り二体のうちの一体もまた瀕死の状況だった。

 ある程度の訓練を積んでいれば、余程の事が無い限り達成も可能な物へと変貌する。だからこそ、救出ではなく殲滅を狙っていた。

 そんなチームに呼応するかの様に部隊にも再度闘志が蘇る。そこから導き出された結果は必然だった。

 

 

「まずは数を減らす!油断はしない様に!」

 

「了解」

 

 オラクルを撒き散らす体躯は既に死に片足どころか腰までつかっていた。既に撃ち抜かれたからなのか、瀕死だからなのか、未だ残る弾痕が回復する余地は残されていなかった。

 既に動きを感じるまでも無い死に体。だからこそ、先程までの様に油断する事は無かった。何時もと変わらない戦いがもたらす安定感。銃口を向けられたアラガミが待つそれは、完全に確定された未来だった。

 飛ばした指示と同時に、銃口からは濃縮された様なオラクルの塊がアラガミの体躯へと撃ちつける。既に残りの弾数を無視するかの様に、周囲にはけたたましい発砲音が鳴り響いていた。

 

 

 


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