神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第158話 切り裂く弾丸 (後篇)

 今回の救出ミッションがどれ程厳しいのかは、その場にいた誰もが正しく理解していた。今回の内容に関しては、ある意味では実力の読み違いだけでなく、一部人為的な物もあった。勿論、人為的な内容は前向きに捉えた結果。

 しかし、結果としてはクリア出来たのも事実。

 だが、そこにあったのはある意味では今後の憂いを浮き彫りにした結果でもあった。

 

 

「今回のミッションに関しては、我々も見通しが甘かったとしか言えん。このミッションに関しては、本当の意味で偶然に偶然を重ねた結果だ」

 

「確かに、結果としてはそうですね。ですが、今後も今回の様な可能性は否定出来ません」

 

「クレイドル、それにブラッド。少なくともこの支部に於いては精神的な支柱ではあるが、だからと言って頼り過ぎる訳にも行かない」

 

「後は……」

 

 ツバキの言葉にサクヤもそれ以上の事は何も言えなかった。事実、今回の様な可能性は今後も確実に起り得る。幾らゴッドイーターと言えども、ある意味ではどこかで代替わりが要求されるのは当然だった。

 アラガミが進化を止める可能性が皆無なのは、既に研究の成果として出ている。少なくともこの極東支部に於いてはそれが顕著だった。

 少し前までは大型種が頻繁に出没する様なケースは少なく、共食いとも取れる捕喰した進化の先にある事が多かった。だが、近年に関してはその限りではない。大型種に限らず、その存在を更に進化させた感応種や神融種。見た目に変化が無い変異種など、厳しい戦いが要求されつつあった。

 

 クレイドルやブラッドに関しては安定した結果をもたらすも、他の部隊に関しては厳しい戦いが要求されていた。戦場に於ける精神的なストレスは肉体を容易く蝕む。その結果として、視野が狭くなり厳しい戦いが要求されていた。

 それを回避するのがオペレーターの役目。ヒバリやフランの様に出来る人間の数もまた少なかった。人材は人財。激戦を生き残り、今に至るからこそ二人も近未来に危機感を持つ。少なくとも今回の内容を教材とするにはひどすぎた。外部からの圧力もまた今に始まった事では無い。それもまた極東支部特有の問題点だった。

 

 

「まあ、今直ぐにどうにか出来る事は余り無い。我々としては今回の事を肝に銘じてやるより無いだろう」

 

「それしかありませんね」

 

 ツバキの意図する事をサクヤもまた理解していた。世界の最前線に生きる支部だけではなく、純粋に力無き者が真っ当に生き残るには余りにも厳しい世界。当然ながら自分達もまた、それを経験してきたからこその思考だった。

 

 

「少なくともあのレベルにまでとは言わん。だが、相応の実力は急務だ」

 

「一度、教導の内容を見直す必要がありますね」

 

「近接戦は良いが、流石に射撃まではな……中々もどかしい物だ」

 

 ツバキの言葉にサクヤもまた理解を示していた。

 近接に関しては、これ以上の内容を超える事は早々無い。だが、射撃に関してはその限りではなかった。

 実際にエイジにしても、アリサにしても使用するのはアサルト型。近距離から中距離とレンジはそれなりだが、戦闘時に於いては一定量の圧力をかけるには最適だった。

 厳しい戦いになればなる程に、僅かな隙が生死の天秤を一方に傾ける。だからこそ、エイジやアリサはいかなる体勢からでも的確に撃つ訓練をしていた。

 勿論、その事実を知るからこそツバキとサクヤもまた、それを参考にする。だが、シエルの様にスナイパー型の数はそれ程多くは無かった。狙撃を主体とするそれは、乱戦になれば圧倒的に厳しい戦いになるのは間違い無かった。精密射撃の神髄は一撃必殺。

 仮にシエルが示した二撃必殺だとしても、困難である事に変わりはなかった。

 ツバキはこれまでの経験で理解するが、サクヤは同じスナイパー型。シエルの銃撃がどれほど難関なのかは自然と理解していた。だからこそ、その先にある技術の難易度を理解する。サクヤもまた、教官としての力量を示す必要があった。

 幾ら極東と言えど、全員を完全な専門職に昇華させる事は不可能に近い。それを理解するからこそ、近づける努力をしていた。

 

 対策を打ち立てることが出来なければ、アラガミに捕喰される未来だけが残る。そうならない為にはかなり厳しい教導が求められていた。これが京藤一辺倒であれば出来ない事は無い。

 だが、現実は無情だった。実力があれば直ぐに上に階級が上がる。その結果、既存のレベルと現状のレベルがミスマッチしている。今回のミッションもまた、そんなイレギュラーが積み重なった結果だった。

 

「教導の見直しのプランを幾つか検討してみます」

 

「そうだな。少なくとも、これからの新人に関しては、一定の技量を求める様にするしか無さそうだな」

 

「……そうですね」

 

 ツバキの何気ない言葉に、サクヤはそれ以上の事は何も口にしなかった。

ツバキの言う一定以上の技量はある意味ではかなり高い。進化するアラガミと、討伐の力を更新する人類。

 先の見えない道程は、ある意味では地獄のそれに近かった。抗う事によって自らの存在意義を示す。その未来が見えるからこそ、二人はそれ以上の事を口にする事は出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「救出完了。目視での異常は感じられません」

 

《了解しました。こちらでも確認出来るバイタルに異常はありません。ですが、万が一の事もありますので、帰投後は直ちにメディカルチェックを行って下さい》

 

「了解。帰投後、直ちに実行します」

 

《周辺への警戒は怠らない様にお願いします。此方でも確認はしていますが、油断は禁物ですので》

 

 目的のミッションを完了した瞬間が一番危険な時間帯。

 少なくとも、今回の様なミッションはある意味ではイレギュラーだった。救出の為に出たはずの部隊が窮地に陥る。少なくとも戦術の面から考えれば、完全にあり得ない結果。本来であれば二次被害すらも覚悟する内容だった。

 だが、そんな最悪の未来を切り開くかの様な銃弾は完全にその未来を否定する。少なくとも部隊長として指名された少女が知る中では、それを可能とする人間を知らなかった。

 

 部隊の中でも、上位のチームが下位のチームと合同でミッションに出るケースは少ない。下手をすれば、見た事はあっても会話をした事が無いケースも多々あった。今回のミッションもまた、シエルの存在を知る可能性は部隊長以外にはあり得なかった。

 神は既に人類の天敵となってから、幾星霜とも思える時間が経過している。だが、今回の神は荒ぶるそれではなく、完全に人類の救いの光だった。

 だからこそ、それが誰なのかを知りたいとさえ考えていた。部隊長が故に、ミッションの全容を知る事が出来る。今の少女にとってはメディカルチェックよりも重要な内容だった。

 

 

《戦闘の疲労は確認していますが、警戒を怠らない様にお願いします》

 

「……了解です。周囲の景観に異常は感じられません。帰投するまでは引き続き警戒を継続します。それと、質問を良いでしょうか?」

 

《どの様な内容ですか?》

 

「今回、私達を助けてくれた部隊はどこですか?」

 

 何気ない一言。当然ながら、今回のこれが誰なのかを分かった所で、精々がお礼を言う程度だった。

 他の支部とは違い、極東に関してはオープンチャンネルの救援は、一番現場から近い部隊が駆けつける事になっている。今回のケースに関しては、完全に通常の内容だった。だからこそ簡単に聞いた一言。にも拘わらず、オペレーターの返答は直ぐには無かった。

 

 

「……あの、機密であればこれ以上は聞きませんが」

 

 

 何気ない言葉のはずが返答が一向に来ない。その瞬間、まさかの思考が過る。本当に感謝の意味で聞いた内容が機密だったのだろうか。僅かに緊張感が高まった瞬間だった。

 

 

《それには及ばない。今回の救助に関してはブラッド隊所属のシエル・アランソン少尉だ》

 

 突然のツバキの声に、少女は驚いたままだった。まさか今回のミッションに関して上位の人間がかかわっている事は理解していたが、本当の意味で少女は理解していなかった。

 部隊長になるには経験が足らず、かと言って緊急時に動ける人間の数はそう多くない。少女は知らなかったが、今回のミッションはある意味では試験的な位置付けもあった。

 絶対的な窮地に陥った場合、どこまで冷静に行動できるのか。下手に経験を持たず、技量が上の人間がどんな行動をするのか。何も知らなければ非人道的だと口にする者もいたかもしれない。しかし、今のままが永遠に続く可能性が無い以上、人類側も何らかの形で進化する必要があった。

 身体能力が向上しない以上、やるべき事は少ない。テストケースでも最善を尽くすのは当然だった。犠牲が出ないまでも、ある意味では厳しい局面は幾度となくあった。そんな窮地をひっくり返すからこそ、ある意味では目標になりえる内容。そんな心情を見透かしたかの様に耳朶に届いた声はツバキのそれだった。

 

「有難うございました」

 

《今回の出動は特に機密にする必要も無いからな。今回の出動は良い経験になったはずだ。以後、教導は更に続ける様に》

 

 自分の技量が上であると思った事はこれまでに一度も無い。この極東に関しては技量を驕る人間は皆無。教導教官でさえ、己の鍛錬を続けている。口にこそしないが、その雰囲気が如実に語っていた。

 自分達が敵わない存在がそんな雰囲気を出せば、自ずと感じるだけだった。だからこそ、誰もが教導教官に尊敬の念を送る。

 だが、それは戦場は無い場所の事。今回の様に戦場で目にする事は無かった。僅かな時間で焼き付く記憶。本当の意味でこの目で見た訳では無い。死地の空気を一掃した攻撃がもたらした結末を肌で感じるからこそ、これを覚えないと思う事はあり得なかった。垣間見た頂上。だからこそツバキの言葉に少女は無意識の内に上を目指していた。

 

 

「はい。今回の事を忘れない様にします」

 

《そうか。だが、それは今後の事だ。今回に関してはまずはメディカルチェックと休息だ。休む事も仕事のうちだ》

 

「了解しました」

 

 どれ程の時間が経過したのだろうか。帰投のヘリの中では今回のミッションの内容をゆっくりと反芻していた。自分が仮に同じ事をしようとすれば、本当に可能なのだろうか?そんなとりとめのない感情が何時までの過っていた。気が付けば今回のミッションに参加したメンバーは既に夢の国に旅だっている。それ程までに厳しい戦場だった。

 そんな過酷な環境でさえも諸共しない部隊。ブラッドの存在を話には聞くが、実際に会った事は一度も無かった。不意に自分の感情が高まる。話を出来る機会があれば、その高みに近づきたいと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しだけ薄暗い環境は既にバータイムになっている事を意味していた。何時もとのラウンジとは違い、周囲の年齢層は一気に高くなる。何時もであればこの時間帯に居る事はあり得なかった。

 

 

「今日は大変だったみたいだね。これは僕等からの奢りだから」

 

「いえ。今回のそれは、あくまでもミッションの追加ですから」

 

 薄暗いカウンターの先にいたのは、何時ものコックコートとは違った服装。バータイム独特の服装だった。

 バータイムは常に決まった時間にされる訳では無い。あくまでも担当する人間の都合による物だった。ここ最近に関しては開催された事は多くない。それを知るからこそ、特定の人間は事前に情報を察知してこの時間帯を狙っていた。

 

 

「気にする必要はありませんから。本当の事を言えば、私達の方が近かったですし」

 

「ですが……」

 

「それ以上の事は堂々巡りだよ。折角だから、これは僕等からの報酬だよ」

 

 薄暗い環境であっても、近くに居ればその存在は確認できていた。

 カウンターの向こう側に居た人物は誰なのかは言うまでも無い。既に用意されたそれが何なのかを知るのは一人だけだった。

 淀みなく動くその先にあったのは、幻想。ブランデーで香りづけしたからなのか、青白い炎はフライパンから皿の上へと移動していた。皿の上にあるそれが僅かに青白い炎に包まれる。

そのまま燃え続けるのではなく、本当に一瞬だけ包まれたに過ぎなかった。

 

 

「偶にはこんな事がっても良いと思いますよ。それに、このメニューはバータイムの一押しですから」

 

「そう言われればそうですね。ここまで幻想的な雰囲気は初めてです」

 

 アリサの言葉にシエルはそれ以上の事は何も言えなかった。事実、青白い炎が醸し出す光景は幻想的だった。まるで生き物の様に動く蒼炎は自らの意思を持っているかの様に動く。無機質なそれがまるで本物だと認識する程に生命力に溢れていた。実際にカウンターの前に居る意外の人間全てが視線を集める。それ程までに鮮やかな非日常は、今回のそれを印象付けていた。

 実際にそれが提供される機会が多くない事は自身も認識している。それが振舞われた事実こそが雄弁に語っていると同義だった。

 香り付けの為のブランデーは存在だけを残して失われていた。長期間熟成した樽が生み出したピート香は、目の前で行われたパフォーマンスを活かすスパイスでしかない。用意されたナイフとフォークによって運ばれた薫りは、完全に特別な物である事を理解させられていた。

 

 

 バーカウンターの中でも期間限定メニューのクレープシュゼット。ブランデーで香り付けされたそれは、確実に現実からの乖離だった。実際にバータイムで振舞われた回数はそれ程多くない。事実、弥生がカウンターに入っている際に頼まれる事は皆無だった。

 蒼炎を自在に操るそれを活かす技量を持つ人間は限られている。それが出来る人間を知っているとしても、ある意味では困難だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本当の事を言えば、自分の任務を遂行したに過ぎない。ある意味では当然の結果に過ぎなかった。

 にも拘わらず、こんな状況下での結末は混迷をもたらす。だからこそ、シエルもまたその意図が何なのかを理解出来ないままでいた。

 

 

「今回のミッションに関しては、ある意味では今後の教訓に活かせるかもしれないのよ」

 

「私はそんな事まで考えた訳ではありませんので……」

 

「シエルの言いたい事は分かるわ。でも、今後の事を考えればある意味では当然の結果なの」

 

 

 サクヤの言葉にそれ以上の事は何も言えなかった。事実、今回のミッションの肝とも言えるのはシエルがもたらした狙撃術。少なくとも今回のミッションの結末に対し、一定以上の技量を持った人間は、かなりの刺激を受けていた。

 実戦の最中で、二撃とは言わずも、狙撃だけでアラガミを屠る事がどれ程困難なのかは言うまでも無かった。

 コアを精密射撃で破壊する技量は、常人ではありえない。勿論、ゴッドゴッドイーターと言えどもその限りではなかった。動かない的とは違い、自ら捕喰行動をしない限りは常に動き続ける。幾ら巨躯なアラガミと言えど、精密射撃の技量は並では無かった。

 シエル自身は気が付いていないが、教導の名目からすれば今回の内容がどれ程異常なのかは言うまでも無い。教導教官としてサクヤも指導するが、同じ事が出来るかと言えばノーと言うより無かった。

 アラガミのコアはある意味では生命の根幹。それと同時に極東支部にもたらす恩恵がどれ程なのかは言うまでも無かった。

 

 

「それに、貴女は敢えて通常のバレットを使用したでしょ。これがブラッドバレットであれば、多少は違ったのかもしれないのよ」

 

「……そうでしたか」

 

 サクヤの確信めいた言葉に、シエルはそれ以上何も言えなかった。

 事実、ブラッドバレットに関しては未だ未知数なだけでなく、誰もが気軽に扱える代物ではない。実際に使っているシエルであっても、その限りでは無かった。

 破壊力を秘めた物ばかりがある訳では無い。下手をすれば通常弾の方が余程楽だと思える部分も多々あった。突出した破壊力か、安定した凡庸力か。明確な答えが無いのであれば、使い慣れた物こそが最上だった。

 だからこそ、サクヤの言葉の真意をシエルも悟る。今回のミッションに関しては、敢えてブラッドバレットを使わなかったは、その部分に関する事もあった。

 エディットによって構築された破壊力は、実戦で試すまでも無かった。

 事実、数値化されたダメージ量から逆算すればアラガミに対しての攻撃力がどれ程なのかは考えるまでも無い。事実、破壊力に長けた攻撃は、ある意味では技術を成長させる要素が何処にも無かった。

 掠っただけでも多大なダメージを与えれば、自然と狙いが甘くなる。大よそで狙った場合、確実に命を葬り去るのであれば問題ないが、万が一ミスを犯した瞬間、部隊が窮地に陥る。

 これがブラッドであれば窮地を切り抜ける事は出来るかもしれない。だが、実戦では確実にブラッドだけに対して攻撃が出来る事は無かった。

 そんな未来を予知したからこそ、シエルもまた己の技量を磨く事を優先していた。

 一発の弾丸によって戦局がひっくり返る事実は早々無い。緊迫した中で従来の実力を発揮出来る難しさを知れば、無駄になる事は無かった。

 

 

「今回のミッションに関しては、私達も見通しが甘かったの。本当の事を言えば、かなり厳しい局面になる事も予測してたわ。でも、貴女が居たからこそ打開出来た。その部分に関しては本当に感謝してるの」

 

「いえ。今回のこれは私の職域での事ですから、それ程気にならさなくても」

 

「でも、立場を考えればそうはいかないのよ」

 

 サクヤの忌憚の無い言葉にシエルもまた抗弁するたけの言葉を持ち合わせていなかった。極限下での戦いに於いて、極度のストレスがかかれば、幾らゴッドイーターと言えど万全のパフォーマンスを発揮する事は困難だった。

 ましてやと討伐ではなく救出。その難易度の高さは、明らかに新兵に毛が生えた程度の部隊長では荷が重すぎた。

 イレギュラーなミッションと言えど、正規の内容である事に変わりはない。そんな中で冷静な判断と最上の結果をもたらしたのは、確実に賞賛に値する。信賞必罰を考えれば今回の結果はそれに準じた物だった。

 流石にシエルとて、サクヤの言葉の意味は理解出来る。どこか気恥ずかしさを感じながらも、受け止めるよりなかった。

 

 

「分かりました。今回の件に関しては、私自身も色々な意味で糧となる事がありましたので」

 

「そう。ありがとうね」

 

 サクヤの言葉はそれで途切れた。だが、その瞬間を待ち構えていた人物がそこにあった。

 

 

「シエルさん。今回のミッションありがとうございました」

 

「アリサさん。私は自分の出来る事をしたまでですから」

 

「それは分かってますから。私が言いたい事はサクヤさんが言いましたから、それ以上は何も言いませんよ。それと、折角なのでラウンジで少し話でもしませんか?」

 

 

 何気ないアリサの言葉に、シエルもまた今の時間を思い出していた。気が付けば通常の食事の時間からはかなり遅れている。この時間から何かを作って食べるには微妙な時間帯だった。

 だからこそ、アリサの言葉にシエルも珍しく頷いていた。ラウンジであれば多少なりとも口にする事が出来るはず。少なくともアリサが刺そう時点で、カウンターの中が誰なのかは考えるまでも無かった。

 

 

 

 

 

 

「今日はバータイムの日だったんですね」

 

「そんなに気にする必要はありませんよ。シエルさんはまだ食事はされてませんでしたよね?」

 

「ええ……そうですが……」

 

 アリサの言葉にシエルもまた空腹感を思い出していた。少なくとも自分がまだここに来る前の環境であれば、我慢の選択肢しか無かったはず。事実、身体もまたそう判断していたはずだった。

 だが、極東支部に来てからはそんな我慢の感情は薄くなってた。ゴッドイーターが万全の環境で最適なパフォーマンスを発揮する為に整えられた環境は、シエルにもまた少なからず影響を与えていた。

 

 

「今日は珍しいね」

 

「色々とありましたから」

 

 些細な会話。これが何気ないそれで終わる事は無かった。

 バータイムでの殆どが弥生のはず。だが、今に至っては何時もとは違っていた。

 

 

「あの、例の物でも大丈夫ですか?」

 

「まだ材料があるから大丈夫だよ」

 

 アリサの言葉に普段の言葉が告げられる。弥生意外でラウンジのバータイムを出来る人間は一人しかいない。誰よりも理解しているからこそ、アリサもまた主語を省いたオーダーをしていた。

 確認する事無く何時もと同じ様にフライパンに熱を通しながらも細心の注意を払う。無駄の無い行動から呼び起こされるのは、僅かな幻想。青白い焔の光景だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蒼炎の演舞はその場に居た誰もの目を奪っていた。薄闇の空間に出でたそれは、確実な存在感を示す。普段であればアルコールの余韻に浸る人間であっても確実に目を奪われていた。

 遠目で見たそれでさえもそんな感情を生む行為。ましてや目の前で行われれば、その最たる物だった。

 未成年であるが故に初めて提供されたそれは明らかに自分の感情を揺り動かす。だからこそ、その光景を見た人間の感情が高まるのは必然だった。

 事実、シエルもまた話には聞いていたが、実際に目にした事は一度も無い。だからこそ刹那の映像は記憶の底にこびりつくかの様だった。

 

 滝の様に蒼炎はフライパンから目の前の皿へと移動する。これが通常の炎であれば、皿の上は大参事になっている。だが、舞い降りた蒼炎は僅かな残滓と共に香だけを周囲に振り撒くと同時にその姿を消し去っていた。

 

 

 

 

 

「これは……」

 

「これは僕等からの報酬みたいな物。コンバットログを見たけど、あの狙撃にブラッドバレットを使用しなかったのは偏に今後の為でもあったんだよね?」

 

 蒼炎によって香りづけた事によって完成したクレープシュゼットはシエルの口腔内で芳醇な香を漂わせる。シエル自身クレープは何度か口にした事はある。

 それだけではない。ここで提供された食事のどれもに驚きを見せていたが、今回のこれは明らかに違っていた。見た目と味の両方が際立つ。アルコールを使ったフランベとは明らかに性質が違っていた。

 魅せる為の料理。食に拘りを見せないシエルであっても、これに関しては意識を奪われるかと覆う程だった。そんな中でもエイジの言葉。この意味を正しく理解したからこそ、シエルもまた真摯に自分の考えを口にしていた。

 

 

「確かに結果だけを見ればそうかもしれません。ですが、今回のあれは、自らの技術の確認に過ぎません。幾ら強大な力を持っていても制御出来ないのであれば無意味だと思ったからです」

 

「シエルの考えはある意味ではそうだろうね。でも、全員が素直にそうだとは考えないんだよ。特に、ここ極東支部に関しては誰もが我が強いから。少なくとも一定以上の技量を持つ人間からすれば対抗心は芽生えるだろうね」

 

「私はそんなつもりじゃ……」

 

「シエルさん。それはある意味では物事の側面の一つです。特に今回の様に救出が絡んだミッションの結果は平等に公表されていますから。少なくとも当事者からすれば、当然ですよ」

 

 エイジの言葉をフォローするかの様に、アリサもまた自分が考えていた事を口にしていた。仮にブラッドの誰もが当然の様にブラッドバレットやブラッドアーツを使用すれば、ある意味では違った目で見ていた可能性もあった。

 だが、現実としてブラッドがそれらの業を使う事は少ない。少なくともブラッドのメンバーが戦場で使うのは限られた環境下でのみ。率先して使う事は無かった。

 一番の要因は教導で弱点を必ずつかれる点。これがエイジだけならまだしも、ナオヤであっても完璧に対処していた。業を使用する際にオラクルを神機へと集約する瞬間、ほんの僅かではあるが溜めが必要だった。

 大雑把な戦いであれば問題はそれほど深刻にはならない。だが、教導の様にコンマ数秒の世界を生きる側からすれば致命的だった。溜めの瞬間を狙われる事はもはや当然。対処不可能な隙を作る意味が見いだせないから。

 だからこそ、教導の中では自らの技量のみで戦い続ける。それを身に染みているからこそ、通常の戦いで使う頻度は少なかった。

 

 

「それに、今回の件は私達だけじゃないですよ」

 

「えっ?」

 

 意味深なアリサの言葉と視線に、シエルは思わず誘導されていた。先程までの蒼炎の演舞を見たそれではない。純粋に驚いた感情がそのまま出ていた。視線の先にあるのはシエルが救出ミッションで助けた隊長。一人の少女がそこに居た。

 

 

 

 

 

「あの……今回のミッション、ありがとうございました」

 

「いえ、ここでは当然の事ですから」

 

「そんなんじゃなくて、今回の事で私もしっかりと認識しました。確かに作戦が重要なのは当然ですが、その根底にあるのは確立された技術だと思います。あの……私にも射撃術を教えてくれませんか」

 

 これが普段であれば、エイジやアリサが何らかの言葉を口する。だが、今回に関しては明らかに口を挟む事はしなかった。

 隔絶しすぎた技量は諦めるかもしれない。だが、今回の様な狙撃術はある意味では自分でも習得可能な技量だった。

 エイジとアリサもこうなる事を予見したからこそある意味シエルをここに留めると同時に、その技量を教え広めてほしいと考えていた。

 精密射撃のコツは事実上無いに等しい。無意識と呼べる状況下でも機械的に動ける程に、自らの体躯に刻み込んだ結果でしかない。極限なまでに研ぎ澄まされた集中力の結果に過ぎなかった。

 実際にそんな教導をここでした事はまだ一度も無い。それを理解した結果だった。だからこそ少女はシエルの言葉を待ってる。二人の視線の先にはシエルの困惑し、助けを求める表情だけがあった。

 

 

 


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