「そうだったんですか……」
「でも、ナオヤの言葉はある意味では当然なんだよ。神機が戦場で機能不全になればどうなるのかアリサが一番知ってるでしょ?」
「ええ。まぁ……」
事実を聞いたアリサは驚くと同時に、その恐怖を理解している。初めてネモス・ディアナで感応種と戦った際に起こった神機の機能不全は一言で言えば絶望だった。これまで自分の手足の様に動いていたそれが、一瞬にしてただのバラストへと成り下がる。アラガミはこちらの事情などお構いなしの攻撃をしてきた事を思い出していた。
「それと、この件に関してはテルオミ君に言わないで欲しいんだ。さっきの事で本人もかなり落ち込んでいるみたいだし、ここでアリサやソーマから言われたら、本当に辞めかねない。アリサの気持ちは分かる。だからこそお願いしたいんだ」
「ちょっとリッカさん。そんな事しなくても」
突然リッカが頭を下げて謝罪した事でアリサは動揺していた。まだラウンジに人は少ないが、誰も居ない訳では無い。突然の出来事に視線は自然と集まっていた。
「ううん。これは個人的な話じゃない。神機を整備する側の人間にとっては決して許される様な内容じゃない。恐らくはそれを理解したからこそナオヤは謝罪したんだと思う。事実、やらせたらって話は私がしたから。ナオヤは渋ってたのを強引にさせたんだから、今回の件に関しては私自身も無関係じゃない」
「分かりました。その件に関しては私から皆に説明しておきます。どうせエイジの事ですから気にしてないって言うと思いますけどね」
「なるほど……流石はエイジの事を一番理解してるだけあるね」
「当然ですよ」
重苦しい空気を読んだからなのか、アリサは敢えてそう言う事で話しを終わらせていた。リッカもそんなアリサの気遣いを汲んだのか、軽口で返す。2人のそんな空気を察知したからなのか、ラウンジは何時もと同じ様な空気になっていた。
「なるほどね。だからあの時感じた感覚が違ってたんだ……」
「すまん。完全に俺のせいだ」
意識を取り戻したエイジの見舞いとばかりにナオヤは直ぐに足を運んでいた。昏睡に近い状態さえ回避出来れば肉体的な問題は何一つ無い。このまま一日ここで過ごせば後は何時もと同じ様になるのは当然だった。
「それは仕方ないさ。僕だって何となく気が付いていたんだし。命に別状は無いから問題無いって。それよりも兄様は何て言ってた?」
「今回の件は兄貴に話はしたが、俺とお前の問題だからそっちでやれって。特に何も言われなかった」
エイジの神機でもある『黒揚羽』は完全に無明の手から離れている。だとすれば後は当事者同士の話でしかなかった。今回の様な事があるからと言ってエイジは自分の神機を変更するつもりが毛頭無い事はナオヤも知っている。だからこそ、無明がそれ以上の事は何も言うつもりは無かった事が想像出来ていた。
「そう言えば、アリサは何か言ってなかったか?」
「今回は僕が無茶した訳じゃないから、怒られる筋合いは無いんだけど」
「確かにそうだな。逆に俺の方が何か言われそうだ」
「確かに……」
「おい。そこは少し位、否定しろよ」
「いや。アリサが真剣に起こると怖いから……」
リッカがアリサに話した内容そのままが医務室で繰り広げられていた。既に何時もと同じ空気が医務室内に流れている。そんな状況の中で突如としてノックと共にテルオミが姿を現していた。
「あ、あの……今回の件、すみませんでした」
突如現れたと同時に頭を下げる。余程何かを考えていたからなのか、テルオミの表情はどこか固いままだった。事情を聞いているエイジからしても、これ以上の謝罪は必要とはしていない。むしろ整備士が2人ここに居る方が問題だろうと考えていた。
「ナオヤから聞いたよ。僕も違和感は感じていたんだ。知ってて使ってるのと変わらないから謝らなくても良いよ」
「でも、僕が勝手な事をしたばっかりに……」
「テルオミ。エイジだってもう気にしてないんだ。それ以上は不要だ」
「ですが……」
罪悪感に苛まれた結果だと言うのは2人も直ぐに理解していた。それがどんな結果を導くのかは分からないが、長く続く様なら決して良い物では無い。今は少しでもこんな空気を払拭する事が先決だった。
「仕事でヘマしたんだったら仕事で挽回しか無いだろ?このまま辞めても止めはしないが、逃げたままではつまらんだろ?」
どこか挑発めいた言葉ではあるが、それがナオヤのエールである事は直ぐに理解出来た。個人的な感情の話ではない。今回の騒動は支部内における全体に影響を及ぼす可能性を孕んでいたからこそ、ナオヤは厳しい言葉を掛けたに過ぎなかった。
「で、結局は辞めたんだったな。態々俺が留守の時を狙いやがって」
「流石に僕もそこまで図太い神経は持ち合わせていませんよ。でも、あれからです。僕がやってる仕事がどれ程の命を支えているのかを理解出来た訳ですから」
そう言いながら当時の事を思い出していた。当時の経緯に関しては技術班内部に緘口令が敷かれたからなのか、その後誰も口にする様な事は一切無かった。信頼は構築するには膨大な時間を要するが、破壊するには5分もあれば事足りる。
当時の懐かしさの方が勝ったからなのか、テルオミは『黒揚羽』を眺めながら当時の状況を思い出していた。
「でも、今ならまともな整備が出来るんじゃないのか?」
「いえ。自らの意志でその道を壊した訳ですから、僕にはそんな資格はありませんよ。今だってまだヒバリさんやフランさんから指導を受けている立場ですから」
「そうか。道は違えど。か……」
テルオミの手袋は油でまみれる事は無くなっていた。当時の事を改めて考えれば、慢心したまま整備をしていたのであれば、あの後はどうなっていたのだろうか。過去に戻る事は不可能であるのは間違い無い。自分の事を改めて見つめ直す事が出来たからこそ今の自分があるんだと考えていた。
「そう言えば、この隣にある神機はブラッドの北斗さんのですよね?」
「ああ。あいつもまた訳の分からん理論で神機を動かすからな。エイジのとは真逆の特性を持っているから、これも制御は面倒なんだよ。しかもエイジに比べれば事実上のノーリスクみたいな物だからな。レポートは届いてるが、随分と難儀な物だ。完璧な制御は無理でもそれに近い所にまでは持って行く必要があるからな」
テルオミが言った様に『黒揚羽』の隣には純白に輝く『颶風』が鎮座していた。白黒のコンストラストはお互いを引き立てている様にも見える。詳しい事は聞いていないが、恐らくはこれもまた機能性を突き詰めたが故の姿なんだとテルオミは関心していた。
「すまんな。今はこの『颶風』はまだシェイクダウンしたばっかりなんだ。これからまた整備をする必要があるんでな」
「大変ですね」
「でも、俺はこれしか出来ないからな。教導教官はどちらかと言えば命令された結果でしかない。この刀身パーツは今回俺が初めて一から手掛けた物だから、最後まで面倒は見たいんだよ」
突如として届いたメールを見たからなのか、ナオヤは先程までと打って変わって慌ただしく動き始めていた。どれ程ここにいたのかは分からないが、時計を見ればかなり経過していた。
「重心のバランスはどんな感じだ?」
「個人的にはもう少し内側に来た方が取り回しは良いと思うんですが」
新型の刀身パーツとは言え、実際には以前に使っていた物と使用感は殆ど変化が無かった。事実上の後継機となる為に元来の重心や北斗自身の行動原理を用いている為に違和感を感じる様な事は何も無かった。
神機単体にそんな力はそもそも存在していないのかもしれない。しかし、これまでに激戦を生き抜いた人間からすれば、やはり自分の第二の半身とも取れる存在はどこか懐かしさや心強さがある事は聞いていた。
これまでにもエイジだけでなくタツミもそんな瞬間を感じた事があったと聞いている。だからこそナオヤとしても気を許す事無く、限界値をいかに引き出すのかを苦心していた。
「そうなると、今度は斬撃の速度は良いが、威力が落ちる事になるぞ」
「となればここをこうすれば……」
既にこのやり取りはかなり続いていた。攻撃力を高める事が必ずしも正解とは限らない。今の出来る事を全力でやるのはある意味当然の事でしかなかった。そんな事実を誰もが理解しているからこそ、口を挟む者は居なかった。
「北斗。神機の調整も良いですが、そろそろミッションの開始時刻が迫りつつありますので、準備を優先して下さい」
「もうそんな時間か。取敢えずは暫定使用だが、これで一度やってみてくれ。違和感が有れば直ぐに変更しよう」
「ありがとうございます」
現地への移動時間を考えれば時間的にはそろそろ厳しいと判断したのか、シエルが痺れを切らしたかの様に技術班へと駆け込んでくる。状況を察知したのかナオヤも一度手を止めていた。
《今回の対象アラガミはまだこちらには気が付いてない可能性があります。問題は無いとは思いますが、皆さん気を付けて下さい》
インカム越しにテルオミの声が響いてくる。昔のダムの名残なのか蒼氷の渓谷は横に長く、ここでアラガミに挟撃される様な場面があれば厳しい結果だけが待っていた。
今回のアラガミは聴覚が優れているからなのか、下手に大きな音を出せば乱戦は必至だった。銃撃を有効活用し短期決戦で臨むのか、それとも銃を使わずに音を極力出さない戦闘を開始するかのどちらかだった。
東西のアラガミの気配少しづつこちらへと近づきつつある。今やれるのは何なのか。北斗自身は既に決めていたのか、考える様な素振りは微塵も無かった。
「今回は時間をかけずに一点集中でやる。下手に長引かせると乱戦になるぞ」
「了解しました」
シエルの返事が全員の総意だった。時間をかけずに一転集中。今回のアラガミは聴覚が優れている事も考慮すればその方が得策だと判断した結果だった。移動しながらアラガミの現在地を確認していく。既に北斗の視界に映るラーヴァナもこちらの移動音を察知したのか、既に砲台は発射の準備を終えていた。
「遠距離で来るぞ。全員注意しろ!」
北斗の言葉に全員が警戒をしながらも、走る足を止める様な真似はしなかった。距離が縮まるに連れ、砲台の中身が見えてくる。充満したオラクルが一気に放たれるまでに時間は然程必要とはしなかった。
溜めが十分だからなのか、砲撃が距離を縮めようとするゴッドイーターへと放たれていた。極大の砲撃をそのまま盾で食い止める事は問題無いが、そうなれば近づくに連れ威力は増大していく。それを理解しているからこそ、北斗は回避行動へと移ると同時にカウンターで仕掛けていた。
白く煌めく刃はただ見ているだけならば単純に美しいと感じるのかもしれないが、アラガミからすれば自分の命を刈り取る光でしかない。ラーヴァナが放つ砲撃を次々と回避した事によって着弾は全て北斗の背後で音を立てている。遠距離攻撃を諦めたのか、ラーヴァナは大きく跳躍すると同時に踏み潰すかの様に襲い掛かった。
ヴァジュラ種特有の攻撃を見せるからなのか、砲撃を諦めた行動は時間をただ浪費するだけの存在だった。一か所に留まる事無く着地すると同時に他の場所へと跳躍を開始する。無駄とも思える行動の様にも見えるが、反対側から迫るアラガミの時間稼ぎだと考えれば厄介以外の何物でも無かった。
他のヴァジュラ種のアラガミと決定的に異なる点は、躯体の強度にあった。砲撃に力が注がれているからなのか、一度直撃を与えると簡単に結合崩壊を起こしていた。
北斗の斬撃が胴体部分を結合崩壊へと追い込んでいく。既に体内からは内臓の様な物がチラチラと見え隠れしているのか、動く度に血溜まりの様な物が出来上がる。
アラガミはその状況を確認したのか、まるで斬り合うかの様な雰囲気を見せ、こちらへと向かう態勢が出来ていた。既に北斗だけをターゲットに定めたからなのか、他のメンバーに目をくれる様な事は無い。既に活性化しているからなのか獰猛な獣の様な雰囲気を肌で察知していた。
「北斗!」
「大丈夫だ」
ギルの叫びが開戦の合図となったのか、一合、二合と降り注ぐ斬撃はどこか光の粒子が残っているのかと錯覚する程だった。昨日扱った際に比べれば澱みない動きを見せている。まさかこうまで変化していると思ってなかったからなのか、北斗の腕は自然と力が入っていた。
煌めく剣閃が走った後には、まるでバターでも切ったかの様にラーヴァナの躯体は水平に分離している。然程力を入れたつもりが無かったからなのか、その威力に驚いていたのは誰よりも北斗自身だった。
《ラーヴァナのオラクル反応が消失しました。それと同時に反対側に居たアラガミが察知しています。その場に留まるのであれば最接近まで推定30秒です》
「了解。直ちに迎撃に向かう」
テルオミの言葉が耳朶に響く。既に命が完全に散ったからなのか、横たわったラーヴァナは動く気配は微塵も無かった。
「今回は随分と早かったな。流石は特注品と言った所か」
「まさかこうまで変わるとは思わなかった。これでもまだシェイクダウンだぞ」
北斗の戦い方を見ていたギルもまた驚いていた。身体の運用方法は以前とは何も変わっていない。にも関わらず、戦闘時間の短縮は偏に神機の影響による事が多かった。
切れ味が鋭さを増すのであれば、本来であれば耐久性能は格段に低下するのは当然の事だった。細胞を切り離す為に切断面も併せて細くすれば、自ずと刃の厚みも薄くなる。事実、切れ味と耐久性能を同等に向上させるのは至難の業だった。
最近になって神機のチューニングを始めたギルも当然の様にその壁にぶち当たっている。あちらを立てればこちらが立たず。ブラッドで誰よりも理解しているからなのか、北斗の持つ『颶風』がどれ程の業物なのかを改めて思い知らされていた。
「ギルの目から見てこの神機はどうなんだ?」
「それの事か?それはナオヤさんの肝いりのパーツなのは技術班の人間なら誰もが知ってるみたいだ。ただ取扱いは何かと面倒らしいな」
ブラッドの使用する第三世代の神機は他のゴッドイーターに比べると耐久性能は格段に向上しているケースが殆どだった。最大の理由はブラッドアーツにおける刀身や銃身パーツの摩耗。火力が強い攻撃は反対に神機そのものも消耗させていく。自分の力に耐えられず、自ら神機を破壊するとなれば状況は一気に変わる可能性を秘めていた。
幾らゴッドイーターと言えど、素手でアラガミと戦う事は出来ない。だとすれば万が一の事も考え、万全を期するのは当然の事だった。
「ブラッドアーツじゃなくて、例の力って事?」
ナオヤが頭を悩ませる最大の要因でもあったのはブラッドレイジの事だった。瞬時に攻撃出来る最大の能力をフルに活かす事が可能であると同時に、その分の出力も半端ではない。当然の事ながらそれらを全て兼ね備えるとなれば、開発そのものが頓挫する可能性もあった。強大な力は自身も同じ目に合う。それを防ぐ為に色々とアップデートする必要があった。
「北斗。ギル。油断は禁物です。反対側のアラガミがこちらへと向かいつつあります。私達も直ぐに広い場所へ移動しましょう」
シエルの言葉に北斗とギルは再びアラガミが来るであろう方向へと意識を向けていた。視線の先には赤い何かが見えている。今回のもう一つのアラガミでもあるセクメトがこちらに向けて滑空を開始していた。
《対象アラガミの討伐は全て完了しました。皆さんお疲れ様でした》
完全に霧散した事が確認出来たと同時に通信が入っていた。当初の予定時刻を大幅に短縮した事から帰投の準備はまだ終わっていない。今北斗達に出来る事は何一つ無かった。
《そう言えば北斗さん。今回の神機の調子はどうでしたか?》
「ああ。想像以上の出来栄えだったからなのか、討伐時間は大幅に短縮出来た」
《そうですか……そこまでのレベルにするまでにかなり苦労したらしいですよ。因みに僕も見せて貰いましたが、ああまで高い能力を持った物は早々無いらしいです》
まさかのテルオミの言葉に北斗は自分の神機をマジマジと見ていた。どんな苦労があったのかは知らないが、これを受け取った際にナオヤから言われたのは『ゴッドイーターは戦場でこそ活躍できる場がある』だった。
技術班はそれをただ支えるだけだと聞かされた言葉だった当時の状況が直ぐに思い出されていた。それが通信越しに伝わったからなのか、テルオミもそれ以上の言葉を発する様な事は無かった。