神喰い達の後日譚   作:無為の極

19 / 158
第19話 リヴィの気持ち

 リヴィの舞踊の教導は予想以上に時間を必要としていた。初めてやった事も去る事ながら、やはり身体の動かし方が根本から異なっているのが最大の要因だった。

 本部でさえもエイジが行くまでは実戦こそ全ての部分が多分にあった為に、リヴィもその限りではなかった。今回の件で当初から予想出来た、動かす為の筋肉が最初から異なっている事をどうやって理解させるのかが、今回の最大の問題点だった。

 

 目的に応じて筋肉は必要な部分を動かすのは当然ではなるが、神機を振るう為の筋肉と舞を踊る筋肉の用途は最初から違うのは当然の結果でしかない。幾らオラクル細胞で強化されているとは言っても、今まで意識して使った事が無い筋肉を動かすのは、強化されようがされてなかろうが関係無かった。そうなれば、動きそのものがこれまで使っていない部分に意識が向く為に、必然的に時間がかかるのは、ある意味では当然の事だった。

 

 ぎこちなく踊るも今はその事実を目にしているのは誰もが一度は通ったからと自覚しているのか、揶揄する様な部分は何処にも無い。傍からみればただゆっくりと動くだけの行動がこれ程厳しい物だとは思っても無いからなのか、リヴィはこれまでにかいた事が無い汗が流れていた。

 紬の浴衣は汗を吸ったからなのか、肌に張り付く感じが徐々に広がり出していく。マルグリットやアリサの様に流麗に動く事は未だ敵わないが、ここで漸く言葉の意味を理解する事になっていた。

 

 

「一先ずは休憩しようか。恐らくはこれまで使った事が無い筋肉を動かしているから負担も大きいですし」

 

「そうか。何だかすまない」

 

「リヴィさんは気にしすぎですよ。私だって同じ事になりましたから」

 

 フォローを入れるかの様にマルグリットはリヴィに話しかける。ここがまだアナグラだったから厳しくなる事はなかったが、これが屋敷でとなれば話しは大きく変わってくる。厳しい稽古だけでなく、何をするにもその動きは常時要求されている。普段は天真爛漫なシオでさえ、舞踊の修練の際にはこれまでに見た事が無い様な真剣な表情で取り組んでいる。それを考えれば自分の時に比べれば格段にマシだとマルグリットは一人考えていた。

 

 

「そうですよ。これが屋敷だったら、更に厳しいですから」

 

 どうやらアリサも同じ事を考えていたからなのか、マルグリットと同じ様な発言をしていた。アリサに至っては当時はまだ病み上がりだった頃に開始した事もあってか、マルグリットよりも少しだけ穏やかな開始となっていた。しかし、穏やかだったのは初日だけ。その後の厳しさは今思い出しても身震いする程だった。

 幾ら興味本位とは言え、まさかああまで厳しい物だとは想像すらしていない。エイジが事も無くやっていたから、自分も多少はぎこちなくてもそれなりに出来るだろうと訳の分からない理論で臨んだ結果、その1時間後には激しく後悔していた記憶がそこにあった。

 今はまだ一定以上の技量を持っているが、当時は何も知らないまま。これが基本だとすれば病み上がりの割には随分と苛烈な生活を送っていた物だと改めて思い出していた。

 

 

「念の為に言っておくけど、これが弥生さんにお願いしたら更にハードになるよ。今後も出来る事なら続けた方が何かと良いとは思うけどね」

 

「そうか。しかし、これは簡単に出来る物では無さそうだしな。今後は少し取り入れたいと思う」

 

 短い時間とは言え、何かしら掴んだからなのかリヴィの言葉には力があった。当初は困惑だけが取り上げられていたが、今になってその意味が理解出来る。最小の動きで最大の効果を発揮するには並大抵の努力では成し遂げる事は出来ない。今出来る事を何も疑う事無くやるしかないとリヴィは考えていた。

 

 

 

 

 

「何だ。さっきから訓練室で何やってるのかと思ったら、こんな事やってたのか」

 

「今回は時間が無かったからね。まだ最初の部分だけだよ。今後はリヴィの教導に盛り込むつもりだよ」

 

 訓練室の扉が開いたかと思えば、開口一番にエイジに話かけていたのはナオヤだった。訓練室は防音仕様になっているが、射撃場程ではない為に時折小さく音が聞こえていた。教導を受けている人間はそれどころでは無いが、やっているナオヤはその音色がエイジの物である事は理解している。丁度キリが良かったからと顔を出したに過ぎなかった。

 

 

「となれば、誰がそれをやるんだ?少なくとも俺はそれだけの時間は取れんぞ」

 

「その辺りは、おいおい考える事にするよ。まだ導入だからね。触りまで行けばもっと本格的に出来るはずだよ」

 

「……そうか」

 

 エイジと話していたが、ナオヤの視線はリヴィに向いていた。既に汗で張り付く浴衣にどれ程の時間をかけたのかが容易に想像出来る。日常や戦闘で使う事が無い筋肉を使う事がどれ程大変なのかを知っているからこそ、その視線にはどこか同情の様な物が浮かんでいた。

 

 

「そう言えば、そっちは新人の教導だったの?」

 

「いや。今回は違うんだが……」

 

「ああ~!リヴィちゃんが浴衣着てる!それにアリサさんにマルグリットちゃんまで。ここで何してたんですか?」

 

 隙間から覗いたのか、ナナの声が訓練室に響いていた。ナオヤの教導の相手はどうやらナナだったのか、その姿はこちらと似たような状況になっていた。

 以前とは違い、ギルやロミオの教導は既にアナグラの中でのスタンダードを大幅に越えていた。最終決戦での戦いの結果から何か思う部分があったのかもしれないが、最近になってナナも割と受ける事が多くなっていた。

 元々メニューらしいものは何一つ無かったが、応用となれば事実上の実戦に限りなく近い物があり、ナオヤとしても本来であればやりたくない気持ちがあった。向上心は盛大に買いたい所だが、生憎と身体は一つしかない。

 本来であればリンドウやエイジにも参加させたかったが、それを察知したからなのか、リンドウはミッションへと逃亡を図っていた。エイジに関しては今日の事は聞いてなかった事もあってか、声を掛けようとした途端、既に教導メニュー中だとヒバリから告げられた結果だった。

 

 

「私はマルグリットにヴァリアントサイズの運用についての訓練をさせて貰ってたんだ。これが中々難しいのは想定外だったが」

 

「浴衣まで着てるってのは?」

 

「これに関しては……」

 

 ナナの何気ない質問にリヴィは少しだけ言い淀んでいた。このまま言っても問題無いが、先程の状況を考えると、とてもじゃないが他人に見せる事が出来るレベルにすら達していない。

 事実ナナの顔を見れば完全に何をやってるのかを知りたいだけの様にも見えるが、本当にそうなうなのか確証を持つ事は出来ない。仮に今やった所で恥ずかしさの方が全面に出る為に、どう言えば良いのか言葉を探していた。

 

 

「今日初めてやったばかりなので、人に見せられる状態じゃありませんよ。見せるならもう少し時間が必要ですね」

 

「私はそんなつもりは…」

 

「そうなんだ!じゃあ、何やってるのかは分からないけど、上手く出来る様になったら教えてね!」

 

 アリサの説明にリヴィは阻止しようと試みたまでは良かったが、ナナの言葉にそれ以上は遮られていた。既に言いたい事を終えたからなのか、ナナはこの場には居ない。当初はこっそりとやるはずの物がいつの間にか披露する羽目になっている。この時点でリヴィの退路は断たれたに等しかった。

 

 

 

 

 

「一つ聞きたいんだが、人前で見せる事が出来るレベルはどれ位かかる物なんだ?」

 

 部屋に戻り汗を流し終えたからなのか、リヴィは先程の話のやりとりの事を思い出していた。今日、初めてやったからなのか、それとも律儀にナナの言葉を考えた末の事なのかは分からない。しかし、目の前にかなりの技量を持った人間が居る以上、どれ程の時間が必要なのか位は確認したいと考えていた。

 

 

「どのレベルに行くか次第ですね。単に見せるだけならそれ程の時間は必要とはしませんが、納得できるかと言われれば……」

 

 言い淀むマルグリットの言葉にリヴィは全てを察していた。先程アリサが見せたレベルでさえ及第点が出ていないとなれば、自分は一体どこまでやれば良いのだろうか。余りにも遠すぎる道に踏み込んでしまった事を今さらながらに後悔しても何も始まらない。元々は神機の運用だったはずにも関わらず、今聞いているのはそれとは全く関係無い話。

 口にしたリヴィ自身でさえも気が付いていない事実は、そこに居たアリサだけが気が付いていた。

 

 

「マルグリット。多分リヴィさんは見せる以上は妥協はしたく無いんですよ。だとすれば、みっちりとやった方が良いかもしれませんね」

 

「なるほど……確かに誰かに見せたい気持ちがあるなら、それは当然の事ですね」

 

 アリサはリヴィがまだ自分の考えが変更されている事に気が付いていない事を理解していた。それを踏まえた上で元に戻そうとするつもりは最初から無かった。

 屋敷ではある意味何かしらの事を要求されるが、それはあくまでも極東支部とは関係無い話。将来的には必要な物もあるかもしれないが、それをどう考えるのかは各自の考えでしかない。

 今でこそエイジの身内だから分かるが、これが他人がとなれば当然それにまつわるリスクも付いて来る。戦闘時の教導であれば今も必要とされているが、文化的な物となれば話しは大きく変わってくるのは必然だった。

 アリサとしても道連れ……ではなく、同士としての仲間が少しでも多くなればと考えた末の発言にすぎない。ひょっとしたら、この時代に文化の継承は不要なのかもしれない。だからと言ってそのまま放置するのも勿体無いと感じるのもまた事実だった。

 

 既に極東支部の中でも一部はその文化としての意味合いを色濃く継承しているものも多い。屋敷での教えは今のアリサにとっても厳しい事に変わりない。リヴィの思考とその方針をゆっくりと変更していく。気が付けばリヴィの思考は元の状況から大きく逸脱していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうなんだ。だとすれば私も何かやってみたいかも」

 

 訓練室からそのまま出た事によって、明らかにこれまでの教導とは異質だったからなのか、気が付けば結構な人間が3人を見ていた。元々動く事が前提だったからなのか、本来よりも緩めに着付けた事だけでなく、汗によってはりついた浴衣が3人の身体のラインをクッキリと浮かび上がらせている。薄着が多い女性陣とはまた違った空気を漂わせていたからなのか、まるで情事の後を想像させる様な姿に周囲の空気は明らかに違っていた。

 

 普段であれば浴衣を着てアナグラを歩くケースはそう多く無い。汗ばんだ3人を見たからなのか、女性陣よりも男性陣の方が視線を送る事が圧倒的に多かった。

 アナグラでは見慣れない光景から起こる雰囲気に影響されたからなのか、伝播するかの様に落ち着かない空気が漂っている。そんな空気を察知したからなのか、ナナは珍しく休憩に来ていたリヴィに話しかけていた。

 

 

「しかし、私もまだまだなんだ。特に普段であれば使わない筋肉を使うからなのか、かなり厳しいぞ」

 

「え、そうなの?」

 

「ああ。ゴッドイーターだからと言った考えは持たない方が良い。寧ろ肉体よりも精神の疲労の方が大きいからな」

 

 最初の練習以降は、まさにスパルタの一言だった。今になって当時のエイジの言葉の意味が理解出来ていた。軽い気持ちで習ったまでは良かったが、やはりエイジもまた時間にゆとりが多い訳では無かったからなのか、その後は弥生が指導する事になっていた。

 基本は訓練室のはずが、気が付けばそこではなく屋敷で習う事が徐々に増えていた。

 

 

「でも、今では見せる事が出来るようになったんじゃないの?」

 

「とてもじゃないが今の私では無理だな。マルグリットとて今だに厳しい練習を積んでいる。それに、それ以外の精神修養が厳しい」

 

「何か他にもやってるの?」

 

 ナナの言葉にリヴィは改めてこれまでの顛末を話していた。当初は舞踊で終わる予定だったはずが、気が付けば他にも幾つかの事を強要されていた。

 本来であれば断る事も可能ではあるが、全てが目的に通じると説明された事によって、拒否権は物の見事に破棄されていた。当初は大変だったはずの正座で今はお茶までこなしている。時折、子供達と遊ぶ事はあるものの、それでもミッションの合間に習うそれは、また違う疲労感が漂っていた。

 

 

「ああ。何でも茶道とか言う物もしている」

 

「ああ、それ知ってる!お茶碗3回クルクルさせるのだよね」

 

「クルクル……ではないが、そうだな。あの抹茶と言うのも中々苦い物だな。でもお茶菓子で出される物は中々甘いな。少なくともここでは食べた事が無い。あれだけは格別だな」

 

 情報管理局に居ただけでは決して経験出来ない事を今やっていると言うのは、リヴィにとっても意外と興味深い物だった。元々の出発点は異なっているが、気付けばそれなりにやっている様にも思える。

 終末捕喰で一度は自分自身の使命が終わったも同然だったはず。こんな会話をしていたからなのか、リヴィは気が付けば自然とブラッドの中に溶け込んでいる様にも思えていた。

 

 

「そんな良い物があったなんて……私も少しは参加してみたいな」

 

「ナナ。案外と大変だが、長時間の正座には耐える事が出来るのか?」

 

「それは……」

 

 以前に屋敷に招かれた際に、ナナは慣れない正座でその後かなり苦労した事を思い出してた。足が痺れた事によってまともに立てなくなっただけでなく、何かの拍子で盛大に転んだ記憶だけが残されている。

 当時の経緯を思い出したからなのか、正座の言葉にその明るい表情は突如として急転直下で下降していた。

 

 

「ナナさん。お茶菓子が欲しいならエイジさんに頼んでみてはどうですか?」

 

「実は以前に頼んだ事があったんだけど、ここでは難しいって言われたんだよね」

 

 シエルの言葉にナナも当時頼んだ記憶があった。ここではケーキやクッキーと言った物は割と出る事が多かったが、和菓子に関しては驚くほど少なかった。元々餅を作るだけでもそれなりに時間がかかるだけでなく、一つ一つの工程に手間がかかる。小麦粉を振るう事からスタートするケーキやクッキーの方が格段に簡単だった。となれば普段から何かに付けて忙しくしているエイジでは難しく、ムツミもまた作った経験が無かった事から、その願いが叶う事は無かった。

 その結果、精々がウララが食べる煎餅を口にする事はあっても、大福や餅類の和菓子を口にした記憶は殆ど無かった。そんな事もあってか、時折話に出てくる物に関心があったからなのか、既に一度ならず二度三度とナナは頼んでいる。その結果が今に至っていた。

 

 

 

 

 

「何?お菓子の話?」

 

「ロミオ先輩。女子の会話に割り込むなんて、ちょっと無粋だな」

 

「何でだよ。さっきからお茶菓子の話してたんだろ?あそこの大福って美味しいよな。特にあの豆が混ざったのなんて今まで食べた事無かったから、つい食べ過ぎるんだよ。また機会があったら食べたいよな」

 

 特定の単語は出ていないが、ロミオが指している場所がどこなのかは考えるまでもなかった。一時期はあそこで過ごしたからなのか、多少なりともその状況は理解している。

 厳しい訓練の事を思い出すとげんなりとするが、そんなロミオも厳しい訓練をした後のオヤツはどこか楽しみにしている部分があった。

 普段であれば口にした事が無い物が多かったのは、今となっては良い思い出になっていた。気が付けば話の内容は既に当初とは大きく逸脱している。そんな2人の会話を聞いていたからなのか、リヴィは少しだけクスリと笑顔をのぞかせていた。

 

 

「何それ!私はそんなの知らないよ」

 

「そりゃそうだろ。だって言ってないんだからさ」

 

「それってズルい!やっぱり私も形から入ったら何か食べれるのかな」

 

「ナナ。まずは正座に長時間耐える事が出来るのかが問題だな。あそこでは浮かれた気分でやると後で痛い目にあうから、その覚悟はしておいた方が良い」

 

「それでも価値はあるはずだよ」

 

「ナナは多分無理じゃないかな……」

 

 ナナとロミオの言い合いにリヴィ以外、誰も口を挟む事は無かった。何時もと同じ会話をしているはずにも関わらず、お互いの共通事項がこうまであるだけで随分と話しに花が咲いている。当初は自分は皆と違うと考えていた焦燥感は既に無くなっていた。

 

 

「ナナ。そろそろ次のミッションに行くぞ。もう北斗とジュリウスが待ってるぞ」

 

「え!もうそんな時間なの?」

 

「何時まで経っても来ないから俺が来たんだ。さっさと行くぞ」

 

「ギル。ちょっと待ってよ!」

 

 ギルの視線は自然と厳しくなっていた。気が付けば現地への出発時間まで残り10分程しかない。それを確認したからなのか、ナナは慌ててラウンジを後にしていた。

 

 

「なあ、ロミオ。ブラッドは良いチームだな。以前にジュリウスが言っていた家族の意味が分かった様な気がする」

 

「……当然だろ。今さら何他人事みたいに言ってるんだよ。リヴィだって同じ仲間じゃないか」

 

「そうか。私も同じだったのか」

 

「何、訳の分からない事言ってるんだよ。そんなの当然だろ」

 

 まるで独り言の様に出た言葉に返事が返ってくるとは思ってなかったからなのか、ロミオの返事にリヴィは少しだけ驚くと同時に、壁を作っていたのは自分だった事を漸く理解していた。既にナナが居なくなった事で先程までの喧噪が嘘の様に静かになっている。ロミオの言葉にリヴィは少しだけ嬉しさを噛みしめながら同じくラウンジを後にしていた。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。