ハルオミの命を刈り取る死神の鎌は既に至近距離にまで肉迫していた。ここからの防御は変形させる間に容赦なくハルオミの肉体を上下に分離させる程の威力を有している。
刹那の戦いに逡巡する事は事実上の命取りでしかなく、またコンマ1秒とて時間が惜しいのは間違い無かった。
このままでは自分の命が刈り取らる頃にはブラッドは間に合うかもしれないが、確実にその心には大きな何かを残すのは間違い無い。幾ら精鋭とは言えブラッド全体で見た場合、直接の人の死に慣れる事は早々ありえない。だとすればここは意地でも生き残るより無かった。
同種のアラガミに対し、自分の最愛の女と同じ目に合うのは真っ平御免だとばかりに、ハルオミは大胆な行動に出ていた。幾らオラクルの恩恵があろうと、自分の身体以上の重量がある物は最短の行動を行うには無用な物でしかない。しかし、アラガミを討伐する為にはそれは必要不可欠な物でもあり、また、それが自分の命を護る為の盾である事に違いなかった。
この場に於いての命のやり取りにはどちらが重要なのかは考えるまでも無い。本来であれば逡巡すべき内容ではあったが、ハルオミは半ば無意識の内にその命綱となるべき物を容易く放棄していた。
「あっぶね~。あのままだったらお陀仏だぜ」
命綱とも言える神機をその場に置き去りにし、ハルオミは自分で動ける最大の能力でその場に転がっていた。本来であれば戦場で転がるのは追撃の恐れがある為に、決して積極的に行う様な行為では無い。
服が汚れるとか以前の問題で、幾ら鬼の様な強さがあったとしても、それはあくまでも自身が万端の状態での話であって、こんな場面では誰もが同じでしかない。しかし、今の行為以外に最善の手は見つかる事は無かった。
倒れる自分の目の前を凶刃が素早く通過していく。確実に盾を展開しようものならば、臓物をまき散らしながら死ぬ未来だけが残される事になる。回避できたのは奇跡に等しい結果だった。
全力で振るった刃はそのまま空振りになった事で、僅かに硬直している。ハルオミは改めて神機を手に取り、ルフス・カリギュラとの対峙をしていた。お互いの視線が交差しているからなのか、お互いが動く気配は微塵も無い。既に挨拶代わりのやり取りが終えたからなのか、ルフス・カリギュラは改めて全身をバネの様に動かしながらハルオミに肉迫していた。
「手ごたえがありました。ナナさん。私達も続きましょう」
シエルは自身の狙撃に対し、絶対の自信を持っていた。本来であればシエルの年齢を考えるとヘッドショットはかなり高度な技術と経験が必要となるが、今のシエルにとって足場が不安定なヘリからの狙撃も、地上で引鉄を引いた結果と変わらない。
極東に来てからもブラッドバレットの研究と同時に自身の腕前の研鑽を忘れる事無く磨き続けている。その結果、既に卓越した技術を構築していた。
本来であれば鬼門となるべき物が無ければ後は何時もと変わらない作業でしか無かった。
「了解。早く行かないとハルさんが大変だもんね」
「そうですね。まだカノンさんが負傷者を何とかしてるみたいですから」
シエルは自身の神機をアーペルシーからデファイヨンへと変形させていた。既に北斗達は降下しているからなのか、既にその着地点姿は存在していなかった。もし、ハルオミに何かしらのダメージがあれば恐らくはシエル達の下にもその情報が届くはず。にも関わらず無いも無いのであれば、恐らくはそのまま交戦を開始しているだろうと考えていた矢先だった。
《先遣隊のブラッドが交戦を開始しました。シエルさん。ナナさん。あのアラガミはかなりの物です。大大丈だとは思いますが、それでも万が一の事があります。皆さん必ず生きて帰ってきて下さい》
「了~解。アナグラに着いたらハルさんに何か奢って貰わないとね」
《そうですね。その時は私も呼んで下さい》
「任せておいてよ!必ずフランちゃんにも声を掛けるからね」
何時もと分からない言葉と態度。通信機越しとは言え、フランは交戦しているルフス・カリギュラの能力をある程度把握しているからなのか、どこか心配気な雰囲気がそこにあった。そんな言葉を吹き飛ばすナナの声に改めて何時もの雰囲気が戻りつつあった。
「フランさん。言ってきます」
《シエルさん。ご武運を》
それだけを言い残すと、2人は一気に降下していた。元々の状況が状況なだけに油断する事は出来ない。お互いが本来のミッションでは無い為に携行品の数ですら限られている。
ヘリの備蓄は然程多く無い。だとすれば、戦術を考えなければ万が一の可能性すら否定出来ない状況がそこに存在してた。
「ギル。無理はするなよ!」
ハルオミはギルに内心そう言いながらも、目の前で荒れ狂うルフス・カリギュラの行動を常に注視しながら全体を見ていた。素早い機動性に凶悪な攻撃。距離を物ともしない加速性能は既にこれまでのアラガミとは一線を引く程だった。
斬撃が通り過ぎた後に残されているのは大気すらパックリと切り取らたと錯覚する程の感覚。恐らくバックラーやシールドであれば紙同然とも取れる攻撃は援護に来たブラッド全員の警戒レベルを一気に引き上げていた。
可能性があるとすれば変異種かもしれない。既に全体の指揮を執る事も考えたが、この早さの前にはそれすらも危うい可能性が高い。今は個人の技量で何とかするしかないままだった。
「了解」
距離が離れた場所から鎌鼬を彷彿させる程の威力は、直撃しなくてもその圧力がどれ程の物なのかが伺しれていた。ハルオミの狙撃とシエルの狙撃で頭部こそ結合崩壊を起こしているが、それ以外はそんな素振りすら見せないままだった。
元から携行品の数はそう多く無い。幾ら終末捕喰を回避したからと言って全てのアラガミに対し、楽勝で戦える余裕など最初から無かった。当時と違うのは初見では無い事と、当時とは明らかに神機の威力が異なる点。それが今回の戦闘の生命線だった。
ギルは改めてヘリテージスにオラクルを込めるかの様にチャージを開始する。移動しながらもルフス・カリギュラの隙を虎視眈々と狙い移動を続ける。防御の要と言うべき盾を展開する事が出来ない以上、その場に留まればどうなるのかは考えるまでも無い。今出来る事はそれだけだった。
「食らえ!」
ギルの言葉と同時にヘリテージスのオラクルは一気に解放されていた。轟音を立てるヘリテージスは既に目標物に向かって距離を詰めるだけだった。
射程距離とも言える互いの空間が一気に消失されていく。キッカケはハルオミのブースターへの狙撃だった。
頭部は既に2度の狙撃の影響なのか、ルフス・カリギュラの右目の周辺は既に崩壊し、眼球を確認する事が出来ない。それ以上視覚を失う様にするには逆の方向を狙う必要があった。しかし、それを確実に狙う事は今のハルオミにとって容易い事では無かった。
移動しながらの狙撃は自ら精密さを失わせる原因を作る以外に無い。初弾もステルスフィールドを構築し、改めて狙いを定めた結果でしかない。だとすれば何をどう狙うのかは自ずと出ていた。苦戦する最大の要因でもある機動性能の低下を狙う為に、ブースターへと照準を定める。一発の狙撃音と同時に、ルフス・カリギュラの態勢が大きく崩れていた。
これまでに無い最大の勝機だと言わんばかりに、ギルは行動に移していた。強烈な加速をそのままに、ギルは足に向けて最大限の推進力を破壊の力へと変換していた。
戦いに於いて希望的観測を持つ事は悪い事では無いが、現実を直視していない可能性もある。ギルとて多少はそんな考えも過りはしたが、チャージグライドで突進した際にその考えは全て破棄していた。
運が良ければダメージと共に崩れ落ちる可能性があり、またそこに至らなくてもそれなりのダメージを与える事は可能だと判断していた。ハルオミの射撃だけでなく、気が付けば北斗も自身の行動でルフス・カリギュラの意志をギルに向けない様に牽制をしている。
この一撃に勝負を賭ける。口にはしないが、全員の行動がそれを物語っていた。
《ダウンです!ここが勝負です》
フランの言葉に触発されたかの様に、全員がルフスカリギュラへと一気に距離を詰めていた。既に結合崩壊を起こした頭部からは血が噴出している。ギルの一撃は何の抵抗も無く、右足の破壊に成功していた。北斗の、シエルの、リヴィの刃が赤黒い光を帯びている。この瞬間に全員がありったけの力で襲い掛かっていた。
その後の戦闘はこれまで同様に厳しい物だった。結合崩壊を起こしたとは言え、まるでそのダメージが最初から無かったかの様な攻撃は、ハルオミだけでなくブラッドにも脅威を与えていた。
幾度となく斬撃を当てようと、致命傷と思われる部分に着弾する銃弾も、まるでお構いない無しとも取れる程の行為は徐々に疲労感を呼び込んでいく。元々突発的だったミッションは携行品の少なさが起因しているのか、徐々に泥沼の戦いへと引きずり込まれていた。
「シエル。ルフス・カリギュラはどの程度だ」
「まだ余裕があるかもしれません」
北斗の問いかけにシエルは端的に答えていた。その事実に誰もがそれ以上の言葉を失っていた。既に頭部が結合崩壊を起こしているにも関わらず、未だ衰える気配の無い動きはある意味脅威でしかない。
幾ら数の論理が働くとは言え、目の前のアラガミと自分達では圧倒的に体力差が存在している。既に何人かは手持ちが完全に無くなっているからなのか、回復している姿を見る事は出来なくなっていた。このままの状態がどれ程続くのかは誰も予測すら出来ない。ダウンの際に渾身の力でブラッドアーツを使ったまでは良かったが、想像以上に手ごたえがあり過ぎていた。
目の前のアラガミは一体でしかないが、まるで数体のアダガミを相手にしている様な密度は嫌な予感だけを残していた。
「このままだと完全に泥沼に沈む。もう手持ちは無いんだろ?」
「まぁ。そんな所です」
息遣いも荒くハルオミの質問にギルは言葉少なく返事をしていた。シエルの『直覚』で分かる事実に偽りは無い。本来であれば完全に討伐が終えるはずの攻撃を与えても変化が無いとなれば完全に手詰まりだった。
既に神機の切れ味も落ち始めているからなのか、攻撃そのものも鈍く感じる。これだけの人数が居ても討伐が適わないとなれば確実に大きな打撃を受ける事は間違いない。
このままでは以前の様に逃げられる可能性がある。何かを決心したのか、ハルオミは大きく深呼吸をして一つだけ提案をしていた。
「俺が最初に突っ込むから、その背後から一気に多面攻撃してくれ。このままだとこっちが最初に被害を出す事になりかねん。出来るか?」
ハルオミの言葉の意味を悟ったからなのか、ギルだけでなく、北斗も改めて今後の可能性を考慮していた。頭部は結合崩壊を起こしているが、それ以外となればブースターが崩壊直前の様にも見える。だとすれば最初に機動力を潰す事を優先すれば勝機が出てくる。余計な事は考えず、今はただそう考えていた。
「ハルさん。まさかとは思いますが、特攻は無しですよ」
「ギル。何馬鹿言ってるんだ。俺だってまだ死にたくねぇよ。俺は攻撃を受ける前提で盾を展開するから、その隙に背後を攻撃するんだよ。後の事は、そこの北斗とギルで何とか出来るだろ?」
ハルオミの言葉に北斗とギルは頷くだけだった。会話をしながらも視線はルフス・カリギュラと対峙したまま。僅かな時間の作戦はそれ以上の綿密な打ち合わせが出来ない。だとすればブラッドのチームワークに賭ける。今のハルオミに自分の手で討伐するなどと言った感覚は既に無い。当初は感じていたケイトの影は完全に無くなっていた。
「準備は良いか?」
「おう」
ハルオミの言葉に短い返事だけが返ってくる。既に何かの覚悟を決めたからなのか、今のハルオミの視線には力があった。射抜くかの様な視線を感じたのか、ルフス・カリギュラは一気に行動を開始していた。お互いの距離は一気にゼロ距離へと縮まる。獰猛な視線が未だ衰えを知らないからなのか、ルフス・カリギュラの鋭い爪は予想通り、ハルオミに向けて襲い掛かっていた。
ルフス・カリギュラの爪は事前に察知されていたからなのか、スティルザワンの表面だけを傷付ける事しか出来なかった。予測された攻撃を上回る事が出来ない以上、後は予定調和でしかない。展開したそれの影からは北斗とギルが左右から飛び出すと同時にお互いがそれぞれの腕にめがけて斬撃を放っていた。
体力差があろうともゴッドイーターの渾身の一撃を片腕で防ぐには無理があった。僅かに生まれた隙は既に回避させる事を拒否させるかの様にその場に押し止める。その間隙を縫ったリヴィのサーゲライトはブースターの破壊に成功していた。
唸りを上げるかの様に出た悲鳴はこれまでに無い物。一気に勝敗を決めるかの様にシエルは跳躍しながら破壊されたブースターめがけて斬りつける。既にナナもギルの渾身の一撃で傷を負った右足の箇所へとフルスイングしていた。
《ここで決めて下さい!》
フランの声が全員の耳朶へと響いてく。既に目の前のルフス・カリギュラの様子を伺う様な暇は無くなっていた。当初感じた手ごたえは消え去っている。事実上の止めを刺す為に、再度ブラッド全員の神機が赤黒い光を帯びていた。
両腕の自慢の刃は破壊され、背後に背負うブースターは完全に崩壊している為に用を成していない。既にこの場から逃げる事すら不可能となっていた。暴風を思わせる波状攻撃にルフス・カリギュラは反撃の目を完全に絶たれていた。
攻撃と移動の手段を封じられたからなのか、ルフス・カリギュラは大きな断末魔と共にその躯体が地響きを立て地面に沈み込む。漸く厳しい戦いが終了する事となっていた。
「カノン。こっちは終わったぞ」
《了解です。こちらも既にジュリウスさんとロミオさんのお蔭で負傷者の収容の準備は完了済みで、後はヘリを待つだけです》
「そうか。だったら問題無いな」
通信に呼応したかの様にヘリがこちらへと向かっている。既にそれ程の時間が経過したのか、本当の意味での安堵感が広がり出していた。
「皆さんお疲れ様でした。周囲にアラガミの気配はありません。既に負傷者の収容は終了しました」
《了解。俺達もこのまま帰投する》
アナグラでもこの戦いの状況は逐一更新されていからなのか、出た結果にフランだけでなくテルオミもまた大きく息を吐いていた。ルフス・カリギュラとの戦いがどれ程の物なのかは、テルオミもその当時の顛末を良く理解している。
義姉の命を奪う結果となったアラガミを幾ら直接討伐したと言っても、それだけで終わる事は早々無い。同じ能力を持つのかは分からないが、それでも同系統のアラガミが存在する以上は、今後も出没する可能性だけは残されていた。
今回の戦いは、本来の部隊運用をしているのであれば完全に撤退の要求が出る程ではあったが、ブラッドの合力があったお蔭で討伐が可能となっていた。終末捕喰は回避できたが、アラガミの脅威までもが消えた訳では無い。背後から除いた数値は全員のバイタルが危険領域にまで落ち込んでいる。余力を残す事無く戦ったからなのか、返事をした北斗の言葉もどこか力無い物だった。
「お前ら、少しは手加減しろよな」
ハルオミの言葉は誰の耳にも届く事は無かった。帰りのヘリの中で何かの約束がなされていたからなのか、ラウンジは厳しいミッション明けにも拘わらず、高いテンションを保っていた。
事前に連絡された事もあってか、ムツミは既に準備万端で待ち構えていた。次々と出される料理が片っ端から綺麗に消えていく。獲物は逃がさないと言わんばかりにナナは両手の皿に盛られた料理を次々と胃の中へと収めていく。一方でシエルとリヴィも少しづつ口にしながらも今回のミッションのデブリーフィングとばかりに何かを話しあっていた。
「ハルオミさん、お疲れ様でした。最後のあれが無かったらどうなってたか想像するのも嫌になりそうです」
「俺だってあんな戦いはもう御免だ。何だか1回の戦いだが、数回分を終えた気分だ」
「俺もそうですよ」
ハルオミは騒がしい場所から少しだけ離れた場所で水割りを飲んでいた。ギリギリの戦いの中で、当初感じたケイトの影が無くなっている事は最後の攻撃で気が付いていた。
カノンに対し、敢えて状況を言わなかったのは、ひょっとして犠牲が出るからと考えた結果なのかもしれないと思いはしたが、当時の状況を今さら考えた所で何も変わる事は無い。
以前の肩口に刺さったそれが今回は無い以上、別物であると理解したまでは良かったが、それが本心なのかと言われれば安易に返事をする様な心内でも無かった。そんな思考を海から引き揚げられた北斗の言葉にハルオミは改めて今の状況を視界に収めていた。
凍り付いた心が融けるかの様にカランとなるグラスがハルオミの心を代弁している様にも思えていた。