神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第42話 それぞれの記憶

 人の少ないラウンジには、カウンターの前に居る弥生以外にはフランと隣に座った人物以外に人は居なかった。

 顔馴染だからなのか、シェイクする音の後に何も言わないにもかからず二つのグラスが差し出されている。一つを自分が取ったからなのか、残りの一つはフランの前に置かれていた。

 呆然としたままのフランの前に置かれたグラスから漂うそれが、意識をとり戻させる役割を果たしたのか、改めて隣に座った人物が誰なのかを確認する為に振り向いていた。

 

 

「ヒバリさん……」

 

「少しだけ付き合ってくれませんか?」

 

 何時もと変わらない様な笑顔の様に見えるが、その瞳はフランを心配している様にも見える。本来であればやるべき事はいくつかあるが、今の段階で手につく事が出来ない為に何もする気が起きない。特にこれと言った予定も無かった事からヒバリの言葉通り、目の前に出されたグラスを傾けていた。

 仄かに赤い色合いから想像した通りの甘酸っぱさを残すが、どこか爽やかさを残す。出されたそれが何なのかは分からないが、フランの落ち込んだ空気が少しだけ緩くなった様にも感じていた。

 

 

「私も、実はこの仕事に入った頃は悲惨でした。今みたいな体制にはなってないですから、毎日誰かしら殉職していくんです。朝、顔を見た人が帰りには腕輪だけになって戻ってくる。そんな事はしょっちゅうでした」

 

 ヒバリが何を話しているのかはすぐに理解していた。それは紛れもなくヒバリ自身の経験。もちろん、聞いてほしいなんて言われた言葉は何一つかけられていなかった。

 本来であれば自分語りを聞く必要は無いのかもしれない。仮に自分の方がもっと悲惨な経験をしていると言いたいのかもしれない。しかし、そんな言葉が何も出ない以上この場で行動する選択肢はフランが持っている。先程口にしたそれが少しだけ気持ちを溶かしたからなのか、フランはヒバリの声に耳を傾けようと思っていた。

 

 

 

 

 

「ヒバリちゃんどうした?」

 

「いえ。何でもありませんので」

 

 ここ最近、ヒバリはあまり眠れない日を過ごしていた。理由はたった一つだけ。ここ最近のアラガミの襲撃が予想以上に激しい事から出動するゴッドイーターの殉職率が高くなっている事だった。

 元々極東では討伐専門の第1部隊以外にも防衛を専門とする第2、第3部隊とそれぞれの任務を持った組織編制が行われていた。危険度から行けば第1部隊がその最たる物だが、ここ最近は部隊長のリンドウの活躍が著しい事から、新たな人員を投入するのではなく、基本となったメンバーに時折追加する程度だった。

 もちろん、本来であればチームワークなる言葉も存在するが、それぞれが個性的な戦い方をする事から、この部隊に於いてはそれほど気にする様な事は無かった。

 

 それよりも重要なのは第2、第3部隊。任務の大半は討伐に対する事よりも、アナグラの周囲の集落の保護や、時折外部居住区に侵入するアラガミの討伐がメインとなる為に、常に厳しい戦いが要求されていた。撤退戦はただ逃げれば良い訳ではない。護るべき物を抱えながらとなる為に、人員の投入が多く、また、その内容は多岐に渡る。その結果、討伐すべきアラガミに捕喰されるケースが多かった。

 そんな中でもここ最近のアラガミの数は尋常とはいいがたい程の数にまで膨れ上がっている。その結果として、ほぼ毎日誰かしらが殉職する日々だった。

 

 

「まぁ、俺が言うのもなんだけど、気にしすぎない方が良いと思うよ。そりゃ、殉職した手前悲しむなとは言わないけど」

 

 ヒバリに声をかけたのは第2部隊長でもあった大森タツミだった。元々神機の適合率が低かった事によって一時は何かと悩む部分は多分にあったが、最近になってからはこれまでとは違い、数字上では格段に良くなっていた。

 まだヒバリがここに配属された当初は、何かに悩み常にもがいている姿しか見た事が無かった。

 そんな中でとある出来事を乗り越えてからは、これまでとは打って変わって大幅に数値が上昇していた。その結果、第2部隊の配置された箇所での殉職率はかなり低い物になっていた。

 部隊全体の技量が突然上昇する事は無い。何かが突出しているからこそ今の結果になっているが、その原因は目の前に居る人物が原因だった。

 

 

「ですが……」

 

 タツミは手にしていた缶の一つをヒバリに渡していた。元々何かを話すつもりだったからなのか、それとも偶然だったのかは分からない。しかし、目の前に居る人物もどれほど困難な状況の中で今に至っているのかを知っているからこそ、ヒバリも無碍に扱う様な事は無かった。

 カシュッと開けた缶からは柑橘系の匂いがヒバリの鼻孔を擽っている。明らかに自分の事が気になっていたんだと言う事を理解していた。

 

 

「悲しんだ所で、死んだ連中が生き返る訳じゃ無い。無理に割り切ったり、乗り切るなんて考えるのもダメ。もしそう思うなら、その思いを胸に秘めたまま自分が成長すれば良い。幾ら戦術書を学んだ所で、それはあくまでも一例なんだ。戦場は生き物。だったら自分ならどうするのかを考えた方が良いと思うよ」

 

「でも、それでダメだったら……」

 

「簡単な事だよ。辞めれば良いさ。逃避は赦されない行為かもしれない。でも、それは当人にしか分からない話なんだ。だって自分が壊れた所で他の人は何も思わないんだったら、その行為は無意味にしかならないんだからね。これがゴッドイーターなら懲罰物かもしれないけど、ヒバリちゃんは違うんだからさ」

 

 アッサリとした物言いにヒバリは驚きならがらもタツミの言葉に耳を傾けていた。確かに殉職はしている。だが、それが全部指示による結果なのかと言われれば違うとしか言えなかった。

 事実、オペレーターと言えど、全てを見透かすかの様に知る事はまだ困難なままだった。常に遅れて更新されるデータだけでなく、完全に調整がされていないからなのか、ヒバリが指示を飛ばす頃には既に結論が出ている事は日常茶飯事だった。もちろんタイムラグある事はヒバリが誰よりも知っている。だからと言ってシステムのせいにする事無く、あくまでも自分の指示が原因であると考えていた。

 責任感が強いと言うのは良い事かもしれない。しかし、それが方向を見誤る事になるのであれば本末転倒でしか無かった。厳密に言えばオペレーターはヒバリ以外にも何人かは居る。しかし、今の状況になってからはヒバリに一極化しつつあった。

 それが何を意味するのかはヒバリとて理解している。しかし、自分が前面に出ている今、タツミが 提案する事は本当に自分の命が掛かっている状況以外には許されない物でしかなかった。

 

 

「そうだ。第1部隊の連中にリンドウさんは常にこう言ってるよ。『死ぬな』『死にそうになったら逃げろ』『そんで隠れろ』『運が良ければ不意をついてぶっ殺せ』だって」

 

「それは……」

 

 タツミの言った言葉にヒバリは暫し呆然とするしかなかった。ここの第1部隊は精鋭中の精鋭。とてもじゃないが、そんな事を言っている様には思えなかった。

 ひょっとしたらタツミが嘘を言っている可能性も否定出来ない。しかし、そんな事は本人に一言確認すれば良いだけの話でしかない。だからなのか、その言葉に気が付けば自分の考えに拘りすぎているんだと気が付いていた。

 

 

「色々と考える部分はあるかもしれない。事実、俺だって目の前で何人も捕喰される場面を見てるんだ。だけど、全部を助けるなんて出来ない。だから俺は自分の出来る範囲の事だけを悔いなくやるしかないんだ」

 

 ヒバリの返事を聞く事無くタツミは缶の中身を飲み干したからなのか、そのまま缶を捨てその場から離れていた。

 自分が出来る事は何なのか。本当に全力だったのだろうか。その答えを知る者は誰も居ない。気が付けば、缶を持ったままヒバリはもう少しだけ気持ちを切り替える事に成功していた。

 

 

 

 

 

 フランはヒバリの独白の様な物を聞いて、改めて自分のこれまでの事を振り返っていた。自分でもやれる事を本当にやり切った結果なんだろうか。本当に間違いは無かったのだろうか。まさか自分と似たような悩みをヒバリが持っているとは思ってもいなかったのか、驚きながらも隣を見る事はなかった。

 聞いてくれと言われた訳では無い。恐らくヒバリにそれを言えば確実に独り言を言っただけだと言われる可能性だけだった。それ以上の事は何も言う事が無かったのか、隣に居たヒバリは出されたカクテルを静かに飲んでいた。

 

 

「フランさん。はい、これ」

 

「私は未成年ですから……」

 

 無意識に出た物を飲んだからなのか、空になったグラスを片付け、弥生は改めて新しい物を出していた。グラスは先程と同じ物だったのか、シェイクされた赤い液体が入った中に氷が僅かに浮かんでいた。

 

 

「これは、『バージンブリーズ』ノンアルコールのカクテルだから大丈夫よ」

 

 弥生がそう言いながら出したグラスにフランは視線を動かしていた。確かにアルコール特有の匂いはしない。先程出された物と同じではあったが、気が付いたら全部飲んでいた為に、完全に記憶には残っていなかった。

 改めて口にすれば爽やかな甘酸っぱさが口腔内に拡がっている。先程の言葉も聞いたからなのか、フランの心はどこか軽くなった様な気がしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、あの時の事なんですが…」

 

「あの時の事ですか?」

 

 アイスティーを飲み干したフランは改めて当時の事を思い出していた。あの時の言葉がキッカケだったのかは分からないが、今になって漸く言葉の意味が理解出来た様な気がしていた。

 自分の足りなかった物。そして僅かではあるが慢心していた事。それらが無意識の中で存在していた事を改めて反省していた。今、戻る事が出来るなら思いっきり自分を叱りたい。非戦闘員だからこそ出来る事がどれ程多く、また、その考えかた一つで現場で戦う戦闘員の命をどれ程救えるのかを。

 過ぎ去った時間を戻す事は出来ない。だからこそ、今出来る事を最大限にやるしかないと改めて考えていた。

 

 

「はい。あの時の言葉が無ければ私はいつまでもあの時の頃から前には進まなかった様な気がします」

 

「そうなんですか」

 

 敢えて具体的な話をする事は無かった。あの時はまだオペレーターとしてもまだ極東に馴染んで居なかった頃の話。今となっては当時以上の厳しい局面を乗り越えはしたが、それもヒバリのサポートあっての話でしかない。そんな中での今回のミッションはどちらかと言えば、単独でどこまで出来るのかの試験の様な部分があった。

 

 次々と送り込まれるかの様に現れたアラガミはその場に居るゴッドイーターの精神をへし折るだけの物量で迫っていた。突出した攻撃力を持たない部隊編成は確実にオペレーターからの戦術が必要な局面が多分に出ていた。

 討伐と出現の速度が僅かでも狂えば、一気にアラガミが押し寄せ部隊は全滅。仮に救援を呼んでもそれが来るまでも戦線が持ち堪える事が出来るのかすら危うい戦場はこの場に居たフランも背中に嫌な汗が流れる程。しかし、これがゴールではなくまだスタート地点に立ったに過ぎなかった。

 まだまだこの先には幾つもの道がある。そんな取り止めの無い事をフランは考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の帳が落ちた同時に、ラウンジもまた何時もとは違い照明が少しだけ落とされていた。あの時と違うのは隣に居るのはヒバリだけではなく、ウララとテルオミが一緒だと言う点。珍しく突発的なミッションが発生しないからとフランはヒバリとウララ、テルオミを誘ってラウンジへと足を運んでいた。

 周囲の人間もミッションが終わったからなのか、それともこの雰囲気に合っているからなのか、どこか静かな空間を醸し出している。僅かに聞こえる音楽がそんな空間に彩を添えている様だった。

 

 

「あの、これはアルコールじゃないですか?」

 

「それはノンアルコールです。ここだとアルコールは20歳以上ですから」

 

 ウララは出されたグラスを見ながらただ驚くだけだった。普段は賑わいを見せるラウンジではあるが、特定の曜日の時間となると、照明が落ちると同時にどこか大人びた空間になる事があった。

 それはここの人員の構成による物だった。未成年であれば普段から賑わう空間ではあるが、これがそれなりの年齢に達した者からすればどこか物足りない空間でしかない。只でさえここは憩いの為の場所として作られた経緯がある為に、全てを満たす必要性があった。

 しかし、全ての時間をそうするには今度は人が足りなくなる。ムツミの様に外部から引き入れるには余りにも時間が短すぎる事から、弥生かエイジが入らない場合は何時もと変わらない空間にしか過ぎなかった。

 そんな事もあってかウララがこの時間帯にラウンジに足を運ぶ機会が極端に少ないからなのか、どこか気後れしていた。気が付けばヒバリとフランの手元にはシェイクされた飲み物が入ったグラスが置かれている。ウララがそう感じたのはこの場の雰囲気がそうさせている為だった。

 

 

「じゃあ、皆さんお疲れ様でした」

 

 はしゃぐ程の声ではなく、この場に居る数人にだけ聞こえる様にヒバリが音頭を取ると、グラスがカチンと合わさった音だけが周囲に聞こえる。普段は騒がしい空間も、今は静まり返った空間である事を意識した結果だった。

 傾けるグラスは確かにアルコールの味は無い。おっかなびっくり飲んだウララも漸く違うと理解していた。

 

 

「でも、珍しいですね。僕まで呼んでくれたのは嬉しいですけど、やはり女性同士の方が良かったんじゃないんです?」

 

「確かにそれはそれで楽しいんですけど、何となく皆でこんな空気に浸るのも悪く無いかと思ったんですよ」

 

 テルオミの疑問に答えたのは以外にもフランだった。確かに話しはヒバリから聞いたものの、実際に主催したのがフランだと知らなかったからなのか、テルオミは確認すべく口を開いていた。

 元々同じ職場の先輩でもあるフランは、どこか凛とした部分があるからなのか、初見では意外と話し辛い部分があった。テルオミも当初はそう考える部分はあったが、実際に話をすればそんな空気は余り無い。

 自分やウララにとっては何かをよくしてくれる良き先輩だった。テルオミは時折兄のハルオミに呼ばれてここに来る事はあるが、ゆっくりとここで飲んだ記憶は余り無い。

 常に酔っ払いの介抱が要求されるからなのか、この時間帯のラウンジにはあまり良いイメージを持つ事は無かった。

 

 

「テルオミさんはここには来ないんですか?」

 

「う~ん。僕の場合はどちらかと言えば兄の回収ってイメージが強くて、ここに来る事はあっても、こんな風に居るケースは無いですね」

 

 そう言いながらテルオミは自分が頼んだカクテルを口にしていた。年齢からすれば兄の影響が強すぎたのか、ここでの年齢よりも幾分か早くデビューしている。ウララとは違い、飲んでいるそれもまたアルコール度数が強い物だった。

 知らない人が見ればただのアイスティーにも見える。ウララやフランの年齢を考えたからなのか、あまり違和感が無い物を選択していた。

 気が付けばウララの前にはオレンジ色の液体が入ったグラスが置かれ、フランの前には赤い液体のグラスが置かれていた。

 

 

「流石に未成年にアルコールは出さないわよ」

 

 そんな空気に気が付いたのか、弥生は各々に出した物を説明していた。ヒバリとテルオミは通常のカクテルではあるが、ウララとフランはノンアルコール。ここでは雰囲気に合った物を差し出すからなのか、弥生は相手を見た上で確認していた。

 赤色の液体が入ったグラスを僅かに傾ける。以前に味わったあの時の様子が脳裏に浮かんだからなのか、フランは少しだけ笑みを浮かべながら、出されたバージンブリーズを味わっていた。

 

 

 

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