人影すら無いはずの場所に2つの影がゆっくりと動きをみせていた。
本来であればそこは完全な立ち入り禁止区域である為に、特定の人間以外の出入りは許されていない。ここに在籍する職員ではなく、侵入者であれば何かしらのセンサーは探知しているが、今はそのセンサーは何の仕事もしていなかった。
怪しく蠢く影がゆっくりと何かを操作している。警報機すら鳴らないそこは事実上の密室に近いからなのか、その影たちは警戒するそぶりすら見せず、ただ作業だけを開始していた。
「フェルドマン局長!第1神機兵保管庫から3体の神機兵が無くなっています!」
「警報機とセンサーはどうなっている!」
「既に何者かがハッキングしている為に、こちらかのコマンドは受け付けません!」
「警備チームを直ぐに現場に派遣させろ!」
「了解しました!」
フェンリルの本部直轄でもある情報管理局に激震が走っていた。
本来であれば立ち入りを禁止したはずの場所での盗難事件。そこにあったのは現在開発中でもあった新型の神機兵が3体。その全部が本部の保管庫より持ち去られていた。
「フェルドマン君。今回の顛末はどうなってるんだ?」
「現在の所、原因は未だ不明のままです。ですが、あの保管庫はシステムが完全に外部から遮断された環境下となっている為に、完全なる内部犯の仕業かと」
「そうか。だとすればその犯人は一刻も早く捕獲する事だ。それと同時に、今回盗難にあった神機兵だが、外部に漏れる様な事があれば廃棄処分とする。方法は君に任せるが、万が一の際には……理解しているな」
「はっ。おおせのままに。直ぐに調査チームを作成し、速やかに開始します」
円卓になったテーブルが置かれた会議室はフェンリルの取締役会の場だった。
これまでのゴッドイーターのコスト削減を考えたフェンリルは、極東で起こった一連の流れから、新たな神機兵の改良と作成を極秘裏に開始していた。
これまでのクレイドルからの派兵を惜しんだのではなく、今後の神機兵の投入をする事によって既存のゴッドイーターは危険な任務に行く事を極力少なくし、その結果、死亡時の高コストを何とか打破しようと苦慮した結果だった。
そんな中での事実上の強奪事件はあまりにも外聞が悪い物だった。
これまでの様にゴッドーイーターを募集する事無く、戦場の掃討を誰もが簡単にこなす事が可能となれば、今後はオラクル細胞を利用しない未来が来ても人類の滅亡は回避できる。そんな取り止めのない考えが蔓延していたからなのか、取締役会は速やかな処断をフェルドマンに求めていた。
「フェルドマン局長……」
「いや、大したことは無い……と言いたい所だが、君も厳密には当事者の様な物だな」
普段であればありえないと思う程の狼狽ぶりにレアは珍しくフェルドマンに声をかけていた。
あの極東での忌まわしい事件から既にそれなりの時間が経過している。当時の傷跡ですら未だままならない中での今回の事件は余りにも無常な事実だけを突き付けていた。
普段は絶対に他人に隙を見せる事の無いフェルドマンに明らかに疲労の色が滲んでいる。部外者であれば気にはしても、今のフェルドマンに声をかけるのは憚れる程に余裕が無かった。
「と言う事は私の研究絡みと言う事ですか?」
「違うと言いたい所だが、残念ながらその通りだ」
レアとフェルドマンは珍しく外部のバーを利用していた。本来であれば本部の中にも同じような施設はあるが、今回の内容は幾らバーテンダーの口が固いとしても内部で話す様な物では無かった。
事実、情報管理局はフェンリルの中でもその組織名が表す様に、情報の管理にはかなり厳しい。仮に局長であっても同じ事だった。
外部居住区とは言え、どこで誰が聞いているのかすら分からない。だからなのか、お互いの会話には決定的な単語が口から出る事は無かった。
「実は今回の件なんだが、かなり厄介な部分がある。君も知っているとは思うが、今の状況は本当の事を言えば決して良いとは言えない。今はまだ尻尾すら見えないが、近日中には大なり小なり動きはあるはず。我々としては悠長な考えを一切持っていない。だからこそ、今回の内容に関しては、一部の任務を君に任せる事になると思う」
「そうですね。今回の件に関しては私も無関係とは言い難いですから。ですが、本部からとなれば、内部に協力者がいない限り、あそこのセキュリティは解除できないはずでは?」
「その件に関しても同時に捜査を開始している。部下には両面作戦を強いている以上、こちらとしても確かな何かが必要になる」
秘密性が保たれたバーには、お客となるべき人間はこの場には誰もいなかった。もちろん、目の前に立っているバーテンダーはフェルドマンの子飼いの人物。仕事柄、完全に秘匿出来る場所を持つのは当然の事だった。
確認する為なのか、レアが少しだけ目をやるも、こちらの事に関してはまるで無関心だと言わんばかりにグラスを磨くかの様に拭いている。事前に聞かされた事実に相違ないと判断したからなのか、レアはそれ以上視線を向ける事を止めていた。
「しかし、あの新型ですが、私自身どこか懐疑的な部分が多分にあります。以前の話ではプロジェクトは凍結したまま、現状使用できる物だけをメンテナンスだと聞いています。ですが、今回のそれは明らかに新規で開発していたと言う事になりますが、その辺りはどうなんですか?」
「君に言うのは申し訳ないんだが、実はあの機体は本部でも上から降ってきた話になる。しかも個人としての寄与に近い形で渡された為に、我々としても全貌を知っている訳では無い」
レアの質問にフェルドマンはそれ以上の説明をする事が出来なかった。
元々本部でも一部の人間が神機兵の運用に関して厳しい意見が出る事が多く、これまで中途半端に破壊された神機兵がオラクル細胞の影響を受ける事によって、市民の命を脅かす事案が発生している為に満足な動きを取る事も出来ないままだった。
最悪の事態に陥れば、確実にこの研究はここで幕引きされる事になる。だからなこそ秘密裡に行動している事実が存在していた。
上の思惑を他所に、それ以上の汚染が広がらない様にするだけで精一杯。整備済みの機体も極東ではサテライトの建設の重機の代用として利用する事が多く、アラガミが現れた場合も同じく戦う事は殆どしていなかった。
「そう言えば、新型のそれに名前はあるんですか?」
「ああ。名前は確かシロガネ型だった記憶がある」
フェルドマンも一つの事案にだけ時間を割く訳には行かなかったからなのか、それ以上の事は覚えていなかった。
新型配備された経緯と、その有効活用できそうなデータがあれば一番だが、そうなれば今度はこちら側がトラブルを持ち込む事になっていしまう。だからこそ秘密裡に事を進めたいと言う気持ちだけが優先されていた。
「何だと!その話は本当なのか!」
「まだ一部の人間にしか知らされていませんが、間違い無く事実です」
「そうか。で、フェンリル側としてはどんな幕引きを考えているつもりなんだ?」
「まだその件に関しては何とも……ただ、情報管理局の預かりになっている事だけは間違いありません」
「そうか……下がって良いぞ」
秘書だと思われた人物がそのまま部屋から出たのか、扉が閉まった音を確認したと同時に、男は机の上にあった葉巻に火を付けていた。紫煙をくゆらせ、何も無い空間を見ながらどこかぼんやりとした表情を浮かべている。その視線とは別に指だけはせわしなく動いていた。
突然出た情報がどれほど機密性が高いのかを考えれば、男の取るべき行動は一つだけだった。
何か考えが纏まったからなのか、灰皿に押し付け火を消す。ガラスに映るその表情には、何かの企みを持った様な薄汚れた表情だけが浮かんでいた。
「おい。俺だ。誰でも良い、直ぐにここに来てくれ」
《了解しました。直ぐにお伺いします》
通信機を使い、誰かを呼び寄せる。既に何かを思いついたからなのか、それ以降の行動は尋常では無い程だった。
「そう……こちらとしては問題ないけど、どうしてこんな時期に?以前に点検してからそう時間が経っていないはずだけど」
《今回の件はちょっと緊急性が高いのよ。問題無いのはわかってるけど、上からの指示が来てるから。多分明後日は命令書が出るはずだから、近日中にはそちらに顔を出す事になると思う》
「そう……こちらとしても特に問題無いから断る理由は無いわね。じゃあ、来る日程が分かったら連絡頂戴」
《ええ。ではまた》
通信が切れると同時に、弥生は少しだけ疑問を持っていた。通信の相手は友人でもあるレアだが、以前の様な暗さがそこに存在していた。
今回の要件は極東にある神機兵の緊急整備。表面上は神機兵に使用されているOSのアップデートに伴う機体整備になっている。
本来であれば、大義名分が話になっている為に、先程の様に思いつめた様な表情になるはずが無い。そんな単純な事も忘れて話をするレアに弥生はどうしても疑問を拭う事が出来なかった。
「榊支部長。こちらにある神機兵の関連で明後日、命令書が届くとの事です。派遣されるのはレアだけですが、何か裏がありそうな雰囲気があります」
「君がそう言うなんて珍しいね。君の方で何か情報を掴んではいないのかい?」
「先程の件であれば裏を取る必要は無いのですが、どうしてもそれが建前の様にしか見えないんです。ここに害が無ければ気にする必要は無いんですが……」
通信を終えた弥生がそうまで言う以上、何らかの裏があるのは間違いない。しかし、突然沸き起こった情報に裏を取るには時間が短すぎた。
命令書が出るのが確定している以上、後はこちらに出来る事は限られている。だからなのか、弥生は珍しくため息を吐いていた。
「弥生君の方でも今回の件で何か分かる様であれば調べておいてくれるかい?君がそんな表情をしていたら他の人間もまた不安を覚えるかもしれないからね」
「そうですね。今回の件はこちらでも調査してみます」
既に思う部分があったのか、先程までの表情から一転し、いつもの笑顔へと戻っていた。命令書が発行される事が決定している以上、先程のレアの言葉を敢えて額面通りに受け取る事を決めていた。余りにも不自然すぎる事がもたらす結果に碌な事が無いのは今に始まった事ではない。
下手な行動を起こした後に責任と称して詰め腹を切らされる様な真似だけは無い様にと、事の事態と責任がここに及ばない様にする事を優先していた。
「レア先生がですか?確か最近も来ていたでのでは?」
「ええ。でも、今回の件は神機兵のアップデートの関係らしいから、ここに来るのは決定しているのよ。そうなるとまたシエルちゃん達にお願いする事があるかもしれないから、その時は宜しくね」
「はい。私達に出来る事があるのであれば」
弥生は今回の件に関して、ブラッドに対処する様に考えていた。
仮に重大な何かが起こった場合、対処の仕方一つでここの立ち位置が変わる可能性があった。只でさえクレイドルの方も色々な仕事が立て込みだしたからなのか、新たなサテライトの建設が始まった事によって周辺地域の警備が更に高い物へと変化している。オラクルリソースを使う際に、誘引剤としての役割を果たすからなのか、最近は建設の初期段階でアラガミの姿が随分と増えだしていた。
その原因はアラガミ防壁の短期間で建設をする為に、一部の部材にアラガミを誘引する効果が表れる事だった。本来であればそれを使用するのは得策ではない。しかし、アラガミが押し寄せるリスクと同時に、これまで以上に格段に建設する速度が上昇するからと、問題を含みながらもそのまま使用していた。
これまでの様な小型種や中型種だけならまだしも、それを餌とする大型種が来る為に、必然的にエース級の人間がその地に投入されていた。そんな状況の中で、サテライト建設を中断してまでクライドルを使用するのはリスキーすぎる。そんな考えと同時に、これまでのレアとの付き合いを考慮すればブラッドに任せた方が適任だと判断した結果だった。
「何か特別な事をする必要は無いのよ。ただ、最近はレアも激務らしいから少しだけ疲れてるかもしれないの。シエルちゃんにはその辺りも考慮した上で対処して貰えると助かるかな」
「私自身が何か特別な事が出来るとは思ってませんが、少しでもレア先生が良くなるのであれば、何とかします」
「忙しいのに無理言う様でごめんなさいね」
「いえ」
最近のシエルは一時期に比べて随分と明るくなった様にも見えていた。一時期は何か思い詰める様な部分もあったが、当主でもある無明との教導以降、随分と吹っ切れた様子を見せていた。
直接聞いた訳では無いが、どうやら何か悩んでいた物が解決したらしい。無明経由でそんな話を聞いたからこそ弥生もまたシエルに声をかけていた。
太陽が少しだけ大地に近づく頃、当初の予定通り本部からのヘリは極東支部のヘリポートへと降り立っていた。レアが言う様にあの通信以降、明後日には極東支部に対し、正式な命令書が下っていた。
しかし、今回の内容に関しては些か懐疑的になるのは当然だった。
本来であればフェンリル執行部の名の下に命令書は発行されるが、今回の発行元は執行部ではなく情報管理局。今回の件は内部にはおおよそながらに説明はしたものの、下手な混乱をさせる訳には行かないからと詳細を省いた上で説明をしていた。
徐々に大きくなるヘリは確実にこちらへと向かっている。内容が内容なだけに弥生の表情は僅かに険しくなっていた。
「貴女が出迎えなんて珍しいわね」
「流石にあれを聞いて他の人にはちょっとね」
ヘリから降り立ったレアを出迎えたのは弥生だった。これまでであれば秘書としての立場を考えると一番の業務の様にも思えるが、元々友人同士だった事からも、レアが来る際には同行者が無ければ弥生が顔を出す事は殆ど無かった。
だからのか、レアの言葉に弥生は珍しく苦い表情を浮かべている。あれが何を意味しているのかを理解していたと認識したのか、レアもまた何時もとは違い、若干表情が固くなっていた。
「まさかとは思ったんだけど、そんな大それた事があったなんてね」
「最初に聞いた際には私も驚いたわ。まさかあの時と同じだと思った位だから」
弥生はレアと共に屋敷の部屋で話をしていた。あの後で弥生が確認出来た事実は、本部で開発中の神機兵の強奪事件が発生している事。それと同時にハッキングによる何らかのデータ改竄の痕跡があった事だった。
タイミング的にはどちらが早いのかは分からない。しかし、当時の状況を確認すると明らかに内部の人間が居ない事には成立しない様な内容に情報管理虚構が現在調査中である事実だけだった。
そんな結果を先に公表したからなのか、レアは驚きはしたものの、どこかやはりと言った表情を浮かべていた。本部に居た際にもどうやって確認したのかは分からないが、仕入れた情報に一切の齟齬は無かった。
一つ一つの情報の意味がどれ程の物なのかと当時者だけが一番理解している。当時も驚きはしたが、それは今に至っても何も変わらない事実だった。
「でも、その神機兵って何か特徴は無いの?幾ら神機兵だとは言え、どれも見た目は変わらないでしょ?」
「そうね。ただ、今回の神機兵は特徴よりも見た瞬間、直ぐに分かると思うわ。何せこれまで神機兵よりも格段に大きいのと、色も赤ではなく白のカラーリングがされているから」
「なるほどね。確かに見た目がそれなら分かり易いわね。それは分かったんだけど、実際にはここにはどんな用事があるの?私としてはそっちの方が気になるんだけど」
弥生が気になるのは無理もなかった。最近になって新たなサテライトの建設が始まっている事は、ここに来るまでにもレアも理解している。
そうなれば最大戦力でもあるクライドルが戦場に立つ事が困難なだけでなく、他の戦力もまたアナグラの周囲を護る必要があるからと、実際には防衛そのものが手薄に近い状態になっている。もちろん精鋭が揃う極東だからこそ心配はするが、それ程深刻にはならないだけだった。
「OSのアップデートの話は本当よ。これはオフレコなんだけど、今回の件はひょっとしらプログラムを書き換えられた可能性が高いの。本部とここでは距離もあるから大丈夫だとは思うけど、万が一の事も考えると、本部としても安穏とは出来ないらしいわ」
レアの言葉に弥生もまた鼻で笑いたくなる様な内容だと理解していた。そもそも極東支部の神機兵に直接叩ける様な装備は持ち合わせていない。厳密に言えば持ってないのではなく、最初からその用途に使うつもりが無い事だった。
事実、神機兵の数は限られている。仮にどこかのサテイライトの警備を任せるとなっても、結果的には幾つかの部隊を派兵させる結果になる。となれば今度は神機兵そのものがお荷物になる可能性が高いからと、極東支部では割り切った考えをしていた。
「馬鹿馬鹿しい。何か裏があるのかって勘繰っちゃたわよ。ここに来る可能性は否定できないし、ここだって絶対って訳でもない。でも、武器を使わない神機兵を戦力としてカウントしていない以上、気にしすぎだと思うわ。それよりも手口を確実に解明した方が合理的だと思うけど?」
弥生の言葉は最初にレアが考えた可能性の中の一つだった。本部の人間とは違い、レアはこれまでに何度もここに足を運んでいるからこそ、その実情を理解している。
本来であれば一笑したかったが、それ以上の言葉を告げた所で無意味だからと呼ばれた際には何の反論もしないままだった。