そこには既に最後の一体以外にアラガミの気配は存在していなかった。
通常のアラガミとは一線を引いたそれは甲高い咆哮を上げながら、オラクルの塊を上空へと打ち上げている。既にそれが何を意味するのかを理解したからなのか、対峙したゴッドイーター達はそれぞれの方法で回避に専念を余儀なくされていた。
上空に打ち上がったオラクルが破裂しかの様に、周囲へと拡散していく。まるでホーミング機能が付いた銃弾の様なオラクルは上空から雨の様に降り注いでいた。
「コウタ!大丈夫か!」
「ああ。何とか。マルグリットの影に助けらた」
サテライトの建設予定地に発生したはずのアラガミは何時もの如く討伐されていた。
今回建設に使われている建材はこれまでの様なパッケージではなく、時間の短縮を図る為に、一部のオラクルを剥き出しにしたまま建設する事になっていた。
本来であればアラガミを呼び寄せる事は決して得策では無い。むしろアラガミが来る事はマイナスでしかなかった。しかし、今回の建設に於いては一部仕方ない部分が存在していた。
元々サテライトの建設予定地はアラガミが好まない場所を基本コンセプトとして建設をしている。それは今回の件でも同様だった。そんな中で事実上の愚策とも取れるのはその場所にあった。候補地と周辺には何の問題も無いが、そこに至るまでの交通網が予想以上に悪路だった事に起因していた。
そこに人が住んだ場合、物資の運搬レベルであれば何も問題になる様な事は無いが、これが今回の様に建築に携わるとなれば話は別。
大型車での移動をしよう物ならば、それなりに時間が必要とされてしまう。かと言って中型車では運搬に時間がかかる。どちらに転んでも時間がかかるのは仕方の無い事だった。
候補地に余裕があれ切り捨てる選択肢も取れたのかもしれない。当初はそんな話すら出ていた。
しかし、候補地の選定はそんなに簡単ではなかった。今なおアラガミの脅威から怯える人々に対し、これまでのサテライトの実績はクライドルが考えているよりも期待は大きい物へと変貌していた。もちろん急がせた所で何かが早くなる訳では無い。そんな事実があるからこそクライドルに対し、直接声を届ける事はしなかった。
少数精鋭と言えば聞こえは良いが、実際には立案から実行までを手掛ける事が出来る人間は限られている。だからこそ、期待はすれど声にする事は無かった。
人類の反映を自身の安全。そんな取り止めの無い思考の末に一気に運んで建設そのものに時間をかけない方法にたどり着いていた。その結果、事実上の誘引剤の代わりとなりかねない膨大なオラクルリソースはアラガミの餌として引き寄せていた。
この事実に対し、榊も予測していた事からクレイドルを一時的に選任チームとして対策を練っていた。
「ったく来るならこんな時じゃなくても良いだろうに」
「こればっかりは仕方ないですよ」
リンドウのボヤキとも取れる言葉にエイジはやれやれと言った表情を浮かべていた。
ここに来るまでに討伐したアラガミはそれ程問題になる事はなかったが、厄介だったのは、その後現れた『キュウビ』だった。本来であれば中々お目にかかる事が少ないこのアラガミは未だにレトロオラクル細胞の研究には欠かせない物だった。
建材の護衛としてエイジとリンドウが請け負った任務のはずが、キュウビが現れた事によってすぐさま任務が更新されている。そんな中で2人に対し、第1部隊からコウタとマルグリットが急遽派遣されていた。
「俺もそんなに交戦経験は無いですけど、あれは厄介じゃないです?」
「そうか。コウタはそれ程交戦経験は無かったか」
「一応ここに来るまでに挙動なんかは確認しましたけど……っと危ねぇ!」
リンドウとコウタの会話の最中に、キュウビが放った黒球がコウタめがけて襲い掛かっていた。元々神機の特性上、後方での射撃をしているコウタからしても若干ホーミングするからなのか、攻撃の回避は厳しい物だあった。
激しく回転している為にギリギリで回避する事は出来ない。距離を取っていたからこそ何とか無傷での回避に成功していた。
「とにかく今は時間をあまりかける暇は無い。でないと他のアラガミが襲って来たらどうしようも無いぞ」
「確かに」
攻撃の回避に成功したコウタはモウスィブロウのマズルフラッシュと共にキュウビに向けて発砲していた。
既にデータを確認したからなのか、火炎属性の弾丸はそのままキュウビの顔面と捉えた瞬間、幾つかの小爆発を起こしている。着弾したバレットの衝撃にキュウビは僅かに怯んでいた。
「エイジ!後は頼んだ!マルグリット!バックアップ頼む!」
「ああ!」
「了解」
コウタの指示と同時にエイジはキュウビとの距離を一気に詰めるべく疾駆していた。
キュウビが怯んだ時間は僅か数秒。しかし、今のエイジにとってそれだけの時間は距離を縮めるには十分だった。
漆黒の刃がキュウビの太ももに向けて一気に斬り裂かんと詰め寄る。ここまでならば何時もと変わらない攻撃。戦場で磨かれた勘が何かをそう思わせていたのか、エイジは視線を僅かにキュウビへと移した瞬間だった。
キュウビの目に明確な意志が感じられる。エイジの首筋が僅かに寒くなった。それが何を意味するのかを考える暇はそこには存在していない。半ば本能とも取れたのか、まだ何もしていないにも拘わらずエイジはその場から一気に跳躍を開始した瞬間だった。
「エイジ!」
コウタなのかリンドウなのか叫んだ時点でエイジはその場から既に回避したのか、キュウビは狙いすました様に自身の尾を刃に見立て水面を斬り裂くかの様に疾らせていた。既に跳躍している為に、その場にエイジの姿は無い。
刃に見立ては尾は空を斬ると同時に、上空へと回避したエイジを完全に捉えていた。
跳躍した時点でエイジが回避する術はどこにも無い。このまま攻撃が直撃するかと思った瞬間だった。
これまで何も無かったはずの空間に時間差で向けられたのは同じく漆黒の刃。刀剣の直刃とは違い、湾曲を持つ刃はマルグリットが放ったラウンドファングだった。お互いが交差するかの様に刃がぶつかる。この時点でキュウビの意識はエイジからマルグリットへと向けられていた。
「リンドウさん!」
「任せておけ!」
マルグリットとキュウビの意識が完全に交差した瞬間、エイジの行動は神速と言える速度でキュウビへと肉迫していた。前方に大きく跳躍する事によって反対側へと着地する。
既にマルグリットに向けられた意識が再びエイジへと戻った瞬間、キュウビの腹は大きく裂かれていた。
ドクドクと流れる赤い何かがキュウビの体力を容赦なく奪い去る。これまでの攻撃の成果が出た瞬間だった。4人はお互いの攻撃が干渉しない様に四方へと散っていた。
既に腹が裂かれた以上、キュウビが出来る事は自身の命の選択だけ。
しかし、このメンバーの時点で撤退する事は叶わなかった。コウタの陽動とも取れる銃撃は再びキュウビの意識をここに留める事に成功していた。
キュウビとコウタの視線が僅かに交差した瞬間、側面からのリンドウの一撃がキュウビの頭蓋に直撃し、そのまま巨体は絶命しながら横たわる事しか出来なかった。
不意打ちとも取れる攻撃によって地面に叩きつけるかの様にキュウビの躯体が沈んでいる。ここで漸くキュウビの討伐が完了していた。
「これ持ち帰ったらソーマのやつ喜ぶぞ」
「確かにここ最近は見なかったですからね。それと、フォローありがとう」
「いえ。何となく見ていたらここだと思っただけなので……」
マルグリットの持つヴァリアントサイズはこれまでの神機とは一線を引く様な兵装なのは既に周知の事実だった。その最大の特徴がエイジのフォローをしたラウンドファングの咬刃展開による攻撃方法だった。
広範囲にわたる攻撃は、これまでの様に距離を詰める事なくその場から展開する事によって前衛のフォローには最適の神機。しかし、広範囲の攻撃をする際には最悪は仲間そのものを巻き込む可能性が高い事から使いどころはかなり限定されていた。
そうなると今度は同行したメンバーの力量によってはその戦績が如実に現れる事から、使い所がかなり限定されるケースが多々あった。エイジからすればカノンの銃撃を回避出来るほどの読みがある為に、後方からの攻撃も察知している。その結果として、時間差で飛んでくるかの様に襲い掛かる刃はアラガミにとっても厄介な代物だった。
完全に外されたタイミングである以上、回避する事が出来ない。今回の戦いもまた、これまでに培ってきた戦術を活かした結末となっていた。
「あれはあれで使いどころが難しいんだ。教導の成果って事だよ」
「いえ。あれはエイジさんが回避したからこそなので」
お互いが遠慮しながら言い合っている。既にコアの剥離を終え、周囲に見えるのは4人だけだった。
「お前ら、それ位にしておけよ。エイジ。後でどうなっても知らんぞ」
「了解です」
リンドウの言葉によって改めて周囲を確認する。既にアラガミの気配は無くなっていた。
「お疲れ様でした。食事の準備はもう出来てますから」
エイジ達を出迎えたのは拠点地域の守護をしていたアリサだった。ここは他とは違い、まだ護るべき防壁は存在していない。だからなのか、交代で周囲を見張っていた。
既に寄越された防衛班の一部もまた同じ神機使いとして拠点防衛を続けている。だからなのか、これまでとは違った活況だけが存在していた。
「なるほどね。また何かあったんだ」
「ですが、本当なんでしょうか?」
「レア博士が来てるなら、ある意味ではそうなのかもしれないね」
用意された汁物を口にしながらエイジはアナグラでの事を思い出していた。具体的な話はまだ弥生の口から出ていない為に、詳細は何も分からないままだった。
これが何かしらの問題が起こっているのであれば、真っ先に連絡が来る。にも拘わらず何も話が無いのであれば、今はまだ様子の段階の可能性しか無かった。
事実、気配だけを見れば何時もとは何も変わらない。そんな事があるからこそエイジとしても重要視する事が無いままだった。
「あれ?この味付けって……」
「ちょっとアレンジしてみたんですけど、どうですか?」
会話をしながらだったかなのか、エイジは何時もと違った味の汁物に直ぐに気が付いていた。これまでの様に自分が作った物では無い為に、改めて味を確認する。アリサが言う様に少しだけ味付けが違っていた。
「これはこれで良いと思うよ。僕も参考にしたい位かな」
「本当ですか?」
「嘘は言わないよ」
何気に言われた言葉にアリサの表情には笑顔が宿っていた。これまではエイジが作ってきたレシピを参考する事が多く、また今回の様な野戦ともなればそれが更に顕著となっていた。そんな中で今回の様なキュウビが現れた事によって、全ての準備がアリサの下で行われている。
エイジが言った事で気が付いたからなのか、リンドウもまた味の違いに気が付いていた。
「当時と比べればアリサの腕も随分と上がったな。これで漸くビクビクしながら食べる生活ともおさらばだな」
「リンドウさん。それってどう言う意味ですか?」
何気に話したはずの会話が既に違う意味を持っていた。リンドウとしては特に地雷を踏んだ記憶は無かったが、やはり褒められた直後なだけにその可能性を否定出来なかった。
周囲にはアリサが作った食事を取っていた人間が何事かとリンドウ達を見ている。
今、このメンバーの中で当時の事を知っているのはエイジ以外にはリンドウとコウタだけ。アリサとしても折角褒めて貰った物にケチが付いたと感じたからなのか、リンドウを見る視線は何時も以上に厳しい物へと変化していた。
少しづつ変わる空気にリンドウの背中には冷たい何かが流れていく。エイジに助けを求めようと視線を映した瞬間だった。先程まで穏やかだったはずのエイジの視線が僅かに厳しい物へと変化している。そんな空気を感じ取ったからなのか、アリサだけでなくリンドウもまたエイジの方へと改めて視線を動かしていた。
「なぁ、何かあったのか?」
「いえ。何か少し聞こえた様な気がしたんですけど……」
「そうか?俺は何も聞こえなかったが」
そう言いながらもリンドウは改めて周囲の情報を知る為にタブレットで周辺地域の様子を確認していた。仮にアラガミであれば直ぐに対処する必要がある。しかし、レーダーを見る限り、そんな情報は何も映し出されていなかった。
「エイジの気のせいじゃないですか?」
「だと良いんだけど……何となく嫌な感じがするんだよ。少し気になるから周囲を少し見回る事にするよ」
「じゃあ、私も行きます」
アリサの言葉にエイジは未だ警戒心を解く事は無かった。既に周囲には何も反応が無いものの、これまで培ってきた勘が何か警鐘をならしているかの様にも感じている。
だからなのか、アリサもまたエイジと共に行動する事を選んでいた。
「やっぱり何か変だ。嫌な感じだけがする」
「確かに言われてみれば違和感がありますね」
エイジとアリサは後片付けをコウタ達に任せる事で周囲を探索していた。これまでの様にゆっくりと歩きはするが、警戒だけはし続けていた。
元々はただの勘でしかなかった。しかし、周辺を回るにつれ、何かが決定的に違っている。改めてそれが何だと言われれば言葉には出来ないが、それでも違和感だけは2人の感覚に残っていた。
姿は見えないが、何かがいる様な気がする。何時までも拭いきれない違和感は徐々に強まり出していた。
《お前さん方、何か見つかったか?》
「いえ。今の所は特に何も……ただ、何となくですが嫌な感じだけはします」
《そうか。こっちも何か反応があれば直ぐに対処する。悪いが、何時ものルートをそのまま探索してきてくれ》
「了解しました」
本来であれば様子見で動いている以上、何も無ければ帰るしかない。しかし、エイジだけでなく、リンドウもまた歴戦の猛者である為に、戦闘で培われた勘を否定する様な事はなかった。
事実、違和感だけは未だに残ったまま。だからなのか、徐々に戦闘時の感覚へと変わり出していた。
未だ気配は何も感じられない。既に何時ものルートを半分程回ったその時だった。
アラガミは霧散した時に残る特有の臭いが鼻についていた。レーダーには何も映っていない為に、生命反応は既に無いのかもしれない。しかし、この時間のこの場所に残るだけの臭いは確実に何かしらの戦闘があった事だけは間違い無かった。
恐らく僅かに聞こえたのは戦闘音。正体が分からない今となっては、それが何なのかを突き止める必要があった。
「アリサ。これってやっぱり……」
「そうですね。ここで多分戦闘があったのかも知れません」
臭いの元を辿った先にあったのは周囲の樹木が何かに蹂躙されたのか、歪んだまま立っていた。なぎ倒せば確実にその音で気が付くはず。しかし、この現場では草木が倒され、樹木は歪んだまま。明らかな戦闘の後を見たからなのか、2人の警戒は最高潮にまで達していた。
「リンドウさん。恐らくですが、ここで何か戦闘があったのかもしれません。ただ、アラガミは既に霧散してますので何も残っていません」
《そうか…だとすれば随分と厄介だな。音も拾えないんじゃ解析のしようも無いしな。警戒しながらこちらに来てくれ。こっちも警戒レベルを引き上げる事にする》
「了解しました」
僅かに荒れた跡地を後に、今はただ戻る事を優先していた。
「何だと!どうしてそんな重大な事が今まで知らされてなかったんだ!搬入時のチェックは誰がしたんだ!」
フェルドマンは珍しく部下に対し声を荒らげていた。強奪された神機兵の所在は未だ不明のままだったが、その手口だけが判明していた。
誰かが侵入して強奪したのではなく、カメラの画像を差し替えた状態で中から移動しただけだった。当初はまだ稼動そのものが出来ないと報告を受けていたにも拘わらず、実際には通常の稼動はおろか戦闘機動すら可能となっている。
改竄された書類にはその事実は完全に伏せられていたからなのか、フェルドマンの前に立っていた情報官の足は僅かに震えていた。
「も、申し訳ありません。我々が調査した際には既に担当者は変更されていました。今回の神機兵に関しては全て外部からの搬入時に確認しただけの様です」
震える足をそのままに情報官はただ現状だけを伝えていた。
既にこの場に居ない人間の事を今さら糾弾した所で何かが変わる訳では無い。抑える事無く出た怒りが伝わったからなのか、情報官はそれ以上動く事は出来なかった。
「今回の件に関しては既に我々は後手に回っている。仮にあれがそのまま稼動しよう物ならばフェンリルの評価だけじゃない。神機兵のプロジェクトそのものが地に堕ちるどころか、そのまま廃止になるだけだ。直ぐに所在の確認。そして速やかに破壊しろ!」
「ですが、あれは上層部の肝煎りでは……」
「たかが機械仕掛けの人形とフェンリルへの信用。どちらが重いかすら判断出来ないのか?」
「いえ……直ぐに行動に移ります」
情報官に言いながらもフェルドマンは最悪の状態を考えていた。知らされた内容の中に一つ厄介な物が搭載されていた。
本来であれば神機兵には不要の物。それが何を意味するのかを考えたからなのか、すぐさま自身も行動に移っていた。