神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第5話 エリナの苦悩

「エリナはこのまま3時の方向から、エミールはその反対の9時の方向からそれぞれが一斉に攻撃をしかけるんだ。俺とマルグリットはそれぞれのバックアップをする。油断するなよ」

 

 アリサ達が屋敷で話に花を咲かせている頃、第1部隊はアナグラから少し離れた場所で討伐のミッションを開始していた。以前とは違い、今はクレイドルも総員が極東支部に居る事から、第1部隊は従来の部隊運用をする事になっていた。

 新人の教導や実戦のフォローはリンドウが行い、中堅レベルはエイジが担当する。その結果、他の人員を入れ替える事をしなくなった今、第1部隊の隊長でもあるコウタと副隊長でもあるマルグリットは改めてエリナとエミールとのチーム編成で挑んでいた。

 

 

「了解しました」

 

「僕に任せてくれ給え。我がポラーシュターンの錆にしてくれる」

 

「エミール。油断は大敵だから」

 

 何時もの様なやり取りではあったが、初期の頃と決定的に違ったのはマルグリットの存在だった。コウタだけの際にはエミールがやや暴走しがちな所が幾つもあったが、今はそんな状況になるとマルグリットがフォローとばかりにその場を引き締める。既に何度も同じ部隊で戦ってきたエリナはマルグリットの事を心酔しているのか、何事も素直になり、エミールもまたそんな的確な言葉に暴走する事は少なくなりつつあった。

 目の前に居るガルムは未だこちらに気が付いていないのか、何かを捕喰している様にも見える。コウタの指示により全員が気取られない様に大きく散開しながらゆっくりと取り囲んでいた。ガルムまで目測で5メートル。気配を消しながら近づく2人をコウタとマルグリットは見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの、コウタ隊長。私もそろそろヴァジュラの単独任務に就きたいんですが」

 

「はあ?単独任務?まだエリナには早すぎる」

 

 エリナの言葉にコウタは思わず報告書を書いていた手が止まっていた。既に期日が過ぎた書類が幾つもあるからと、コウタは今日一日はミッションに出る様な事をせず、溜まりに溜まった書類を幾つも処理していた。

 

 第1部隊としてだけでなく、クレイドルとしての書類の提出も期限が近づいている。以前であれば両方の書類の〆切が1週間程遅れた所でお咎めは小言程度だったが、サクヤがクレイドルに加入してから状況は一変していた。

 これまでコウタが小言程度で済んでいたのは偏にリンドウと言う隠れ蓑があった為だった。コウタ以上にリンドウの書類の提出期限は遅く、リンドウが焦ってやり出してからコウタも手を付けるのがこれまでのパターンだった。しかし、サクヤの監修と言う名の指示により、リンドウの書類の提出期限はこれまでとは大きく変わっていた。

 

 自分の妻が全ての書類を手掛ける様になると、これまでの様に提出が遅れれば遅れる程にサクヤの負担が一気に増える。その結果、リンドウが自宅に居てもサクヤが仕事をしている為に落ち着く様な事が無くなっていた。幾らリンドウであっても自分だけがゆっくりとしている姿を見せたくないと思うだけでなく、自分の妻でもあるサクヤが徐々に疲弊していく姿を見たくないと言った理由もそこにあった。その結果、幾ら小言を言っても何ら改善される事が無かったリンドウが一気に優等生の如く〆切の3日前には提出が完了していた。

 

 そんな事実はコウタにまで波及していた。既にコウタだけが遅れるとなれば確実に何か言われる事は間違い無かった。仮に遅れた所で直接の被害は無いが、サクヤはまるで愚痴をこぼすかの様にコウタの事に関してマルグリットにそれを伝える。その結果、コウタは自分の彼女から確実に小言が飛んでくる可能性があった。となれば、コウタとしても面白く無い事実がそこに存在していた。

 

 

「でも、これまでの部隊の指揮もしてきましたし、イレギュラーな事があってもやってこれたんです。私もそろそろ独り立ちしたいんです」

 

「あのなぁ。エリナ、お前大きな勘違いをしてる」

 

「勘違い?」

 

 突然言われた事実にコウタは内心溜息を吐きたくなっていた。自分の仕事に取り掛かる事が遅かった事が今の現状を表しているが、今はそれよりも目の前のエリナをどうやって説得するかの方が優先されていた。事実、今のエリナは若干は鼻息が荒い様にも思える。これまで経験した内容を考えればその気持ちは分からないでも無かった。

 

 以前のジュリウスが特異点化した際に行われたミッションは苛烈な内容に間違いはなく、その後も何度か厳しいミッションをクリアしているのは部隊長でもあるコウタとて知っている。しかし、それとこれは全くの別物だった。幾ら非公式とは言え、それが一人前の事実に違いはない。エリナがどれ程厳しい教導をこなし、勉強しているのかも理解している。だからこそ、その本質を知って欲しかった事実があったが、今のエリナを見ている限り、その部分には気が付いていない様にしか見えなかった。

 

 

「単独での撃破は基本的に最初から単独で出ている訳じゃないんだ。戦場でのアクシデントを回避した結果、単独討伐になっただけであって、最初から単独で受ける事は殆どない」

 

「でも、エイジさんは受けた事があるって……」

 

「あれは他に誰も居なかったから仕方なくだ。あれだってあの後は色々と大変だったんだぞ」

 

 あの時の状況はコウタにも記憶があった。アラガミとしての強度は高くないが、それでも単独でのヴァジュラ3体の討伐ミッションはかなり厳しい物に違いなかった。少しでも大きな音をだせば他のヴァジュラが寄ってくる。一対一ならばまだしも、3体同時となれば流石にエイジとしても厳しい物が存在していた。

 結果的には傷一つ負わずに完了したものの、やはりその事実をアリサが聞きつけた結果、1時間にも渡る盛大な説教が続いていたと後でエイジから聞かされた記憶があった。

 

 

「エリナ。どうして今は新人の状態で直ぐに戦場に出さないか位は理解してるよな?」

 

「はい。新人だろうとアラガミには関係ありませんから」

 

「だとすれば、言わんとしている事は分かるよな?」

 

「でも、それとこれは違います」

 

「違わない。前にも言ったけど、俺達はアラガミを討伐するのが仕事じゃない。あくまでもアラガミから人類を守護するのが仕事だ。今のエリナを見ればそんな事すら理解してない様にも見える。個人としてだけじゃない。部隊長としてもそれを認める訳にはいかないんだ」

 

 何時もの様にどこかお茶を濁す様な部分がコウタには一切に無かった。今のエリナが目にしているのは、これまで歴戦を潜り抜けた猛者ともとれるゴッドイーター。自分達の様に遠近両用で戦う事が可能な神機ではなく、銃撃のみによる攻撃だけでこれまでの死線を潜り抜けた厳格な雰囲気がそこにあった。

 

 

「じゃあ、私はどうすれば良いんですか!」

 

「何時もと同じ事をするだけだ」

 

「コウタ隊長の馬鹿!わからずや!」

 

「馬鹿で結構だ」

 

 コウタとて同じ部隊の人間を単独で放り出したいと考えた事は一度も無かった。事実、自分とてまだマルグリットが加入した当初に事実上の単独で時間を稼いだものの、結果的にはかなりの重体にまで追い込まれていた。

 命は一つしかない。エリナとてその事実を理解してるにも関わらず、今になってそんな事を言うのには何か理由があるだろうと考えていた。

 

 

 

 

 

「なぁ、エリナの事って何か聞いてる?」

 

「私は何も……」

 

 昼間のやりとりをコウタはマルグリットの部屋で話していた。突如言われた事ではあったが、気持ちは分からないでも無かった。ここ最近のエリナだけでなくエミールに対する視線は僅かではあるがこれまでとは少しだけ異なっていた。

 事実上の安定運用をし始めた事だけでなく、新人も実力が付きだした事から、何かと第1部隊への転属願がかなり出ている事はサクヤから聞かされていた。以前とは違い、ツバキが事実上の長期休養となった事から今は殆どの案件をサクヤが捌いている。その中での事実をサクヤはコウタにも告げていた。

 

 

「多分焦ってるのかもな。最近は教導の効果がかなり出てるからなのか、結構新人の戦績は良いらしいんだ」

 

「でもエリナだってかなりの数のアラガミを討伐してるのに?」

 

「その辺りの経緯は分からないんだけど、下から上がってくる数字に突きつけられてるのかも」

 

 コウタの言葉の意味は理解できるが、その辺りの感情に関してはマルグリットは今一つ共感する事は出来なかった。まだネモス・ディアナに居た頃は、全てのミッションを単独でやって来た為に、それがどれ程厳しい状況なのかは理解出来る。しかし、下からの突き上げに関してはこれまで一度も感じた事が無い感情なだけに安易に答える言葉が見つからなかった。

 

 

「コウタとしては本当はどう考えてるの?」

 

「単独で挑むのは認めるつもりは無いけど、成し遂げるだけの実力はある。エリナは何を思っているのかは分からないけど、それがどんな結果に繋がって、どうなって行くのかをちゃんと判断してるのかは微妙だね」

 

 コウタの歯切れの悪さはマルグリットも理解していた。既にマルグリットと部隊を何度か率いて行動している中で、部隊長としての適性も判断されていた事を思い出していた。

 指揮に関しては今後も戦術やアラガミの生体を学ぶ事で精度は上がるが、問題なのは部隊長としての信頼がどうなるのかだった。功名心で言っている事では無いのは判断出来るが、何を考えているのかが分からない。

 何かの考えがあっての結果であるのは間違い無いが、それでもその真意が何なのかを理解しない事にはどうしようも無かった。

 

 

「ねぇ、それだったら、こうしたらどうかな?」

 

 何かを思いついたのかマルグリットはコウタに耳打ちをする。この場には2人以外に誰もいない為にそんな事をする必要はどこにも無いが、何となくそんな雰囲気があったからなのか、コウタもそれを普通に受け入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エリナ。少しだけ良いか?」

 

 コウタの言葉にエリナは僅かに硬直していた。昨日の今日で個人的に呼ばれれば、話の内容は必然的に単独の話になってくる。既にコウタもそれを意識していたからなのか、話の先はラウンジではなく、マルグリットの部屋だった。

 

 

「あの……」

 

 用意された紅茶に手を付ける事すら出来ない程にエリナは緊張に包まれていた。

 ソファーの前にはコウタとマルグリットが並んで座っている。何時もの様な雰囲気は既になく、それが何を意味するのかを理解しているエリナはそれ以上の事は何も言えなかった。

 一言だけ発したものの、そこから先の言葉が出てこない。自分の言いたい事を理解したからこそ、ここでの話である事はエリナにも分かっていた。目の前のコウタとマルグリットは発言する素振りすら無い。エリナの言葉を待っている様にも見えていた。

 

 

「あの……」

 

「その前に確認したいんだけど、どうして単独に拘るんだ?」

 

 言い淀むエリナの事を察したからなのか、コウタが呼び水になればと口を開いていた。表情を見れば以前の様な厳しさはそこに無い。そんな表情を見たからなのか、エリナは自身の思いの丈をゆっくりと話し出していた。

 

 

「そうか……本当の事を言えば、エリナの実力なら多分単独での討伐は出来ると思う。これは贔屓目じゃなくて、純粋にそう思う。だけど、それとこれはやっぱり違うんだよ」

 

 コウタの言葉にエリナの表情は一瞬だけ明るくなった。これまでの様に認められていないと感じる様な部分はそこには無く、コウタの本心とも取れる言葉に満足した結果でもあった。

 本当の事を言えば、その後の否定の言葉が続く為に結果的には何も変わらない。しかし、今のエリナにとってそれがどんな意味を持っているのかを理解してくれただけでも良いとさえ考えていた。

 

 

「あのね、私もエリナの気持ちはよく分かる。だけど、()()()()()()()()のと、()()()()()()()()()()()()では違うの。私だって一時期は部隊長までやってたから分かるけど、負傷者が出ればもっとやり様があったんじゃないかって考えちゃうの。第一、そんな事をして誰が喜ぶと思う?」

 

「それは……」

 

「本当の事を言えば、実際に第1部隊への転属願がここ最近多くなっているのはサクヤさんからも聞いているけど、実際にアラガミと戦うとなれば技術だけの問題じゃ無くなるんだ」

 

 マルグリットだけでなく、コウタの言葉にエリナは耳を傾けていた。これまでのコウタを考えると、こうまで真剣な話し合いを今までした事が殆どなかった。隊長としてのキャリアや実績を考えればコウタの戦績は決して悪くはない。むしろ遠距離型のみである事を考慮すれば、かなりの数字である事は間違い無かった。

 元の体制に戻るとなれば、即ち第1部隊が極東の顔となる。一定の技量を習得した人間は、やはりその実力を試したいとの気持ちからダメ元で異動願いをサクヤの下に出していた。

 

 

「それと、仮にだけどエリナが単独討伐をこなす様になれば確実に部隊を率いる立場になるのは間違い無い。今回それを行使すれば確実にその話は出てくる。でも、今のエリナには命の重みがどれ程の物なのか理解していない様に見える」

 

「それは……」

 

 エリナはコウタの言葉の意味は正しく理解している。自分にそれだけの実力があれば部隊長の話が来る可能性が高くなるのは、今の極東ではある意味当然の事だった。これまでにエミールや他の人間の指揮を執った事はあったが、他人の命の重さには何も考えていなかった。

 改めて自分がコウタに言った事を思い出す。決して思いつきで話したのでは無かったが、本当に考え抜いた結果なのだろうか?2人の言葉にエリナは改めて自分が言った言葉の意味を考えていた。

 

 

「エリナ。妥協と言う訳じゃないんだけど、本当に適正があるのかは部隊長としての立場では確認したい。単独討伐出来る技量があるなら今後の戦術にも影響はしてくる。丁度アサインされているのは大型種1体だ。それで様子を見よう」

 

 コウタの言葉にエリナは少しだけ安堵していた。自分の感情だけでぶつかっていたつもりだったが、コウタはその先の事まで考えている。普段は幾ら適当だったとしても、自分達をしっかりと見てくれていた事実に嬉しさがこみ上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「って事なんだけど、どうかな?」

 

「まぁ、やる気を削ぐ訳じゃないから妥協案といしてはまぁまぁじゃないかな?」

 

「コウタにしては立派な考えだと思いますよ。でも、それって本当にコウタの考えなんですか?」

 

 エリナとの会談を終えたまでは良かったが、コウタとしては内心ドキドキしながらの会話だった。これまでの事を考えると確かに終末捕喰の事件から厳しいミッションを幾つもこなしている。しかし、下からの突き上げを間接的とは言え知ったのが実情だと言う事は間違い無かった。

 ミッションはこなせても隊員の精神的なケアまでは経験がない。エリナが部屋から出た瞬間の疲労感はミッションでアラガミと対峙した以上だった。

 

 

「まぁ、その辺りは……」

 

「マルグリットに感謝しないとダメですよ。何でコウタなんですかね……もっと良い人は沢山居るはずなんですけどね」

 

「なんで分かったんだよ!って言うか、何でそんなに辛辣なんだよ!」

 

「だってコウタですから」

 

 言い淀んた時点でアリサは何となく察していた。コウタの事を決して馬鹿にしている訳では無いが、メンタルに関する事は自分の経験が物を言うケースが多分にあった。見えないプレッシャーとの戦いは自分自身が解決するしか手段が無い。アリサもそう言いながら自分の事を思い出していた。

 コウタだけの話ではないが、このアナグラに於いてそんな相談を聞いて簡単に解決できる人物はそう多くは無かった。

 

 

「そうだ。それで、ミッションの件ですが……」

 

「コウタも頑張った事だし、私としては問題無いわ。これがツバキ教官なら確実に却下でしょうけどね」

 

 珍しくラウンジのカウンターに居たクレイドルに誰もが遠慮したのか、近づく事は無かった。既に時間はバータイムに差し掛かろうとしている。久しぶりに顔合わせしたからなのか、言葉ではああ言ったが、コウタ自身も成長しているんだとサクヤは考えていた。

 各々の前にエイジはカクテルを差し出している。そんな空気に誰もがそれ以上の言葉を出す事は無かった。

 

 

 

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