神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第63話 夏の一時

 日差しは既に初夏から完全に夏へと変化していた。以前の様に突発的な暑さでは無く、ほぼ毎日が熱さと戦う事になっている。既にエアコンを利かせているアナグラでも夏のジリジリと来る暑さはロビーだけでなく、全館の温度を徐々に高く上げ始めていた。

 

 

「何だか、今日はもうダメ~。こんなに暑いとやってられないよ」

 

「確かに暑いです。これが噂の極東の夏でしょうか」

 

 ロビーにはこのままだと溶けるのではないかと思える程のナナは小さな机に上半身を乗せ項垂れていた。

 最初はヒンヤリしたテーブルもナナの体温で徐々に温くなっていく。先程までのミッションが終わったまでは良かったが、今後の予定に関しては未定のままだった。

 

 

「確かにそうだな。そうだ。暑いなら思い切って聖域での作業をしたらどうだろうか。このままここでこうしているよりは随分と建設的な案だと自分でも思うぞ」

 

「え~ジュリウスはそれでも良いかもしれないけど、やっぱり女子だから日焼けするのはちょっと……」

 

「だったら日焼け止めを塗るのはどうだ?」

 

 暑さも影響しているからなのか、最近の聖域での農作物の管理は随分と難しい物へと変わっていた。

 暑さによって土中の水分量が一気に減少すれば、作物が成長する際に必要となる水分が枯渇する。だからと言って太陽が燦々と出ている際に水を撒けば、今度はお湯へと変化する為に作物が枯れてしまう。事実トライ&エラーの繰り返しではあるが、やはり目の前で枯れた作物を見るのは精神的にも厳しい物があった。

 これまでの様に農業用の機械が導入されている訳では無い。かと言って、昔ながらの人海戦術に頼ろうとしないのは色々な意味で余計な混乱を招く元を防ぐ為だった。そんな事を理解しているからなのか、ナナの良い訳じみた言葉に誰も否定出来なかった。

 

 

「そんなんじゃ無いよ~あ~暑い~」

 

 ジュリウスの言葉を遮るかの様にナナは再びテーブルの上に突っ伏していた。ラウンジに居ても結果は同じ。かえって料理を作る熱が充満するにも思えていた。

 

 

 

 

 

「コウタ隊長。今日のミッションってこれで終わりですか?」

 

「ああ。今日は緊急のミッションは無さそうだし。最近は休みも少ないからこの後は事実上の非番だな」

 

「って事は、あそこに行っても良いですか?」

 

「別に俺に許可とならなくても……」

 

「じゃあ、マルグリットさん。一緒に行きましょう」

 

「私も?」

 

「勿論です!」

 

 第1部隊も同じく終わったからなのか、疲労感を滲ませながらロビーへと戻っていた。既に今日の予定が何も無いからなのか、エリナのテンションは高いままだった。

 この暑さに随分と元気なのはどんな意味を持っているのだろうか。下から聞こえたエリナの声に、ナナだけでなくシエルもまた関心を寄せていた。

 

 

「ちょっと……マルグリットはこの後俺と一緒に」

 

「コウタ隊長。ため込んだ書類の整理にマルグリットさんを使うのは如何な物ですかね」

 

「…まぁ、ほら、最近忙しかっただろ。それで結構溜まってるんだよ」

 

「でも、エイジさんはそんな事無いですよね。ラウンジにも普通に入ってますよ」

 

 まさかの言葉にコウタはそれ以上何も言えなくなっていた。確かに最近の多忙さはこれまで以上の様にも感じる。一般の隊員とは違い、隊長は何かと書類整理が多くなるからなのか、時間には常に追われていた。

 そんな中でもクライドルの扱う書類は部隊長よりもは遥かに多い。アラガミ討伐だけでなくサテライトの申請やその調整など、やるべき事は多岐に渡る。それすらも無視するかの様にカウンターの中に入るエイジはコウタから見ても異常としか良い様が無い程だった。

 

 

「コウタ隊長は少し見習った方が良いですよ。私、新しい水着新調したんです。一緒に行きましょうよ」

 

 グイグイ責めるエリナにマルグリットは苦笑いするしかなかった。コウタと一緒に居たい気持ちはあるが、かと言って部下の誘いを断るのも忍びない。事実エリナに関しては実力が伸びている事から、少しゆっくりと話をする機会が欲しいとさえ考えていた。

 そんな中での誘いは渡りに船。暑いのも影響しているからなのか、エリナの考えに徐々に傾きかけていた。

 

 

「コウタ……」

 

「ここは俺が一人でやるからエリナと行ってきなよ」

 

「ゴメン。行ってくるね」

 

 既にコウタに選択肢は残されていなかった。

 元々書類の提出期限は既に過ぎている。幾ら温厚なサクヤと言えど、このままの状態が続けばどうなるのかは考えるまでもない。そんなコウタを確認したからなのか、エリナはマルグリットの手を引っ張りエレベーターへと消えていた。

 

 

 

 

 

「あの、コウタさん。さっきエリナちゃんが言ってたのって何なんですか?」

 

「ナナか。ここ最近、一気に暑くなっただろ?だから川に泳ぎに行くんだよ」

 

「ここにそんな所があるんですか?」

 

「ああ。割と人気(ひとけ)も無いし、アラガミも出ないから案外とゆっくりと過ごせるんだよ。俺も書類さえ無ければな……」

 

 エリナにマルグリットを取られたからなのか、既にコウタの目に生気は失われていた。

 提出期限を守らなかった以上仕方ない話。誰も同情する事はなかった。既にエリナ達は姿を消している。そんなコウタとのやりとりにナナは少しだけシエルと相談していた。

 

 

「ねぇ、シエルちゃん。私達もそこに行かない?」

 

「ですが、私は何も持ってませんよ」

 

「その辺りは何とかするんだよ。はっ、リヴィちゃんにも声をかけないと……」

 

 ナナの勢いにシエルは弱々しく答える事しか出来なかった。しかし、ここで大きな問題があった。場所がどこなのかが分からない。既にコウタはラウンジへと移動した為にその確認が出来なかった。

 時間は刻一刻と無くなっていく。既に時間との戦いになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こんな所にこんな場所があるなんてな」

 

「でも、こんなに綺麗な場所、あるのは知ってたけど、この光景は俺初めて見たかも」

 

 意外な事に場所を聞く事が出来たのはアリサが通りかかったからだった。

 元々以前に足を運んだ記憶があったからなのか、アリサの説明にシエルが場所の確認をする。元々は屋敷の近くである事から、その場所の正確な位置はロミオが知っていた。

 場所を特定してからの行動力はまさにアラガミと対峙しているのかと思う程だった。ナナだけでなくシエルやリヴィも水着など買った事すら無い。当初はどうした物かと考えていたが、幸か不幸か自分達の持っている素材を有効活用する事で準備が完了していた。

 

 

「あ!マルグリットちゃんだ!」

 

「あれ?ブラッドの皆さんもここですか?」

 

「うん。アリサさんに教えて貰ったんだ」

 

 ナナの声に気が付いたのか、マルグリットは驚きのあまり声にしていた。元々ここは穴場的な場所ではあるが、秘匿されている訳ではない。

 誰も来ない場所をエイジ達が偶然見つけたに過ぎなかった。うだる様な気温を忘れるかの様に静かな水辺の風景が一層この状況を引き立たせていた。

 マルグリットやエリナは知らないが、この光景は聖域に近い物があった。

 

 

 

 

 

「うわ、水冷た!」

 

 大きな音と共にロミオが真っ先に飛び込んでいた。ここは天然のプールの様な場所ではあるが、水はこの場に留まるでのはなくゆっくりと流れている。その影響もあってなのか、飛び込んだ水の温度は想像以上に冷たい物だった。

 勢い良く入ったからなのか、ロミオは思わず川から出る。それを見たエリナとマルグリットはクスクスと笑っていた。

 

 

「笑わなくてもいいじゃん!」

 

「だってロミオさんらしいですから」

 

 マルグリットの言葉にロミオは少しだけ顔が赤くなっていた。自分でも恥ずかしい自覚があったからなのか、色々と良い訳じみた言葉を出しながら語尾が徐々に弱くなる。

 そんな光景を見たからなのか、ギルや北斗だけでなくジュリウスもまた笑っていた。

 

 

「そう言えば良かったんですか?」

 

「輪番の件か?」

 

「はい。アナグラにブラッドの人間が常駐していないとなれば何かと問題があると思うのですが」

 

 水の冷たさに驚きながらも、時間と共に慣れだしたからなのか、ロミオは気が付けばエリナとマルグリット。リヴィと四人で泳いでいた。元々水の流れは早くない。ゆっくりと流れる水流を活かしながら身体をほぐすかの様に動いていた。そんな光景を見ていた北斗にシエルからの質問。振り向いた隣には白のビキニが北斗の目に飛び込んで来た。

 

 

「ここは屋敷からも近いのと、万が一の際には神機も持って来ているから行動は直ぐに起こせる様になっている。いざとなればこのまま動けば良いだけだ」

 

 北斗の言葉に驚きながらもシエルは少しだけ驚きながらも、思わず納得していた。

 元々この場所は聖域のエリアと距離はそう変わらない。ここに来る際に神機の所持が出ているからなのか、北斗の説明に納得していた。

 

 

「それで神機の所持が出てたんですね」

 

「元々ここはエイジさん達が見つけた場所らしいから。万が一の襲撃があってもこれだけのゴッドイーターが居れば対処できるだろうし、ミッションでも人数が居れば問題は無いんだろうな」

 

 そう言いながらも北斗はシエルの方へ視線を向けるのを躊躇っていた。

 普段はあまり見る服装では無いからなのか、距離が近い事に困惑していた。元々シエルのスタイルが良い事は知っているが、水着になるとそれが顕著だった。

 

 北斗自身ロミオの様な性格をしている訳では無い。だからなのか、今のシエルを見る事に戸惑いを隠せなかった。一方のシエルもまた何時もと同じ距離感だったからなのか、北斗の態度がおかしい事に気が付いていた。

 元々シエルにとって自分のスタイルを気にした事は一度も無い。精々が誰かに言われる際にそうなんだと思う程だった。気が付けば北斗の視線はこちらに向いていない。何時もと違う態度に、少しだけ疑問を持っていた。

 

 

「北斗。今日はどうしたんですか?何時もとは何か違う様にも思えますが」

 

「……そうか?何時もと同じだと思ったんだが」

 

 そう言いながらもやはり視線が自分に向く事は無い。何が原因なのかは分からないが、そんな北斗の様子にシエルは更に疑問を深めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ………」

 

 川遊びをしている一方でラウンジでは少しだけ重苦しい空気が漂っていた。何時もは賑やかはずの空気を重くしているのは第1部隊長でもあるコウタ。事の経緯を大よそながらに理解しているからなのか、カウンターの中に居るエイジは苦笑いするしかなかった。

 

 

「コウタ。それなら書類を終わらせてさっさと行ったら?」

 

「……出来る事なら既にしてるよ。でも、これ見ろよ。絶対に終わらないって事だけは間違いないぜ」

 

 コウタの隣にはこれでもかと思わせる程に資料が積まれていた。

 元々紙媒体を使う書類はこの極東支部の中でも重要な意味を持つ物が多かった。データの書類であれば重要度はそう高く無い。そんな程度の書類であれば感嘆に終わらせる事は出来るが、紙媒体の書類は内容が余りにも重要だからなのか、代筆すら許されない内容だった。

 その結果、書類の作成は一向に進まない。思い溜息を吐くコウタを見たからなのか、何時もは騒がしいラウンジも今日ばかりには空気が重くなっていた。

 

 

「まだ終わらないんですか?今までサボったツケが来てるだけじゃないですか?」

 

「そう言うなよアリサ。最近忙しかったから、ついそっちの方に意識が向いてたんだよ」

 

 アリサの言葉に半ば不貞腐れながらもエイジが出したアイスコーヒーを飲みながら視線は書類へと向いている。既に時間は皆が出かけてから1時間は経過しようとしているが、肝心の祖類は一向に減る気配は無かった。

 

 

「どうせマルグリットを当てにしてたんじゃないですか?」

 

「それは無いよ。今回の書類は部隊長だけの物だから、居ても何も出来ないからさ」

 

「へ~珍しいですね」

 

 コウタが取り組んでいたのは、新人の行動や今後の事に関する内容だった。

 教導を終えたばかりの新人は、時折コウタ達第1部隊で大よそながらに適性を見る事が多かった。

 第2世代型神機はその使い勝手の良さが幸いに凡庸性がかなり高い。しかし、個人の神機の使用頻度によっては本当にそのやり方で良いのかを逐一確認する必要があった。

 近接を得意としても視野が狭く行動が遅ければ、その適性を疑う事になる。本来であればリンドウがやるべき仕事ではあったが、コウタの様に遠距離型の神機を使用する方が視野が広いからと、その内容の一部をに担っていた。

 新人の適性を確実に計らない事には命を失う可能性も格段に高くなる。それを理解しているからこそ、マルグリットではななくコウタに求められていた。

 

 

「それ、結構大変だよね。僕も苦労したから」

 

「だろ?アリサが思ってるのとは違うんだよ」

 

 溜息ばかりに吐いた所で何かが改善される訳では無い。先程のアイスコーヒーを口にしたからなのか、コウタの手は一気に動いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ?どうかしたんですか?」

 

「ううん。何でも無いの」

 

 川ではこれまでの暑さが嘘だと言わんばかりにヒンヤリとした空気が相変わらず漂っていた。以前に着た際には楽しかったが、今日は何となく面白くない様にも思える。それがどんな意味を持っているのかは直ぐに理解していた。

 エリナだけでも楽しいが、やはりコウタが居る時とはかなり違う。何気ない光景を見ながらも、今のマルグリットはそんな事をぼんやりと考えていた。

 

 

「確かにコウタ隊長が居ないのは残念ですけど、書類を溜めてたのも事実ですし、仕方ないですよ」

 

「そう言えばそうなんだけど……ね」

 

 コウタが後回しにしていた書類が何なのかはマルグリットも知っていた。

 元々あの書類は誰がやっても時間がかかるだけでなく、事実上の人事考査を兼ねている。

 その為にどうしても隊長権限が無ければ情報の更新はおろか、閲覧すら出来ない物だった。

 その内容によって当事者の配属される隊が決定する。今コウタがやっているのはその中でも防衛関係ではなく、討伐部隊に関する内容だった。

 その中にはエリナやエミールも含まれている。幾らマルグリットと言えど手伝う事は最初から不可能な物だった。

 

 

「でも、何だかんだでコウタ隊長、ここに来ますよ」

 

「そうかな」

 

「だって、コウタ隊長ですし」

 

 エリナの言葉にマルグリットは苦笑するしかなかった。良くも悪くもコウタの事は信頼している。ここに来る前に言った言葉も恐らくは奮起してもらう為に言ったんだと理解していた。

 

 

「何だかんだでエリナも信頼してるのね」

 

「わ、私はそんなんじゃ……ちょっと泳いできます」

 

 照れくさいからなのか、エリナの足は川辺へと向いていた。これまでの第1部隊に比べれば確かに戦闘力の面では敵わない事は自分達が一番理解している。

 今の極東支部をとりまく環境からすれば、討伐班だからとか防衛班だから等の垣根はかなり低くなっていた。だからなのか、部隊内の人間関係はその分、これまでの既存の部隊とは明らかに違っている。今のコウタやマルグリットはそんな部分を誇らしく思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば、ここって魚とかっていないのかな?」

 

「どうだろう?ここだけは他とは違うみたいだから、いないんじゃない?」

 

 海水ではなく真水だからなのか、一度潜ると水中は随分と透明度は高かった。

 旧時代の様に水源が汚染される事は多くない。ここの水源も実際には飲料が可能な数値を出していた。

 

 

「そっか~居たら見てみたかったんだけどな」

 

 ナナの疑問にロミオもまたこの周辺の地図を思い出していた。森や林の木々の隙間の様になっている為に、上流の水源に関しては何も知らなかった。

 屋敷の外苑を探索するのはそこに住んでいる住人だけ。だからなのか、ナナの質問に対しての明確な答えは持ち合わせていなかった。

 

 

「どこかにはいるんじゃないのか?」

 

「そっか…そうだよね。でも、ここって何だか聖域に似てるよね」

 

「まぁ……確かに言われればそうだな」

 

 周囲からは隔絶したかの様に、今のこの空間にはこの場に居る人間の声しか聞こえていなかった。静寂を感じるだけでなく、川の水も冷たいからなのか、そこか浮世離れした空間の様に見える。

 既に身体が少しだけ冷えたからなのか、ナナだけでなく、他のメンバーも一時的に川から上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、終わった……」

 

 ラウンジでは気合を入れたコウタがこれまでに無い勢いで書類と格闘を続けていた。

 苦手な分野ではあるが、冷静に考えれば何時もやっている事と大差は無い。だからなのか、一度スイッチが入ってからのコウタの動きは目覚ましい物があった。

 多少は怪しい部分はあるが、それに関しても最悪は口頭で修正が利く程度。そんなコウタの様子を見ていたからなのか、エイジはラウンジの作業と並行しながらとある物を作っていた。

 気が付けばそこそこ大きいバスケットには色々と作っていた料理を入れていく。時間的にはまだ食事をするには早すぎる時間帯。それを見越したからなのか、軽食を色々と詰めていた。

 

 

「まだ時間もあるだろうから、今から行けば間に合うよ。それとこれ、持って行って。恐らくは何も用意して無いだろうから」

 

「サンキュ。何だか悪いな」

 

「良いって。気にしなくても良いよ」

 

 水の中で泳ぐ行為は、本人の気が付かない部分で深い疲労を残している。そうなれば必然的に栄養の補給は必須だった。

 元々エイジが用意したのはそれを見越した結果。少しだけ手間をかけたそれはコウタも理解したのか、用意されたそれを遠慮なく受け取っていた。

 今ならまだ時間的にも間に合うはず。そんなコウタの思いを代弁するかの様にその足取りは軽い物だった。

 

 

「エイジは少し甘いですよ」

 

「そんな事無いよ。誰だって思う事は一緒だよ」

 

 コウタとのやり取りの見ていたからなのか、アリサもまたそんな言葉を口にしていた。

 元々エイジの担当で無ければアリサだって行きたいのは当然だった。誰でもこの暑さから逃れたいのは同じ事。しかし、各々の役割があるのであればそれを自分の都合だけで放棄する訳にはいかなかった。

 

 

「何だかんだで忙しかったのは事実なんだし、それに実際には弥生さんかサクヤさんに頼めば済む話だよ。それを一気にクリアしたんだから、そこは素直に称賛してもいいんじゃないかな」

 

「それは……そうですけど」

 

「今日の埋め合わせは必ずするから」

 

「約束ですよ?」

 

「ああ」

 

 コウタの姿は既に無くなっているが、この二人には全く関係なかった。先程までの重苦しい空気は既に霧散している。何時もの空気がそこにあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だかお腹空きませんか?」

 

「確かに。今日は結構泳いでるしね」

 

 一息入れる頃、ここで落ち着いたからなのか、その拍子に空腹感がエリナとマルグリットを襲っていた。まさかこうまで泳ぐとは思っていなかったからなのか、何も用意する事なく来ている。ここには周りに何も無い。だからなのか、今後の予定を考えていたその時だった。

 

 

「これ持って来たぞ」

 

「え、もう終わったの?」

 

「ああ。何とか終わらせた」

 

 先程までの表情とは打って変わってマルグリットは笑みが浮かんでいた。コウタの手にあるのは大きめのバスケット。それが何なのかは考えるまでも無かった。

 

 

「エイジが皆にって。ロミオ達も食べるだろ」

 

「良いんですか?」

 

「その為に持って来たんだし、皆で食べようぜ」

 

 コウタが持ってきたバスケットの中身はサンドウイッチやスコーンと言った物だった。それとは別に用意されたポットには水出しのコーヒーと紅茶が入っている。それを見たからなのか、先程までの喧噪が一転し、穏やかな物へと変化していた。

 

 

 

 

                                                    

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