何時もであれば時間に余裕があれば常に聖域に足を運ぶはずのジュリウスは珍しくラウンジで一人一冊の本を眺めていた。
表題はカバーが掛けられているからなのか、内容に関しては推測すら出来ない。しかし、その本の厚みが物語っているのか、本の中でもどうやら小難しい書籍の類ではなかった。
「ジュリス。ここに居るなんて珍しいけど、何かあったのか?」
「北斗か。実は先だっての川での状況から、少し思う所があってな」
珍しい人物が居たものだと北斗は何気にジュリウスに声をかけていた。特に意味は無い。
何となくだが、ここ最近の農業よりの考えにブラッド全体が巻き込まれている様に感じたからなのか、偶にはと言った程度に話しかけただけだった。
「で、その思う所とは?」
カウンターではなく窓際の席だったからなのか、北斗は自分が頼んだ飲み物のグラスを片手に隣に座っていた。終末捕喰が終わってから、ブラッドとしてのミッションで動く事はあったが、聖域の農業以外でこうやってジュリウスと話した記憶は殆ど無かった。
農業に至っては自身の贖罪の意味が強いからなのか、一人でも作業を黙々とこなす事が多く、特に仲間外れにした記憶は無かったが、やはり何かにつけてジュリウスの姿を碌に見た記憶は無かった。
そんな事を思い出したからなのか、北斗としてもジュリウスとこうやって話すのは随分と久しぶりの出来事だった。
「この前の件で感じた事なんだが、ブラッドも何かしら団結を図る為に何かした方が良いかと思ってな。だが、生憎と何をどうすれば良いのかが俺には思いつかない。それで参考になればと思って本を読んではいたんだが……」
そんなジュリウスの言葉に北斗は先程までジュリウスの言葉が読んでいいたと思われる本に少しだけ視線を動かしていた。
元々何か目的があって読んでいるからなのか、本は文字よりも明らかに写真の方が多い。何時もと違った光景に北斗もまたどう返事をすれば良いのかを迷っていた。
「なるほどね、だから朝からあんな調子だったのか」
「確かにブラッドも家族同然だから、そんなに気にする必要は無いんだけど……な。でもこいつら何とかならないのかよ!」
北斗は既に数える事すら嫌になる程にひたすら宙を浮くザイゴートの群れとも言える数をひたすら叩き落とさんと攻撃を繰り返していた。
元々ブラッドが出るまでも無いはずのミッション。これまでにもまだフライアに所属している際には何度も対峙した事があったが、極東に来てからは事実上の初めてに近い物だった。
小型種である為に、他の地域との比較は中々出来ないが、それでもこうまで数が多いのは誤算だった。今は北斗とロミオがこのミッションをこなしているが、倒す度に次から次へと湧き出るかの様に出没していた。
通常であれば然程問題点は無いのかもしれないが、時折放つ毒ガスはこれまでに感じた事が無い程に極悪だった。
通常の毒ガスであれば気にする事は殆どない。極限まで鍛え上げられたゴッドイーターの身体能力は直ぐに解毒を開始する。その結果、完全に毒が全身に回る頃には解毒が完了している事が多かった。しかし、今回のミッションで宙に浮かぶザイゴートはこれまでの物とは一線を引く程だった。
一番の特徴は毒ガスの規模が大きく、完全に解毒するまでにはかなりの時間を要する点だった。元々ここの特有の種なのか、異常な耐性を持ちながら猛毒は吐き出すそれはブラッドと言えど油断できない物だった。
事実、北斗もアサルトの連射能力とバレットエディットによって火力の底上げをしているが、完全に打ち切る程に銃弾を浴びせない事には地に伏す事すらない。かと言って、幾ら跳躍した所で足場が無い為に与える斬撃の威力は微々たる物だった。
「ちょっと予想以上に……くそっ!」
北斗だけでなくロミオもまた苦戦していた。北斗の様にロング型の神機の取り回しで何とか均衡を保つ事が可能だが、バスター型のロミオは更に厳しい戦いを余儀なくされていた。
空中に居る間はまともな攻撃を許す事が無ければ、今度は地に伏した物を狙おうとすれば援護するかの様に体当たりで迫ってくる。
自身の装備しているブラストでもあるキチェルカが放つ弾丸は一撃でザイゴートを叩き落とすも、追撃の前に他の個体がロミオを襲う。その結果、ヴェリアミーチを振り回した方が早いと結論付けられていた。
攻撃力の高さは随一ではあるが、その代わりに致命的とも言える程に隙が大きい。こうまで乱戦になればその隙は一歩間違えれば致命傷すら受ける程の物。
本来であればフォローを入れる事を前提として4人での戦闘だが、実際には他の2人は違う場所で違うアラガミと対峙していた。
「ナナ。9時の方向から攻撃が来るぞ!」
「了解!」
リヴィの指示にナナは瞬時にマンチムームーを展開していた。展開した瞬間、激しく続く連続の衝撃がナナの手から全身へと伝わってくる。
今回対峙しているアラガミは以前に螺旋の樹で何度か見かけたシルキーだった。動きそのものは緩慢で有る為に、回避や防御そのものは問題無い。
しかし、その攻撃方法は厄介な物だった。
時折時間差で来る攻撃は完全に防御の意識が無くなってから来るからなのか、攻撃よりも回避に苦戦していた。
従来の様に直接的な攻撃ではなく間接的な攻撃はこちらのリズムを大きく狂わす。これまでに4体のシルキーが現れたものの、何とか半分の2体までは討伐が完了していた。
「何だかお化けみたいだから嫌なんだよね」
「だからと言って合流する訳に行かないぞ。あっちはあっちでザイゴートの群れが出てるらしいからな」
「え~それも何だかな~」
これまでの様に数体の大型種や中型種との討伐は何度もあったが、こうまで小型種のオンパレードは早々目にする事は無かった。僅かな時間も気を抜く事は出来ず、その結果、予想外からの攻撃は自分達の体力を確実に奪ってくる。
既にどれ程の時間が経過したのかすら分からない程に手間取っていた。
「このっ!」
半ばやけくそ気味にナナはアンベルドキティへと変形させた瞬間、一気に引鉄を引いていた。
元々ショットガンは微細な狙いを付けて撃つ様な性質ではなく、寧ろ接近戦に於いて至近距離で放つ事を前提としている。
もちろん、直接の攻撃の方が手間を考えれば早い事に変わりない。しかし、今回はそのショットガンの特性を十分に活かすべく一つの攻撃方法として選んでいた。
元々実体が薄いのか、それとも単に直接攻撃を当てる事が困難だと判断した結果なのか、広範囲に渡る攻撃は予想以上の戦果を挙げていた。
のらりくらりとこれまで攻撃を回避したが、炸裂した銃弾が広範囲に飛び散った事によって完全に回避は困難な状況へと陥っていた。その結果、全ての銃弾がシルキーの体躯に直撃する。
これまでに無い程のダメージはそのままシルキーの生命反応を停止していた。
「やったぁ!これなら何とかなるかも!」
「ナナ。はしゃぐのはまだ早い。残りがまだある」
「そうだね。油断は禁物」
リヴィの言葉にナナは改めて気を引き締めていた。これまでに無い戦果はナナの意識を変えていく。
まだブラッドに入りたての頃はこうまで銃形態を使おうとは思わなかった。しかし、これまでの培ってきた経験がナナのポジショニングを洗練させていく。
気が付けば半ば無意識の内に隙を見つけ、その懐に入る移動方法を構築していた。その結果、コラップサーよりもアンベルドキティの方が効率的だと判断していた。
「ナナ!少し下がれ」
リヴィの叫び声を聞いた瞬間、ナナはその場から大きく離脱する。
本来であれば致命的な隙である為に反撃される可能性が高い。しかしその反撃は決してナナに届く事はなかった。大きく後ろへと跳躍した瞬間、その影から湾曲した刃が水平に飛び込んでくる。
リヴィの咬刃展開したサーゲライトの刃はシルキーの胴体部分を一気に引き裂いていた。
元々実体が無いに等しいからなのか、どこか恨めしい様な叫びと共に上下に分断される。既に事切れたからなのか、漸くここで戦闘が終了を迎えていた。
「こんなに一気に現れると流石に疲れちゃうよね」
コアの剥離を終えたからなのか、ここで漸く一息入れる事にしていた。まだ向こうのチームは戦闘状態。耳朶に飛び込む情報がそれを物語っていた。
「何でこんなに大量発生したんだろうね」
「理由は不明だな。だが結果的には討伐出来たんだ。細かい事は榊博士に任せればいいんじゃないのか?」
戦闘中の熱を取り払うかの様にヘリに乗り込んだ瞬間、用意された水を煽る様に飲んでいた。
ここ最近は暑い日が続くからなのか、帰投の際には水分補給する事を義務付けられている。
幾ら頑丈に身体が出来ているとは言え、帰投の最中に万が一があると問題が発生する。だからなのか、到着までに自身の体調を整えるのはある意味では必須条件と言えていた。
渇ききった身体に少しづつ冷えた水が染み渡る。少しだけ落ち着いたからなのか、出動する前に少しだけ話をしたジュリウスの事を北斗は思い出していた。
「そう言えば、ジュリウスの様子が少し変だったが、何か知らないか?」
突然の北斗の質問に誰もが意味を理解出来なかったからなのか、キョトンとした表情を浮かべるしかなかった。
今のブラッドが持つジュリウスのイメージは明らかに農作業に従事し、土と共に生活をしていると言っても過言では無かった。
事実最初の
それだけではない。愛おしいと思える程の愛情を作物に注ぐその姿は色々な意味で問題を提起していた。発育に関するレポートや試行錯誤する肥料など、言い出せばキリが無い。
そんなジュリウスが徐にそんな話をしだしたからなのか、誰もその状況を思い描く者は居なかった。
「特に悩んでる様にも見えなかったと思うけど……」
「確かに。ロミオ先輩じゃないけどジュリウスが奇行に走るのは想像出来ない……かな」
「俺がいつ奇行に走ったって言うんだよ!」
「そんな事よりも、具体的にはどんな行動だったんだ?」
「俺の事は無視か!」
騒ぐロミオとナナを他所にリヴィは北斗に当時の状況を確認すべく疑問を投げかけていた。
奇行は無いにせよ、ジュリウスは意外と変な方向に考えをもたらす事が多く、その結果がどうなったのかを誰もが知っている。
結果論ではあるものの、やはりこのまま放置すべき疑問では無い事は誰の目にも明らかだった。
「………でも、それってそんなに思いつめる様な事なのかな?」
「そう言われればそうだけど……」
北斗が直前に見た光景をそのまま伝えたまでは良かったが、返って来た回答は予想通りの結果だった。
元々川で泳いだのは暑さから来る結果であって、特に部隊の親睦を絡めてのイベントではない。確かにコウタが最後に持ってきたあれは嬉しかったが、それが何を意味するのかは予想すら出来なかった。
「まてよ……そうだ。多分バスケットだ。ほら、ジュリウスって最初の頃よく言ってたじゃん」
「ああ!確かに。でもそれって今さらじゃないの?」
何か答えを導きだしたまでは良かったが、リヴィは何を言っているのかを理解出来ない。二人の会話で何かが思い出されたからなのか、北斗もまたその事を思い出していた。
「で、私は未だに理解出来ない。良ければ教えてくれないか?」
「ああ。実はさ…………」
ヘリの内部はけたたましい音を響かせているからなのか、誰もが中心に集まる様に会話を続ける。特段誰も聞いていないはず。
にも拘わらず、四人の表情はどこか活き活きとしている様にも見えていた。
「やはりこの時期は水と温度の管理はシビアになるな」
「夏だしな。仕方ないだろ」
この時期に関してはある意味ではどうにも出来ない事の方が随分と多かった。最大の原因は日替わりで変化する気温条件。旧時代に比べれば幾分かはマシになってきたとはいえ、それでもこの時期特有の暑さは作物にとってもシビアになりつつあった。
予想気温が分かる訳でも無ければ明日の気温がどうなのかすら分からない。
時折降り注ぐ雨も一定量では無い為に、常に神経を擦り減らす事が多くなっていた。
時間的にはまだ昼には早すぎるものの、太陽の光は大地を暑くするかの様に照っている。この場にはジュリウスとギル以外に他のメンバーの姿は見えなかった。
「そう言えば、ミッションはもう終わったのか?」
「詳しい事は分からん。だが、帰投の連絡は入ってるはずだぞ」
額に汗を滲ませながら用意した水筒の中身を喉へと流し込む。事前に氷を入れたからなのか、水筒の水は冷たさを維持していた。
カップに注ぐ際に氷が動く音と共に水が注がれる。口に入れるとその冷たさは際立っていた。
「取敢えずは今日の作業はこれで終いだ。あとは草を取る程度だが……まだ大丈夫だろう」
「……そうだな。今日はこれ位にしよう」
ギルの言葉にジュリウスもまた理解したからなのか、農場を後に老夫婦の住まうログハウスへと向かっていた。
「でも、大丈夫ですか?」
「大丈夫って、何が?」
シエルの心配を他所にナナの手に握られた包丁は目の前にある野菜を丁寧に切っていた。
普段はおでんパンを作っているから手慣れているはずの手つきはどこか怪しさが漂っている。
記憶が正しければ料理の教導で包丁を握ってからどれ位の時間が経過してのだろうか。冷静に考えるとあれから料理の事は特別何をやった記憶は殆ど無かった。
「何だかナナさんの手つきがちょっと怪しいので……」
「これなら大丈夫。料理の教導の後でも何度も作ってるからね。今回の料理はちょっと作った事が無いから頼りなく見えるだけだよ」
そんなナナの言葉を見たからなのか、シエルは更に隣を見ていた。
まな板の上で格闘するナナの隣ではリヴィが鍋の温度を管理しているからなのか、一向にその場から動く気配は無かった。
鍋の中にはいくつもの玉子が投入されている。殻に皹が入らない様に見ているのか、その視線が揺らぐ事は一切無かった。
元々ここのキッチンは大人数で作業をする前提では作られていない。だからなのか、今のシエルは完全に手持無沙汰になっていた。
「あ、そうだ。シエルちゃんは、これを用意しておいてよ」
ナナは事前に用意したのか、何かの袋を取り出していた。中身は分からないがどこかで見た記憶がある。念の為にとシエルは袋から中身を取り出していた。
広げればそれなりに大きいそれに見覚えがあった。野戦装備の一つでもあるからなのか、シエルは思いきって全部を広げている。断熱機能が働いたシートがその全部をさらけ出していた。
「ナナさん。これは畳んでおけば良いのですか?」
「うん。簡単に広げる事が出来る様にしておいて」
ナナの言葉にシエルもまた理解したからなのか、先程よりも更にコンパクトに畳んでいく。
本来であれば用意する必要は無いのかもしれないが、これから行く場所がまだ未定である以上、準備だけはする必要が出てくる。
視線を僅かに動かせば今だ食材と格闘しているからなのか、ナナだけでなくリヴィもまた何か作業をしていた。
「あ!鍋が噴きこぼれてるよ!」
「ナナ。この茹で卵だが、次はどうするんだ?」
「えっと……ちょっと待ってて」
シートを畳み終えたシエルに目に飛び込んだ光景は既にカオスの様相となっていた。
元々こっそりと作る事はが大前提ではあったものの、冷静に考えると自分達の料理に対する力量は全く考慮されていなかった。
元々ナナがおでんパンを作るのと同じだの言葉に始まると、今度はリヴィも同じくその言葉に同調していた。
しかし、冷静に考えるとここで一つの大きなミスを犯していた。リヴィは確かに茹で卵を作って食べる光景はめに目にしたが、それ以外のレパートリーを見た記憶が全く無い。
確かに茹で卵と簡単に言うが、温度管理によって中身は色々と変わってくる。
茹でるのは調理方法の一つではあるが、だからと言ってそれ一辺倒であるのは些か厳しい物があった。
一方のナナもおでんを作る以上、多少の包丁の技術はあるかもしれないが、恐らくは今作っているのは自分がこれまでに口にした事はあっても作った事は無い可能性が極めて高い。
作り慣れたものではなく初見で作る事ごどれほど厳しいのかは恐らくは考えていない。
この時点でシエルは少しだけ頭が痛くなりそうになっていた。だからと言って自分も然程作る事は得意とはしていない。だとすれば、万が一の保険をかけた方が良いだろうと判断していた。
人知れず部屋を後にする。決してナナ達を信じていない訳では無いが、やはりやるからには成功させたい。そんな気持ちが前面に出た結果だった。