外部居住区に新たに設置された慰霊碑の周辺には、ここに住まう人達が所狭しと賑わいを見せていた。
元々極東ではお盆の風習はあったものの、実際にはアラガミによって常に生命を脅かされる状況下では鎮魂の意味を持つお盆の風習は少しだけ廃れていた。元々配給による食材の少なさが人々の心の豊かさを確実に削っていく。まだアラガミが出没した当初は風習も残っていたが、ここ数十年はそんな事すら開催する事が困難な状況になっていた。
既にいなくなった人よりも、まずは自分達の命が有っての話。それはある意味仕方のない事だった。
そんな中、最近になって漸く旧時代に近づけた様な雰囲気が外部居住区にも浸透していた。七夕だけでなく、少し前に打ち上がった花火は当時の事を思い出させる。
以前に建立された鎮魂の為の慰霊碑の会場は誰かが音頭を取った訳でも無く、自然と集まっていた。
「でも、マルグリットは屋敷に行かなくて良かったのか?」
「私は特に問題無いですよ。どちらかと言えば、あれは身内の集まりみたいでしたから」
コウタだけでなく、マルグリットやエリナ。エミールもまたこの慰霊碑の場所へと足を運んでいた。
元々ゴッドイーターがここに来る必要性は無い。しかしコウタの場合、少しだけ事情が異なっていた。元々引っ越した当初から何かとコウタをフェンリルとの話をする窓口として慕われてただけでなく、季節の行事事にも積極的に顔を出していた。
ゴッドイーターでもあり、部隊長でもあるからなのか、何か話をするにも事実上のトップに直接伝わる事が多く、その結果として今では近所でも引っ越しの前と同様に顔役として知れ渡っていた。
「そうか……それにしてもエリナとエミールがまさか、ここに来るとは思わなかったんだけど」
「私は少しだけ用事があったんで……」
「エリナよ。そう誤魔化す必要がどこにある。昨日も明日はどうしようかと悩んでいたではないか。だったらもっと胸を張って本当を事を言うが良い」
「ちょ……何訳の分からない事言ってんのよ!ああ!もう!」
エミールのツッコミにエリナは憤慨したものの、やはり本音は第1部隊が故にと言う事だけでなく、鎮魂の意味を込めて自分の兄の事を多少でも弔う気持ちがあったからだった。
元々ゴッドイーターの殉職の場合、五体満足に帰還するケースはありえない。実際にはアラガミに捕喰されるか、仮に生きながらえたとしても、腕輪を破壊されていればアラガミ化しているケースが殆どだった。
全く居ない訳では無いが、やはり現実的には対面するケースは稀だった。そんな中、鎮魂の意味を捉えたからなのか、コウタとマルグリットが参加するのであれば、自分もまた同じく参加しても違和感は無いだろうと判断した結果だった。
「エリナ。そんなつもりじゃ無い事は皆知ってるから」
「でも……そう改まって言われる事じゃないんで」
「そうそう。マルグリットの言う通り。弔う気持ちの方が大事なんだからさ」
マルグリットだけでなくコウタからも言われる事でエリナは少しだけ顔を赤くしていた。
自分の気持ちが知られていた事だけでなく、未だに兄に囚われているのではと思われるのが嫌だったからに過ぎない。しかし、ここでそんな事を言った所でだれも茶化す様な真似はしないからなのか、誰もが見守る程度で4人を遠目に見ていた。
「取敢えずここにずっと居ても他の人の迷惑になるから、家に行くか?」
「え?良いんですか?」
「多分……いや、間違い無く俺ん家に今行けば結構な人数が来てると思う」
そう言うコウタの顔にはどこか疲れ切った様な疲労感が滲んでいた。
事実、コウタもその事を知ったのはつい最近の話。当初はあまりにも馬鹿馬鹿しいと思ったものの、周囲からすればやはり何かあった際にはとの思惑が絡んだ結果だった。
事実、引っ越してからのコウタの実家は以前よりも大きくなっている。部隊長であるが故にの部分は否定できないが、実際には榊の思惑がそこに存在していた。
「エリナはコウタの実家が引っ越した後って行った事あった?」
「そう言えば……行った事は無かったですね」
マルグリットの言葉にエリナは改めて思い出していた。
コウタの家だけでなく、以前の外部居住区はどの家も同じ様なレベルの家が多かった。
良く言えば古民家。悪く言えばあばら家とも取れる程。しかし、最近になってからの区画整理に伴い、一部サテライト拠点の技術と簡易施設の建築技術が民間にも広がった影響で、住環境は格段に向上していた。もちろん級時代から比べればまだまだではあるが、やはり今の環境下ではそんな事を口にする人間は居なかった。
「まぁ、行けば分かるからさ……」
「では、我々も行こうではないか!」
「何であんたが仕切るのよ!」
エミールの言葉に、全員が改めてコウタの実家へと足を運んでいた。
「何だコウタ。遅かったな……何だ皆も来たのか?」
「ああ。折角だからと思ったんだけど………出来上がるの早くない?」
コウタが家に入ると、そこには数人の以前の住人らしき人達がお重を前に酒盛りをしていた。元々用意したのはコウタであって、誰もが持参していない。
既に用意されたはずの一升瓶の幾つかは中身が無くなっているからなのか、どこか侘しさを醸しながら横たわっていた。
「思ったよりも上等な物だったんでな。先に呼ばれてるって訳だ」
「あのな……」
「まぁまぁ。何だかんだ言いながらも皆もコウタの事が心配なのよ。あら、エリナちゃんとエミール君。久しぶりね。マルグリットもいらっしゃい」
コウタの言葉に母親がフォローに入る。
普段から近所付き合いがあるからなのか、母親だけでなくノゾミもまた同じ様に食事の支度をしている。普段の状況は分からないが、コウタも時折返った際にそんな事を聞いているからのか、何時もの顔ぶれの人間にどこか身内の様な対応をしていた。
「はい。お邪魔します」
「突然のお伺い、ご迷惑かと思いましたが、折角ですので」
「何だかいつもすみません」
「気にしなくても良いのよ。ほら、早く行かないと無くなるわよ」
コウタの母親の言葉に4人は改めて皆の居る場所へと移動していた。元々聞いていたからなのか、既に大量のお重には稲荷寿司や太巻きの助六が用意されている。おかずにと幾つかの煮物や和え物もまたそれなりに用意されていた。
「あの、良ければこれも……多分同じ様な物ですけど」
「ありがとう。何時も悪いわね」
「い、いえ。気にしないで下さい。私が好きにしている事なので」
マルグリットもまた同じくお重を持っていた。元々食べるつもりで作ったものの、同じ物があった為に、どこか申し訳なさそうにしていた。
もちろん、誰もが完全に無くなるまで食べる事は無いが、無いよりは会った方が良いに決まっている。そんな事も考えたからなのか、母親もまた笑顔で受け取っていた。
「そうだ。これ、エイジから貰ったんだ。折角だから冷やして食べると良いんじゃないかな」
コウタの手には大きな袋がぶら下がっていた。形状は不明だが、袋の底が丸くなっている。
幾ら食料事情が良くなったとはいえ、それが何なのかはコウタとマルグリット以外他の誰もが疑問を持っている。それは同行していたエリナとエミールもまた同じだった。
「これは?」
「これ、西瓜だよ。実験的に作ってるからまだ一般流通はしてないんだけど、折角だからって」
西瓜の言葉に母親だけでなく他の人間もまた注目していた。
元々旧時代にはこれでもかと言う位にあった代物。しかし、今となってはその品種そのものを目にする機会は無かった。
事実、それが何なのかを理解していないノゾミは首を傾げるだけ。エリナとエミールも以前にアナグラで試食した事はあったが、それでもこうまで丸々1個は見た事が無かった。
「コウタ。それ本当に西瓜なのか?」
「ああ。出がけに貰ったんだよ。皆集まるだろうからって」
「まさか、生きてる間にもう一度目にする事になるとはな……」
実際にアラガミによって失われた物は数知れない。桜だけでなく他の食材もまた復活して物流に乗るまでにはそれなりに時間を要していた。
そんな中で夏の風物詩とも取れる西瓜はその場にいたノゾミ以外の人間はどこか懐かしさを覚えていた。
「だからって無理に持ってきた訳でもないし、頼んだ訳でも無いから」
「誰もそんな事思ってないさ。コウタは周囲に恵まれてるだけだ。俺達の分もお礼を言っておいてくれよ」
1人の中年男性の言葉にコウタも当然だと言わんばかりの表情を浮かべている。
元々父親を早くに亡くしてからのコウタにとって、周囲の大人の男性が事実上の父親の代わりの様でもあった。当時の場所に居た人達との交流も未だに続いている。今日来ている人間は、殆どが当時隣近所に居た住人ばかりだった。
「何だか褒めらえてる気分がしないんだけど」
「当然だろ。コウタが何かしたとは思えんからな」
「本人目の前にそんな事言うなよ!」
「今さらじゃないか」
笑いながらの言葉にエリナやエミールもどんな表情をして良いのか判断に迷ってた。
ここに来ている人間はエリナとエミールも見た何度かある。何時もと変わらない家族同然の温かい感情がそこには流れていた。
「何だか申し訳ないわね。態々来て貰ってるのに……」
「いえ。気にしないで下さい」
「そうです。普段はコウタ隊長にお世話になってますから」
母親の言葉にマルグリットだけでなくエリナもまた同じ言葉を返していた。
実際にクレイドルだけでなく、ブラッドや第1部隊も変則的な休日となっていたからなのか、それぞれが自分達のやりたい事をやっている。事実、コウタ以外の人間は屋敷にいる。
元々コウタも誘われていたものの、やはり自分の家に帰る事が事前に聞かされていたからこそ、マルグリットだけでなくエイジもまた西瓜を用意する事が可能だった。
秘匿する訳では無いが、おいそれと試作品を流す訳には行かない。見聞きした所で特段何か罰則がある訳ではないが、やはり限定品を一人、若しくは少数で食べるとなれば何かとやっかみもあるだろうと判断した結果だった。
食べ物の恨みは決して軽くは無い。食料がそれほど貴重で、今の状況がどれほど充実しているのかは外部居住区に住む人間の殆どが実感している。
実際に未だにアナグラを頼る人が少なくなる事は無い。コウタが直接サテライトの件にタッチする事は無いが、それでもやはりそんな人を目にすれば自分達のやるべき事がなんなのかを改めて考える。
そんな気持ちがコウタだけでなくエリナやエミールにも伝わっていた。
「でも良かったの?西瓜はまだ出回っていないんじゃないの?」
「西瓜は既に実験農場でもサンプルが完成してますから、今年は無理でも来年には出回りますでの大丈夫です」
「そう……なら安心ね。他の人達の口に入らないのに私達だけってのはね」
マルグリットの言葉にコウタの母親は安堵していた。元々ゴッドイータが恵まれているのは誰もが知りうる話だが、実際に聞くと見るでは大きく意味が異なっていた。
誰もが羨むのは偏にその家族が常に命の危険にされされながらアラガミを討伐していると言う事実。誰もが簡単に神機を扱える訳では無い為に、幾ら志願しても適合する神機が見つからなければそれは無意味でしかない。
コウタは適性がるからこそ戦場に身を挺し、今もなお戦いを続けている。
特にサテライトではなく外部居住区に住む人間の大半は、家族がゴッドイーターの関係者。幾ら恵まれていとは言え、やはり周囲と比べれはそれは破格の内容だった。
「今日はここに泊まっていくの?」
「私とエミールはこの後アナグラに戻る予定なの」
「そっか……じゃあ、マルグリットお姉ちゃんは?」
後片付けをしている背後から聞こえたのはノゾミの声だった。
元々全員が休暇を取れた訳では無い。厳密にはコウタとマルグリットは明日の午後から、エリナとエミールは明日の朝から出動となっている。
既に部隊編成も終えている為に、間に合わない訳では無かったが、やはり他の事も考えれば時間にゆとりを持つのは当然だからなのか、2人はこのまま帰る予定だった。
「私は……どうしようかな」
「じゃあ、今晩は一緒に寝ようよ。色々な話も聞きたいから」
ノゾミの言葉にマルグリットも少しだけ考えていた。今日の件に関しては元々決まっていたものの、その後の予定までは何も決まっていなかった。
ここで寝泊まりするのは今に始まった事ではない。そんな事があるからなのか、ノゾミもまた遠慮する事無く気軽に話していた。
「え……でも」
「私達の事なら気にしなくても良いのよ。コウタには伝えておくから」
母親までが肯定した以上、拒否するつもりは無かった。元々それなりの身だしなみを整える道具類は既に置いてある。実際には自分の身一つだけだった。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「やったぁあ!」
希望が叶ったからなのか、ノゾミの歓声が台所に響いていた。
「ここも結構な人が来てますね」
「ああ。前に例の神機兵の件で出来た物なんだけどな。やっぱり人の思いは重要なんだって改めて感じるよ」
コウタ達とは時間が異なっていたが、タツミとヒバリもまた鎮魂の為に慰霊碑の場所へと足を運んでいた。
元々神機兵の事件での殉職者の数は以前の状態に限りなく近い数を出したのはまだ記憶に新しかった。
これまでに幾度となく同じ部隊でアラガミを討伐していた仲間が自分達の攻撃が悉く阻まれ、その都度アラガミの強襲を受ける。幾ら歴戦を戦い抜いた物も防戦一方での数の論理の前には無残に散るしかなかった。
本来であれば以前の様に宴会でもすれば良いが、流石にこれ程の甚大な被害が出たとなればそれ以前にやるべき事の方が多すぎていた。
以前であれば支部と外部居住区の防衛だけで終わるが、既に作られたサテライトの数を考えれば早々騒ぐ時間はお預けするしかない。仮にここで何かをしていた際に、サテライトを襲撃されれば今の計画は確実に破綻する可能性を秘めている。
ゴッドーターとは違い、一般の人々にはアラガミに対抗する牙とも言うべき神機は無い。精々が防衛か逃走の為のスタングレネードを使用するに留まっていた。
減らされた人員の補充はそう簡単ではない。今でも人材不足解消の為に、他の支部から技術を学びに来ているゴッドイーターを防衛に組み込む事で漸くまともに回り出している現状だった。
「そうですね。あれだけじゃないです。これまでに幾人もの人達が散っていきました。私は相変わらず神機の適合もありませんからタツミさんの力になれてるかは分かりませんが……」
「そんな事は無いよ。実際にヒバリのオペレーターで救われた事実もある。実際に戦場での情報は重要なんだ。今は神機が無いからじゃない。実際にヒバリの言葉で俺も助かった事もあるから」
「えっ!」
タツミの言葉に思わすヒバリは驚いていた。ヒバリの立場でオペレーションが一緒になるケースは早々無い。
実際にタツミが居る戦場は常に一定の場所ではなく、その殆どが激戦区に近い場所。大隊長の立場が故にはあるかもしれないが、それでも他のゴッドイーターに比べれば苛烈な戦場を渡り歩く事の方が多かった。
仕事柄、タツミの行動を確認する事はヒバリも可能となっている。詳細を知りえないからなのか、タツミの言葉にヒバリは思わす驚いていた。
「そんなに厳しい事ばっかりじゃなかったんだけど……心配させちゃったみたいだね」
「当然じゃないですか。だって……つ、妻ですし」
顔を赤くしながら言うヒバリに、タツミもまた同じく顔を赤くしていた。既にそれなりに時間が経過しているが、実際には中々一緒になれる機会はそう多く無い。
基本的にタツミはアナグラの配属ではあるものの、防衛班と言う特性上、他のサテライトに行くケースが殆どだった。通信越しでのやりとりが多いからなのか、久しぶりに見たヒバリの顔にタツミの表情はどこか崩れていた。
「お前ら、こんな場所で何、ピンク色の空気を出してるんだ。他の人の迷惑だろ。さっさとどっか行って存分にくっついてろ」
「か、カレルか。脅かすなよ。でも、何でここに?」
カレルの声にタツミだけでなくヒバリもまた改めて現実に戻っていた。周囲を見ればどこか悲しみの色をしていたはずが、こちらを見る目に色々な感情が滲んでいる。
ヒバリとてアリサと同様に外部居住区での知名度は高い。もちろん最近になって結婚した事も知っているが、やはりそれとこれは別物なのか、主に男性からのじっとりとした視線が幾つも突き刺さっていた。
「ここは俺の病院の傍なんだよ。で、折角だから顔を出しただけだ。お前らみたいにデートしに来た訳じゃない」
「デートじゃない。業務の隙間があったあら来ただけだ。少ししたら戻るつもりなんだぞ」
「それこそ俺には関係無い話だ。ここに居るだけでも迷惑になる。デートでもなんでも好きにしろ。それとヒバリ、例の報酬の件だがまた頼む」
「分かりました。では、その様にしておきますね」
「ああ。頼んだぞ」
既に何時ものモードなのか、ヒバリもまた引き締まった表情に戻っていた。
タツミが言う様に休憩時間に来ただけだからなのか、手こそ繋いでいるが、その頭の中では既にアナグラに戻ってからの行動を考えていた。
タツミとしても残念ではなるが、やはりこの場に於いては不適切だと判断したからなのか、この場を後に改めてアナグラへと足を運んでいた。
それぞれがそれぞれの時間を過ごす。何時もの光景もまた自分達の努力の成果である事を思い、2人は離れる事無く歩いていた。