神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第86話 水面下の暗躍

 普段であれば物静かなはずの部屋には言い様も無い苛立ちの空気が漂っていた。

 本来であればそんな事があってはならないはずの出来事。普段であれば有りえない雰囲気を醸し出しているからなのか、その空気を呼んだ住人は誰一人近づこうとはしなかった。

 

 

「どうして今になってそんな事が起こっているんだ?」

 

《申し訳ありません。我々もその事実を知ったのはそちらで拘束した人間の背後を洗った際に出てきた事実ですので》

 

「だとすれば、上層部はどこまでその事実を掴んでる?」

 

《現在は調査中としか……ですが、このまま放置すればどうなるのは我々も理解しています。現状では一刻も早い行動を起こす必要がありますので》

 

「本部ではそれに対応できるのか?」

 

 無明の言葉に、通信相手のフェルドマンはそれ以上の言葉を発する事が出来ないまま無言を貫いていた。

 元々は護衛の人間を拘束した際に洗った背後関係から、これまでに無い記録が出た事が発端となっていた。本来、他の支部に護衛として動かす際には、幾ら本部と言えど細心の注意を払う事が殆どだった。

 名目上は本部が全ての支部を管轄している事になっているが、以前にあったガーランド・シックザールの起こした問題以降、事実上の独立自治に近い方針を取っていた。

 当然本部からと言えど、当該人物に対しての名目や素性の調査は必須となる。出先でのトラブルが発生した場合に、責任の所在を明確にする為でもあった。

 そんな中で極東支部に於いて起こった事案は少なからずとも情報管理局が関知していない人物が派兵されていた。本来であれば完全な越権行為。だからなのか、無明も榊からの依頼でフェルドマンに対し、その人物の背後を洗う様に依頼した結果だった。

 

 

《正直な所、難しいとしか言えません。実際に我々の管理下に於いて戦力として動く事が出来る人間は居ますが、今回の件に関して動けるのかと言われれば正直な所、厳しいと言わざるを得ません》

 

「そうか。だが、あの事件の二の舞を演じる事になれば、少なからずフェンリルと言う組織は何らかの形で瓦解する可能性がある事は理解していると思うが」

 

《その件に関しては既に一部の上層部でも話題には出ています。ですが、仮にあの計画を再び実行される様な事になれば本部レベルでは少なくとも対処する事は不可能です》

 

 フェルドマンの言葉に無明もまた同じ事を考えていた。

 元々本部のゴッドイーターのレベルは、世間が思う程に高くは無い。精々が中の上、若しくは上の下と言ったレベルでしかなかった。

 実際にエイジが教導をした際に感じたそれが如実に表している。仮にあの計画が再び悪用される事があれば、極東支部としては気にする程の問題は無いが、経済の部分では大きな被害を被る可能性を秘めていた。

 通信越しとは言え、言葉の一つ一つに追及の手が及ぶ様に感じる。画面越しのフェルドマンは静かに言葉を告げる無明を見て、思わす背筋に冷たい物を感じていた。

 

 

「一度、こちらも対処についての相談をしよう。近日中に方針を伝えよう」

 

《そう言っていただければ助かります》

 

 その言葉と同時に画面はブラックアウトしていた。

 既に通信が切れているものの、聞かされた内容は到底容認できる物では無かった。仮に上層部にまで手が伸びているとなれば、排除するには相応の時間と労力が必要となっていた。

 

 

 

 

 

「無明。本部で何かあったのか?」

 

「あったと言うよりも、問題が水面下で発生している可能性が高いと言うのが実情だな」

 

 通信が切れた事を確認したからなのか、ツバキの声はどこか心配気だった。

 今の段階で何がどうなっているのかを確認しようにも、肝心の情報管理局ですら把握しきれていない事実。それと同時に、一部の人間が何らかの明確な目的を持って行動している事は明白だった。

 本人は気が付いていないが、これまでのフェルドマンを知る者からすれば、かなり焦りを持っているのは間違い無い。それがどんな事態に及ぶのかは言うまでも無かった。

 

 

「以前のガーランドの事件と同じなのか?」

 

「あれならまだ可愛い物かもしれん。今の段階で実体が掴めていないだけでなく、戦力的な不安も抱えている。口にはしなかったが、こちらの戦力を当てにしているのだろう」

 

 無明の言葉にツバキもまた何か思う所があったのか、それ以上の事は何も言わなかった。

 戦力を介入させるとなれば、確実に何らかの問題を抱えている事を公言するに等しい行為。立場的に苦しい事は理解出来るが、だからと言って、こちらも勝手に事を起こす訳には行かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうなるとかなり厳しい状況になってる可能性が高いって事だね」

 

「盗聴の可能性も考えているからなのか、敢えて口にはしませんでしたが、それは間違い無いかと」

 

「しかし、あの禁忌の実験をまさか本部の御膝元でやるとなれば、相応の人物が絡んでる事になると思うんだが、実際にはどうなんだい?」

 

「現時点ではまだ何とも言えないと言った方が正解でしょう」

 

 無明と榊の対談は屋敷の中で行われていた。支部長室でも問題無いが、内容が内容なだけに、話す場所に関して慎重にならざるを得ない。

 となれば必然的に屋敷の方が安心だと結論付けられていた。

 屋敷に到着と同時に出た内容に、流石に榊も驚きを隠せない。事実上の人体実験がもたらす結果は常に良い結果だけとは限らなかった。

 

 今のソーマの要因となった『マーナガルム計画』よりも悪辣な内容に、榊も個人的にだけではなく、一研究者として看過出来る内容では無かった。

 普段であれば子供達の声が越えるはずの屋敷はどこか重苦しい雰囲気が漂っている。既に話は開始されてから二時間が経過しようとしていた。

 

 

 

 

 

「今出来るのはその計画を完全に阻止するか、無視を決め込かのどちらかだね」

 

「どちらにしても茨の道である事に変わりないでしょう」

 

 如何に討論をしようと、結論は出ているに等しかった。

 元々極東支部の立場からすれば、取り立てて要望された訳では無い。だとすればそのまま放置するのが一番だった。

 しかし、本部の権力だけでなく、万が一に事が起こった場合は完全に後手に回る。如何に挽回しようとしても、既に回避出来る手段が無いままとなれば結論は自ずと出ていた。

 

 

「だが、このまま放置する訳にも行かないとなれば、止む無しだね」

 

「それは仕方ないでしょう」

 

 榊の言葉に無明の納得するしかなかった。既に結論が出た以上、残すは人選だけ。送り込める人数が事実上決まっている為に、ここから再び難航する事になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうでしたか。ですが、果たして大丈夫なんでしょうか?」

 

「この件に関しては事実上の政治マターだと思ってもらえると助かるね。我々としても本当の事を言えば苦渋の決断なんだ。厳しいとは思うが頼まれてくれるかい」

 

「それであれば、僕の方としても特に問題はありません」

 

「私も同じです」

 

 支部長室に呼ばれたのは一組の男女だった。白い制服は精鋭でもあるクレイドル士官の証。

 事実上の単独任務に近いからなのか、支部長室には榊と弥生以外には誰も居なかった。

 

 

「一つだけお聞きしたいんですが、本当にそんな計画を企ててるのでしょうか?」

 

「その件に関してなんだが、今はまだ裏を取っている最中なんだよ。ただ、元々の原因を作ったアメリカ支部では既に色々な意味での実績はある。科学者と言う人種は実に厄介でね。一度でも成功した実体験をおいそれと闇に葬りたいとは思わないんだよ」

 

 榊の言葉にエイジは当時の『マーナガルム計画』やガーランドが計画した『新世界統一計画』の事を思い出していた。

 確かに人体実験をした事そのものは褒められた物ではない。だが、その結果があるからこそ今に至っているのもまた事実だった。

 技術確信の裏には大小様々な犠牲が付いて回るのは自明の理。それを完全に無かった事にするにはあまりにも血が流れ過ぎていた。

 

 

「参考にお聞きしたいんですが、今回は2人だけですか?幾らなんでも厳しい様にも感じますけど」

 

「その点なら今回の派兵は1チーム4人の部隊編成で考えてるんだよ。まだ正式な回答が来てないんでね」

 

 アリサの言葉に榊も既に手を打ってあったかのか、4人でのチームだと公表していた。

 クレイドルから2人であれば、他から1人ないし、2人が来る事になる。どんな人選になっているのかは榊だけが知りえていた。

 

 

 

 

 

「流石に今回の派兵は表立っての行動は厳しいと言う事でしょうか」

 

「そうだね、実際には表立っての派兵は流石に無理があるんでね。我々としても大義名分が必要になるんだよ」

 

 エイジとアリサの後に支部長室に呼ばれたのは北斗とシエルだった。

 今のブラッドの位置づけは微妙な物だった。ラケルの引き起こした終末捕喰事件は未だに世間の覚えが良いとは言えない物だった。

 聖域での農業に関してはまだ道半ばだけあってか、その活動方針までは一部の人間を除いてはまだ知られていない。また、当時の局長でもあったグレムの更迭と会社の事実上の倒産もまた、計画に影を落とす一因だった。

 ブラッドからすれば、その両方がとばっちりでしかない。しかし、今回の騒動に於いての名誉挽回の好機である事を前提に本部の治安維持の為に派兵させる前提となっていた。

 

 

「我々としては拒否するつもりはありません。ですが、派兵するのであれば、その間のアナグラの感応種討伐の事がとうなるのかが懸念されるかと」

 

「シエル君の心配する件に関しては我々としても憂慮すべき点ではなるが、現時点では新種が出た際にはブラッドの残りのメンバーでやってもらうよ。それに、今回の派兵はそれほど時間は必要とはしないだろうからね」

 

「それは一体……」

 

「まずは人選が先だね」

 

 シエルの疑問をはぐらかすかの様に榊は答えていた。時間をそれほど必要としない時点で何らかの思惑があるのは間違い無い。しかし、今の時点でそれを確認する術はどこにも無かった。

 

 

「突然で済まないが、既に今回の人選の中でクレイドルからはエイジ君とアリサ君が派兵する事になっている。因みにエイジ君は教導、アリサ君はサテライトに関しての説明が名目だね。君達の場合は人選によって改めて決める事にするよ」

 

 派兵のメンバーはエイジとアリサの時点で北斗だけでなくシエルもまた今回の事態を重く捉えていた。

 特にエイジが本部に行く事に関しては恐らくは本部側も特に受け入れに怪しむ事は無い。アリサに至っても、やはりサテライトの運営状況は他の支部でも関心が高まっている事は既に話には聞いていた。

 そんな中での派兵。実際に何が起こっているかを考えると、人選は確実に苦労するのは必然だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本部にか……」

 

「ああ。榊博士のあの言い方だと、何かしらの問題を抱えている可能性が高いと思う。日程に関しても然程は掛からないとは言っているが、実際には未定だろう」

 

 北斗の言葉にジュリウスだけでなく、他のメンバーもまた頭を抱える事態となっていた。

 既に行く事が決定しているだけならともかく、今回の本部への派生は何かしらの問題を孕んでいる。2人とは言ったものの、その2人をどうるすのかを考えると、頭の痛い事態となっていた。

 

 

「エイジさんとアリサさんなんだよね?」

 

「そう聞いてるな」

 

「となると、それなりに釣り合う必要があるんじゃないのか?」

 

「それは関係無いだろ」

 

 ナナの質問に簡潔に答えた途端、ギルの言葉の意味は北斗には分からなかった。

 元々今回の派兵に関しては何も知らされていない事実は北斗以外の人間にとっては重く捉えている部分が多分にあった。

 ブラッドの立ち位置がどうなっているのかは北斗も理解している。しかし、それがなぜそう考えるのかが分からなかった。

 

 

「いや。今回の件に関してだが、恐らくは何らかの問題を抱えているんじゃないか?でなければ精鋭中の精鋭を派兵するとは思えない。それと、今回の派兵に関してだが、俺は行けない。流石に本部にも覚えは良く無いだろうしな」

 

 ジュリウスの言葉に反論する者は誰も居なかった。幾ら表面上は名誉が回復しているとは言え、やはり人の心はそう簡単に割り切れる物では無い。根底にある恐れはそう簡単に消えない事は誰もが理解出来る。だからなのか、ジュリウスの発言と同時に承認したのと同じだった。

 

 

「だとすれば、北斗は行くべきだ。ブラッドの代表としてだけではなく、仮のあの2人とミッションをこなす事になれば、相応の力量が無ければ逆に足を引っ張りかねない」

 

「そうだな。それと、ついでに言えば、シエルで良いと思うよ。隊長が行くなら副隊長もって事でさ」

 

「そうだよね。それが一番じゃないかな!」

 

 まるで図ったかの様にリヴィとロミオの言葉が続く。ナナが声高に宣言した事により、そのままなし崩し的に決定となっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか………今回の派兵に関してだが、場合によっては厳しい選択を強いられる可能性がある。留意するならそこだな」

 

 ブラッドからの人員も決定したその夜、エイジとアリサは屋敷へと足を運んでいた。

 元々今回の依頼は榊ではなく、無明を経由したフェルドマンから。詳細に関しては直接確認した方が早いだろうとの榊の言により、2人は無明の下へと足を運んでいた。

 

 

「厳しい選択ですか」

 

「そうだ。今回の件に関してだが、まだ水面下での話になる。エイジ、『アドルフィーネ・ビューラー』の名に覚えはあるか?」

 

「いえ。聞いた記憶は有りません」

 

 無明の問が何なのかはエイジだけでなくアリサにも分からなかった。

 元々フェンリルの支部は余程の事が無い限り、内部の情報が外部に出る事は殆ど無い。

 極東支部の様に外部にも情報を発信する様な事があれば話は変わるが、それ以外の事になれば終末捕喰の様な人類にとっても大きな問題を孕む内容以外は何か聞こえる事は無かった。

 そんな中でポツリと出た名前。エイジだけでなくアリサもまた同じ事を考えたからなのか、首を傾げるだけだった。

 

 

「詳しい事は言えないが、あれもまた他の支部で人体実験に関する事をやっている。一度は本部で裁判にかけられ、そのまま服役中だったんだが、どうやら外部の手引きで脱獄したらしい」

 

 無明の言葉に2人は耳を傾けていた。確かに裁判にまでかけられたとなれば、余程の事をした以外に考えらえれなかった。大罪人がどんな事をしたのかにも関心があったが、無明がそれ以上言わないのであれば、問題はそこではないのは間違い無かった。

 

 

「ですが、その程度であれば本部の人間でも問題は無いはずでは」

 

「それだけなら……な。問題なのは、あれが何をして投獄されたかだ」

 

 無明の言葉に2人は自然と息を潜めていた。人払いをした訳では無いが、恐らくはこの事実は限られた人間だけが知り得る事実。

 見えない気迫は今回のミッションに重くのしかかっていた。

 

 

 

 

 

「まさかそんな事があっただなんて……」

 

「でも、今回の件が仮に事実だとすれば看過出来ない内容なのは間違い無いよ。だから榊博士も人選には気を使ったんじゃないかな」

 

 話始めが遅かったからなのか、エイジとアリサはそのまま屋敷に泊まる事になっていた。

 翌日も特に大きな仕事は無い事もあり、2人はそのまま露天風呂にいた。

 満点の星空は見る者からすれば綺麗に見えるのは、先程聞いた話の内容があまりにも醜く感じたからなのか、話の内容に触れる事は無い。久しぶりにゆっくりとした時間は先程までの話を反芻するには十分だった。

 

 

「ですが、ブラッドまでとなると流石にやりすぎな気もしますけど」

 

「単純に考えればそうだけどね。僕には分からないけど、兄様や榊博士も何らかの思惑があっての招集なんだろうし」

 

 お湯に浸かりながらもやはり気になるからなのか、エイジの心の中は晴れる事はなかった。

 無明は何も言わなかったが、最悪は処分の可能性が高い。もちろん、その事実をアリサに伝えるつもりは無かったが、既に雰囲気はあの時と同じだった。

 まるで命令された内容をただ実行するだけの様な動きは既に人のそれでは無くなっている。

 万が一も視野に入れたからなのか、自然と表情は曇り出していた。そんな中、どこか視線を感じる。誰がとは言うまでもなく、視線を送っていたのはアリサ自身だった。

 

 

「エイジ。何を考えているのかは知りませんが、今からそんなだと疲れますよ。本部に行くのは決定なんですから、少しは気分転換も必要ですよ。眉間に皺が」

 

 アリサの指がエイジの眉間へと延びていた。気が付けばそれなりの事を考えていたのだろう。心配気なアリサもどこか表情が暗くなっていた。

 

 

「ゴメン。そんなつもりじゃなかったんだけどね」

 

「もう。折角久しぶりに一緒に入ったんですから、少しはこっちも意識して下さい」

 

 タオルで髪を上げたアリサはいつもとは雰囲気が少しだけ違っている様だった。

 確かに言われた様に一緒に入ったのは随分と久しぶりの様な気がする。これからの事を考えるのは現地に着いてからで良いだろう。アリサの言葉にエイジは一旦は棚上げする事を選んでいた。

 

 

 

 

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