神喰い達の後日譚   作:無為の極

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第87話 女の戦い

 人選が決まってからの行動は予測した以上に素早い物となっていた。

 元々極秘裏とは言え、情報管理局からの依頼は他の部署からの文句はおろか、言い訳すら許されない。名目上は異なっているが、動く人間を見れば何らかの思惑が絡んでいる事だけは間違い無かった。

 そしては移動手段にも表れていた。本来であれば本部まではヘリを使う事が多く、また何度か燃料補給のトランジットを余儀なくされるが、今回用意されたのは物資運搬用とは言え、れっきとした航空機。輸送型故に途中での燃料補給の必要が無いからなのか、極東支部から本部までは一直線に飛ぶ事が可能だった。

 

 

「まさか、これ程の物を用意するとはな。フェルドマンも相当厳しい状況に追い込まれているのかもしれん」

 

「兄様。今回の件ですが、仮にあの話が本当だとしたら交戦の記録は無いのでは?」

 

「記録そのものは本部には無い。だが、個人的にアメリカ支部での内容を把握している。

 元々あの状況をクリアできたのは偶然だと聞いている。それと、大よそではなるが、これまでの状況をいくつか見たが、基本的にはアラガミと大差無いとも判断している」

 

「そうでしたか」

 

「だが、見た目はほぼ人型。アラガミの様な形状では無かったらしい」

 

 無明の言葉にエイジは人知れず息を飲んでいた。

 元々今回の作戦は名目上は教導となっている。その建前を利用した事によって派兵が可能とされていた。

 事実、最近になって本部の周辺にもディアウス・ピターの目撃情報も出ている。

 本来であれば本部のゴッドイーターが討伐すれば済む話ではあるものの、やはり技術的な部分では極東程ではない為に、目撃した場合は刺激する事無く即時撤退を余儀なくされていた。

 

 ディアウス・ピター程になれば、元々個体数が多い訳では無い。刺激する事無くそのまま放置した所で、目に見える被害はまだ確認されていないままだった。

 しかし、そのまま放置すれば最悪は捕喰による力の肥大化が予測され、結果的には自分で自分の首を絞める事になる。

 命を惜しめば生きながらえる事は可能だが、後々に降りかかる災いは最悪な状態になる可能性も否定出来ない。

 実際にフェルドマンはその目撃情報を上手く活用していた。伊達にアラガミの帝王を名乗る個体が確実に討伐が可能であれば、最後は資金力に物を言わせるしかない。そんな思惑がいとも簡単に透けて見えたからこそ、フェルドマンが提示した極東からの受け入れを誰も疑う事無く決定していた。

 もちろん、エイジだけでなく、アリサや北斗。シエルもまたディアウス・ピターの存在を知らされている。余程変異種で無ければ早々厳しい戦いになる事は無いだろうと、誰もがそれを了承していた。

 そんな建前的なミッションよりも、やはり極秘裏に出された内容の方が重要になる。既にエイジだけでなくアリサ達もまた油断はしていないが、ディアウス・ピターの事は既に頭の中から消え去りつつあった。

 

 

「確か、リンドウさんの時にはハンニバル浸食種だったと聞いています」

 

「そうだな。これまでの経験からすればハンニバルかスサノオが妥当な所になる。だが、今回のそれは前提が違う。これまでの様に腕輪を破壊された事によってのオラクル細胞の暴走ではなく、人為的にオーバードーズさせる事によって更なる力を求めた結果だ」

 

「それだと……」

 

 無明の言葉にエイジは言葉に詰まっていた。過剰摂取させるとなれば明らかに人為的にする必要が出てくるだけでなく、最悪待っているのは被験者のアラガミ化か死亡のどちらかしかない。その最悪の二択を作り上げたからと言って、何か人類がより良くなる訳ではない。完全な化学の暴走にしか過ぎなかった。

 しかも、ゴッドイーターの生命すら玩具にしているのと同じだった。

 非人道的な行為にエイジの手にも自然と力が籠る。これまでに自分達やブラッドが終末捕喰から護ろうとした物が、こんな下らない個人の欲望に汚されて良いとは思わない。科学の暴走があったからこそアリサもあんな目に遭っている。

 普段であれば穏やかなはずのエイジには珍しく顔に険が走っていた。

 

 

「エイジ」

 

 そんなエイジを気遣ったのか、アリサはそっとエイジの手に自分の手を重ねていた。余程の事が無ければ怒る事は無いはずの人間がそんな表情を浮かべる。アリサが手を重ねたのは無意識の行動だった。

 突然の行動にエイジの感情が戻る。無明の目の前の夫婦は少しづつ成長と続けているのだと、無明の目尻は僅かに優しくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかこんなに早いとはな」

 

「ですが、本部としても看過できないが故の事だと思います」

 

 ブラッドから選出された北斗とシエルもまた同じ事を考えていたのか、窓の外を少しだけ眺めながら呟くかの様に言葉を交わしていた。

 送り出される前に出たジュリウスの言葉は、紛れもなく本心だった。

 確かにラケルの言葉に乗ったが故にと確たる理由はあるが、その本当の部分はアラガミから人類を護るためには替えが効く神機兵の方が無難だと判断した結果だった。

 

 しかし、その先に待っていたのはラケルの思惑による終末捕喰の起動。ジュリウスは事実上の贄に過ぎなかった。

 ブラッドの機転によって回避はされたものの、やはりその後のシロガネ型神機兵の暴走により、ジュリウスの純粋な思いはものの見事に粉砕されていた。

 現時点では有人型のパワードスーツや緊急時の対アラガミ兵器として活躍はしているが、やはり当初のコンセプトからすれば、当事者のジュリウスにとっては忸怩たる思いがあるのは明白だった。

 そんな中で最終確認で榊から聞かされた事実はやはりエイジ達が無明から聞かされた内容と酷似した物だった。

 極致化技術開発局付けだった頃は本部の管轄に間違いないが、今では完全に極東支部の所属となっている。

 もちろん極東支部内では認知されていても対外的にもどそうかと言われれば返事に困るのもまた事実だった。そんな事もあってか、本部への帯同にブラッドからも派兵させる事でイメージアップを図る事を考えた結果だった。

 

 

「そう言えば、シエルは本部には行った事があるのか?」

 

「私自身は記憶の中で片手で足りる程ですね。ですが、ゴッドイーターになってからは行った記憶はありませんが。それがどうかしたんですか?」

 

「いや。本部なんて行った事はないから、どうかと思っただけだ」

 

「特別な事は何一つありませんよ。精々が極東よりも少しだけ大きい位ですから」

 

 北斗の言葉にシエルも自身の記憶を辿っていた。

 元々軍閥の家系でもあったシエルは幼少の頃に本部には何度か足を運ぶ機会は確かにあった。しかし、ゴッドイーターと一般人では入れるエリアは全く違う。幾らそれなりにの地位に就いていたとしても、その差は隔絶した物だった。

 

 実際に家そのものが何の価値も見いだせなくなった際にP66偏食因子適合によってゴッドーターになった頃には既にマグノリア・コンパスだった事もあり、それ以上の記憶は無かった。

 実際に他の支部の事は何も知らない。これがギルであれば落ち着く事もあるが、北斗にせよ、シエルにせよ他の支部に足を運んだのは極東以外には無い。

 既に極東支部の所属が当たり前になっているからなのか、一時期ギルから聞かされた言葉を思い出してた。『極東支部の人間は何か普通とは常識感が違う』それが何を意味しているのかは想像すら出来なかった。

 

 

「ですが、今回はアリサさんもエイジさんも同行してますし、無明さんに関してもこれまでに何度も足を運んでいる訳ですから、それほど気になる様な物は無いと思うのですが」

 

「言われてもれば確かにそうなんだが。ただ、ギルが以前に言っていた言葉がな……」

 

「そう言えば、そんな事を言ってましたね」

 

 当時の事をシエルもまた思い出したからなのか、暫し無言が続いていた。既に目的地まではあと僅か。そんな沈黙を破ったのはアリサだった。

 

 

「そろそろ到着しますので、準備は良いですか?」

 

「え、あ、はい。大丈夫です」

 

「そんなに固くなる必要はありませんよ。別に取って食べられる訳じゃありませんから」

 

 緊張を感じたからなのか、アリサはこの空気をほぐす為に、自分の知っている範囲の事と、これからの事を改めて説明していた。

 本来の目的も去る事ながら、名目だけは確実に果たす必要があった。

 特に今回のブラッドの立ち位置は情報管理局に聖域の状況を説明する事。

 実際に農業を始めてからはこれまでに何度か本部にレポートは提出していた。もちろん、ブラッドの中でそれを嬉々として記しているのはジュリウスだけ。

 だからなのか、誰もが当初聞かされた際にそんな物があったのかと言った表情を浮かべていた。

 

 

「あ、でもシエルさんは少しだけ警戒した方が良いかもしれませんね」

 

「どうしてですか?」

 

「意外と本部に所属している人間は肉食系が多いと言うか、手が早いので……すみません。少し落ち付いてきますので」

 

「は、はい」

 

 自分で話を振ったはずにも拘わらず、その話をして何かを思い出したからなのか、アリサの表情が僅かに険しくなっていた。

 今でも思い出すのはあの内容。何かを思い出したからなのか、アリサは直ぐに元の場所へと移動していた。

 

 

「アリサさんは本部で何かあったのか?」

 

「詳しい事は何も。ですが、どこか怒りに満ちた様にも見えましたので、間違い無く何らかの事があったんでしょう」

 

 この場にソーマが居れば確実にその理由が何なのかは分かるはずだった。しかし、今回の派兵に関してはソーマが来る事は無い。

 事実、無明が来ている為にソーマは自分の研究を優先させていた。仮に何かあっても戦闘力や機転は自分とは比べものにならない。

 特に今回に関しては会合の出席も兼ねている。どう取り繕ったとしてもネームバリューは完全にソーマの方が下だった。取り止めの無い疑問が浮かんでは消えるが、やがて到着するとのアナウンスにより意識はそのままそちらへと向いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「では、こちらとは一時的に別れる事になる。先程伝えた通りだが、ここからは別行動になる。フェルドマンとの話はこちらで確認するから、詳細に関しては後ほど連絡しよう」

 

「了解しました」

 

 1週間程だったからなのか、スーツケースは2個で終わっていた。

 元々本部でもクレイドルの制服を着るからなのか、準備すべき荷物は少なく終わっている。だからなのか、4人はそのまま無明と別れ、一旦は本部のエントランスへと足を運んでいた。

 

 

「何だか凄いですね」

 

「ここは相変わらずだよ。実際にお偉いさんも来る事は多いから」

 

 久しぶりの本部だからなのか、エイジはアナグラの時と何も変わらないままに目的地まで迷う事無く進んでいた。一方の北斗は物珍しいからなのか、どこか視線が定まっていない。

 左右をキョロキョロしながらエイジの後を歩いていた。見渡す限り、どこか贅を尽くした様にも見える。この環境であればアナグラの方が落ち着くと感じているのは北斗だけでは無かった。

 隣を歩くシエルも表情こそ穏やかだが視線は常に定まっていない。恐らくはエイジが居なければ早々に迷っているはずだった。

 ゆっくりとエントランスを歩くからなのか、数人がこちらに視線を向けている。見知った人間は顔色が青く、また見知らぬ人間はどこか挑戦的な目で見ている。

 色々な感情が入り混じったからなのか、鋭い視線が次々と突き刺さる。一方のアリサは既に慣れているからなのか、我関せずを貫いていた。 

 

 

 

 

 

「お久しぶりです!如月中尉」

 

「やぁ、久しぶりだね。また1週間程になると思うけど、宜しくね」

 

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

 エイジの言葉にカウンターに居た2人の女性は僅かに頬を染めていた。

 元々エイジはここでも教導紛いの事をやりながら討伐任務をこなしている。もちろん、それが何を意味するのかを一番知っているのは、このカウンターに居る女性達だった。

 

 

「あの……それで、お部屋なんですが」

 

「ああ。ってアリサちょっと痛いんだけど」

 

「別に……気のせいですよ」

 

 エイジと受付の女性の会話を面白く聞いているのは当事者だけだった。

 気が付けばエイジの脇腹にアリサの指が完全に肉を挟んで捉えている。

 決して忘れた訳では無かったが、やはり懐かしさが先に出たからなのか、エイジは少しだけアリサの存在を失念していた。

 

 

「そうそう。確か本部でも神機使いの家族用の部屋ってあったよね?」

 

「はい。ありますが……」

 

 突然のエイジの言葉に受付の女性は何の話なのか見当が付かなかった。

 以前と同じであれば既に準備は出来ている。当初連絡があった際には当然だと言わんばかりに用意されていた。

 にも拘わらず、家族用の部屋の言葉。それが何を意味するのかを今は待つより無かった。

 

 

「今回は僕だけじゃないんだ。妻も一緒でね」

 

「初めまして妻のアリサです。主人がお世話になってみたいで」

 

「あ、はい。って……えええええ!」

 

「つ、つま……」

 

 エイジの挨拶にアリサはこれまでに無い満面の笑みで深々と頭を下げていた。

 下げた後の顔は完璧な笑顔。今のポジションに居るのは私だと完全にアピールしている様にも見えていた。

 それと同時に、聞き捨てならない言葉が飛び出している。妻の言葉と主人の単語で想像できるのはただ一つ。それは2人が結婚していると言う事実だった。カウンターの女性は無意識の内に2人の左手を見る。そこには存在感を示すかの様に白金のリングが存在を示すかの様に鈍く輝いていた。

 突如響いた声にその場にいた誰もがカウンターに視線を投げかける。余程大きく響いたからなのか、その中の一人がエイジの元に駆け寄っていた。

 

 

「如月中尉。お久しぶりです」

 

「ああ。久しぶりだね」

 

「お蔭さまで、僕も曹長までなれました」

 

「まだまだ上に行けるよ」

 

「また、教導をお願いします」

 

「今回、時間があれば」

 

 以前に任務が終わってアリサと一緒だった際に声をかけた青年だった。

 当時の事は今でも思い出すからなのか、驚愕の表情のまま固まった女性陣をそのままに談笑を続けている。当時の事を思い出したからなのか、青年はアリサにも声をかけていた。

 

 

「アミエーラ少尉もお久しぶりです」

 

「私は今はアミエーラ性じゃなくて如月性なんです」

 

「あ、そうでしたか。おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

 カウンターでの先制攻撃に成功したからなのか、既にアリサの機嫌は最高潮まで回復していた。

 機内でシエルには言わなかったが、エイジの人柄が知られている以上、どうやって虫よけするのかが問題だった。

 まずは第一段階での女の戦いには完勝したが、まだこの先にどんな人物が待っているのかは分からない。本来の目的からアリサは徐々に脱線し始めていた。

 本部内でも認められた力はここだけではない。先程の光景を見たからなのか、色々な人間が遠目で見ながら何かを話している。また当時の様な厳しい教導が待っていると考えたからなのか、若手の一部は既に青褪めている。

 ベテランの人間はどこか忌々しい顔をしながらエイジを一瞥した後、アリサを見ていた。

 

 

 

 

 

「え……失礼しました。そちらの方は」

 

「自分は極東支部ブラッド隊所属の饗庭北斗です」

 

「私は同隊所属のシエル・アランソンです」

 

「あの、ご一緒の部屋で宜しかったですよね?」

 

 どうやら完全に正常にはならなかったからなのか、北斗とシエルも同じだと判断していた。

 既に精神的なダメージが大きいからなのか、無機質な能面の様な表情のまま受付をしている2人が同じ行動をしている。翌々考えれば直ぐに分かるはずの内容にも拘わらず、そのまま返事を聞く事もなく手続きを完了していた。

 

 

「あの……俺、いや、自分達はそんな間柄では」

 

「すみません。手続きが完了していましましたので、このままお願いします」

 

 先程までは花が咲きほこる様な笑顔の2人が既にお通夜の様になっている。

 恐らくは今晩は荒れるのだろう。話していた青年は人知れずそんな事を考えていた。

 何だかんだ言いながらもエイジが差し入れとかしてくれた為に、好感度は抜群に高い。結婚していた事実は知らなかったが、当時エイジから聞かされていたからなのか、青年は今回の結果はある意味当然だとさえ考えていた。

 既にチェックインは完了しているからなのか、そんな2人を尻目にエイジとアリサは荷物を動かしていた。

 

 

「どうする?」

 

「どうもこうもありません。既に登録された訳ですから」

 

 突然の出来事にシエルだけでなく北斗もまた動揺していた。今回の案件は色々と厳しい事が待っているのは間違い無い。しかし、まさかの洗礼に、北斗はブラッドがこれ程敵視されているのかと、見当違いの事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「態々あんな言い方しなくても……」

 

「エイジには女の戦いが分かっていないんです」

 

 部屋に入ってからは先程の事が気になったからなのか、エイジは改めてアリサに問いただしていた。

 軽く言うつもりだったはずの言葉が大事になっている。只でさえ、事実上の機密に近い任務が控えている為に、穏便に済ませたいと考えていた。

 自覚があるからなのか、アリサもまた少しだけ俯いている。自分でも言い過ぎたのと騒ぎ過ぎた事を自覚しているからなのか、声は少しだけ力が無かった。

 

 

「でも、過ぎた事だからもう良いよ。でも、今後は気を付けてね」

 

「はい」

 

 まるで気にしないといわれた様だったからなのか、アリサも直ぐに元に戻っていた。

 先程の事は元々イレギュラーだったが、カウンターでの内容は確実に広まるのは間違い無い。たった一度の牽制ではあったが、効果は抜群だったはず。

 先程のエイジも言葉もあってか、アリサも既に何時もの状況に戻っていた。

 

 

「で、今後の事なんだけど、この後はフェルドマン局長と話をする必要があるから、北斗達と合流だね」

 

「そうですね」

 

 既に機内で予定を確認していたからなのか、その後の行動はスムーズだった。元々の任務を優先させる為の段取りを優先的に確認する。2人は直ぐに自室を後にしていた。

 

 

 

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