極東支部の訓練場はある意味では戦場よりも過酷で苛烈。誰が言ったのかは分からないが、そんな言葉が新人の間では広がっていた。
事の発端は些細な事から始まった教導が全てを物語っている。今では誰もが一度は通る道だが、それでも事実上の鬼の巣とも言える程だった。
「まだまだ甘い!」
「どうした!それだけか!」
本来であれば教導を行うのは1対1を基本とし、各自の技量を高めるのがこれまでのやり方だった。
事実、教導教官を倒す事はおろか、新人や中堅からすれば一撃を当てる為にどれ程の圧倒的な圧力を受け続け、それを撥ね退ける事が出来て初めて相対する。仮にそれを突破出来たとしても、待っているのは一方的な嵐の様な斬撃と刺突だった。
そんな教導の中でも今回だけは何時もとは異なっていた。
既にどれ程の時間を経過しているのかは分からないが、既に教官の対戦として対峙している2人は肩で息をしている。本来であればこの場に居る事はあまりないはずの2人の右腕には黒が鈍く光っていた。
「まだまだ!」
「私もです!」
教導の際には限りなく本番に近い状況を作る為に、神機のモックを使用する事が殆どだった。
これが対アラガミのシミュレーションであれば自身の神機を使用するが、対人となれば流石に早々使う事になれば万が一の可能性も否定出来ない。そんな配慮を重ねた結果だった。
僅かな時間で息を整え、お互いが口にする事無く最初から決めた様にそれぞれに相対する。本来であればこのやり方は完全な悪手。
まるで無意味だと言わんばかりに時間を巻き戻したかの様に再度叩きのめされていた。
「あのなぁ、考え方は間違ってないと思うが、それは悪手だぞ。もう少し連携を考えたらどうだ?」
「そうだね。ナオヤの言う通りかな。だったら最初から一人だけに集中した方が良いと思うよ」
既に疲労が蓄積しているからなのか、2人の言葉に北斗とシエルは返事をする事も忘れ荒い息を整えていた。
元々は本部での戦いが発端となった今、改めて今回のこれがどれほど苛烈になるのかを肌で体感していた。
近接で襲い掛かるエイジの斬撃を回避するまでは良かったが、問題なのはそこからだった。
クロスレンジの攻撃を意識した瞬間、ナオヤの槍がその隙間を縫うかの様にエイジの体躯をすり抜けていく。ブラインドの代わりになるからなのか、エイジが素早く動いた先に待っているのは穂先を潰した槍の先端だった。
構えではなく、既に攻撃をし始めた一撃は完全に虚をついている。その結果、北斗だけでなく、シエルもまた同じ様に攻撃を次々と受けていた。
ゴッドイーター故に怪我らしいものは何処にもない。そんな状況を見たからなのか、一旦は休憩とばかりにこれまでのおさらいをする事になっていた。
「あの、お願いがあります。今回の教導ですが、連携を少しだけ考えたいのでこちらを2人にしても良いですか?出来ればエイジさん達も2人の方がありがたいんですが」
「何故そんな事を?」
北斗の提案にナオヤは少しだけ訝し気な視線を投げていた。
元々教導は個人の技量と体捌きの習得がメインだった。確かに連携の訓練は出来ないが、それはお互いの技量がほぼ同じでなければ出来ない話。
勿論、ナオヤとてその意味を理解していると判断した上で返事をしている。
頭から否定するのは簡単だが、まずは最初にその真意を確かめる事が先決だった。突然の話ではあるが、無碍にしない方が良い。そう考えた結果だった。
「実は、本部での戦いで偶然ではあったんですけど、シエルとの連携が上手く出来たので、まだ身体が覚えておる間にもう一度やろうかと思ったんです」
「連携……ね。で、誰と誰が組んでやるつもりなんだ?」
「勿論、俺とシエルでです」
北斗の言葉にナオヤが改めてこの連携について考えていた。
連携を考えるのは悪い事ではない。ましてや北斗とシエルのレベルであれば一定以上の成果が出る事は言うまでも無い。
しかし、それと同時に懸念事項もあった。元々教導の際には銃撃は一切使用しない。
禁止している訳では無いが、至近距離で対峙した際に、狙いを付ける前に銃撃をしようとする人間の懐に攻撃が必ず入る。
銃撃を使用するのであれば、変形に伴う時間、狙いを付けて撃ちだす時間。これが広大な場所であれば問題は無かったが、訓練場の様な閉鎖空間では無意味でしかない。
狙いを付ける頃には完全に自分の視線は天井を向く事になっている。それが何を意味するのかは態々口に出さなくても理解していた。
「お互いの間合いを考えたら、これはバランスが悪くならないと考えているのか?」
「そんなつもりはありあせんし、驕るつもりもありません」
「だがな………」
北斗の口から出た相手にナオヤ如何した物かと思案していた。
ショートレンジとクロスレンジだけでやるのであれば、恐らくは2人の動きを見るまでもなく問題はない。しかし、これはあくまでも教導。
理論と実戦の違いを理解しない事には早々に人生からリタイアするのは当然だった。ましてやこの2人が理解していないはずがない。
だとすれば、口を開くよりも経験した方が幾分かは良いだろうとの考えに至っていた。
「ナオヤさんの言いたい事は私も理解しています。それを踏まえてお願いしたいんです」
シエルの言葉につられるかの様に北斗もまた頭を下げる。詳しい事は分からないが、本部では余程良い経験をしたんだろう。そんな考えが過っていた。
「分かった。だが、やるならこちらも手は抜かない。で、どうだ。動けるか?」
「問題無いけど、どうしたの?」
ナオヤの視線は既に2人ではなくその後ろへと伸びていた。
視線の先には用事があって来ていたエイジ。詳しい事は分からないが、ここに2人が居る事を察したからなのか、特に反対する事は無かった。
「なるほどね。でも間合は完全にかぶってるよね?」
「そうだな。これは俺の予想だが、連携として考えた場合、どちらかが陽動して動く可能性が強い。だとすれば、各個撃破か集中攻撃をするのが一番だろうな」
「でも、それってどう考えても悪手だよね」
「だろうな。お互いが似たような獲物を使う以上、仕方ないだろう」
準備をしながらナオヤはエイジと少しだけ打合せをしていた。
元々突発的な内容が故に、冷静に確認をする事が幾つもある。それを口にした際に、エイジは本部での戦いを思い出していた。
墜ちた者との戦闘経験はこれまでに無い程の化学反応を見せたのかもしれない。間違い無く今回の件はその確認であると判断していた。
一か八かの実践よりも教導の方がもう少し経験を積みやすい。少なくともエイジはそう判断していた。
「でもよく許可したね。何時もなら絶対にしないと思ったんだけど」
「最初はそう思ったんだがな。だが、少しは捻りを加えた方が何かと面白いと思ったんだ」
「また適当だね」
「あのなぁ、ブラッドの連中は基本的に教導は不要なんだよ。今でさえ、訓練室のスケジュールはギリギリに近いから、何かするにも隙間を作る必要があるんだ。だったら少ない期間でお互いが楽しめたやり方の方が合理的だろ?」
「……あの2人は同情するよ」
そんな軽口を言い合いながらもエイジだけでなく、ナオヤもまたお互いの獲物を握る手に力が入る。ナオヤが言う様にこれまでに無いやり方は、やはり気になっている様だった。
「さて。これからお互いペアでやるけど、内容はこれまでと同じで良いな?」
「はい。それでお願いします」
ナオヤの言葉に北斗とシエルは何時もとは違い、緊張感が漂っていた。
元々教導に無いからではなく、問題なのはその相手がだった。
前衛にエイジが付き、後衛にナオヤが付くやり方は完全にお互いの間合いを考えた末の結果。それに対して北斗とシエルはお互いが前衛になる為に、必然的に同じ間合で闘う事が要求されていた。
間合が違う攻撃よりも、こちらの連携の度合いの方が必然的に重要になる。
北斗とシエルもまたそれが分からない訳では無かった。何時もと変わらない様に見えるが、エイジとナオヤはお互いが何か面白い物を見つけた様な雰囲気が滲み出ている。
その表情を見たからなのか、北斗は少しだけ後悔していた。
「しかし、エイジさんとナオヤさんのコンビって最悪の組み合わせだよな。俺なら絶対にやろうとは思わない」
「ロミオ。幾ら何でも最初からそれはどうかと思うが?」
「北斗とシエルだって動きは悪く無いんだぞ。俺が同じ事したら、極端な事を言えば良い的じゃん」
「それは確かに否定出来ないな」
ブラッドの面々にもコンビの教導の話が届くと、ロミオだけでなく、リヴィやギル、ナナもまた全体を眺める事が出来る場所へと移動していた。
通常の教導とは完全に異なるからなのか、その場にはサクヤやアリサ、リンドウなどクレイドルの面々も来ている。
それぞれがどれ程やれるのかを見る為だったからなのか、普段であればそう多く無いはずの部屋は、かなりの人数にまで膨れ上がっていた。
「模擬戦とは言え、こうまで完膚無きまでに叩きのめされると流石にロミオの気持ちが分からないでも無いな」
「そうだよね。エイジさんの影から槍の穂先が出てくるってある意味最悪だよ。でもギルなら出来るんじゃないの?」
「出来るかどうかじゃなくて、あれはエイジさんの動きがポイントになる。仮に俺が後衛でナナが前衛だと仮定した場合、ナナはどう動けば良いかを考えた事はあるか?」
ギルの言葉にナナは改めて考えていた。
眼下に見える動きはどちらかと言えば、エイジの方が負担が大きかった。フェイントを使い自分の攻撃を当てながら相手をナオヤの持つ槍の範囲にまでおびき寄せる。
ナオヤも普段とは違い、どちらかと言えば気配を殺しながら動いていた。
まるで最初から決まっていたかの様にエイジの姿が消えた瞬間、槍による刺突が繰り出される。ここからでは分からないが、北斗とシエルからすれば幻影だと思った攻撃が実体を持っているに等しかった。
お互いが長い間ライバルとして研鑽を積んで来たからなのか、阿吽の呼吸でお互いが動く。流麗な連携はまさに攻撃の手本としても優秀だった。
「……どうだろう?やってみないと分からないと言いたい所だけど……多分私なら確実にギルに背中を突かれるかも」
「流石に俺も誘導しないと間合の外は届かないからな」
既に何度同じ事を繰り返したのか分からない程の回数が行われていた。
1人に集中しようとすれば、逆に的にされ、各個撃破を望めば今度は自分達が同じ事をされる。元々の技量が上の人間に対し、各個撃破は完全な悪手。
本来であれば1人に集中するのが良いのかもしれないが、お互いの動き常に察知しているからなのか、その前に攻撃の殆どがカットされていた。
気が付けば個人の教導以上に厳しい結果しか残っていない。それを見たからなのか、サクヤはどこかへ連絡を入れていた。
「予想通りとは言え、まさかここまで一方的になえるとは思いませんでした」
「元から不利だからな。工夫は必要だろう」
教導が終わる頃、既に空は日が沈み、夜の帳が降りようとしていた。
元々時間はそれ程あった訳では無い。時間の隙間を狙った事から実現しただけだった。
しかし、濃密な時間はそんな事すら気にならない。下手をすれば大型種をコンビでやるよりも厄介だった。
「考え方間違ってなかったんだけどね。ただ、もう少しお互いの事を知れば違うとは思うんだけど」
「もっとお互いをですか……」
「そうだな。何を考えているのかをしっかりと理解出来ないと無理だろうな」
エイジとナオヤもまた休憩とばかりにラウンジへと足を運んでいた。元々サクヤが事前に連絡を入れた事によって、ラウンジにつく頃には既に幾つかの料理が作られている。
無駄な時間を過ごす事無くそのまま食事を兼ねた反省会へと雪崩れ込んでいた。
「実際にどれ程一緒にやってたんですか?」
「エイジとなら少なくとも5年以上はやってる。戦闘中は不思議と考えがシンクロしやすいんだ」
「でも5年なんですよね」
そう言いながらシエルはキッカケとなった戦闘を思い出していた。
あの時は確かに打ち合わせや指示は一切飛ばなかった。実際には言う暇すら無かったが正解だが、問題はそこではなかった。
あの瞬間、シエルが感じたのは北斗であればこうするだろうと言う絶対的な確信を持っていた。
事実、お互いが対峙し始めてからは北斗の方へと意識が移っていくのは容易に理解している。その結果が気配を殺しながら背後から突いた一撃だった。
実際にあの後は何度かやっては見たものの、どこかチグハグな感じになっている。だからなのか、今回の教導であの感覚をもう一度確認したいと考えた末の話だった。
「あれ、でも以前にエイジさんってアリサさんと連携してなかった?」
「あれは連携と言うよりも完全な役割分担だよ。実際には教導じゃないから銃撃も入れれば間合の問題は解消できるからね」
「なるほど……あ、でも私はショットガンだった……」
エイジの話を聞いたからなのか、ナナは少しだけ閃いたまでは良かったが、自身の神機の組み合わせは完全なクロスレンジ仕様。どう考えてもナナに後衛は不可能だった。
自分で閃いたまでは良かったが、自分の組み合わせはあまりにも絶望的。少しだけ項垂れる結果となっていた。
「ですが、エイジと組むと分かりますが随分とやりやすいですよ。それに私だってナオヤ以上に分かってるつもりですから」
「アリサ、そんな所で張り合う必要は無いと思うが?」
「これは重要なんです。ナオヤには分からないかもしれませんが」
「そんなもんか」
アリサの言葉にサクヤとリンドウは苦笑するが、ナナやギルは改めてエイジに視線を向けていた。
上から見た感じでは、特別不思議な事をしている様には見えない。しかし、対峙して分かるのは、その動きと特性だった。
攻撃が常にブラインドの状態で届くのはある意味では最悪だった。
攻撃をしながら誘導されていると頭では理解しても、肝心の肉体はそこまで制御できない。人間の反射行動を利用したそれが求める結果は最早必然だった。
「まだまだ先は遠いって事だね」
「そうですね。良い意味でのコンビネーションがどんな物なのかの一端を見れた気がしました」
ラウンジのでの話はそのまま続くかと思われたものの、クレイドルはやるべき事がまだ残されていた。
元々戦闘に特化している訳では無い。サクヤは教官として、エイジとアリサはサテライト、リンドウは新人に対する今後の計画と、結果的にはやる事が山積したままだった。
それに比べればブラッドは農業があるものの、実際には戦闘に特化している。
時折出没する感応種が出ない限り、緊急で呼び出される事は無かった。
各々が楽しんだからなのか、その場で解散となっている。そんな事もあってか北斗もまたシエルと歩きながら先程までの内容を思い出していた。
「あの時は確かにお互いの考えが共有出来た様に思えたんだけど、中々簡単には行かないみたいだな」
「阿吽の呼吸で動くのであれば、お互いがしっかりと理解し、認識してるのかもしれませんね」
シエルの言葉に北斗もまた同じ事を考えていた。あの時はシエルに指示を出すとかではなく、自然とそんな考えに至っていた。
仮に自分ならばこうする。シエルならこうするだろうと思った結果が上手く出ただけ。実際にあの後、検証と称して同じ事をしようかと考えたものの、結果的には散々な内容だった。
「だが、一度覚えた感覚は多分身体が記憶してると思う。こればっかりは時間をかけるしかないだろうな」
「そう言われればそうなんですが……」
北斗の言葉はある意味正解だった。元々今回の教導はあくまでもキッカケの一つになればと企画した物であって、それ以上では無い。
しかし、対峙した相手があまりにも簡単にやり遂げた事も影響したからなのか、少しだけシエルは暴走しかけていた。
「とにかく、これは少しづつ研鑽を積むしかない。実際にあの2人だって同じ時間を長く過ごした結果なんだ」
「……と言う事は、長い時間を過ごせばこれまでよりも良くなると考えて正解なのでは?」
突然の言葉に北斗は少しだけ固まっていた。
まだブラッドに入隊した頃、かなり世間の常識からズレを持ちながらも、お互いが話し合う事で徐々にそのズレを修正していた。しかし、今のシエルはどう見ても入隊した当時に戻っている気がする。実害は無いが、何となく北斗は嫌な予感を感じていた。
「今でも十分に長い時間を過ごしていると思うが?」
この時点でシエルが何を言うのかは何となく予測が出来ていた。理由はただ一つ。アリサとナオヤの会話。そしてそこから導き出される事は一つだけだった。
「冷静に考えると、本部ではずっと寝食を共にしていました。これは同じ空間を共有する事で互いの理解度を深めた結果ではないかと推測できます。だとすれば、今後の事もありますので一度検証してみる価値はあるかと……」
「一つだけ良いか?」
「何でしょうか?」
暴走気味に喋るからなのか、シエルは自分の言いたい事を全部言い切っていた。それと同時になぜか顔が少しだけ赤い。
理由はともかく、ここは本部ではなく極東支部。下手に騒がれると、どんな結果になるのかは考えるまでも無かった。
「期間はどれ位を考えているんだ?検証ならば一定量の結果が求められるが」
「……それは失念していました。取敢えずはデータが出揃うまでではどうでしょうか?」
「出揃うとは?」
「とにかく出揃うまでです」
余りにも曖昧になっているからなのか、北斗は少しだけ頭が痛くなりそうだった。
それと同時に、懸念事項が一つだけある。
仮にこれを実行しようとした場合、当然の事ながら話は榊博士にまで及ぶ。それと同時にあの性格を考えれば承認するのは自然の流れだった。
断る為には材料が必要になる。今の北斗にとって目の前のシエルをどうやって説得すれば良いのか、少しだけ悩むしかなかった。