もんすたーはんたー・はくのん 作:ケモミミを愛する異端の氷雪王
私の名前は岸波白野。私は今、非常に困っている。というのも───
「やあやあ、新たなハンター殿。歓迎しますぞ」
見知らぬ土地で、見知らぬお爺さんに、マスターではなくハンターと呼ばれていたから。
月。それは夜空に浮かぶ太陽のような存在。違う点を挙げるなら、太陽には遠く及ばない大きさと、月自らが光を放つ事は無い事、そして地球の衛星であるという事だろうか。
月に兎が居る、というおとぎ話はよくあるが、事実はそうじゃない。
兎どころか、トンデモナイ代物が鎮座している。いや、その言い方は正しくないか。
月そのものがトンデモナイ代物であると言うべきかもしれない。
ムーンセル・オートマトン。それは月の内部に発見されたエネルギー蓄積体。人類とは異なる知的生命体によって作られた巨大アーティファクトだ。
それは電脳構造を持っており、言ってしまえば月程の大きさを持つ、超巨大なスーパーコンピューターである。
ムーンセルはその神にも等しき演算力によって、あらゆる未来を予測する。そして、その本来の機能である地球の観測という役目から、過去から現在に至るまで、その全てを記録している。
つまりは、ムーンセルにはあらゆる地球の姿が記録されているのだ。そしてそれを手にした時、己の望む未来が、己の願望が実現するのである。
あらゆる地球の姿を観測、記録、予測しているムーンセルは、使用者の望む願望を、未来を、夢を再現していく装置を作り、そしてそうなるように地球を運営していくのだから。
地球を観測するために設置されたムーンセル。そこに入る手段は無い。ただし、それは肉体を伴った場合の話。
先に述べたように、ムーンセルは電脳構造を持っている。月の表面である第一層には、その設備や能力さえあれば一般のハッカーでもたどり着ける。
しかし、そこから先は違う。ムーンセルは電脳構造的に第七層まで確認されており、その内側、つまり第二層からは電子以外の要素が必要となってくるのだ。
それは魂レベルの話で、魂の転移、疑似霊子状態の情報体でなければ、その深淵へは降りていけないのである。
そしてそれを行える者の事を、人はこう呼ぶ。
現代の魔術師───ウィザード。
ムーンセルは定期的に地上から人間を呼び集め、一度だけムーンセルの使用権を与える事を報酬に彼らを競わせる。
それは“最強の一人”を決めるためのものではなく、その生存競争そのものが観察対象であり、人間を知るための物差しとして争わせるのだ。それは当に、命の奪い合いである。
戦いはトーナメント方式で行われ、総勢128人の人間達が一騎打ちで戦っていき、最後の一人になるまで続けられる。それをウィザード達はこう呼ぶ───『聖杯戦争』と。
人間同士が戦うと言ったが、それは正確ではない。正しくは、人間──ウィザードが召喚した使い魔を戦わせるのだ。その使い魔をサーヴァントと呼び、使役者をマスターと呼ぶ。
…まあ、魔術回路を持つだけの一般人がマスターとして登録されてしまう事がごくまれにあるのだが。
サーヴァントには、過去の偉人、あるいは英雄、はたまた怪物や概念的存在が英霊として選ばれる。
その中で、最もマスターに相応しい英霊をムーンセルが検索し、その英霊を再現させるのだ。
そして、相性の良いマスターとサーヴァントの組み合わせをセッティングする事から、ムーンセルは別名、『最高のお見合い立会人』と呼ばれている。
こほん、話を戻そう。サーヴァントとマスターは密接なつながりがある。契約を遂げたその瞬間から、サーヴァントとマスターは一心同体の関係になるのだ。つまりは、サーヴァントが死ねばマスターも死ぬ。サーヴァントの死がマスターの敗北と言えるのである。
しかし、この逆は違い、マスターが死んでもサーヴァントはすぐには死なない。魔力供給が断たれれば、放っておけばサーヴァントも消滅するが、それまでに新たなマスターと契約すれば消滅から逃れられるのだ。
とは言っても、それは普通はあり得ない現象だ。何故なら、聖杯戦争が始まった時点でサーヴァントと契約していないマスターなど存在する訳が無いのだから。
さてさて、そろそろ話も詰めていこう。要するに、私、岸波白野はその聖杯戦争において、最後の生存者となった訳だ。
本当に色々な困難があった…。
私がマスターとして未熟であるために、私のサーヴァントは能力が私に合わせて残念なものになったり…。敵の計略で私が毒を受けたり…。自分の名前を忘れてしまいそうになったり…。頭がアレな対戦相手に当たったり…。姿の見えない敵と戦う羽目になったり…。お世話になってきた友人と決戦させられたり…。攻撃が効かない敵と当たったり…。美人だけどなんだかヤバそうなお姉さんに殺されかけたり…。
挙げ句の果てに、聖杯戦争に優勝したと思ったら、まだあと一戦、これまたどこぞの救世主的なトンデモな敵が残っていたり…。
と、様々な試練を乗り越えて、私は聖杯を手にしたのだ。
まあ、手にしたというよりは、キューブ型の液体の中に浸った状態なのだが。
そして、諸事情により、私は聖杯戦争の勝者となっても、私自身がムーンセルにとって『不正なデータ』であったため、願いを叶えても消去される運命にある。
うん。今、当に私の体は徐々に分解されて───
───されて、………、うん?
何故だろう? さっきまで、全身が水に浸かったような感覚だったのに、なんだか空気に触れているような、というか地面に立っているような……?
自分の消えていく様を見るのが怖くて目を閉じていたが、この状況を知るために恐る恐る目を開く。
すると───
「……………、は?」
どこかの田舎のような、のどかでありながら、賑やかでもある小さな村が、私の目の前に広がっていた。
「…って、いやいや! え、何これ!?」
認識した同時に、五感全てがフルで働き始める。
体に触れる風。土っぽい匂い。人が笑い合う暖かな景色、笑い声。
その全てが、これは決して幻なんかじゃないと、私の脳に訴えかけていた。
「…! そうだ、端末!」
この訳の分からない状況を確認しようと、私は聖杯戦争でマスターに与えられる携帯端末を慌ててブレザーのポケットから取り出す。
しかし、
「な、ん、だと…」
端末の画面には、そこにあったはずの項目が一つしか無かった。すぐにその唯一残ったパーソナルデータを開くが、そこにあったのは岸波白野のプロフィールのみ。つまりは、データが全て飛んでいた。そして、
「な、何故だ…! ニックネームが“はくのん”、だとぅ……!! そこはザビ子にしてくれよぅ…!!」
申し訳程度に、フルネームの隣にちょこんとあるニックネームの欄には、可愛らしく“はくのん”と書かれていた。しかも、そこだけ筆記体が他と違って何故か丸みを帯びている。
と、ツッコミどころが違う気がしないでもないが、サーヴァントのデータに移ろうとするが、画面は動かない。不思議に思っていると、私はとある致命的な欠陥に気付いてしまう。
「あれ…私のサーヴァントって…何だっけ?」
それこそ、ポッカリと穴が開いたみたいに、私はどんなサーヴァントと契約していたのかさえ思い出せない。聖杯戦争を勝ち抜いてきた記憶はあるのだが、具体的な内容までは思い出せず、漠然とした“勝利した”という記憶しかない。
などと、私が頭を捻らせていると、ブーブーと端末が震えだした。
見れば、メッセージが届いており、唯一の救いとばかりに私はメッセージを開く。
『新天地でのご気分はいかがかな? このメッセージを読んでいるという事は、正常に転移は完了したという事だろう。さて、君は何故、自分がそこにいるのか、理解が追いついていないだろう』
メッセージを途中まで読み、うんうん、と頷きながら続きを読む。
『安心したまえ。私もよく分かってはいない』
分かってないのかよ!! とツッコミたくなるのを堪え、続きを読む。
『君がそこにいるのは、ムーンセルによる、というかムーンセルが願いを叶えた結果、と言うべきか。ともかく、君はムーンセルによってそこに転移された訳だ。何をトチ狂ったのかは知らんが、酔狂なものだ』
ちょっと待て。私はそんな事、これっぽっちも望んじゃいない。
『詳細についてはこちらも把握していない。私はただ、君のアドバイザーを任されただけなのでね。まったく、とんだ愉え…迷惑を被ったものだ』
こ、こいつ…今、何か言いかけた! 文章なのに! 絶対に故意だ!
『当面の目的、ひいては活動拠点は手配されている。しばらくはそこで狩りに励みたまえ。そこにある程度、ムーンセルからの情報の記載された書類もあるだろう』
書類? データじゃなく? というか、狩りって何?
『今はまだ姿を出す事は出来ないが、いずれまた会うだろう。その時まで、このようにメッセージを送るので、よく確認したまえ。それでは健闘を祈る。そして最後に一つ、そんな野蛮な世界を望んだ君に私から言葉を贈ろう。
ハッハッハ、このザマア。 言峰 』
「やっっっぱりあのクソ神父かぁぁぁぁぁ!!!!! て言うか、私の願いじゃないって気付いてるよね、それ!?」
何はともあれ、私の新たな戦い(?)が始まるのだった。
ひとしきりの絶叫の後、ふと顔を上げると、道を行く人々は、サッと私から目を反らす。変な人に関わろうとしない、そのどこへ行っても共通の認識に、私は少し涙を零した。これで私も、変人の仲間入り、か…。
「ふむ。なかなかに威勢のよい叫び声じゃ。ハンターたる者、そうでなければのう」
と、がっくりとうなだれているところ、前方から声が掛けられる。叫び声、という時点で私の事だろうと察しがつく。顔を上げ、声の主を見て、
そして、冒頭へと戻るのであった。