リヴァイアサン・レテ湖の深遠   作:借り暮らしのリビングデッド

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7-2 原色の貴方、間色の僕

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さっきまでの衰弱が嘘のように、不思議と体が軽かった。

 

なんだかんだできっちり食事を取ったからだろうか、と先ほどのそれを思い出す。

女の人の唾液って甘いんだ、とシンジは新たな知己を得た気分になった。

いや、それとも綾波だからなのかな?などと考えてしまって、遅れてりんごのように顔を真っ赤にした。

 

『シンジ君、心拍数が上がってるけど…怖い?』

 

ミサトの通信にあわてて返答する。

 

「あ!い、いえ、そうじゃないです…」

『そう?』

 

ミサトは少し怪訝そうに。

シンジは、誤魔化しの意味も含めてもう一度確認する。

 

「あの…つまり、セントラルドグマって所に使徒が着いちゃうと、つまり」

『ええ。サードインパクトが起きると言われているわ』

「それまでに…倒さなくちゃいけないんですね?」

『そうよ』

「間に合わなかったら、その…」

『皆死ぬわね。だからシンジ君、人類の命運、貴方に預けるわ』

 

シンジは重く沈黙した。

 

『準備良い?ではシンクロ開始』

 

 

 

 

「シンクロ率64%安定、成功です!」

 

マヤの報告に発令所が安堵に包まれた。

リツコも息を吐きながら静かに言う。

 

「…なんとか首の皮一枚つながったって所かしら?」

「ええ、なんとかね」

 

シンクロ率が少しだけ下がっているのが気になったが、それでもミサトは安堵の息を漏らした。

 

「後は弐号機に例のやつ持ってきてもらうだけね」

「きっと向こうも呆れてるわよ。いきなり遠回りしてくれだなんて」

「使えるものは親でも使えっていうでしょ~?」

 

ミサトは不適に笑った。

 

「それじゃ、日本中からありったけの電気を集めましょっか」

 

 

 

 

「防御、ですか」

「そう。シンジ君、貴方にはそっちを担当してもらうわ」

 

ミサトの立てた作戦はやはりシンプルかつ大胆だった。

 

日本中から電気を集め、ポジトロンライフルによる狙撃。

もう一方は砲手を守りつつ出来る限り使徒のATフィールドを中和。

 

「理由は繊細な操作を必要とするから。かつ、セカンドの子は長い間訓練してるから銃器の扱いにもなれてるの」

「僕が…その子のエヴァを守ればいいんですね」

「そういう事」

 

ミサトは少し声を潜めて。

 

「怖い?」

「…はい」

「そうよね…」

 

うん、と頷いて。

 

「でも、貴方に乗ってもらわないと…」

 

と、言いかけてやはりミサトは後頭部をがしがし掻いた。

そういう動作をする人はあまり女の人には居なかった。

だが、ミサトの艶やかな髪は乱れるでもなく、すっと背に流れた。

 

「…そうじゃないわね。こっちの言い方じゃないわよね」

 

そしてミサトはこう言った。

 

「…使徒が、憎いの。」

「…はい」

「だから…私の、共犯者になってくれる?」

 

その彼女の言葉に、彼は、そっと頷いた。

 

 

 

 

「あの…綾波」

「何」

 

雨はさらに激しくなっていた。

 

雷が鳴り響く。

 

ぴかりと光って、座る二人を照らした。

彼女の幻想的な横顔を見ながら。

 

「…負けたら、サードインパクト起こるんだよね…」

「そうね」

「…みんな、死んじゃうかもしれないんだよね」

「そうね」

「初号機は、僕しか乗れなくなっちゃったんだよね?どうしてか分からないけど…」

「そうね」

 

『絆だから』

 

もう自分はエヴァに乗れないと言った彼女のその言葉を思いだして。

 

「あ…綾波」

「何」

「…綾波が死んでも、代わりなんていないよ…」

 

そのおずおず囁かれた彼の言葉に、彼女はその横顔に視線を合わせた。

 

「どうして、貴方にそんな事が分かるの」

「だって…」

「同情のつもり?」

「ち、違う!」

 

違うよ、と彼は思わず大きな声を出した事を恥じるように、小さく呟いた。

そして彼は何か言いかけて、でも口を閉ざして、顔を伏せた。

 

何かを考えているようだった。

 

少しして顔を上げて。

彼女の瞳を見つめながら、シンジはゆっくり口を開いて。

 

ただ、こう言った。

 

「…綾波は、死なないよ…」

 

彼女はひとつ瞬きして。

 

「…僕が、守るから」

 

そして彼は、その空を見上げた。

雷がまた光った。

 

彼のその横顔には、何かの決意があるようだった。

だから彼女は、どこか不思議そうに、その横顔をしばらくの間見続けて。

そして一瞬目を伏せると、同じく、嵐が渦巻く空を見上げた。

 

遠くに、うっすらと、何かの巨大な影が近づいてくるのが見えた。

 

飛行機に吊るされる巨人。

 

 

二人はただ、その赤いエヴァの姿を見つめ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・Ⅱ『原色の貴方、間色の僕』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

惣流アスカラングレーはまさに和洋折衷な感じの美少女だった。

 

その外見は彼女の内面を『もう十分にわかりましたから』と進言したいほど雄弁に物語っていた。

彼女のそのツン、とした鼻梁はまさに彼女のプライドの高さを具現したようだったし、とても大きい目は彼女の好奇心の大きさそのままを表しているようだった。

 

でも瞳は少し小さくて、その瞳を目の端に寄せると、どこか肉食獣のような好戦的な光を帯びる。

それでいて、そのエメラルドグリーンの瞳は何時もきらきらと輝いていて、生命力に満ち満ちていた。

 

目や鼻が異国の血を色濃く引き継いでいるのに対し、その顔の輪郭は和的な繊細さで顎は細く、

正しく卵形の輪郭はそれだけでも見事な造詣だった。

 

口は彼女の雄弁さや明快さを象徴するようにやや大きめで、彼女の表情一つ一つを際立たせるのに大いに役立っていた。

それでいて唇は天然のまま綺麗なピンク色に艶やかで、健康的な明るい色気に満ちていた。

 

腰まで伸びた緋色の髪はやや纏まりが悪いが、それすらやはり彼女のアグレッシブさを表現していて賑やかな印象だった。

その赤と金色を混ぜたような色も勿論綺麗だった。

 

実は幼い頃その髪はもっと赤かったのだが、歳を追う度に少しずつ金色が混じるようになったのだ。

赤毛は大人になってから金髪に生え変わる場合がある。彼女もきっとそうなのだろう。

彼女自身赤毛も気に入っていたが、やはりどんな金髪になるのか楽しみだった。

 

つまり、綾波レイが精神的な幻想美を体現しているのに対し、惣流アスカはまさに肉体的な健康美そのものを体現していた。

ようは凄く健康なエロスを周囲に振りまく、元気一杯な美少女だったのだ。

 

そんな彼女が、転校初日から全校生徒の話題をかっさらうのはまさに必然に決まっていた。

もっとも、猫を被り続けている限りは、だったが。

勿論彼女は用意周到に猫を被るつもりだった。完璧な計画だった。

だが彼女はぜんぜん、まるっきり、塵ほども気づいてなかったのだ。

 

自分が被っているのが、猫は猫でも実は猫科最強のライオンさんだという事に。

 

 

 

 

あと、その被り物を脱いだ後に出てくるのもやっぱりライオンさんなのだという事にも。

 

 

 

 

昨日の雷雨が嘘の様な晴天だった。

 

それを窓から見ながら彼女は決意する。

最初が肝心よ、アスカ。

そう、第一印象が一番大事。

 

だから彼女はすっと息を吐き、振り向き様出来る限りの明るい声で言った。

 

「惣流アスカラングレーです!よろしく!」

 

にこっ。

 

おおおおおお、と男子が歓声を上げた。

と、突然彼女はきょろきょろと周囲を見回した。

 

「あの…碇シンジ君は…?」

 

その質問にクラスメートがきょとんとし、利根川先生(あだ名)が何事も無いように言う。

 

「碇君は、今日は休みです。」

 

…。

 

ちいいいいいいぃぃぃ!!!

 

…えー…。

 

クラスメート達は彼女の激しい舌打ちにドン引きした。

 

 

 

「なんや、変わった女やな」

 

トウジは興味なさそうに呟く。

挨拶の時の愛想はどこへやら、ぶすっとした表情で不機嫌そうにしている彼女にクラスメートは遠巻きにしていた。

 

「でもすんげえ美少女だな…」

 

これは売れる、と後でこっそり写真を撮ろうとケンスケは心に誓う。

 

「しかし、碇は休み、か…」

「残念だったな、トウジ?」

 

ケンスケがにやっと笑う。

 

「な、何がやねん」

「またまた…つか、やっぱ怪我したのかな?」

 

こないだ直接見た映像を思い浮かぶ。

ケンスケは心配そうに呟いた。

 

「ビームみたいなのエヴァに直撃してたもんなあ…でも、倒したって事はまあ、無事なんだろうけど」

「あ~!くそっ」

 

トウジは立ち上がった。

 

「おい、行くでケンスケ」

「行くでってどこへ?」

「きまっとるやろ。碇ん家や」

 

ぴく。

緋色の髪が一瞬揺れた。

 

「…授業は?」

「さぼるに決まってるやろ」

「いや、別にいいけどさ…シンジの家俺知らないぜ?」

「…まじか?」

「まじ」

「お前ら名前で呼び合ってるやんけ」

「だから、もっと親睦を深める前に黒服に連れてかれちまったんだってば」

「…じゃどないすんねん?」

「…誰かに聞く、とか?」

「誰に?」

 

と、二人は同時にその白い少女に視線を向けた。

 

「あー、綾波…」

「何」

 

その一見冷たい涼やかな声に何となく気おされて、二人はおずおずと。

 

「碇の家、知っとるか?」

「どうして」

「どうしてってその」

「殴りにでも行くつもり」

「ちゃうわ!その、あれや…あ、あ、謝りにやな…」

 

その言葉に、彼女は珍しく目を丸くしたのだった。

 

 

 

見上げれば見事な晴天、入道雲。

 

「ところでトウジ…」

「なんや…」

「この状況って…何だろ?」

「俺に聞くなや…」

 

地面にはその光に作られた4つの影。

 

「あー、綾波?」

「何」

 

先頭をきって歩く彼女に話を向ける。

 

「その…お前までさぼらんでもいいんやで?住所教えてくれるだけで」

「どうせさぼるつもりだったから」

「ああ…」

 

と、トウジの代わりにケンスケが相槌を打つ。

次の時間は体育だったからだ。

 

「うん、まあ、じゃ綾波は良いとしてさ…」

 

と、後ろを振り向いて。

さっとその姿が電柱に隠れた。

凄くばればれだった。

 

「…なんで惣流までついてくんの?」

 

すると彼女はおずおず電柱から姿を現して。

 

「別にあんたには関係ないでしょ」

「いやありまくるだろ…」

「細かいこと気にすんじゃないわよ。男でしょ!?」

「あー、やっぱ惣流って碇の知り合い?」

 

挨拶のときシンジの名前出してたし…。

もしやエヴァの関係者かな?と。

 

「あんたらには関係ないって言ってんでしょーが」

「いやいや…」

「あー、あの変な女はほっとけや」

 

どうでもええやろ、と汗だくになりながらトウジは呟いた。

それでもジャージを脱ごうとしない彼は、近年珍しくポリシーを持った男のようだった。

 

「こっちのはず」

 

彼と間逆に汗ひとつ掻いてない彼女が指をさす。

 

「はず、って、もしかしてシンジの家行ったこと無いのか?」

「ええ」

「じゃなんで住所知ってるねん」

 

あ、とケンスケが口を開く。

 

「やっぱあれか。前から薄々思ってたけど…綾波もネルフ関係者なんだな?」

 

彼女は沈黙で答えた。

まあ、守秘義務って奴があるんだろうな、とケンスケは一人納得した。

 

「ここ」

「ええマンションやなあ」

「確か上司と住んでるって言ってたぜ」

 

そのドアの前に立ってチャイムを鳴らす。

はいはーいと女の人の声。

 

「…おんな?」

 

トウジとケンスケは同時に呟き。

ドアが開いて二人は悲鳴を上げた。

ついでにアスカさんも悲鳴を上げた。

 

「あら?」

 

出てきたのはエプロン姿のめっちゃ美人の巨乳さんだったからだ。

 

 

 

 

太陽が入道雲に隠れていた。

 

その隙間から光の帯が伸びて、雲の輪郭を美しく浮かび上がらせていた。

 

「なんや…無駄足やったな」

「そうだなあ…」

 

シンジ君昨日からずっと寝っぱなしなの、ごめんね。

 

「…そうとう疲れてるて言うてたな」

「ああ…やっぱあの化け物強かったんだな」

 

何となく寂しい気分になって、ケンスケは後ろの二人に声をかけた。

 

「なあ、お前らこれからどうすんの?」

「私は帰る」

 

白い少女は涼やかに。

 

「…え、残りの授業は?」

「さぼるわ」

「へー…綾波って結構不良なんだな」

「…そう?」

 

少し間があって彼女は首を傾げた。

 

「惣流は?」

「アタシも帰る」

「転校初日からさぼり?」

「なんや、大した玉やないか」

「うっさいわね」

 

そんな気分じゃなくなったわよ、と。

その言葉に思うことがあって、ケンスケは正直に聞いてみた。

 

「…もしかして、惣流もエヴァのパイロットなのか?」

「…うっさい!」

 

そして彼女は不機嫌そうに踵を返した。

あっけにとられてぼんやりとその後姿を眺める。

 

「ほんま変な女やなあ…」

「ああ…確かに…って綾波は?」

「…おらんな?」

「行っちまったのか?」

「そうみたいやな…」

 

何となく顔を合わせて。

 

「男同士でゲーセンでも行く?」

「そうすっかあ…」

 

とぼとぼ、と踵を返して。

 

「…俺らって…もてないなあトウジ…」

「言うなや…」

「それに比べてシンジの奴…あんな美人の上司とまで…」

「言うな…それ以上言うな!」

 

そして二人はどこかしょんぼりと歩いた。

 

 

 

 

彼女は緋色の髪を無造作にかき上げると、ベッドにぼふ、と横たわった。

 

「なによ、何でミサトの奴一緒に住んでるわけ?」

 

聞いてないわよ、と。

そしてはあ、とため息をついた。

 

「なーにやってんのかしらね、アタシ…」

 

天井を見上げる。

まったく慣れない天井だった。

 

「せっかくのデビュー戦だったのに」

 

あんな奴に。

 

彼女は悔しそうに、きりっと唇を噛んだ。

 

そう、あんな奴に。

あんなちんちくりんのサードに、命を助けられるなんて。

 

 

 

 

「ヘロ~ミサト元気?」

『久しぶりねアスカ』

 

元気そうで何より、とスピーカーから声が聞こえた。

 

『出来れば彼と直接会わせたいけど、もうそんな時間も無いわ』

「わかってる」

 

例のサード。

彼女は前方で盾を構えた紫色の巨人を睨む。

 

『だから楽しみは後にとっときましょ。じゃ、ちゃっちゃとやっちゃいましょうか?』

「いつでもいいわよ?」

『じゃアスカ…日本中の電気、貴方に預けるわ』

「まかせなさい」

『シンジ君、貴方はアスカを守りつつATフィールドの中和。いいわね?』

『…はい』

 

子供の声。

どこか女性的な響きのある、でもきっちり男の子の声。

本当に男のチルドレンなのね、とアスカは頷く。

 

「ハアイ、サード。せいぜいアタシの足を引っ張るんじゃないわよ?」

『うん』

 

そして、どこか決意を感じさせる声でこう言った。

 

『…僕が、守るよ。』

 

その言葉と、声質に反する深い声に、と、アスカは胸を突かれた。

ふうん、結構気概のある奴なんじゃない?と少し評価して微笑む。

 

「いいわ。じゃやるわよ!」

『うん』

『では作戦開始!』

 

 

でも結果は。

 

 

「一発目を外して」

 

ベッドに横になったまま彼女は呟く。

使徒が同時に放った顆粒子砲で射線がずれたのだ。

 

「なのに二発目も」

 

弐号機の装填より早く使徒が顆粒子砲を放つ。

もちろん、庇ったのは初号機。

スピーカーから少年のうめき声が聞こえた。

 

『盾蒸発まで12秒!』

「早く、早く!!」

 

アスカは無意識に呟いて。

そう、彼女はあせってしまったのだ。

不覚にも、許しがたい事に。

 

標準のポイントが重なる前に、撃ってしまった。

 

それで彼女を責めるのは酷だったろう。

初の実戦で、しかも人に庇われて、その相手が恐怖に呻く声がスピーカーから聞こえたのだ。

こんな条件で冷静に行動出来るほうが異常だった。

 

その焦りの結果は言うまでも無く。

 

「外した!!?」

 

彼女は自身のミスに愕然とした。

スピーカーから発令所の喧騒が聞こえた。

でも当然彼女の耳には入ってこなかった。

 

聞こえたのはミサトの次がラストよ!、という声だけ。

 

使徒から熱源、早い、装填はまだ、初号機の盾はもう無い。

警報警報警報、使徒が狙ったのは当然、弐号機。

 

…こんなあっけないの?と彼女は思った。

 

嫌だな、と。

 

そして目の前に光。

 

その時を覚悟して、でもいつまでたっても来ない。

ただ、少年の絶叫のような悲鳴のような声が聞こえた。

 

まじまじと前方を見る。

光を影に紫の巨人。

 

アタシを、庇ってる?

 

なんで?あんたもう盾無いじゃない。

なんでアタシを庇ってるのあんた。

死んじゃうでしょ?なんで?

 

そして聞こえたミサトの声。

 

『アスカ撃って!!』

 

そしてそれは使徒を貫いた。

 

その後の事はあまり覚えていないのだ。

ただ無我夢中で、胴体のほぼ全ての装甲が溶けた初号機からエントリープラグを抜いて。

そのプラグから気絶した少年を助け出したとき愕然としたのだ。

 

子供。

 

女の子のような、繊細な顔をした、男の子。

同じ日本人にすらそう見られるシンジは、当然ドイツで暮らしていた彼女には年下の子供にしか見えなくて。

 

ただ救助が来るまで、彼女は必死で叫んでいたのだった。

早く、誰かこの子助けて!と。

 

「なんて無様なの」

 

アスカは歯軋りした。

なんて、なんて、無様なの。

失敗したあげく、あんなちんちくりんに尻拭いさせるなんて。

命がけで、守ってもらったなんて。

 

…命がけで、誰かに守ってもらうなんて…。

 

「…命がけで…」

 

ふ、と彼女は息を漏らし。

 

そして、ぼふ、と枕に顔を埋めた。

 

 

 

 

 

 

「あら、起きたのね、シンジ君」

「おはようございますミサトさん…」

 

かあかあ、とカラスが鳴いていた。

 

カラス?

 

「あれ?夕方?」

「うん、昨日の今日だしね。あんまりぐっすり寝てたから」

 

ご飯食べる?とポニーテールにしたミサトさんが席を立つ。

そのカレーライスを一口。ほぼインスタントのままだったがまずくは無かった。

 

「ねえシンちゃん」

「はい」

「おいしい?」

「…はい」

「あーんしてあげましょうか?」

「い…いえ、いいです」

「そう?」

 

残念、と言って頬杖をつきながらじっとシンジの顔を見つめて。

その眼差しが何かこそばゆくって、何となく頬を染める。

その様子にミサトはさらに暖かく笑った。

 

「ねえシンちゃん」

「はい」

「よく、守ってくれたわね」

 

それに彼女に視線を向けて。

 

「…アスカも、私の事も…人類も。よく守ってくれたわ」

 

シンジは少しうつむいた。

照れてるのかしら?とミサトは思い、その様子がやっぱり幼子のようで、つい本能的に手を伸ばし。

一瞬、怒るかしら、と躊躇して、でもおずおずと。

 

彼のまだ少年らしい頭を、そっと撫でた。

 

「…ありがとう、シンジ君」

 

彼は別に拒絶せず、つぶらな瞳で彼女を見返した。

やっぱり子犬のような、あるいは幼子のような無垢な瞳に、ふと、頬が赤くなる感覚があった。

そんな自分が彼女自身よくわからなくて、どこか照れたように撫でていた手を引っ込めた。

どうして、こんな自分にそんな眼差しを向けてくれるのだろう、と思いながら。

 

「あ、そうそう、昼間ね、クラスメートがお見舞いに来たのよ。その上レイに、アスカまで」

 

彼は目を瞬かせた。

 

「…友達居るじゃない。良かったわね」

 

…はい、と彼は頷いて、窓を見た。

 

なんて赤く、美しい夕日。

 

 

彼はまだ、生きていけるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15/8/10


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