リヴァイアサン・レテ湖の深遠   作:借り暮らしのリビングデッド

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7-3 獅子は猫科と忘れたか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「間違いありません。S2機関が稼動しています」

 

先の使徒戦。

モニターには盾も無いまま弐号機を庇う初号機。

 

「使徒の顆粒子砲を上回る速度で自然治癒してたのね」

 

実際初号機の装甲はほぼ溶解していたにもかかわらず、素体はまったくの無傷だった。

 

「それだけじゃありません、この時、計測されたことの無い強烈なATフィールドがプラグ周辺に発生しています」

「つまり…初号機がシンジ君を守ったって言うこと…」

「…そういう、事なんでしょうか?」

「そうでなければシンジ君が無傷なわけ無いわ。もしかすると熱せられたLCLに溶けちゃってたかもね」

 

そのリツコの悪趣味な冗談にマヤはう、と呻いた。

 

「…先のレイちゃんとのシンクロ拒絶といい…」

「初号機はどうやらシンジ君が気に入ってるみたいね?」

 

すると、マヤはゆっくりと口に出した。

 

「でも…シンジ君って、凄いですね」

 

そのマヤの口調には掛け値なしの賞賛があった。

 

「つい半日前に死にかけて、なのにアスカちゃんのために命がけで…」

 

本当に、凄い子ですね…、というその吐息混じりのマヤの台詞にリツコは面白そうに目を細めた。

 

「あら、貴方がショタコンなんて初耳だわ。応援するから頑張ってね」

「違いますよ!からかわないでください…」

 

マヤはそう抗議しつつ、でも、モニターに移る救助された彼の姿に、ふ、と息を漏らした。

その様子にあら、と思いつつ。

 

「…こんな子供に戦わせて…私たちって何なんですか、先輩」

 

そっちか、と納得する。

 

「そうでなければ生き残れないもの。言ったでしょ、潔癖症は、生きるの辛いわよ」

 

穢れたと感じたとき、わかるわ。

その言葉に、マヤはわずかに眉をひそめて、目を伏せた。

 

 

 

 

「しっかしこう毎日毎日暑いとやんなってくるわ」

「じゃそのジャージ脱げよ」

「それは出来ん相談やな」

 

ポリシーは譲らんで、とトウジはケンスケに返答した。

 

「鈴原君って、ジャージ好きなの?」

 

そのやり取りにシンジがぼんやり質問する。

 

「好きとか嫌いとかやない。俺が俺で居るためには必要なんや…あと名前で呼べ言うたやん」

「う、うん、ごめん…」

「トウジ、その言い方だといじめてるみたいだぞ」

「なんでや!?親睦深めようとしてるだけやん!」

「だからその言い方がキツいんだってば」

 

ケンスケはシンジに笑いかけた。

 

「まあ、こういう暑苦しい奴なんだよ。そのうち慣れるさ」

「う、うん…」

「あー、やっぱ待ち伏せなんて迷惑だったか?こいつがどうしても謝りたくてしょうがないって言うからさ」

「うるさいわ…あー、何や、やっぱもう一度言うわ」

 

トウジは神妙に口を開いた。

 

「ほんまに悪かったシンジ…」

「だ、だからいいよ!別に怒ってないし…」

「ほんまにか?」

「う、うん、ほんまに…」

「…お前…ええやつやなあ…」

 

トウジはしみじみと言ってぐすっと涙をぬぐった。

そんなくだらないやり取りをしていると前方に人ごみ。

 

「なんや?何かあったんか」

「あー、あれってもしかして…惣流じゃないか…?」

 

人ごみに見える一段高い緋色の頭。

どうやら花壇か何かに乗っているらしい。

 

「あー、確かに惣流や…何してんねんあいつ」

「惣流…?」

 

何か聞き覚えがあってシンジは首を傾げた。

 

彼女はいらいらしていた。

 

遅い。

遅い。

何やってんのサードの奴。

このアタシがこうして待ってやってるっていうのに。

 

まさか今日も休み?え、そんなに具合悪いのかしら?

アタシを庇ったせいで…?

何かそわそわし始めて、と、彼女の目の端に白いものが写った。

 

あれは確か…。

 

「ちょっとあんた」

「何」

 

白い少女は何事も無いように振り返る。

 

「あんた確かファーストよね」

「そうね」

「…まあ挨拶が遅れたけど、アタシがセカンドのアスカラングレーよ。一応、よろしく」

「そう」

 

相変わらず無表情に返し、そしてそっけなく背を向けた。

 

アスカはむっとして。

 

「ちょっと待ちなさいよ!あんたに聞きたい事あんのよ」

「何」

「その、サードの、事よ…」

「本人に聞けば」

「だからこうして待ってるのに何時までたってもこないんじゃない!」

「もう来てるわ」

 

ん?と白い少女の視線を追って後ろを振り向く。

ベリーショートの、女の子みたいな男の子が彼女を見上げていた。

 

一瞬間があって。

 

「あ!へ、ヘロウ!」

「…へ、へろ~?」

 

その間抜けな己の挨拶に、彼女は頬を赤くしてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

・Ⅲ『獅子は猫科と忘れたか』

 

 

 

 

 

 

その日のクラスには人が絶えなかった。

 

当然だろう。

昨日とんでもない美少女が転校してきたかと思えば、いきなり早退して色々と出鼻を挫かれてしまったのだから。

 

「なんか上級生まで来てるね」

 

シンジがその様子を眺めながらのほほんと呟いた。

 

「あのルックスじゃしばらく惣流の噂でもちきりだろうな」

 

ケンスケが相槌を打ち。

 

「昨日の様子見た限りじゃ猫かぶってるようにしか見えんがなあ」

 

暑苦しい男トウジが興味無さげに言う。

 

「ところで、やっぱりシンジって惣流と知り合いなんだ?」

「うん。直接会ったのは初めてだけど」

「つーことはやっぱり…エヴァ?」

 

シンジは少し迷って、うん、と頷いた。

 

「なんだよ!惣流もかよ!いいなあちくしょう…」

 

悶絶するケンスケにそんなに羨ましいのかなあ?とぼんやり考えて。

 

ふと、窓際の白い少女に目を向ける。

頬杖を付きながら窓を眺めているその姿はやはり静謐で、彼女の周りだけ清々しい涼やかな空気が流れているように思えた。

 

「なんやシンジ、綾波に見とれてるんか?」

 

トウジがからかい半分に。

と、ケンスケも話に乗る。

 

「そうだよ、前から聞きたかったけど、綾波とはどういう関係なんだ?」

「そや、お前の事庇っとったし。もしかして付きおうとるんか?」

「付き合う?」

 

ぴんとこなくて首を傾げる。

その様子にトウジとケンスケは顔を見合わせた。

どうやらシンジにはこういう話は早いらしい、と納得して、ケンスケはストレートに聞いてみた。

 

「あー、綾波も、もしかしてエヴァの?」

「…うん」

「やっぱりかちくしょー!」

 

ケンスケは羨ましくて机に突っ伏した。

 

「なんや、内のクラスに三人もエヴァのパイロットが居るんか…」

 

トウジはほーん、とやはりあまり興味無い感じで椅子をぎこぎこさせた。

 

そんな男三人組を横目で見つつ、惣流アスカはイラついていた。

さっきから引っ切りなしにクラスメイトや他のクラス連中が話しかけてきて鬱陶しかったのだ。

そのありきたりな質問に笑顔で答えつつ、だんだん笑顔が引きつってくる自分を自覚する。

 

アタシはサードに用があんのよ!

 

そう怒鳴りたくなり、でも必死で我慢して貼り付けたような笑顔で対応する。

そもそも、今朝だってサードに用があったから朝早くから待ってたのに、何時までたってもこないし、

来たら来たで昨日の男子と一緒だし、あげく気づいたら大勢の生徒達に注目されてた上、上ずった変な声で挨拶しちゃうし。

 

それを思い出してほんのり頬を赤く染める。

 

周りの男どもが少しざわめいた。

何か勘違いしたらしい。

 

先ほどからしつこく話しかけてた上級生の男がさらに馴れ馴れしい感じで話しかけてきて。

何こいつ、もしかして自分に見とれてるとでも思ったの?とアスカは心底ウンザリしてきた。

 

アスカちゃん、良ければ学校案内するよ、とツラに自信があるらしいその上級生が声をかける。

どうやら手ごたえがあると錯覚したらしい。

 

それに、とうとうぶちりと切れて。

 

「うるさい!馴れ馴れしく名前で呼ぶんじゃないわよ!」

 

その剣幕にしんと場が一瞬で静まり返った。

 

あーやっちゃった、と内心後悔しつつ、サードを見ると彼もきょとんとしていた。

でもやったもんはしょうがない、ここはストレートに行くわよ、アスカ、とずかずか歩き出す。

 

モーゼのように人垣が割れて、サードの前でぴたりと止まる。

可愛い顔がすぐ目の下にあって、どこか子犬のようなつぶらな瞳が彼女を見上げていた。

 

…やっべえ近すぎた…。

 

座ったままの彼の顔が殆んど彼女の胸に当たる直前で。

彼の呼吸が胸に当たってこそばゆくて、それに思わず頬を赤らめてしまう。

 

誰かがごくり、と唾を飲み込んだ。

 

でも今更距離を取ったんじゃ格好付かないし、このアタシに後退の二文字は無いのよ、心で宣言し。

彼女は彼を見下ろしながらゆっくりと口を開いたのだった。

 

「サー」きーんこーんかーんこーん。

 

 

…。

 

 

「でりゃああ!!」

 

彼女は側に有った机を蹴飛ばすと、ずかずかと席に戻りどすん、と座った。

 

 

 

 

「しっかし何なんやあの女…」

 

昼休み。

 

惣流アスカは今朝とは別の意味で話題になっていた。

相変わらず彼女を見ようと廊下にも生徒達が大勢いたが、遠めにするだけで彼女に話しかける人は居なかった。

 

「なんか、こう、珍しい猛獣を眺める感じ…?」

 

ケンスケがそんな感想を言う。

 

「なんかライオンさんみたいな感じだもんねえ」

 

とシンジが間が抜けた相槌を打った。

ちなみに彼にとっては褒め言葉のつもりである。

 

「しかしさ、昨日といい、惣流の奴シンジに用があるんじゃないのか?」

「僕に?」

 

ちゅるちゅる牛乳を飲みながら首を傾げた。

 

「でも、会ったの今日が初めてなんだよ?」

「いや、でもさ、惣流もチルドレンなんだろ?」

「うん、でもずっとドイツ支部?ってとこにいたんだって」

「へー、ああ、そういやドイツにもネルフ支部があるって昔親父言ってたなあ…」

「つーことはあれや、単にお前に初対面の挨拶にでもきたんや無いか?」

「そうなの?」

「そういう感じには見えなかったけどなあ…?」

 

そんな感じで三人で机を寄せ合ってのほほんと昼食を食べる。

 

アスカはやはり、その様子を横目にイライラしていた。

実は先ほどからずっと彼が一人になるタイミングを見計らっていたのだ。

なのにあのジャージと眼鏡はサードにぴったりで、その機会がまるでないまま昼食の時間になってしまったのだった。

 

はあ、とため息をつく。

お腹が減った。

 

彼女は気分を変えて立ち上がった。

腹が減っては戦は出来ないわ。

ここはお腹を満たして後半戦に備えましょう。

 

…って購買どこよ?

 

誰かに聞こうと周りを見回す。

ささっと群集が視線を避けた。

彼女はむかっとした。

 

何よ、何なのよ。今朝とのこの違いはなんなのよ!?

その事にもいらいらして、ふと、やっぱり白いそれが目に入ったのだった。

 

「…あー、ちょっとファースト」

「何」

 

白い少女は相変わらず頬杖をついて窓を眺めたまま涼やかに答えた。

と、彼女は疑問に思い、それを素直に口にした。

 

「あんた、食事もうすんだの?」

「いいえ。必要ないもの」

 

ふうん、ダイエット中かしら?などと考えて。

 

「購買の場所知ってるでしょ?」

「ええ」

「じゃ教えなさいよ」

「もう売り切れてるわ」

 

売り切れ?

 

「すぐに行かないと売り切れるそうよ」

「…じゃあ、アタシの今日の昼食どうするのよ?」

「さあ。私が知る訳ないわ」

 

やはり台詞ほどには冷たい言い方ではなかったが、それでも彼女はかちんと来て。

口を開こうとした瞬間それを差し出された。

 

黄色い小さな箱。

 

「…何、これ?」

「カロリーメイト」

 

やっぱり涼やかにそう言って。

 

「要らないの」

「…くれるの?」

「ええ」

「…え、ええと…あ、ありがとう?」

「そう?良かったわね」

 

そうして会話終了とばかりに、白い少女は窓を見上げた。

何か出鼻を挫かれた、とういうか毒気を抜かれてしまった彼女は、素直に自分の席に戻った。

なんかファーストって変な子ねえ?と自分を棚に上げて考えながら。

 

あれ?結構美味しいわね、これ。

 

 

 

 

借りを作ったままじゃ気持ち悪い。

 

つまる所それなのだ。

 

あれは完全に自分のミスだった。

焦ってポジトロンライフルのトリガーを数瞬早く引いてしまった。

あのミスさえなければもっと簡単に倒せたはずなのだ。

あんなちんちくりんのサードに借りを作るまでも無く、身をていして庇われるでもなく…。

 

だから彼女は彼に対してはっきりとこう言いたかったのだ。

 

こないだの借りは必ず返す、と。

 

何せ彼女の心は誇りで出来ているのだから。

助けてもらってそのままでいるなど彼女の誇りが許さなかったのだ。

 

「なのに何時になったらあいつらサードから離れんのよ…」

 

眼鏡とジャージ。

 

端から見てても仲が良さそうだった。

実は三人は実質今日友人になったばかり、などとアスカが知る訳がなかったが。

それでも常に三人で行動してて一向に一人になる気配が無い。

 

そしてとうとう放課後。

ほとんどストーカーのごとく三人組の後を着いて回る彼女は、一日にしてすでに別の意味での有名人になってしまっていた。

 

おい、あれだよ…。

うわ、まじだ。すげえ可愛いのに…。

 

遠まきに呟かれるそれも彼女の耳には入らず。

だが、ようやくにして彼女にチャンスが訪れたのだった。

 

「んじゃ二人とも明日な」

「お?一緒に帰んないのかケンスケ」

「おう、悪いな。ようやく小遣い出たから買いたいものあるんだ」

「ほなしゃあないな…つかこれから、その、俺も用事あるねん…」

「ああ、委員長のお見舞い?」

「な!?」

「ばればれだよ…じゃ、今日は別々に帰るか」

「うん」

「じゃあなシンジ。また明日!」

 

ケンスケが一足先に帰っていった。

 

「じゃあ悪いなシンジ、俺もや、その…」

「うん…」

 

シンジはそっと口にした。

 

「…委員長さんの具合、どうなの…?」

「ああ、ようやく意識が戻ったんねん」

 

嬉しそうなトウジの言葉にシンジも顔を輝かせた。

 

「そうなんだ…良かった」

「ああ…でも、妹さんは、まだやそうや」

 

一転してシンジは暗い表情になり。

 

「…お前のせいやない。」

 

トウジは真摯に言った。

 

「俺が言っていい台詞や無いけど、お前はなんも悪くないんや」

「トウジ君…」

 

てい、と額をぺしっと殴られる。

 

「あほ、呼び付けで良いゆーとるやろ」

「う、うん、ごめん」

「あほ、だからお前が謝る必要なんてない。謝るのは俺や」

「…別に怒ってないよ?僕」

「…お前…」

 

トウジは何か言いかけて、でも口をつぐんで、代わりにぐっとシンジの肩を寄せた。

 

「…シンジ」

「う…うん?」

「今日から俺はお前のマブダチや」

「う、うん」

「だから、何かあったら俺に言えや」

 

トウジは真剣な口調で言った。

 

「…お前をいじめるような奴がおったら、俺がぶち殺したる。」

 

シンジは、と、胸を突かれた。

 

「あー、まあ、最初にお前いじめた俺が言って良い事やないやろうけどな…」

「そんな事…」

 

と、肩を離して、ほなな、とトウジも帰って行った。

シンジはぼんやりとその後姿を眺めた。

 

と、後ろに気配がして。

 

「は、はあい!サード!」

 

緋色の髪の彼女が仁王立ちで立っていた。

 

「あ、ええと…惣流さん?」

「ア、アスカ。」

「え?」

「アスカよ!」

「え?」

「だから!」

 

彼女は少し照れながら。

 

「特別に!アタシの事はアs」ぴりりりりりりり。

 

「…携帯の音?あ、これって」

 

彼が口を開くと。

 

「…非常徴集、先行くわね」

 

どこに居たのか、白い少女が何事も無いかのように脇を通り過ぎていった。

 

あ、まってよ綾波ぃ!と彼も慌てて走り去っていって。

 

 

…。

 

……。

 

………。

 

 

「うらああぁああぁぁ!!!」

 

 

彼女の渾身のキックに壁がばこん!と凹んだ。

 

その歪んだコンクリの壁。

 

 

それが後にアスカラングレー最初の伝説と謳われるのだが、それはまあ、余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

15/8/12


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