リヴァイアサン・レテ湖の深遠   作:借り暮らしのリビングデッド

34 / 41
12-1《夕闇暮らしの忘れ物》

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい昨日の見たかよトウジ」

「おう、みたで。凄かったわ」

 

昨日の今日だと言うのに、第壱中は割りと平和だった。

 

その中学校が比較的中心より離れており、前日の被害をまったく被らなかったのもあるだろう。

それでもぽつりぽつりと空席が目立ったのは、中には親族や実は当人自体がまだ安否が確認されていない生徒も居たからだ。

だがそれに想像力を働かせることが出来るほど、少年少女たちはまだ成熟していなかった。

 

「しかし、あのエヴァてこないだ見たのとちゃうな?」

「ああ、赤かったしな。紫のは多分シンジらしいから、きっと惣硫か綾波だろ」

 

ちなみに前日の使徒襲来を目撃した住民はかなりの数居た。

それでも今回の被害や使徒のそれがニュースで流れないのは流石見事な情報規制だった。

 

「じゃ見せてやるよ、これ」

「うお…!?」

 

ケンスケが見せたその一枚の写真にトウジは思わずうなった。

例の蜘蛛のようなアメンボのような使徒と、赤いエヴァ。

それは写真の良し悪しなどまったくわからないトウジが見てすら見事なアングルと迫力で。

 

「…ケンスケ、おまえ凄いやん…」

「だろ?俺の人生でもベスト3に入る傑作さ」

 

そう自画自賛しつつ、トウジの嘘のない反応にうれしそうに頬を緩めた。

余談だが、この写真がケンスケの人生における転機になる。

使徒戦が終わり、エヴァなどの存在が機密で無くなった後、この写真によって夢をかなえるための道が開けたのだから。

それは後に彼の初めての写真集の一部に収録され世に出ることになる。

 

そんなこんなで3時限めの休みにようやく姿を見せた二人に。

 

「お、シンジ!惣流!」

 

そうして二人はクラスメート達に囲まれ矢継ぎ早に質問を浴びせられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

青Ⅹ “AsukaⅢ” 

       《夕闇暮らしの忘れ物》

 

 

 

 

 

 

・Ⅰ

 

 

 

 

惣流アスカは困っていた。

すごく困っていた。

とてもとても困っていた。

 

クラスメートたちの質問を適当に捌いて椅子に座る。

 

はあ、とため息。

 

そしてふと前日のそれを思い出して、かあ、と頬を赤くした。

思わず机につっぷす。

 

…あたしナニしちゃってんのよ…。

 

いや、違うのだ。と彼女は自分に言い聞かせた。

あれは身体が勝手に動いたのだ。そう、あくまで流れというか、そういう感じのあれなのだ。

魔が差したのだ。そう、あくまでそれ的なあれなのだ。つまりノーカンなのだ。

そう、ノーカン。つまり。

 

アタシのファーストキスなんかじゃないわよ!

 

彼女は全力で自分にそう言い聞かせた。

でも、やはりどうしてもあの少年の唇の感触を思い出してしまって。

 

…あいつの、柔らかかったわね…。

そして、脳裏によぎる香ばしい香り。

 

初めてのキスはコーンポタージュの味だった。

 

…。

 

彼女はがん!がん!と頭を机に打ち付けた。

 

「何してんねんあの女…」

「さあ…?」

 

アスカの奇抜な行動にクラスメート達は珍獣を見るように遠巻きに眺めていた。

 

「シンジ、何かあったのか?惣流」

「え、うん…」

 

と、同じく彼女の様子をぼんやり眺めていた少年が、ふと、やんわりと頬を染めた。

それにハッと二人は顔を合わせ。

 

「お、お、おい、まさかシンジお前…」

「え?」

「そ、そや、まさかお前とうとう惣流とあんな事や…」

「そんな事。」

「挙句の果てには」

「こんな事まで…」

 

二人は声をそろえて言った。

 

「「しちゃったのか!?」」

 

当然、シンジ少年は意味がわからずきょとんとして。

その様子に二人ははあ、とため息をついたのだった。

 

「ま、シンジやしな」

「だなあ。そんなわけ無いよな。シンジだし。」

「そやそや。シンジやし」

「ところで綾波は欠席?」とケンスケ。

「あ、うん、昨日ちょっと怪我しちゃったから、多分それだと思う」

 

そうなんだ…、とちょっと神妙な様子で相槌をうつ。

 

「そういや委員長も休みやなあ…」

「ああ、何かあったのかな?」

 

と、その言葉にシンジの顔に一瞬影が過ぎる。

そして、力なく肩を落とした。

 

すると、なんとなく視線。

 

その方向に目を向けると、アスカと目が合った。

彼女は一瞬で顔を背けた。

ズウオッ!という擬音が聞こえそうなほどの背け方だった。

 

それに目を瞬かせて、と、少年は改めて昨日のそれを思い出す。

アスカとのくちづけは、とてもとても甘い味がした。

 

なにせ直前まで彼女はおしるこを飲んでいたので。

 

ちょっと頬を染めて、昨日の自分を不思議に思う。

本当に身体が勝手に動いて、くちびるを合わせて、でも彼女も同時に…。

 

すると、なんとなく視線。

 

その方向に目を向けると、またしてもアスカと目が合う。

彼女は一瞬で顔を背けた。

ズウオッ!という擬音が聞こえそうなほどの背け方だった。

 

痛っつ!!

 

彼女の首がぐきっと鳴った。

 

 

 

 

そんなこんなで昼休み。

 

彼女はチャイムがなった瞬間ガタタッ!と立ち上がった。

きーn、ぐらいのタイミングである。

 

何事か、とクラスメートが注目する。

 

だがそんな視線を一切意に返さず、シンジ少年にずかずかと近寄ると、彼の前で腰に手を当て仁王立ちで見下ろした。

だが極めて不機嫌そうな様子で、目はやはり肉食獣的に剣呑に光っていた。

 

だから彼はその様子にちょっとびびりつつ。

すると彼女はゆっくりと口を開いて、こう言ったのだった。

 

「いいいいいしょにたいしょにたべたべたべたべるるわよるわよばかし、しんじっ」

 

…。

 

えー…?

 

するとアスカは、思わずかあ、と顔を赤く染めたのだった。

おずおずとシンジが。

 

「あ、あの、一緒に食べるの…?」

「そ、そうよ!!」

「あ、うん。二人ともいい?」

「え?俺はええけど…」

「お、おう、俺も別に…?」

 

じゃあ4人で食べよう、とシンジ少年は少し楽しげに机を移動させた。

 

…ちげーわよ…このメガネとジャージはどうでもいいのよ!

 

と彼女は思いつつ、でも改めて言うのもあれだし、少年が何か嬉しそうな様子だったので。

仕方なくその三人組の輪に入ったのだった。

どっかのだれとも知らない近くの机をがんっ!と不機嫌そうに三人の机にぶつける。

そしてどすん、と椅子に座った。

 

 …なあケンスケ、なんやねんあれ…。

 俺に聞くなよ…。

 

こそこそとそんな話をしつつ、奇妙な雰囲気の中4人で机を囲んだのだった。

 

 

 

 

そんなこんなで放課後。

 

彼女はチャイムがなった瞬間ズババッ!と立ち上がった。

k、ぐらいのタイミングである。

 

何事か、とクラスメートが注目する。

 

だがそんな視線を一切意に返さず、シンジ少年にずかずかと近寄ると、彼の前で腰に手を当て仁王立ちで見下ろした。

だが極めて不機嫌そうな様子で、目はやはり肉食獣的に剣呑に光っていた。

 

だから彼はやっぱりその様子にちょっとびびりつつ。

すると彼女はゆっくりと口を開いて、こう言ったのだった。

 

「いいいいいしょいしょにかえかえかえっるかえっわよばばばかし、しんじっ」

 

…。

 

えー…?

 

アスカはまたしてもかあ、と顔を赤く染めたのだった。

おずおずとシンジが。

 

「あ、うん。二人ともいい?」

「え?俺はええけど…」

「お、おう、俺も別に…?」

 

じゃあ4人で帰ろう、とシンジ少年は少し楽しげにカバンを手に取った。

 

だからちげーわよ!このメガネとジャージはどうでもいいのよ!

と彼女は思いつつ、でも改めて言うのもあれだし、少年が何か嬉しそうな以下略。

 

 …なあケンスケ、これって…。

 お、おうよ…これまさか…惣流…。

 い、いや、やっぱ勘違いかもしれへん。

 あ、ああ、そうだ!そうそう、きっと俺たちの勘違いさ…。

 

ははは、と二人は力なく笑った。

 

 

 

今日は雲ひとつ無い晴天だった。

 

シンジ少年は青空に浮かぶ雲が好きだったので、ちょっと残念に思いつつ。

それでもやっぱりその澄み切った空はとてもとても綺麗だった。

彼女は相変わらず空ばかり見てる少年を横目に、鼻を鳴らした。

 

…何やってんだかね、アタシ…。

 

ふ、と息を吐いて、なんとなく彼から目を背け彼女も空を見上げた。

するとジャージもとい何とかという生徒Aが彼女に声をかけた。

 

「あー、惣流」

「あによ」

「なんつーか、シンジと何かあったんか?」

「ナニもねーわよ!」

「お、おう、そうか?」

 

彼女の剣幕にちょっとびびりつつ。

するとメガネもとい何とかという生徒Bも口を開いた。

 

「そういや、昨日赤いエヴァ出てたけどさ」

 

彼女がぴたりと止まった。

そうして彼は虎の尾を踏んでしまったのだった。

 

「あれって惣流の?それとも綾波?」

「うるさいっ!!!」

 

そのあまりに迫力のある怒鳴り声に三人とも言葉を失って。

 

「…いい。やっぱ一人で帰る」

 

そして、彼女は返事も聞かずかずかと踵を返したのだった。

 

 

 

 

アスカは極めて不機嫌に一人帰り道を歩いた。

せっかく忘れてたのに。

と同時に、それを忘れていた(正確には考えないようにしていた)自分に驚く。

 

なんとなく、目を伏せた。

ふと、ケータイを取り出す。

 

『加持リョウジ』

 

その番号にちょっとだけ迷い。

少し躊躇するような様子で、でも彼女は着信のボタンを押した。

 

 

 

 

シンジは少し日が暮れ始めた帰り道を一人歩いた。

 

あの後三人でゲームセンターで遊んで、今日の買い物を済ませ。

少し遅くなったので早く夕食作らないとな、と、家のドアを空けた時その声に気づいたのだった。

 

低い男性の声と、何か弾んだようなアスカの声。

足元を見ると大きい、男性の靴があった。

ちょっと恐る恐ると言う感じで靴を脱ぐ。

 

「あ、おかえり。遅かったわね」

「やあ。お邪魔してるよ」

 

そしてシンジはその男性をまじまじと観察した。

 

加持リョウジは決してブ男ではない。

が、だからと言って特別端正と言える程の顔でもなかった。

 

だが面長で彫りが深く、高い鼻や濃い眉に、後ろでくくりつけた長髪。

それはまさに無精という言葉を体現していて、日本じゃあまり見かけない類の色気を纏っていた。

 

お侍さんみたいだな、とシンジは思った。

 

その無精ひげと無精な髪型は、確かに加持という男に良く似合っていて。

まるで時代劇に出てくる侍のような、そういう男臭くて泥臭い魅力を醸し出していた。

 

かなり好き嫌いが別れる男だろう。

女性によってはまったく興味なし、または嫌悪感すら抱く。

だが、こういう種が好きな女は下手すると岡惚れしかねない、そういう男だった。

 

すると、その男性もシンジをじっと観察しているようだった。

少したれ気味のその目の奥に鋭いような、あるいはひんやりとするようなそんな感覚があって、でも。

 

「加持リョウジだ。よろしくな、シンジ君」

 

それが嘘だったみたいに人懐っこく、どこか子供を連想させるように微笑んだ。

 

 

ネルフの元ドイツ支部所属で、アスカの警護及びまあ、保護者のような。

 

「つまり、君にとっての葛城みたいな立場さ」

「ミサトさん、知ってるんですか?」

「ああ、まあね。古い馴染みさ」

 

すると加持は悪戯っ子のような口調でこう言った。

 

「あいつ寝相凄いだろ。今も変わってない?」

 

アスカがあんぐりと口を開いた。

でもシンジ少年はもちろんぼけぼけっと。

 

「はあ。いや、知らないですけど…」

「そっか」

 

その少年の反応に加持はちょっと面白そうに目を細めた。

確かに資料どおりだな、と改めてシンジを観察した。

 

14歳にしては背も低く、顔立ちや雰囲気もはっきりと幼い。

発育の良い現代なら小学生でも通る、だが、あるいはそれゆえに端正な顔立ちをした子だった。

 

子犬のようなくりっとした目はまつ毛が長く、黒々としていて、でも少しシャープな印象だった。

そして加持と正反対のベリーショートな髪型はこの少年にかなりの清潔感を与えている。

が、そんな短い髪をしていても、やはりどちらかと言えば男装した女の子のように見えてしまう。

恐らく男女関係無く、そっちの趣味があればちょっと涎たらしかねない子だな、と笑った。

 

「ところでシンジ君。お近づきのしるしにこれから食事でもどうだい?」

「行く行く!」

 

もちろんアスカが即反応して。

行くでしょ!?とちょっと命令口調で少年に話を向ける。

 

こくり。

 

シンジのその頷き方はまさに幼子のそれで、加持は思わず頭を撫でてやりたくなってしまった。

どうやら見た目だけでなく中身も幼い。最近じゃこんな子は小学生でも中々居ないだろう。

 

そして納得する。

なるほど、葛城が入れ込むわけだ。

 

加持は、ミサト本人ですら気づいていないそれをこれだけのやりとりで正確に洞察してみせた。

そして思わず苦笑いしたのだった。

 

 

 

 

シンジにとって大人は無縁な人種だった。

 

中でも大人の男性というのは、今までの短い人生で父以外に殆ど縁が無い。

つまり加持のその男臭さは、確かにシンジにとっては未知との遭遇であり。

畏怖と共に、強い好奇心のような、何か惹かれる感覚をシンジに抱かせた。

 

もしやそれは、かつて目の前で失われてしまった父性への憧憬も含まれていたのかもしれない。

 

「で、改めて本部に転勤になってな」

 

これからよろしく、と。

 

雰囲気のいいレストラン。

三人で会話を楽しみながら割と高級な料理に舌鼓をうつ。

アスカはとても楽しそうな様子を見せつつ、でも、少し不機嫌だった。

 

…加持さんさっきからシンジばっかり。

 

そこそこ長い付き合いであるアスカは、加持のその様子に感じるものがあった。

どうやら、シンジを気に入ったらしい、と。

もちろん言うまでもなく、そこには『あの』サードチルドレンへの興味もあったのだが。

 

でも、と。

彼女は気づかれないように目を伏せた。

 

加持は、アスカをはっきりと女性として扱ってくれる。

大人の男性にそういう扱いをされてその年頃の少女が不快なわけもなく。

あるいはだからこそアスカは加持に懐き、また憧れのような感情を抱いたのかもしれない。

それに対して先ほどからの加持の少年に対する対応は何か、なんというか。

 

…同属?か、仲間に対するような。

 

そう、明白に加持はシンジ少年に親しみのような態度を見せていて。

そしてシンジも最初はどこかおずおずしつつ、でも、今ではリラックスして楽しそうに加持と話していた。

加持は一度もアスカにそういう親しいような様子を見せたことは無い。

ふと彼女は一人だけ仲間はずれにされたような寂寥感を覚えた。

 

『へえ、そうなんだ』

 

あの時の気のない加持の返事。

それが、彼のアスカに対する全てを物語っていたのかもしれない。

 

つまり加持リョウジは、本質的な意味で女にまるで興味の無い男だった。

 

未知や、謎や、スリル。彼が興味をもっているのは常にそういうものなのだったのだ。

彼にとって女性は常に性欲処理以上の価値はなかった。とある一名を除いて、だったが。

 

アスカは思った。

…シンジが、男の子だから?

アタシは女だから、ああいう親しみを見せてくれないんだろうか?

 

ついさっき会ったばかりなのに、まるで歳の離れた友達のように会話してる二人を尻目に。

アスカは何か、突然泣きたくなるような感傷に襲われて、ぐいっとグラスのジュースをあおった。

 

 

 

 

「じゃあ今日は楽しかったよ二人とも」

 

シンジは後部座席のドアを閉めながら、僕もです、と少しはにかんだ。

アスカも助手席のドアを閉めつつ。

 

「え?もう帰っちゃうの加持さん」

「ああ、これからちょっと呼ばれていてさ」

「えー!どうせなら泊まっていけばいいじゃない!どうせミサト居ないんだし!」

「ごめんなアスカ。また今度」

 

そして加持は改めてシンジに向き直り。

 

「じゃあなシンジ君。今度また遊ぼう」

 

はい、と少年はちょっと嬉しそうに言って。

そして加持は去って行った。

アスカはその少年の様子と、小さくなっていく加持の車を見つめて。

 

そっと、うなだれた。

 

 

 

 

「加持さんて、楽しい人だね」

 

リビングでTVをつけながら、アスカはそのシンジの呟きに耳を傾けた。

 

「今度いつ遊びに来てくれるかなあ」

 

シンジもどうやら加持という男に懐いたらしかった。

すると、彼女はぼそっと言った。

 

「シンジ」

「なに」

「お風呂、一緒に入りましょっか」

 

もちろん、その脈絡の無い提案にシンジは虚をつかれ。

すると彼女は囁くような低い声で言った。

 

「…どーせミサト居ないしさ。二人っきりだし」

「う、うん?」

 

入りましょ。

 

そう言ってぶっきらぼうに風呂場に消えた。

水の音。浴槽にお湯を入れてるらしい。

 

どういう事?と少年は首をかしげた。

 

流石の少年でも女の子と一緒にお風呂に入るのは恥ずかしい、という感覚があった。

でも、どうやらアスカは本気なようだった。

 

彼はどうしたらいいか分からなくて、風呂場にそっと足を踏み入れる。

彼女が浴槽にお湯が溜まるのを見下ろしていた。

顔を伏せて、どこか所在なさげで。

ふと、その後姿が少年の何かに触れた。

 

彼は、少し優しい口調で声をかけた。

 

「あの…アスカ?」

「何よ」

 

口調は極めてぶっきらぼうだったが、でもどこか弱々しくて。

すると、嫌ならいいわよ別に、と。

だからシンジは、そっと呟いた。

 

「…ううん。別に嫌じゃない」

「…一緒に入るの?」

「うん…」

「そう」

 

そうして彼女は着替えをとりに、自分の部屋へそっけなく消えたのだった。

 

 

 

 

「よう、遅くなったな、葛城」

 

加持はそこで佇むミサトにのんきに続けた。

 

「で、用件て何さ」

「わかってんでしょ」

 

ミサトはまるで感情を込めない口調で、そして、懐から取り出した銃を彼に向けた。

 

「先の停電と使徒による死者、恐らく千はくだらないだろうって」

「そっか…それは、気の毒だった。」

 

加持は心からそう呟いた。そう『心から』。

彼は本気で死者たちに同情した。もちろん、それの責任が実質自分にあると知りつつ、だが罪悪感を微塵も抱かず。

だが真実の真心でもって、『心から』同情したのだった。

 

彼はつまりそういう男だった。

優しさと冷酷さ、または情の深さと冷徹さ。

それが一切矛盾せず同居しているのが加持リョウジという男だった。

 

「…やっぱり、あんたなのね」

「何の話かな?」

「ふざけないで!!」

 

彼女は本気の殺意で彼に銃を向けた。

なのに彼はのほほんと続けた。

 

「葛城、例のカード使ったか?」

 

あの血のように赤い。

 

「まだよ。でも今はそんなこと」

「大いに関係あるのさ」

 

彼は懐から煙草を取り出し、と、彼女はとっさに足元に一発撃ち込んだ。

もちろん彼は微塵も気にせず煙草に火を点けた。

 

「いずれ今回の停電による情報は必要になる。必ずな。まあ使徒襲来が重なったのは流石にめんぼくなかった」

 

ミサトは、その彼の様子にむしろ自分が追い詰められているような錯覚すら起こして。

 

「なあ葛城。どこまでネルフを信じてる?」

 

その言葉に目を細め、でも彼女は答えた。

 

「信じるも信じないもないでしょう。使徒を倒すには…」

「で、使徒って何だと思う?」

「…何って…」

「なあ、葛城。おまえ少しは疑問に思え。『使徒』に『天使』だぞ?」

 

加持は笑って。

 

「そんな風にわざわざ呼称される意味。わからないか?」

 

彼女は眉をひそめる。

彼はそんな彼女の様子に微笑みつつ。

 

「使徒襲来は全部で12回と言われているよな。つまり地下のあれを入れて使徒は13体」

「そうね。だから後7つ…」

「で、使徒を全て倒したら、次は何がくると思う?」

 

ミサトはようやく、そういう可能性に思い当たった。

 

「…つまり…?」

「『まつろわぬ神の一柱』あるいは『深遠の神』または『いと深き君』。

 そう呼称されているよ。俺もまだわかっているのはここまでだ」

 

加持は旨そうに煙草をふかしながら言った。

 

「つまり、どうやら使徒はただの尖兵にすぎない。本当の戦いはその後。これはただの前哨戦だ」

 

ミサトは疑惑の目で彼を射抜きながら、でも、と目が泳ぐ。

 

「そしてネルフは、正確にはそのバックに居る連中は色々と良からぬ事を企んでる。

 シンジ君の通っている学校な。正確には彼のクラス、だ。あのカードで色々と調べてみな」

 

面白いことがわかるぞ、と。

 

「それで、そのクラスメートたちからできるだけ目を離すな。

 連中は使徒を全て倒した後、エヴァで何かしようとしてる」

「何って、何を…」

「まだ憶測さ。はっきりしたらおまえにも教えてやるよ」

 

彼はふてぶてしく笑った。

 

「なあわかるか葛城。これは神話なんだよ。俺たちは今まさに神話の中に居る。

 恐らく人類でもっとも新しい神話の誕生に立ち会ってるんだ。ならきっと、この先死んでいく人々は千や万どころじゃない」

 

下手すると。

そして呟く。

 

「なあ葛城。おまえ使徒に復讐したいんだよな。父親の敵として。

 でも見誤っちゃいけない。おまえが復讐すべき相手は、きっと使徒じゃないぜ」

 

そっと彼女に近づいて。

やはり彼女は銃を彼に突きつけ、だがもちろん彼はそんなもの興味も無いように、彼女の耳元で恐らく、と囁いたのだった。

 

「ネルフ総司令…碇ゲンドウだ。」

 

彼女は、きゅっと眉をひそめた。

 

 

 

 

「ご苦労だったな、冬月」

「まったく、老体を扱き使うな」

 

広い司令室に二人の影。

 

「それで老人たちは」

「例の零号機の暴走、もとい使徒による寄生は信じたよ。

 預言書には使徒の特徴までは記載されていないからな。

 そうである以上、不信を抱きつつも信じざるをえないだろうさ」

「そうか…ご苦労だった」

 

ゲンドウは低い声で労いつつ。

 

「それで参号機は」

「まわすそうだ。セカンドが乗ることになるか」

「ああ。」

「少し遅れるが四号機もだ。流石にセカンドは父親が父親なだけあるな。

 弐号機がああなったと知ってあっけなく認めたよ」

「そうか」

「しかし、留守の間に色々あったようだな」

 

冬月は苦笑いしつつ。

 

「あの三キロ四方の穴、どうしたものか?」

「とりあえずはベークライトで塞ぐ。応急処置だが」

「俺としては停電のほうが気になるぞ。やはりそういう事か?」

「ああ。ネルフ本部の地理は把握されたと考えていい」

「ふむ…対テロ予算、は、難しいか」

「まだ使徒が倒されるまでは時間はある。」

 

それまでになんとかする、とでも言いたげで。

冬月は再び苦笑いした。

 

「そう上手く行くかな…」

「無理を承知でもやるしかなかろう。」

「…15年後か」

「ああ、たった15年後だ。一日たりとも無為には出来ん」

 

そうして、ゲンドウは目を光らせ宣言した。

 

「俺たちは神を殺すぞ、冬月。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

16/3/5


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。