リヴァイアサン・レテ湖の深遠   作:借り暮らしのリビングデッド

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15ー2 青から赤へと至るには

 

 

 

 

 

 

「それで、四号コアの経緯は」

 

巨大な司令室。

 

ゲンドウの声が低く響いた。

定期報告のために訪れたリツコは、すでに慣れた様子だった。

 

「すでに被験者をコアに浸透させること自体には成功しました。ですが未だ深度は浅く定着しません」

「定着する可能性は」

「継続してコアにいくつかの刺激を与え続けています。わずかに深度が下がったのも確認されています。まだ崩壊の兆しもなく、である以上は成功は時間の問題と思われます」

「もし定着しない場合は」

「すでに浸透は済ませた以上、このケースでは被験者ともどもコアを破棄するしかないでしょう」

「…いいだろう。ダミー計画の一時休止は了解している」

 

ゲンドウはわずかにトーンを落として言った。

 

「四号機がすでに配備された以上コアを最優先に。コアの製造が済み次第計画は即再開」

「…はい」

「以上だ。そちらに要件はあるか」

 

すると、リツコはあえてそっけなくこう言った。

 

「レイがクラスメートたちと市内旅行に行きたいそうです。許可を求めています」

 

一瞬、ゲンドウが沈黙した。

 

「…レイがか」

「ええ。学校の修学旅行と同じ日に二泊三日だそうです」

 

その様子をリツコは面白そうに、泣き黒子の目を少し細めて観察した。

 

「ちなみにご子息やセカンドチルドレンも一緒のようです。どうあれ保安部は問題なく稼働します」

「…よかろう」

「よろしいので?」

「ああ。他には」

「ありません」

「ならばいい。下がれ」

「はい」

 

珍しいものを見れたな、とリツコは微笑して、そのまま司令室を後にした。

 

 

 

 

 

 

・Ⅱ 『青から赤へと至るには』

 

 

 

 

 

 

 

 

エヴァには、奇形が多かった。

 

 

零号機は一つ目だし、弐号機に至っては四ツ目だ。

 

初号機や参、四号機のように二対の目で生まれてくる個体の方が実は少ない。

 

中には腕が一本多かったり、脚が何本もあったり、あるいは少なかったり。

指が六つも七つもあったり、時には胴体そのものがまるで蛇のような異様な形をしたエヴァも報告されている。

 

それらの場合は細かい動作に支障を来たすであろう、という判断から生成途中で破棄される。

 

人がシンクロする以上、人の形から遠いほど思い通りに動かすなど困難であろうからだ。

 

つまりエヴァの製造とは、奇形にならない様に、あるいは許容範囲の奇形で済むように、かつ身体的に強靭になる様な骨格になるように培養することを言うのだった。

 

そしてそれはエヴァにとってはむしろヒトの形こそが奇形である、ということを意味している。

 

逆の視点で言えば、無理やり奇形になる様に作られているのがエヴァ、という存在なのだった。

 

 

第三ケイジ。

 

 

リツコは窓に遠めに映る銀色のエヴァを眺めた。

 

そして目的のためならなんだってしてのけるヒトの業の深さにわずかに思いをはせる。

 

四号機の見た目は兄弟機の参号機と全く一緒だった。

つるりとした頭部に、ツインアイ、そして口。違うのは装甲の色だけ。

 

だが、今はその銀色の装甲の胸部がぽっかり空いている。

 

その先には、まるでクレーターのような巨大な肉の欠落が出来ていた。

 

 

「やはり深度が思ったより下がりませんね…まだ浅層の段階です」

 

マヤは事務的にリツコに報告した。

 

リツコは窓を眺めるのをやめて、モニターに視線を移す。

モニターいっぱいに広がる深い青。

 

摘出された状態の、巨大なコア。

 

だがそのコアは赤ではなく、青かった。

仄暗い、どこか水の底を連想させるような青。

 

そのコアの表層にはうっすらと、人の影のようなものが確認できた。

 

マヤは言葉を重ねる。

 

「彩度も変化なし、赤色化の兆しはありません」

「この深度でも定着した報告はあるにはあるけど、やはりまだ浅すぎるわね」

「そうですね、この子の場合はまだ…」

「コアの素材になるにも才能や資質があるのかしら?」

 

リツコのそのある種の露悪的な言い方に、マヤは少し眉をひそめた。

 

「もう少し刺激を与えるわ。慎重にね」

「はい…」

 

マヤはコンソールをいくつか叩く。

 

「わずかにでも崩壊の兆しがあればすぐ中止よ。今回は変わりがいないんだから」

「はい、大丈夫です…深度、わずかに下がり始めました…本当に少しですが」

「…どうあれ、時間がかかりそうね」

 

するとマヤはぽつりとこぼした。

 

「…やっぱり『あの子たち』とはずいぶん違うんですね」

 

あの子たち。

『彼女たち』をそう呼ぶのはマヤの癖だった。

 

「そうね、零号コアの時はあっという間に深層まで到達したし。

 そこまで浸透しても定着しないのが多かったのは意外だったけれど…」

「ところで先輩…」

「何?」

 

マヤはコアにうっすら映る小さな人影をみながら呟いた。

 

「その、新しくチルドレンになる子って、これのこと知ってるんですか…?」

「さあ?知らないと思うわよ。保護者にはある程度は知らせたけど、わざわざ話すかしらね」

 

そうなんですね…とマヤは呟き。

 

「…どうしても、これ以外の方法はないんでしょうか?」

「今のところ見つかってないわね。そもそも空っぽの青色コアへのシンクロは一応禁じられてるし」

 

モニターのそれに視線をやる。

 

それをずっと見ているとまるで深海を覗いている気分になるのだった。

ある時、ふい、と未知の深海魚がその球体のどこかから顔を覗かせでもしそうな。

 

「…確か、事故があったんですよね?」

「そうよ。記録に残ってる限りは二回」

「それが初号機と弐号機…」

「そう、どちらの場合もパイロットがコアに取り込まれた。それぞれで予後はかなり異なるけどね。

 そこで初めてコアの赤色化現象が確認されるも、今もってその原理は不明…でも、その状態であればどうやら人がエヴァを制御できるとわかった」

 

結局のところね、とリツコは呟いた。

 

「膨大な実験と失敗と犠牲を積み上げてどうやらこの方法ならうまく行く、というのを発見してるだけよ。それすらも正解かわからない…」

 

リツコはなんとなく煙草を吸いたそうな様子だった。

 

「…でも正直、コアへの生体インストールはそっちの方が確実と思うわ。

 というより、このやり方がむしろ邪道なのかもよ」

 

コアにうっすら映る小さな人影を見ながらそう呟いた。

それはまるで水の底へと人が沈んでいこうとするような印象を与えた。

 

あるいは。

まるで、浮上してくる水死体を棒で押して無理やり底へと沈ませようとしてる様な。

 

リツコは自身の仕事に抱いた悪趣味な印象に、つい眉をひそめた。

 

「でも、結果がわかっていて志願する人なんて…」

 

とマヤは相変わらず声を潜ませるように言った。

 

「あら、いなくもないかもしれないわよ?こんな世の中だもの。

 そもそも今まで二例だけしかない以上、絶対にそうなるとも断定できないし」

 

どうあれ、とリツコは言った。

 

「こっちの邪道なやり方なら私たちだってすこしは気が楽でしょう…鮮度さえ保たれていれば必ずしも生きた人間である必要はないんだから」

 

マヤは、沈黙した。

 

 

 

 

「リ~ツ~コ~。りぃ~つぅ~くぉおお~!」

 

一旦マヤに任せて研究室での休憩がてら。

 

煙草を吸っていると聞きなれた声。

一体あなたは何歳なのかしらと思いつつ、何か用?と雑に返事をする。

 

するとミサトは姿を現しざま言った。

 

「コーヒーちょうだい。」

 

リツコはイラッッとした。

 

「自分でやってくださる…?」

「あ、うん…」

 

なんかマジおこの気配を感じたのでミサトは素直に従った。

 

リツコってば怒ると怖いんだからもー…

 

拗ねたようにコーヒーメーカーに豆を適当に入れる。

がりがり、と砕く音が聞こえた。

手持ち無沙汰なのでリツコに話を向ける。

 

「つか、その様子じゃあんたも大変そうね。家帰ってるの?」

「家?家ってなにかしら」

 

リツコは遠い目をした。

あらあ…とミサトはさすがに同情の声を上げた。

 

「しかたないわねえ。じゃあたしがアンタの分のコーヒーも淹れてあげるわ」

「遠慮しとくわ。だってあなたの作るの何もかも不味いもの」

「遠慮するんじゃないわよ」

「欠片たりともしてないのよ…?」

 

コーヒーの香ばしい匂いが広がった。

 

「どう?」

「まずいわ?」

「ひどくない?」

「ちっとも?」

 

どうして同じ材料でこうまで不味くなるの…。

 

ちえー、と言いつつミサトも椅子に座った。

 

平気な顔してずずず、とコーヒーをすすっている。

どうやら本人は不味くないらしかった。

 

ふう、とリツコは息を吐いた。

 

「…そう言うあなたもなかなか忙しそうね」

「そりゃ初のエヴァ三機稼働だもの。色々運用方法とか実用的な作戦練ってるのよ」

 

どうだか、と思いつつリツコはそれはなによりね、と調子を合わせた。

 

「で、せっつくわけじゃないけどさ、コアの製造はいつまでかかりそうなの?」

「まだ先ね…少しずつでも進んでるわよ」

「…コアの製造ってそんなに慎重にやんなきゃいけないものなの?調整がどうとか言ってたけど」

「当たり前でしょ」

 

もしコアの製造に失敗したらまた新しくチルドレンを探さなきゃいけないんだから。

と、言いたいのを堪えて代わりにこんな事を言った。

 

「そうね…例えば初号機と参号機でコアを入れ替えたとしましょう。

 そうなったら参号機にはシンジ君が乗るし、初号機はアスカになるでしょ」

 

そうでしょうね、とミサトはうなずく。

 

「ならこの場合、S2機関が宿ったエヴァはどっちになると思う?」

 

ミサトは一瞬真剣な表情で思考をめぐらし。

 

「もしかして…参号機の方になるの?」

「一応正解。その可能性が非常に高いと予想されているわ。だってS2機関はコア内部に確認されてるんだもの」

 

もっともあまりにリスクが大きすぎる上、未知な要素も多いのでそれを試す予定なぞ一切ないのだが。

 

「では、あなたはシンジ君の乗った初号コアの参号機をどう認識する?」

「…初号機と、認識するでしょうね」

「私もそうよ」

 

ミサトは納得したように頷いた。

 

「そうか…つまり、コアこそエヴァの本体ってわけなのね?」

「…実はそこまではっきりとも断言はできないのよ。素体側にも明白に性能差や個性はあるから」

 

リツコも少し思案しつつ。

 

「コアと素体が相互に影響しあってる可能性だって示唆されてるのよ。実際、アスカは弐号機ほど参号機にシンクロできてないでしょ?コアは弐号機なのに」

 

もちろん他の要因もあるのかもしれないけど、と呟く。

そう言われて、ふむ、とミサトは腕を組んだ。

 

「でもまあ、あなたのその認識でもいいと思うわよ。極端な話コアが無事ならエヴァはいくらでも替えは効くのよ、新しくチルドレンを探す必要もなくね」

 

コアの製造がどれほど大事か理解した?とリツコは一本火をつけた

 

「なるほどねえ…まあ納得したわ」

 

とミサトは頷き。

 

「でもさ、そもそもからして気になってるんだけど」

「なに?」

「なんで四号機は尚更レイじゃないの?どんなエヴァにもシンクロできる特異な子なんでしょう」

「だからこそのジョーカーでもあるでしょ」

「それだけが理由?」

「レイには手伝ってもらう実験があるのよ」

「どんな実験よ?」

「これは技術部の仕事よ。あなたは知る必要はないわね」

 

ミサトは少し目を細めて改めて考えこんだ。

 

初号機に乗れるパイロットが見つかった。

それはレイ用の初号機のコアの変換を必要とせず、と言う意味だった。

 

ミサトは当時それを特に疑いなく信じた。

だが、ここに至って順序が逆なのだと気付いている。

 

初号機は最初からレイ用ではない。

なぜ、そんな回りくどい状況になっていたのかまではわからないが。

 

レイは何者なの?

全てのエヴァにシンクロできるというあの少女は。

 

あの赤いカードをもってしてすらもレイの情報は未だ得られていない。

相当な機密レベルだった。

そしてそれ自体がレイの異常性を雄弁に物語っている。

 

すると、リツコが考え込んだミサトを横目にそういえば、と声をかけた。

 

「最近あなた、子供たちの面倒ちゃんと見てる?」

「う…」

 

痛いところを突かれた、といった様子でミサトは呻いた。

 

「いくらなんでもシンジ君たちほっときすぎじゃないかしら」

「ん、まあね…返す言葉もないわ」

「男女の中学生なのよ?」

「いやあ、あの子たちに限ってそういうのはないと思うわよ?」

 

正確にはシンジに限って、という意味なのだが。

ちょっとばつが悪そうな様子に、リツコはついため息を漏らしてしまった。

 

「ミサト…あなたもしかして保安部の記録とか見ないの?」

「え?まあね…それは見ないって決めたわ」

「あら、どうして?」

「それは、けじめよ。」

 

ミサトはちょっと神妙な様子で言った。

 

「監視の記録まで見られてるなんて嫌でしょ?よほどのことがあれば向こうから連絡くるんだし」

「…本当に大切にしたいって思ってるのね、子供たちとの関係」

「そりゃ、まあね…」

「だったらなおのこと、保護者なら忙しくてもちゃんとなさいな」

 

そういうところが中途半端なのよあなたは…とリツコは内心で嘆息した。

 

「ごもっとも…まあもともと、今日からは早めに切り上げるつもりよ」

 

もう、今現在調べられることは調べつくしたし…

ミサトは、赤いカードに一瞬思いをはせた。

 

リツコはそんな彼女の様子を横目にしつつ、最近ウロチョロと何を調べてたんだか、と考えた。

 

MAGIにすらもその痕跡はない。

である以上、加持と組んで何か企んでるのだろう。

 

でも、一瞬、リツコを振り向こうともしない最高司令の後姿を浮かべ。

 

…まあ、私がフォローしてやれる範囲なら、好きにしなさいな。

でもそれ以上はさすがにあなたの自己責任だからね。

 

それからリツコは泣き黒子の眼を細めて、しかたないので不味いコーヒーを飲んでやった。

 

「あ、そういえばあの子たちの市内旅行の話ってリツコ聞いた?」

 

ミサトはちょっとだけ誤魔化すかのように話しを変えた。

リツコもそれに乗る。

 

「レイから聞いたわ。司令から許可貰ったわよ」

「ならよかったわ。シンジ君、レイも一緒で嬉しそうだったもの」

「…まさかレイがねえ」

 

リツコは感慨深く言った。

 

「いい傾向じゃないのよ、あの子のことは私はよくわかんないけどさ」

「…そうかもしれないわね。でもアスカとはどうなってるの?」

「それね~…」

 

ミサトもちょっと声を落とした。

 

「あたしもそれ少し心配しててさ…。まあ、最悪保安部が監視してるから」

「って、あなた、一緒に同行しないの?」

「え?」

 

ミサトは言った。

 

「だってえ。大人が子供の間に混じってどうすんのよ」

「…あなたねえ…?」

 

リツコは一瞬、頭痛がした。

 

「子供だけで泊りなんてできるわけないでしょう」

「いいじゃない?大人が居たって邪魔でしょ。子供だけで遊ばせてやれば」

「そういう事じゃなくて…男女のグループなのよ。何かあったらどうするの」

「あー…責任問題って奴か。言われてみたらそりゃそうか」

 

ミサトはがりがり頭を掻いた。

いい加減その癖やめなさい、と言いながらリツコは続ける。

 

「さすがに子供だけじゃ許可なんて出来ないわよ、保安部が警備してるとしてもね」

「でも、さすがにあたしは時間作れないわよ?」

「私も無理よ…いっそ最近暇そうにしてるオペレーター組にでも聞いてみようかしらね」

 

最近、使徒がこないせいでマヤを除いて暇そうにしてる連中を思い出す。

 

あるいはマヤにも打診してみようかしら、とリツコは考えた。

泊まり込みでコアの観測と調整するだけならリツコだけでもなんとかなる。

 

マヤには最近、負担をかけすぎている自覚もあった。

機密の問題からどうしたって任せられる人員が少なすぎるのだった。

 

子供が好きなマヤには意外と息抜きにでもなるかもしれない。

 

…私はますます家に帰れなくなるわね、とリツコは嘆息した。

 

 

それからコーヒーを飲んで、やっぱりそのまずさにますます嘆息した。

 

 

 

 

伊吹マヤはぼんやりとコアを観測し続けていた。

 

測定値に異常はなく、極めて微量ではあるが深度も下がり始めている。

今のままなら問題ないだろうと判断する。

 

改めてモニターの青いコアを見た。

 

まるで、どこかの深海の底にでも繋がっていて、それを球体を通して見ているかのような。

あるいは、どこかの湖をまるごと圧縮して巨大な球体にでもしたような。

 

その感想は、その球体にぽつりと浮かぶ、小さな人の影が拍車をかけているのだろう。

 

その青を眺めていると、いつも未知の深淵を覗いているような気分になる。

怖いような、不気味な、不安になるような、でも覗かずにはいられないような。

 

 

…私はもう、汚れているのだろうな。

 

彼女は思った。当然のように思えた。

こんな仕事を手伝っている時点で。

あるいはダミーシステムに関与した時点で。

 

もう、私は汚れているのだろう。

 

だが怖いのはそれ自体ではないのだった。

 

こんな事をしているのに、私は、どうやらそれほど何も感じてない。

その事実を、彼女は恐れている。

 

そう、彼女は常に潔癖を望んでいる。

汚れることをずっと忌避している。

 

汚れきった後に、潔白でなくなった後に、己を騙し通せないほど浮かび上がってくるであろう。

 

己のその深い深い空っぽの穴に、彼女はずっと怯えているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

26/6/1




次話 Ⅲ『綾波詩的構造体』(仮)
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