リヴァイアサン・レテ湖の深遠   作:借り暮らしのリビングデッド

47 / 47
16ー2 まだ失われる前の一人の少女

 

 

 

 

 

 

ぽつりぽつり、と街灯が灯っていた。

 

 

分類としては夜だった。

でも、まだ空は抗っていて青かった。

 

だから空が青さを保ってるのに、どうせ無駄だよ、と街灯がついてしまうとき。

彼は少し寂しいような、せつないような、そんな気持になるのだった。

 

青が夜に抗う姿を見届けたい彼には、都市の街灯はいつもせっかちで、おせっかいに思えた。

 

 

 

 

 

・Ⅱ 『まだ失われる前の一人の少女』

 

 

 

 

 

ぎー、ぎこ、

 

ぎー、ぎこ

 

 

ぎー、ぎこ、ぎー、ぎこ

 

 

二人は公園のブランコにぼんやりと座っていた。

 

さっきからずっと無言だった。

 

やはり何か気まずいような感覚があって。

何を話すでもなく、目を合わすこともなく、ただ学校近くの公園まで歩いた。

 

少ししかない街灯に照らされた彼女の横顔はつん、とそっけなかった。

そのそっけなさを添える様に薄い影が差していた。

 

でも、もうおなかが減ってくたくただった。

びしょびしょの服も気持ち悪くて、速くシャワーも浴びたかった。

 

「アスカ…そろそろ帰ろう?」

 

だから彼は少しの勇気を出して、気まずさを払う様に、言葉を発した。

 

すると下唇にぴりっと痛みが走った。

いっ、と思わずつぶやいた。

ようやく落ち着いてくれたのに思い出したらまた固くなってしまいそうだった。

 

なので咄嗟に意識を反らすように視線を下げる。

舌で傷口を舐めながら、彼は彼女の返事を待った。

 

 

ぎー、ぎこ、

 

ぎー、こ、ぎーこ

 

ぎっこぎっこぎっこ

 

 

ぎこ!ぎこ!ぎこ!

 

 

すると、アスカがすんごい勢いで座ったまま漕ぎ始めた。

 

相変わらずすごいや、と彼は思った。

真横になる様な漕ぎ方は彼はさすがに怖くて真似できなかった。

 

すると、ぽいっとアスカが靴を飛ばした。

靴がアーチ状に飛んでった。

 

電灯が靴を光らせて、青黒い空をわずかに彩った。

 

すごい飛距離だった。

公園の隅の草むらまで飛んで暗い所に混ざって行った。

 

見つけるのは大変そうだった。

あーあ、と思い、どうするつもりなんだろう、と考えていたら。

 

「シンジ。とってきて」

 

 

…。

 

 

流石の少年でも抗議の目線を送った。

いくらなんでも、と目線を送った。

 

すると、ぎろっと光る眼で見つめ返された。

 

「何?あたしに裸足で探させる気?」

 

靴下だけの右足をアピールするようにくねくねした。

そもそも飛ばさなきゃいいじゃないか…と思い。

ため息をついてブランコを降りた。

 

街灯はついていたがやはり隅の方は暗かった。

 

ごそごそと茂みを探す。

ようやく見つけて戻ろう、と踵を返す。

 

すると彼女は、ぽいっと左の靴を彼に向けて投げ飛ばした。

 

 

見事なコントロールでアーチ状に飛んできた。

 

 

あ、とシンジは思い、でも咄嗟にジャンプした。

 

ぱし、と踵がギリギリ引っかかった。

 

 

ナ~イスキャッチ

 

 

そんな彼女の声が遠めに聞こえた。

ちょっといじわるそうな言い方だった。

 

さすがにひどくない?と抗議の目線を送った。

彼女はふふん、とブランコに立っていた。

 

でも、街灯の儚い光ではこの距離では顔まではわからなかった。

なので影が笑ったようだった。

 

もう夜になっちゃうんだなあ、と彼は少し寂しく思った。

 

靴を両手にぶら下げてゆっくりと戻る。

それからもう帰ろうよ、と口を開こうとし。

 

すると、彼女は立ったまま右足を彼に差し出す様に伸ばした。

 

彼は目をぱちくりさせた。

 

「履かせて」

 

太ももが、美しく艶やかに街灯を反射して光っていた。

彼との位置的にスカートの隙間から下着が見えそうですらあった。

 

「…アスカ。」

 

彼女は冷たいように見下ろしたまま、早く、というように足先を動かした。

 

彼は少し頬が赤らんでしまう感覚があった。

でも今日はさすがに彼女に翻弄されっぱなしで少し、む。ともしていた。

 

あまり怒らない少年であっても、時には、む。とか、むむ。とすることはあるのだった。

だから彼は抗議の意味を含めてその行動に出た。

 

普段の少年であったらそんなことはしなかったであろう。

だが今日の彼は一味違った。黒コショウ程度には辛かった。

 

手に持った彼女の靴を少しだけ鼻にもってきて。

 

「…臭い」

 

その時のアスカの表情の変化と言ったら見ものだった。

 

かあああ、という擬音が聞こえてきそうだった。

もう真っ赤っ赤になった。タコみたいだった。

 

「馬鹿!馬鹿っ!馬鹿シンジ!最っ低!信じらんない!」

 

それから蹴っ飛ばす様に脚を動かす。でも彼はスウェーでぎり避けた。

どうやらチルドレンの実戦訓練は少しは身についたようだった。

 

ずうお!という音が聞こえそうなほどの鋭い蹴が彼の傍をかすっていった。

 

…。

 

…今の避けられなかったら僕、どうなっちゃってたのかな…

 

背筋がひんやりする様な戦慄を覚えつつ。

彼は上目に彼女を、む。と睨んだ。

確かに豆柴が威嚇してくる程度の迫力はあると思われた。

 

それから、そんなことして靴質がどうなってもいいの?とばかりに。

 

…くん…

 

きゃあああああ!!

 

彼女がすごい悲鳴を上げた。

もだえる様に合わせてブランコの鎖ががっちゃがっちゃ鳴った。

 

「嗅ぐな!匂うな!それ以上鼻近づけたら許さないわよ!」

 

自ら靴質を与えてしまった彼女はにっちもさっちもいかず悶えまくった。

 

「じゃ自分で履いてよ…」

 

だってさっきあんな走ったじゃない。

汗だくで臭くなって当然だった。きっと僕のも臭くなってるよね、と彼は思った。

でも彼女はそういう想定をしていなかったらしかった。

 

抗議の意味を含めてちょっとだけ距離を置いて靴を揃えておく。

 

「ちょっと、届かないわよ」

「アスカ…おなかペコペコだよ」

 

なんとかブランコに乗りながら靴に足を延ばそうと悪戦苦闘している彼女を見つつ。

 

「服もべちょべちょだし、汗かきすぎたし。帰ろうよ」

 

すると、片足だけ靴の先に突っ込むようにブランコから飛び降りた。

 

ふわり、といい匂いがした。

いつものアスカを何割か濃くしたような匂いだった。

 

と、少年の肩に思いっきり体重をかけた。

肩にかかる重圧に、痛だだ、と彼は呟いた。

 

「アスカ、帰ろう」

 

そのまま彼の肩に手をひっかけて、片手でなんとか靴を履こうとしていた。

彼女の長い髪がそのたび彼の肩や腕をしゅるり、とくすぐってこそばゆかった。

 

「ねえアスカ」

 

くすぐったいのを我慢しながら再びそう言った。

でも彼女は靴を履くのに夢中で聞こえてないようだった。

 

「アスカ。」

 

すると、ぱっ、とあっけなく彼の肩から手を離した。

 

彼女を支えるために重心を傾けてた彼は、急に何かを外されたように、一瞬体をふらつかせた。

何か突然、放り出されたような感覚があって、彼は目を瞬かせた。

 

「あんた帰れば」

 

つま先でかっ、かっ、と地面を蹴って履き心地を調整しつつ彼女は言った。

さっきまでのじゃれあいが嘘のようなそっけなさだった。

 

だから彼は突然、彼女にひどく距離を置かれたような気分になって、目を白黒させた。

 

「…アスカは、どうするの」

「あんたには関係ないでしょ」

 

彼が困惑するほどに冷たい口調だった。

それから彼女はゆっくり公園の出口に向かった。

彼も躊躇しつつ、数歩遅れてついていった。

 

「ミサトさん、今度からは早いって言ってたから、もう帰ってるかもよ」

「だから何」

 

でも、彼女は帰り道を進む気配がなかった。

だから彼は眉を下げながらふと、もしかして、と思った。

 

…ミサトさんが嫌、とか、なの?

 

と、その自分の発想にさらに眉を下げた。

 

「…ねえ、どこ行くの」

「何処でもいいでしょ」

「帰らないの?」

 

すると、彼女はこう言った。

 

「帰りなさいよ、アンタはさ。」

 

その声はそっけなくて。

でも、どこか柔らかなようにも思えた。

 

今まで、彼女からそういう声質を聞いたのは初めてだった。

だから彼はまじまじと彼女の後ろ姿を見た。

 

「…アスカは?」

「別にいいでしょ」

「…また洞木さんのとこ?」

「ヒカリのとこにはもう行かない。」

「じゃあ…」

 

 

…何処に、行こうとしてるの?

 

 

彼の頭でわずかに、わずかに何かが鳴った。

 

薄い街灯に照らされた彼女が、一瞬。

確かに一瞬、向こう側すら見通せるほど透明になったように思えた。

 

彼は眉を、きゅ、とゆがませた。

 

だから彼はその感覚に背中を押されるまま、口を開こうとして。

するとアスカが急に彼に振り向いた。

 

彼と彼女の瞳が一瞬交差した。

 

「じゃあね。」

 

 

それから、ぴょん、と彼女は振り帰って、軽やかに駆けていった。

 

 

ひどくあっけなかった。

 

彼はあ、と口を開いて。

でも声をかける機会すらなかった。

 

あっという間に影が遠くなっていった。

彼女は彼を振り向きすらもしなかった。

 

その軽やかさは、なぜか彼を一瞬、怯えさせた。

 

 

彼は、ぽつり、と取り残された。

 

 

あまりにも、あっけなかった。

 

さっきまでのやり取りや学校での出来事も全部幻だったような気さえした。

狐につままれた気分ですらあった。彼はぽかんとした。

 

ただ立ち尽くして、遠く夜に混ざっていく軽やかな彼女の後姿を見つめた。

 

 

でも、かすかに歌声が聞こえた。

 

 

走り去りながら彼女は唄っていた。

 

どこか柔らかで、とても軽やかに。

 

 

遠ざかっていく小さい、かすかな透明な声。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ばぁ~か♪

 

 

 

 ばぁ~~~っか

 

 

 

 ばぁ~かしぃ~んじぃ~………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

がし、と彼女の手をつかんだ。

 

 

アスカは驚いたように振り帰った。

 

全速力で走ったらしいシンジが荒い息で呼吸を整えようとしていた。

 

「なによ。放しなさいよ」

「いや、だ…」

 

息も切れ切れに彼は答えた。

 

彼の表情は、何かに怯える様に強張っていた。

なのに、彼自身一体何に怯えてるかわからなかった。

 

彼はただその内からの感覚と衝動にわけもわからないまま駆け出しただけだった。

 

「…どこ、行くの、アスカ」

 

まだ息も切れ切れに言う。

 

手をつかんでいるはずの彼女は、なぜか遠い彼岸の人に見えた。

間近に見たその彼女の面差しの透明さに、彼は肌が泡立った。

 

彼はもう一度言った。

 

「…どこいくの…」

 

すると、彼女の目がす、と座った。

ちらり、と剣呑な光が走った。

 

「離して。」

「…アスカ」

「あんたには関係ないっていってんでしょ」

 

ひどくそっけない声だった。

取り付く島もない様子だった。

 

だから彼は考えた。考えた。

何を恐れているのかもわからず考えた。

一体何が彼の頭で鳴り響いているのかもわからず考えた。

 

何かが確定される前に。

何かが、決定されてしまう前に。

 

でもまるで考えがまとまらなかった。

 

「…離して。」

 

また彼女がひどく冷たい声で言った。

その眼差しも冷たかった。

 

彼女の手がするり、と彼の手から離れようとしていた。

 

「…嫌だ。」

 

それでも彼は、ぎゅ、と再び彼女の手を握った。

すると彼女は、今度ははっきりと剣呑な光を目に宿らせ。

 

「…やっぱ、シンクロテストで一位取ると態度も変わるわよね。」

 

それは例えば。

 

溢れたコップから雫があふれ出る様な。

なにか、今まで耐えてたものが、ふ、とこぼれ出てしまったかのような。

 

その言葉に彼は眉を顰める様に彼女を見た。

それから彼女はどこか挑発するような、せせら笑うような表情で言った。

 

「シンクロ率であたしに勝ったから?あたしを踏み台にして自信手に入れたのかしらシンジ君は」

「なんで、そんなの…?」

 

彼は困惑するように返した。

シンクロテストのことなどすっかり意識の外だった。

 

「だって、今日のアンタいつもと違うじゃない。」

 

アスカは、ねめあげる様な目線で低く言った。

 

そう、なのだろうか?とシンジは考えた。

少なくとも彼にそんな自覚はなかった。

 

「正直に言いなさいよ。嬉しかったでしょ?あたしに勝って」

 

彼は少し考えてみた。

確かに、嬉しいような感覚があったのは事実だった。

だから彼は正直に答えた。

 

「…少し」

「ほらね!」

 

彼女は我が意を得たり、と言った様子で声を上げた。

まるで自分の言葉に彼女自身が刺激されている様ですらあった。

 

「あんた、もう自分の方が上だって思うようになったんでしょ?」

「…違う…」

「そうでしょ!?内心じゃあたしを下に見るようになったんでしょアンタ。」

 

少なくとも彼自身にはそんなつもりはなかった。

だから彼は、彼女の噛みつく様な言葉にただ困惑しつつ口を開いた。

 

「そんなわけ…」

 

それからふと、彼は思った。

彼女に好きかと聞かれて、でも彼は彼女がどうなのか聞いてない事に気づいた。

 

だからシンジは少しだけ躊躇して。

でも彼は咄嗟に、それが正しいのかも何もわからず、口を切った。

 

「…アスカは、僕の事どう思ってるの」

 

すると彼女はふ、と少し笑った。

それから目を光らせたままあっけなく答えた。

 

「キライよ。あんたなんか。」

 

でも妙に透き通った声質だった。

かするように微笑すら含まれているように思えた。

 

でも、確かに本気で言ってるように聞こえた。

少なくとも、嘘とは感じなかった。

 

彼女の手首を掴んだままの彼の指の先が、きゅ、と冷たくなるような感覚があった。

 

でも、彼女の下唇の一部が少し赤くなってることに今更気づいた。

どうやら、彼女も学校で切ってしまっていたようだった。

 

その唇のまだ血がにじんだ跡を見て彼は考えた。

 

…じゃあ、なんで、あんなことしたの。

 

嚙みつくような、貪るような、彼女の舌と唇の熱を思い出す。

唇が切れるのもお構いなしで、まるで彼女の全部を丸ごとぶつけてくるかのような。

 

いっそ、破壊的なほどの。

 

ようやく収まってくれたはずのそこがまた反応しかけた。

だから彼はいそいで振り払うように頭を振った。

 

「なあに?やれやれってわけ?」

 

彼女はせせら笑う様に言った。

眉がゆがみ、目は鈍く光り、口角は上がっていた。

 

美しい、表情とは、言えなかった。

 

だから、シンジは耳を澄ませて彼女をじっと見た。

それは不可解なものや、未知なものを前にしたときの彼の昔からの癖だった。

 

それが囁きかける声を聞き逃さない様に。

それが発してる音を聞き逃さない様に。

 

だから彼は空が色を変え、陽が落ち、雲が太陽を遮る、そんな時の音さえも聴けるのかもしれなかった。

 

ただ彼は、何かの衝動に駆られるように、こう紡いだ。

 

「アスカは、僕に何を望んでるの…?」

 

一瞬、虚を突かれたように、アスカがあどけない表情を戻した。

 

確かにとてもとても幼い、子供のような面差しが過ぎった。

でも、それから気を取り直すと、彼女はやはり挑発するように目を鈍く光らせた。

 

「あら、シンクロ率で下になった私に施しでもくれるっての?」

「ちがうよ」

「そんな事聞いてどうすんのよ!」

「知りたいんだ」

「知ってどうすんの。知ったらあんた何でもするわけ?」

「いいよ」

「そ、…」

 

彼女は何か不意を突かれたかのように黙った。

彼は静かに囁いた。

 

「いいよ。僕ができることなら」

 

彼女は少しの間の後、声を潜めるように言った。

 

「…どんなことでもするっての?」

「空飛ぶのとか無理だけど」

「んなもんわかってるわよ」

「あと泳ぐのも」

「…それは良い年なんだからできる様になりなさいよ」

「無理。息できないもん」

「ばかシンジ」

「いいよ。アスカが本当に望んでることなら」

 

彼はただ静かに、そしてどこか懇願するように言った。

 

「だから言ってよ。ちゃんと伝えてよ…」

 

すると、アスカはまるで挑発されでもしたかのように顔をゆがませた。

 

「それがっ!施しって言うのよ!あたしを下に見始めたんでしょ!?そうでしょ!!」

「違う…」

「へえ?」

 

と、彼女は何かに飛び込もうとするかのように、こんなことを口にした。

彼を上目に睨みつけ、口角をく、と上げながら。

 

「じゃあ、跪いてあたしの靴舐めてみなさいよ。」

 

シンジは彼女を見つめながら、もう一度よく、耳を澄ませた。

それからおずおず、と口を開いた。

 

「…それで、アスカは嬉しいの」

「そうよ」

「アスカの望みなの、それが…」

「そうよ。」

「それが、アスカが僕に望む事なの…?」

 

するとアスカの瞳が揺らいだ。

それから表情も一瞬、怒る様な、でも苦しいような。

 

「アスカ…」

 

と、彼女はふいっ、と顔を背けた。

髪か彼女の横顔と目元を隠した。

 

それから、沈黙した。

 

彼も何を言えばいいかわからなくて、うつむいて沈黙した。

 

それから、彼女を掴んでいた手を、そろり、と離した。

 

 

りん…

 

りん…

 

りん…

 

 

ふと、ひぐらしもまだわずかに鳴いていることに気づいた。

 

まるで夜になるのを惜しむような小さな声だった。

ほとんどのひぐらしはもう鳴き終えていた。

 

でも往生際の悪いひぐらしもどうやら居るようだった。

そうやって、所在ないように、わずかなひぐらしが夜に抗うのを数えた。

 

街灯が、うっすらと地面を照らしていた。

 

彼の影が彼女に伸びて、影踏みするように彼女に重なっていた。

 

 

「…あたしの望みを、何でも叶えるってのね」

 

すると、ようやく、彼女は低く言った。

彼は静かに答えた。

 

「…いいよ」

 

するとアスカは顔を上げてシンジをまっすぐ見た。

 

その眼光は鋭く、濡れる様に光っていた。

三白眼ぎみの瞳は彼を貫くように射抜いていた。

まるで光源があるかの様だった。

 

そして恐いぐらいに、美しい瞳だった。

 

彼は息をのんだ。

間近に見たその瞳の美しさに、確かに一瞬だけ少年は呼吸を忘れた。

 

だが、彼女のその深緑の瞳の奥では何かが鈍く蠢いていた。

 

 

ちろちろと、ちろちろと。

 

 

彼女は低く、囁いた。

 

「…じゃあ…ついて来て。」

 

そのまま返事も聞かず踵を返す。

 

彼は息をついた。

それからおずおず、後をついていった。

 

でも、彼が付いてくるのを確認するかのように、少しだけ彼女が横顔を向けた。

 

横目に彼を睨みつける眼光は鋭かった。

そして、まるでランプのように光っていた。

 

彼女の唇を彩る様に下唇の一部は、赤く血がにじんでいた。

なのに、そこに何かが咲いたかのように、艶やかだった。

 

それから、ふい、と改めて前を向いた。

追うように、彼女の長い髪が、ば、と翻って緋色を振りまいた。

 

空間に美しく彼女の色が彩った。

まるで、一瞬だけ夜に緋色の絵の具を振りまいたようだった。

 

彼は見惚れたように、その緋色の残影を視線でなぞった。

 

 

シンジにとってアスカはいつも原色の少女だった。

 

綾波が水彩画だとするなら、アスカは筆すら介さずチューブで直接塗りたくった色鮮やかな油絵だった。

 

どんな色だとしても、それは混じりけなしの、薄まってもいない原色そのままに思えた。

 

 

どうやら、彼女からさっきまでの透明さはなくなったようだった。

 

彼はそれに一旦は安堵して、深い、深い吐息を漏らした。

 

すると彼女が少し歩幅を彼に合わせたようだった。

彼は二、三歩遅れて彼女の後をついていった。

 

それからふと、彼は空を見上げた。

 

もう青空はどこを探しても見当たらなかった。

 

 

街灯の正しさを証明するように、もうとうに夜になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

26/6/14




次話 Ⅲ『メダカの相愛』(仮)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(必須:5文字~500文字)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ブレイザー・ヴィリー(作者:ヤン・デ・レェ)(原作:BLACK LAGOON)

ひょんなことから『BLACK LAGOON』の世界に転生した男が、危険な女性たちと出逢い関係性を深めながら、悪党としても栄達する話。▼*pixiv様にも同時投稿しております。▼*pixivでリクエストを頂いて、現在進行形で執筆している二次創作です。主人公の名前、背景、外見などについては、リクエスト主様にご提出いただいた設定に基づいております。


総合評価:4681/評価:8.88/連載:5話/更新日時:2026年06月14日(日) 00:00 小説情報

アーサー王(史実)がしたこと(作者:妄想壁の崩壊)(原作:Fate/)

▼アイデアが浮かんだので供給します。▼型月アーサー王伝説とブリタニア列王史、史実歴史なんかを足して割ったような世界線です。プーサーではありません。▼さて質問。我々の生きる世界に神秘は全く存在しない。それはなぜか?▼※本編は完結しました。▼


総合評価:13521/評価:8.87/連載:63話/更新日時:2026年06月11日(木) 21:16 小説情報

銀髪美少女お嬢様(ワケあり)のホグワーツ生活実践編(作者:トリスメギストス3世)(原作:ハリー・ポッター)

激重過去持ち半吸血鬼美少女▼カティア・アシュリーが、元気にホグワーツ生活を送るだけの話▼主人公はハリーと同学年です


総合評価:3848/評価:8.84/連載:26話/更新日時:2026年06月11日(木) 16:41 小説情報

海蛇(作者:ムンムン)(原作:ヨルムンガンド)

転機は世界のあちこちに転がっている。▼海賊から一転して、PMCの傭兵となった少年は襲った船にて硝煙の香る世界へと足を踏み入れていく


総合評価:1939/評価:8.88/連載:5話/更新日時:2026年05月12日(火) 19:00 小説情報

カス女ハーレム(作者:大豆亭きなこ)(オリジナル現代/恋愛)

カス女でハーレムを作ろうとする男が奔走する話。▼『愛でどこまで許容できるのか。露悪的ラブコメディ』▼※カクヨムにも投稿中です。


総合評価:5796/評価:8.95/連載:14話/更新日時:2026年06月13日(土) 20:06 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>