気絶したヒイロは、学園内の空き部屋へと運ばれた。
ベッドに寝かしつけられても、目が覚めたらまた暴れる可能性も考えられるので、右腕とベッドの柱とをロープで繋いだ。
意識の目覚めない内に学園側としてヒイロを調べても、得られた情報は限りなく少なかった。
千冬は副担任の山田と、これからの事を話した。
「ISのデータからも調べたが、名前がヒイロ・ユイと言う事しかわからないな。後はコイツの意識が戻るのを待つだけか」
「でもこれで世界に3人、男性でもISを乗れる人が現れましたね」
「派手に戦闘をしていたからな。生徒でも気付いている者も居るかもしれん。それもあるし男でISを動かせる事が外部に漏れたら、世界的な騒ぎになる。これからまた校長と一緒にどうするかを検討してくる。
私は行きますので山田先生、後をお願いします」
「わかりました。大変でしょうがお願いします。ラウラさんも、もう自室に戻っても大丈夫ですよ」
千冬は言付けると、ヒイロを置いて部屋から退室する。
山田は千冬に付き添うように付いて来たラウラも、自分に任せて帰るように諭す。
でもラウラは話しかけられても、直立不動のまま一切動こうとしない。
口すらも開けようとしないラウラに、千冬は説明した。
「いや、彼女にはここに居てもらいます。万が一の事態も考えられますので」
「万が一、ですか?」
ヒイロに対する念の入れように疑問を抱く山田。
彼女の疑惑の目を無視し、気にもせずに千冬は部屋から退室する。
「ラウラ、任せたぞ」
「ハッ!」
教官でもあった彼女の命令を受けて敬礼で返すラウラ。
疑問を解決出来ないまま、千冬は1人で出て行ってしまい、山田とラウラ、ベッドで寝ているヒイロだけが残った。
山田は一息着こうと椅子に座ると、威圧感を放つラウラが必要以上に近寄ってきた。
メガネを通してみる彼女の瞳は、獲物を狙う獣のようにギラギラと輝いている。
「山田先生は部屋から出てください」
「え?でも織斑先生に―――」
ラウラの発言に反論しようとする山田だが、有無を言わさずに言葉を被せてくる。
彼女の気迫に、温厚な性格の山田は押されてしまう。
「この男は危険です。私が必ず監視の任務を果たして見せます。それよりも保健室に居る彼女達を見に行った方が良いかと」
「そ、それじゃあお願いしますね。何かあればすぐに駆けつけますから」
椅子から立ち上がった山田は、急かされるように部屋から出て行く。
扉が閉じられ、廊下を歩く足音が遠ざかるのを聞いて、誰もこの部屋に近づきすらしていないのを確認した。
夕陽が差し込む部屋で照らされ、ラウラは彼を凝視する。
「ヒイロ・ユイ」
///
ラウラに言われた通りに、山田は保健室へとやって来た。
ヒイロと戦闘したセシリアと箒は幸いにも大きな怪我もなく、ベッドで眠っていた。
一緒に居た一夏も保健室に来ており、2人の状態を確かめている。
担当医から話を聞いて山田は胸を撫で下ろした。
「良かった。2人共、大したケガはないんですね」
「えぇ、今はまだ寝てるけどしばらく休めば大丈夫よ」
生徒が無事とわかり、山田の不安は1つ消えた。
でも一夏には、シャルルがわざわざフランスにまで戻った事が気がかりだ。
そしてこの事件を引き起こした張本人の姿も、あれから一度も目にしていない。
「シャルルもここで見てもらえばいいのに。わざわざ自分の国に戻らなくても」
「織斑君も来ていたのですね」
「山田先生、そうだ!ヒイロはどうなったか知りませんか?あれから見てないんですよ、千冬姉も教えてくれなくて」
「彼なら別室でラウラさんと一緒に居ます」
「ラウラと?」
「残念ですが今は織斑君に会わせてはあげられません。男性なのにISを動かせる、強奪したフランス製IS、負傷した他国の代表候補生、色々な事情が絡みすぎています」
「そう……ですか」
山田は教師として、一夏とヒイロを現段階で接触させはしなかかった。
説明に納得する一夏、今はまだ学園の移行がどうなるのかを待つしか出来ない。
///
暗闇の中で彼は自分の存在というものを、自問自答している。
自分の使命、生きる意味、決して導き出されることのない答え。
(俺の任務はOZの殲滅、戦う者全てが俺の敵)
(だがここに戦場はない。戦う敵も、戦う意味も俺にはない)
(なら俺はここでどう生きていく、何と戦っていく)
使命のなくなったヒイロに生きていく理由があるのか、本人でさえも悩んでいた。
疲労した体が時間の経過と共に徐々に回復していくと、夕陽の光で目を覚ます。
訓練されてきたヒイロは頭で考えるよりも早くに、今の状況を掴もうと周囲を見渡し観察する。
ロープで縛られて動かない右腕、寝かされたベッド、体の疲労具合、目の前に居る女。
「目が覚めたようだなヒイロ・ユイ」
「お前は、黒いISのパイロット」
「私を覚えているか。あの一瞬で記憶しているとは、さすが訓練をしているだけはある」
左目を隠しているラウラの眼帯、一番の特徴になる部分だが、これがなくてもヒイロはラウラの顔を覚えている。
工作員として訓練されてきたヒイロには、例え人混みの中でも目標を捉えられる。
ラウラは目を覚ましたヒイロに語りかけた。
「私にはわかるぞ、お前のその目は殺気を帯びている。ISの操縦はあまり慣れていないようだが、敵に対する躊躇のない行動。間違いなく戦闘訓練を積んでいるな」
「だからどうした。お前と話をするつもりはない」
「これからお前を拷問したとして簡単に口を割りはしないだろう。何故ISを動かせるのか、フランスのISを奪った理由も」
「わかっていながら何故聞く?」
「お前に少しだけ興味が出た。女尊男卑のこの時代、男でありながら戦うお前にな」
「ふん、くだらない。時代など関係ない、俺は自分の意思で戦い続けてきた。これからもそうだ」
「戦士であるお前にこんな事を聞くなど愚問だったな。だったら―――」
言葉を途切れさすと、ラウラは右腕だけISを展開させ首に手刀を突き立てた。
抵抗できない人間に無慈悲な行動、でもヒイロは動揺を見せずに彼女の顔を睨む。
「ここで死ぬ覚悟も出来ているな」
「こんな所で俺を殺せば、お前も唯ではすまない」
「機密事項であるISの強奪、代表候補生にケガを負わせ無断で学園に潜入した。ISの強奪など重罪だ、裁判など掛けずとも私が裁く」
押し付けられる鉄の手は首の薄皮を突き、赤い血が数滴流れる。
それでもヒイロは動かずに、命乞いもせず隙あらば反撃する手段を探している。
曇のなき純粋な瞳は、言葉を交わさずともラウラにも伝わった。
「死ぬ恐怖も克服しているか」
ラウラは手を引くと、手当もせずにこの場から立ち去っていく。
///
太陽は沈み月の明かりが夜空を照らす。
何時間にも及ぶ会議がようやく終わり、千冬はヒイロが縛り付けてある部屋へと出向く。
そしてヒイロに会議で決まった事を報告した。
「お前の処分が決まったぞ」
「そうか」
自分の事なのにまるで他人ごとの用に、そっけない返事しか返さない。
横目でちらりと顔色を覗きこみ、話の続きをする。
「お前はこのIS学園に入学してもらう。それが現状で一番の対策だと話し合いで決まった」
「犯罪者を野放しにするのか」
「自覚はあるようだな。それもあるがお前を外部に出す方が危険と判断した結果だ」
「そうか」
「準備に少し時間が掛かる。が、明日からは私のクラスに入ってもらう。質問はあるか?」
「俺が素直に従うと思っているのか?」
千冬にでもヒイロの態度は何も変わらずに、生徒と教師の関係性など微塵も感じれない。
互いに相手を睨みつけ高圧的な態度は崩さない。
「従わなければ実力行使に出るまでだ。それにお前をこれ以上はカバー出来ん」
「仮に入ったとしても、お前の言う事を聞く気はない」
ヒイロに『お前』と呼ばれても今だけは目を瞑った。
長時間の会議で神経を使い疲労したのもあるし、厳密には自分の生徒になるのは明日から。
この瞬間だけは1人の男として接した。
「だろうな、だがここではそれがルールだ。それが出来ないならここでの生活は無理だ」
「誰が頼んだ、俺は自分で決める。お前の言う事も、誰の言う事も聞かない」
「学園から出たとしても次は政府に狙われるぞ。男でISを動かせるとなれば世界中から狙われる」
この言葉が彼女なりの優しさだった。
千冬の言う事は正しく、弟の一夏も入学の際の手続きなどで各方面と一悶着が起きた。
他人であるヒイロをどこまで庇えられるのかは彼女にもわからない。
でもヒイロには他人の施しなど必要なく、いつも1人で生きてきた。
任務の為に、使命の為に、自分の感情を封じ込めて生きてきた。
「だとしてもだ。俺の前に立ち塞がるならソイツは敵だ」
「敵か。お前は目の前の敵をどうする?」
「障害となるなら排除する」
「まるで戦争でも始めるみたいな言い方だな。相手はISを使ってくるぞ、生身で戦う気か?」
ヒイロはガンダムがなくても、モビルスーツ相手に戦ってきた。
戦うことだけが自分の使命だとインプットされているから、誰が相手でも戦い抜いてきた。
それは何処の世界へ行こうとも変わらなかった。
「武器など関係ない。生きている限り戦う、それが俺の抵抗だ」
「お前が行き着く先に何がある?お前が戦う意味は何だ?」
本当なら一夏と同じ思春期の少年が、戦いの先に見出す真実とは何か。
千冬にはそれが知りたかった。
かつで自分が目指した物が何だったのか、自分でもわからないでいたから。
ヒイロは一呼吸付くと、自分の考えを発した。
「俺にはこの生き方しか出来ない」
千冬はその言葉を心に刻んだ。
少年が語るには、何と重い言葉なのだろうか。
右腕に縛られているロープを掴むと、拘束を解き始めた。
「話は終わりだ。いつまでもココに居たくはないだろ、部屋に案内する。付いて来い」
ロープが解かれ自由に動けるようになるヒイロ、右腕にくっきりと付いた痕を見る。
そしてベッドからすぐに立ち上がり、千冬の後ろ姿に着いて歩き始めた。
///
彼女が目指した先は生徒が暮らす寮、目の前の扉には弟の一夏が中に居る。
「ここだ」
千冬はそれだけ言うと、部屋のインターホンを押す。
中から足音が近づいてくるのが聞こえ、チェーンロックの掛かった扉がわずかに開く。
風呂上がりでラフな格好をした一夏が顔を覗かせる。
「はい?」
「私だ、鍵を開けろ」
言われて一度扉を閉めてチェーンロックを外し、改めて部屋の扉を開けた。
目の前には姉の千冬と行方を暗ましていたヒイロが立っている。
「千冬姉!それにヒイロも!」
「一夏、しばらくコイツをここに住まわせてやってくれ」
「どう言う事?」
一夏の疑問に簡潔に答えてあげた。
その間もヒイロは何もせずに、彼女の隣で立っているだけだった。
「コイツはIS学園に入学させる。それが一番リスクが少ないと会議で決まった。今ならシャルル・デュノアは居ないはずだ、その間だけでいい」
「俺は良いけど……」
姉の言う事に逆らえないのもあるが、短い間なら構わないと純粋な親切心もある。
千冬は了解を得たらすぐにこの場から立ち去った。
「なら頼んだぞ」
それだけ言うと一度の振り返らずに、廊下を歩いて行き視界から遠ざかっていく。
残されたヒイロは、困惑する一夏を尻目に勝手に部屋の中へと入ってしまう。
部屋の扉を閉め追いかけるように中に戻るが、ヒイロに対して何と言葉を掛けていいのかがわからない。
「え、え~と」
静寂に包まれる部屋の中で、動揺しているのは1人だけだった。
ヒイロの方から事情を説明しようともしないし、話しかける素振りさえ見せない。
沈黙に耐え切れない一夏は、自分から声を掛けてみる。
「お前がこの学園に入るって言うのもビックリだけど、俺の部屋に住むのもビックリだ」
横目でちらっと見るだけで、ヒイロは何も言わない。
(違うだろ、俺が言いたいのはこんな事じゃない!)
自身の不甲斐なさを叱り、勇気を持って本心を伝える決心を付ける。
ヒイロの顔をまっすぐに見て、今までずっと聞きたかった事を話した。
「どうしてあんな事をしたんだ?」
「何の事だ?」
「シャルルのISを奪って箒とセシリアを攻撃した。アレのせいでみんながケガしてるんだぞ」
友人がキズつけられて黙っている一夏ではない。
でもヒイロは答えない。
彼の顔を見て、声を聞いていても、問いかけには応じず口も開けない。
謝罪すらしない態度を一夏は許せなかった。
「都合の悪い事は無視かよ!おいヒイロ!答えろ!お前は―――」
「おい」
たった一言で一夏の闘争心は冷めてしまう。
ヒイロが発する気迫は、怒りに燃えていた一夏を簡単に黙らせた。
意気消沈した一夏は、もう何も言えなくなってしまう。
「うるさいから静かにしろ」
そう言うとヒイロは部屋に2つあるベッドの内の片方に勝手に寝転がった。
まぶたを閉じると、そのまま睡眠に入り体を休ませた。
完全に置いてけぼりの一夏は立ち尽くすしかない。
「そこ、俺のベット……」
///
時計の針は深夜2時を示している。
ベッドを占領された一夏は仕方なく、今は居ないシャルルのベッドを間借りして眠っている。
誰も活動していない時間に目を覚ましたヒイロは、音を立てないようにベッドから素早く立ち上がり、ベランダの窓を開けた。
夜風が吹くベランダへ行くと、ヒイロは地上に向かって跳躍する。
3階はあるであろう場所からの跳躍でも、並外れた身体能力はそれを可能にさせ、難なく芝生の上に着地する。
芝生から立ち上がったヒイロは学園の外壁に向かって一目散に走ろうとする。
「動くな!」
だが振り向いたその先に、警備の為に学園内を回っている織斑千冬の姿があった。
白いジャージを着て懐中電灯を握っていると、光をヒイロの顔に当てる。
夜の闇に慣れてしまった目には懐中電灯の光は強力で、左手で顔に当たる光を遮断させる。
「これで2回目だな、ヒイロ・ユイ。何処へ行く?」
「お前達の施しは受けない。俺は自分で生きる」
「ダメだな、お前をここから出す訳にはいかない。今すぐ部屋に戻れ。過程がどうであれ、今のお前はこの学園の生徒だ。受け入れろ」
千冬を睨みつけるヒイロ、何も言わずに抵抗もせず、歩いて寮に向かい歩き出した。
懐中電灯で背中を照らし、遠ざかっていく姿を見つめた。
「私だって眠いんだ」
ガンダムの方もちゃんと書いていますのでご安心を。
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