第1話
““美しい春の日であった。
桜の花びらは雨のように地に落ちた。
昨日までの雨は嘘だったかのように、暖かかった。
いや、嘘だったのかもしれない。僕にはもう、それが現実なのか幻なのかは、分からなかった。
―私はあなたに負けました。ですが、あなたは私に勝っていません―
そんな彼女の言葉が、僕の心をえぐるように、奥のほうに、刺さっていった。„„
いつものように寝間着のままリビングに向かい、カーテンを開け、民放のニュース番組をぼんやりとみていた。
―ヨーロッパで自爆テロ
―埼玉で放火
―茨城で小さな子供が交通事故で死亡、、、様々なニュースを、アナウンサーが当たり前のように読んでいく。
彼等にとっては、ただ仕事をしているだけだ。
まわりのゲストたちも、口では憐みの言葉を添えているが、それが真実のものかは、誰にもわからない。
画面の左端に出ている時刻を確認し、一度顔を洗い、冷蔵庫の中を物色した。
「牛乳がない・・」
彼はそんな独り言を発すると、キッチンに常に置いてあるメモ帳に「牛乳」と書き加えた。
朝食を食べ終わると、スーツに着替え、夕食用の炊飯の予約をしてから、今日と明日の天気を確認してからネクタイを締めた。
彼が住んでいるのは、都心のマンションの6階であった。彼はそこから美しい富士山を見てから、部屋を出た。
都心のマンションと言っても、それほど新しいわけでもなく、最寄り駅まで徒歩30分という立地の悪さからか、とても安価で購入することができた。まあつまり、彼にお似合いの住みどころであった。
駅まで徒歩30分ではあったが、歩いて駅まで行くのが彼の日課だった。
歩いていくと、日々同じところを歩いていても、日々違う発見ができた。
中学校の前を通ると、目の前には、大きな桜の木と、多くの小さな生徒とその教師たちたちの姿があった。
「中学生か・・・」
『ちゅうがくせい』という言葉に彼の頭が反応したのか、グルグルと、記憶を巡らせていった。
小さな田舎町で育った彼は、物静かで、あまり
両親にもあまり自らの話をすることはなく、独立するまで、とても心配されていた。
いや、今も心配されていると感じさせられることが多い。今部屋は、母が仕送りで田舎から送ってきた醤油と里芋とリンゴであふれかえっている。
だがそんなミステリアスな彼に惚れる女児も少なくはなかった。しかし、恋には驚くほどに興味がなかった彼は、そんな女児たちの心を踏みにじっていった。あのセミロングの彼女を除いては。