Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
想定していなかったのは、痛恨のミスであろう。
森からの脱出の際には偽アーチャーもいたのでバビロンの宝物蔵から好きなように宝具を取り出せていた。しかし、こうしてキャスターが一人で扱おうとすると御覧の有様である。
かつて、アーチャー自身も言っていた。
蔵の中の貯蔵量は、自身の認識を遙かに超える、と。
持ち主ですら把握仕切れぬモノを、盗人が把握できる筈もなかったのだ。
すでに何度も試しているというのに、出てくるのはこうしたわけの分からぬものばかり。見る者が見れば一級品なのだろうが、鑑定眼を持たぬ者からはガラクタ同然。分かり易い武具ですらまだ一つとしてお目にかかったことはない。武器庫ではなく宝物蔵なので、実は武具の割合は圧倒的に少なかったりするのだろうか。もしくはただ単に運が悪いだけなのか。
片っ端から中の物を出すことも考えるが、それは止めておく。パンドラの匣の例もある。出てくるものが自陣に利するものとは限らない。可能性の中には希望もあるが、絶望だってあるのだ。おいそれと暴いて良いものではない。
「これが辛勝の正体というわけですか」
「そういうこった」
これならいっそ宝物蔵を奪ったことを知られていた方がブラフとしてよっぽど役に立つ。その機会も失われてた今となっては後の祭りでしかない。
もし宝物蔵を有効に扱えたのであれば、この時点での勝率は五割を超えている。ありとあらゆる犠牲と周囲の被害に目を瞑れば、七割は固いだろう。
しかし一転して宝物蔵が使えないとなれば、勝率は一気に落ちて一割にも届かない。キャスターのこの告白はそれを更に下方修正することを意味してた。生存率を考えれば、もはや絶望的ともいえる数字しか出てこない。
改めて、彼我の差を思い知らされる。
「……それで?」
そんな状況にあって平然と続きを促すライダーの言葉に、キャスターは苦笑いを禁じ得なかった。
ライダーは、そんな絶望的な数字に何の驚きも感じていない。
キャスターがこうも(比較的)正直に告白したのは、単純にライダーの信頼を勝ち取るためだ。今後の戦略を練る上でライダーの協力は不可欠であり、強固な関係構築はドラマを生み出す上でも欠かせない。
だが、キャスターのそんな小賢しい演出など、ライダーには何ら通用しなかった。キャスターがいかに演出しようともライダーはその事実を平然と受け止め、ただ粛々と自らの役割を全うするのみ。
それに勝敗は水物であるが故にひっくり返ることは珍しくもないことを、ライダーは知っている。あの夢の世界にあって、ライダーが敗北する可能性などこの状況より遙かに低かったのだ。
逆転できる要素は、どこかに必ず存在している。
諦めず粘り続ける限り、希望はある。絶望するのはそれからで良い。
黙々と食べ続けるライダーとは対照的に、キャスターはスプーンをテーブルの上に置いてツナを頬張る手を休めた。ふう、と大きく息を吐く。
「……こうして直接戦ったことで色々と情報収集ができた。特に敵の指揮官がファルデウスという魔術師だと判明したのは大きい。厄介な相手だが、見ず知らずの人間より多少はその思惑を読みやすい」
「それで?」
「結局、あの場で人質として確認されたのはティーネ・チェルクただ一人だけだ。俺が確認できた
「それで?」
「対アーチャー作戦は伊達じゃない。デイジーカッターの威力は現代兵器の中でも頂点に位置するものだが、俺はそこに時間操作も付け加えておいた。爆心地付近にその威力を限定させ、更に核兵器並――それ以上の超高熱の爆風と衝撃波を五分以上も集中させている。たとえ万全であったとしてもおいそれと凌ぐことはできねえ。魔力を枯渇させるための
「それで?」
「逆に言えば、あの威力に物理的に持ち堪えらる防御力を持っていれば、その限りではない。ランサーの
「それで?」
「フラット・エスカルドスの行方が未だに不明だ。俺は直接会っていないが、あのマスターが自分のサーヴァントを消滅させられて尻尾を巻いて逃げ帰るとも思えん。生きていれば、必ずどこかで何かをしている筈だ」
「それで?」
「以前に署長は上層部を数日間黙らせるとジェスター・カルトゥーレと思しき人物から通告されたらしい。それを署長に代わり、現在はファルデウスが猶予期間を利用している。時が経ち、上層部が詳細を知ればファルデウスは自滅することになる。タイミングからしてジェスターが向こうに与している可能性も高いな」
「それで?」
「スノーホワイトが一時的に使用不可能になったのは先にも話したが、それによって敵主戦力となりうる宝具の使用には大幅に制限が科せられる筈だ。スノーホワイトなしでサーヴァント相手に動ける
「それで?」
「原住民主戦力は確かに壊滅したが、壊滅させたのはファルデウスの部隊ではない。奴らは早急に事態を片付けるために奥の手を晒してしまった。手札が見えている以上、ファルデウスの次の手は読みやすい」
「それで?」
「原住民は協力的だ。繰丘椿のおかげでな」
「……なるほど」
キャスターの言葉に耳を傾けていたライダーは最後の皮肉で打ち止めと判断したようだった。他にもキャスターが隠していることはあるが、ライダーが問い質してくる様子はない。
代わりにしてきたのは確認だった。
「敵の次の手が読めると言いましたね?」
「その通りだ。奴らは奴らの思惑で行動している。少なくとも、目と耳を一時的に閉ざされた上層部には、ファルデウスにとって都合のいい報告をしていることだろう。その帳尻を合わせるためには、自由の利く今のうちに動き出さなくてはならない」
「……その帳尻というのは?」
少女の身体には多すぎる戦闘食を全て胃の腑に落としたライダーは口休みなのか角砂糖をそのまま口に放り込み、立ち上がり軽く関節を動かしながら問うてくる。
「撤退中に敵に捕獲されたティーネ・チェルクを助けるために突進した英雄がいてな。せっかく消滅したと誤魔化せたのに、生き残ってるのがばれちまった」
「要は、消滅したと報告したマスターとサーヴァントを改めて掃討するということですか」
「だからこそ、次の手は――」
キャスターが言いかけたその時、要塞が振動した。
内部からではなく、外からの振動。見上げれば天井の照明が瘧がついたように震えていた。天井部の岩から砂状の粒が食べかけのツナ缶へと落ちていくが、キャスターは気にすることなく再度スプーンを手に取りツナを口の中へと頬張った。
「……こちらを休ませる間もなく奥の手を投入ってところじゃねぇかな?」
ファルデウスが頼みの綱としているのはお抱えの職業軍人部隊。そして、それ以外は奥の手であろうと使い捨てだ。実に気っぷの良い限りだが、まったく嬉しくない。
「まあ、襲撃はここに呼ばれた段階で予想はしていました」
幾つもある閉鎖区画の中からわざわざこの場所を選んだのも、こうして外からの襲撃に備えやすくするためだ。人気がおらず景観が良いだけで選んだわけではない。
「念のため確認しますが、現有戦力で迎撃に割けるのは私一人だけですか?」
「まさか俺に期待しているのか?」
「それこそまさかです。足手まといは必要ありません。部屋の隅でガタガタ震えながらそこのツナ缶でも片付けておいてください」
ライダーの確認にキャスターは敢えてはぐらかす。その意味が分からぬライダーではない。相手が奥の手を出したからといって、何もこちらも奥の手を晒す必要はない。迎撃は一人で十分だ。
襲撃を受けたことで、要塞内部が俄に騒がしくなるのが分かる。原住民戦士の人数が減ったからといって警戒をしていないわけではない。むしろ早急に対応できるよう監視班が増員されたくらいだ。少数精鋭でなければ突破は難しいだろう。噂の奥の手が出てきたのは確実だろう。
「せっかく戦力を小出しにしているんだ。残らず排除してくれ」
「分かっています。逃がしはしませんよ」
その間にも振動が続くことから敵は砲撃でも続けているのだろう。遠距離タイプだとするとライダーと相性は悪いが、それで負けるような可愛いらしい英霊ではない。伊達に黙示録に登場していないのである。
人を傷つければ令呪のペナルティがある。それでも、ライダーは構わず戦うだろう。その背中を見てキャスターは「危うい」と感じ取る。けしかけたのは自分であるが、追い詰めるつもりはない。
仕方ないので、キャスターは懐から小さな缶を取り出しその中の物をライダーに放り投げる。背後から投げられたモノをライダーは見向きもせずキャッチした。
「――? 何ですか、コレは?」
「飛行宝具ラピュタだ。これを持って飛び降りれば、下で鳥打帽を被った少年が受け止めてくれる」
「ありがとうございます」
受け取ったドロップ飴を口の中に含み、ライダーは冷たい視線で礼をする。幼気な少女の乾いた視線にキャスターは癖になりそうである。最初は機械的にしか動けなかったと聞いていたが、中々どうして、実に人間臭くなっている。
人間臭いということは、その精神も人間に近付いているかも知れない。
「そう言えば、」
テクテク歩いて窓から気軽に飛び降りようとするライダーの肩越しに、キャスターが唐突に思い出したとばかりに声をかけた。
「……なんでしょう?」
「お前のマスターが助けたティーネ・チェルク。さっき手術は無事に終わったってよ。何とか命だけは取り留めたらしい。一昼夜も埋めておけば明日の朝には動けるとも言っていた。さすがは族長様々だな」
「結構なことです」
ライダーの声に変化は見られない。
ティーネ・チェルク救出をしたのは椿の独断であった。キャスターは無論のこと、相談役と責任論を交わしたライダーですら、状況を鑑み見捨てるべきだと判断した。一目で重傷と分かるティーネが助かるなどと誰も思わなかったし、何よりこちらが生存していることがばれる。連れ帰ったところで原住民は協力的になろうとも、もう戦力にはなり得ない。
天秤の傾きが多少戻ったくらいで、マスターである椿の失態が帳消しになるわけもない。
けれども、ライダーの心は軽くなったに違いない。
そう勝手に思うのは劇作家の悪癖であろうか。
「……ならキャスター、原住民の方々に伝言を頼めますか」
「おう。任された」
「巻き込まれたくなければ、決して外には出ないように」
窓枠に立ってライダーは外を眺め見る。その視線の鋭さは同じ椿の顔といえど怖いくらいに違っている。
思わず背筋が寒くなるのを覚えながら、キャスターは戦場へと飛び去ったライダーの後ろ姿を見送った。
遠目から見る限り目立った敵戦力は三。もちろんこれで終わりである筈もない。ライダーといえど楽観できぬ戦力であるが、この様子なら援護も必要あるまい。
「さて。ならば俺がやるべきは侵入してくる部隊を排除することかね」
ぼやきながら、キャスターは踵を返した。
ファルデウスのことである。表だって攻撃を仕掛けているこの部隊は陽動、本命はこの騒ぎに乗じて警戒網を突破し要塞内に侵入している筈だ。狙いはティーネ・チェルク――だけではない。
「恐るべきはこの規模の戦力を平気で使い捨てる胆力だな」
これで威力偵察だというのだから恐れ入る。
ファルデウスの目的はライダーと要塞内にいる戦力を正しく見極めるところにある。この戦力でどの時間耐え、また殲滅し終えるのか、その対処能力をどこか遠くから覗き見ているに違いない。
手の内はばれてしまうが、こちらも戦力を出し惜しみしている場合ではない。事前に指示はしておいたが、どこまで上手く欺けるかで今後の動きも違ったものとなる。
「敵を騙すならまず味方から。なら、味方を騙すなら敵からだよな。歯応えはなさそうだが、せいぜい騙し欺き空回りさせてやるぜ」
盤上の駒を思いながら、劇作家は億劫そうに動き始める。
軍師でもないキャスターであるが、キャスターの中で今後の展開は決まっていた。
ライダーはなんなく敵を蹴散らし、キャスターは敵を翻弄してみせる。結局イレギュラーたり得る存在がいなければ、戦争は数字へと置き換えることができる。勝敗を占うのなら秤に乗せるだけなのだ。そして実態もそう変わるものではない。
せめてつまらない仕事を面白おかしく脚色しようと、キャスターは東洋人を口車に乗せて奮戦させるが、その願いが叶うことはなかった。
戦闘はこの三〇分後、何の起伏もなく収束した。
ライダーは自分が騙されたことに、ついに気付くことはなかった。