Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.10-05 タイムリミット

 

 

 最高の料理を仕上げるにはその食材にも気をつけねばならない。

 その食材をどう育成するのかをジェスターは語っていた。鶏肉を食べるのにヒヨコで調理する馬鹿はいまい。素材があれだけ良いのだ。手間暇をかければ、最高級の食材へとアサシンは変貌することだろう。

 

「その目的と拷問とがどう繋がる?」

「クハハハッ……クァハッ……おかしなことを言う。元とはいえ、二十八人の怪物(クラン・カラティン)の長がこの偽りの聖杯戦争の仕組みを知らぬわけではあるまい? どういう基準でどんな強さのサーヴァントが選ばれるのか。なら、アサシンはそれに当てはまるのか?」

「それは……」

 

 ジェスターの言葉に署長は言葉を詰まらせる。

 歴代ハサンの業を習得し、各パラメーターも総じて高い。実戦経験の少なさと後先考えぬ性格というマイナス面を補ってあまりある強さが、アサシンにはある。これが通常の聖杯戦争であったのなら、相応しい影の英霊であっただろう。

 だがこの偽りの聖杯戦争には、相応しくない。

 正しい意味で、役不足だ。

 

「……アサシンに令呪で縛りを入れているからではないのか?」

「クハァッ! さすがに気付いていたか」

「気付かないでか。戦い方ひとつとっても、アサシンの動きには非効率で無駄が多すぎる」

 

 例えばあの武蔵が召喚された戦場でも、アサシンはわざわざ宝具を使って敵を排除している。単純に敵を殺すだけなら、ナイフ一本でも十分だった筈だ。無駄に魔力を消費する必要もなければ、宝具の正体を知られるリスクもある。アサシンの行動にはその性格を差し引いても合理性がなさ過ぎる。

 そうした不合理も、令呪の強制と考えれば納得もできよう。

 だが、そうしなければならない理由には思い至れない。

 

「そんなブレーキをかけて何の意味がある?」

「署長はマシンというものに詳しくないようだな。ブレーキは減速のためだけのものではない。馬力を生かすには強力な接地力は必要不可欠だろう?」

 

 接地力がなければ、タイヤは宙で空回りするだけだ。それだけでなく、逃しきれぬ慣性の力はコントロールすら失わせる。おおよそ魔術師らしからぬ例えだが、その意味が分からぬわけでもない。

 ブレーキによってマシンはより早くすることができる。

 

「令呪で縛れば強くなる、と? それで強くなるのならバーサーカーは最初からアサシンと同盟を組んでいたことだろうよ。そして私が苦労することもなかった」

 

 署長の嘆きを、しかしジェスターは無視してみせる。

 

「……ひとつ、面白いことを教えてやろう。彼女はアサシンのクラス以外も適正のあるクラスを持っている。一体何が該当すると思う?」

「アサシンに、アサシン以外のクラスが該当――?」

 

 ジェスターのからかうような問いに署長は考え込む。

 複数のクラスに該当するサーヴァントは珍しくないが、このアサシンに限っては難しい。正当後継ではないとはいえ、彼女はれっきとした暗殺教団の一員だ。環境からして暗殺者であり、強いて挙げるなら狂信者という意味ではバーサーカーのクラスなら該当しそうである。

 だがそんな答えはあまりに普通すぎて、ジェスターがわざわざ問いかけるほどのものでもない。

 そこまで考え、署長は思考の迷宮を突然に抜け出てしまった。

 本来であるなら考える振りをしながら時間を稼ぎ、署長の魔術回路を調整し痛覚遮断と今後の対策を練る筈だが、そういうわけにもいかなくなった。

 

「……馬鹿な。有り得ん可能性だ」

 

 思いの外あっけなく辿り着いた答えは、荒唐無稽ともいえるものだった。

 クラス・セイヴァー。

 それは、救世主のみがなり得るクラスである。

 署長がそのクラスを知っていたのは計画の付属資料にその名が記載されていただけであるが、それがどれだけ破格のクラスか想像はつく。何せ、状況によってはクラス・ビースト以上の脅威度設定であったのだから。

 

「アサシンが生涯幽閉されていなければ、そうなっていただろう。クハハッ、たかだか暗殺教団ごときが歴史を変えていたとは驚きだな――いや、逆かな。歴史から修正を受けざるを得ないほど、アサシンが素晴らしすぎたのか」

 

 それが本当であるなら、召喚されたサーヴァントとしての選定にも納得ができる。

 当初“上”の想定では、アサシンクラスにハサンは召喚されないと思われていた。理由は簡単で、この“偽りの聖杯戦争”で召喚されるサーヴァントは最初から対人戦闘などを要求されないからだ。必要なのは絶対値としての強さか、傑出した特殊性である。対人の枠に収まってしまう暗殺教団では力不足である。

 しかし予想に反して、暗殺教団の中からアサシンは召喚されている。確かに強いかも知れないが決定打に欠け、特殊かも知れないが突出しているわけでもない。一見すると選定されるアサシンクラスには相応しいとは思えないが、これが氷山の一角であるのなら、話は別だ。

 本来救世主クラスで喚ばれるべき存在が、暗殺者クラスで喚ばれたとしたら、それは相当なランクダウンだ。

 

「勿論証拠があるのかと問われれば、そんなものはない。だが彼女の血はかつてルーアンで舐めさせてもらった聖人の血となんら遜色のない逸品だ。少なくとも聖人並の素養はあるのだよ。

 そしてそれ以上の可能性をアサシンは持っていた」

 

 ちろりとその血を舐め取った舌がのぞいた。

 そんな個人の感想が証拠になるわけもないが、少なくともジェスターはアサシンが想定を遙かに上回る能力を秘めた、別格のサーヴァントであると認識している。実際、専門家が必要なスノーホワイトの再起動にも後一歩のところまでアサシンは『何となく』やっただけで辿り着けている。

 理屈を差し置き、全てを見通す能力が彼女にはある。

 彼女の実力など、問題ではないのだ。

 足りていないのは、その自覚だけだ。

 

「アサシンはバネ仕掛けの玩具ってわけか」

「そうとも。そして令呪程度ではまだバネを圧縮しきれない。だからこうして拷問し、せめて肉体だけでも痛めつけている。肉体の穢れは精神や魂にも繋がる。大抵は悪影響となるが、アサシンの場合はどうだろうな。

 見てみたくはないか、このアサシンの羽化を。彼女は地獄にあって、最も強き光を得る者だ」

 

 独特の嗤い方をしながらジェスターの眼は死徒とは思えぬ輝きを放っている。アサシンがいかに素晴らしい可能性を秘めているのかを署長に力説する。納得したふりをしながらも、署長は内心嘆息せざるを得なかった。

 

 ジェスターの言葉は狂人の戯言に近い――いや、そのものだ。

 

 アサシンは追い詰められれば追い詰められるほどその真価を発揮する――だから令呪で縛り、拷問を行い、レイプを依頼する。本来であれば、そんな言葉は相手にする価値もない戯れ言だ。仮説の一つとしては面白いかも知れないが、その程度でしかない。本気で討論しようなどとは思えない。

 この戦争で彼女がサーヴァントとして選定され召喚されたのは変えようのない事実。こちらが勝手に推測し計算した結果が下回っただけで、帳尻は見えていないところで合っている筈なのだ。

 そして何より、もう状況的に戦争終盤に入っているというのに、アサシンの羽化などと言って拷問やレイプを悠長に行っている時間などありはしない。ジェスターの目論見が日の目を見ることなど考えにくい。

 

(……いや、だからこそ、こうして捕まえているのか)

 

 妙に熱の入った演説をするジェスターに、逆に署長の頭は冷えていく。

 焦っているのは、ジェスターの方だ。

 

「なるほど。アサシンの助命を条件にファルデウスに組したというわけか」

「ただ組するだけで最低一日は延命できる。安い買い物だったさ」

 

 この話しぶりだと、ジェスターはファルデウスが最終的に約束を反故にすることも折り込んで動いている。

 初期段階で令呪を全画使いきってまでアサシンの行動を制限し、中盤においては二十八人の怪物(クラン・カラティン)を揺さぶって盤上をコントロールすらしている。今現在においてもファルデウスを利用しているが、これまでの経過を見る限りそれだけでないことは確実だ。

 

「狂人の発想にしては計画が緻密だな」

「それだけ綿密に調べたのでね」

 

 強いてジェスターの計算外を挙げるとすれば、肝心のアサシンが予想以上に成長しなかったことだけ。

 だからこそ、こうして直接的な行動に移らざるを得なかったのだろう。

 

「……ならジェスター。お前はアサシンのためになると判断したならファルデウスも裏切るということか?」

「無論だ」

 

 署長の苦し紛れの質問に、ジェスターは悩む間もなく即答してみせた。

 どうやら本当に伊達や酔狂で生かされていたわけではないらしい。幾つもある保険のひとつ程度の扱いであろうが、首の皮一枚で署長の首は繋がっていた。そうはいっても、ジェスターを裏切らせるだけの魅力的なプランなど、提示できるようにも思えなかったが。

「頭が回ったか? 署長が生きている理由をわざわざ教えなければならないほど愚鈍ではないだろう?」

「起きたばかりの人間に無茶を言う」

「いやいや、私は君という人間には期待しているのだよ」

 

 ならばその根拠を示して貰いたいものだと署長は思う。大方、この聖杯戦争に精通しているからに決まっている。こんな誘いが二度もあるとは思わなかった。

 

「時間が欲しい」

 

 署長の言葉に、ジェスターは先とは異なり、しばし思案する。

 

「せいぜい一日……いや半日、だな」

 

 それはジェスターの我慢の限界――などではない。

 半日後には、この戦争の趨勢が確定してしまう。そうなればジェスターがどうしたところでアサシンの消滅を避けることはできない。

 署長がそのタイムリミットを黙って受け入れたことを確認し、ジェスターは腰を上げる。名残惜しげに署長からアサシンへ視線をやるが、意識が戻る様子はない。

 

「……ここに長居しすぎたな。そろそろファルデウスも次の手を打つ頃合いだろう。せいぜい彼に阿り時間を稼ぐことにしよう。それくらいならしてやるさ」

 

 相変わらずどこまで本気かは分からないが、今のジェスターにとって時間は黄金に等しい価値を持つ。アサシンがこの場にいる以上、時間稼ぎについては本気であり信頼できると思うが、その他の点については欠片も信頼できそうにない。

 ファルデウスも馬鹿ではない。ジェスターの思惑を承知の上で使い潰すつもりなのは目に見えている。最初から互いの関係に罅が入っていることが前提なのだ。早晩決裂することになるのは確実だろう。

 だとすればジェスターが設定した期限など当てにはできない。

 

「一つだけ――」

 

 この場から立ち去ろうとするジェスターの背に向けて署長は問いを投げかける。

 

「世界と、アサシンなら、」

「アサシンを選ぼう」

 

 署長の問いかけを最後まで聞かず、ジェスターはまたも即答し、そのまま振り返ることなくこの部屋から逃げるように出て行った。心なしか、去って行く足音も急ぎながらも一定ではない。禁断症状に苛まれる麻薬患者と似た様子であるが、まさにその通りなのだろう。

 ここにこのままいれば、アサシンを殺さぬ自信がジェスターにはなかったのだ。

 

 

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