Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.10-06 希望の光

 

 

 ジェスターが立ち去り五分ほど、署長はそのまま沈黙し続けていた。

 ジェスターの言葉を反芻していた、というだけではない。署長が沈黙していたのは部屋の外を警戒してのこと。ジェスターが戻ってきたり、外に見張りがいないか、傷口の痛みを堪えながら必死に気配を探る。

 もちろん、見張りがカメラやロボットといった機械式の場合はどうやっても気配を捉えることなどできるわけないし、ジェスターがその気になれば署長には感知することもできないだろう。

 よくよく考えれば、以前にも同じことをやって傍にいたキャスターの気配に気付けなかった署長である。その精度など当てになるわけもない。

 沈黙を破ったのは警戒することの無意味さを悟ったから、ではない。単純に、自らの肉体が限界に近いと判断したからだ。

 

「まったく。キャスターの忠告に従ったらこの様だ。あの男は疫病神だな」

 

 キャスターを罵り、油断すれば遠のきそうになる意識を何とか繋ぎ止めながら、署長は声を絞り出す。

 キャスターがアサシンとジェスターの接触を嫌った理由が良く分かった。

 ジェスターはこちらの話を聞けないほどに、アサシンに執着しすぎている。一見すると交渉の余地がありそうだが、あれは劇薬の類だ。使用上の注意をよく読み、用法・用量をきちんと守り正しく使わねば、害悪にしかならない。

 わざわざ作戦を変更した結果がこれであるが、使用上の注意を推察したキャスターの手腕は実に見事である。裏目に出たと言うより、これはジェスターが一枚上手であったということだろう。運が悪かっただけかもしれないが。

 

「……それで、これからどうすれば良いと思う?」

 

 確信などしていたわけではないが、答えが返ってくることを予想外だとは思わなかった。

 

「……もしかして、私に期待しているのかしら?」

 

 いつ目覚めたのか、などと聞くつもりはない。壮絶な拷問であったのは確かだが、その傷は癒えたのである。身体が回復したのだから、意識だって回復するだろう。このタイミングを逃せるほど甘い存在ではあるまい。

 

「ジェスターは俺に期待しているらしい。なら俺もお前に期待してもいいだろう、アサシン?」

 

 それは一体どういう理屈なのか、言った署長本人にも分かるわけもなかったが、特にそれについてアサシンが追求することはなかった。キャスターに毒されているように思えて自己嫌悪が署長を蝕んでいく。

 

 ジェスターはアサシンに対して随分幻想を抱いているようだが、当のアサシンからしても眉唾物だ。このことについて署長もアサシンも最初から議論するつもりはなかった。

 だが確かに、各サーヴァントの力がセーブされている事実はある。

 

 本気であるが故に自身に制約を課しているアーチャー。

 バーサーカークラスで召喚されなかったランサー。

 誰かに寄生せねば現実では何の力もないライダー。

 狂気に犯されていないバーサーカー。

 戦闘能力を一切持たぬキャスター。

 そして、セイヴァークラスで召喚されなかったアサシン。

 

 アサシンはゆっくりとその瞼を開いてみせる。先の拷問で抉られた眼は回復したばかりだ。まだ馴染んでいないせいか、その焦点は合っているように見えない。感覚器がそうなら、手足も同様と思った方が良い。

 

「その様子だとお前も自力脱出は難しいようだな」

 

 とっくの昔に署長は自力脱出を諦めている。そうしたスキルはないし、何より利き手をなくしたことで満足に動くこともできそうにない。戦闘など論外で、役立たず以上にはなりそうになかった。

 

「確かに無理そうね。関節を外してもこの手枷から抜け出せそうにない。いっそのこと両腕を切断してくれればなんとかなったかもしれない」

 

 手枷を軽く揺らしてその強度と手首との隙間を確認する。その身体を少しずつ削られていったというのに、アサシンのその言葉はどこか他人事のように聞こえてくる。

 そういえば脳内麻薬を自在に調整できる業を持っているとも言っていたか。痛みなどアサシンにとっては気にすることではないらしい。

 

「宝具は?」

「効果の弱いモノならなんとか。強力なモノは発動すらできないわ」

「魔力を供給されたばかりだろう。今なら何とかできないか?」

「仮に行使できたとしても、その瞬間に魔力切れで消滅するわね。それに恐らく令呪の命令で自決に類する行為は禁止されている。自爆してジェスターを巻き込むことも、これでは無理ね」

 

 またも他人事のように言うが、アサシンはすでに何度となくそれを試そうとしたのだろう。ジェスターとして当然の安全策だろうが、もし令呪で禁止されていなければ署長は巻き込まれて死んでいたことになる。

 サーヴァントは明確な触媒がない場合、マスターと似通った性格の英霊が召喚されると聞く。自分を含めた周囲の危険を顧みない点はジェスターとそっくりである。

 

「こっちからも聞かせて貰うわ。何か希望の光でもあるかしら?」

「直接的な希望は見えないな……が、ジェスターの言葉を信じるなら、恐らくキャスターのシナリオ通りに事態は動いていると考えて良い。希望を持つとしたらそこしかないだろうさ。俺達のこの状況も想定通りだとすれば腹立たしい限りだがな」

 

 最後の一言はただの軽口だ。さすがのキャスターでもこの状況はイレギュラーに違いない。

 

「根拠は?」

「あと半日とか言っているんだ。まだファルデウスはキャスター達を掃討できていないようだし、一気呵成に潰せていないことから、最低限ファルデウスが認識しなければならない程度の戦力は無事に残っているようだ。そしてスノーホワイトがすぐに復旧していれば、そんなことはあり得ない」

「スノーホワイトさえあればどうにかなりそうな言い方ね?」

「それをどうにかしちまうってのがスノーホワイトって宝具だ。スタンドアローンである限り無力ではあるが、ネットワークに接続できれば外部コントロール可能な機器を全て掌握される。一騎当千のサーヴァントも万軍には勝てないって寸法だ」

 

 まだ試験段階での話ではあったが、東部湖沼地帯での対サーヴァント試験運用では、二十八人の怪物(クラン・カラティン)一人で六機ものM240機関銃を同時に操り制御することに成功している。

 遠隔操作が可能な現代兵器に限らず、宝具であっても使用者をスノーホワイトがバックアップすることで、その負荷を著しく軽減し、精度の向上も実証されている。

 何の訓練も受けていないルーキーがバックアップを受けた瞬間にベテランへと生まれ変わるようなものだ。訓練を直々に受けた二十八人の怪物(クラン・カラティン)であればサーヴァントとも十分以上に戦うことができる。

 

 最終的には《フリズスキャルヴ》のオプション兵装である無人機《エインヘリヤル》を衛星軌道から敵地へ投入し、スノーホワイトで制御するというヴァルキリー構想なるものが目標らしい。実に合衆国らしい発想だが、軍事的には理に適っている。

 肝心の無人機開発が難航しているため今回の聖杯戦争では見送られたが、そのシステムを搭載した宝具は既にある。

 それに開発が難航しているとはいえ、テストベッドとなった強化外骨格もある。「魔術師」「強化外骨格」「宝具」「スノーホワイト」という組み合わせであれば容易にサーヴァント並の戦力を獲得することができる。搭乗者の安全性に難点があったため署長は採用しなかったが、スノーホワイトを完全解放できる今、ファルデウスがそれをしない理由はなかった。

 

「何はともあれ、半日のリミットはスノーホワイトの解放時間と見ていいだろうさ」

 

 思ったより時間を稼げているが、キャスターが見積もっていた時間よりも少しばかり短い。キャスター達がここを襲撃するとしても、時間的にはギリギリとなるだろう。

 

「では、半日以内に助けが来なければあなたは殺されることになりますね」

 

 さっきから他人事のように言っているが、今度こそ本当に他人事だった。

 

「お前を犯すって言えば多分延命くらいしてくれると思うぞ?」

「私を犯すのなら、魔力を絞り尽くして殺します。私の糧となる覚悟があるのなら、どうぞお好きに。あなたの死を無駄にはしません」

「お前、それ本気で言っているだろ……」

 

 サーヴァントは生粋のソウルイーターだ。アサシンが意識して魔力を吸収しようとすれば、魔力体力共にギリギリな署長は搾り取られて確実に死ぬ。要は本人の加減次第だが、この様子だとむしろ積極的に吸い取ろうとする意志すら感じられる。欠片も署長を助けるつもりはないらしい。

 

「まぁ、恐らく大丈夫ですよ」

「何がだよ!」

 

 何の慰めとも思えぬアサシンの冷徹冷淡な言葉に思わず声がでかくなる。この場はできる限り体力消耗を抑えるべき場面だが、その前にストレスで胃に穴が空きそうだった。右腕が切断されるよりこの心労の方が辛すぎる。

 だがアサシンが言いたいのはそういうことではない。

 それは、希望の光というものだ。

 

「あと半日以内に、助けは来ます」

 

 アサシンの言葉は、確信に満ちたものだった。

 

 

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