Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
「ディッ、ディーデッ――」
「喋らなくて結構です。安静にしてください。動くと傷に障ります――だから騒ぐなと言っています!」
ティーネに抱きつき本物かを確かめようとするフラットの頭を、ジェスターと同じように頭を掴んで大人しくさせるティーネ。少々気恥ずかしいのかその顔は赤みがかっていた。しかし何故抱きつく必要があるのかは誰にもわからない。
「げほっ、ぶはっ! っで、どうしてここにティーネちゃんが!? この人達は一体!?」
「落ち着いてください。まず吐き出した血を拭いてから喋りましょう」
肺の出血を止め気管内へ逆流した血液を吐き出したフラットの口元を幼子の面倒を見る母親の如く、ティーネはハンカチを取り出し拭い去った。
重傷であった内臓を自身で治療した今、フラットの外傷を治しているのはティーネが連れてきた魔術師達だった。
第二層のエントランスから素早く降りてきた彼等は即座に周辺警戒を行い、そしてその内の数名がティーネの指示の下、フラットの身体を分業して癒やし始める。
骨折は両足や肋骨だけではない。吹き飛ばされ転がった際にフラットの両手の腕や指はあらかた折れてしまっている。時間と魔力の節約のため治療を諦めていたが、同時進行で外部から治療される分にはそれほど問題はない。
状況からしてティーネを中心とした部隊なのはフラットにも理解できた。けれども、彼等の手にある武器は、その全てが宝具である。
「そうさ、フラット・エスカルドス。彼等は
ティーネや
「キャスターさんですか! お目にかかれて光栄です!」
「その反応は嬉しい限りだが、握手は後にしておこうか」
さすがのキャスターも全ての指があり得ぬ角度に折れ曲がった手を握るには抵抗があったらしい。代わりにティーネが骨の位置を直すべく手を握ればフラットの喉から愉快な悲鳴が漏れ出てくる。
「……さて、フラットの治療には少し時間がかかる。現状を説明するのは一度で済ませたいのだが?」
周囲を警戒する
ティーネはフラットの治療に専念しているように見えて、その実下方からの動きに警戒している。
最後にフラットが自らの足元に語りかけた。
「大丈夫ですか、ジェスターさん。そんな姿になって痛くありませんか?」
三者が注目していたのは、ジェスターが残した赤い影。光を遮る物がなくなった今になっても存在する赤い影は、その実よくよく見れば、薄い血で構成されていた。
「……満身創痍の君は他人より自分を気遣うべきではないかな?」
フラットの言葉に返す声がある。
耳にした覚えのない高い女の声。
平面であった赤い影が、立体的に再構成を始めていた。
魔術世界には延命するためにその身を他のものへと置き換えることはままある。吸血種ともなれば、それはより顕著にもなろう。
身体はただの器でしかなく、その行き着く先は個々人によって異なる。ジェスターの場合、それが赤い影の如き血液だっただけ。六連男装はジェスターにとって代わりの器であると同時に、ただの操り人形に過ぎなかった。
血が人を形作る。そこに臓器と筋肉が生み出され皮膚が表面に張り巡らされる。頭部には生糸の如き金髪が流れ落ち、眼窩から真っ赤な球体が迫り上がる。
この麗しき赤眼金髪の少女こそ、ジェスターの魂が覚えているかつての姿。吸血種に変わり果て、成り上がる前の、ただの人間だった頃の残滓。
その血塗られた経歴を知る者にとってジェスターの容姿は逆に恐ろしさを醸し出すものでしかない――
「えっと……まさか女性だったとでばぎゃっ!」
「何をジロジロと見ているのです。アレに劣情を催す程あなたは馬鹿なのですか。キャスター、あなたもです」
「ばっか、裸の女がそこにいるのに見てやらないってのは失礼に当たるだろうが」
中指を鼻のラインに沿わせ、ティーネの人差し指と薬指が容赦なくフラットの両眼を突いた。視線をキャスターにやるも、好色として有名なこのサーヴァントはティーネの言葉に耳を貸すことなく、ジェスターの裸をガン見し続けていた。
そしてこの瞬間、フラット・エスカルドスは人知れずアサシン・ティーネ・椿・ジェスターという偽りの聖杯戦争女性陣の裸をコンプリートする偉業を達成していた。
残念ながら、その事実に本人が気づくことはないのだが。
「……ジェスター、あなたもさっさと服を着なさい」
「あいにく燃やされた血液が足りなくて服までは構成できなくてね。この姿だって十代後半だった頃か。全盛期の私の姿を晒せずに逆に恥ずかしい限り――ああ、いや、なんでもない。キャスター、そのコートを貸して貰えるかな?」
ティーネの手が自分に向けられたのを見て渋々肌を隠すジェスター。既に格付けが終わっているだけにティーネの怒りに触れたくはないのだろう。何せジェスターの本体たる血液が足りていないのは五度目に殺された際、ティーネに散々燃やされたからである。
「それで――私の演技はどうだったかな? 我ながら気が利いていたと思うのだが」
コートの裾を自らの体格に合わせて折りながら、死徒は恐れ多くも自らのアドリブ劇を稀代の劇作家に問うてみる。
ジェスターの目的は最初からアサシンの救出にある。そのためにはファルデウスの眼を欺く必要があり、欺く為のイレギュラーを何としても欲していた。その意味ではフラットと遭遇したのも何も完全な偶然というわけではない。最初の隔壁爆散はともかく、死徒が明確に殺そうとしていたらあんな無駄のことはしない。その場で五体を引き裂いて殺した方がよっぽど確実で手間もかからない。
「あー……そう、だな。三文くらいは貰えるんじゃないか?」
「モン? どういう単位だ?」
視線を宙に彷徨わせながら言葉を選ぶキャスターに疑問符を浮かべるジェスター。三文役者という言葉を幸いにもジェスターは知らないらしかった。
状況が特殊であり即興であることを差し引いても、ジェスターの言葉はやや直截に過ぎている。フラットに黙るよう告げ、自らの殺し方を注文し、殊更ファルデウスの眼となっているカメラを潰すよう促している。そして時間がないと言いながらフラットへの攻撃方法は迂遠な上に不自然であり、赤い影をゆっくりと伸ばしてカウントダウンめいたこともしている。
そしてそれらは全てファルデウスやレギヲンに筒抜けとなっている。
「我々が来なければどうするつもりだったのですか? この
「誰か近くにいるのは足音で確認できていたのでね。そうでなければ途方に暮れていたところだった」
フラットですら足音だけなら聞こえていた。ジェスターであれば尚更だろう。死徒の感覚を以てすれば距離は勿論、足音の数や軽重から部隊人数と練度だって判断できる。
ジェスターにとって幸運だったのは、その部隊にティーネがいたことだ。
フラットと魔力を通じているティーネはフラットの位置と状態を少なからず把握することができていた。おかげで時間を節約して最短ルートでピンポイントでこの場へ辿り着き、準備を整えることができた。ジェスターの六連男装も把握しているので、カメラを意識してジェスターが確実に死んだように身体を燃やし尽くすことが可能であり、その点ではよくやったといえる。
ジェスターのアドリブはともかくとして、ティーネによる演出はジェスター敗退としてファルデウス率いるレギヲンを大いに困惑させることだろう。疑念は抱かれるだろうが、この忙しない状況で確証まで得られまい。
「それでフラット・エスカルドス。確認しておくが、君が言っていたアサシン救出の話は本当かな?」
自分のことはもう話したとばかりに、ジェスターは自らの胸を揉みながらフラットに確認を取る。どうやら胸の大きさが不服らしい。
「はい。俺はそのためにここに来ています」
ジェスターのセックスアピールになんら介することなくフラットは頷いた。
「上にいるヘタイロイとか名乗ってる連中はあなたが作ったのでは? 何故一人で動いているんです?」
「ああ、うん。あの人達は街から逃げ出そうとしていた人や、アサシンの構想神殿に囚われてた人達なんだ。そこを助ける代わりに協力してもらってる。けどヘタイロイの人達にお願いしている目的は、ここにいる市民を助けるためなんだ」
「……いや、だから何故一人なんだ?」
「え? アサシンの救出は俺個人の目的だから、そこにわがままは言えないでしょう?」
「君の正気も含めて問い質したいことが多すぎるが、それはこの際置いておかないか」
ティーネとキャスターの問いかけにフラットは何が問題なのか理解できていないようだった。ジェスターの提案に両者は黙って頷いておく。
どういった経緯でどうやって人を集め、隠れ、まとめ、作戦を練ったのか気にかかるが、時間がいくらあっても足りやしないのでこれ以上は放置しておく。どうせ魔術師とも常人の発想とも異なるのだろうから気にしないのが吉である。
コートを引き締めやや胸を強調することで満足したのか、ジェスターはキャスターの向かいに座って足を組む。そして机の上に拡げられたこの基地の概略図の一点を指示した。
「アサシンがいる場所は第四層の第四区画Cブロック。三層から天井を崩して侵入した方が早い。壁抜けのための装備はあるな?」
「任せろ。天の岩戸伝説に準えどんな場所だって開錠できるスーパー宝具を用意してある。起爆パスワードは開けゴマ」
こんな忙しい時に嘘をつくなという冷たい視線だけをキャスターに向け、ティーネは装備を確認する。
「プラスチック爆弾なら用意があります。いざとなれば、私がぶち抜くまでです」
「頼もしい限りだ。ああ、そうそう。アサシンと一緒に署長もそこにいる」
「なんでい。やっぱ兄弟は生きてたか」
何でもない風を装うキャスターであるが、その実確かに安堵していた。サーヴァントとしての利害関係上マスターの生存は喜ばしいことだが、それだけでない。戦友として、キャスターは署長の生存を好ましく思っている。
これなら署長のために準備した宝具も無駄になることはないだろう。
「魔力供給が止まっているのは魔力封じの鎖に繋がれているからだ。それと署長の右腕は切り落とされているから、Bブロックで日本の高名な人形師が作った腕を回収しておけば治療して戦力にもなるだろう」
キャスターから赤ペンを受け取り、ジェスターがそれらの場所に印を付ける。二人を痛めつけた張本人でありながら厚顔無恥なこと甚だしいが、幸いにしてその事実を知る者はここにはいない。
「ジェスター、情報の提供には感謝しますが、場所を教えるということは我々と同行はしないということですか?」
「私は欲ばりでね。全てを手に入れたいと思うのさ。アサシンについてはフラット・エスカルドス、君に任せる。ただしアサシンの回想回廊で地下のスノーホワイトに行くのは対策が取られているのでやめておいた方が良い。代わりに私がスノーホワイトを目指すとしよう。折良く裏道を教えて貰ったばかりだ」
ジェスターは以前通った点検孔を思い起こす。以前の侵入口は六層からだったが、この三層からも繋がっていた筈だ。ジェスターが死んだとファルデウスが思い込んでいるのであれば、このルートは比較的安全ともいえた。レギヲンの目線がティーネ達に注がれれば尚更である。
「話が早くて助かるぜ。こっちの思惑は承知済みというわけか」
「クハハッ! なに、一番慣れている場所を選んだまで」
キャスターの言葉を否定はせずに、ジェスターは他にも選べる目標の中から慣れているというだけでスノーホワイトを選んだようにみせる。
ティーネ達の目的はアイオニオン・ヘタイロイの援護であるが、そこを更に分ければ三つになる。
市民の避難に協力するのが繰丘椿とライダーのペア。
ティーネは“偽りの聖杯”とファルデウスの確保。
キャスターはスノーホワイトの制圧担当。
無論、ここで一番不安があるのはキャスターである。途中までティーネと
ジェスターが先行することで露払いをしてくれるのなら、キャスターにとって願ってもないことだ。これで
……などと恩を売るような真似をしているが、ジェスターはそんな殊勝な存在ではない。何か裏があるに決まっていた。
ティーネもキャスターもそんなこと百も承知だが、探りを入れるにしても時間はないし、罠をしかけるだけの時間もなかった筈。ここは乗るより他の選択肢はない。
「それでフラット、ヘタイロイの動きからして市民の救出で終わるわけではないのだろう?」
「あ、はい。救出が第一段階で、第二段階がこの後にあります」
「ならその第二段階にタイミングを合わせた方が攪乱できるな。投入予定はいつ頃だ?」
折良くフラットの治療が終わったのを機に、キャスターは最後の質問をしておく。ファルデウスが睨んだように、市民の避難をわざわざ最初にするからには、それなりの次撃が用意されているとキャスターも読んでいた。
第四層突入までは同行できるが、そこからは別行動になるだろう。互いの様子が分からなくなる以上、今後どんなことが起こるのかは確認しておかなければならない。
「えっと、そのことなんですが……」
身体を動かし調子を確認しながらフラットは申しわけなさそうに答えた。
「俺、方針とかに口出しはしましたけど、実はこれからどうなるのかほとんど何も知らされていないんです」
頭目でありながら作戦を聞かされていない事実をフラットはカミングアウトした。その事実にその場にいた全員が納得すると同時に、全く同じ疑問にぶち当たる。
では、一体誰が作戦を考えた?