Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.11-06 時間稼ぎ

 

 

 椿の命令と同時に、その左手の指に変化があった。

 タイミングはライダーに一任してあり、どういったことをするのか椿は感知していない。威力や精度は二の次。求めるべきは早さであり、ライダーがしたことはそうした奇襲だった。

 薄く鋭い爪は、音もなく床に突き刺さった。

 完璧な一撃。視覚外から予備動作なしに足先を攻撃されて回避できるわけがない。一つの身体に二つの意志を宿す椿とライダーならではの連携なのである。

 しかして、その結果は。

 

「――参ったな。いつから気がついていたのかな?」

 

 宝具や魔術を使うことなく、その脚力のみで、目の前の男は十数メートルもの距離を一息で取って、ライダーの奇襲を避けていた。

 確認は終えた。

 

 この二十八人の怪物(クラン・カラティン)は、偽物だ。

 

「最初からです」

 

 男の高い声に椿は即答する。

 

「この広い基地内で、勝手に動く人物を簡単に見つけられる筈がありません」

「言われてみれば、それもそうだね」

 

 椿の指摘に男は子供のようなあどけない顔で納得してみせる。

 それ以外にもこの男のミスを指摘すれば数多い。本物の二十八人の怪物(クラン・カラティン)が使っていた宝具はナイフタイプであるし、仮に予備の宝具だったとしても練度が高すぎる。

 咄嗟の決断ができぬために彼はライダーに一瞬で倒されてしまったというのに、ここにる偽物は敏捷性や決断力もある。会話らしい会話をしたことはないが、この年代の男にしては声も高すぎた。

 実際、ライダーが記憶している声とはその周波数からして異なっている。

 そして何より、この基地に侵入している二十八人の怪物(クラン・カラティン)は全員がライダーによって一度は傷つけられている。感染していない二十八人の怪物(クラン・カラティン)などいるわけがない。

 ライダーが指摘するまでもなく椿ですら気づけたのだ。役者としては三流だろう。

 

「慣れないことをするもんじゃないね。時間をかけて説得するより、手短に騙した方が早いと思ってさ」

 

 悪びれもせず偽二十八人の怪物(クラン・カラティン)は手元に鎖を回収した。それは戦闘のための準備にも見えなくはなかったが、相変わらず敵意を感じることはできない。

 

「You have control」

『I have control』

 

 目の前の男は、敵意すらもなく敵を屠る意志と実力がある。これ以上の対処できないと椿は判断した。

 最近こうした状況判断ばかり異様に鋭くなりつつある椿である。数日前まで無垢だった少女は一体どこに行ったのだろうかとすっかり保護者面となったライダーは嘆きながら交代する。

 傍目からは何の変化もない筈だが、これを男は見逃さなかった。状況判断が鋭いのも椿だけではないらしい。

 

「待ってくれよライダー。ボクは戦うつもりなんてないんだ」

「ならばあなたは何者ですか」

 

 ライダーの質問はもっともだ。

 男が持つ鎖の宝具はいささかランクが高いように思える。訓練を受けた二十八人の怪物(クラン・カラティン)でさえ、そこまで高ランクの宝具を自由自在に使えるわけではない。となれば、この男がただの人間であるわけがない。

 油断なくライダーは椿の爪を再度大きく伸ばし、構える。ライダーといえどその鎖を相手に生身で向き合い続けるには危険すぎた。

 

「この場で身元証明をするのは難しいな。フラットがここにいれば味方だと保証して貰えるんだろうけど、彼は今下にいるしねえ」

 

 フラットの一言に奥に引っ込んだ椿がぴくりと反応する。交代していなければ致命的な隙を作っていたかもしれなかった。

 

「バーサーカーを気取るつもりですか?」

「いや、ボクはバーサーカーじゃないよ。ボクのこれはせいぜい変装止まり、認めるのは業腹だけど、彼の変身には遠く及ばない」

 

 まるで以前に戦ったような言い方をするが、ライダーはそれに取り合うつもりはない。今この場でこの男の言葉を確認する術などないのだ。最初に騙そうとした段階で信用するつもりなど皆無である。

 

「騙そうとしたことは謝るよ。ただ、ボクが伝えたことに嘘はないよ。君達には敵勢力を排除して貰いたい」

「あなたがそれをすれば済む話では?」

「残念ながらボクには別にやることがあってね。本当ならこうして問答している余裕もないくらいなんだ。時間を惜しんでいなければ騙そうだなんてするわけがないさ」

「ならここに全てを解決する手段があります。手間もかからず、私から確実な信用を得ることのできる、唯一無二の手段が」

 

 ゆっくりと、ライダーはその爪を男に向ける。

 ライダーに感染さえしてしまえば、操り本音を喋らせることなど簡単である。こうして時間をかけて空気感染も続けているが、騙していることが発覚してからこの男は周囲の空気をほとんど吸っていない。ライダーに対抗するだけの免疫能力も人間とは明らかに異なっている。

 感染させるためには直接接触するのが最も確実だろう。

 

「……やっぱり、ボクは君が嫌いだなぁ。汚い、気色が悪い。吐き気すら覚えるよ」

 

 その言葉は本心だったのだろう。微かではあるが、確かにその男は言葉だけでなく心の奥底から嫌悪感を露わにした。ライダーの提案は男の奴隷化を意味する。嫌悪して然るべき手段ではあるが、ただそれだけという風には見えない。

 この男はライダーという存在を憎むでも蔑むでもなく、ただ単純に嫌っていた。

 元より『病』という災厄の権化であるのだ。理解に苦しむことでもない。

 

「交渉決裂、ということで宜しいでしょうか?」

「はは、これは交渉ではなく恫喝って言うんだよ。せめて説得と呼べるくらいには努力して貰いたいね」

「詐欺師相手に譲歩しているつもりです。あなたはご自分が何をしているのか自覚していますか?」

「ボク? ボクが行っているのは――」

 

 両者の間でその瞬間、火花が飛んだ。

 仕掛けたのはライダー。それも魔力弾などによるものではない。魔力弾は数を出さねば防がれるのがオチだし、そんな数の魔力弾を練っている時間はない。故にライダーが行ったのは一挙動で繰り出す一〇本の矢。

 あの茨姫(スリーピングビューティー)で散々実験してきたのだ。爪の厚さや長さ、曲がり具合の操作も会得した。その過程で編み出したのが、伸ばした爪の根元を腐食させ、腕の振りで放つ投擲術である。

 

 爪は指に繋がっているものという思い込みを逆手に取った奇策。

 爪の成長過程でその形状と重心は微細に修正され、手首のスナップもあって一〇本全てが異なる軌道を辿り、速度さえ変えて標的へと襲いかかる。その内の一本でも掠れば、感染の糸口となってライダーの勝利は確定する。

 

 そんな圧倒的優位にいるライダーを見て、男は不適な笑みを浮かべていた。

 一〇本の内、四本は避ける。三本は鎖を真横に薙いで弾き飛ばす。二本はプロテクターを掠めただけ。残りの一本は、行儀悪くもその白い歯で噛んで受け止めていた。

 あっさりと攻撃を凌がれたことに驚くなど、そんな無駄なことをライダーはしない。投擲した瞬間に疾走を開始し、あと五歩もすれば懐に入り一撃を加えられる。

 男は後ろに跳躍し距離を取ろうとするが、ライダーの突進の方が速い。頼みの鎖は真横に放たれたままで、今更回収しても間に合わない。

 

 勝利を確信するライダーであるが、男は噛んで受け止めた爪を吐き捨てると、遮られた台詞の続きを静かに口にしてみせた。

 この男が行っているのは、

 

「――ただの時間稼ぎだよ」

 

 残り一歩の距離にまで近付きながら、ライダーは両足を全力で強化して急制動をかける。急激なGに中で椿が悲鳴を上げるが、それに対応している暇はない。

 ライダーが周辺警戒に放っていた粒子に反応があった。

 急制動で膝に蓄積されたエネルギーを利用して上方へと跳躍する。同時に真横から聞こえてくる破壊音と、一瞬遅れてライダーがいた場所に顕現する破壊の嵐。

 

「言っただろ、この周辺を警戒してくれって。それって、敵が現れる可能性が高いってことだよね」

 

 男が報告していた内容に嘘はなかった。

 基地のメインシャフトとこの施設は直接繋がっているわけではない。ただ、硬化した充填剤を突破するよりも、薄い壁を介して間接的に繋がっているこの施設を中継した方が地上への出口は近かった。

 信用に値しない、ただそれだけでライダーは男の言葉を斟酌するのを怠っていた。感染という安易な手段を選択したのは早計だったのかもしれない。

 

 先に投げられた鎖の先端は、その薄い壁に穴を穿ち、壁を引き抜くことで更なる大穴を空けていた。

 壁に開けられた大穴の向こうに見えるのは、人型の機械――重装甲パワードスーツの一団だった。その両肩と両腕には馬鹿みたいにでかい多連装チェーンガンが装備され、こちらへとその照準を合わせている。

 

「ここで彼等の侵攻を食い止めなければ、犠牲者は増えることになるよ?」

 

 その言葉はライダーではなく、奥に引っ込んだ椿へと向けられていた。

 男の思惑通りに動かされることは気にくわないが、かといって無視することなどできよう筈もない。椿がどう判断をするのか、ライダーは聞かずとも分かっている。

 

「それじゃ、後は頼むね。せいぜい死なないよう持ち堪えてくださいよ」

 

 言葉だけを残して男は最後まで名乗ることもせずライダーの目の前でその姿を徐々に消していく。

 変装による透明化とはシステムが明らかに違う。光を遮断し歪曲させるエアカーテンによる光学迷彩に加え、臭気・温度といったものも周囲と同化していく。ライダーの感覚をもっても男を捉えることができない。

 

 鎖・変装・透明化の宝具を男は三つも持っている。フラットの居場所を知っている。生き残った二十八人の怪物(クラン・カラティン)の顔も知っていた。男は椿を呼び止めるのに「二人」とライダーを数に入れている。移動する敵の動きさえも把握していた。

 正体不明でありながら、各陣営の内情を知りすぎている。

 それでいて、状況を考えるにこうして最悪を防ぐべく敵の増援をライダーにぶつけるよう仕向けたのはこの男。ライダーの負担は大きいものの、現時点で被害は最も少なく済んでいる。

 

「あなたは一体何者ですか?」

 

 疑問を口にしてみるも、返ってくる言葉はない。透明化できぬライダーを囮に、本人はさっさとこの場から立ち去ったらしかった。

 撒き散らされる銃弾をその機動性と周囲の遮蔽物を駆使してなんとかライダーは回避し続ける。回避しながら周囲の違和感からあの男を探し出そうとするが、もはやその残滓も感じられない。

 その間にも、傷つけた動脈から吹き出す血のように、破壊された壁から人型機械が溢れ出てきた。このまま放置していけば、程なく周囲には死が訪れるだろう。

 

 生命体を始めとする有機物に対して圧倒的優位であるライダーではあるが、機械などの無機物に対しては相性が悪すぎた。

 ライダーの感染は非生物には通じにくいし、そもそも戦闘をするための直接的な宝具をライダーは持っていない。ライダーが『騎乗』している椿からして貧弱な少女でしかないのである。

 

 冷静に考えて、そこに勝機があるわけもない。

 既に先手を取られ劣勢となっている。挽回するのは難しく、撤退し体勢の立て直しを図るべきだが、ここで退けば地上ルートを確保される上、脱出した市民にまで被害が出る。それだけは、何としてでも阻止しなくてはならない。

 波のように押し寄せる敵を前に、ライダーはその覚悟を決める。

 

 守るべきは椿、ではない。

 守るべきは椿が帰るべき場所だった。

 

 こうして、最初に椿とライダーが無自覚に抱えていた自己犠牲愛は、『救う』から『守る』ことへとすり替えられることによって当面の解決を見る。

 全てを見通した上で、あの男がこれを仕掛けたことに、二人が気付くことはなかった。

 

 

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