Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.11-10 真鍮のサーヴァント

 

 

 たった一層しか違わないというのに、第八層の激闘は第九層には何の振動も伝わっていなかった。

 単純に八層と九層の間にある岩盤が厚く、周囲に繋がるルートが悉く完全封鎖されているのも理由のひとつだが、それ以上に異常なまでに執念深く張られた結界がそうした外界から隔絶させていることが大きい。

 

 第九層、“偽りの聖杯”が祀られているこの祭壇は、薄暗い闇の中で完全に閉じていた。

 第八層以上に広大な空間の中央に、巨大な“偽りの聖杯”は座している。

 元は一辺一〇メートル近いの直方体の匣が鎮座していた筈だが、今やその形を拝むことはできない。何故なら、かの神体を方舟断片(フラグメント・ノア)よりも一層強力な封印結界宝具方舟(オリジナル・ノア)が球状に光を逃さぬ極黒で覆っているからである。

 

 目に見える安全装置が一つだけとはなんとも頼りないかもしれないが、この基地そのものが物理的にも魔術的にも強固な結界の役割を果たしているのは明らか。その上スノーフィールドの霊脈そのものも“偽りの聖杯”を封じるよう人為的に流れを組み変えられている。

 方舟(オリジナル・ノア)、基地、スノーフィールドと、どれひとつとっても早々お目にかかれるような代物ではない。しかしこれだけの処置を執られながらも、これでもけっして過剰とは言い難かった。

 

 “偽りの聖杯”の中には、世界を脅かす『何か』がいる。その『何か』を起こそうとすることで、“偽りの聖杯戦争”は開始されたのだ。

 現行の封印を八割にまで弱めたわずか数秒で、世界は自らの危機を感じ取っていた。すぐさま封印を元に戻したことで何事もなかったかのように装ったが、世界はこれだけの封印であっても無視できぬことと判断したのだ。

 

 六騎のサーヴァントの本来の目的は、この“偽りの聖杯”をどうにかして世界の危機を救うことにある。

 だがそうした本来の目的を偽ることがこの“偽りの聖杯戦争”の妙。六騎全てがそのことに気付き、力を合わせぬ限り“偽りの聖杯”を破壊することは叶わない。一騎でも失えばそれを補う力がない限り、目的の達成のために最善や次善を捨てなければならなくなる。

 

 だから、第九層に突如として実体化したサーヴァントは、最善の『破壊』や次善の『弱体化』ではなく、次々善として『封印強化』を目的として送り込まれていた。

 

 本来であれば、あり得ぬこと。

 正規に召喚された六騎のサーヴァントはライダーを除いて全て《イブン=ガズイの粉末》を受け霊体化はできない。だからこそこうした物理的な封鎖は極めて有効であり、ファルデウスが初手から最後の手段を指示したのも頷ける。

 もっとも、そうした想定があったからこそ「彼」は今の今まで表だって動くことなく温存されていたのだ。

 厳重に張り巡らされた複合結界は確かに霊体の侵入も防いではいるが、絶対ではない。事前の調査とキャスターのバックアップ、そして侵入するための時間さえあれば、突破は可能なのである。

 

 黒い霧を纏って顕現したのは、金髪赤眼のサーヴァント。

 その姿、その形、かの英雄王ギルガメッシュに他ならない。

 だが残念かな、この姿の英雄王は、すでにない。南部砂漠地帯でかのサーヴァントは退場させられており、その事実は既に全陣営が把握している。そこに異論を唱えることは神にだってできやしない。

 

 このサーヴァントはこの地に召喚された当時のアーチャーと瓜二つである。姿形は無論のこと、立ち振る舞いだって同一。更には指紋や虹彩、声紋といった生体認証だってパスすることができよう。ただ、そうした一つ一つを究極的に似せたところで、中身が違えばそれは英雄王ではない。真鍮を黄金と偽るには土台無理があった。

 

 そう。このサーヴァントはかつてキャスターが南部砂漠地帯でアーチャーと対峙した際に用いた偽者である。

 だがたとえサーヴァントは偽者であっても、その宝具は本物以上に本物だった。

 背後の空間で、目に視えぬ『扉』が音もなく開かれる。

 背後に浮かぶ数十にも及ぶ武具の数々は、確かに英雄王の所有物。

 キャスターが奪ったバビロンの宝物蔵は、この偽者が持っていた。

 

「さて、では始めようか――」

 

 一つ小さく呟いて、黄金改め真鍮のサーヴァントは、その宝具の的に“偽りの聖杯”を定めた。

 全てはキャスターの策。

 本物でない以上、その齟齬にかかる軋轢は偽者への負担となる。予め注ぎ込まれた魔力では現界もままならず、一度だって戦闘をすることは危うい。かといって王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)を扱えるのはアーチャーの知識を持つ偽者のみ。他に選択肢はなかったのである。

 故にキャスターの策は“偽りの聖杯”が安全に確保できなくなった段階で目的が変化していた。可能な限りファルデウス・ランサー・ジェスターといった不確定要素を排除、もしくは“偽りの聖杯”から遠ざけること。全てはこの偽者をこの場へと招く道を作るためである。

 

 まずは試しに一つだけ、ランクの低い宝具を偽者は射出する。自動迎撃システムの類がないかを確認するためだったのだが、その心配は杞憂であった。念入りな様子見ではあるが、宝具は何の障害も受けることなくあっさりと“偽りの聖杯”へと辿り着き、そして予定通りにそのまま静止する。

 この何でもない行為こそが、封印の強化の方法である。

 

 “偽りの聖杯”を封印する方舟(オリジナル・ノア)は種の保存をするために触れたものの時間を停止させる静止機能を持つ。

 偽者が投射した宝具はその切っ先が表面に触れた瞬間に時間が止まり、さながら選定の剣の如く誰も抜くことの適わぬ飾りと化した。

 

 この宝具が真価を発揮するのは、時間停止の機能が解除された瞬間である。

 つまり時間停止の最中であれば世界は危機に陥ることはなく、時間停止が解かれても方舟(オリジナル・ノア)表面で静止し留まっていた宝具が“偽りの聖杯”を串刺しにすることで始末する。

 ついでに爆発寸前の爆弾でも取り付けておけば、封印を解こうとする者もおいそれと触るわけにもいくまい。

 

 キャスターの計算では“偽りの聖杯”を一〇〇〇本の宝具で串刺しすることで機能不全に陥れるだけの威力を出せる筈だった。

 残り九九九本――だが念には念を入れ、その倍の数の宝具を方舟(オリジナル・ノア)表面に貼り付けておきたい。

 作業は単調であり、邪魔が入らぬよう露払いもされている。脱出は考えないので、魔力が尽き消滅するその瞬間まで宝具を射出し続けるつもりだった。

 注意すべきは宝具同士がぶつかり邪魔し合うことだ。最小の数で最大の威力を発揮できるよう、狙いは慎重に定める必要があった。

 

 球状に展開されている方舟(オリジナル・ノア)を上下に別ち、縦に十字に切り取って八区画に分ける。単純計算で一区画当たり二五〇本。

 本物と違い実力に劣る偽物が一度に放てる宝具は決して多いものではない。アーチャーというクラス特性もないので命中精度にも難がある。偽物が過つことなく放てるのは一度に一〇本くらいが限度だろう。

 これは気が遠くなる作業だと偽物は思い、目標へと集中する。

 

 だが、狙いが一区画に偏ったことで視野は狭まった。

 かつてアーチャーは視野を狭め東洋人を狙ったからこそ、アサシンに奇襲を許したのである。偽物でありながら、本物と同じミスをしていた。

 隙が、できる。

 

「……な、に?」

 

 銃声が遅れて響いた。

 斉射のために宙に浮かんでいた宝具が消え去る。

 ダメージはある。だが消滅に至るほどではない。全身を駆け巡る衝撃に、集中を乱し暴発を恐れて蔵を閉じただけ。

 だがそれ以上の衝撃を、背後を振り返った偽者は感じ取ることとなった。

 

「何故……!」

 

 思わず、声が出る。

 冷静に考えれば、対処策は決まっている。

 決まっているが、問わずにいることなど、できそうになかった。

 

「何故貴様がここにいる!?」

 

 第九層の封鎖は完璧に行われている。ここは完全なる密室だ。秘密の通路などあろう筈もなく、エアダクトも充填剤に埋め固められている。霊体ですら結界に阻まれ、それなりに準備しなければ侵入も容易でない。

 だというのに、その男は確かな肉体を持って、ここに存在していた。

 

 密室トリックにしては余りに陳腐な手法だろう。

 あろうことか、この男は最初からこの場で待っていたのだ。

 もちろん、侵入が不可能であれば脱出も不可能。救助はどんなに早くとも一月はかかり、水や食料も用意されている筈もない。この中で待っているのは無慈悲で確実な孤独死だけである。そこに勝敗を論じる意味があろう筈もない。

 

 だが、偽者が問うたのはそれだけではない。

 現場の最高司令官が、何故そんな役回りをしているのか理解ができない。

 

「答えろ、ファルデウス!」

 

 偽者の後方数メートルという近くに、最大排除対象となる者がうっすらと笑みを浮かべて立っていた。

 

 

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