Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
署長が
キャスターはキャスターで、またひとつの戦場を終結させていた。
制圧したスノーホワイトはエラー表示を大量に吐き出しながらも順調に稼働中であり、キャスターの操作によってより効率的にそのリソースを配分している。特に
「――よう。どうだ、生きてるか?」
キャスターの気軽な質問にしばし遅れて通話回線を繋げたスピーカーから反応がある。精も根も尽き果てたという声音であるが、ひとまず声の調子から命に関わるような傷は受けていないようだった。
「ハハッ。支援が遅れたことは詫びるが、そう責めるなよ。俺は俺でここに辿り着くだけでも大変だったんだぜ?」
『―――、』
キャスターの詫びに尚も不平が聞こえてくるが、一段落したせいかその語気は大人しくなりつつある。
しかしキャスターはキャスターで大変だった、ということは当たり前のようにそんな事実は欠片もない。押し付けられたとはいえスノーホワイトの制圧はキャスターの任務であるが、その露払いをしたのはジェスターである。ランサーを嗾けてはいたが、ジェスターは最低限の仕事を約束通り行っていたのだった。
ジェスターによって周囲は物言わぬ骸骨だらけ。その当のジェスターもさっさとスノーホワイトを放置しどこかに行ってしまったようで、近くにそれらしき気配もない。むしろキャスターはジェスターの影に怯えてかなりの時間無駄にする愚すら犯していた。
それでもギリギリ間に合ったことで、劇作家はありもしない恩を高値で売り飛ばしながら瑕疵を隠そうとしていた。生前はその性格のせいで無一文にもなったりしたのだが、まったく懲りていないようである。
死んでも治らない不治の病である。
『―――?』
「おう。こっちは何とか順調に推移してる。俺のおかげで被害も最小限。あいも変わらず危険な状態には違いねぇが、最悪は回避してるさ」
順調々々、と鼓舞するようにキャスターは繰り返し口にしてみるが、実際にはそう上首尾に運んでいるわけもない。
未だ油断ならぬ状況であることに変わりはなく、現在も署長と英雄王が激突しようとしている真っ最中。他にもスノーホワイトのバックアップが必要とされる場面も多いので、こうしている間にもキャスターの手は忙しく動いている。基地内を隈無く精査しながら状況を再確認し、今後の動きを考え続ける。
「これはお手柄だぜ。地上を綺麗にしてくれたおかげで脱出ルートも確保できたしな」
これで万事解決だと、嘘吐きは地上の安全を確認した。
基地内では尚も継続的に戦闘が繰り返されているが、何も戦闘は基地内だけというわけではない。ファルデウスが基地の地表部に配置しておいたレギヲンは奇襲により壊滅したが、全滅したわけではないし、付近一帯にある拠点は未だ顕在だったのである。
脱出ルートの確保にはそうした戦力はきっちり片付けておく必要があったのだ。
レギヲン地上残存勢力、約一〇名。
そして先日原住民要塞を奇襲した、令呪を持った東洋人が二名。
「ライダーの奴があの時片付けておきゃ、こんな苦労はなかったんだけどな」
自らの功罪を棚に上げてライダーを批難するキャスターであるが、人を傷つけられないライダーで対処するには限界がある。むしろ原住民の要塞を襲ってきた四人の東洋人の内、一人でも何とかできたライダーを褒めるべきであろう。
悩みの種だった東洋人の居場所が二人も分かったどころか、排除もできたことは僥倖である。
地上のカメラはその九割以上が駄目になっていた。仕方なく安価なドローンを幾つか飛ばして俯瞰するが、そこに見知った街の風景はどこにもありはしなかった。
戦地であることの証明のように周囲のビルは連鎖的に倒壊し、吹き飛んだ車両がビルに突き刺さりあちこちで奇怪なオブジェと化している。大小様々なクレーターがあちこちに穿たれかと思えば、逆にアートのように隆起した大地や、ナスカの地上絵が如く抉られた直線が数キロに渡っていたりもする。
そして無視できぬのが、街中に堂々と鎮座している直径数キロはある大樹である。
まるで直前まで動いていたかのようにその根と幹は波打ち天へと上ろうとしているが、不自然に干からびた様子からすると既に活動停止しているようである。ひとまず
まさにバトルロワイヤルの終盤にある意味で相応しい様相であるが、秘密裏に行われるべき聖杯戦争の場合甚だ相応しくない。過去にこれほどまで異様で異常で問答無用な聖杯戦争が行われた記録など絶無である。人がいないからこそこうした大胆な行動が可能になったのだろうが、だからといってここまで無茶をすれば将来的に隠しきれるものでもない。
しかもこれがただの余波でしかないというのだから、どれだけ激しい戦闘だったか背筋が凍りそうである。それと同時に、ここに現れた数々の英雄の痕跡を思うと胸と目頭が熱くもなるというもの。
「まさかサン・テグジュペリ伯爵が本当に聖杯戦争に参戦するとはな……必殺の宙返りやメガクラッシュをこの目で直接見たかったぜ」
なにやらスピーカーの向こうで「そんな宝具はあったかなぁ?」と主張しているようだったが、残念ながらキャスターの耳に入ることはないし、耳に入れるつもりもない。
『―――?』
「ん? あの魔法少女ばりの連続変身は一体何か、だって?」
折良く質問が入ったことで話題転換しようと思うキャスターであるが、この話題はこの話題で余り良いものでもない。
東洋人の活躍とキャスターの策と支援によって地上のレギヲンはほぼ全滅。最後に一人残った敵の東洋人も残存令呪一つと進退窮まった状況に合った。ここで降伏勧告をすれば良かったのかも知れないが、過ぎたことを悔やんでも仕方あるまい。
「あれは――」
キャスターは言葉を探すが、その正体に心当たりがないわけではない。
自らの肉体に英霊の力を顕現させる禁忌の業。
「……いや、すまねえな。ちょっとわからねぇ」
そうした事実を推察しながら、キャスターは無駄な沈黙を置いて言葉を濁す。
東洋人の令呪が特殊であることは以前から聞いていたが、どうやら令呪の召喚システムをファルデウスは更に改良したようである。
神行太保・戴宗の超高速移動宝具、神行法。
アロンソ・キハーナの自己暗示宝具、
バリ島の魔女チャロナランの物理反射宝具、
魔界衆黒幕・森宗意軒の限定蘇生宝具、魔界転生。
アメリカ皇帝ノートン一世の特殊宝具、
わずか五分足らずで十二もの変身と宝具の開帳が行われ、最後に放たれた
第四次聖杯戦争で遠坂時臣が
たった令呪一画でこの有様に溜息しか出ない。
敵対している東洋人が二人とも
「使用した令呪でも解析できればいいんだがな」
言外に「お前の令呪じゃ
残念ながら
キャスターがそれらを調べれば、おそらく
だが、キャスターが真に隠したかった事実はそうした戦力的な話ではない。
「それで、令呪は幾つ残っている?」
『―――』
「オーケーオーケー。色々と無茶を言ったが、令呪を使い切らなければ問題ない。最後の――最期の一画は、俺が言うまで使うんじゃないぞ」
令呪を全画使えば、東洋人は死ぬ。
キャスターが真に隠したかったのは、この事実である。
この特殊な令呪は一種の安全装置である。東洋人を送り込んだ何者かは、東洋人が生き延びることを歓迎してはいないのだろう。
東洋人の令呪は生体機能と連動しており、それによって魔力回路を持たない一般人でも使用できるよう設計されている。逆に言えば、生体機能と連動するまで令呪が馴染み根付いているのである。
令呪がなくなればどうなるかは簡単に推察できる。
もっとも、キャスターがこの事実を伝えないのは、仲間である東洋人の身を案じているとかではない。単純に自分自身のためである。
面白可笑しく、この聖杯戦争の行方を見続けるのがキャスターの望みなのだ。ならば東洋人の令呪はそのためにこそ使われるのが理想である。もう少し令呪に余裕があれば別だったかもしれないが、残り少ない令呪ではおいそれと浪費するわけにもいくまい。
「……いや、まだ東洋人は残っていたか」
地上は任せたと無責任に言い放ち通話を切った後に、ふとキャスターは気がついた。
ファルデウスが確保していた東洋人はスノーホワイトのログを探れば全部で六人。内二人は何やら頭を切開されて使い潰された形跡がある。そして先日の要塞への奇襲時にライダーによって倒されたのが一人、今倒したのが二人。ならばまだ行方の分からない東洋人が一人いることになる。
残存戦力で相手にできる敵ではないが、さすがにこれはあるまい。この危機的状況に合って登場していないと言うことは、どこかで野垂れ死んだ可能性が高い。
実にもったいない、と敵の損失を嘆くあたりがキャスターらしいところである。
「生きていれば令呪の移植も……いや、それも無理か」
思考を巡らせるが、不可能なことをつらつらと考えるのは時間の無駄だ。
東洋人の令呪は署長達のような正規マスターの令呪と異なり、その特殊性故に転写にはそれなりの技術と時間が必要とされる。仮に生きた東洋人が目の前にいたところですぐにできるものでもない。
「はて。なんかそのことで忘れている気もするが、気のせいか?」
何か気付きそうなキャスターであったが、あいにくとその思考はスノーホワイトによって中断されてしまう。
モニターを埋め尽くすように赤色の『警告』が狂ったように輝きながら出現し、耳障りなサイレンが警報を発していた。
警告レベルは最大値を示しており、この危機的状況に改善される気配がないことから、自己判断によりスノーホワイトは全白血球プログラムを作動させる。
十全な状態のスノーホワイトならこれも対応することができたのだろうが、それも無理だ。何せスノーホワイトの手足となるべき自律・自動工作機械群はことごとく撤去されている。
「残念だったな」
スノーホワイトの必死(?)の努力をキャスターは哀れみを込めながらも鼻で笑う。
スノーホワイトは自らの意志を持たない。キャスターとしては当初から魔導書(死霊秘法、もしくはナコト写本)の精霊を利用した制御システムを、強く、強く、強く上申していたのだが、キャスターの手がこれ以上入ることを嫌った“上”に却下されたという経緯がある。
これがもし却下されることなく精霊が制御するシステムであったのなら、未来は変わっいたであろう。キャスターだって(傲慢不遜で世間知らずでお人好しで幼女の姿をした)精霊からの説得であったなら、考えを改めるかもしれないのだ。
具体的には、キャスターの目の前にある透明ガラスケースに保護された赤くて丸くてぽちっとへこむわかりやすいボタンを押してもいいかなー、と考えるかも知れなかった。
スノーホワイトから割り込み制御をかけられぬ独立したこの回線は、ストップするだけなら指先ひとつでダウンするのである。
「んー、ここは悪役らしく高笑いをするべき場面か? しかし観客もいねー中でやってもつまんねーし馬鹿みてーだし。やっぱ大衆がいてこその演出ってことだよな。次があるならそうした役者を配置しておかなきゃなんねえな。冥土の土産的な感じで暴露してぇ。おっと、そういうのは死亡フラグっていうんだっけか?」
キャスターは、自らの望みに正直だった。
今後の演出に必要だと思ったから、東洋人の令呪を温存させたのである。一手でも間違えれば全滅必至の状況でありながら、それでもキャスターは己の欲望に忠実に動いている。盛り上がるというのなら、対城宝具が街ではなくこの基地に放たれていてもキャスターは本望だっただろう。
そしてキャスターがしでかしたのがそれだけ、というわけでもない。
街の中心で枯れ果てている大樹の名は《バオバブの木》。もちろん、植物学的にいうところのアオイ目アオイ科バオバブ属の総称などではない。
スノーフィールド中心に根を張ろうとしていたあの大樹こそ、『星の王子様』で語られるバオバブの木そのもの。
星をも呑み込むという触れ込みの対『星』宝具である。
あと数分活動を停止させるのが遅れたら、場合によっては地球滅亡も有り得たのである。キャスターは、面白そうだという理由だけで、ギリギリまで適切な対応を取らなかったりしてるのだ。
ほんの一戦だけでも二度、危ない橋をスキップしながら楽しんでいたのである。
当然、これで終わりというわけもない。
二度あることは、三度ある。
仏の顔も三度というが、気付かれねば怒る者もいまい。
皮肉にも同時刻、マスターである署長はキャスターを兄弟と呼んで感謝もしていたのだが、キャスターはあっさりとマスターの思いを裏切っていた。
スノーホワイトのモニターにセグメント表示されたカウンターの大台が新たな数字を指し示す。
428899Y。
キャスターは、自らの望みに正直だった。
さすがに原典だけあってその効果は絶大であり、かのキャスターの手にも余るものだった。それが故に
ログを見れば、その証拠に
だがそのログを見た者は眉を潜めるだろう。時間停止状態であればログに記録されるのは「+0S/S」なのである。ところが、ある時期を境に「+4Y/S」などとある。これは外部時間で1秒経過する間に、内部時間では4年が経過していることを意味している。
時間停止ではなく、時間加速。
内部経過時間は、およそ――四〇万年。
ファルデウスが何を思ってそんなことをしでかしたのかは判らないが、おかげでキャスターは“偽りの聖杯”の中身が何なのか推測がついた。
偽りの聖杯戦争の結末。そんなものより、もっと見たい結末ができた。
世界終焉のカウントダウンが、終わろうとしていた。