Fate/strange fake Prototype 作:縦一乙
いと高き者の座す処。
アーチャーが創り出したその異界の中心には、ひとつの玉座が据えてある。
地味であるが洗練された美しさを備えている。さほど高いところに設置されているわけではないのに、心象的には遙かな高みを彷彿とさせる威厳がある。
ただその玉座の頭上には、一本の剣が時が止まったかのように静止していた。
アーサー王伝説などで有名な『選定の剣』は世界に数あれど、これは『ダモクレスの剣』の原典・源流のひとつとなった剣である。
栄華の中のにも危険があるというかの故事とは別に、この剣には処断の意味を持っている。ふさわしくない者が玉座に腰掛ければ、この剣は処刑刀へと姿を変えるのである。
この異界に連れてこられた“偽りの聖杯戦争”の敗残兵の中には素質素養に恵まれた者もいたし、歴戦の強者だっている。アーチャーという王の器を目にして予めその鼻を折っていなければ、もしかすると挑戦する者もいたのかもしれない。
そんな玉座へ、その少年はまっすぐ歩み寄る。
別に立ち入り禁止になっているわけではない。誰でも簡単に歩み寄り挑むことができる。そのまま玉座へと少年は自然な動作で腰を据えてみせる。そこに躊躇や覚悟は微塵もない。そのまま足を組み、少年の行動を黙って見続けていた周囲のヘタイロイを一瞥してみせる。
頭上の剣は、動かなかった。
「最強とは何なのか。その答えを君達は知っているかな?」
そしてそんな質問を、少年は唐突に浴びせかけてきた。
選定の玉座に王として認めた少年。
豪華な金髪に、血のような赤い瞳。そして幼い体躯。
一見すれば、この偽りの聖杯戦争初登場の『少年』。
これより約一日後に署長は一目で少年をアーチャーと即座に看破するが、この時点で確信を持って彼をアーチャーとはっきり認識できたのはフラット・エスカルドスただひとりだけだった。
「アーチャー、お帰りー。遅かったね」
もっとも彼は署長と違って一目見ることすらなく、自らの作業に没頭しながら少年を英雄王と断じていた。
ある意味では誤解なのだが、マスターとしてヘタイロイから認識されていたフラットがこの少年をアーチャーと呼ぶことで、ようやく彼らは少年の正体に気付けたのである。
一体どうして幼くなったのか皆目検討がつかないが、有り得ぬことではない、と彼らは判じた。
「――それは英雄王、御身のことで御座います」
正体に気付けばそういった陳腐な阿諛追従が口にされるのも当然だった。
元より英雄王の問いは明確な答えのあるものではない。その場にいた皆が胸中で問答を巡らし黙考したとしても、そうそう突飛なものは出てくるまい。
「それは自分を殺しに来た人と友達になってしまうことだね!」
「うん。それは合気道の言葉だね。ちょっとめんどくさいからフラットは黙って作業に戻ろうか。できれば一人で。隅っこで」
アーチャーの言葉にフラットは少し寂しげにいじけながらも、大人しく引き続き自らの作業へと没頭していった。
目上の者に対して「さん」付けするのが幼い英雄王の標準対応であるのだが、フラットにはそれすらもなかった。無視しなかっただけ配慮しているつもりなのかもしれない。
そして、自らに傅き阿るヘタイロイも、無視しない。
見え見えの接待を英雄王が厭うことはあっても嫌うことはない。どこまで尽くせるかで相手の懐も分かれば底も見える。それに最も強い人間を見極め、媚びへつらうのは当然の摂理だとも思っている。
これこそが、英雄王が最強であるという証拠のひとつになり得るものだ。
「……本題に戻ろうか。最強とは何なのか。確かにボクは最強だろう。そこは否定しないよ」
幼い英雄王はそこで言葉を区切る。
アーチャーはヘタイロイをただの保険としてしか見ていない。貸し与えた宝具こそ信頼しているが、彼ら個人に対してはどれだけ慕われようとも元を辿れば王の財を狙う賊だった者達だ。これで信頼などできよう筈もない。少なくとも、大人の英雄王はそうだろうし、彼らとて先刻承知の事実である。
玉座の座り心地を確かめながら、英雄王は右から左へ視線を動かした。
この場にいるヘタイロイの数はそう多いわけではない。大半は外で下賜された宝具の訓練をしていたり、連携の確認をしている。ここにいるのはそうしたヘタイロイを統率するための部隊長として任命された者だ。
幼い英雄王は、考える。
何が目的で、何が最善で、何が最悪なのかを。
だからひとまず、最悪のひとつを回避するために英雄王は告白した。
「でも今のボクは、宝物蔵をキャスターに奪われている。それでも君達はボクを最強と呼ぶのかい?」
静まりかえったこの場で、その声を聞き違えた者はいまい。
誰もが二の句を継ぐことができずにいた。
驚くという無駄なクッションがほとんどなかったのは評価に値するかもしれない。これで顔色を変えなければもっと評価しても良かっただろう。
労働者と雇用者の力関係は明白である。
法がいかに両者の対等性を謳ったとしても、雇用者優位の立場はそうそう崩れない。ただし、雇用者に支払い能力が疑われた時はその限りではあるまい。
アーチャーとヘタイロイの力関係は完全に逆転している。ここで葛藤せぬようなら魔術師などさっさと辞めるべきだ。絶えず思考し続けあらゆる可能性を思い描き検討するからこそ、彼らは一流の名を冠することができる。
ただ崇めるだけの盲信であれば、アーチャーはヘタイロイを必要などしていなかっただろう。
「……王、それは真ですか?」
「なんだい。ボクの言葉を疑うのかい? それとも、これを機会にボクへ反逆しようってことなのかな?」
あくまで弱気にならず、かといって虚勢を張るわけでもない。ちょっとした冗談でも口にするかのように、アーチャーはヘタイロイをからかってみせる。
ヘタイロイを統率するのに必要なのは金とカリスマ、だけなのではない。
支配の本質は暴力だ。かつては拳の暴力、現代にはそれに加えて民主主義という数の暴力があり、資本主義下にあって金という暴力がある。
だが結局、最後にものをいうのは拳である。
それだけ認識していれば、充分だ。
「そのようなことは―――」
慌てて言葉を繕おうとするヘタイロイの言葉をアーチャーは手で制した。
「結果が分かっていることをここで問うつもりはないよ。そしてわざわざ引き締めを計るつもりもない。ボクが確認したかったのは、君達が最強ってものをどう認識しているかってことだからね」
ヘタイロイが反逆する可能性をアーチャーは考えない。考えても仕方がないことだし、メリットデメリットを考えれば選択の余地もない。アーチャーという舟に乗ってしまった以上、ここで反旗を翻すのは下策だ。翻したところで勝算は却って低くなるだけ。むしろ弱ったアーチャーに恩を着せるべく一層励むべきだろう。
信頼はせずとも、信用はしている。
ここで選択を誤る者なら、この場にはいまい。
ヘタイロイの中でも宝具を与えられたのは精鋭である一六三名のみ。与える宝具は星の数ほどあるというのに全員に分け与えなかったのは、単純に信用の問題だ。アーチャーは、何よりも自身の選別眼を信じている。
「……では、王。最強とは、何なのですか?」
「さてね」
自分で問いながら恐る恐る尋ねるヘタイロイの言葉ににべもない。
アーチャーは確かに最強だ。だが、それは最強の一例にしか過ぎない。確固とした解答を与えてしまえば、それは思考の停止でしかない。盲信の徒は必要ないのだ。ここで必要とするのは想像し続けることだけなのである。
最悪の状況を、アーチャーは考える。
それはヘタイロイが反旗を翻すことではない。自身が負けることでもない。全滅することですらない。大切なのは戦いに勝つことではない。アーチャーがするべきことは、戦いが始まったとき、すでに勝っている状況にしておくことだ。
故に。
最悪とは、あの匣の中と相対することだ。
英雄王をして、あの最悪と相対し勝てる未来を想像できない。せいぜい、不可能ではないという程度。そんな不確実な相手にわざわざこちらから挑もうなどと、到底思うことなどできよう筈もない。
始まりの英雄として、彼は全力で最悪を回避するべく動いている。英雄王とてこの世界最強国家を滅ぼすなど容易いことではない筈だが、それでも彼は最悪を回避するためならそれを選択してみせる。
英雄王の判断を、及び腰だと後ろ指を指す者もいるかもしれない。剣を持ち一致団結すれば倒せぬ敵はいないと声高に叫ぶ者もいよう。
だがそれは的外れだ。アレは勝敗を論じるようなものではない。地震や落雷、火災に対して剣を振り回して何になるというのか。天災に対して必要なことは、然るべき準備をすることのみ。
最悪など、遭わずにこしたことはない。
触らぬ神に、祟りはない。
「その姿どうしたのアーチャー!? やっぱりバチがあたっちゃった!?」
「やっぱり、っていうのはどういう意味なのかな?」
遅まきながら英雄王の姿に驚いたフラットによって、この場の問答はお開きとった。
最終局面でただ一人“偽りの聖杯”と直接戦闘をアーチャーは想定し、最低限の布石を打っておいた。
問いかけをひとつだけ。
ただそれだけでもヘタイロイの覚悟はまったく違ったものになる。各人がそれぞれ最悪を想定し、そのための状況適応の
忌避すべき最悪を前にして、愚かな選択をせぬよう。そして英雄王麾下に相応しい選択をするために。
ランサーによって
漆黒の球体は実にあっさりとその身を霧散させ、痕跡すら残さない。後に残ったのはこの“偽りの聖杯戦争”、その元凶たる“偽りの聖杯”――などではなかった。
“偽りの聖杯”を直接その目で見たことがあるのは、署長とファルデウスのみ。夢世界で見たのがランサー・ティーネ・椿・フラット・銀狼。カメラ等の媒介を通して見たことがあるのがキャスターとジェスター。ライダーも椿の記憶を通して認識している。
実にメインキャストの大半が“偽りの聖杯”の形状を認識していたのだが、その姿を再度直接見ることは叶わなかった。
“偽りの聖杯”を
それがない、ということはつまり。
“偽りの聖杯”は、
その機能を止め、風化し粉となって原型を失っていた。
その聖櫃は、自らの使命を全うしていた。
匣の中は、露呈している。
最悪は、的中した。
「構えろおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっっっ!!!!!!」
それは誰の声か。
おそらくは署長だろう。この中で最も高い位置に留まり、全体を見渡せている。敵味方の区別すらなく、その場その時最も必要であることを私心を殺して優先することができる希有な人材である。
心構えこそしていたが、しかしてそのタイミングまでは分からない。ヘタイロイと署長はつい数瞬前まで殺し合おうとしていたというのに、既にその心は通じ合っている。
誰の号令かも確認することなくヘタイロイが構えたのは、ほぼ同時であった。
最強とは、何か。
その答えの一例が、英雄王である。
では英雄王を最強たらしめる理由は、何か。
理由は二つある。
ひとつは、個としての圧倒的な魂の強さだろう。人類史どころか神代まで遡ったとしても、彼以上の強さを持った魂などそうそうあるまい。英雄王の肩書きは生半なものでは有り得ない。
そしてもう一つの理由が何なのか、語るまでもない。
魂の強さを誇示しようにも、見る者にあってもそれ相応の下地が必要となる。先に『ダモクレスの剣』を試さなければヘタイロイが英雄王を英雄王として認識できなかったように、それ相応のことを見せつけねば人は理解できないのである。
つまりは、質と量。
特に、分かり易いのが後者なのである。
かつて、サーヴァントの身を指してとある英霊は「万軍に代わる一騎」と称していた。確かに、彼女は万軍を相手取って一歩も引けを取らぬかも知れない。それだけの質が彼女にはあった。
なれば。
彼女に“偽りの聖杯”は勝てぬことになる。
万軍より強きものはひとつしかない。
億軍である。