Fate/strange fake Prototype   作:縦一乙

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day.final-02 魔群

 

 

 その瞬間、基地全体が大きく揺れた。

 本来霊質(アストラル)にしか作用せぬ神気が、あろうことか物質(マテリアル)まで影響を及ぼしている。震度こそ大したものではないが、震源のエネルギー量は半端ではない。不意を突かれれば立て直すのに数瞬は要したことだろう。

 第九層全体に響き渡るような号令が、それを救った。

 

 被害は絶無。

 体勢を崩した者も皆無。

 集中を途切れさせた者すらこの場にいない。

 だから、その瞬間をその場にいた全員が目撃する。

 

 ──それは『異形の群れ』だった。

 

 黯く蠢き犇めく様。

 海の砂より多く天の星すら暴食する悪なる軍勢。

 

 (ワムス)

 (マゴット)

 妖蛆(ウェルミス)

 

 醜いモノが多い。

 美しいモノもある。

 

 虹色に輝く翅があれば、無色透明な四肢がある。

 人の形をとるモノもあったし、魚や植物めいたモノもいた。

 影を持たぬモノもいれば、発光し形の分からぬモノもいる。

 焔や紫電の身体があれば、無骨な歯車を駆動するモノもいた。

 絵の如き二次元生体もいるのだから、人の脳で認識できぬ多次元生体もきっといる。

 

 誓って言えるが、およそ人類が編纂したどの動植物図鑑にも、ここにいる異形が掲載されているとは思えない。魔術協会の動物学科が編纂した幻想種図鑑であっても、同一のものがあるかどうか。しかし幼子が適当に紙にクレヨンで書き殴った芸術の中にならば、あるいは可能性があるかもしれない。

 

 幻想種ですらない異形の群れ。魔群。

 そんな百鬼夜行が、ダムが決壊するように解き放たれる。

 

 幸いにして第八層から落ちてきたヘタイロイは“偽りの聖杯”を取り囲むようにして着地している。包囲網は完全ではないが、そこは予め展開していた二十八人の怪物(クラン・カラティン)がフォローに入った。

 

 土砂崩れのように高速で迫り来る壁は、視界を埋めて蠢く大地だ。揺れ動く岩盤から崩れ落ちた砂塵の嵐みたいなもの。しかしその一粒一粒が呪に染まっている、暴力を体現している、激突は必至。後退は即ち死を意味していた。

 

「AAAALaLaLaLaLaie!!」

 

 鬨の声が辺りを賑やかす。

 ヘタイロイは強い。脱落したとはいえ、彼らはこの戦争に横紙破りで参戦しようとした猛者達だ。個々の実力も相応であり、それを宝具で底上げし強化しているのだから当然。彼らが留まっていた異界では流れる時間が異なっていたため、それら宝具を習熟し互いと連携を確認する時間も山ほどあった。

 噂に聞くクロンの大隊であろうと、今の彼らであれば真っ正面から撃破できることだろう。それだけの力をアーチャーは与えている。

 

 突進を防げたのは、この時を想定してアーチャーから盾型の結界宝具を複数貸し与えられたからである。

 盾は互いに連動し魔群を隔離するように結界を檻状に展開して包囲してみせる。隙間はあるが、人間サイズの大きさであればこれを突破できまい。構う様子もなく盾にぶつかる魔群は足止めされ、そのまま後続の魔群の突進に潰され赤や緑や紫の体液を撒き散らす。

 

 血煙で状況が分からぬほど一方的な虐殺が行われた。

 宙より署長の十本刀(ベンケイ)が魔群の足を狙い撃ち、湧き出る後続の邪魔をする。

 ティーネが無音詠唱で見える範囲の魔群が蒸発する。

 泥の獣と化したランサーが魔群を食い散らかす。

 

 開始五秒。

 この時点で脱落者どころか負傷者すらゼロ。

 第一次接触は理想的な展開だと言えた。

 

 一体一体が上位の魔獣クラスの力を持ち合わせているが、それは突進力と防御力だけ。

 動きは単調でほぼ前進のみ。知恵があるようにも見えず、突きだした剣を進路上に設置すれば避けることなく突き刺さされ自死してしまう程度。

 盾の結界が維持できる限り、脅威とはなることはない。これで武器弾薬の補給を受けて休息を挟むことさえできれば、永遠に戦い続けることだって可能だろう。

 逆に、ここで盾の結界が一枚でも欠ければ、そこからなし崩し的に崩壊は始まることだろう。

 

 小型の魔群がそのままヘタイロイの足元を通り過ぎていく。

 攻撃してくることはなくとも、少しぶつかっただけで足を物理的に奪われかねない。足元を砲弾が飛び交っているようなものだ。魔群の通り道で転けでもすれば、宝具の鎧であっても原型留めず蹂躙されよう。小型の魔群でそうなのだから、大型の魔群なら尚更。

 故に崩壊した前線を立て直す猶予など、“偽りの聖杯”から無限に湧き出てくる圧倒的物量を前にして与えられることは有り得ない。

 

 第四次聖杯戦争時、超巨大海魔を相手に戦った英霊達も、結局抑えつけるだけで精一杯だったのだ。同じヘタイロイの名を冠してもいても、所詮彼らの劣化版に過ぎぬヘタイロイでは、時間稼ぎ以上の働きなどできはしまい。

 

 一度に全ヘタイロイが相対できる魔群が一〇〇だとして、それらを葬るのに五秒はかかる。五秒もあれば、その同数、あるいはそれに倍する魔群が湧き出るだろう。

 今でこそ一方的な虐殺を呈しているが、湧き出る数と葬る数が等量でない以上、そんなものが永遠に続くわけもなかった。

 

 勝機は、ヘタイロイの全力戦闘で戦線が維持され、盾の結界が十分持ち堪えることのできる一分以内にある。

 いや、それも違うか。より正確には、

 

「―――大儀」

 

 この労いの言葉がかけられる、その瞬間までである。

 

 激戦の最中にあって、ヘタイロイは即座に反応してみせた。自らの王の言の葉にをどれほど小声であろうと、聞き逃す筈がないのである。

 この状況で傅き仰ぎ見ることはできない。しかして、彼らの脳裏には等しく現実と同じ姿がある。

 

 彼らの頭上、崩落した第八層の穴の縁にて壮麗なる黄金の姿があった。

 その右手には、バーサーカーが用いていた鍵剣。

 その左手には、空となった霊薬の小瓶がひとつ。

 その頭上には、星の明かりと見紛う量の、宝具。

 

 口元を拭って顕現せしめたのは、アーチャー、英雄王ギルガメッシュ。

 

 もはや子供の姿でもない。失われた宝具も取り戻している。

 英雄の中の英雄が、断罪の剣を掲げていた。

 

 

 流星が、落ちる。

 

 

 地に墜ちてなお天に煌めいていた星々は、その輝きを損なわない。輝きは輝きのまま、ただ天に戻ることがないだけ。降り注ぐ星屑はその代償と言わんばかりに魔群を消し飛ばしていた。

 知能のない魔群では上空より飛来するものが何なのかも分かるまい。恐怖とも、慈悲とも思うことすらなく、彼らは死滅していく。防御することもなく、回避運動すらもない。盲目的に前進する様はレミングスの集団自殺を彷彿とさせよう。

 

 誰もがその蹂躙に口を挟むことができない。

 ヒュドラを瞬殺したときとは比較にならない。範囲も威力も、そして精度も。ただの一発だって無駄に撒き散らされた宝具はないし、適切的確に効率よく魔群を葬り、確実に数を減らし、逃げ道を潰していく。

 流星群のど真ん中で魔群を蹴散らすランサーには破片ひとつだって当たってはいなかった。

 

 恐るべきは、それでもなお魔群を殲滅できぬ事実か。

 魔群の屍は大きいものだけでも一〇〇を軽く超えている。だがその屍より這い出る魔群は更に多い。投射された宝具はこの数秒で千を超えているが、魔群の屍に邪魔をされ宝具の絨毯爆撃を『偶然』かいくぐる魔群も目立ってきた。

 だが、英雄王の目的は魔群の排除なのではない。

 全ては、本命を十全に――万全に生かすための布石。

 

 魔群より幾分マシ、と言う程度の知能のランサーが、その気配に勘づいた。

 知能がなくなった分、獣としての本能は鋭い。降りしきる宝具の雨を気にすることなく、何かを探すように魔群を葬っていた彼だが、突如として見上げ、そのまま盾の結界を容易く突き破り大きく距離を取る。これを放置すれば破れた穴から魔群が溢れ出ることになるだろうが、その心配は杞憂である。

 

天地乖離す(エヌマ)―――」

 

 前口上は、どこにもない。

 手にした剣を慰撫する言葉は、ここにはない。

 必要でないのだ。それがかの剣の義務にして意義。

 

 相応しき場には、相応しき行動によってのみ完遂される。

 円筒状の剣が、削岩機のように回転していた。渦巻く風が風を呼び、歪みの奥より虚無を生み出し圧縮していく。物理限界はとっくの昔に過ぎている。音や光は残らず喰われ、辺りに漂うのは静寂と闇ばかり。

 

「―――開闢の星(エリシュ)!」

 

 歪みが、魔群を襲う。

 世界を裏返すような対界宝具を前に、いかな強度を誇ろうとも紙切れほどの意味もない。結界より溢れ出そうとする魔群はその姿を一瞬にして塵と化す。物質を原子レベルよりもさらに下、電子、陽子、中性子……そういったものよりももっと下の電磁波、そしてもっと下の(Zen)のレベルにまで分解する。

 

 丁寧に。

 丹念に。

 念入りに。

 

 英雄王は、眼下の“偽りの聖杯”を、叩き潰す。

 叩き潰そうと、した。

 

 不快感を、英雄王は隠そうとしなかった。

 自らの庭を我が物顔で征く愚物には我慢ならぬ性格である。いや、愚物ならば良い。王の威光を前に遠くへ逃れようと小知恵を働かせることもしよう。だが目前のそれは、寝所に現れる思慮なき害虫である。思考の価値観が根本から違う相手には、さしもの王の威光とて無意味に過ぎない。故に、枕元でかさこそ這い回る音を無視して安眠などできよう筈もなかった。

 

 相対してしまった以上、見つけ次第殺して駆逐する。

 そうせずにはいられない。

 

 乖離剣の一撃は、その進路上にあったものを綺麗に薙ぎ払っていた。

 当然だ。かの一撃は対粛清ACか、同レベルのダメージによる相殺でないと防げない代物。突進以外の選択肢を持たない魔群では相殺するための手段がそもそもない。そしてヘタイロイが展開した盾の結界により偶然の回避も許されない。

 

 かくして、世界の脅威となったであろう魔群はあっさりと消滅する。

 いや、より正確に言うなれば。

 

 魔群『だけ』、消滅する。

 

「馬鹿な――!」

 

 誰が口にしたのか判別はつくまい。その場にいる誰もが思ったことである。世界を切り裂いてみせたアーチャー本人でさえ、そう思わざるを得なかった。

 乖離剣は確かに強力無比。全ての聖剣の頂点に輝くであろうエクスカリバーでさえ、乖離剣を前にすれば霞んでしまう。必滅とはまさにこの一撃のことを指す。

 

 ならば、目の前に彩られる光景はどうだというのか。

 ヒュドラとの戦闘にあって、アーチャーはその怪物をその目で見ることなく推測してみせた。それはつまり、宝物蔵の宝具の威力を正しく認識しているということだ。当然、その中で比肩しうるものがない乖離剣にあっても同様である。

 

 周囲一帯を巻き込んで破壊と破滅を撒き散らす乖離剣にあって、魔群が消滅するのは当然の帰結。しかし、魔群を取り囲んでいたヘタイロイがほぼほぼ無傷であるのはどうしたことか。

 アーチャーは先に言ったのだ。「大儀」と。

 それは確実に乖離剣の一撃を叩き込むため、魔群を取り囲むヘタイロイに犠牲を強いたが故の言葉だ。

 

 ヘタイロイにアーチャーが期待した役割は三つ。

 安全にアーチャーをこの場へ連れてくること。

 キャスターに奪われた宝物蔵を取り戻すこと。

 アーチャーが望むべき瞬間に犠牲になること。

 

 悪魔のような三つ目の契約をわざわざ明示することはしなかったけれど、それ相応のことはしてきたつもりである。彼らに温情を与え、宝具を与え、希望を与えたのも、全てはこのため。

 今ここで死ぬと分かっていたのだから、英雄王はわざわざ自らの口で慰撫したのだ。英雄王手ずから乖離剣の一撃という栄誉を与えたのだ。彼らが生き残る可能性は、乖離剣の前ではゼロだった筈だ。

 

 天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)の中心には、“偽りの聖杯”――いや、その中身が屹立していた。

 第八層から第九層に向けて放たれたのだから、それこそ第九層を通り越して地殻が丸ごと消失しても決しておかしくはない。確実にこの一撃を決めるために随分と無茶をしたとは思うが、それでも無茶が足りなかったらしい。

 

 アーチャーの策は見事に成就している。初手から切り札を使い、万策を用いて威力を底上げし、かつ中心点に集中させている。ヘタイロイが生き残ったのは、結局中心に叩き込まれた威力がそのまま減殺されたからである。

 

 つまりは、耐えきったのだ。

 乖離剣の一撃を、ただその身のみで凌ぎきってみせたのだ。

 爆発的な威力をその身のみで吸収し、外部に漏らすことを許さなかった。

 

 西暦四二八八九九年。

 それが“偽りの聖杯”の中にいる英雄が降臨する時代である。

 その時代を指して末世(カリ・ユガ)

 言葉通り、世界の終末とされる時代。

 

 彼はヴィシュヌ一〇番目にして最後のアヴァターラ。

 白い駿馬にまたがった白い馬頭の巨人の姿で現れる。

 ヒンドゥー教においては乱れた身分制度(カースト)を正し、世界の秩序を回復する存在であり、仏教においてはカースト制を破壊し、衆生を救いシャンバラに君臨する聖王である。

 

 末世(カリ・ユガ)の最後、西暦四二八八九九年に降臨し、この世の全ての悪を滅ぼして、黄金時代(クリタ・ユガ)をもたらす破壊者にして救世者。

 

 その名を、カルキ。

 世界を終わりに用意された英雄である。

 

「眠れ、最終英雄。この時代はお前を必要としていない」

 

 寝起きの最終英雄に対し、最初の英雄は容赦なく再度乖離剣を振りかぶった。

 

 

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